二人に子供が、ですか。


   ええ。


   それは…


   そっくりよ、二人に。
   見た目に関してだけ言えばナディに。


   …ナディが産んだ、と言う事は。


   あの二人がそんな事、すると思う?
   お互い、相手への独占欲は相当なものよ?


   では、養子と言う事は無いでしょうか。
   旅をしていれば、


   自分にそっくりな人間は世界に何人か居ると言うから、二人にそっくりな子供が居ないとは言えないわね。


   有り得ない話では無いと思いますが。


   然う、有り得ない話では無いのよ。


   ……。


   無いから。


   …二人が自分達の子供を作る事は、ですか。


   ええ。


   ……魔女の力とは。


   神の力、或いは悪魔の力と揶揄される事はあるわね。
   生物の根本から変えてしまうのだから。


   …。


   …エリスが正しい使い方を理解していなかったら。
   世界は今頃、どうなっていたのかしらね。


   少なくともあの男の手に落ちていたら、正しい使い方はされなかったでしょうね。


   あの男は子供よ。


   …。


   好きな玩具で、目一杯遊ぶ。
   飽きたら、躊躇い無く捨てる。


   …。


   利用するだけ、利用しておいて。
   最低だわ。


   …まるで被害者のような言い方になってますが。


   笑えない冗談ね。


   …ですが。


   うん?


   その男に良く似た人間を傍に置くのもどうかと。


   中身がまるで違うわ。
   素直で従順、仕事も出来てちゃんとこなしてくれる。
   まぁもう少し、融通が利けば言う事無しだけど。


   …。


   もっと言えば彼は女に慣れていない、と思うわ。


   …そうですか。


   それで、話を元に戻すけれど。
   貴女を呼んだのは


   …調べる、と。


   だからって痛みを与えるようなやり方では無いわよ。
   博士、では無いから。


   …。


   冗談よ。
   貴女、確か医師免許を持っていたでしょう?


   医師ではありませんが。


   良いのよ、それでも。
   事情を知っていて、且つ、医師としての行動と判断が出来るのならばね。


   私の顔は二人に見られていますが。
   レスタウランテの店員に扮していた時に。


   ナディは兎も角、エリスは覚えているかも知れないわね。


   かなりナディに気を取られてはいましたが。


   …まぁ、大丈夫でしょ。
   今の貴女と当時の貴女は違うから。


   ……。


   うん?


   …いえ、思い切り蹴られたので。


   ナディに?


   身体能力が高いと言う事は聞いていましたが、暗がりで投擲したナイフを容易に防御されるとは思いませんでした。


   エリスが関わると手に負えないのよ、当時から。
   それでやってくれる?くれない?


   …分かりました。
   いつでしょうか。


   それはまた後日、改めて連絡するわ。
   貴女にも都合はあるでしょうけど。


   いいえ、他ならぬ貴女からの依頼ですから。


   早いうちに、とは思っているわ。


   分かりました。
   検査するのは


   三人よ。
   これだけは決まっているわ。


   子供だけでは?


   健康診断。


   …健康診断?


   エリスの体調が良くないらしいのよ。
   産後の肥立ちが悪いんですって。


   ……。


   それからナディの左腕も。


   …左腕、ですか。


   或いは何かの後遺症かも知れない。


   ……応じるでしょうか。


   応じさせるのよ、どんな手段を使ってでも。















  L a s  e x p e c t a t i v a s  d e  B l u e  E y e s .















   は、ケンコウシンダン?


   然う、健康診断。


   ……。


   今度、社員の体調面サポートと言う名目で、定期健診を取り入れる事になったのよ。


   聞いてない。


   今、言ったでしょう?


   …。


   各支店には今後、通達するわ。


   …で。
   それ、強制?


   いいえ、今のところは希望制。
   けれどいずれ、強制にするつもりよ。


   …いずれ、ね。


   それで、受けてみないかしら?
   貴女の家族であるエリスも受けられるのよ。


   別に良い。


   あら、どうして?


   どうしても。


   エリスも?


   ……。


   ブルーアイズ。


   そもそも、エリスと旅するのが楽しくて。
   健康面について、真剣に考えた事は無かったでしょう?


   …莫迦にしてない?


   してないわよ。


   …どうだか。


   貴女の場合、自分よりも誰かさんに気を取られがちで。
   自分の事をないがしろにしてばかりいるようだから。
   ねぇ、エリス?


   ……。


   ねぇ、エリス。
   貴女の体調の事もあるし、一度、診て貰った方が良いと思うのよ。


   ……。


   それにナディ、貴女の左腕も。


   …別に良いわよ。
   困ってるわけじゃ


   貴女は良くても。


   …ナディ。


   エリスは、それで良いのかしらね?


   ……。


   エリスに話を振るの、止めてくんない?


   貴女の家族でしょう?エリスは。
   今更、違うとは言わせないわよ。


   言うか。


   エリス。


   ……。


   貴女達はもう、たった二人では無いわ。
   分かっているでしょう?


   ……。


   今後、酷い高熱を出さないとは限らないわ。
   然う、この間のような。


   その時はあたしが


   弱りきっていたのは誰。


   …二度と高熱なんか出させない。
   だったら、良いんでしょ。


   保証は?


   ホショウ?


   熱を出させない保証。


   そんなの、


   出来る事には限界があるのよ、ナディ。
   然う、幾ら貴女でも。


   …限界なんか、知るか。
   あたしはエリスを


   貴女は言った筈よ。


   …何を。


   独りにはさせたくないって。


   ……。


   あの子の為にも。
   受けなさい、ナディ。


   …受けたところで。
   何になるって言うのよ。


   なるわ。


   だから


   エリス。


   ……。


   貴女の体調を心配しているのは。
   貴女の愛しいナディだけではないわ。


   …。


   ブルーアイズ、もう


   体調管理をしっかりとするのもまた、親の務めだわ。
   然う、あの子を独りにしたくないのならば。


   ブルー


   ナディ。


   …エリス。


   ブルーアイズ。


   うん?


   …何をすれば良いの。


   検査を受けるのよ。


   けん、さ……。


   …!


   X線、心電図、それから血液や尿を調べて


   けつえき……ち。


   ブルーアイズ!


   …え?


   ……いや。


   エリス?


   いや、いや…。


   エリ


   ナディ…!


   …エリス。


   いや…けんさは、いや…。


   …うん。


   ……い、や。


   エリス、検査と言っても昔貴女が受けたような実験とは


   …ッ!


   あ…。


   …ブルーアイズ。


   ……。


   それ以上言ったら…あんたでも、赦さない。


   …ええ、然うね。
   今のは私が悪かったわ。
   ごめんなさい。


   …ナディ。


   エリス。


   ……。


   ……ブルーアイズ。


   …何かしら。


   気持ちだけ、貰っておく。
   でも、受けない。


   …然う。
   けれど


   しつこい。


   …それでも。


   ……。


   …また、近くなったら知らせるわ。








   …エリス。


   ……。


   エリス。


   …ナディ。


   ロント、寝たよ。


   …うん。


   あんたがそんなだから。


   ん…。


   …落ち着かなくてさ。
   なかなか寝てくれなかったよ。


   ……。


   …顔色が、悪い。


   ナディ…。


   ……。


   …抱いて。


   ……。


   抱いて、ナディがここにいるって教えて…。


   …うん。


   ……。


   ……怖い?


   …大丈夫。


   …。


   ナディが、いるから…。


   …。


   …いて、くれるから。


   エリス……。


   ……。


   ……あたしは。


   …いや。


   ……。


   …もっと、抱いて。
   離れないで。


   …。


   ……思い出したく、ない。


   …あたしには、分からない。


   ……。


   …けど、もしも。


   好き、だったの。


   ……。


   …好き、だった。


   知ってるよ。


   …あ。


   知ってる。
   あんたがあの男の夢を見て、泣いていた事も。
   全部、知ってる。


   ……ナディ。


   ……。


   …。


   ……ごめん。


   …ううん。


   ……あたしは、知らない。


   ナディ……。


   …あんたが、父親と慕う男に、どんな実験をされていたのか。
   もしもあんたがはっきりと思い出して…それを、聞いたら。
   あたしは…


   …いや、言わないで。


   ……たとえ、幾らあんたがあの男は父親のような存在だったと言っても。
   あたしは心のどこかで、


   言わないで…ナディ。


   …本当は、あたしなんかよりも


   お願い、ナディ…。


   ……。


   ナ、…んん。


   ……。


   ……ナ、ディ。


   …ごめん、エリス。


   …。


   …あたしはやっぱり赦せそうにない。


   ……。


   考えるだけで……血が、煮え滾るようで。
   感情を、抑え切れなくなる…。


   ……。


   …あんたが好きだったって事を、知れば知るほど。
   あたしは、あたしを保てなくなる…どうしようもないくらいに。


   …。


   ……ごめん、エリス。
   あたしは…


   いとしい…。


   ……。


   …あなたが、いとしい。


   ……ばか。
   どうしてそんなこと…あたし、最低な事言ってるのに。


   おたがいさま、だから…。


   …。


   …。


   …健康診断は、受けない。
   受けなくて、良い。


   ……でも。


   あんたのあんな顔、もう見たくない。


   …。


   …だから、受けない。
   ブルーアイズがまた、言ってきたら…


   ……血を。


   …。


   採られて……何かを、刺されて。


   エリス…。


   躰の外も中も…とても痛くて、とても辛くて。
   とても、苦しくて…。


   ……エリス、もう。


   それがずっと、続いて…


   それ以上聞いたら、あたしは…


   …怖かった。
   朝が来るのが、怖かった…。


   エリス。


   だって朝が来たら…また、わたしはあの人に。


   エリス、も…んん。


   ……。


   ……殺して、やりたい。


   ……。


   この手で、あんたに与えた痛みを全部、受けさせて。
   絶対に…楽には、殺さない。


   ……。


   …絶対に、赦さない。


   ……ナディがくれた痛み。


   …。


   それは今でも、消えない…。


   あたしが……。


   …胸の、痛み。
   甘くて…切ない、痛み…。


   ……。


   …あの痛みとは、違うのに。
   ずっと、苦しかった…。


   ……。


   …ナディ。


   エリス……。


   …あなたが、好き。
   今でも、見つめられたら胸が苦しくなる…。
   息が吸えなくなる…。


   ……。


   わたしは…あなたが、あなただけが好き。


   ……。


   …あなたが、私の初めての人だから。
   ずっと、初めての人だから…ん。


   ……。


   ……愛してるって、言って。


   …愛してる。


   私だけを…。


   …あんただけを。


   ……愛して。


   ……。


   ん、ん……。


   ……欲しい。


   あげる…。


   ……。


   …私は、あなただけのもの。
   だから……。


   ……。


   …あぁ、ナディ……。








   ……。


   ん……。


   ……。


   …ん…。


   ……エリス。


   なぁに…?


   …カラダ、平気?


   …。


   エリス…。


   …大丈夫だよ。


   ……。


   …ありがとう?


   ……。


   …ナディ。


   ……あたし。


   ん…。


   …あんたの大事な思い出、を。


   ……。


   踏みにじってばかりいる…。


   ……。


   …もう、その人はいないのに。
   それなのに、あたしはずっと引き摺って…ん。


   ……ナディの中に。


   …。


   小さな女の子が、いるの。


   …小さな?


   その女の子は…いつも、怖がっているの。


   ……。


   …いつも、不安だって。
   その子はいつも、震えてた…。


   ……。


   …それは今でも。


   う…。


   ……ここに、いるの。


   エリス……。


   …だから私は。


   その女の子は…。


   ん…。


   ……あたし、なんだ。
   あたし自身、なんだ…。


   そう…その女の子は、ナディの一部。
   捨ててはいけないもの…。


   ……。


   …その女の子は、私の中にもいるの。


   エリスの…。


   …そう。
   この中に……。


   ……知っているような気がする。


   知っていて、ほしい……。


   ……エリス。


   わたしが、どんなにあなたをひつようとしているか……。


   ……。


   …あなたをうしなうのが、どんなにこわいのか。


   う、ん…。


   …ありがとう、ナディ。


   ううん…。


   ……検査。


   …?


   受けよう…。


   …え。


   ……独りにはさせたくない、から。
   あの子にはまだ、私達しかいないから…。


   でも、エリス…。


   …大丈夫。


   でも…。


   …ナディが、いるから。


   ……でも。


   それに。


   ……。


   …ブルーアイズが言う検査はきっと、あの人が私にやった事とは違うから。


   …。


   ……そう、違うから。


   エリス…!


   ……ナディ。


   そんな顔、して……。


   …受けよう?


   ……。


   ナディ…。


   ……。


   …私達だけだったら。
   こんなこと、言わないよ…。


   …分かってる。
   分かってるのよ…。


   二人だけだったら…私はあなたがいてくれれば、それで良いのだから。


   あたしだって……。


   ……小さな女の子。


   だって、本当に…。


   ……。


   ねぇ、エリス…。


   …本当は、怖い。


   ……。


   怖いよ…。


   …だったら。


   ……それでも。


   エリス…。


   …私は、お母さんだから。


   あ…。


   …もう、昔の私とは違うから。


   ……。


   でも、あなたの前では…。


   ……小さな女の子。


   ん…。


   …。


   ……守って、くれる?


   守るよ。


   …ナディ。


   ……必ず、守る。


   うん…。








   ・








   “E”の方は貧血気味ですね。


   貧血?


   はい。


   他は?


   白血球が不足しています。
   高熱、貧血はこれに起因している可能性が高いです。


   …“N”の方は。


   そちらは問題無いでしょう。
   敢えて言うとすれば


   すれば?


   ホルモンバランスの乱れが見えますね。


   ホルモンバランス?


   女性ホルモンの値は決して低くは無いのですが、男性ホルモンの値が基準値を超えています。
   決して、大きくではありませんが。


   男性ホルモンが?


   このままだと女性としての機能に差支えが出てくるでしょう。


   …最近、なんだか精悍になってきたように見えてはいたけど。


   左腕の事ですが。


   …。


   原因は現在の段階では分かりません。


   …然う。


   それから、子供ですが。


   どうなの。


   一致しました。


   …。


   矢張り、二人の子供で間違いありません。


   …魔女としては?


   それは…分かりません。
   そもそも普通の人間とほぼ、変わりませんから。


   普通の状態ならば、でしょう。


   …シュナイダー博士の研究が残っていれば、或いは。


   無いわ、そんなもの。
   もう、何処にも。


   …。


   他は?


   抗体価がかなり高いです。
   ちゃんと予防接種は受けて


   接種させているとは思えないわ。
   どう、見ても。


   では罹患したのでしょうか。


   …さぁ、どうかしら。


   ……。


   予防接種については次に、と考えていたのだけれど…必要は?


   …これならば。


   然う。


   …魔女の子供。


   古来より。


   …。


   純血を守る為に場合によっては、そうやって、繋いできたなんて言ったら。


   …魔女とは。
   何なのでしょうか。


   それ、私に訊く?


   …。


   結局のところ、私にも良く分からないわ。
   私は普通の人間として生きているし、生きようとしている今の魔女しか知らないから。








   ……。


   …ナディ?


   ねぇ、エリスさ…。


   うん。


   ……。


   ナディ…?


   …あんなの、毎日やられていたの。


   ……。


   …ごめん。


   もっと…。


   …。


   …痛かったよ。


   …。


   ……痛かった。
   躰が、覚えてるの…。


   …エリス。


   ……。


   なんか、さ…こうやって待ってるの、イヤなもんだね。


   ナディが、いるから。


   …。


   …私は、大丈夫。


   ……。


   どんな結果でも…。


   …つか、とっくに出てるんだろうに勿体ぶってさぁ。


   …。


   結果だけ送ってくれればそれで足りるのに、わざわざ呼び出して。
   あんの青目め。


   …ふふ。


   …。


   ナディ、駄々をこねている子供みたい…。


   …うっせ。


   ……。


   こういう場所、好きじゃない。


   …うん、私も。


   ……しかも、さ。


   うん?


   …ロントまで、やってさ。


   ……。


   …思い切り、泣いてたっつの。


   ナディ、はらはらしてたね。


   だってさ、ちっこい体を押さえつけて、ほそっこい腕にあんなの刺して…


   …。


   …あんただって人の手、握ってたくせに。


   だめだった…?


   …じゃないけど、さ。


   …。


   …むしろ、助かったけど。


   ……ナディ。


   ん…?


   …ナディがいてくれて、良かった。


   エリス…。


   ……エリスがいて、良かった?


   む…。


   …良かった?


   ……うん、良かった。


   ん……。


   …しかし。


   うん…?


   …こいつ、良く寝てられるよなぁ。
   あの時と同じ場所だってのに…。


   …大物?


   どうだか…。


   …待ちくたびれちゃったんだね。


   まぁ、大人しくて良いけどさ。


   …大変だったね?


   全くだ。
   それもこれも全部、あいつのせいだ。


   でも。


   …。


   …心配、してくれてるんだと思うから。


   ……。


   だから、あまり怒らないで…?


   …別に怒ってるわけじゃない。
   あたしはただ、ここからさっさと出たいだけで。
   薬くさくて、頭が痛くなって…


   もう少しだけ、我慢…?


   …。


   ……私も、するから。


   …エリス。


   いいこだから…ね。


   …いえっさ。








   ナディ、エリス。


   …遅い。


   悪かったわね。
   はい、コーヒー。


   いらない。


   ブラックじゃないわよ?


   いらないものは、いらない。
   散々待たせて、更に待たせやがって。


   話をするのに場所、変えた方が良いと思って。
   薬臭いの、嫌だろうから。


   だったら、最初から違う場所を指定しろっつの。
   と言うか、さっさと帰りたいんだけど。


   はい、エリスにはカフェコンレチェ。


   て、おいこら。


   ありがとう。


   ロントには……て、寝ちゃってるのよね。


   誰のせいだ、誰の。


   退屈しちゃって大変だったの。


   待たせてしまって、ごめんなさいね。


   ううん、大丈夫。
   家族(みんな)といたから。


   然う、良かったわ。
   それで、ナディ。


   あ?


   コーヒー、飲まない?


   …いらないっつの。
   それよりさっさと教えなさいよ。


   こっちは、どうしようかしら。


   て、さっきから


   そっちは、なに?


   桃のジュース、なのだけれど。


   ロント、好きだよ。


   と、思ったのだけど…。


   大丈夫。


   うん?


   これに入れて?


   あら。
   それ、水筒?


   この子のお気に入りなの。


   綺麗な色の水筒ね。
   エリスが選んだの?


   ううん、この子が自分で。
   ね、ナディ。


   …出かける時は意味もなく持ち歩きたがる。


   お気に入りだから。
   サンタさんがくれたんだよね?


   …らしいね。


   へぇ、サンタさんが。


   …何よ。


   いいえ、別に。
   それで中身はまだ残ってるの?


   待っている間に全部、飲んじゃったの。


   全部?


   ね、ナディ。


   まさか貴女、子供のジュースを全部飲んでしまったの?


   なわけないっつの。
   こいつよ、こいつ。
   エリスの話、ちゃんと聞いてたの。


   貴女の事だから、無い話では無いと思って。


   …むかつく。


   だから、この中に入れて?


   良いけれど…ゆすがなくても良いのかしら?
   何を入れてきたの?


   マンサーナ(りんご)


   林檎?


   ナディが買ってくれたの。


   ナディが、ね。


   …見つけたら飲みたい飲みたいの一点張りで聞かないのよ。


   家にいるとあまり飲めないから。
   町に来ると欲しがるの。


   それでその中に入れてもらうの?


   うん。
   だから、ね。


   分かったわ。
   それ、貸してくれる?


   うん。
   ナディ。


   …なに。


   ロント、喜ぶね?


   あーそうねぇ…。


   ふふ。


   …ところで、青目。


   うん?


   うん?じゃない。
   結果は?


   エリス。


   なに?


   て、また話を


   貴女は少し、白血球の数が少ないわ。


   はっけっきゅう?


   血液に含まれている細胞成分なのだけれど。
   然うね、体を守ってくれているもの、かしら。
   はい、どうぞ。


   ありがとう。


   貧血を感じた事は無いかしら?


   ひんけつ…。


   時々、ふらっとする時は無い?


   ……。


   …それなら。


   貴女に分かるの?


   うるさいな。


   それで?


   前よりかは減ってきている。


   前よりかは、ね。
   特に酷かった時期は?


   …この子を産んだ後、暫く。


   然う。


   ナディは私より私に詳しいの。


   …。


   惚気、有難う。


   …うるせ。


   それでナディ、貴女なんだけど。


   …。


   左腕の事は残念ながら分からなかったわ。


   …別に良いわよ。
   動かないわけじゃないし。


   …。


   で?


   あとは…然うね、少しホルモンバランスが崩れているそうよ。


   ホルモン?


   ええ。


   で、それが崩れるとなんだって?


   …。


   ブルーアイズ?


   …貴女、ちゃんと月経はある?


   あ?


   生理。


   …。


   あるの?


   つか、あんたにわざわざ教える事じゃ


   ナディ。


   …。


   どうなの。


   ……あるわよ。


   なら、良いけれど…。


   で、ちびは?


   問題無いわ。
   いたって健康だそうよ。


   あ、そ。


   これに詳しい数値や説明が書いてあるわ。
   私が今、説明しても良いけど


   遠慮しとく。


   と、言うと思ったから。
   分からない事があったら、


   エリス。


   うん?


   帰るよ。


   いえっさ。


   そんなに急いで帰らなくても良いじゃない。
   もう少し、


   嫌だ。


   ナディ、人の多いところ、好きじゃないから。


   それは知っているわ。
   でも折角だから


   遠慮する。
   エリス、ロントはあたしがおんぶする。


   ん。


   奢るわよ。


   ……。


   エリス、何か食べたいものは無い?


   んー……。


   …エリス、行くよ。


   だって。


   一瞬、考えたわね。


   考えてない。


   考えた?


   エリス。


   ふふ。


   実は予約してあるのよ。


   は?


   用意周到?


   たまには付き合いなさい。


   い


   ナディ。


   ……。


   ね。


   ……あたしはあんたのごはんの方が良い。


   知ってるよ?


   …。


   ナディ。


   ……いえっさ。


   相変わらず、ね。


   うっせ。


   相変わらず、なの。


   エーリース。


   …ふふ。








   あーあ。


   おいしかったね。


   まぁ、まずくはなかったけど。


   この町で最も評判のレストランなのよ。


   ふぅん。


   貴女はどこまでもエリスが良いのね。


   …ほっとけ。


   でも、おいしかったね?


   …まぁ、おいしかったけどさ。


   あくまでもエリスの作るごはんの方が良い、と。


   …。


   ご馳走様。


   …あんたには分からないわよ。


   何を、かしら?


   …。


   是非とも、教えて欲しいわね。


   …誰かが。


   誰かが?


   …自分の為に、自分を想って作ってくれるごはんは何よりもおいしい。


   …。


   金を幾ら出したところで、それには敵わない。


   …なるほど。
   要はエリスにべた惚れって事ね。


   は?


   だって、然うなのでしょう?
   寧ろ、然うとしか聞こえないわ。


   ……。


   エリス。


   なに?


   今更だけど…検査、大丈夫だった?


   …ナディが、いてくれたから。


   …。


   だから。


   …然う。
   良かったわ。


   うん。


   ねぇ、エリス。
   今、仕合わせ?


   うん、とてもしあわせ。


   なんて、聞くほど野暮なものは無いわね。
   表情(かお)を見ていれば分かるもの。


   聞いたのに?


   ふふ。
   ロント、また寝ちゃったわね。


   くいしんぼ。


   …うん?


   だったでしょ?
   ナディにそっくりなの。


   …エリス、いらん事言わないで良いから。


   いえっさ。


   良く寝ているわ。
   よっぽど疲れちゃったのね。


   …エリス。


   なぁに…?


   あんたは?
   疲れてない?


   …ん、大丈夫だよ。


   なら、良いけど…。


   …心配性?


   悪いか。


   …悪くない。
   嬉しい。


   ……。


   て、何。


   見れば見るほど、貴女達に似ているから。


   …勝手に触るなっつの。


   頬、柔らかいんだもの。
   子供のうちだけよね、こんな柔らくて綺麗な頬は。


   私達の子供だから。


   うん?


   私達に似ているの。


   …ええ、然うね。


   ブルーアイズ。


   …何かしら?


   …。


   ナディ?


   これからも、やんなきゃいけないの。


   …え?


   健康診断。


   …然うね。
   定期的に受診した方が良いわね。


   …ロントも?


   ええ。


   ……あ、そ。


   気になるのはそれだけかしら?


   …採血。


   ……。


   あれ、もう少しなんとかなんないの。


   …ああ。


   みんなで押さえつけて、さ。


   親、なのね。


   …今更。
   で、どうなの。


   この子、これまでに健診を受けた事が無かったでしょう?
   予防接種も。


   …無いけど。


   だから、よ。


   …どういう意味?


   採血と検尿で大体は分かるらしいわよ。


   …。


   今回は問題無かったけれど。
   子供と言えど、健診は定期的に受ける方が望ましい。
   言うまでも無いわ。


   ……。


   とは、言え。
   採血は…本当に定期的で良いと思うわ。
   歳を取れば、毎年検査した方が良いのだけれど、この子くらいなら。


   …あ、そ。


   それじゃあ、名残惜しいけれど私はここまでで。
   今から本社に戻らないといけないから。


   今から戻るの?


   ええ。


   だったら余計、結果だけ送ってくれれば良かったのに。
   わざわざ


   有難う。


   何が。


   さぁ、何がかしらね。


   …どうでも良いけど。


   エリス、体には気をつけて。


   ありがとう。
   ブルーアイズも働きすぎないようにね。


   ふふ、有難う。
   これからもちゃんと、ナディに食べさせて貰うのよ。


   ん。


   …あんたに言われなくたって。


   だからね、ブルーアイズ。


   ん?


   私はおいしいごはん、いっぱい作ってナディに食べさせてあげるの。


   む…。


   然うね。
   何しろナディはエリスの作るごはんが、世界のどんな料理よりも、大好きらしいから。


   ふふ。


   ……。


   ナディ。


   …何。


   貴女も体には気をつけて。


   …あんたもね。


   ロントは…次に会う時は屹度、もっと大きくなっているわね。


   良く食べるから。


   ナディにそっくり。


   エリス。


   …ふふ。


   それじゃあ、また。


   …また。


   またね、ブルーアイズ。
   ありがとう。








   …エリス。


   ん…。


   そんなとこで寝たら、躰に良くない。


   …ねてないよ。


   良く言う。


   ……。


   …疲れたのなら、


   つかれてない…。


   …。


   …つかれてない、から。


   エリス。


   …ねぇ、ナディ。


   うん…。


   …けんさした、ひと。


   検査…?


   …あのひと、まえに。


   ……?


   ううん、なんでもない…。


   …そ。


   ね…はやく、となりにきて。


   ……言われなくても。
   今、行こうとしてた。


   …。


   …エリス。


   ナディ……。


   …。


   …ねぇ、して。


   …。


   して…ナディ。


   …ばぁか。


   う…。


   …言われなくても、するよ。


   ナディ…。


   ……。


   …ん。


   …。


   んぅ…。


   ……。


   ……。


   ……今日はこれでおしまい。


   …ナディ。


   足りない…?


   ……。


   ……目。


   …?


   …とろん、としてる。


   …。


   ……逢った頃のあんたは、良く寝てたっけ。


   よくじゃないよ…。


   いーや、良く寝てた。
   いつも眠たそうな目、しててさ。


   むぅ…。


   …あまりにも寝てばっかりだからさ。


   ん、ナディ……。


   …。


   …なぁに。


   いつから、か。


   …。


   泣かなくなった。


   …なく?


   ……寝てる時に。


   …。


   逢った頃は…泣いていたよ。


   ……。


   …けど。
   いつからか、泣かなくなった。


   …ナディが。


   …。


   いるから。


   …。


   …いて、くれるから。
   わたしはもう、なかない。


   ……嘘つけ。


   …。


   すぐ泣くクセに…。


   …それ、は。


   ……。


   ナディが、わたしにさわってくれるから…。


   …。


   …ナディのあついてが、わたしのからだにふれるたび。
   かんじょうが、あふれてくる…いっぱいに、なる。


   …エリス。


   ……だから、ナディのせい。


   …。


   せい。


   …あーそうかい。


   ん、そうなの…。


   ……。


   ……。


   …早いけど、今日はもう寝ようか。
   ロントも寝てることだし…。


   …ナディ。


   もっとあげたいとこだけど…あたしも今日は疲れた。


   …。


   やっぱり静かなところで、あんたとこうしてるのが一番良いな…。


   ……。


   …エリス。


   …ひだりうで。


   ん…。


   …わからなかったね。


   ……別に、構わない。


   でも…。


   無くなったわけじゃない。


   …でも。


   無くなったって、構わない。


   ……。


   …あたしはこれで良い。
   これで、良いの。


   ナディ……。


   あんたと一緒になれたから。


   …!


   …これが、その証拠ならば。
   一生、このまま生きていく。


   ナディ…。


   あんたと、ずっと…。


   …ナディ…ナディ…。


   …。


   …すき……だいすき…。


   ……エリス。


   …。


   …もう、検査は受けない。


   ……。


   あたしには、あたし達には必要無い。
   あたしはあんたがいれば、生きていけるから。


   …わたしは、あなたがいればいきていけるから。


   あたしの命は…あんたに繋がっているから。


   …わたしたちは、つながっているから。


   ……。


   ……でも。


   …。


   ロントは……


   …分かってる。


   …。


   ……けど。


   …。


   …今日はもう、寝て。
   明日、考えよう…。


   …。


   …人の多いところに行くと、なんでこんなに疲れるのかな。
   昔は、そうでも


   とかいのおんなじゃないから……。


   …。


   …ないから?


   エリス…。


   …ふふ。


   ばぁか…だったら、あんたもだ。


   …エリスは、とかいのおんな。


   どこが、だ…。


   ……にたものふうふ?


   …。


   ん……ナディ。


   …行こうか?


   つれていって、くれる…?


   …。


   つれていって…。


   ……いえっさ。


   ……。


   …あまえんぼエリス。


   にたものふうふ、だから…。


   …良く言う。


   ん……。


   …エリス。


   なぁに…?


   …また明日。


   ん、またあし





   ナディ、エリスーー!





   …あ?


   ロント。


   ロント、おなかへったー!


   て、あんた寝てたんじゃ。


   おきた!


   また寝なさい。


   ロント、ねむくないよ?


   それでも


   ねむくないの!


   …寝すぎ?


   ごはん、ごはん!


   町で散々、食べたでしょうが。


   …?
   たべてないよ?


   嘘つけ。
   エリスの分まで食べたでしょうが。


   うー、おなかへったー。


   今日はもうおしまい。
   明日になったら


   やだ、おなかへった!
   ごはん、ごはん!


   ロント。


   うーー。


   ロンティタ、ちょっと待ってて。


   …う?


   エリス。


   ちょっとしたものしか、作れないけど。
   我慢してね。


   いえっさ!


   エリ


   おろして、ナディ?


   …エリス。


   おなか、へってたら。
   眠れないから。


   だからって、あんたも疲れてるのに。


   …だから、ナディ。


   ……。


   てつだって…ね。


   エリス。


   ごはん、ごはん。


   …ああもう。
   ごはんごはん聞いてたら、あたしまで小腹がすいてきたっつの。


   あんなに食べたのにね…?


   エリス、トマトあったっけ?


   …ん、あるよ。


   躰があったまるソパ(スープ)、作る。


   ん…いえっさ。
   ロントも良いよね?


   ソパー!


   よし。
   じゃあ作ろっか、エリス。


   ん、つくろう…ナディ。








   今後、あの子がどうなるかは結局、誰も分からないのよね。


   …ですね。


   あの子の中に魔女の力が無いとは言い切れない。


   今は未だ、眠っているだけ。
   そう、考える方が妥当かも知れません。


   だからって、覚醒するとも限らない。
   私が然うだったように。


   はい。


   何にせよ、親があの二人だから。


   …大丈夫、でしょうか?


   だからこそ、あの二人にはもっと自分を大事にして欲しいのだけれど。


   ……。


   何を笑っているのかしら?


   まるで、母親のようですね。


   …せめて、保護者って言ってくれないかしら?


   母親は世界で最も子供が心を許す保護者ですから。


   …一概に然うとは言えないけれど。
   私は父の方が好きだったし。


   ……。


   うん?


   そう言えば、聞いた事ないですね。


   何を。


   貴女の、家族の話です。


   ああ。


   …良ければ、聞いてみたいのですが。


   いたって普通の家族よ。
   父と母がいて、それから…。









   おいしー。


   それは良かった。


   良かったね、ロンティタ。


   えへへ。


   食べたら、寝んのよ。


   えー。


   えー、じゃない。


   むー。


   ふふ。