Nadie conoce a “Nadie”.





   …だれも、しらない。
   だれも…。















  L a  t i e r r a  d e  e t e r n i d a d .















   ナディ。


   …うん?


   ……。


   なに?お腹でもすいた?


   ナディ、は。


   あたしが?


   ……。


   エリス?


   …だれでも、ないの?


   え?


   ナディ。


   なに言ってんのよ、いきなり。


   …。


   もしかして、寝惚けてるのかぁ?
   人の横でぐーぐー寝てるから。


   ナディ。


   んー?


   ナディの、なまえ。


   あたしの名前が、なに?


   ナディ。


   そうだけど。
   それがどした?


   …ない。


   うん?


   だれでも、ない。


   ……。


   ナディは


   エリス。


   …。


   ちょっと早いけど、ごはんにしよっか。


   …ナディ。


   何、食べようか。
   まぁ、選ぶほどないんだけどね。


   ナディ。


   …。


   おなか、へってない。
   もう、ねむくない。


   …そ。


   ナディはだれでもないの?


   …なんで?


   そういういみ、だから。


   …。


   ナディ。


   名無し。


   ……。


   簡単に言えば、ね。


   …どうして?


   …。


   …いいたくないなら、いいけど。


   それはあたしのセリフだ。


   …。


   意味はどうであれ、それがあたしの名前なのよ。
   今の。


   …どうして?


   どうしてって。
   そうなんだから、そうなの。


   …。


   それに、丁度いいじゃない。
   根無し草の賞金稼ぎにはさ。


   …。


   誰でもないほうが、何も望まなくてもいい。


   …ナディ。


   ……と。
   やだなぁ、あんたがそんな話するから。


   …。


   別にいやじゃないのよ。
   ずっとこの名前だったしさ。


   …。


   エリス。


   …なに。


   あんたに似合う名前よね。


   にあう…?


   うん。


   …わかんない。


   あんたに合ってる。
   あたしはそう思う。


   …ナディはななしなの。


   いや、だから


   ナディのなまえは、なに?


   だから、ナディだって。


   …。


   これまでも、これからも。
   あたしはナディだから。


   ……。


   …やれやれ。
   仕方ないなぁ。


   ん。


   まぁ、いつかは言われるかもしんないなぁって思ってたし。
   そのいつかが今ってコトかな。


   ……あたま。


   聞かれたら、答えるつもりではいたのよ。
   これでも。


   …。


   …まぁ、話せることはあんまりないんだけどさ。


   …。


   …気持ちいい?


   うん…。


   そっか。


   …。


   エリス。


   …なに。


   ちょっと休もうか。


   …どこで?


   出来れば翳ってるところがいいけど。


   …。


   手ごろな木陰かなんかあれば、いいんだけど。


   …ない。


   だよねぇ。
   じゃ、仕方ない。


   …。


   夜まで待ってよ。


   …よるまで?


   そう、夜まで。


   …よるになったら、はなしてくれる?


   忘れなければ。


   わすれないで。


   …。


   …わすれないで。


   ……オーケイ、エリス。








   …。


   あー、食べた食べた。


   …。


   このパン、結構おいしかったね。


   …。


   おいしくなかった?


   …おいしかった。


   安くておいしいのが一番だねぇ。


   …。


   …。


   …。


   …さて。


   ナディ。


   うん?


   よるだよ。


   そだね。


   …。


   焼かれたんだ。


   …え?


   あたしが住んでいた村。
   あたし以外、みんな死んじゃった。


   ……。


   いつだかさ、あたしは幸せのほうって話、したでしょ?


   …?


   あんたがトカゲの子を拾った時。


   …まってるひとが、いない。


   そう。


   …


   でもさ、本当は分かんないの。
   よく覚えていないから。


   …おぼえてないの?


   そう、覚えてないの。
   どうしてあたしが生き残ったのか、それさえも。


   …。


   でも…あたしの家族はもう、いない。
   きっと、どこを探しても。


   …。


   炎が村を包んで、人も簡単に飲み込んだ。
   それがあたしの、村にいたころの最後の記憶。


   …それだけなの?


   …。


   …ナディ?


   あまり思い出せないのよ。


   …。


   村が焼かれる前、焼かれた後。
   特に後のことはまったくと言っていいほど、思い出せない。


   …。


   気付いたら、どっかのくたびれた町にいた。
   そこから、今のあたしに繋がってる。


   …いまの。


   その時からナディになった。
   そんな気がするんだよね。


   …それまでは、


   だから覚えてないんだって。


   ……。


   字もさ、誰に教わったのか分からない。
   家族に教わったような気がするけど…。


   …ナディのかぞく。


   そう、家族。


   もう、いないの…?


   うん、多分もういない。


   …。


   気付いたら、あたしは独りだった。
   誰もあたしのことを知らないし、あたし自身も誰も知らない。
   天涯孤独ってやつ。


   …せかいに、ひとりぼっち。


   ま、そうね。


   ……わたしと、おなじ。


   …。


   …だから。


   うん…?


   だから、“ナディ”なの…?


   …。


   ナディ…。


   ……。


   ん…。


   …。


   …ナディ?


   あんたの髪の毛は触り心地がいい。


   …。


   …。


   ……ナディ。


   生まれた時、すぐにはちゃんとした名前は貰えない。


   …?


   だから、仮の呼び名を貰う。
   ま、ないと不便だろうし。


   …。


   たとえば…ルトゥチコイ。


   ルトゥ…?


   まぁ、赤ん坊みたいな意味かな。
   ほんとは産毛って意味らしいけど。


   …あかんぼう。


   そう、赤ん坊…。


   …どうしてもらえないの?


   そういう慣習だから。


   かんしゅう?


   昔から決まってること。


   なんできまってるの?


   それは昔の人に聞かないと分かんない。
   とにかく、そう決まってたらしいから。


   …。


   ……。


   …つづき。


   ……。


   ナディ…?


   …あんた、さ。


   ん…。


   あたしに髪の毛触られてて、いやじゃないの?


   …?


   …。


   なんで?


   …いやじゃなきゃ、いいんだけど。


   いやじゃないよ。


   ……。


   いやじゃない…。


   …あ、そ。
   じゃ、いいや。


   …。


   ルトゥチコイが何事もなく育って、二年。
   やっとちゃんとした名前が貰える。
   家族、親戚、みんなで集まってお祝いしながら。


   …それもかんしゅう?


   そ、慣習。
   思うに、昔は赤ん坊を健康に育てることが難しかったからだと思うのよ。


   どうして?


   病気とか、ごはんとかね。
   今とは違うでしょ?


   …。


   て、言っても。
   今も難しいことには変わりないと思うけどね。


   …ふぅん。


   もしも生まれた赤ん坊がみんな…とは言わなくても、ほとんどの赤ん坊が健やかに育つなら。
   そんな慣習、なかったかもしれない。
   ま、分かんないけど。


   …。


   でもね、この時貰ったちゃんとした名前も死ぬまで使えるわけじゃないのよ。
   本当の名前ではないから。


   …。


   たとえば…その時貰った名前が「ロント」だとして。


   ろんと?


   意味は…忘れた。


   …。


   ロントは大した病気もしないで大きくなって、そして……子供が生める躰になった時に。
   その時やっと、本当の名前を貰うことが出来るってわけ。


   ほんとうの…。


   命名の儀式ってのをやるみたいだけどね。
   実際、やったわけではないから。


   ……。


   あたしは、やれなかったから。


   ……だから。


   だから、あたしは誰でもない。
   誰にもなれなかった。


   ……ナディ。


   なんてさ。
   こじつけるには、ぴったりでしょ?


   …。


   この話は…賞金稼ぎになって、行った先の村で聞いた。
   たまたまその「儀式」をやってたからね。


   …。


   でも今はもう、やるコトは少ないらしいけどさ。
   けどあたしの村は……


   …。


   ……。


   …ナディ?


   …ごめん、ちょっと頭が痛い。


   だいじょうぶ?


   …うん、これくらいなら。


   …。


   そんな顔しなくても、平気だから。
   すぐ治るよ。


   …でも。


   平気だから。


   ……。


   ん…?


   ……。


   …エリス。


   さわられるの、いや…?


   …。


   …わたしに。


   ううん、いやじゃないよ。


   …。


   ……気持ちいいし。


   …。


   …。


   …ねぇ、ナディ。


   …ん。


   ほんとうのなまえを、もらうまえのなまえ。


   ……。


   ナディには…。


   …あったかもしんないけど、それすらも覚えてないから。


   …。


   つ…。


   …あ。


   ……大丈夫。


   ……。


   分かった?


   …え。


   あたしが“ナディ”のわけ。


   …。


   わけって言うのも変かな…。
   でも、ぴったりなのは分かったでしょ?


   ……。


   …さて。
   じゃ、この話はおしまい。
   あんたはもう、寝なさい。


   …。


   ほら、エリス。
   明日も早いんだからさ。


   …。


   …。


   …。


   …エリス。


   …。


   なんで泣いてるのよ。


   …。


   泣くことじゃないでしょ。


   …。


   ……泣くなって。


    …。


   あんたが気にすることじゃない。


   …。


   気にしなくていいの。


   …。


   …。


   …ナディ、は。


   …。


   ナディ、は…。


   …ありがと。


   あ…。


   …泣いてくれて。


   ……。


   でも、あたしはこれでいいって思ってるから。


   …これで。


   名無し。


   …。


   あたしは…ナディ、でいい。


   …。


   ほら、あたしは賞金稼ぎだからさ?
   こんな生き方をしてると、いつどうなるかなんて分からないのよ。
   もしかしたら


   …だめ。


   ん…?


   やくそく、したよ。


   …。


   ウィニャイマルカにつれていってくれるって…ナディ、いったよ。


   …ああ。


   だから…。


   …ごめん。


   …。


   その約束はちゃんと守る、守るから…もう、泣かないでよ。


   …。


   …さ、もうおやすみ。


   …。


   あんたはあたしが、守るから。
   …必ず、守るから。


   …。


   ……エリス。


   …ナディ。


   ……。


   ナディ…。


   ……もう、寝なさい。


   …。


   明日もいっぱい移動するからさ。


   …。


   あたしもちょっと休みたい。


   …あたま。


   …。


   …わたしが、


   いつもはすぐに治るんだけどね。


   …。


   …ま、こんな時もあるわよ。


   ……。


   …エリス。


   ……わたしが、きいたから。


   …。


   わたしが、きかなかったら…。


   でも、気になったんでしょ?


   …。


   エリス?


   ……う、ん。


   うん…。


   ……。


   そうだ。
   あたしの名前、書ける?


   …え?


   名前。
   書いてみてよ。


   …。


   なによ、書けないの?


   …かけるよ。


   じゃあ、書いてみて。
   ここに。


   …。





   N a d i e





   …そう、正解。


   ……。


   …あんたは読書家だから。


   …。


   あたしが教えることなんてもう、ほとんどないかもしんない。


   …ううん。


   …。


   まだ、あるよ。


   …けど、逢った頃より話せるようになったし、読めるようにもなった。
   あとは…


   まだ、あるの。


   …。


   あるの…。


   …エリス。


   だから…。


   …ん、分かった。


   …。


   …。


   …。


   ……誰も、あたしを知らないけど。


   …。


   あんたは、あたしを知っててくれてる。
   少なくとも…今、この旅をしている間はさ。


   …。


   ……あたしはそれだけで、いい。


   …。


   ナディだけど…“ナディ”じゃない。
   そう、思えるからさ。


   ……ナディ。


   …。


   ナディ。


   ……さ、もう寝なさい?


   …ナディは?


   二人で寝るわけには行かないでしょ?


   でも


   治った。


   …。


   あんたが、触ってくれてたから。


   …わたし、なにもしてないよ。


   そんなことない。


   …。


   ……そんなこと、ないのよ。








   ……様?


   …。


   どこかに出かけられていたのですか?


   ……。


   …?
   その子は…あ。


   …。


   ひどい傷…。


   ……貴女の部屋を貸して呉れますか。


   え…。


   …見た通り、酷い火傷を負っています。
   応急処置は施しましたが、完全に癒えたわけではありません。


   しかし、その子は…。


   …。


   外の人間ではないのですか…?


   …。


   外の人間が


   …分かりました。


   あ…。


   …。


   ど、どちらへ行かれるのですか。


   …誰の目にも触れぬ場所へ。


   で、ですが…。


   ……心配要りません。


   …。


   この子の記憶は、此処に居た記憶は残りません。


   …。


   …。


   ……消されるおつもりなのですか。


   ……。


   それなのになぜ、ここへ…。


   ……。


   …様。


   ……時間が有りません。


   お待ちください。


   …。


   どうか、私の部屋を使ってください。
   あの部屋ならば中心から離れていますから、人目に触れることは少ないはずです。


   ……。


   ですが、私も行きます。


   …構いません。


   直ぐに参ります。


   …。








   ……この子は一体、どうしたのですか。


   …。


   どうして、こんなひどい事に…。


   ……炎の赤。


   …?


   …大地のような、褐色。


   …様?


   そして…





   ……ぁ、ぅ。





   あ。


   ぅ……ぅぅ。


   気付いたようで…


   ……空、の。


   …なんて冷たい青。


   ぁ、ぁ…。


   あ、動いてはだめよ。


   ……。


   あなたはひどい火傷を負っていたの。
   傷は治ったけれど、でもまだ動いてはだめ。


   ぅぅ……。


   だから、


   心配ありません。


   ぁ…。


   さぁ、もう一度眠りなさい。


   …っ。


   大丈夫です。


   …っ、…っ。


   ……大丈夫。


   え…。


   ぅぅぅ…っ。


   ……もう。


   …様?


   …大丈夫、だから。


   ぁ…ぅ…。


   …様…。


   …さぁ、眠って。
   もう一度…。


   ………ぅ。


   ……。


   ……。


   ……目覚める頃に来ます。


   …待ってください。


   …。


   この子は、誰なのですか。


   …。


   この子は…


   …其れを聞いてどうしますか。


   …。


   ……。


   …。


   ……この子は、“ナディ”。


   …ナディ?


   つまり、誰でもありません。


   …だれでもない?
   どういうことですか。


   …。


   議長様。


   この子は名前を与えられませんでした。
   故に名無しなのです。


   名前がない…。


   …与える者はもう、居ません。
   故に、この子は誰にもなれないでしょう。
   然う、誰にも…。


   ですが、それでは…


   ……。


   …議長様。


   ……それは、私の役目じゃない。


   …。


   ……。


   …この子はもう、帰る場所がないのですね。


   …。


   だから…。


   ……ジョディ。


   …。


   暫しの間、この子をお願いします。


   …。


   …議長としてではなく、私としてのお願いです。
   聞いて呉れますか。


   ……はい。









   いないと思ったら、こんなところで?


   …まぁ、ちょっと。


   あの子は……ああ。


   …よく寝てるでしょ。


   ええ、そうね。


   おかげで動けやしない。


   けれど、嫌ではないのね。


   …。


   …。


   …で、あんたは?


   一寸…ね。


   あ、そ。


   …。


   …。


   …終わったわね。


   …。


   これからどうするの。


   …どうしようかな。
   考えてない。


   お世辞にも建設的とは言えないわね。


   そもそも今までがそーだったし。


   これからも続けるつもり?


   さぁ、どうだか…。


   …。


   ……たく。


   …愛しい?


   は?


   エリス。


   ……なに言ってんだか。


   表情が物語っているわよ。


   …ふん。


   …。


   …。


   …安心しきってる。


   …?


   貴女が傍に居るからかしらね。


   …こっちは重たくて迷惑してるんだけど。


   然うかしら?


   …。


   寧ろ、嬉しそうに見えるけれど。


   …は。


   …。


   …。


   …造られた命。


   …。


   だと、しても。
   本当の命を与えたのは貴女かも知れないわね。


   …なんだそれ。


   そのままの意味よ。


   …。


   …表情どころか、感情そのものが乏しかったこの子が。
   貴女と一緒に居る事で、こんなにも…。


   ん、ぅ…。


   …と。


   ちょっと。
   つか、勝手に触るな。


   ……。


   …なによ。


   いいえ?


   …。


   …。


   …あんたこそ、どうすんのよ。


   私?


   あたしとは違うでしょ。


   …ええ、然うね。
   あたしは貴女のようには生きられないわ。


   …自由とやらは?


   一概には言えないのでしょう?


   ……。


   ……。


   ……あんた、さ。


   …うん?


   どうして、あたしだったの。


   …。


   他にもいたでしょ、賞金稼ぎなんて。
   それこそ腐るくらいにさ。


   …言わなかったかしら。


   …。


   なんとなく、だったって。


   …機械女のあんたが?


   本当、失礼ね。


   …。


   …。


   …。


   …なんとなく、貴女にしようと思ったのよ。
   特別な理由なんて、無いわ。


   …誰でも良かったんじゃないの。


   一目見て。


   …。


   決めたのよ。
   あんな感覚、初めてだったかも知れないわ。


   …。


   貴女に関してのデータなんか、どうでも良かった。
   どんな仕事をこなしてきたかだとか、成功率だとか、人柄だとか、一切合切ね。


   …。


   でも、然うね…ちょっと違うかも知れないけれど。


   …なに。


   一目惚れに近いのかも知れないわ。


   は?


   だって一目見て、決めてしまったのだから。


   …冗談じゃない。


   ええ、全くだわ。
   自分で言っていても性〈タチ〉の悪い冗談にしか聞こえないもの。


   …。


   ……けれど、あの時は本気だった。


   …。


   感情で物事を決めるなんて事が、まさか自分にもあるだなんて…ね。


   …。


   …。


   …それはあたしが。


   …。


   “ナディ”だったから、じゃないの。


   …どういう意味?


   途中でくたばろうが、名無し一人いなくなったところで心は痛まない。
   そもそも、代わりなんていくらでもいるし。


   …貴女ね。


   …。


   結果を言えば、裏切られてしまったのだけれど。
   でも、あの時の私の判断は間違いでは無かった。


   …。


   …どうであれ、エリスは魔女の力を自分の意思で正しく使えるになった。


   …。


   そして、然うさせたのは紛れもなく…。


   …あたしは何もしてないわよ。


   貴女が思うほど、貴女の存在は軽くないわ。


   …。


   貴女の存在は誰よりも重いのよ。
   然う、エリスにとって貴女は誰よりも…。


   ……。


   誰でも無い、貴女が。
   エリスには必要だった。


   誰でもない…ね。


   …。


   …。


   ……“Nobody”。


   …。


   今でも、本当に然う思っているの。


   …。


   ナディ。


   …これまでも、これからも。


   …。


   あたしは“ナディ”だから。
   変わることなんて、ない。


   …本当に?


   …。


   エリスが貴女を選んだとしても、然う言えるのかしら?


   …。


   ……いえ、もう選んでいるわね。


   …。


   …。


   ……私は貴女を知っていたような気がする。


   …。


   なんとなく、だけど…。


   …あたしはあんたなんか、知らなかったけど。


   …。


   …。


   …部屋に戻りなさい。
   風邪を引きたくなければ。


   …出来たらそうしてるっつの。


   あら、抱っこしてあげれば良いじゃない。


   はぁ?


   軽そうだもの。


   …一口で言って。


   呼んできてあげましょうか?


   は、誰を。


   リ


   死んでもいやだ。


   …。


   …。


   …素直じゃないわね。


   あんたに言われたくない。








   …。


   …。


   …そろそろ部屋に戻るわよ、エリス。


   …。


   起きてるんでしょ。


   ……。


   これからのこととか、今は考えらんない。


   …ナディはどうしたいの。


   …。


   …。


   …だから、考えらんないって。


   …。


   とりあえず、今日は


   …わたしは。


   …。


   ……わたしは、ナディといっしょにいるよ。


   …。


   …これからも。


   ……もう、終わった。


   …。


   あんたの南への旅は。


   …うん、おわった。


   これからは自分の好きなように生きてもいいんじゃないの。
   賞金首のことだって、ブルーアイズがどうにかするって言ってたし。


   …。


   …もう、厄介者の賞金稼ぎとなんか一緒にいなくてもいい。
   好きなとこへ行って、好きな人を作って、それから


   ナディ、いったよ。


   …。


   おわったらいっしょにくることって。


   ……言ったっけ?


   いった。


   …いつ。


   …。


   そんなこと、いつあたしが


   …。


   …エリス。


   ……いったの。


   だから…


   …おもいだして。


   …。


   おもいだして…。


   ……そんなこと、言われても。


   ほんとうにおぼえてないの。


   …。


   …。


   ……覚えてない。


   うそ。


   …あのね。


   ……うそ。


   …。


   …。


   ……とりあえず、部屋に戻ろ。


   ナディ。


   …。


   ……。


   ……教会の外、あんたを追ってきたオカマたちの車を盗って。


   …。


   …渋るあんたを乗せた。


   …。


   …多分、その時に。


   …。


   …。


   ……おぼえててくれた。


   …思い出したのよ。
   大変だったんだから。


   ちゃんと…。


   ……。


   ……ナディ。


   …もうじき、あんたは賞金首じゃなくなる。


   …。


   あたしがあの時、欲しかったのは


   おかね。


   …。


   …しってるよ。
   ちゃんと、しってる…。


   ……だったら、


   ナディのほしいもの。


   …。


   …エリスの、ほしいもの。


   ……つ。


   わたしはナディといっしょにいく。
   わたしはナディといっしょにいる。
   ずっと。


   …あんたね。
   何もわざわざ…


   …。


   ……。


   …。


   ……ナディは。


   …。


   だれでもない、なんてうそ。


   …そりゃそうだ。
   嘘じゃなくて、本当の


   ナディはナディだから。


   ……。


   …ナディは、ちゃんとここにいる。


   …。


   ナディは、ここにしかいないんだよ。


   …でも、あたしは


   わたしのすきなひと。


   …。


   …わたしのすきなひとはナディだから。


   エリ、ス…。


   もう、つくれない。


   …。


   …わたしをつれていって。


   …。


   つれていって。


   …今度はどこに連れて行けって言うのかね。


   どこでもいい。


   …。


   どこでもいいよ。


   …どこでも、ね。


   すきなところ?


   …って言われてもなぁ。


   ナディのいくところは、エリスのいくところだから。


   …。


   …ひとりたび。


   …。


   ひとりたびだけは、


   なし。


   …。


   …だれかさんと一緒じゃなきゃね。


   だれかって…エリスのこと?


   死んだって教えない。


   おしえて。


   いやだ。


   おしえてくれてもいいとおもう。


   いやだ、つか長いって。


   …。


   …なんて、やったっけね。


   えへへ。


   …。


   …。


   …ねぇ、エリス。


   なぁに。


   あたしの名前は…


   ナディだよ。


   …。


   わたしのナディは、ななしじゃない。


   …勝手にあんたのものにすんなっつの。


   …だめ?


   だーめ。


   ナディはけち。


   なんだとぅ?


   …ふふ。


   笑ってごまかすな。


   …。


   たく。


   ……。


   …いいのかな。


   …。


   あたしは、あたしで。


   あたりまえ。


   …。


   ナディはナディ。
   だれでもないよ。


   …だれでもない、ね。


   ナディはナディだから。


   …。


   わたしにはなれないよ?


   は、そりゃそーだ。
   つかなりたくないっつの。


   …。


   お、なんだ?


   …まじょだから?


   そーじゃなくて。


   ナディはナディだから?


   そう、それ。


   えへ。


   て、こら。


   ……いいの。


   よくない。
   さ、部屋に戻ってちゃんと寝るよ。


   …。


   …今日は寝てさ、明日改めて考えよ。


   …なにを?


   これからの、こと。


   …。


   二人で…さ。


   …いえっさ!








   …。


   …議長様。


   …なんでしょうか。


   本当にこれで宜しかったのでしょうか。


   …これで?


   銃の扱いを覚えさせたからと言って、あの子を一人で外に置くにはまだ幼すぎると思うのです。


   …。


   もう少し、成長してからでも…。


   …あの子の記憶は今、混沌としているでしょう。


   …。


   大事な想い出も…己の昔の名すらも、若しかしたら思い出せないかも知れません。


   昔の名?
   そんな名前があるのなら、


   其れは真の名ではありません。


   ですがせめて、


   …。


   ……なぜですか。
   どうして、あの子は…。


   …。


   …そんなの。


   あの子に帰る場所は無く、家族と呼べる人間も既に居ません。
   然う、あの子を知っている人間は誰も。


   ですが、私たちは知っています。


   …。


   少なくとも、私だけは…?


   ……貴女には詫びなければなりません。


   議長様…?


   一つ、訊きます。


   な、なんでしょうか。


   貴女は初めてあの子を見た時に、あの子の…ナディの瞳の色を冷たい青だと喩えましたね。


   はい。


   今はどうですか。


   …今も、そう思います。
   いえ、今の方がより強く。


   其れは何故ですか。


   …感情が。


   …。


   感情さえ、忘れてしまったような目をしていたから。


   …然うですか。


   あの子は故郷を失ったことも思い出せないのでしょうか。
   でもそれならば


   いいえ、残念ながら。


   …。


   心の深層に強く刻まれているが故に。
   其れを完全に消し去る事、其れはナディの心までも完全に壊す事を意味するでしょう。


   …そう、ですか。


   …。


   …あの子はずっと、“ナディ”のままなのでしょうか。


   分かりません。


   …。


   若しかしたら…。


   …議長様でも分からないことがあるのですね。


   未来は人の子一人ひとりが変えてゆくもの、変えてゆくべきもの。
   今、私が見ている未来があったとしても其れは一つの可能性に過ぎません。
   何故ならば其れは小さき因子でも大きく変わり得るのですから。


   …。


   ……そう、どんなにちいさなものだったとしても。


   …?


   有難う。


   …え?


   あの子を、心配して呉れて。


   あ…。


   ……。


   ぎ、議長様、なにを…。


   ……。


   あ、あ…。


   ……。


   ……ぁ。


   ……。


   う……。


   ……ごめんなさい、ジョディ。


   …ぁぁぁぁぁぁぁぁ。


   …ごめんなさい、アクリャ。


   …ぁ…ぁ。


   わたしをゆるして…。


   ……。


   …ほんとうはそばにおいておきたかった。
   そばにいてほしかった…。



   …。


   あなたによくにた…。


   ぁ……ぁ。


   けど…あのこにほんとうのなまえをあげられるのは、わたしじゃないから。
   わたしじゃ、だめだから…。


   ……。


   …でも、うれしかったの。
   このこがいったあのこのひとみ、あなたがわたしにいってくれたことばといっしょだったから…。


   ……。


   ……ちちなるたいよう、はななるだいち、そして。


   ……。


   わたしのだいすきな…









   …そらの、いろ。


   へ?


   ナディのめ。


   …て、あの空?


   ほかにあるの?


   …。


   おなじいろ。


   …あー。


   ……きれいないろ。


   いきなり人の顔のぞきこんで、なにを言うかと思ったら。


   ん?


   とりあえず、離れた離れた。


   いえっさ。


   …。


   …ん?


   まだ、近いんだけど。


   …。


   …ま、いいや。
   で、これからのことなんだけど。


   …。


   …て、くすぐったいっつの。


   ん?


   なによ、もう。


   ナディはすごいね。


   あ、なにが。


   だいちのいろ。


   …あ?


   おんなじ。


   …あんまり嬉しくないんだけど。


   たいようのいろ。


   …太陽は赤じゃなくて、黄金なんだけど。


   ハポンではあかなんだよ?


   ふぅん。
   まぁ、夕焼けはそう見えなくもないけど…。


   そらのいろ。


   …こら。


   きれいないろ…。


   …。


   …。


   ……エリス。


   …ん。


   ちゃんと話す気、ある?


   なにを?


   …。


   …。


   …はぁ。
   ま、いいや。
   その方がむしろ、らしいかもしんないし。


   うん、ナディらしいね。


   あんたも、だ。


   エリス?


   そう、エリス。


   えへへ。


   いや、なぜ照れる。


   てれてないよ?


   …。


   …。


   …ま、いいや。
   とりあえず、行こっか。


   どこに?


   どこだっていい。
   一人旅じゃなければ。


   ナディ。


   うん?


   ナディのなまえ。


   だから、なに。


   よんでみただけ。


   なんじゃそりゃ。


   ナディ。


   あ、こら。


   ナディ、ナディ。


   あーもう、暑いって。





   ナディ。





   あー?


   結局、どこに行くのかしら?


   さぁ、どこだか。
   エリス、暑いって。


   …。


   こら、寝たふりするな。


   ……。


   あーもう、エリス。


   ナディ。


   何。


   また、いつか。


   …。


   エリスと二人で。


   …さぁ、どうだか。


   エリス、ナディを宜しくね。


   て、おい。


   …うん。


   やっぱり、寝たふりしてたな。


   ……してない。


   してる。


   ……。


   エリス、エーリース。


   ふふ。


   あ、何よ。


   いいえ?








   La última parte