直ぐ傍で、泣き声が、する。
    手を伸ばして、その頭を撫でようとするけど、動かない。
    手だけじゃない、そもそも躰自体動かない。
    その間も泣き声は止む事なく、続いてる。
    どうにかして動かして、その子の頭を、頬を撫でてあげたい。
    大丈夫、ここにいるよ、て。








    ………あ。


    あ。


    ………え、と。


    ナディ…!!


    わ…ぷ。


    ナディ、ナディ、ナディ、ナディ、ナディ…!


    わ、分かったから、てか、よびすぎ、よびすぎだって…。


    …ナディ、ナディ。


    あと、ちょっとくるしい…。


    ……。


    …エリス。


    ナディ…。


    どしたのよ…?


    ……。


    おきてそうそう、めのまえにあんたの泣きがおじゃ、めざめによくないんだけど…?


    ……だって。


    ほぉら、なかないの…。
    一体、どうしたっていうのよ…?


    ……。


    ん…?


    ……。


    …やれやれ、しょーがないヤツだなぁ。


    ……。


    ……あ、れ。


    …ナディ?


    ……。


    どうしたの…?


    ……え、と。
    おきられない、んだけど。


    …!


    あ、れ…。


    ナディ……。


    …て、なによそのかお。


    ……わたしのせい、だ。


    はぁ…?


    わたしが、わたしがナディのからだを…。


    なぁにいってんの。
    ちょっとちからが入らなかっただけだって。


    ……。


    ほぉら、泣かないの…。


    …。


    …て。
    あれ、手も…?


    ……。


    …お。


    …これで、いい?


    うん、これでやっと…。


    …やっと?


    なでて、あげられる。


    ……。


    なんだかさ、泣きごえが、ずっときこえてたような気がして…。


    …。


    …め、あけたら、あんたが泣いてたから。


    ……。


    なにがあったんだか、知らないけど…泣かないの。


    ……う、ん。


    よしよし…。


    ……えへへ。


    ……。


    ……。


    …そうだ。


    …?


    おはよ、エリス。


    …あ。


    おきたら、おはよう、でしょ?


    …そうだった。
    おはよう、ナディ。


    うん。


    それから……。


    …ん。


    ……おはようの、キス。


    …たく。


    ナディ。


    ん…?


    …起きられそう?


    うん。
    さっきはなんだか、うまく力が入らなかったけど…。


    …。


    今度、は……。


    ……。


    ……あれぇ。


    ナディ…。


    ………動けない。


    …ッ!


    て、そんなしんこくなことじゃ、ないって。


    でも…!


    なんていうか、あれだ。


    ……。


    ………おなか、すいた。


    ……え?


    おなかと、せなかがくっつきそう…てか、くっついてるかも、もう。


    ……。


    あと、水がほしい…な。


    ……。


    …て、こんどはなぁに。


    くいしんぼうナディ。


    んだとぅ…?


    えへへ…。


    …あー、おなかすいたぁ。
    のども、かわいたぁ。


    水、持ってくるね。


    うん、おねがい。


    あと、ごはんも。


    うん。
    …て、もうできてるの?


    簡単のものを用意するの。


    そ。
    んじゃ、よろしく。
    おなか、すきすぎてうごかけないから、てつだえないけど。


    良いよ。
    後で何か、やって貰うから。


    なにかって、なによ。


    その時、考える。


    あ、そ。


    …。


    ん、なぁに?


    …ナディ。


    ……あまえんぼう。


    そうだよ。


    …。


    ……そうなの。


    よしよし…。


    ………だいすき。


    ん…。


    ………。


    ………。


    ………。


    …あー、エリス。


    …。


    おなかが、ね……?


    ……くいしんぼ。


    やかましい。


    えへ。
    直ぐ、作るね。


    よろしくー。


    いえっさ!








    わぁお。
    すっごいいいにおいがするー。


    なんだと思う?


    これは……分かった、チーズ。
    チーズでしょ?


    うん。
    チーズが残ってたから、かけてみたの。


    すごいおいしそう。


    起きれる?


    うん、多分。


    …。


    お…。


    …これで、良い?


    ありがとう、エリス。


    どういたしまして。


    んー…。


    どうしたの?


    いや、別になんでもない。
    で、どれどれ?


    これ。


    …いもに、チーズ。
    ああ、すっごくおいしそう。
    んじゃさっそく


    ナディ。


    んお?


    いただきます?


    …いただ?


    食べる時は、いただきます。


    …はい、いただきます。


    はい、召し上がれ。


    …。


    なぁに?


    いや、エリスに行儀のことを言われるなんてなぁ、て。


    エリスは行儀が良いから。


    …。


    食べないの?


    あ、たべるたべる。
    んじゃ改めていっただきまーす!


    待って。


    …あ?


    あまりがつがつ食べちゃだめ。


    え、なんで?


    お腹に良くないから。


    ……えーと?


    ゆっくり食べるの。


    ゆっくり、と言われても。


    良く噛むんだよ?


    うー…。


    分かった?


    …努力はする、けど。


    するの。


    ……あの、エリス。


    うん?


    分かったから、食べてもいい?
    もう、限界なんだけ…ど。


    よし。


    あたしは犬か…。


    えへへ。
    食べても良いよ、ナディ。


    やった。
    いっただきまーす。


    うん。


    ………あーーー、おいしー!
    いきかえるーー!!


    大袈裟。


    本当のことだからしょーがないじゃない。
    ああ、これでパンがあったらもっと最高かも!


    無いね。


    ないねぇ。


    ナディが食べちゃったから。


    おい。


    えへ。


    …まぁ、良いけどさ。
    あーしかし、本当においしい。しあわせ。


    …。


    そういやエリスは?
    食べないの?


    私は


    一緒に食べようよ。
    エリスと食べたらもっとおいしい。


    …。


    エリスの分もあるんでしょ?
    それとももう、食べちゃったの?


    …ううん。


    じゃあ、一緒に食べよ?
    て、エリスが作ったんだけどね。


    …私の分は、無いの。


    え、なんで?


    …お腹、空かなかったから。


    空かない、て。
    今も?


    …。


    食欲、無いの?
    …まさかどこか


    ううん、大丈夫だよ。


    でも


    大丈夫。


    ……。


    …けど。


    けど、何?
    やっぱり


    おいしいそうに食べるナディを見てたら、お腹空いてきちゃった。


    ……。


    ナディの食べっぷりは圧巻?


    …どうせ、あたしは食いしん坊ですよー。


    ふふ。


    はは。


    …。


    …こらこら、食事中だって。


    ……いいの。


    しょーがないやつ…。


    …へへ。


    で、エリスの分はないんだっけ?


    …うん。


    じゃあ、これ半分ずつにしよう。


    でもそれはナディの…


    良いの良いの。
    と言うか結構、量あるし。


    …そう?


    うん。


    食べきれない?


    …んー。


    …。


    食べきれる、けど。
    でも、良いの。
    エリスと食べたいから。


    ナディ…。


    さぁ、食べよ?
    二人で。


    うん!








    …あー。


    …。


    食べた食べた…満足だぁ。


    …足りた?


    うん、足りた足りた。


    …本当に?


    て、どういう意味よ?


    足りないかと思って。


    あのねぇ。


    …ん?


    だからだなぁ…。


    足りた?


    …。


    …。


    ……少し、足らない。


    やっぱり。


    でも、食べすぎは良くないし。


    おいも、まだあるよ?


    だから大丈夫だって。


    本当に?


    ほんとに。


    じゃあ、また後でね?


    うん、後で。


    その時は手伝ってくれる?


    そのつもり。
    エリス。


    ん?


    ごちそうさま。
    すごくおいしかった。


    …うん。


    あぁ…。


    …。


    ……。


    …ナディ?


    ん、いや…なんか、久しぶりに食べたなぁ、て思って。
    そんなわけ、無いのにね。


    ……。


    でもあのお腹の空きようは……。


    ……。


    ……ちょっと、子供の頃を思い出した。


    子供の…。


    一人ぼっちになってからさ。
    その日を食べるのがやっとだったから。


    …。


    食べられない日なんて、ざらだったし。


    …初めて聞いた。


    …。


    どうして…?


    …話してない事、まだあったな、て。


    ……。


    へそ、曲げた?


    …曲げてない。


    そっか、良かった。


    …話したくなかったの?


    まぁ、ね。
    と言うよりあまり思い出しくない思い出だしね。
    覚えてる分だけ、余計。


    ……。


    ばあちゃんの教えを破って、良く盗んだ。
    生きる為に必死だったし、それに手っ取り早いから。
    足も速かったし。


    盗む…。


    あとは……まぁ、ごみ漁りとかね。


    ……。


    それから……


    …それから。


    躰を売る、とか。


    …!


    …ま、やらなかったけどね。
    銃を持ってたし…それにほら、あたしはセクシーじゃなかったし?


    ……。


    …エリス。


    ……。


    …ごめん、聞きたくない?


    ううん…。


    …。


    …。


    …野良犬に追い掛け回されたこともあったかな。
    縄張りの餌、取っちゃったから。
    もう、必死で逃げたわよ。


    …だから。


    うん、今でも苦手なのはそのせいだと思う。


    ……。


    寝る場所も必死。
    あの頃から深い眠りを摂らない事に慣れた。
    寝入ったところを襲われたらたまんないしね。
    起きたら売り飛ばされてましたじゃ、洒落にならない。


    …椅子。


    椅子があれば上等な方。


    ……。


    …でも、今はさ。


    ん…。


    お金は相変わらず無いけど。
    家族が、あんたがいる。


    …。


    家があるわけでもなくてやっぱり根無し草かもしれないけど、でも違う。


    …。


    あたしの根っこはエリス、あんたに根付いちゃったから。


    …。


    まぁ寝る場所は星の下だったりするけど。
    でも、あの頃とは全然違う。
    ごはんもおいしいしね。


    …。


    …それに。


    ……ナディ。


    もしかしたら、ここに…。


    ……。


    ……ごめん、エリス。


    え…?


    ……あまり、覚えてない。


    ……。


    酷い事をしたかもしれない…いや、した。


    …。


    覚えてるのは…あんたを、ん。


    ……。


    エリス…。


    …ばか。


    え?


    ……私の方が、もっと。


    ……。


    ナディ、ね…。


    …うん。


    ずっと、寝てた。


    ……ずっと?


    一週間、ずっと。


    ……うそ。


    嘘じゃない。


    ………。


    水だけは、なんとか飲んでくれたけど…。


    …そっか。


    ……私が、ナディの躰を弄ったから。


    …。


    ナディは人間なのに…。


    だとしても。
    あたしは後悔なんてしてない。


    …。


    それにこうして目を覚ましたし。
    また、エリスに触れることが出来てるし。


    ナディ…。


    ねぇ、エリス。


    ……ん。


    躰、大丈夫…?


    ……。


    …ん?


    ナ、ディ…。


    …。


    ばか…ナディの、ばか。


    ……。


    …このまま、ずっと目を覚まさなかったら…て。


    ん、ごめん…。


    …違う、ナディは悪くない。
    悪いのは…。


    誰も、悪くない。


    ……。


    エリス。


    けど、私が


    エリス。


    ……。


    …大丈夫?


    ……う、ん。


    なら、良かった。


    ……。


    ごめんね、エリス。
    寝坊して。


    ……。


    …でももう、大丈夫。
    もう、寝坊したりしない。


    ……。


    だから、泣かない。
    ね?


    ……。


    ほら、いえっさは…?


    ……いえ、さ。


    …。


    …ねぇ、ナディ。


    ん…。


    …一緒に


    おいで。


    ……。


    …ちょっと、疲れたし。
    片付けは後にしてさ、一緒に横になろ?


    …。


    ね、エリス。


    ん…。








    …。


    …。


    ……こういうの、やっぱり良いなぁ。


    …何の話?


    こういう、はなし…。


    …ん。


    ……。


    …ナディ、苦しい。


    はは、ごめんごめん…。


    …。


    …。


    ナディ。


    …んー。


    どんな、話?


    …聞くか?


    うん、聞く。


    …どうしようかな。


    教えて。


    ……もしも、さ。


    ん…。


    本当に…いるのなら。


    …。


    …そしたら。
    旅なんて、止めて…。


    ……。


    …どこかで、暮らすの。
    家族みんなで…。


    …。


    ……エリスは、いや?


    ううん…ナディが良いなら、良いよ。


    …。


    …ナディが良いなら、私はそれで良いから。


    …そっか。


    …でも。


    でも…?


    …私は、目が輝いているナディが好きだから。


    ……。


    大好き、だから。


    …うん、知ってる。


    …。


    ……エリス。


    ナディ…。


    …夢みたいに、しても良い?


    ゆめ…?


    あんたが見たって言う…。


    ……あ。


    だめ…?


    …良いよ。


    ありがと…。


    ……。


    ……あったかい。


    …。


    ……もしも、本当に。


    ナディ、くすぐったい。


    …。


    …けど、しあわせ。


    ……うん、あたしも。


    …。


    …ふふ。


    ……えへへ。


    ねぇ、エリス…。


    …なぁに?


    どんな感じなの…?


    …。


    や、だから…。


    ……。


    …エリス?


    ……ごめんね、ナディ。


    え…。


    …。


    なんで…?


    ……分からないの。


    わかんない…?


    …。


    エリス、それって…。


    …ごめんなさい。


    …。


    ……。


    …。


    ……出来ると、思ってた。


    …。


    だけど…やっぱり私は、神さまじゃないから。


    そりゃ、そうよ。


    ……え。


    エリスは魔女の力を持ってるだけ。
    神さまなんかじゃないって。


    …。


    嘘じゃ、なかったんでしょ?


    …でも。


    あんたは出来ないコトは言わない。
    だから、嘘じゃない。


    けど…。


    良いよ、別に。


    けど、苦しい思いをしたのに…。


    良いの。


    …。


    それにさ、出来てないなんてまだ決まってない。


    え…。


    …あたしは、確かに感じたから。


    感じた…。


    …あんたは、感じなかった?


    …。


    あたしの…あたしが生んだ、命。


    …!


    あたしは確かにあんたの中に…。


    ……感じた、感じたよ。


    ん。
    なら、分からない。


    …。


    …もしも、今回がだめだったとしても。
    それでも、欲しいと言う気持ちが変わらずにあるのなら…。


    ナディ…。


    …また、すれば良い。


    でも…でも…。


    一回失敗したくらい、なんて事ない。
    そもそも一回くらいで出来るもんじゃない、と思うし。


    …。


    大体ね、エリス。
    人生には失敗がつきものなんだって。
    失敗の無い人生なんて、きっと、無いの。


    …。


    一つ、覚えた?


    …。


    ん…?


    ……あのね。


    うん。


    ……重なったの。


    …ん?


    ナディの命と、わたしの…。


    ……。


    …すごく、熱くて。
    すごく、すごく…。


    ……。


    …からだが。
    どうかなってしまうくらい…。


    …。


    …。


    …やっぱり、分かんないな。


    …?


    ほら、そもそも気付いて確信するのは何ヶ月か経ってからって言うじゃない?


    …そうなの?


    そうなのって。


    すぐに分かるものだと思ってた。


    おいおい。


    私、魔女だから。


    魔女なんて、関係ないでしょ。


    …。


    分からなくて、良いの。


    …そう、なんだ。


    そうなの。
    分かったら、つまらないじゃない。


    つまらないの?


    あたしは、つまらない。


    私はすぐに知りたい。


    …お。


    知りたい…。


    ……やれやれ。


    …。


    エリス、さ…。


    …。


    結婚式、しようか。


    …式?


    そう、式。
    まだ、してないでしょ?


    …そう、だけど。


    したくない?


    …したい。


    じゃ、しよう。


    けどお金が…


    うん、ない。


    …賞金稼ぎ?


    お金はかけない。


    ……。


    いや、あんたのドレスぐらいはなんとかしたいか。
    となると、稼がないと。


    ナディは


    あたしはあんたのドレス姿が見たい。


    ……。


    て。
    不釣合いか、さすがに。


    …そんなこと、ない。


    …。


    ないよ、ナディ…。


    …うん。


    いつ…?


    動けるようになったら。
    すぐには出来ないけど、必ず。


    ……。


    する。


    ……私も。


    お…。


    …見たい。


    …。


    ナディの…花婿姿。


    でもなぁ…て、ん?


    …。


    花婿?


    …えへへ。


    エーリースー。


    …冗談。


    たく。


    …ナディも似合うよ。


    …。


    ドレス…。


    …いや、あたしはいいや。


    どうして…?


    なんか、ガラじゃない。


    …似合うと思うのに。


    良いって。


    似合うと思う。


    良いの。


    …思うのに。


    しつこい。


    …。


    …じーっと見るな。


    ふふ…。


    見るなって…。


    …ん。


    …。


    …こんなに近いと。
    ぼやけちゃうね。


    …。


    よく、みえない…。


    ……あんたの目は。


    め…?


    逢ったころからぜんぜん、かわらない。
    きれいなままで…。


    …。


    あたしはそれが……少し、苦手だった。
    自分の汚い姿を映されているようで…。


    ナディ…。


    ……。


    ……ナディ。


    …。


    …抱き合うとね。


    …?


    お互いの顔が見えなくなっちゃうんだよ。


    …まぁ、そうだろね。


    だからね、たまには離れることも大切なんだって。
    愛しい人を見失ってしまう前に。


    …。


    離れて…お互いの顔を見るの。
    見詰め合って、また抱き合うの。
    それを何度も繰り返すの。


    …うん。


    …。


    …。


    ……ナディの目、大好きだよ。


    …ありがと。


    …。


    …。


    …今も、苦手?


    さて、どうかな…。


    ん…。


    …けど。
    あたしはあんたの目が大好きだから…。


    …ナディ。


    …。


    …キス、してもいい?


    お…。


    …。


    …こらこら。


    だめ…?


    …だぁめ。


    …どうして?


    ど・う・し・て・も。


    な・ん・で?


    な・ん・で・も。


    し・て・も・い・い・と・お・も・う。


    だめって言ったら、だーめ。


    …。


    …けど、そうだな。
    おやすみの、だったらいいかな。


    …そのつもりだった。


    ほんとーかなぁ?


    …。


    …ほんとうはどんなキスがのぞみ?


    ……。


    …ほら、エリス。


    だめ、じゃないの…?


    …あたしからするのは、いいの。


    …。


    …いや?


    ……いや


    …。


    じゃ、ない…。


    ……エリス。


    …。


    …。


    ……。


    ……。


    ……けっこん、しき。


    …。


    …しようね。


    ん…約束。


    ……。








   躰を弄った代償はずっと、大きくて。
   彼女の体力はなかなか元に戻らなかった。
   このままでは旅もままならないなぁ、と。
   然う言って笑う彼女、夜には優しくキスをくれて抱き締めてくれる彼女。
   私は悪い魔女だから、そんな彼女に甘えたまま。
   これからも、ずっと。








    あれから一週間、か。


    ナディ。


    エリス、出掛けるの?


    うん。


    町?


    食べ物、買いに。


    そっか。
    じゃあ、行こう。


    一人で行けるよ?


    あたしも、行く。


    ナディはお留守番。


    だめ、行く。


    …躰、大丈夫なの?


    大丈夫。


    …。


    …大体。
    一人で行かせて、変な野郎にでも


    心配?


    …。


    エリスのこと、心配?


    …。


    淋しい?


    …は?


    一人だと。


    べ、別にそういうわけじゃ。
    あんたはちゃんと帰ってくるし。


    …。


    いや、だからだな…。


    …心配?


    ……繰り返すな。


    ナディは心配症。


    …うっせ。


    えへへ。


    …ポンチョ、取ってくる。


    ナディ。


    行くから。


    うん、行こう?


    …で、何。


    どう?


    …。


    躰。


    …一週間も寝てると、やっぱり鈍ってる。


    うん、聞いた。


    思ってる以上に、鈍ってる。
    もう一寸、かかるかもしれない。


    …そっか。


    でも最初の頃よりは、まし。


    うん、見てれば分かるよ。


    …すぐには疲れないようになったし。


    ナディは元々、そこらへんの野郎より体力があったから。


    こら。


    えへ。


    大体、あんたの方が体力あるでしょうが。


    エリスは荒くれ者じゃないから。


    おい。


    えへへ。


    たく。
    まぁ、買い物にだって行けるし。


    運転はエリス。


    …。


    ん?


    …そこは、任せる。


    いえっさ。


    …ポンチョ、取ってくるから。
    ちゃんと待ってなさいよ。


    うん、待ってる。


    ……。


    ……。


    …そう、言えばさ。


    取ってきた?


    いや、まだ。


    ん?


    そろそろ、やばいと思うんだけど。


    やばい?


    …お金。


    あともう少し。


    そう?


    いざとなったら、トランプ(コレ)



    …やるつもりだったんかい。


    がんばる。


    パン代にもならないって。


    ならないかな。


    ならないでしょ。


    やってみないと分からないよ?


    分かるでしょ。


    分からない。


    その自信は


    ナディが大袈裟にしてくれるなら。


    …いや、それでも駄目だったし。


    ナディ。


    あ?


    ポンチョ。


    あーはいはい、そうね…。


    …銃は。


    え?


    どうするの?


    …。


    躰、まだ…。


    ま、無いと変な感じだし。


    だけど、重くない…?


    一寸ぐらいなら、大丈夫。


    …。


    大丈夫。


    …うん。


    ま、こっちも鈍ってるかもしれないけどね。


    使っちゃ、だめだよ?


    はーい、分かってます。


    …。


    はは。


    …えへへ。








    それは、いつ?


    未だ、分からない。


    そう。


    ……。


    けど、するのね?


    うん、するよ。


    やっと、と言うべきかしらね?


    私はいつでも良かったから。


    それで結局はしなかったとしても?


    うん。


    そう…。


    それでも私たちは家族だから。


    …然うね。


    …。


    …けれど。
    どっちかと言うと、このまま無いのかと思っていたわ。
    ずっと、何も無かったから。


    嘘は吐かないよ。


    …。


    吐かない。


    …貴女達は似ているわね。


    似てる…?


    と言うより益々、似てきた。


    …。


    元々、似ているところはあったけれど。


    どこが似てるの?


    …。


    そんなに似てるの?


    …ええ、似てる。
    お互いを一途に想っているところなんてそっくりよ。


    …。


    あとは…少し、怖がりかしらね。


    え、なに?


    いいえ、何でも無いわ。
    それで出来そうなの?


    うん、お金はかけないから。


    …と言うより、かけられないでしょうね。


    いつでもお財布は軽いよ?


    ふふ、知っているわ。


    だけど…。


    ん?


    …なんでもない。


    なんでも?


    うん。


    ……。


    それから、あまり似てないよ。


    …え?


    私は…悪い魔女だから。


    ……。


    …。


    …何か、あったの?


    …。


    エリス…?


    …私ね。


    …。


    もしも私が死んだら。


    …何を言っているの?


    …。


    エリス、何があったの?


    …思えないの。


    え、何?


    他の人と仕合わせになって欲しい、なんて。
    思えないの。


    ……。


    …でも、ナディは。
    屹度、思ってくれる。


    …。


    ナディはいつも…私の事を想ってくれるから。
    自分以上に…。


    …。


    私はそんなの…ナディ以外の人と仕合わせになるなんて、嫌なのに。


    …。


    他の誰かと笑ってるナディなんて、嫌。
    そうなって欲しいなんて、どうしても思えない。


    ……。


    …だから。


    …。


    私とナディは似てないよ。


    …。


    …似て、ないの。


    …。


    …。


    …何があったのか、分からないけれど。


    …。


    それは悪い事とは言い切れないわ。


    …悪い事だよ。
    だって…


    少なくとも私は…然う、思う。
    悲しい事かも知れないけれど…でも、想いは消せないもの。


    ……。


    あと。


    …?


    ナディは屹度…貴女だけを想うわ。


    …そんなの、


    貴女はいつでも傍に居るからって。
    魔女だから、なんて冗談めかして言ってね。


    …。


    ……エリス。


    …。


    …泣いていると、ナディが心配するわよ?


    泣いてなんか、ないよ。


    …。


    ない。


    …なら、大丈夫ね。


    それじゃあナディが待ってるから。


    エリス。


    なに?


    ありがとう。


    …。


    教えてくれて。


    約束だから。


    …。


    約束は守るものだから。
    ナディが教えてくれたこと。


    …ナディが、ね。
    私との契約はあっさり破棄してくれたけど。


    ごめんね?


    いいえ。
    今となってはもうどうでも良い事よ。


    そっか。


    最後に一つ、良い?


    …一つだけだよ?


    ナディが待ってるものね?


    ナディはさみしんぼうなの。


    ふふ。


    それで、なに?


    私は、私達は。
    いつでも貴女達を想っているわ。


    …。


    仮令、何があっても。
    然う、どんな事があっても。


    …。


    そして、これからもずっと仕合わせに。
    私たちはそれをずっと願ってる。


    …一つじゃないよ?


    ふふ、然うね。


    …。


    ナディ、待ちくたびれているかも知れないわね。


    ……。


    さぁ、もう行きなさい。
    ナディが待っているわ。


    …ありがとう。


    え?


    ありがとう、ブルーアイズ。


    ……。


    じゃあ、行くね。


    …エリス。


    ん?


    楽しみにしているわ。


    うん、してて。








    エリス。


    ナディ、ただいま。


    遅かったじゃない。


    そう?


    そうよ。
    全く、どこまで買いに行ってたの。
    変なヤツに声、を…。


    …。


    …何よ。


    ナディはさびしんぼう、だね。


    あのなぁ。
    あたしは心配して


    …。


    …あ、いや。


    ナディは心配症のさみしんぼう。


    …。


    それからあまえんぼう。


    な……。


    ん?


    …あーもう。
    そうよ、悪かったわね。


    悪くないよ?


    …。


    悪くない。


    …あ、そ。
    で、買えたの?


    うん、買えた。


    モモの缶詰が欲しいだなんて。
    お金、あまり残ってないのに。


    食べたかったの。


    …。


    ナディと。


    …まぁ、良いけどさ。


    お留守番、ありがとう?


    どういたしまして。
    さぁ、帰るわよ。


    帰る?


    帰るんでしょ?
    まさかまた買い忘れとか言うんじゃないでしょうね?


    ううん、もう大丈夫。


    そ。
    なら、帰ろ。
    人がいるとこ、久しぶりでなんだか疲れた。


    …。


    言っておくけど、体調は大丈夫だからね?
    疲れたけど。


    …うん。


    エリス、荷物。


    はい。


    …おー、これはおいしそうなモモだ。


    風邪ひいた時はモモ缶なんだよ。


    ひいて、ないけど。
    つか風邪ひいたらモモの缶詰なの?


    うん。


    なんで?


    知らない。


    知らないんかい。


    うん、知らない。


    …ま、良いけどさ。


    一緒に食べようね?


    うん、食べよ。
    …て、あれ。


    ん?


    エリス、目が少し赤い?


    ……。


    どうしたの?
    なんかあったの?


    ないよ。


    でも


    ごみが入ったのかもしれない。


    ああそう……て、しれない?


    入ったの。


    …エリス。


    でももう


    見せて。


    …。


    こすってない?
    もう、痛くないの?


    …大丈夫だよ。


    …。


    大丈夫だよ、ナディ。


    …帰ったら。
    目、ちゃんと洗いなさい。


    …。


    いい?


    いえっさ。


    よし。
    あ、運転は大丈夫?
    代わろうか?


    ナディは心配症。


    …。


    私も心配症?


    へ。


    …えへへ。


    あー…。


    まかせて?


    …うん、任せた。


    帰ろう、ナディ。


    ん、帰ろうエリス。


    帰ったらくいしんぼうなナディの為にごはん、作らないと。


    …やかましいわ。


    えへへ。








    穏やかな時間だった。
    体力は中々戻ってくれなかったけど苦になんかならなかった。
    徐々には戻ってきているし。大分、動けるようになったし。その気になれば…いや、別にしたいわけでは無いんだけ、ど。
    何より、新妻よろしく…て、なんか照れるな、この言い方。結婚してもう結構経ってるんだけど…なんか未だに照れくさい。
    何にせよ、昔のあたしからは想像も出来ないこの状況。動けないのは即、命取りだったし。
    …そういえば、最近。
    あたしの世話をかいがいしく焼いてくれる彼女を見てたら、ふと、ニーナを思い出した。
    母親なんてもう覚えていないけれど、でも屹度、母親とはああいう人の事を言うのかもしれない。
    でもどうして思い出したんだろう。忘れたわけでは無いけど、普段はあまり思い出さない。
    似てるわけでもないし、と言うか全然、違うんだけどなぁ。








    …ま、いっか。


    ナディ。


    エリス。


    ごはん、出来たよ。


    ほんと?


    うん。


    今日の夕ごはんは何かな?


    ロモ・サルダート。


    おお。


    すぐ来る?


    うん、今行く。


    …。


    今日のごはんはチファかぁ。
    エリスはほんとに何でも作れるなぁ。


    良い嫁?


    うん、すごく。


    ナディ。


    ん?


    調子、良さそう?


    うん、大分ばっちり。


    …もうあんまり疲れない?


    うん、疲れない。
    躰も重くならない。


    …。


    これもエリスがおいしいごはんを作ってくれるから。
    ありがとね。


    …ううん。
    エリスはナディの嫁だから。


    当然?


    …ん、当然。


    うーん…。


    …ナディ?


    今日も空、高いね。


    …そうだね。


    届かない。


    うん、届かない。


    届いたら、怖いもんね?


    …ふふ。


    …。


    …。


    そろそろ、行けるかな。


    …そろそろ?


    そう、そろそろ。


    …旅?


    うん。
    誰かさんが嫌じゃなかったら、だけど。


    …。


    どう?


    いや、じゃない!


    わ、と。


    えへへ。


    こらこら、いきなり飛びつかない。


    …ん、ごめん。


    やっぱ似てないよなぁ…。


    …?
    なぁに?


    いや、何でもない。
    手、洗って行くから。


    …うん。


    …。


    …。


    …ほら、エリス。


    ナディ、お願いがあるの。


    お願い?


    ん。


    あんたがそんな言い方するの、珍しいわね?


    たまには。


    ま、良いけど。
    で、なに?


    あのね…。


    …。


    ごはん、食べたら…。


    うん。


    ……。


    …え?


    …。


    え、と…。


    ……それは、だめ?


    いや…。


    …。


    …良い、けど。


    ほんとう?


    …。


    …して、くれる?


    うん…。


    ……嬉しい。


    でも、さ…。


    …やっぱりだめ?


    いや、だめじゃ…ないんだけ、ど。


    …やっぱりまだ、


    少し、休まないと。
    食べた後すぐじゃあ…きつくない?


    ……。


    ねぇ?


    …えへへ。


    何よぅ。


    …ナディはやっぱりナディ。


    当たり前だ。


    …私の大好きなナディ。


    …。


    …。


    ……エリス。


    おなかと背中、くっつきそう?


    …までは、いかないけど。
    おなか、すいてきた。


    くいしんぼう。


    エリスのごはんがおいしいせい。


    エリスのせい?


    そう、あんたのせい。
    あんたがおいしいごはんを作ってくれると思うから、おなかもへるの。


    …。


    でもってそれは…とても仕合わせなコト、だから。
    もう、絶対に手放せない…。


    ナディ…。


    ちゃんと覚えておきなさいよ?


    …うん、忘れない。
    ずっと、ずっと、忘れない…。


    …よし。
    じゃ、そういうわけだから。
    ごはんにしよ、相棒。


    …いえっさ、相棒。








    求めて。
    欲しがって。
    足りることなんて、屹度、無くて。
    これからも我侭を言っては貴女を困らせて、苦しめて、でも離れる事なんて私には出来なくて。



    求めて。
    欲しがって。
    足りることなんか、絶対、無くて。
    これからも、何があろうと絶対に離さない、貴女はあたしの、あたしだけのものだから。








    …。


    …ナディ。


    ん…。


    …。


    え、と…くすぐったいんだけど。


    …傷だらけ。


    え?


    やっぱり、傷だらけ。


    …こらこら。


    …エリスを守ってくれた痕。


    ……。


    …。


    ……くすぐったいって。


    エリスが、つけた痕…。


    …そんなの、無いけど。


    この中に、あるよ。


    …。


    …この中に。


    ……あのさ。


    …。


    あたしの中は…。


    …。


    …。


    ……同じ負担を。
    かけるかもしれないから…。


    …そっか。


    …。


    …。


    ……怖かったの。


    …。


    …。


    ま、良いや。


    …。


    あたしは、あたしだし。


    …良いの?


    うん。
    エリスと生きるのに問題が無ければ、それで良い。


    ナディ…。


    でも。
    あんたにも怖いこと、あるんだ。


    …。


    …なんてね。


    うすらタコス。


    ごめんごめん。


    …ナディのばか。


    ごめん。


    ……許してあげない。


    謝ってるじゃない。


    …。


    ほぉら、エリス。
    ごめんって。


    …軽い。


    ちゃんと謝ってるのに。


    ……。


    どうしたら許してくれる?


    …。


    ねぇ、エリス。


    …いっぱい、してくれたら。
    許してあげても良いよ。


    何をすれば良いの?


    …。


    ん…?


    …キス。


    …。


    いっぱい、して。


    …。


    躰中…。


    …そんなんで良いのなら。


    …。


    エリス…。


    …ん。


    ……。


    あ、ん…。


    ……エリ


    くすぐったい…。


    …て。
    あのねぇ…。


    …くすぐったいよ?


    まだ言うか。


    でも、本当の事…。


    …。


    …ナディが先に言ったこと。


    それはあんたが、ん。


    …。


    ……エリス。


    お話は…もう。


    …。


    …おしまい。


    ……。


    早く、欲しいから。


    …あんたがきっかけを作ったくせに。


    …。


    ……。


    …ナディ。


    ……。


    ずっと…。


    …待ってた?


    …。


    思えば。
    こんなにしなかったの、そんなに無かったかもしれない。


    初めて抱いてくれた日から…。


    …あんたが誘ってくるから。


    ナディが欲しいから。


    …。


    …欲しがって、くれるから。


    うん…。


    …だから。


    ……あたしも、したかった。


    …。


    抱き締めて寝るだけじゃ…やっぱり、足りない。


    …。


    ま、あんたの顔がいっぱい見れたのは良かったけどね?


    …?


    言ったじゃない?
    抱き締めあってばかりだと、お互いの顔がずっと見えないままだって。


    …うん、言った。


    …。


    …。


    ……抱きたかったよ、エリス。


    嬉しい…。


    始めたら絶対に止まれないと思う。


    …それで良いの。


    …。


    止まらないで。


    …止まるつもりなんて、無いし。


    …。


    止まらない。


    …いえっさ。


    エリス…。


    ナディ……。


    …。


    …。


    ……。


    …ナディ?


    ……え、と。


    どうしたの…?


    …手、が。


    震えてる…?


    言うな…て。


    …ナディ、本当はまだ


    なんかちょっと緊張してる…かも。


    …緊張?


    嬉しすぎて…ああ、もう。


    ………。


    …何よ。


    いとしい。


    …。


    愛おしくて…頭が変になりそう。


    …どこの台詞だ。


    …でも、本当になりそうだから。


    …。


    ん…。


    ……


    ナ、ディ…。


    ……本当。


    …。


    本当になるかも…。


    …二人でなる?


    それは…いや、それも良いかもね。


    …。


    夫婦、だし。


    …仲良し?


    そう、仲良し。


    …。


    …ずっと。


    絶対、だよ…?


    …もちろん。


    私が死んでも…。


    こらこら、不吉なことを言わないの。


    …私以外の誰かとなんて、一緒にならないで。


    …。


    ならないで…。


    …ばーか。


    …。


    変なこと、言うな。


    …。


    あたしはずっと、あんたと一緒だから。
    あんた以外、要らない。


    …。


    …あんたも、なんでしょ?


    うん……うん…。


    良かった…。


    ずっと私だけを、ん。


    ……。


    ……ナディ。


    …エリス。


    ナディ……。


    ……。


    あ……。








   ...cinco