−Dive In The Sky



   ※比叡が宇宙飛行士になったお話。





   ……。


   Hey、ヒエイ。
   今日はまた、やけにアンニュイになってるじゃないか。
   恋人にでもフられたのかい?


   やぁ、アラン。
   残念だけど、恋人にはフられていないよ。


   だったら、どうしたんだい?
   これからいよいよ、俺達の偉大な夢が叶うって言うのに。
   まさか、あの楽天家ヒエイが怖気づいたとでも言うのか。
   然うだったら、皆に言わないといけないな。
   酒の肴にはもってこいだ。


   はは、それも違うよ。
   私はただ、星を見ていただけだよ。


   星だって?


   今日も満天の星。


   星、ねぇ。
   ヒエイは星を見るのが好きだな。


   アランも好きでしょう?


   まぁ、お前程じゃないけどな。


   いつか木星に行ってみたいって言ってたじゃない。


   その前に、火星に移住だな!


   はは、頑張れ。


   なんだ、ヒエイ。
   お前はこの星で一生を終えるって言うのか?
   空の上には境界線なんてつまらないものが無いFrontierが無限に広がっていると言うのに。


   当たり前に人が行けるようになったら、引かれるようになるよ。
   人と言うのはそういう生き物だから。


   あぁ、夢が無いな、ヒエイ。


   夢はあるよ、大きな夢が。
   その夢の為に、私は。


   ……。


   …ん?


   ヒエイ、それ。


   どれ?


   いつも首に掛けてるそれだよ。
   大事なものって、いつか、言ってたよな。
   確か、オマモリって。


   ああ、この御守り?


   オマモリってなんだ?


   え。


   あ?


   言ってなかったっけ?
   Amuletだよ。


   Amulet?


   私の国では神社やお寺に参拝して頂くものなんだよ。


   言わば、Japanese amuletってとこか。


   まぁ、然うだね。


   言っちゃあなんだが、ぼろぼろじゃないか。
   効力、あるのか?


   子供の頃から持ってるからね。
   大事にしてるんだけど、どうしても汚れてしまって。
   効力は、勿論、あるさ。


   そうかぁ?
   どうせなら新しいものにした方が良いんじゃないか。
   そんな薄汚いものより。


   アランはそんな簡単に今まで自分を護って呉れていた御守りを新しいものに替えられるかい?


   む…。


   私にとってこれ以上の御守りは無いんだよ。
   然う、子供の頃からずっと。


   …そんなものか。


   そんなものでしょう?


   …まぁ、そうだな。
   俺の神も替えられないしな。


   然ういう事。
   でも本当は一年経ったら、神さまに感謝して神社に納めるべきなんだけどね。


   は?


   そこら辺は、まぁ、良いとして。


   お前の国は良く分からないな。


   一度、行ってみれば良いんじゃないかなぁ。
   良かったら案内、するよ。


   まぁ、そのうちな。


   はい、そのうち。


   しかし、本当に大事そうだな。
   子供の頃から持ってるって言ったか。


   うん。


   だとしたら、恋人から貰ったわけじゃなさそうだな。
   両親からか?


   いや、恋人からだよ。


   なんだって?


   大事な人から、貰ったんだ。


   待て。
   お前、子供の時から恋人が居たのか。


   まぁ、ね。


   おいおい、マジか。


   うん、マジ。


   マセガキめ。
   でもお前、その時の恋人と今の恋人は違うんだろ。
   それなのに


   同じだよ。
   と言っても、その頃は未だそういう関係じゃなかったんだけど。


   …は?


   同じだよ、ずっと。
   変わらない。


   …待て。


   ん。


   と言うと、なんだ。
   その頃から好きだったって事だよな?
   で、恋人にしちまって、今に至ると。


   うん、そうなる。


   ずっと好きだったのか?
   子供の頃から?
   その間に他のヤツを好きになった事は無いのか。


   ずっと、好きだった。
   子供の頃から…いや、その頃はそういう感情ではなかったかも知れないけど、でも、好きだった。
   その間に他のひとを好きになった事は無いよ。


   お前、歳は幾つだったか。


   今年で36。


   それまで、本当に?


   うん、本当に。


   ……マジか。


   マジ。


   浮ついた事も無いのかよ。


   無いよ。
   私には彼女だけだもの。


   おいおいおいおい、ありえねぇなぁ。


   いやいや、それが有り得るんだよ。


   まさか、とは、思うが。
   その彼女…ん、彼女?


   うん、彼女。


   …OK。
   一瞬でお前のファンの女の子達が泣くのが思い浮かんだよ。
   酷いやつだな、お前は。


   酷いのかなぁ、私。


   一晩だけでも、ってあったろ。


   あったかなぁ。
   覚えてない。


   お前ってヤツは!
   あー、やっと分かったよ!
   お前が誰の誘いにも乗らないのが!
   一途にも程があるだろう!!


   有難う、かな。


   で、その彼女ってのは…


   アランも会った事ある筈だよ。
   紹介しろって言われたし。


   ………。


   アランは手当たり次第過ぎるんだよ。
   だから、あっさりフられるんだ。


   ……まさか、ハルナか。


   うん。


   …なんだと。
   なんだとぉぉ。


   だから、紹介しませんでした。


   それどころとか、近付けもしなかったよな!?


   当然。
   私の大事な恋人だもの。


   あぁぁぁぁん?!


   はは。


   ヒエイ、この野郎!


   私は野郎じゃないよ、アラン。


   あんな可愛い子を、お前は!!
   なんで、なんでだ、神さま!!


   神さまも流石に知らないと思うけどなぁ。


   ああ、なんてこった…。


   プロポーズ、しようと思って。


   あぁ?


   プロポーズ。


   あぁ…プロポーズ、プロポーズ、ね。
   あぁん?プロポーズだぁ?


   ずっと支えてきて呉れた榛名を、完全に私のものにしようと思ってたんだ。


   ....Oh my god.
   お前、星を見てたんじゃなかったのかよ…。


   見ながら、考えてた。
   帰ってきたら、プロポーズしようって。


   …どうせなら、行く前にしちまえよ。


   それも、考えたんだけど。
   でも帰ってきてからにする。


   …どうして。


   どうしてだろう…ずっと、支えて呉れたからかなぁ。


   どういう意味だ。
   支えて呉れたのなら、寧ろ、遅過ぎるくらいだろうが。


   私の夢を…彼女は自分の夢でもあるからって言って呉れたんだ。
   もっと言えば私が夢を叶える事が自分の夢だって。
   だから…叶えてから求婚したい。


   ……。


   やっぱり、先の方が良いかなぁ。


   …いや、良いんじゃないか。
   然ういう事なら。
   理解は、しないが。


   うん、良いよ。
   しなくても。


   まぁ、帰ってくる楽しみを増やすのはどうかと思うがな。
   空の上の楽しみがどっか行っちまうだろ。


   何処かには行かないよ。


   け、お前なんかフられちまえ。


   それは、悲しいなぁ。
   絶対に、立ち直れない。


   自信に満ち溢れた顔、しやがって。


   あはは。


   …。


   …。


   …愛してるんだな、心から。


   …うん、愛しているよ。


   ずっと、支えて呉れていたんだな。
   お前みたいな阿呆な奴を。


   阿呆って…まぁ、然うだけど。


   …絶対に幸せにしろよ。
   じゃなきゃ、ぶん殴るからな。


   気合、入れて、幸せにする。
   ぶん殴られたくないし。


   …。


   …。


   …いよいよだな、ヒエイ。
   俺の夢も、お前の夢も…ハルナの夢も。
   叶う時が、もうそこまで来ている。
   足音すら、聞こえてくるようだ。


   ……榛名。


   …。


   行ってきます、榛名。


   …。


   …行ってくるよ、榛名。
   そして、帰ってきたら…必ず。


   …け。
   やっぱ、フられちまえ。










   榛名。


   …ん。


   いよいよ、ね。


   …うん。


   ……何か話したの?


   何かって?


   …姉さんと。


   ううん…何も。
   いつもどおり、行ってきますって。


   …然う。
   らしいわね。


   うん……。


   …。


   …。


   …本当に、行くのね。


   うん…本当に。


   榛名の夢、叶うわね。


   …え。


   あんたの夢でもあるんでしょう。


   ……霧島。


   全く。
   保育士を辞めて何も言わずに追いかけて行った時はやっぱり、と思ったけれど。


   あの時は…その、ごめんなさい。


   心配で仕方なかったんでしょう。
   それに、仕事をしながらじゃ…多分、支えきれなかったでしょうし。
   あの時の判断は間違ってはいなかったのよ。


   …然うかな。


   じゃなきゃ今頃、姉さんの夢は破れていたかも知れない。


   …姉さまは、一人でも。


   人ってね、そこまで強くは出来てないのよ。
   弱くもないけど、強くもない。


   ……。


   金剛お姉さまも言っていたでしょう。
   進みたい道は切り拓いてでも進め、と。


   …うん、言われた。


   だから、良かったのよ。


   …有難う、霧島。


   私は何もしてないわよ。


   私一人では、駄目だったもの。


   …。


   …姉さまには、金剛お姉さまも霧島も、必要だったから。


   当たり前でしょ、姉妹だもの。
   でも、榛名は違う。


   …。


   貴女は……子供の頃から、妹として。
   そして今は…恋人として。


   …。


   …姉さんにとって一番必要だったのは、誰でもない、貴女。


   ……霧島。


   て、止めてよ。
   泣くのは。


   …ごめんなさい。


   本当、涙腺緩いわね。
   榛名は。


   …比叡さんにも泣き虫って言われる。


   その後に「可愛い」が続くんでしょ。
   いきなり惚気出すのも止めて。


   …霧島が勝手に言っただけなのに。


   …。


   …霧島?


   実の姉妹で、今は恋人同士で。


   ………私ね、霧島。


   …。


   …子供の頃から本当に、好きだったの。
   だから……比叡さんに愛してるって言われた時は、震える程、嬉しかったの。


   …知ってるわよ。


   姉妹なのに…選んで呉れて。


   愛することだけは、どうしても、止められない。


   …え。


   …血が繋がっている姉妹でも。
   屹度、然ういうものよ。


   ………有難う、霧島。


   言っておくけれど。
   金剛お姉さまからの受け入りに過ぎないから。


   …うん、知ってる。
   霧島は愛なんて、言わないもの。


   …貴女ね。


   上手くいってるの?


   は?


   恋人さん。


   …そんなんじゃないわ。


   然うなの?
   霧島は素直じゃないか


   榛名。


   …はい。


   全く。


   ……。


   …そっちこそ、プロポーズは未だなの?
   もう、いい加減、良い頃合いだと思うけど。


   …良いの、一緒に居られれば。


   でも、明確な形にはなるわよ。
   姉さんを完全に榛名のものにすると言う。


   ………。


   …まぁ、結婚しても下衆は多いけど。
   不倫だと寝取る寝取られるだの…所詮、人間も動物。
   心や感情があるだけ、面倒な事になるだけで。
   最低には変わりないけど。


   …私は比叡さんのものだから。


   …。


   だから……でも。


   …でも?


   ……然うなったら、嬉しい。


   …。


   …比叡さん。


   ……まぁ、分からないわね。


   …?


   …ここまで来たら案外、近い未来なのかも知れない。
   ああ見えて姉さん、色々考えてるみたいだし……。


   …。


   榛名の事となると、子供の頃から、ね。
   榛名にちょっかい出した男子を殴って泣かした時は気持ち良かったわ。
   …ああ、あれは何も考えてなかったわね、屹度。
   榛名を泣かしたから、それだけ。


   …あったね、そんな事。


   あったわよ、大変だったんだから。
   相手の男子、鼻血出して。


   ……うん。


   …。


   …あの頃から、愛してた。


   ああ、はいはい。


   ……ごめんなさい。


   …。


   …。


   …叶うのね、本当に。


   うん……やっと、叶う。


   …。


   ……比叡さん。


   …どうか、無事で。
   比叡姉さん。


   榛名は、私は、この星で貴女を待っています。


   …。


   …帰ってきたら。
   貴女の好きなもの、沢山、作って…だから。


   …。


   ……夢を、叶えてきて下さい。
   貴女の夢を……私の、夢も。


   …。


   行ってらっしゃい、比叡さん……行ってらっしゃい。


   ……。


   …どうか、ご無事で。


   ……くれぐれもちゃんと帰ってきて下さいよ、姉さん。
   これ以上、待たせるのは…流石にもう、許せそうにありませんから。








  −ちよに、やちよに。





   …うーん。


   …比叡さん?
   どうしましたか…?


   ……。


   お味噌汁の味、薄かったでしょうか…。


   …いや、榛名さんが作って呉れるお味噌汁はいつだってとっても美味しいです。
   今日のは茄子がとても美味しい…。


   では…何か、気になる事でもあるのですか?


   …榛名さん、聞いて呉れますか。


   勿論です、比叡さん。


   ……それが、ですねぇ。


   はい。


   ……。


   …言い辛い事なのですか?


   いや…ここのところ、ものが見辛くなってきたと言いますか。


   見辛く…?


   …遠くのものは、見えるんです。
   でも…その、近くのものが。


   近くのもの…。


   …特に新聞が、と言うより、活字が見え辛くて。


   ……。


   これは……あれ、ですかねぇ。


   …目が疲れていると言う事は、ありませんか?


   疲れるような事、してないと思うんだけど…。


   …。


   ……やっぱり、然うなのかなぁ。
   とうとう、来てしまったのかなぁ…。


   …今度、眼医者さんに行ってみますか。


   ……。


   気になるのなら一度、診て貰った方が良いかも知れません。


   …あぁ、やだなぁ。


   私も一緒に行きましょうか…?


   …。


   …。


   …ひとりでも、大丈夫ですけど。
   でも…来て呉れると、嬉しいです。


   ……じゃあ、一緒に参ります。


   …有難う御座います。


   ……。


   ん…榛名さん?


   …もう、何年になるのでしょうか。


   何年…ですか。


   …こうして、二人だけで暮らし始めて。


   …。


   ……。


   …然うですね、もう、大分経っているかも知れません。


   …。


   でも、未だ未だです。
   だって未だ、還暦も迎えていないのだから。


   …還暦、ですか。


   然うです、還暦です。


   …ふふ、然うですね。


   ……。


   …。


   ……ねぇ、榛名さん。


   …はい、比叡さん。


   これからも、宜しくお願いしますね。


   …私こそ、宜しくお願いします。


   …。


   …。


   …ふふ。


   ふふ…。


   おばあちゃんと、呼ばれる頃になっても。


   …なっても?


   こうやって、榛名さんと穏やかに過ごしていたい。


   …はい、私で良ければ。


   榛名さんはどんなおばあちゃんになるかな…屹度、可愛らしいおばあちゃんになるんだろうなぁ。
   今だってこんなに綺麗で可愛らしいのだから…。


   …そんな事、言って。
   私だってもう、良い歳なんですから…。


   …歳なんて関係ないです。
   私の榛名は…いつだって、可愛らしいのだから。


   ……恥ずかしいです。


   そうやって恥じらうところもまたいじらしくて、可愛いらしい…。


   …もぅ。


   ……拗ねたところも、また。


   比叡さん。


   …はい、調子に乗りました。


   もう…。


   ……ふふ。


   …比叡さんはどんなおばあちゃんになるでしょうか。


   私、ですか?
   然うですねぇ、多分、なんて事の無いおばあちゃんになるんじゃないかなぁ…。


   …屹度。


   ん…榛名さん?


   ……とても素敵なおばあちゃんになると思います。


   …。


   …今だってこんなに素敵なのだから。


   んん……。


   ……。


   ……照れる、なぁ。


   …でしょう?


   …。


   …。


   …榛名さん、手を。


   はい…。


   ……ずっと、これからも。


   …これからも、ずっと。








   ……うーん。


   …比叡さん?
   どうかしましたか…?


   …榛名さん、あれ、知りませんか?


   あれ…ですか?


   はい…あれ、です。


   ああ、あれなら…洗面所にあったので、此方に。
   屹度、置き忘れてしまったのだろうと思って。


   ああ、これです。
   有難う、榛名さん。


   若しかしてずっと探していたのですか?


   ええ、まぁ。
   久方ぶりに本でも読もうと思ったのですが、無い事に気が付きまして。


   ごめんなさい、私がもっと早く言っていれば。


   いえ、良いんです。
   榛名さん、有難う。


   …どういたしまして、比叡さん。


   しかし…いけませんね、物忘れが多くて。
   気を付けてはいるのですが…どうしても、抜けてしまいます。


   …。


   …そのせいでしょうか。
   弱気になってしまう事があって…どうにも、良くありません。


   …比叡さん。


   なんて、駄目ですね。
   こんな事を言っていては、余計、良くない。


   …。


   …榛名さん。


   ……私が、榛名が、居ますから。


   …。


   …実のところ、私も、然うなんです。


   榛名さんも…?


   …ふとした瞬間に、覚えていない事に気が付いて。
   ちょっとした拍子に、忘れてしまって。
   一つの事すら、儘ならなくなっていて。


   ……。


   …だけど、そんな時はいつも、比叡さんが。
   貴女が、笑いながら、教えて呉れるから…。


   …榛名。


   ……ひとりでは駄目だと。
   貴女が居なければ…駄目なのだと。
   昔から、思っていました。
   けど……今はより強く、然う感じているんです。


   …。


   …あの頃とは、意味合いが少し変わってしまっているかも知れません。
   でも、


   榛名。


   …はい。


   貴女と。


   …。


   ここまで共に歩んでこられて。
   貴女が私を選んで呉れて。
   本当に、良かった。


   …比叡さん。


   貴女が居て呉れたから。
   居て呉れるから。
   私は…こんなにも、しあわせでいられます。


   ……榛名も。


   恐らく、記憶力が良くなる…元に戻る事は無いでしょう。
   けれど榛名、貴女の事は、貴女の事だけは、私は決して忘れない。


   …貴女は、私の全てです。
   これまでも、これからも、それだけは決して変わらない。
   だから。


   榛名さん、手を。


   …はい、比叡さん。


   ……。


   ……。


   …お互い、おばあちゃんになりましたね。


   はい……。


   …貴女と私、共に過ごしてきた時間が、この手には刻まれているのでしょうか。


   手だけは無いと…。


   …ん、榛名。


   このお顔にも……屹度。


   …笑い皺の方が多いと思いませんか?
   何しろ貴女と過ごす時間は、とても、楽しかったから。
   色々な事はあったけれど…でも、それ以上に、楽しかった。
   楽しくて…掛け替えのない、とても、とても、幸福な時間だった。


   …あぁ。


   ……榛名。


   榛名の顔、比叡さんにはどう見えていますか…?


   …。


   …。


   …私と、同じだと。


   …。


   願望かも知れませんが…けれど、私の目には然う、見えています。


   …願望ではないです。


   …。


   榛名も…然う、ですから。
   貴女と手を取り合って、共に歩んできて……本当に、楽しかった。
   貴女に愛されて、貴女を愛して……笑っている時間の方がずっと、多かった。


   ……あぁ、榛名。


   けれど、比叡さん。


   …?
   はい。


   …私達の時間は未だ、終わっていません。


   …。


   …終わってない、ですから。


   ん…確かに、然うですね。


   ……。


   じゃあ…もっと、しあわせにならないと。
   しあわせに、しないと。


   …欲張りですね。


   いけませんか…。


   …いいえ、私も同じですから。


   ふふ…。


   …ふふ。


   ねぇ、榛名さん。


   はい、比叡さん。


   貴女はやっぱり、可愛らしい。


   …貴女はやっぱり、素敵です。


   貴女以上に可愛らしいひとは、居ません。


   …貴女以上に素敵なひとは、居ないです。


   …。


   …。


   …ふふ。


   ふふ…。


   照れますねぇ。


   …恥ずかしいです。


   …。


   …。


   榛名さん。


   比叡さん。


   お散歩にでも、行きましょうか。
   折角、良い天気なので。


   本は良いのですか?


   うん、それよりも榛名さんと出掛けたい。


   …はい、私で良ければ一緒に。


   じゃあ…行きましょうか。


   はい…比叡さん。








   ………うーむ。


   …。


   …路、間違えたか。
   それとも、未だ先なのか…。


   ……。


   或いは、行き先が違うのか……違うのかなぁ。


   …。


   …間違えたなら、正せば良い。
   未だ先ならば、歩けば良い……けど。
   行き先が違っていたら……だったら、私がそちらに行けば良い。


   …。


   …なんて、駄目かなぁ。


   ……。


   うーん……。


   ……さん。


   …?


   …比叡さん。


   …!


   どうしましたか…比叡さん。


   …榛名さん?


   比叡さん。


   何処ですか、榛名さん。


   …私は、此処です。


   何処…。


   比叡さん、私は此処に居ます。


   …あ。


   此処で、貴女を…ずっと。


   榛名…ッ!!


   …ん。


   ……。


   ………待って、いました。


   あぁ、榛名さん……榛名……。


   …比叡さん、少しだけ苦しいです。


   ……知りません、聞こえません。


   比叡さん…。


   ……。


   …相変わらず、ですね。


   早々、変わるものではありませんから…。


   …ええ、然うですね。


   …。


   …そんな貴女が、好きでした。


   ……過去形、ですか。


   いいえ…進行形、です。


   …なら、良いです。


   …。


   ……真っ直ぐ、だったでしょう?


   良く、分かりません…。


   …。


   ただ、ただ、歩いて、ひたすらに、歩いてきて。


   ……もう少し、ゆっくりでも良かったんですよ。


   ……。


   ゆっくり、来て下さっても……んん。


   ……もう、十分です。


   十分…?


   …一人で、生きるのは。


   ……。


   ……迎えに来て呉れるのを、待っていましたのに。


   …貴女にはもう少し、生きていて欲しかったんです。


   酷いです。


   …。


   ……酷いよ、榛名。
   私がどんなに、貴女と居たかったか…知っているくせに。


   …ごめんなさい、姉さま。


   ……。


   …だけど、早く来て欲しいなんて、思えなかったんです。
   だって、それが意味する事は…。


   ……。


   ……だから、どんなに時間が掛かっても。
   此処で、待っていようと…。


   …榛名は、大丈夫だったんですか。


   …。


   ひとりで……。


   …いつか、誰しもが、此処に来ます。
   だから、いつか、私の傍に来て下さると。
   榛名の傍に、また、居て下さるようになると………だけど。


   …。


   ……だけど本当は、早く、逢いたかった。
   離れていたくなんか、なかった……。


   …榛名。


   逢いたかった、逢いたかったです、比叡姉さま…。


   榛名…。


   でも、でも、貴女に…早く、此方に来て欲しいなんて。
   直ぐに榛名を追い掛けてきて欲しいなんて…榛名の手をまた引いて欲しいなんて…。


   ……。


   …望む、なんて。


   榛名さん。


   ………。


   …貴女が、逝ってしまってから。
   私の中にはぽっかりと大きな穴が出来てしまったんです。


   …。


   …貴女が居なくなってしまって。
   毎日、写真に挨拶をして、語りかけて……だけど。


   …。


   …だけど、どうしようもなく、淋しくて。
   淋しくて、淋しくて、淋しくて、淋しくて……。


   …。


   …私が困っていたら、いつだって、聞こえてきた穏やかな声が。
   触れれば温かな肌が、繋げば返して呉れる手が、見つめて呉れる柔らかな眼差しが……。


   …。


   …家の中、何処を探しても無くて、見つからなくて。
   ただ、ただ、貴女は写真の中で微笑んでいるだけで……私、は。


   ………比叡さん。


   …貴女が居ないと、淋しい。


   …。


   私は…。


   …ごめんなさい、比叡さん。
   貴女を残してきてしまって、ごめんなさい……。


   ……良いんだ、逢えたから。


   …。


   私こそ、榛名さんを待たせてしまいました、から。


   …信じて、いましたから。


   …。


   だから、榛名は……。


   …淋しくはありませんでしたか。


   …。


   ……榛名さん。


   …淋しかった。


   …。


   貴女が居ないのは、どうしようもなく、淋しかった……。


   …。


   …迎えに、行きたくて。
   行きたくて、行きたくて、行ってしまいたくて……行って、しまえば、良かった。


   ……。


   行っても、良かったんですね……。


   …うん、良かったんだよ。


   ……だけど、私には。


   貴女は、優しくて奥床しいから。


   …。


   …だから、私から来たよ。
   貴女とまた、愛し合う為に…。


   ああ…ッ。


   …榛名さん…榛名。


   比叡さん……比叡さん……比叡、姉さま………。


   …。


   ……。


   …いつか、生まれ変わる事があるのなら。
   その時もまた、貴女と……。


   …貴女とまた、愛し合えたら。


   必ず、見つけるよ。
   世界中を、探して。


   …榛名も、見つけます。
   必ず、貴女を…。


   …。


   …。


   ……だけど、今は。


   …はい。


   行こうか…また、ふたりで。


   はい、比叡さん……。


   ……。


   ……。


   …榛名さん、貴女を、心から愛しています。


   榛名も…比叡さん、貴女だけを。








  −なんでもないや





   あー、これは暫く止みそうにないや…。


   …。


   霧島の言う事を聞いて、傘、持ってくれば良かったなぁ。


   …。


   あんなに晴れてたのにさ、雨が降るなんて、思わないよなぁ。
   けど、確かにあの子の予報は結構当たるんだよな…将来、気象予報士にでもなれば良いんじゃないかな。


   …。


   でもこのイキオイ、傘持ってても意味ない気がするな…。
   バケツ、引っ繰り返したようなとは、この事だ…。


   …。


   仕方ない、少し待とう。
   無理してもずぶ濡れになるだけだし、霧島に余計、怒られそうだし。


   ……。


   え、と。
   榛名。


   …ッ。


   ここで少し、雨宿りするけど。
   大丈夫…?


   ……。


   はる…ひぇ!?


   …!!!!


   え、雷?
   嘘でしょ?


   ………。


   榛名、大丈……


   …。


   …ぶ、じゃないね。


   ………ぶ、です。


   うん?


   ……だいじょぶ、です。


   …。


   …はるなは、だいじょぶ。
   だいじょぶ…だいじょぶ……だいじょ、ぶ…。


   ……あーー。


   ……。


   ゴロゴロゴロゴロゴロ、ドッカーーーン!!!


   …にゃああああッ?


   …。


   う、ぅ、うぅぅぅぅぅ…。


   あーうん、やっぱり大丈夫じゃないね…。


   …。


   榛名、榛名。
   今の、私です。
   だから、大丈夫だよ。


   …ねえ、さま?


   うん、私。


   …。


   えと…ごめん?


   ……ぅぅぅ。


   本当にごめんなさい。


   ……ねえさまなんて、きらい。


   え。


   ………。


   ごめん、榛名。
   ごめんね、榛名。
   と言うか、あまりそっちに行くとはみ出して…


   ………。


   …あーほら、濡れちゃった。


   ……うぅぅ。


   あー…タオル、持ってくれば良かった…。


   …はるな、はんかち、もってます。
   だから、だいじょぶです…。


   榛名、ハンカチ、持ってるの?


   …ねえさまとは、ちがいます。
   てをあらったら、ふりまわす、ねえさまとは。


   あ、はい…と言うか言い方が霧島のようになってる…。


   ……。


   あ、それ、私があげたやつ。


   …ちがいます。


   榛名がその花柄のハンカチを欲しそうにしていたから。
   だから、誕生日にお小遣いをはたいて…


   ち、が、い、ま、す。


   …そんな、強調しなくても。


   ……。


   …まぁ、いいや。
   榛名、濡れてるところをちゃんと拭くんだよ。
   風邪、ひかないように。


   …。


   んー…いつ、止むか…


   …!!


   …とりあえず、雷が過ぎないと駄目かな。


   ………。


   …榛名、本当に大丈夫?


   …。


   ……怖かったら無理しないで良いんだよ。
   榛名、家の中にいても雷が鳴ると頭から布団をかぶって……。


   …。


   …榛名。


   ……。


   うん…じゃあ、こうしてようか。


   ……はるなは、だいじょぶなんです。


   そう?


   ……そう、です。


   でも、頭から布団、被るよね?


   あ、あれは…。


   あれは?


   ……べつに、なんでもないんです。


   なんでもなくて、布団、頭から被るかな…?


   …かぶります。


   いつだか、私の布団被ってたよね?


   …!


   あれもなんでもなかった?


   ……なんでも、なかったです。


   そっか。


   …そう、です。


   んーー……ん?


   …ねえさま。


   なぁに、榛名。


   …ねえさまも、ふいてあげます。
   かぜ、ひかないように…。


   私は…いや、折角だからお願いしようかな。


   …ちっちゃくなってください。


   え、ちっちゃく…?


   …はるな、とどきません。


   ああ…屈めば良いのかな。
   えと……こんな感じ?


   …。


   ん……。


   …。


   …えと、顔、ですか。


   うごかないで、ください。


   ……はい、分かりました。


   ……。


   …。


   ……もう、いいですよ。


   うん…ありがとう、榛名。


   あ。


   榛名は、本当に優しくて良い子だなぁ。


   ね、ねえさま…。


   …誰にも、あげたくないなぁ。
   なんて、何言ってるのかなぁ…私。


   ねえさま、ぬれてしまいます…。


   …お互い濡れてるから大丈夫だよ。


   で、でも、だめです。


   …こうしてくっついてた方があったかいよ。
   だから、こうしていよう?
   雨が、止むまで。


   だめ、です…。


   …じゃあ、もう少しだけ。
   あと、もう少しだけ…ね。


   ……きもちわるく、ないですか。


   え?


   …はるな、ぬれています。
   だから…。


   …ああ。
   榛名は気持ち悪い…?


   …。


   …だったら、離れるけど。


   …………はるなは。


   うん…。


   …だいじょうぶ、です。


   ……じゃあ雨が止むまで、こうしていよう。


   もうすこしだけって、いいました…。


   うん…だから雨が止むまで、もう少しだけ。


   …はるな、よく、わかりません。


   はは。


   ……でも。


   でも?


   …ねえさまは、あったかいです。


   ね…こうしていれば、寒くないでしょ?
   私も、あったかいし…。


   ……あめがやむまで、ですよ。


   はい…止むまで、です。


   ……。


   …雷、平気ですか?


   ………。


   …あ、言わなければ良かったかな。


   ………へいき、です。


   榛名…。


   ……ねえさまが、いてくれるから。
   はるなは…だいじょうぶ、です…。


   じゃあもっと、ぎゅうってしちゃおうかな…。


   …ん。


   ふふ…榛名は良い匂いがするなぁ。


   …ねえさま。


   ……ねぇ、榛名。
   私の事、まだ嫌い…?


   ……。


   …お姉ちゃん、榛名に嫌われたら、生きていけないなぁ。


   え…。


   あぁ、胸が苦しい…苦しいなぁ…。


   ね、ねえさま…。


   ……ねぇ、嫌い?


   は、はるなは…。


   う、うぅぅ、く、苦しい…。
   こ、このままだと、私……。


   す、すきです…ッ。


   …。


   はるなは、ねえさまのこと、だいすきです…ッ。
   だから、だから……ッ。


   …うん、治った!
   榛名、私、治りました!!


   …ほんとう、ですか?
   ねえさま、くるしくないですか…?


   榛名が好きって言って呉れたから。
   私はもう、大丈夫です。


   …。


   私も榛名が好きだから。


   ……ひえい、ねえさま。


   私も大好きだよ、榛名のこと。


   ぁ……。


   私の大事な、榛名。


   …。


   …ん、あれ?


   …………。


   榛名、なんか熱い…?


   …。


   わ、わ、榛名?
   風邪、風邪かなぁ…ッ?


   ……すき。


   え、なに、榛名?


   すき…だいすき、です。


   …え。


   だから……ずっと、はるなのこと。


   ……。


   …ん。


   ………榛名。


   ねぇ、さま…。


   …ずっと、好きだよ。


   …。


   ずっと、ずっと、大好きだから。


   ……はるな、も、です。


   ああ、嬉しいな。
   すごく、嬉しい。


   ひえいねえさま…。


   今なら何でも出来そうな気がするなぁ!


   …。


   雷も、怖くない。
   うん、なんでもないや!


   ………ひえいねえさま。








   榛名。


   …はい。


   榛名。


   …はい、姉さま。


   手を。


   ……はい。


   …。


   …。


   …雷、大丈夫?


   はい…大丈夫です。


   …。


   姉さまが、居て呉れるから…姉さまの熱を、感じていられるなら。
   榛名は…大丈夫です。


   …おまけに、私の布団の中ですしね?


   ……。


   ふふ…。


   ………姉さま。


   …榛名の素肌、気持ち良いな。


   ………言わないで、ください。


   恥ずかしい…?


   …。


   …ふふ。


   ………ねえさまの、いじわる。


   うん、そうなの…。


   …ん。


   ね…あともう少しだけ、なんて言わずにさ。
   ずっと、こうしてようよ。


   …姉さま。


   ずっと。
   離れないように、ずっと。


   …。


   いや…かな?


   …榛名も、していたいです。


   じゃあ、していよう。


   …。


   していようよ、榛名。


   ……はい、姉さま。


   ねぇ、榛名。
   私の事、好き?


   …。


   …あの頃と、変わらずに。
   私の事を…。


   …好き、です。
   大好き、です。


   …。


   あの…比叡姉さまは。


   決まってるさ。
   大好きだよ。


   きゃ…。


   ……大好きだよ、榛名。
   私の可愛い、榛名…。


   比叡姉さま…。


   …嬉しくて、泣いてしまうくらいに。


   榛名、も……。


   …でも榛名の泣き虫には敵わないけど。


   …。


   はは。


   ……もぅ。


   …可愛いよ、榛名。


   揶揄わないで下さい…。


   …いや、本当に可愛いから。


   姉さま。


   ……拭っても良いかな。


   …だめ、です。


   だめ、なの…?


   ……だめ、です。


   ん…分かった。


   …。


   ……ねぇ、榛名。


   …ずっと。


   …。


   ……離れないように。
   離れて、しまわないように…。


   …。


   ……こうして、いて。


   うん…してよう、ずっと。


   ……。


   …榛名。


   ……はい、姉さま。


   …やっぱり、なんでもない。


   姉さま…?


   ……なんでもないよ、榛名。


   ……。


   …。


   ………はい。








  −Ship of Regret and Sleep



   ※比叡がふたなりです。





   …ッ、…。


   ……。


   …ま、って。


   ……。


   ま、待って…まって、はるな……こんな、の……。


   ……。


   …だめ、だ。
   だめだ、よ……う、ぁッ。


   …なにが、でしょう、か。


   なにが、って……。


   …はるなが、へただから、ですか。
   うまくできないから、ですか…。


   そ、そうじゃない、そうじゃ…っ。


   …きもちよくない、から。
   なれない、から…。


   ち、ちがう…ちがう…。


   ……はるなが、あのひとでは、ないから、ですか。


   …!


   ……だか、ら。


   はる、な…ッ。


   …あ。


   ……おねがいだから、やめて。
   おねがい、だから……こんなこと…。


   ……どうして、ですか。


   …。


   どうして、なの……。


   ……はるな。


   …いや、です。


   く、ぁ…ッ。


   ………。


   や、め……ぁ。


   …なんども、してるじゃ、ないですか。
   なんども、なんども、して、おいて……。


   …、……ぅ、……。


   …すきなように、してくれて。
   いまさらじゃないですか、比叡姉さま…。


   あ、ぅ……く……。


   ……がまん、しないで。
   はるなに、ゆだねてください…。


   はる…な……。


   …きもちよく、してあげますから。


   ………せめ、て。


   …。


   …ごむ、を。


   ……いりません、そんなもの。


   で、でも……。


   ……したこと、あるじゃないですか。
   はるなが、いやがっても…ねえさま、は…。


   それ、は……。


   …ほんらいは、そういうもの、なのでしょう?
   ほんとうは、そうしたいの、でしょう…?
   それが、ほんのう、なのでしょう…?


   ……わたし、は。


   …だから、はるなのなか、に。


   ……!
   は、ぁ……。


   …ぅ。


   ……はるな。


   …ん、……ん、……。


   ……は、ぁ。


   …おくすり、のみますから。


   ……。


   …そうすれば、いいんですよね。
   そうすれば……。


   ………はるな。


   …うごき、ます、から。
   じっと、していて、くださいね……。


   …。


   …は、……ぁ。


   …。


   ……う、………んん。


   ………はぁ。


   …や、……もっ、と、……あぁ。


   ……はるな。


   …ねぇ、さま、……ねぇさま……。


   はるな…。


   ……きもち、よく、なって。
   はるなで、きもち、よく…なって、…そし、て。


   ………。


   …はるなの、なか、に。
   あなた、の……。


   ……やめて、はるな。


   …ッ。


   …。


   いや、です……。


   ……どいて。


   …い、や。


   榛名。


   …う。


   ………。


   …どうして。
   どうして…どうして……。


   …。


   はるなは、ただ…ただ…………だけ、なのに。


   …。


   かわりでも、よかった、のに……。


   …。


   …ねえさまに、めいわく、は、かけないから。
   だから、このまま…このまま……おねがい、おねがいです、ねえさま……。


   …榛名。


   ………いや。
   いやぁぁ…。


   …。


   ねえさま、ひえいねえさま、ねぇさま……。


   ……このままだと、いけないからだよ。


   …ぁ。


   ……。


   ねえさま……。


   …あのままだと、榛名が苦しいだけ、だから。


   ………。


   …だから。


   あぁ…ねぇさま………。


   ……ごめん、榛名。


   …!
   あ…っ、……あぁッ、……あぁぁぁ!


   ……すい、つく。


   あぁ…おく、に…。


   ……ゴム、もう、つけられないよ。


   は、い……。


   ……。


   …つけない、で。
   ねえさまには、めいわく、かけないから…だか、ら。


   ……迷惑。


   …はるなの、なか、に……どう、か。
   あなた、の……ぅ、あッ。


   ……なんですか、それ。
   なんですか、それ…!


   …っ、…ッ、…ぁ、あ、あ、あ、ぁ、…ぁっ。


   ……わたし、は。
   わたし、は……。


   ひ、ぇ…い……ッ。


   ……じゃあ、はらんでよ。


   あ、やぁ…っ、……ッ、っ。


   ……いっそ、はらんでしまえ。








   ……。


   ……榛名。


   …だいじょうぶ、です。


   ……。


   …しんぱい、しないでください。
   おくすりは、のみますから…。


   ……。


   …のまなかったとしても。
   それでもし、そうなってしまったとしても。
   あなたにはめいわく、かけませんから…。


   ……。


   …ごめんなさい、姉さま。
   榛名、行きますね…。


   ……。


   …姉、さま。


   ……迷惑って、何ですか。


   …。


   …迷惑って、何。


   ………榛名は、しあわせですから。


   …。


   ……。


   意味が分からない。
   ちゃんと、言って。


   …。


   …榛名。


   ………もう、言わないで下さい。


   …。


   …榛名は、代わりだから。
   だから、いいんです…。


   良くない!


   …。


   …良くない。


   ……お願いです、姉さま。


   …。


   榛名は…はるなは、もう……。


   …。


   ……だいじょうぶじゃ、ないんです。
   だいじょうぶでは、ないんです…。


   …。


   でも、わかっているんです…それはのぞんではいけないことだって……のぞまれていないこと、だって。
   だって、榛名は…。


   ……。


   …けれど、はるなは、もう。


   …。


   ……はなしてください、ねえさま。
   あなたがほしいものは…わたしでは、ないでしょう…?


   …嫌です。


   …………お願いです、姉さま。


   嫌だ。


   …あ。


   ………。


   ひえい、ねえさま……。


   ……全部、私が悪いんです。


   …。


   …全部、私が悪いのに。


   ちがう、ちがいます…これは、こうなることは、はるながのぞんだことなんです…それ、なのに。


   ……私が、全部、悪い。


   ねえさま…ねえさま……そんなかお、しないでください…ねえさま…。


   …。


   ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……。


   ……孕めって、言ったんだよ。


   え…。


   ……孕んでしまえば良いって、思ったんだよ。


   それ、は……。


   ……私の子供、孕めって、孕んでしまえって。


   ……。


   怖かった…怖かったんだ。


   …こわ、い。


   ………榛名は、榛名だったんだ。
   何度、抱いても……榛名は、榛名で。
   最初から榛名は……榛名でしか、なかった。


   ……はるなで、しか。


   …だけど、どうすれば、いいのか、分からなくて。
   そのまま…そのまま、ずるずると、続けてしまって……だって、はるなは、こばまなかったから。


   …。


   …そんな、はるなに、あまえて。
   おかすような、ひどいこと、だって……。


   …。


   ………ごめん、榛名。
   ごめんなさい、榛名……傷つけてしまって、ごめんなさい…。


   ……比叡姉さま。


   …薬なんて、飲まなくて良い。
   たとえそれで、そうなったとしても…。


   ……。


   …私、頑張るから。
   だから…ひとりで生きようなんて淋しい事、思わないでよ…榛名。


   ………あなたの心の中に。


   …。


   …いるのは、私ではないのでしょう?


   ……榛名。


   …だったら、いいんです。
   あなたが…負わなくても、いいんです…。
   負う必要なんて、ないんです…。


   どう、して…。


   ……あなたが、すきなんです。


   …。


   すきで、すきで……だから、あなたにだかれているとき、ほんとうに。


   …。


   ……かなしかった。


   あぁ…ッ。


   ………でも、はるなは、だいじょうぶです。


   …。


   だいじょうぶ、ですから……。


   ……。


   …ありがとうございます、ねえさま。
   だいすきな、ねえさま……。


   ……好きだ。


   …。


   好きだ、好きだ、好きなんだ…。


   ……。


   …好きなんだ、榛名。


   ………。


   自分が悪いことは分かってる、でも、それでも……それでも…。


   ……。


   榛名…榛名…はるな……。


   …。


   …わたしを、おいてゆかないで。


   ………あぁ。


   がんばるから…がんばるから…だから。
   わたしを、みすてないで…。


   …。


   ……あぁぁ。


   …姉さま。


   榛名………榛名。


   …榛名を、選んで。


   …。


   選んで、姉さま…榛名を、その心の中に……あの人では、なくて、私を。


   ………。


   …榛名は、貴女だけだから。
   貴女が、全てだから……。


   榛名………。


   ……。


   ………私の子供、産んで。








   あ、あ、あ、あ、あ、あ…。


   …っ、はるな…っ。


   ね、えさ…ま…。


   …っ、う…。


   ……あぁ、また。


   ……ッ!


   ……。


   …う、…ぅぅぅ。


   ………あぁぁ。


   …ぅ、…。


   ……ねえさま。


   …。


   ……きもち、よいですか。
   はるなの、なか…。


   ……ぬけだせなく、なる、くらいに。


   …。


   …とっくの、むかし、に、…わたし、は。


   …。


   ………は、るな。


   …なんどでも。


   ……。


   …貴女の子供、榛名が、産んであげます。
   何度でも、何人でも……。


   …。


   だから、榛名だけを愛して…そして、榛名だけ、に。


   ……う、ん。


   すきです…ねえさま。


   うん、はるな……。


   …。


   ………すきだよ、はるな。


   …。


   は……。


   …。


   はるな…はるな……はるな………。


   ……あなたは、わたしだけの。








  −Dive In The Sky〜Wonderful Life





   綺麗ですねぇ。


   …はい、とても。


   この国の桜は本当に美しいものです。
   散ってしまう、その瞬間まで……。


   …淋しさや儚さも、感じます。


   だからこそ強く、心に残るのです。
   風情や情緒、そんな言葉と共に…。


   …。


   …この国の言葉もまた、美しい。
   詫び寂びや情感、季節の彩りすらも…。


   ……久しぶりですね。


   はい…?


   …二人だけで、お花見をするのは。


   ああ…然うですね。
   いつ以来でしょうか…。


   ……貴女がこの国を発つ前に。


   と、言う事は……ああ。


   …。


   あれからもう、そんなに経っているのですね…。


   …いつか、あの国の桜を見せて呉れると約束しました。
   かつて、この国から贈られて友好の証となったと言う桜を…。


   ……すみません。


   …何故、謝るのでしょう?


   結局、果たせていませんから…。


   ……ふふ。


   …?


   …謝るのは未だ、早いですよ。
   いつか、巡ってくるかも知れないのだから…。


   ……。


   …ね、然うでしょう?


   ええ…然うです。
   必ず、必ず、果たしてみせましょう…。


   …はい。


   ……。


   …ん。


   ……花びらが、髪に。


   …ありがとうございます。


   綺麗ですね。


   本当に…。


   …貴女が。


   …。


   …本当に、綺麗だ。


   ……。


   ふふ………色付きましたね。
   もっと、綺麗になりました…。


   …あまり揶揄わないで下さい。


   揶揄ってなど、いませんよ……本当の事を言っているだけ、です。


   ……。


   …ふふ。


   桜を、桜を見て下さい…折角、綺麗に咲いているのですから。
   折角…ふたりでお花見をしているのですから。


   …然うですね。
   榛名の事は…後でゆっくりと、愛でる事にしましょう。


   ……。


   と…。


   ……比叡さんは向こうの方々の影響を受け過ぎです。


   さて、素直になっただけだと思いますけど…。


   …素直になる、方向性が。


   こんな私は嫌ですか…?


   …。


   ……。


   …嫌では、ないです。
   けれど……あまり言われると、恥ずかしい、ですから。


   ……奥床しいな、榛名は。


   も、もう…。


   はは。


   ……。


   ……。


   …綺麗、ですね。


   美しい貴女と、見ているから。


   ……もぅ、また。


   …。


   …。


   ……ただいま、榛名。


   …。


   …ただいま。


   ……おかえりなさい、比叡さん。


   夢……叶いました。
   叶えました…。


   ……はい。


   貴女が、支えて呉れたから…。


   …いいえ、榛名がした事なんてとても小さなものです。
   夢が叶ったのは…夢を叶えたのは、貴女が誰よりも努力し、頑張ったから。
   だから…。


   …貴女が支えて呉れなかったら、私は頑張れなかった。
   貴女が居なかったら…来て、呉れていなかったら……私の心は。


   ……私は。


   …。


   …貴女の為だったら、何でも出来ると思っていたんです。
   然う、何でも…。


   ……貴女は強いひとです。
   そして…とても、優しい。


   …いいえ、私は強くなんかありません。
   優しくなんて、ないのです…。


   …。


   …私はただ。
   ただ、ただ、貴女の為になりたかった…貴女の支えに、なりたかった…。
   貴女に…愛されたかった。


   ……榛名。


   比叡さん……空から見たこの星は、どうでしたか。


   …とても、美しかったです。
   青が、光り輝いて…叶う事なら、貴女と。


   貴女の大好きな星は…。


   …あの場所は、ずっとずっと、広大で。
   知らない星が、まだまだあるのだと……。


   …新しい夢を、見つけてきたんですね。


   ……はい。


   …また、追い掛けるのですね。


   ……。


   ……小さい頃から、星を見る貴女が好きでした。
   今でも…空を見上げて、あの場所に思いを馳せている貴女が、好きです。
   仮令…その瞳に私が映らなくても…私のこの手が、届かなくとも……いいえ、映らなくたって良いんです、届かなくたって良いんです。
   お傍に居る事さえ、出来れば……あ。


   ……。


   …比叡、さん。


   ……貴女は私のすべて。


   ん……。


   ……私の本当の夢は、貴女が居なければ永遠に叶わないんです。


   比叡さん……。


   ……一生、傍に居て欲しい。


   居ます……貴女が、望んで呉れるのなら。
   私は…榛名は…一生、貴女のお傍に…。


   ……結婚、して呉れませんか。


   あ…。


   そして…私の伴侶として、私の傍に。


   ……あぁ。


   …貴女を、愛しています。
   貴女だけを…愛しています、榛名。


   比叡さん…比叡さん……。


   …この夢を、どうか、叶えて呉れませんか。
   榛名でなければ…叶える事が、出来ないのです。


   ……。


   …榛名。


   ……私にも。


   …。


   夢が、あったんです……本当は、あったの…。


   …うん。


   私の、夢……幼いころから、夢…。


   …聞かせて、欲しい。


   聞いて、下さるのですか……。


   …ええ、私で良ければ。
   いや…どうか、聞かせて下さい。


   言っても、良いのでしょうか…こんな、こんなちっぽけな夢を…本当に。


   …夢に大きさなんて、ないよ。


   でも、比叡さんの夢に比べたら…私の夢、なんて。


   榛名。


   ……。


   …どうか。


   私の夢…私の夢は……。


   ……。


   比叡さん…貴女の。
   姉さまの、お嫁さんに……。


   ……


   ……なりたかった、の。


   …。


   貴女に、愛されて……ずっとずっと、貴女と、手を繋いで。


   …その夢を、今度は榛名が叶える番です。
   どうか、私にその夢を…榛名の大事な夢を。


   ほんとう、に…。


   …叶えさせて、下さい。


   あ、あぁ……。


   …随分と、遅くなってしまったけれど。
   榛名…私のお嫁さんになって呉れませんか。


   ………。


   …なって下さい。


   ……よろこん、で。


   …。


   ……わたしのゆめを、かなえて。
   かなえてください…ねえさま。


   …喜んで。


   ………あいして、ます。
   こどものころから…ずっと、ずっと、あいしてます…。


   ……ふたりで、かなえよう。
   ふたりのゆめを……。


   …は、い。








   …境界線など、ない。


   ん…。


   ……あの場所には。


   …はい。


   そして……今、私達の間にも。


   …はい、比叡さん。


   ……。


   ぁ…。


   …あなたは、私の光。
   どんな暗闇の中にあっても……あなたが、居て呉れたから。
   私は、歩けた…前に進めた……そして、飛ぶ事が出来た。


   ……。


   …これからは、私が貴女の光に。


   ……もう、なっていますよ。


   …。


   なっているんです……姉さま。


   …榛名。


   …。


   …相変わらず泣き虫だなぁ、榛名は。


   ……。


   でも、可愛い……愛しい。


   ……ひえいさん。


   ふたりで…ずっと。


   ずっと…ふたり、で。


   ……未知なる未来へ飛び続けよう、榛名。
   高く、遠く……ふたりでならきっと、出来る。


   …手を、離さないで下さいね。


   絶対に…どんな事があろうと、離さない。


   ………比叡さん。


   榛名……。


   ……いつか。


   …。


   …あの国の桜を、榛名に見せて下さい。


   ……必ず、果たします。
   必ず…。


   そして、いつか叶うなら…。


   ……。


   境界線なんてない、あの場所から…この星の青を、二人で。