こんなことは間違っている。
   でも何が間違っているのか、もう、私には。










   目蓋、鼻、耳朶、顔の輪郭は、流れるように。
   首筋には長く、しつこく這う、唇。
   時折、思い出したように、噛み付いては強く吸う。
   その間にも片手でパジャマのボタンを器用に外していく。
   ゆっくりと焦らすように暴かれていく。
   もう片方の手は私の手首を掴んだまま。
   軽やかに嘲笑のような声が喉から漏れるのを聞く。
   いつも…この時だけにしか聞けない、蓮の楽しそうな声。
   漸くボタン外しから解放された、私より少しだけ大きい手で脇腹を、素肌を直に撫でられて。
   瞬間的に全身がびくりと震え、同時に、粟立つ。
   蓮の手、昔の名残、肉刺が潰れた痕、ほんの少しだけ固い掌。
   だけど綺麗で、繊細な、指。
   私の大好きな、蓮の、手。
   早く触れて欲しい、と切に願った。もう、触れられていると言うのに。
   もっと欲しい。刺激が。優しくて甘い刺激が。
   私の決して大きくはない、どちらかと言うと小さな乳房。
   自分では分からないけれど、多分、もう。
   その唇で、その指で。
   だけど蓮はくれない。
   母の一人である人と同じ色の瞳の中に、私を映し出しては、嗤う。





   …蓮。





   私は名を呼んだ。
   生まれた時から、いや、生まれる前からずっと一緒だった双子の片割れの名を。
   蓮の事は誰よりもよく知っている。
   実際、私達の事は母二人の方がより多く分かっているのだろう。
   物心がつく前の事を話題にしては目を細めて笑う、蓮と良く似た顔の母。
   それを懐かしそうに、それから優しい微笑を浮かべて聞いている、私と良く似た顔のもう一人の母。
   だけど、違う。私が言いたいのはそういうことじゃない。
   双子。
   血を分けた。
   一卵性ではないけれど。
   より、自分に近しい存在。
   私は母二人よりも蓮を良く知っている。
   私の居場所は蓮の中にあり。
   蓮の居場所もまた私の中に…





   蓮…蓮…、れん…れん…れん…れ、ん…。





   より敏感なところにだけ、与えられない刺激。
   堪らず、腕を首に回して縋りついた。
   蓮が欲しい。
   いつからか、そんな感情が当たり前になった。
   実の双子である蓮に。
   こんな事、間違ってる。
   そう、間違っている。
   でもどうして間違いなのか、私には分からない。
   いや、そんなのは嘘。
   背徳。
   その一言に、蓮と私の関係性の全てが集約されている。
   ……けれど、けれど。





   れん……れん……っ





   心の底から、私は、ねだった。懇願し、哀願した。
   欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。
   その掌で押しつぶすように、捏ねるように。
   その唇で吸い、歯を立て、舌でねぶり弄るように。
   蓮だけが触って良いもの、蓮だけに触れてほしいもの。
   私の乳房は蓮だけのもの。
   私は貴女だけのもの。





   ……葵。





   漸く与えられた刺激に、甘い痛みに、私は泣きそうになった。















   私達は別に恋人同士なんかじゃない。
   そんな甘ったるい関係など、望んでいない。










   小ぶりだけれど、形の良い乳房。
   本人曰く、その大きさには多少のコンプレックスを持っているらしい。
   実際、こうして掌に収めても、少し余る。
   けれど大きさなど、どうでも良い事だ。
   葵の乳房。
   それだけで私には十分事足りる。





   あ…あぁん…。





   少しでも力を入れれば、その形は幾らでも変わる。
   私が動かすままに、歪む。
   されどどんなに歪めど、離せば直ぐに元の形に戻る、それ。
   何度も、何度も、甚振るように揉み扱いても。
   中心には硬いものが相変わらず屹立している。
   素肌に直に触れる前から、布の下で無駄に自己主張していた蕾。
   口に含み、思い切り吸って、舌で弄り、歯を獣のように強く立てる。
   そしてもう片方は親指と人差指の腹で抓み、捏ねて、押しつぶしてやろう。
   葵が望んでるままに。
   だけど、今は未だだ。
   私はこう言う時の、彼女の泣き顔が好きだ。背筋がゾクゾクする。
   葵は趣味が悪いと言うけれど、それが私の性癖なのだから仕方が無い。
   そもそも昂ぶらせてるのはどちらだか。そう言ったら案の定、莫迦と言う答えが返ってきた。
   実際、葵だって十分に分かってるのだ。
   私を誰よりも知っているのは、他ならぬ、葵なのだから。
   母二人以上に。
   泣いて、泣いて、縋って、どうしようも出来なくて、ただ、子供のように、だけど娼婦のような顔で、泣く事しか出来なくなって。
   私しか、分からなくなる、葵。
   私の名しか、呼べなくなる、葵。
   私の、双子の、片割れ。
   私の、半身。





   ぉ…ね、が…ぃ……っ!





   眦に涙を溜め、頬を紅に染め、泣きじゃくる。
   そうさせているのは私だ。
   葵は母に良く似ている。
   母も屹度、もう一人の母に抱かれる時、同じ顔をするのだろう。
   幼い頃の私は葵に似た母がとても好きだったけれど、だからって今の葵に、その姿など全く重ねていない。
   母は、もう一人の母、曰く私に良く似ているあいつのものだ。
   いつからか、私は然う、気付かされた。
   葵に似た母の顔はいつだって綺麗で凛としていてだけれど優しくて…時には厳しく叱られたりもしたけれど、
   もう一人の母だけに時折見せた、それはいつも一瞬だったけれど。
   あの顔だけは私達に向けられた事が無かった。
   私達はとても……然う、愛されてはいるけれど、所詮、違うのだ。私達はもう一人の母じゃないし、なれない。
   そしてそれと同じように葵は葵であって、母、蓉子には良く似ているけれど、違う。
   私がもう一人の母、聖に、外見だけは良く似ているように。





   …葵。





   今一度、片割れの名を紡ぐ。
   蕾の直ぐ、息が触れる程の、傍で。
   葵の躰が撥ねた。ほんの少しの、たかが息ぐらいで、大袈裟すぎる動き。
   とても感度が良い葵、他愛も無い事、例えば耳を齧っただけで、力が抜けてしまう葵。
   高められて高められて、より過敏になっている葵。
   ぺろりと舌を出して、爪先を掠める。
   首に回されている腕に力を込められて、爪を立てられ、けれど躰は大きく反って、尚且つ、白い喉を曝け出す。
   まるで、喰いついて、と言わんばかりだ。
   だけど欲しいのはそこじゃないのだろう?





   ひ、あ…あん、…ぁぁぁ、あ、あ、…あっ





   血を分けた。
   一卵性では無いけれど。
   それでも誰よりも近しい。
   故に。















   あの子達は貴女達に良く似ているわ。
   外見だけでなく、その中身も、ね。










   これはただの憶測、だけれど。
   あの子達は片方が欠けたら屹度、死んでしまうわよ。
   物騒な話ですって?
   だから憶測、と言っているじゃない。人の話は良く聞くものよ、アメリカ人。
   …例えば、貴女達。
   昔の蓉子なら多分、聖なんか居なくても、聖を想いながらでも、生きていけたでしょう。
   聖も若しも蓉子が手に入らなければ、いつまでも未練を抱いていながらも、軽薄を装って……ああ。
   やっぱり野垂れ死んでそうだわ、どっか知らない国で。
   今だから言うけれど、貴女、案外生命力が希薄なのよね。
   …話を元に戻すけれど。
   蓮と葵は、貴女達に良く似ているの。
   手を確りと繋いで、決して、離さない。
   ああ、でも、そうね。
   強いて言えば聖、貴女の性質に良く似ているのよ。
   一歩引く事を知らない子供。
   分かるでしょう、皆まで言わなくても。
   そして蓉子、やっぱり貴女にも似ているわ。
   莫迦になってしまうところなんて、本当に。
   ま、結局はどちらにも似ていると言う話。



   例えば。
   あの子達が一卵性で。
   お互いが聖にそっくり、或いは蓉子にそっくり、または二人には似ていないけれど何にせよ姿形が一緒、だったら。
   多分、あそこまでにはならなかったと思うわ。
   互いの形が同じであるだけに、惹かれない。
   全ての一卵性が然うではないとは勿論、言わないわ。より、半身、と言う想いが強くなるだろうから。中身だって違うだろうし。
   だけれどあの子達は貴女達の子なの。
   聖が蓉子に、蓉子が聖に惹かれたように、自分とは違うもの、置き換えれば二卵性だからこそ惹かれた。
   そしてあの子達の場合、違うものでありながら、同じものも持ってる。
   有体だけれど、血、ね。
   貴女達と違う点を上げれば、そこ。
   限りなく近すぎるの。
   あの子達は。
   貴女達にはあった距離が、あの子達には全く無いに等しい。
   一歩引く事を知らないと言うより、一歩も引かない事が自然なのよ。
   故に。



   確かに。
   聖と志摩子は良く似ていたわ。自分で自分を追い詰めて、自分から殻に閉じこもって、自己完結する。
   けれど違うのよ、同じじゃないの。だって顔なんて全然、似てないじゃない。
   自分と同じようなものを持っていながら、自分とは違う。だからこそ、惹かれたの。
   全てが同じ人間など、居やしないのよ。
   でも好みはやっぱり、良く似ていたのだけれど。
   …あら、面白い顔をするわね、アメリカ人。
   大丈夫、私も貴女なんか全然好みじゃないから。



   聖、かつて貴女は辛い別れをしたわよね。
   互いが互いしか見えなくなってしまったが為に。
   蓉子はそんな聖しか見えなくなった。
   完全に、では無かったけれど、現に山百合会の仕事もしていたし、でもほぼ聖の事ばかり考えて心配をしていた。
   分かるかしら?
   あの子達は今、昔の聖とほぼ同じ道を歩いているの。
   違うのは蓉子、かつて貴女が立っていた場所、莫迦になってくれる第三者が居なくて、寧ろ当事者になっている点。
   あとは“お姉さま”、とか。
   いえ、例え居ても、駄目ね。
   だってまるで効果が無いのだもの。
   …うん、何か言いたそうな目をしているわね、アメリカ人。
   まぁ、良いわ。
   今は私の子の話では無いから。
   ま、今になって本当の意味で分かって良かったんじゃないの?
   あの時の周りの人間の気持ちが。



   何と言うのかしらね。
   ぶっちゃけ、貴女達に好みが似ちゃったのよ。うまい具合に。
   聖と蓉子、蓮と葵、性質は外見どおりにぴったりとは当て嵌まらずにばらけたのだけれど。
   いや、厳密に言うと好きとは違うのかも知れない。繋げているのは確かに、情なのだろうけど。
   言わば、互いへの、無意識による執着心、依存心。
   分からないとは言わせないわよ。
   ねぇ?蓉子。
   あら、今更じゃないの。



   憶測の話に戻して。
   離して距離を取らせるのが一番なのだろうけれど、力尽くでは難しいでしょうね。
   何しろ、片方が欠けたら死んでしまうのだから。
   だから物騒だって?
   だから憶測の話だって言ってるでしょう、アメリカ人。
   ああ、憶測と言う日本語の意味が分からないのね。それはごめんなさい。はい、辞書。



   互いが互いの、心の半身。
   そしてその入れ物は全くの別物。
   だから強く求め合うのよ。
   セックスなんて一番、簡単で手っ取り早い手段だもの。
   …はい蓉子、台布巾。
   ティッシュはそこにあるから、適当に使ってね。
   お茶のお代わりは要る?



   何にせよ。
   あの子達は貴女達二人の子には変わりないのだから。
   だからこそ、こういう事態になっているのだろうけど。
   二卵性の双子じゃなかったら、また、違ったかも知れないけど。
   ま、それは言っても仕方が無い事だし。
   私には知っての通り兄が三人居るけれど、兄達に対してそういう感情は一度だって持った事が無いから。
   正直な事を言うと良く分からないのよね。
   1ミリでも想像するのすら嫌よ。気色悪いから。



   貴女達がすべき事。
   他人である私からは色々と言えるけれど、最終的に決めるのは貴女達二人。
   倫理的観念から間違った事だと諭す事も出来るでしょう。
   でもね。
   親として、愛してあげる事が出来るのは貴女達だけ。
   他の誰にも出来ないわ。
   そう、思わない?





   ねぇ、聖。
   ねぇ、蓉子。
   最後に貴女達に問うわ。
   若しも今、半身である互いを失くしたら…。





















  あ し た の み え ぬ ぼ く た ち






















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