−魔女ノ狩人(時代劇パラレル・カザドと連動)





   よーこぉ。


   …。


   よーこさんってば。


   …。


   一寸一休みしませんかねぇ。


   …。


   よー


   聖。


   ほら、ここは都合良く宿場町。
   目の前には茶屋。


   寄りたいなら、一人で寄れば良いでしょう。


   えー、釣れないなぁ。
   折角、こんなに桜が綺麗だってのに。


   物見遊山じゃないのよ。


   けど、桜を愛でるのは、和人の性分ってね。
   蓉子も然うでしょう?


   もう、散々見たでしょうが。
   都で。


   なに、何度見ても良いものよ。


   勝手に言ってなさい。


   あーあー、待って待って。


   くどい。


   今、どこら辺に居るんだろうねぇ。


   …は?


   素性不明な、異人さんたち。


   …さぁ。


   また会えたら、面白いんだけど。


   あのねぇ、聖。
   私達は


   ところで今夜の宿、どこにする?
   出来ればふかふかの布団がある処が良いんだけど。


   ……。


   布団は一つ、枕は二つってね。


   ばか。
   くだらない事言ってないで、さっさと歩きなさい。
   天気が崩れる前


   お。


   ……に。


   あらら、降ってきちゃったねぇ。


   …これくらいなら、平気よ。
   急ぎましょう。


   蓉子?


   …。


   本降りになるよ?
   これは。


   そんなの、


   ここまであんまり休み取らずに来てる事だし。
   ここぞの場面でへまするくらいなら、ここら辺で休養した方が良いと思うんだよねぇ。


   ……。


   はい、決まり。
   布団、ふかふかだと良いねぇ。
   ごはんは…蓉子のが美味しいだろうケド、この際贅沢は言わない。


   ……聖。


   はいはい、小言なら後で聞くよってね。


   …はぁ。
   仕方無いわね。


   お、今日は早いね。
   折れるの。


   本降りになるのでしょう。


   うん、なるなる。


   この先は峠だから。


   足、滑らせたら大変だもんねぇ。


   …桜。


   ん?


   散ってしまうわね。


   都で散々見たんじゃなかったの?


   …感傷よ、ただの。


   大和の民だねぇ、蓉子は。


   貴女もでしょう、聖。


   こんなみてくれでも?


   どんな容姿でも。


   …へへ。


   何よ。


   あの異人さん二人は。


   …。


   桜を見て、どう思うかな。


   …さぁ。
   でも。


   でも?


   美しいと思ってくれたら。
   少し嬉しいわね。


   少しなんだ?


   …。


   と…一寸急ごうか。
   ずぶ濡れになる前に。


   ええ。


   布団、ふかふかだと良いな。


   貴女、そればかりね。








  −紙の話。





   くっつすぎ。


   …え。


   あ?


   くっつすぎ、なのよねぇ。


   …。


   …ん?


   あーあ…。


   …。


   …て、蓉子。
   なんか遠くなってない?


   …いいえ。


   いや、でも


   ああ、またくっついて。


   …!


   て、蓉子。
   やっぱり、離れてるじゃない。


   …離れてないわ。
   距離を取っているだけよ。


   それ、同じだと思うけど


   ……。


   ……。


   うーん、今日は湿気が多くて嫌になるわ。
   そうは思わない、紅薔薇さま。


   …湿気?


   ええ、湿気。
   そんな季節はとうに過ぎたと言うのに。


   …。


   …ねぇ蓉子、それだと見えないんだけど。


   …。


   よう


   白薔薇さま。


   …なんでしょうか、紅薔薇さま。


   貸してあげるから。
   明日返して。


   良いよ、これくらいなら


   …。


   …。


   …兎に角。
   持って帰って、良いから。


   けど蓉子も使うでしょや?


   今日は使わないわ。


   …でも、これぐらいなら直ぐに写せるし。
   どうせなら蓉子の説明も聞いておきたいし。


   そんなに難しいところでは無いから。
   ノートと教科書があれば


   でもやっぱり説明もあった方が良いわ。


   聖なら


   ここ。
   ここ、もう一回説明してよ。


   そこはさっき…


   つまりは


   …ッ。


   …?
   蓉子?


   …。


   いや、だから遠いんだけど。


   説明、すれば良いんでしょう。


   遠いって。


   大体、風邪なんかひくから。


   好きでひいたんじゃないわよ。


   熱なんか出して。


   だから、好きで出したわけじゃないわ。


   どうして私なんかに


   蓉子のノートが見易いから。
   字がきれいで、分かりやすい。


   クラスが違うし、先生だって


   つまり蓉子は私に教えたくないって言いたいの。


   そういうわけではないわ。
   けど


   けど、何よ。


   …う。


   蓉子。


   せ、聖…。


   …心配、したくせに。


   …。


   …私が風邪をひいて。


   それは…当たり前の事だわ。


   どうして。


   …友達だからよ。


   ただの?


   …そうよ。
   他に何があると言うの。


   …。


   これからはちゃんと体調管理を…。


   教えてよ、蓉子。


   だから、


   蓉子。


   ……。


   ああもう、本当にくっついてやり辛いわねぇ。
   今日は。








  −砂糖水の。





   ……。


   …。


   …おはよう。


   おはよう、蓉子。


   …珍しいわね。


   蓉子こそ、珍しいね。


   ……貴女が珍しいのよ。


   蓉子が言うなら、そういうことにしておこうかな。


   ……。


   ……。


   …なに。


   いいえ、何でも。


   …。


   ね…今日はどうしようか。


   どうするって…?


   …。


   …。


   …蓉子さん。


   睫、長い。


   …たまに抜けて、目に入って、痛いんだけどね。


   …。


   蓉子も長いよね。


   …私は聖ほどではないわ。


   でも、きれいだよ。


   …。


   …付け睫だっけ?
   ああいうの、私はあまり好きじゃない。


   …それは貴女が、ん。


   …。


   …。


   …蓉子はこのままが一番だよ。


   …。


   まぁ、蓉子は最初からそういうの、使わないけどね。


   …試しにしてみようかしら。


   試しに?


   …そう、試しに。


   まぁ、一度くらいなら。


   …。


   …蓉子がしたいなら、止めない。


   …。


   …。


   …しないわよ、ばか。


   なら、良いや。


   …。


   …ねぇ、蓉子。


   …。


   もう、明るいけど。


   …だから。


   …。


   …。


   蓉子がその気なら、乗らないわけにはいかないかな。


   …べつにいいわよ。


   いや、良くない…。


   …ん。


   …分からないと思った?


   ……。


   と言うより、寝てると思ってたんだろうけど…さ?


   …。


   何にせよ、その気にならないわけがない…。


   ……せい。


   ほほ、やっと赤くなった…。


   ……。


   …今日の予定は決まり、かな。








  −白と紅、そして黄。





   ねぇ、瞳子さぁ。


   寝転がりながら、かつ、雑誌を読みながら呼ばないで。
   それからお煎餅を食べながらも。


   楽なんだもん。


   行儀が悪いし、何より、姿勢が悪くなる。


   んー…。


   …。


   じゃあ、良いや。


   …は?


   …。


   …乃梨子。


   うん?


   人の事呼んでおいて、勝手に自己完結?


   まぁ、どうでも良い事だし。


   どうでも良い事?
   どうでも良い事で、


   瞳子さ、私と同棲したい?


   ……は?


   そろそろ、どうかなぁって。


   …。


   …。


   …乃梨子。


   うん?


   雑誌を読みながらは止めて。


   …。


   乃梨子。


   んー……。


   …それで。
   突然、何故?


   したいか、したくないか。
   それだけ答えてくれれば良いよ。


   だから何故、そんな事を言い出したのか、理由を聞いているのよ。


   この間の旅行で志摩子さんに聞かれた。


   奈良の?


   そう。


   ……。


   したところで、一緒にいる時間が劇的に増えるわけじゃないと思うけどさ。
   瞳子がしたいなら、ぶ。


   …。


   …台布巾は投げるものじゃないと思うけど。
   しかも微妙に絞り足りてないよ、これ。


   このままで十分だわ。


   今のままってこと?


   そうよ。


   そ。
   なら、それで。


   …。


   …。


   …テーブル、拭いて。


   なら、そう言えば良いのに。


   言わなくては分からないのかしら。
   わざわざ、台布巾を渡したと言うのに。


   投げつける、が正しい日本語。
   この場合は。


   投げ渡したのよ。


   はいはい。


   …。


   よいしょ、と。


   …乃梨子は、わりとずぼらよね。


   わりとでもないけどね。


   山百合会の幹部だった頃は、


   家にいる時まで、あれは出来ないよ。


   …。


   何より、今は瞳子が来てるから。
   ちょっと気が抜けてる。


   …私が来てるからですって?


   うん。


   ……乃梨子は。


   うん?


   その、私と…同棲、したいの?


   うーん。


   …。


   瞳子、忙しいからなぁ。
   でも、帰る場所が一緒なのは良いかも知れない。


   じゃ、じゃあ、したいのね?


   したくないわけじゃないよ。


   …それって。


   ん?


   どっちでも良いと言う事?


   瞳子がしたいなら、すれば良いやって。


   ……。


   ああー、やっぱり絞り足りてな…。


   …。


   …瞳子?


   しばらくはこのままで良いわよ。
   私は。


   ああそう。
   まぁ、鍵は持ってるしね。


   …。


   ところで、瞳子。


   …何よ。


   次はいつ?


   …一ヶ月くらいは。


   そっか。


   メールは…するわ。


   体には気をつけて。
   瞳子は無理を無理と思わない癖があるから。


   …うん。








   それで答えは結局「しない」、ですか?


   うん、そうらしい。


   そういう言い方はずるいと思いますよ。


   ずるいかなぁ。


   ずるいです。
   それだと瞳子さまが少々、可哀想だと思います。


   瞳子は可哀想じゃないよ。


   たとえ、です。比喩、です。


   なんか違わない?


   良いんです、それは。


   それ、今日は私の奢りで。


   ありがとうございます。


   久しぶりだし。
   由乃さまとは会ってる?


   ええ、たまに。


   令さまんちの道場、通ってるんだっけ。


   そんな頻繁なものではありません。


   でも、行ってる。
   黄色はなんだかんだで、繋がってる。


   それは紅も白も同じとだと思いますが。


   …。


   …?


   先代も、志摩子さんも。
   私は良く、分からないよ。


   …。


   まぁ、先代は蓉子さまと相変わらずらしいけど。
   志摩子さんは…


   ……。


   学生の頃は分かったつもりでいたけどね。
   でも今思えば、肝心な事は何一つ、分かっていなかったのかも。
   今と同じで。


   …他の色から見れば。
   白ほど濃密なものはないと思いますが。


   見えるだけかな。
   白ってさ、菜々ちゃん。


   はい。


   色が、羨ましいのかもしれない。


   白も色ですが?


   そうなんだけど。
   なんだろうね。


   乃梨子さまは、紅が羨ましいんですか?


   紅?


   瞳子さまがお好きなので。


   …。


   何ですか、急に真顔になりましたけど。


   いや、そうだなって。


   …。


   好きなんだよなぁ、瞳子のこと。
   高校生の頃はそんな風に思わなかったのに。


   …それ。
   ちゃんと瞳子さまに言った方が良いと思いますよ。


   高校生の頃?


   好き、という事です。
   聞けば、白の先代さまはそれはもう、紅の先代さまに言うらしいじゃないで…


   ……。


   ……たとえ、間違えましたか。


   あのお二方は、ねぇ。
   参考にならないし、しない。


   ……。


   白と紅でも。
   違うもの、だから。








  −えいえんのこども。(俺屍版)





   聖?


   …あー?


   なんて格好をしているのよ。


   あー。


   …ほら、早く起きなさい。


   んー…。


   聖。


   …ねぇ。


   何。


   …。


   何よ。


   んー……ふふふ。


   …。


   眉間に皺。


   …早く起きなさい。


   ……。


   せ


   蓉子。


   …何。


   私さ、大きくなんてなりたくなかったよ。


   …。


   蓉子より、小さいままが良かった。


   …急に何を言ってるのよ。


   …。


   …。


   …中身が伴わないのは、うちの常だけど。
   どっか歪になったり、さ。


   …それはうちに限った話では無いと思うわ。


   …。


   人は…時を重ねていくにつれ、良くも悪くも変わってゆくものだから。


   十年生きるってのは、どんな感じなのかね。


   …さぁ、想像出来ないわね。


   …。


   ところで、聖。
   いい加減に


   うん。


   …。


   よいしょ、と。
   あーあ。


   …溜め息なんてついて。


   なんか疲れちゃった。


   疲れる事なんて、何もしてないでしょう。


   んー。


   次の討伐の事、少しは考えていて?


   どこ行こうかなぁ。


   その言い方だと貴女が出陣(デ)るように聞こえるけど。


   その時は貴女も一緒だから。


   ……。


   ……。


   …まぁ、良いわ。
   ちゃんと考えておいてね。
   次世代の育成や奉納点、それから討ち取っていない髪の事。


   …うん。


   何より、明日のごはんの事も。


   …明日の?


   知ってるでしょう?
   当家は裕福では無いの。


   幾らなんでも明日のぐらいはあるでしょや。


   あったとしても、いつなくなるか分からないもの。


   蓄え、ね。


   大事な事よ。


   …ま、然うだ。


   ……。


   ……。


   ……。


   …ん?


   ……。


   蓉子?


   …私、は。


   …。


   …貴女の背中、好きよ。


   ……。


   私より少しだけ広い…


   …蓉子の親父様よりかは狭いけどね。


   …。


   ああ、あれはでかいって言うのか。


   …聖。


   私は、女だからね。


   …当たり前でしょう。


   良かった。
   あんなでかいの、求められたらどうしようかと思った。


   …意地悪ね。


   うん?


   分かってて。


   ……。


   …本当に意地悪だわ。


   ……どういたしまして。


   意味が、分からない。


   はは。








  −おもかげ。(俺屍版)





   わか?


   和歌。


   …それが何?


   歌詠みのお招きがあるのだけれど。


   行かない。


   でしょうね。


   蓉子も行かないで良い。
   時間の無駄。


   まぁ、都が落ち着いてきた証なのでしょうけど。


   あいつらが何やったのよ。
   やってるのは屋敷に篭って祈祷だかなんだかやってるだけでしょ。


   全てでは無いわよ。
   中には民の為に


   ほっとんど、居ないね。
   そんな野郎。


   …聖。


   あいつら、嫌いだ。


   …。


   あんなの居ない方が、寧ろ、都にとっては良いんじゃないの。


   口が過ぎるわよ、聖。


   …。


   聖、貴女の気持ちも分かるわ。
   分かるけれど。


   …。


   全てを一緒にしては駄目。


   ……同じようなもんだよ。
   自分の為に親兄弟、子供さえ殺すのを厭わない。
   あいつらの方がよっぽど鬼だね。


   一部の話でしょう?


   上に行けば行くほど、そんなのばかりだ。


   それでも全てでは


   一度だってあいつらが討伐に出掛けた事がある?
   一度だって、鬼を殺した事が。


   …それは私達の役目よ、聖。


   武家の?
   馬鹿馬鹿しい。


   …。


   武家だろうが、そうで無かろうが、死にたくなければ己で得物を持てば良い。
   己の身も守れない奴に、偉そうな事を言われたくない。


   ……然うね。


   和歌、なんか。
   詠んで何になるのよ。
   それで腹が膨れるの?
   鬼が殺せるの?
   民が救えるの?


   …。


   そんなんで


   …ふふ。


   ……何。


   それ、お姉さまが同じ事を言っていたわ。


   蓉子の?


   ええ。
   いつだったかしら…。


   ……。


   …お姉さま、大の貴族嫌いだったから。


   聞いた事がある。


   うん?


   屋敷一つ、ふっ飛ばしたって。


   …ええ、然うみたいね。


   聞いてないの?


   お姉さまからは。


   ふぅん。


   …聞ける雰囲気では無かったのよ。


   …。


   …あんな怖いお姉さま、後にも先にもあれっきりだわ。


   普段も十分怖かったけど。
   子供にすら容赦無くてさ。


   厳しかっただけよ。
   けれど、あの時は本当に…。


   蓉子がそう言うんじゃあ、よっぽどだね。


   …それなのに。
   藤花さまと菊乃さまは…。


   …あの人達は別でしょや。


   ……ええ、然うね。


   …。


   …。


   …まぁ、つもるところ。


   うん?


   当家は不参加で。
   そんなのには行かない。


   江利子辺りは行くと思うけど。


   …。


   江利子ならうまく立ち回ってくれるわよ、屹度。


   …そこら辺は蓉子に任せる。


   然う、分かったわ。


   でも、蓉子は行かないで良い。
   当主命令。


   …はいはい。








   私は、構わないけれど。


   然う。
   ならば頼んでも良いかしら。


   志摩子を。


   え?


   連れて行っても良いのなら。


   志摩子を?


   ええ。


   けれど、どうして。


   問題でもあって?


   別に無いけれど…。


   然う。


   …でも、どうして?


   ただの気紛れ。


   ……。


   あれの貴族嫌いは相変わらずなのね。


   …ええ。


   貴女のお姉さまのよう。


   …貴女はどことなく、藤花さまに似ているわ。


   似てないわよ、残念ながら。


   …掴めない所が、似ているのよ。


   その流れで言うと、貴女は私のお姉さまに?
   あまり似てないけれど。


   …うーん。


   ああ、損してばかりいるところは似ているかも知れないわ。


   菊乃さまが?


   それでも面白く可笑しく、していらっしゃったけれど。


   …菊乃さまが。


   それは兎も角。
   いつ?


   え?


   歌詠み。


   ああ。
   三日後よ。


   ふぅん。


   …ごめんなさいね、江利子。


   うん?


   本来ならば


   良いわよ、別に。
   あれがそういう所に行かないのは最初から分かっている事だし、貴女は貴女で当主命令、でしょう?


   …。


   それに、面白いし。


   …面白いかしら。


   鬼の巣窟、みたいで。
   雷獅子、つい呼びたくなっちゃうわ。


   …それは止めて。


   冗談よ。


   江利子の場合、冗談に聞こえないのよ。


   顔。


   …顔?


   眉毛は無いし、歯は真っ黒だし。
   なかなか気色悪くて面白いわ。


   ……。


   女なんか白粉の塗り過ぎで、笑うとひびが入るそうよ。
   興味深いわ。


   …江利子。


   おまけにお風呂も入らないから。
   私には到底、真似出来ないわね。


   …兎に角。
   お願いね。


   本当、苛々するのよねぇ。
   あの面見てると。


   …江利子。


   うん?


   貴女も人の事、あまり言えた義理では無いと思うわ…。


   そうかしら。


   とりあえず、志摩子には私からも言っておくから。


   別に良いわよ。
   私から言うから


   いいえ。


   うん?


   …志摩子には良く言っておかないと。








   私が、ですか。


   都合でも悪いかしら?


   …いいえ。


   どうして自分が、かしら?


   ……。


   貴族どもに受けが良さそうだから。


   …そんな理由で。


   うん?


   私を、連れて行くおつもりなのですか。


   あら、怒ったのかしら?


   いいえ、怒ってはいません。
   が、


   ……。


   …?
   江利子さま?


   蓉子には何か言われた?


   …蓉子さまに。


   ええ、蓉子に。
   例えば私を良く見張っておくように、とか。


   …言われていません。


   素直ね。


   言われていません。


   ただの、気紛れよ。


   …。


   一人で行っても良いのだけれど。
   たまには誰かと一緒でも良いと思った、それだけよ。


   …私である理由が分かりません。


   だから言ったでしょう?


   ……。


   ……子供らしいわよ、そうしていると。


   …?


   拗ねているよう。


   …!


   面白いところでは無いけれど。
   いずれ知らなければならないのなら、今、私と知れば良い。
   それでは駄目かしら?


   …江利子さま、と。


   冗談よ。


   ……。


   …志摩子。


   わたし…私は。


   ……。


   …江利子さま。


   私は貴女の母親では無いわよ。


   …母親を求めてるわけではありません。


   ……。


   …お手に、触れても良いでしょうか。


   手に?


   …はい。


   ……。


   ……私は貴女に。
   一度だって母の面影を求めたことも、重ねたこともありません。


   …。


   ……それだけはどうか、知っておいて下さい。


   …分かったわ。


   ……。


   ……。


   ……。


   …和歌。
   貴女も詠んでみる?


   …私は一緒に居るだけで良いです。


   ああ、然う…。


   ……。








  −愛を、求める。





   ……よ、


   …。


   よ、蓉子さん…!!


   …何?


   いや、何じゃなくて!?


   …声、うるさい。


   煙草は二十歳になってからですよ…!


   とっくに過ぎてるわよ。


   じゃあ、三十歳になってからにする!


   …私、貴女より“年上”なんだけど。


   兎に角、いけません…!


   ……。


   あーー、吃驚した…。


   …。


   蓉子、吃驚させないでよ。


   貴女は良くて。


   へ。


   私は何故、駄目なの。


   何故って…そりゃあ、駄目だよ。
   躰に良くないし。


   だったら、貴女もでしょう。


   私は…嗜み?
   そんなもんだし。


   でも、喫煙には変わりないわ。


   そうだけど…。


   キスが不味くなるからって言ってるのに。
   全っ然、止めてくれない。


   だから、吸った後はしないように…


   ………。


   …あ、いや、しちゃう時もあるけど。


   も?


   それに最近はあまり吸わなくなった、し…。


   ……。


   …止める、ちゃんと止めるから。


   それ、言い続けてどれくらい?


   う。


   ……。


   で、でも、量は減ったでしょや?


   …減った、ねぇ。


   減った、確実に減った。
   と言うか、元からヘビーじゃなかったし。


   ……。


   蓉子…。


   …それは、認めるわ。
   でも、どうして。


   …。


   どうして吸うようになったの。


   それ、前にも


   ……。


   …え、と。
   なんとなく?


   ……。


   …。


   …それ、前にも聞いたわ。


   で、ですよね。


   ……はぁ。


   蓉子が好きじゃないのは、分かってる。
   だから蓉子といる時は


   いる時は?


   …予め、来るのが分かってる時は部屋の中で吸わないし。
   来てる時は絶対に、


   絶対?


   …吸わないように、してる。


   においは消えない。


   ……。


   …聖。


   ……はい。


   これ、何が美味しいの。


   …と、言われても。


   ……。


   わぁ、だめだめだめ…!!!


   …だって、分かりたいじゃない。


   分からなくて良いから!
   寧ろ、分からないで!!


   …。


   蓉子さんは女の子なんだから!
   躰に良くありません…!


   貴女だって女の子でしょうに。


   そうだけど、蓉子さんは私と違うの!
   将来、子供を産むかも知れな


   …子供?


   あ。


   ……そう。
   聖は、そう思っていたのね。


   あ、いや、だから、その、一般論的にね?


   …つまり。
   いつか私達は別れる、そう言いたいのね。


   違います…!!


   …だったら。


   別れません、と言うか別れたくありませんから…!!


   …だったら、要らない心配よね。


   で、でも、やっぱり躰には良くないから。
   だから、蓉子


   聖。


   む。


   …。


   …よ、よーこ?


   若しも。


   は、はい。


   私が貴女と暮らす、と言ったら。
   貴女は吸わなくなるのかしら。


   ……え?


   私がいる時、絶対じゃないけれど吸わない。
   だったら、ずっと私がいれば


   蓉子…!


   ……。


   それ、本気にしても良い?
   良いの?


   ……。


   いつから、ねぇ、いつから?
   部屋はここより、蓉子の部屋の方が良いよね?
   私、荷物あんまり無いし、いつでもむぎゃ。


   まだ、決まっていません。


   …蓉子ぉ。


   ……。


   …ちぇ。


   聖。


   …なーにー。


   一緒に暮らしましょう。


   …どうせ、本気じゃないんでしょ。
   分かってますよー、だ。


   本気よ。


   …はいはい。


   聖、私を見て。


   わ。


   ……。


   …よ、蓉子。


   一緒に、いて。


   ……。


   …答えは、ノー?


   そんなの…!


   ……。


   イエス以外、無いでしょや…!


   ……。


   やっと、やっと蓉子とずっと一緒にいられる…!


   …聖。


   蓉子、いつからにする?
   いっそ、今日からで良いんじゃない?


   それは無理。


   なんで?
   なんだかんだで、この部屋には蓉子のものがあるし。
   蓉子の部屋にも私のものがあるし。
   ほら、問題無い!


   聖。


   じゃあ、今夜はとりあえず私の部屋でさ?
   明日からの事を話そ


   ……。


   …よーこー。


   ……煙草。


   うん……。


   …止めなくても、良いけど。


   え。


   …でも、出来れば止めて欲しいわ。


   ……。


   ……。


   …分かった。
   もう、吸わない…。


   …本当かしら。


   別に無くたって、平気だもの。


   …。


   …でも、なんとなくね。
   口が、淋しくて。


   ……。


   …けど、もう淋しくない。
   蓉子が、いるから。


   …一緒に暮らしたって、


   それでも。


   ……寧ろ、余計淋しく感じるかも知れないのに。


   どうして?


   …。


   大丈夫だよ。
   だって、蓉子さんだもの。


   …根拠が無い。


   だって蓉子は。


   …。


   私を放っておけない。


   ……。


   でしょや?


   ……ばか?


   蓉子。


   ん、聖…。


   ……。


   ……。


   …もう、要らない。


   ……どうだか。








  −それは仕方ないこと。





   蓉子。


   うん?


   ……。


   何よ、聖。


   ……。


   聖。


   ……。


   人の事、呼んでおいて。


   蓉子。


   だから、何。


   …。


   聖、ふざけているのなら


   三回。


   …は?


   呼ばれた。


   ……だから、何?


   呼ばれたかっただけ。


   ……。


   そういう時、蓉子には無い?


   …はぁ。


   はは。


   …全く。


   蓉子。


   もう、呼ばないわよ。


   良いよ、呼びたかっただけだから。


   ……。


   あーあ。


   …変な人ね。


   そういう時、あるじゃない?


   ……。


   呼ばれたい時。
   呼びたい時。
   なんでもないけど、なんでもなくはないの。


   …。


   ……。


   …聖。


   なに、蓉子。


   …。


   蓉子。


   …呼んでみただけよ。


   呼びたかったわけじゃなくて?


   ただ、呼んでみただけ。


   まぁ、それもありかな。


   …でしょうね。


   うん、そうそう。


   …。


   Please call my name?


   No.


   Do you want to be called by me?


   No.


   ……。


   ……。


   あはは。


   …何が面白いんだか。








  −愛でるように、手折るように。





   ひ、ぁ…。


   ……。


   …蓉子さん?


   …。


   …。


   …相変わらず、細い首ね。


   蓉子には負けるよ。


   嘘吐き。


   聖さんはいつだって、正直者です。


   嘘吐き。


   んー。


   …う。


   ……ほら、細い。


   ……。


   …蓉子。


   …。


   …退屈、してた?


   私が?


   そう、蓉子が。


   …いいえ。


   ふぅん…。


   …せ、い。


   ……人の首に唇一つ、落としておいて?


   ……。


   ふふ。


   …白い、から。


   …。


   ……私と、違って。


   私は。


   …。


   …蓉子の色が、好きだけどな。


   ……。


   ……。


   …聖。


   細い……。


   ……ぅ。


   …いっそ、手折ってしまおうかしら?


   だったら、私は…。


   …。


   ……噛み千切って、あげるわ。


   …。


   …。


   ……良いね、ぞくぞくする。


   ばーか…。








  −Sweet & bitter





   食べられないのに、甘いのってなんだ。


   …は?


   クイズ。


   …唐突ね。


   ふはは。


   ……。


   答え、なんだと思う?


   …それ、今やっている事と関係があって?


   息抜き。


   ……。


   無視ですか、紅薔薇さま。


   私じゃなくて、他の人に出したら。


   無駄口叩いてたら、紅薔薇さまに怒られちゃう。


   ……。


   それに今は誰もいないよ。
   薔薇の館には私と紅薔薇さまだけ。
   休みの時まで仕事するなんて、酔狂だね?


   …で、その本人に出すと?


   そうすれば共犯者じゃない?


   ……。


   答え、なんだと思う?


   どうでも良いし、別に知りたくもない。


   ばっさり、だね。


   …。


   夕方はどうするの。


   …夕方?


   まさか、夕方までお仕事するつもり?
   折角の土曜の放課後、仕事も休みなのに。


   ……。


   ねぇ、買い物でもしてく?


   …そういうの、興味ないでしょう。
   貴女。


   人並みには無いけど、全くないわけではないよ。


   ……。


   まぁ、人が多いところは好きじゃないけど。


   …本屋に寄るわ。


   本屋、ね。


   何よ。


   いいえ。
   蓉子は本が好きだね。


   …だから?


   だから、の答えはないよ。
   ただ、それだけ。


   ……。


   それで、答えは?


   …まだやってたの。


   勿論。


   ……。


   ……。


   ……食べられないのでしょう?


   そう、食べられない。


   …でも、甘いもの。


   そう、とても甘いんだって。


   …食べられないのに、どうやって


   だからクイズなんだって。
   紅薔薇さま、もしかしてクイズ苦手?


   ……。


   不機嫌そう。


   …誰のせいよ。


   答え、言おうか?


   ……。


   答えは…


   良いわ、言わなくても。


   ……。


   知らなくても、気にならな……


   ……。


   ……。


   …じゃあ、言うのは止めておこう。


   ……この、白薔薇。


   言ってはいないけど?


   だからって…!


   もしかして初めてだったかしら?


   …!


   まさに、その味。


   言ってるじゃない…!


   何かは、言ってない。


   ……。


   ああ、初めてが私じゃ甘くないか。
   じゃあ、ノーカンにでもしておいて。


   …出来る、わけ。


   いずれ出来るであろう、恋人の為に。


   ……。


   ……。


   …くだらない、わ。


   かな。


   ……本当、くだらない。








  −久遠。





   人里から少し離れた山間に、小さく粗末な家があった。
   そこは年老いた樵が一人住んでいたが、その樵も世を去り、長らく無人となっていた。
   人の手が入る事無く放置されていた家は、雨水が漏り、それは至る所に染みを作った。
   風が吹けば軋み、周りは草が生い茂り、種は家の隙間に入り込み、芽吹く。
   家は最早自然の一部、そしてやがてはそれに還るだけの存在だった。




   ねぇ。


   ……。


   みて。


   …なに。


   これ、たべられる?


   …ああ。
   食べられるよ。




   家は、どこからもなくやってきた少女二人に住み着かれた。
   一人は黒髪の美しい少女。もう一人は髪と瞳の色が薄い、とある村では忌子とされていた少女。
   二人は襤褸になってしまった家を、もう一度、人が住めるようにと力を合わせて修繕し始めた。
   一人では知れている力でも、いや、二人だとしても男一人の力に比ぶれば矢張りたかが知れているだろう。
   それでも二人は諦めなかった。雨風を凌げる場所を得る為。夜、獣に怯えずに済む場所を得る為。
   二人、身を寄せ合う場所を得る為に。




   これ、なんというなまえなのかしら。


   それは…ぜんまい。


   ぜんまい?


   うん。


   たべられる?


   食べられる。




   少女だった二人はいつしか、美しい女へと成長した。
   が、黒髪の女はどんなに時が流れても変わる事は無かった。
   薇を握る女の手は野良仕事で荒れてはいたが、少女のような頼りなさと拙さも感じた。
   何より、女の心は流れ着いた頃より変わっていなかった。何一つ。
   成長が止まってしまったのか、それとも、どこかで無くしてきてしまったのか。
   それは分からない。




   じゃあ、たべましょう。


   そのままで?


   ううん、ちゃんとりょうりするの。


   あなたが?


   ええ。


   じゃあ帰ろうか、日が暮れる前に。
   魚も獲れたから。


   うん、かえりましょう。




   忌子だった女は魚を入れた籠を持っていない方の手で、その拙い手を優しく握った。
   穢れを知らない瞳に見つめられて、釣られて微笑む。柔らかく。
   それは流れ着いた頃には見せなかった表情だった。
   薄く引き攣った、笑い。それが少女にとっての笑顔だった。
   そもそも少女は笑い方も知らずに育った。人の温もりも、優しさも、人と生きる喜びも、何も。
   少女はいつも独りだった。誰とも触れ合えず、誰とも交う事も出来ず。
   一人の少女と触れ合うまで、ずっと。




   魚は私が焼くよ。


   うん。


   明日は…。


   …ねぇ、セイ。


   うん?


   ……。


   …蓉子?


   あなたのて、あったかいわ。


   ……。


   …あたたかい。


   うん…。




   家は矢張り小さく粗末で、風が吹けば軋む事に変わりなかったが、いつしか雨水は漏らなくなった。
   家の周りには春になれば花が咲き、種を落とし、また花を咲かせる。
   草はもう、無闇に生い茂ってはいない。


   ある日、一人の旅人が通りかかった。
   その旅人はひっそりと佇む家の中から少女が笑う声を聞いた。
   けれど人の気配はまるでしない。
   不思議と思った、怖いものを知らない旅人は家に訪いを入れた。
   宜しければ一晩の宿を、と。
   しかし返事はない。返事はないが、楽しそうな笑い声は止まずに響いている。
   旅人は何度か訪いを入れてみたが、とうとう、応えは返ってこなかった。


   月日は流れ、人の子は世代を重ねた。
   人の世は変わり、けれど悲劇は変わらずに何度も世に生まれ続けた。
   だがしかし、家は変わらずそこに在り続けたと言う。
   自然に帰る事無く、けれど、溶け込むように。




   セイ。


   蓉子。


   …聖。


   ……蓉子。




   二人の少女と共に、ずっと。








  −Age Thirteen.





   …は?


   だから調理実習。
   同じ班になりましょう?


   …なんで、あんたなんかと。


   だって聖さん、一人だったから。


   …!


   だから、


   それを余計なお世話と言うのよ!


   でも一人では出来ないわ。


   ……。


   聖さん。


   …。


   そもそも、どうして自由なのかしら。


   ……は?


   だっておかしいでしょう?
   班がないなんて。


   ……。


   私が出た小学校には5人くらいで一班になっていたけれど。
   席が近い人同士で。


   …なにそれ。


   リリアンにはないのよね。


   そんなの、ないわよ。


   じゃあ、実習とか実験とかはどうしてたの?


   さぁ、どうしてたかしらね。
   それより、


   聖さんは料理出来る?


   …は。


   私はあまり得意ではないの。
   母の手伝いはしてるのだけど…上手にお芋の皮が剥けなくて。


   ……。


   だから今度の実習、一緒にやりましょう?


   意味が分からないんだけど。
   あんたの料理の腕と私、なんの関係があんの。


   あるわ。


   は?


   だって一人で出来ないから、みんなでやるんだもの。


   ……。


   聖さん。


   …このお節介が。


   いいのね。
   よかった。


   ……。


   ところで聖さんは緑黄色野菜は好き?


   …聞いて、どうするのよ。


   今度の実習で作るもの。
   緑黄色野菜の炒め。


   ……。


   聞いてなかったの?


   …聞いてたわよ。


   ピーマン、人参、キャベツ…。


   ……。


   好き?


   …どうでもいい。


   じゃあ、他に何が作りたい?
   一つは好きなもの、作っていいんですって。


   なんでもいい。


   何が好き?


   どうでもいい。


   野菜炒めだから…


   いい加減にして欲しいんだけど。


   そうだ、卵焼き。
   卵焼きは?


   は、卵焼き?


   そう、卵焼き。
   作るとしたら甘いのとダシ巻き、どっちがいい?


   ……。





   蓉子さん。





   あ、江利子さん。


   日誌、いいかげんに書いて欲しいんだけど。


   ああ、ごめんなさいね。
   じゃあ聖さん、考えておいてね。


   ……。


   これ、職員室に持っていくプリント。
   集めておいたから。


   ありがとう。


   どういたしまして。


   ……。


   ……。


   ……。


   …アメリカ人。


   …でこちん。


   ……。


   ……。


   『…ふん。』