ここに、あの人が、いる。








   あー今日も暑いなぁ。
   絶賛残暑中ってなもんだ。


   …。


   と、悠長なコト言ってる場合じゃない。
   さっさと冷凍庫に入れないとアイスが溶けちゃう。


   …。


   ちび達、喜ぶかな。


   …。


   蓉子の好きな練乳いちご、と練乳宇治金時。
   ふふ、ああ見えて意外に子供っぽいところがあるんだよな〜。


   …。


   ちび達と揃って嬉しそうに食べるんだよなー。
   それがまた、たまんないんだよにゃ〜〜。


   …。


   ……ん?


   …。


   …ふむ。


   …。


   ごきげんよう。
   うちに何か御用ですか、お嬢さん。


   …!


   リリアンの制服…もしかしてうちのちび達に用があるのかな?


   …。


   蓮と葵なら学校から帰ってきてないよ……て、おや?


   ……。


   この時間だと…まだ、学校が終わるにはちと早い時間かな。


   …。


   となると、だ。
   もしかしないでも、さぼり、かな?


   …。


   まぁ、気持ちは分からんでもないけど。
   お嬢さんにはそれはまだ早いと思うな。


   …。


   流石に初等部ぐらいじゃあ、ね?


   ……が。


   まぁ、今日のところは内緒にしておいてあげるけど。
   でも時間の問題かなぁ。


   ……、の。


   とりあえず、どうする?
   もう少ししたら帰ってくると思うけど…上がって待ってる?
   外は暑いしね。


   …。


   大丈夫、変なコトはしないから…なんて、ね。


   …。


   ……あら。


   …。


   それにしても蓮と葵の友達がうちに来るなんて珍しいなぁ。
   初めて、かも。


   …。


   …え、と。


   ……佐藤聖。


   は?


   佐藤聖、ですね。


   …そう、だけど。
   初対面で呼び捨てですか、お嬢さん。


   …。


   それじゃあ私からも一つ。
   お嬢さんのお名前は何ですか?


   ……。


   蓮と葵の友達、それともただのクラスメイト。
   或いは…


   …。


   ……学校に連絡、した方が良いかな?


   …あなたが、……の。


   うん、何?


   ……。


   何かな?


   あなたが愛人なんですね。


   ………は?


   あなたが私の。


   一寸待った。
   誰が誰の愛人だって?


   あなたが私の…母の愛人なんですね。


   はぁ?!


   あなたがいるから


   何を言ってるのか、さっぱり分からないんだけど。
   君は


   母を返して下さい。


   いやだからね?


   返して下さい。


   と言うかさ、愛人って何。
   どこでそんな言葉を


   返して。


   と言うか、君が何を言っているのかがさっぱり分からない。
   私は君のお母さんの事なんて知らないよ。


   嘘。


   嘘なんかじゃない。


   じゃあなんで母は帰ってこないんですか。


   そんなの、知らないよ。


   愛人のくせに。


   だから、愛人って何。
   知らないよ、そんなの。


   嘘つき。


   …あのなぁ!
   私には蓉子って言う、大事な大事な人がいるの!
   愛人なんてもの、居るわけないだろう!


   …。


   …と、ごめんごめん。
   でもね、誰と間違えているのか知らないけれど。
   私は君のお母さんの事なんて知らないんだ。


   佐藤聖のくせに。


   …。


   私、知ってるんだから。


   …何を。
   君が私の何を知っているの。


   ……。


   …兎に角。
   私は君のお母さんの愛人なんかじゃない。


   ……。


   分かったら…帰りなさい。


   …。


   君は蓮と葵の友達じゃない。
   そうだろう?


   ……。


   だったら…?


   …。


   ……て、おいおい。


   ……。


   人の事を愛人呼ばわりしておいて、それはないじゃないかな…。


   …。


   ……ああ、もう。


   ……。















  
R o l l i n g  C r a d l e















   少しは落ち着いた?


   …。


   顔は強気なのに。
   ぼろぼろ泣き出すから、吃驚したよ。


   …。


   あのさ。
   アイス、食べる?


   …。


   練乳いちごと練乳宇治金時。
   どっちが良い?


   …いりません。


   アイス、好きじゃない?


   …。


   一寸、溶けちゃってるかも知れないけど。
   私の奥さんとちび達が好きなんだ。


   …。


   奥さん…蓉子って言うんだけどね。
   普段は凛としていて生真面目で、ちょっと堅いんだけど、でも本当は凄くかわいい人なんだ。
   かわいいものが好きで、甘いのが好きで。


   …。


   だから。
   君が言う愛人なんて私には居ないし、欲しいとも思わない。
   私は誰よりも……


   ……。


   …蓉子を愛してるからね。


   …口ではなんとでも言えます。


   …。


   …大人なんて、汚い。


   …はぁ。
   ほい、とりあえずは練乳いちご。
   冷たくて甘くて美味しいよ。


   …。


   遠慮なんかしなくて良いさ。
   あーでも知らない人から物を貰ってはいけない、かな。


   …。


   それ、食べたら家まで送ってあげよう。
   親御さんが心配してるかも知れないしね。
   いや、その前に電話をした方が良いかな。


   …いません。


   うん?


   私には一人しか。


   ……。


   だってもう一人は…


   …あのさ。


   ……。


   何度も言っているけれど。
   私には蓉子がいる、彼女との間に可愛い子供が二人もいる。
   何より、私は誰よりも蓉子と子供達を愛している。


   ……。


   愛人なんて居ない、要らない。
   マリア様に誓って。


   ……。


   さっきは声を荒げてしまって、大人げなかった。
   だけどね、私は本当に君のお母さんの事なんて知らないんだ。


   そんなはず、ない!


   …。


   だって…。


   …だって、なに?


   だって佐藤聖と水野蓉子は…お母さんの親友なんだもの!


   …親友?
   君のお母さんと私…いや、私達が?


   …。


   ………一寸、待った。
   君、名前は?


   …。


   名前は?


   …。


   言えないの?


   …。


   分かった。
   ならばリリアンに電話を掛けよう。
   いや、家の方が手っ取り早いかな。


   …!


   どっちが良い?
   どっちが都合が良い?


   ……。


   アイスが完全に溶けちゃう前に。
   言ってごらん?


   …私、は。


   …。


   ……。


   私は?


   ……。


   ……。


   ……。


   …言われてみれば。


   …?


   似てるとこがあるな。


   …。


   君の、もう一人のお母さんに。


   …ッ


   もう一度、言うよ。
   君の名前は?


   ……わたしは、


   …。


   と








   『ただいま。』








   もー何なのー。


   もーなんなのー、じゃねぇ。


   私も忙しいんだけど。
   お茶も無しだし。


   私だって忙しいんだよ。


   主婦業で?


   主婦業、なめんな。


   なめてないわよ。
   大変よねぇ、毎日の献立とか。


   でも美味しいって言って貰えるのが嬉しいから、全然気にしないもんね!


   あーはいはい、ご馳走様。
   で、帰って良いかしら。


   良いわけないだろ、このでこちんが。


   私、忙しいんだけどぉ。


   知るか。
   と言うか語尾を延ばすな、気持ち悪い。


   ねぇ、蓉子。


   江利子、ここは聖の話をちゃんと聞いて。


   あらぁ、蓉子まで?


   最初にも言ったがな、でこちん。


   …んーー。


   いい加減に腹を括れ。


   んー…。


   どうするんだ、この先。


   …なーんか聖に言われるとアレよねぇ。


   あぁ?


   あのアメリカ人がこうも落ち着いちゃうなんて。
   本当、分からないものねぇ。


   私の事はどうでも良い。
   今はお前の事だ。


   …。


   て、おい、こら。
   余所見してんな。


   …うるさいわねぇ、聞いてるから良いじゃないの。


   その、いい加減な態度がだな!


   …自分も良く、蓉子に然う言われてたくせに。


   だーかーら!
   今は私の事、て言うかそんなのもう昔の事だろ。


   軽薄が制服を着て歩いてる、だっけ?
   ねぇ、蓉子。


   江利子、昔話をする為に貴女を呼び出したわけじゃないのよ。


   あらら、それはまたノリが悪いこと。


   お前な、本当にどうする気なんだ。
   これから。


   …どうする気、ねぇ。


   一人で、しかも学校を抜け出してうちまで来たんだぞ。
   そこまで思い詰めてる、とは思わないのか。


   ……それ、なんだけど。


   あ?


   どうして来たのかしら。


   …だから、なぁ。


   そもそもどうしてそんな勘違いをしたのかしら。
   有り得ないじゃないねぇ。


   全くもって、いい迷惑だったよ。


   そのわりにはアイス、ご馳走してくれたみたいじゃない。


   …。


   聖は女の子には優しいのよね。
   所詮、上辺だけだけど。


   うるさいな。
   そんなのはどうでも良いんだよ。


   そ?
   お礼、言おうと思ったのだけど。


   言う気なんてないだろ。


   あら、そんな事ないわよ?


   いつまでフラフラしてるんだ。


   別にフラフラなんてしてないけど。


   ずっとこのままで行くのか。


   …。


   江利子。


   江利子、本当に


   …ねぇ。
   あの子、一人で来たのよねぇ。


   だから、そうだよ。


   蓮と葵と、一緒ではなかったのよね。


   学校、抜け出してきたんだから当たり前だろ。


   ……。


   何が言いたいんだよ。


   蓮と葵、帰ってきてあの子を見た時の反応はどうだった?


   はぁ?


   やっぱり吃驚したかしら。


   ……お前なぁ。


   良いから、聞かせて。








   …。


   …あれ、なんで。


   おかえり、私の可愛い子供達よ。


   ……。


   ……聖ちゃん、どうしたの?


   どうしてって。
   何がかな、葵。


   だってなんか…。


   …葵。


   ん?


   暑いから。


   …聖ちゃん、大丈夫?


   いやいや確かに暑いけどねぇ、八月ほどじゃないからねぇ。
   でもま、暑いには変わりないけど。


   …。


   …。


   それよかさ、アイス買ってきたよ。
   手洗いうがい、ぱぱっとしてきちゃいな。


   …アイス?


   おおよ、蓮君。
   練乳いちごと、練乳宇治金時。
   今日の気分でどうぞ、ってな。


   …それより、聖ちゃん。


   うーん?


   どうしているの?


   そりゃあ、自分ちだもんねぇ。


   …そうじゃなくて。


   おまえ、うちで何してるんだ。


   ……。


   あ、そっち?


   …聖ちゃん、どうして


   と言うと?


   おなかが痛いとか言って保健室に行った。


   て、蓮から聞いていたから。
   なんでうちに…


   つまり、この子は蓮のクラスメート?


   …。


   聖ちゃん…。


   ん?
   何だろう、その反応。


   …。


   聖ちゃん、本当に大丈夫…?


   いや、人の顔と名前を覚えられないのには自信があるよ。
   私は。


   ……。


   ……。


   でも、そうか。
   君はお腹が痛かったのか。


   …。


   じゃあ、アイスは駄目だったかな?


   …。


   じゃあ、あったかいお茶でも


   そんなことより。


   お。


   ちゃんと先生に言ってきたの?


   …。


   だまって来たのか、でこっぱち。


   …うるさいわよ、アメリカれんこん。


   …。


   …。


   止めて、二人とも。


   お、なかなかに険悪な関係?
   と言うか、レンコンと来たか。


   …嘘、だったんだな。


   ……だから?


   なんでそんな嘘なんかついたの。
   先生に…


   ここに来るためよ。
   決まってるでしょう。


   …何しに来た。


   …さぁ?


   嘘なんてついちゃだめだよ。


   ……本当、あんたって良い子よね。
   むかつくわ。


   な…。


   ……お前。


   …。


   いや、てかさ。
   一寸、良いかしら?


   …。


   …。


   …。


   とりあえず、聖さんにも分かるように最初から説明してもらおうか。
   特に…。


   …。


   君。


   …。


   先ずは名前を自分の口から。
   オーケイ?









   …で?


   で、って何だよ。


   それだけ?
   蓮と葵の反応は。


   寧ろ、十分だろ。


   普通ねぇ。


   どんな反応を期待してたんだ。


   そりゃあ、私が面白いと思う反応に決まってるじゃない。


   あ、の、なぁ。


   普通は面白くないもの。


   …ねぇ、江利子。


   うん?


   貴女もそんな事ばかり言っている歳ではないでしょう?


   まぁ、貴女達と同じだけどね。


   そろそろちゃんと、現実を見ないと。


   一応は見てるつもりなのだけれど。


   それで?
   私はお前の子にお前の愛人扱いされてるのか。
   あの子にとってお前の現実はそんなんか。


   蓉子の愛人扱いの方が良いわね。
   断然。


   ふざけんな、でこちん。


   それ。


   あ?


   貴女が私をでこちん呼ばわりするせいで、まんまと受け継がれてしまってるじゃない。


   自業自得だろ。
   うちのちびなんか


   まぁ、そんなひどい事を言っているの?


   ひどいも何も


   蓮って口が悪かったのねぇ。


   お前のちびの方だよ、でこっぱちが。
   よりにもよってアメリカれんこんときやがったんだぞ。


   あら。


   あら、じゃない。
   どう考えても志摩子の影響じゃないのは一目瞭然だっての。


   まぁ、そうかもね。


   で、どうするんだよ。


   …。


   江利子。


   …ねぇ、蓉子。


   うん?


   それから、聖。


   なんだよ。


   親って何なのかしら。


   …。


   …は?


   親って、何。


   …江利子、貴女


   お前、今更何をほざくんだ。


   今更?


   志摩子と子供まで作っておいて。
   なんなんだ、その言い草は。


   まぁ、出来ちゃったもんは仕方ないわね。


   何だと…!


   愛情が無くとも、するコトさえすれば、子は出来る。
   子供にしてみれば迷惑な事だけれど。


   江利子、貴女今、自分が何を言っているのか分かっているの。


   ええ、分かっているわ。


   つまり、不本意だったと言いたいのか。


   いいえ。


   じゃあ、どういう意味だよ!


   …分からないのよねぇ。


   分からない?


   ええ、分からないの。


   それはさっきの質問に繋がるの?


   そう、かしら。


   兎に角だ。
   子供が出来た以上、責任がある。
   お前はそれを果たしてないんだよ。


   聖が責任なんて言葉を使うなんて。
   蓉子、よくここまで躾けたわね。


   茶化すな、でこちん!


   然うよ、江利子。
   それに聖は元々結構責任感があって…


   まぁ、然うでしょうね。
   でも聖の場合は最初から望んでいたから。
   責任とかじゃなくて、ただ当たり前なだけ。


   …お前は望んでなかったのか。


   さぁ、どうかしら。


   ねぇ、江利子。


   ん〜?


   志摩子と一緒に暮らしたいとは思わないの。
   子供と一緒に。


   …。


   志摩子は…屹度、あの子の事だから何も言わないのだろうけど。
   でも


   蓉子は志摩子の事、分かるの?


   …。


   聖は?
   分かる?


   …。


   あらあら、困ってる?


   …江利子。
   今は


   親思う心にまさる親心。


   …吉田松陰ね。


   流石蓉子。


   詳しくはないけれど、聞いた事があるから。


   そ。
   聖は知ってた?


   子が親を思う心よりも、子を思いやる親の気持ちの方がはるかに深いって事だろ。


   あら、聖まで。


   蓉子から聞いた。


   …ふぅん。


   江利子は小父さまやお兄さま達から大事にされていた。


   鬱陶しいと感じるくらいにね。


   けれどはつまり、そういう事なのよ。


   …そういうこと、ねぇ。


   確かに行きすぎなところもあったかも知れない。
   でも


   大事、とは、一応、思えるのよね。
   これでも。


   …。


   じゃあなんでお前の子は私を愛人扱いするんだ。
   それはお前が


   あの子がそんな事を思っているなんて、全然、思いもしなかったのよ。


   けれどあれはお前の責任でもあるだろう。


   …そうなのかしら。


   然うだ。
   お前が志摩子と一緒に居ればこんな事にはならなかった筈だ。


   あら、それは分からないわよ。
   もっと


   江利子。


   …。


   今回の事で改めて考えて頂戴。


   …。


   貴女の子の問題でもあるのだ


   そういえば、蓉子。


   …なに。


   と言うかお前は人の話の腰を折りすぎだろうが。


   貴女はあの子と会った?


   …。


   会わなかった?


   …会ったわよ。
   それがな


   で?


   で、て。


   私に似てると思った?


   ……。


   似てない?


   …似てると、思ったわ。


   おでこ具合とか?


   確かに、おでこも似ているけれど…。


   …けれど?


   目元は…赤ちゃんの頃からだけど、良く似てる。
   あと、髪の触り方も…。


   髪の触り方?
   そんなとこまで似るものなのかしら。


   …確かに、似ていたわ。
   薔薇の館での貴女を思い出すくらいに。


   ふぅん…まぁ、蓉子がそういうのなら、そうかも知れないわね。








   藤堂恵麻、ね…。


   …。


   そうか、君はあの時の…大きくなったなぁ。


   …聖。


   聖ちゃん。


   ん?


   本当に、分からなかったの?


   …会ったことあるのに。


   んー…まぁ、一寸ね。
   そこら辺は複雑なのだよ。


   ……。


   なら、尚更だ。
   そんな事、絶対に有り得ない。


   でも、母は…!


   この家に、ごはんを良く食べに来る?


   …。


   当たり前のようにして、来やがるからね。
   そのせいで突然一人分増えても、なんてコトなくなったよ。


   ……どうして、母はこの家に来るんですか。


   それは私が知りたいな。


   …。


   でも、然うだな。
   君も言ったけど、私達は…。


   …。


   親友、だから。


   …。


   ま、私とあいつは親友と言うより、ただの腐れ縁。
   何しろ、幼稚舎から高等部までずっと、一緒だったから。
   んで、何を間違ったのか親友のようになっちゃってる。
   かなり、不本意。


   …。


   だから、言い切れる。
   私はあいつの…君のお母さんの愛人なんかじゃない。


   あ…


   あ、あいじん?!


   ……。


   ど、


   どういうことなの、恵麻?!


   …。


   せ


   聖ちゃん、聖ちゃんは


   違うって。
   この子のただの勘違い。


   …。


   か、かんちがい…。


   そう、勘違い。
   ね?


   ……。


   てなわけで、この話はおしまい。
   折角だから夕ごはん、食べて





   ただいま。





   ……蓉子ぉ!!


   …え。


   ただいま、聖。


   おかえり!
   今日は早かったね!


   …何、あれ。


   …いつものことだ。


   ええ、今日はノー残業の日だから。


   そっか!
   て、もうそんな時間?


   少し、早いわ。
   思ったより早く片付いたから、この際だから残っている中途な有給を使ってしまおうかと思って。
   迷惑だったかしら?


   まさか!
   滅多にないコトだから、大歓迎!


   なら、良かったわ。


   おかえり、蓉子。


   おかえりなさい、お母さん。


   ただいま、二人とも。


   …。


   あら?
   貴女は


   じゃ、お帰りのちゅーを…。


   暑いから。


   暑いからこそ、です。
   もう、いつもなんだかんだ理由作っちゃうんだから。


   …暑苦しいのだけど。


   良いの良いの。


   良くない。


   へへ。
   はい、んー…。


   それより。
   貴女、リリアンの?


   …。


   よーこぉ。


   ああ、蓮と葵のお友だ


   …藤堂恵麻です。


   藤堂…ああ、志摩子の。


   お久しぶりです。


   大きくなったわね。
   いらっしゃい、この家に来るのは本当に久しぶりね。


   あれ、来たことあったっけ?


   あるわよ、一度だけ。


   そうだっけ。


   もう、聖は。


   お邪魔しました。
   もう、帰ります。


   あれ、帰るの?


   はい。


   ごはん、食べていきなよ。
   蓉子も帰ってきたし。
   ねぇ、蓉子。


   ええ、然うね。


   …いいえ、結構です。
   ありがとうございます。








   で、食べなかったの?


   いいえ、食べてくれたわ。


   もしかして今夜は


   ええ。
   私と、聖で。


   …あーあ、勿体無いことした。


   江利子。


   んー?


   あの子は、お前と一緒に居たいんだよ。


   そうかしら。


   じゃなきゃ、一人で乗り込んでくるか。


   乗り込んで、ねぇ。
   ところで、聖。


   ああ?


   誤解は解けたのかしら。
   それとも、解けてないのかしら。


   それは、江利子。
   貴女がちゃんと話す事だと思うわ。


   私が?


   ええ、然うよ。
   貴女がちゃんと話すべきなの。


   私が…ねぇ。


   子供にあんな事、二度と言わせるな。


   …。


   言わせてはならないのよ、江利子。


   ……ふぅん。


   お前、まだ


   あの子は一人で帰った?
   それとも?


   …。


   志摩子に連絡したわ。


   で、志摩子は来た?


   …来なかったわ。
   あの子が一人で帰ると言うようなら、一人で帰してくださいと言って。


   然う、あの子らしいわね。


   送っていくって言ったけど、あの子は頑として受け入れなかった。


   血って怖いわね。


   …。


   …志摩子も、頑固なのよ。
   あれで、ね。


   …。


   ……聖。


   けど、私が聖の愛人ね。
   有り得ない事、考えてくれるものね…子供って。


   それは、子供だからだ。


   そしてそれが、子供だからよ。


   …。


   志摩子はきっと、何も言わない。
   これからも。


   志摩子は、そういう子だから。


   …聖は兎も角。
   蓉子は何故?


   …貴女達ほど分かってるわけじゃない。
   けれどあの子を聖の妹にしようと思ったのは、私だから。


   ああ、なるほど。
   貴女は聖の事となると莫迦になっていたものね。


   …。


   それに、志摩子は聖に似ていたから。
   余計かしら。


   だけど、あの子は志摩子じゃない。


   ……。


   あの子は、お前の子でもあるんだ。
   江利子。








   今日の夕ごはんは蓉子と私の愛の、む。


   聖。


   …蓉子と一緒に作った、茄子とツナのトマトソースパスタです。
   さ、召し上がれ。


   …いただきます。


   いただきます。


   …。


   ささ、恵麻ちゃんもどうぞ。


   …。


   口に合わないかしら?


   …いいえ。
   いただきます。


   はい、どうぞ。


   たくさん食べてね。


   …。


   蓮君、いつも言ってるけど好き嫌いはだめだぞ?


   ……蓉子。


   なぁに、蓮。


   …トマト、おいしい。


   然う、良かったわ。


   蓮、私も私も。


   …。


   聖ちゃん。


   なんだい、葵。


   すごくおいしい。


   そっか、嬉しいな。


   あのね、聖ちゃん、お母さん。
   今日ね、学校でね……。


   …そっかそっか。
   じゃ、面白かった?


   うん。
   でね…


   …へぇ、然うなの。
   聖の時も然うだったの?


   私?
   なんで?


   だって私、初等部の事は分からないんだもの。


   んー…私の時は、どうだったかなぁ。


   もう、貴女は。
   いつもそればっかりなんだから。


   へへ。


   ……。


   蓮君、蓮君の話はないのかにゃ?


   …。


   蓮?


   ……今日は、


   うんうん。


   ……ねぇ、葵。


   うん?


   いつも、こうなの?


   いつもは聖ちゃんのごはんかなぁ。
   お母さんは


   そうだ、蓉子。
   今日ね、蓉子の好きなアイス買ってきたんだ。


   私のじゃなくて、子供達が好きなのを


   蓉子が好きなのはちび達も好きだから。


   もう。


   …ちがう。
   いつもこんな風にみんなで食べてるのかって聞いてるの。


   うん、そうだよ。
   うちはごはんの時はいつもみんなで食べるの。
   それが佐藤家のお約束なんだって。


   いつも…。


   あ、でも、お母さんのお仕事が忙しい時は別々になっちゃうんだけど。
   けど、そうじゃない時は今日みたいにお母さんも一緒だよ。


   ……。


   …恵麻?


   …。


   あ。


   ……。


   ど、どうしたの、恵麻。
   おなか、痛いの?


   …。


   せ、聖ちゃん、お母さん。


   ん?


   なぁに?


   恵麻が…。


   ………うぅ。


   …蓉子。


   うん…。








   パスタ、食べられなかったのは残念だわ。


   …また今度、作るわ。


   ありがとう。
   楽しみにしているわね。


   ……。


   じゃあ、また今度。
   ごきげんよ


   江利子。


   送ってくれなくても結構よ。


   誰が送るか。


   そ。
   じゃあ、何かしら。


   ちゃんと話せ。


   …。


   志摩子も一緒に。
   ちゃんと、話せ。


   ……ええ、いつかにね。


   …。


   …。


   変わるものね、人って。
   昔はあの子が決めた事なら、何も言わなかった。
   寧ろ、干渉すらしなかった。紅薔薇とは正反対。
   ねぇ、蓉子?


   …然うね。


   それは今も。


   …これからも、言うつもりはない。
   志摩子が決めた事なら、それで良い。


   じゃあ、何故?


   別の話だからだ。


   別の?


   あの子は志摩子じゃない。
   お前もだ、江利子。


   然う。


   多分、聖は。


   …うん?


   貴女だから、言うのよ。


   私だから?


   …。


   志摩子の相手が貴女じゃなかったら…恐らく、ここまで言わなかったと思うの。
   たとえ、一人で子供を育てる事になっても。


   …腐れ縁も。


   だから、江利子。


   ここまで腐ると、手の施しようがないわね。


   …最悪以外の何者でもない。


   ええ、本当にね。


   …。


   …。


   じゃあ、ごきげんよう。








   おかえりなさい。


   …。


   聖さまと蓉子さまの作るごはんは美味しかったでしょう?


   …。


   お礼はちゃんと言えた?


   ……怒らないの。


   怒る?


   ……。


   何故、怒るの?


   ……だって、私。


   …。


   学校、嘘をついて抜け出したわ…。


   …然うね。
   それは良くない事だわ。


   …。


   だけど、貴女はそれが良くない事だってもう知っているわ。
   私が叱らなくても。


   …。


   けれど…もう、しては駄目よ。
   黙って何処かに行く事、それから嘘をつく事も。


   ……ママ。


   なに?


   ごはん…。


   …。


   一人で、食べたの…?


   …ええ、然うね。


   私が、いないから。


   …ええ。


   ……。


   けれど、貴女が大きくなったら


   ……なさい。


   …恵麻。


   ……ごめんなさい、ママ。


   …。


   私…わたし…。


   …良いのよ。


   ……。


   さぁ、お風呂に入ってしまいなさい。
   上がったら…あなたの好きなミルクティ、淹れてあげるわね。


   …。


   ……恵麻。


   …どうして、あいつは。


   …。


   どうしてあいつはこの家に来ないの。


   ……。


   ……あの家には、行くのに。
   どうして、この家には…


   …。


   …どうしてずっと、帰ってこないの。


   ……屹度。


   …?


   同じではないからよ。


   おなじ…?


   あの家には…どこか、薔薇の館と同じものがあるような気がするの。


   ばらのやかた…。


   そう…。


   …そんなの、私には分からないわ。


   然うね…。


   ……高等部の、なんでしょ。


   ええ。


   …薔薇さま、だったんでしょ。


   三人とも…然う呼ばれていたわ。
   あの学校で、薔薇の館でいつも、


   でもママだって…!


   …。


   …祐巳先生に聞いたの。


   然う、祐巳さんが…。


   …二年、続けてやったんでしょ。


   ええ。
   けれど、由乃さんの妹である菜々ちゃんも二年間、薔薇さまだったから。


   …黄薔薇。


   ええ。


   あいつと、同じ色…。


   …。


   …葵の家はみんなでごはんを食べるわ。
   それが当たり前だって顔、してたわ。


   …うん。


   私にはそんな当たり前、ないのに。
   ずっと、ないのに。


   ……ごめんなさい、恵麻。


   ちがう、悪いのはママじゃない…。
   悪いのは…


   …江利子さまも、悪くない。


   どうして…!
   ママのこと、一人にしてるわ…!
   いつも、いつも、いつも…!!


   ううん、私は一人じゃないわ。


   …。


   …私は、一人じゃないの。


   でも、でも…


   …だって、恵麻が居るもの。


   …っ。


   あの方が…私にくれたもの。
   だから、私は一人じゃないわ。


   ……マ、マ。


   …恵麻。
   あの方は、屹度…いつか。


   ……いつかっていつなの。


   …分からないわ。
   分からないけど…。


   …。


   …いつか、きっと。


   …。


   ……たとえ叶わないと、しても。
   それでも…繋がりは、切れないから。


   …お母さん、は。


   …。


   私のこと、きらいじゃない…?


   ……ええ、勿論。


   ほんとうに…。


   ええ…本当よ。


   ……ママのことも?


   え…。


   ママのこと、愛してるの…?


   …。


   …ずっと、ママを一人にして。
   愛してないなんて言ったら、私が許さない。
   絶対に、許さない…。


   ……。


   …ねぇ、ママ。


   なぁに…?


   ……いつか、お母さんと。


   ん、いつか…。


   そしたら、いっぱい文句言ってやるんだから。


   …文句?


   そう、文句!


   …ふふ、そうしたら江利子さまはどんな顔をするかしら。
   ああ、でも然うね…屹度、楽しそうな顔をするかも知れないわね。


   楽しそうな?


   江利子さまはそういう子、昔からお好きだから。
   だから恵麻の事、嫌いな筈ないのよ。


   …ふ、ふん。


   ふふ。


   …お風呂、入ってくる。


   ええ、行ってらっしゃい。


   …。


   そうそう、恵麻。


   …なに。


   江利子さまは聖さまの愛人ではないから。


   ……。


   もう、言っては駄目よ?


   ま、ママ…。


   うん?


   ど、どうして……。


   どうしてかしら。
   なんとなく、思ったの。


   …。


   駄目よ?


   ……。


   ん?


   …。


   …。


   ……ごめんなさい。


   もう、言わない?


   …うん、言わない。


   聖さまには…


   …あ。


   …。


   …。


   恵麻。


   …はい。


   自分でちゃんと、謝るのよ。


   ……はい。








   …しっかし。
   言うにコトかいて、あいつの愛人とはなぁ…。


   どうして然う思ったのかしらね。


   全くだよ。
   たく。


   江利子と、聖…ね。


   止めて、止めて止めて。


   まだ言っていないのに。


   聞きたくない。
   ましてや蓉子の口からなんて、絶対に聞きたくない。


   …もう、聖ったら。
   大袈裟ね。


   だって。


   私は、ね。
   羨ましかったって言いたかったのよ。


   羨ましい?


   だって、なんだかんだ言っても貴女と江利子は切れなかったもの。


   …。


   …あれだけ素の自分を出せるのが羨ましかった。


   お言葉ですけどね、蓉子さん。


   うん?


   いっちばん、私の素を知っているのは蓉子さんだからね。


   …。


   で、蓉子の素を一番知ってるのは、私なの。
   でこちんの考えてることなんてさっぱり分からないし、分かりたくもないね。


   …それが良いと思うのだけど。


   何。


   いいえ?


   む…。


   …愛人なんて、作っちゃやぁよ?


   つ、作るわけないじゃん!
   蓉子まで何言うのさ…!


   …ふふ、ごめんなさい。


   許さない、もう怒った。


   あ。


   ……誠意、見せてくれないと許さない。


   これが、誠意…?


   …単純だと思ってるでしょ。


   分かりやすい人…。


   …さぁ、見せてよ。


   …。


   ……蓉子。


   …良いわ、見せてあげる。


   …。


   …。


   ……好きにしても良い?


   それは、だめ。


   …む。


   ……明日も仕事なの。








   『……。』


   …江利子さま。


   『…帰ってきた?』


   はい。
   今はもう、眠っています。


   『…そ』


   …。


   『…愛人、ですって。
   よりにもよってあいつの。』


   …ふふ。


   『聞いたの?』


   いいえ。
   ただ、なんとなく。


   『…なんとなく、ね。』


   はい。


   『……それだけよ。』


   …然うですか。


   『…ごはん、食べはぐったのよね。』


   ふふ、残念でしたね。


   『…。』


   …。


   『……じゃあ、』


   江利子さま。


   『…何かしら。』


   たくさん、文句があるそうですから。


   『…それ、貴女じゃないわね』


   はい。


   『……。』


   楽しそうですね。


   『…何も言ってないのだけれど。
   それもなんとなく、かしら。』


   かも知れません。


   『…ま、良いわ。
   じゃあ…また、いつか』


   …はい、またいつか。
   ごきげんよう。