よ〜〜〜〜〜こ。


   ……。


   えへへ。


   ……なに。


   何、って。
   そんなぁ、分かってるくせにぃ。


   ……。


   よ〜〜〜〜〜〜〜〜こ。


   ……そのだらしない顔、子供達も見てるわよ。


   別に良いもんね〜〜。


   ……。


   よ〜こ。


   ……。


   今年はどんなのかな〜楽しみだな〜〜。


   …そんなに変わり映えはしてないわよ。


   ん〜ん、そんなコト無いよー。
   あ、でも、そうだなぁ。
   たっぷり入った蓉子さんの愛は変わらないかな。
   寧ろ、増えてたりなんだり?


   …莫迦でしょう?


   えへへ、ちょ〜だい?


   ……はい。


   わぁい!


   …テンション、いちいち高いわよ。
   毎年の事なのに。


   だって、蓉子から愛の沢山詰まったチョコを貰うんだもん!


   ……。


   よーこ。


   もう、上げたわよ。


   あ〜ん、てやって。


   ……。


   希望は口移しなんだけど。
   流石にね、ちび達が居るからね。


   …蓮、葵。


   あ、でも後でこっそりもありかなぁ?
   ね、蓉子。


   貴女達にも。


   ちょこ?


   れん、とりゅふ、ていうんだよ。
   ね、おかーさん。


   ええ。
   今年はミルク風味のとホワイトのを二つずつ。


   ちょこー!


   おかーさん。


   ん、なぁに?


   …。


   葵、どうしたの?


   あのね、おかーさん…。


   よーーーこーーー。


   きゃっ。


   後でで良いから。
   ね、ね?


   しつこいわよ。


   今はあ〜んだけで我慢するから。
   ね?ね?


   一人で食べなさい。
   今も後も。


   よーこーー。


   ああ、鬱陶しいわね。


   ……。


   だって、あだっ


   ばかせー。


   …蓮君、夫婦の営みを邪魔しちゃあいけないよ。


   …。


   あいた。


   莫迦な事、言ってないの。


   じゃ、口移しして?
   ね?


   ね、じゃないわよ。
   ばか。


   ……。

















   バレンタイン。
   毎年、聖ちゃんはお母さんにねだって。
   お母さんは毎年、手作りのチョコを聖ちゃんにあげる。
   聖ちゃんはそのたびに大喜びして。
   お母さんは眉間に皺を寄せるけど、そんな聖ちゃんを見る顔はどこまでも優しかった。


   お母さんの作ったチョコは美味しかった。
   甘くて、だけど、甘すぎないで。
   聖ちゃんのとは違う味だったのはあの時初めて知ったのだけれど。
   お母さん手作りのチョコレート。
   聖ちゃんも蓮も、そして私も、みんな大好きだった。


   だから。
   私も作ってみたいと、子供心に思ったのかも知れない。
   チョコ一つであんなに仕合わせな気持ちになれるから。




















 
U n  p r e s e n t  d e  V a l e n t i n u s




















   お帰りー蓉子ーー!


   はいはい、ただいま。


   ようこ。


   ただいま、蓮。
   良い子にしてた?


   ん。


   おかあさん、おかえりなさい。


   ただいま、葵。
   いつもありがとう。


   …うん。


   さ、早く上がって上がって。
   ご飯にしよう?
   今日はね、早く帰ってこられるって言うから腕によりをかけてビーフシチューなんて作ってみたんだよ。


   はいはい、分かったから手を離して。


   ……。


   葵、戸締りお願い出来るかなー?


   あ、はい。















   ご馳走様でした。


   はい。


   今夜は私が洗うわね。
   早く帰ってきた事だし。


   ありがとー。


   いいえ、こちらこそ。


   ねぇ、蓉子。


   うん?


   ビーフシチュー。
   美味しかったですか?


   何よ、改まって。


   大切な事かな、と思いまして。


   …美味しかったわ。
   とても、美味しかった。


   本当に?


   嘘なんて言わないわ。


   へへ、良かった。


   おかあさん。


   なぁに?


   わたし、てつだう。


   有難う、葵。


   ……。


   おや、蓮君?


   ……もってく。


   おやおや。


   ……。


   ま、私も運ぶけどね。
   ちび達には負けらんないもんね。
















   さて。
   そろそろ良いかしら。


   やっぱり私も手伝うよ。
   二人で洗おう。


   良いのよ、今夜は私がやるから。


   でも


   有難う、聖。


   …ん、分かった。
   じゃ、お風呂を沸かす支度でもしようかな。


   おかあさん。


   うん?


   あの、ね…。


   葵、どうしたの?


   ……。


   葵?


   …わたし、てつだってもいい?


   ……ありがとう、葵。
   じゃあ、お願いしようかしら。


   うん。


   ……ふむ。


   ……。


   蓮。


   ……。


   キミは私と此処にいようね。


   ……や。


   まぁ、そう言わず。
   今なら聖さんの膝の上が空いてるよ。


   や。


   まぁた、遠慮しちゃって。
   さ、おいでおいで。


   ………。















   はい、おかあさん。


   はい、ありがとう。


   あとは?


   これでお仕舞い。
   ありがとう、葵。


   …そう。


   ねぇ、葵。


   …はい。


   何か、私に話したい事があるのでは無いの?


   え。


   そんな顔、してるわ。


   ……。


   困った事でもあったの?


   …ううん。


   蓮と喧嘩でもした?


   …してない。


   じゃあ…聖がまた、とんでもない事でも言い出した?


   ……ううん。


   ねぇ、葵。
   私は葵の話、何でも聞こうと思うけれど、葵が何も言ってくれないと聞けないわ。


   ……。


   葵。


   …あの、ね。


   うん。


   ……ばれんたいん、に。


   ばれん…ああ、ヴァレンタインね。
   そう言えばもうそんな時期ね。


   ……。


   分かった。
   葵、今年は誰かにあげたいんだ?


   …!


   当たり?


   ……。


   聖には未だ内緒?


   ……う、ん。


   蓮にも?


   …。


   そう。
   じゃあ、葵と私だけの秘密ね。


   ……。


   聖が知ったら…ふふ、私の葵にって屹度、いえ絶対、騒ぐわね。


   …おかあさん、あの。


   今度のお休みの日、二人でお店に見に行ってみる?
   私も材料を見に行きたいし。
   聖と蓮も屹度ついて来るだろうけど、とりあえず蓮は聖に見てもらって…


   あの、おかあさん。


   ん?


   わたし、つくりたい。


   つくりたい?


   おかあさんみたいに、つくってみたいの。


   ……。


   そしたら…聖ちゃんと蓮、それから


   …葵。


   ……おかあさん、に。


   ……そう。


   …やっぱり、だめ?


   …。


   …わがままいって、ごめんなさい。


   ねぇ、葵。
   今年は二人で作りましょうか。


   …え。
   いいの…?


   ええ。
   だけどこれだけは約束して頂戴。


   …。


   私の言った事は、必ず、守ること。
   これが約束出来ないようならば、駄目よ。


   …うん、わかった。


   約束、出来る?


   うん。















   ・















   じゃあ、聖。
   蓮を宜しくね。


   良いけど、さ。


   ん、なぁに?
   何か不満?


   葵と二人で見に行ってくる、なんて。
   なーんかなー。


   ……。


   ね、葵。
   何を見に行きたいの?


   ……あ、あの。


   聖さんはどうしても、行っちゃ駄目なのかな?


   ……。


   聖。


   だってぇ。


   30分ぐらいで戻ってくるから。


   気になるよ。


   聖は葵の“わがまま”なら何でも聞けるって、常日頃、言ってなかったっけ?


   ……言ってるけど。


   葵はそれでもあまり我侭を言わないのだけど。


   だから、だよ。


   じゃあ、今回は大人しく待っててくれるわよね?


   ……うー。


   蓮。


   ……。


   少しだけ、待っててね。


   ……。


   蓮…あの、ね。


   ……。


   あ、蓮…。


   ほら、蓉子。
   蓮だって面白く無いんだよ。


   …ねぇ、聖。


   せめて何を見に行ってくるのかくらい、お…。


   ……。


   な、何…。


   ……毎年、楽しみにしてるでしょう?


   たのしみ…?


   ……今月は何月?


   今月は二月…て、まさか。


   もう、葵と約束していたのに。


   て、待って、誰に、てか誰になの…?!


   それは言えないわ。
   それから声が大きい。


   だって私のあお


   しぃ。


   ………。


   お願い、聖。
   聞いてあげて。


   ………私の葵なのに。


   あのねぇ…。


   …嫁になんて、絶対に、やりたくないのに。


   ばか。


   ……。


   貴女だけの葵じゃないわ。
   私の葵でもあるんだから。


   …よーこ。


   もう、未だ嫁に行くって決まったわけじゃないでしょう。
   大体、葵は未だ6歳にもなってないのよ。


   ……でももう直ぐ6歳、しかも初等部にあがるんだ。
   そしたらあっと言う間に中等部に


   聖。


   ……。


   お願い、聖。
   葵の願いなのよ。


   ……けど。


   その時はちゃんと教えるから。


   …。


   それに私から言わなくても葵はちゃんと貴女に言うわ。


   ………うん。


   ああもう、しゃっきりとして。


   ……よーこぉ。


   蓮の事、お願いね?


   よーこはちゃんと、私にくれんだよね?
   他の人になんか


   あげるわけ、無いでしょう。
   ばかね。


   ……うん。


   蓮。


   ……。


   後でちゃんと“説明”するから。
   少しだけ、聖と待っていて。


   …ようこ。


   屹度、吃驚するから。
   ね、楽しみでしょう?


   ……。


   蓮。


   ………ん。


   ん、良い子…。


   ……。


   蓮、ごめんね…。


   ……。


   じゃあ、聖。


   …うん、行ってらっしゃい。


   葵。


   …うん。


   ……。


   …さてと、蓮。
   あっちのフードコートで何か食べて待ってようか。
   何が良いかな?















   ……。


   ……。


   …葵。


   ……。


   気にしているのね。


   ……おかあさん、わたし。


   葵は本当に優しい子ね。


   …。


   聞き分けが良くて。
   私ね、たまに貴女が未だ6歳にもなってない事、忘れてしまう事があるのよ。


   ……。


   …大丈夫。
   聖と蓮は貴女の事を嫌いになんてならないわ。


   …けど、わたしがわがままをいわなければ


   屹度、ね。


   …。


   聖は大喜びすると思うのよ。


   ……おかあさん。


   だって、そうでしょう?
   葵の手作り、なのよ。
   既存のものでも喜ぶとは思うけど、それ以上に喜ぶわ。


   ……でも蓮、は。
   きっと、たべてくれない…。


   どうしてそう思うの?


   だって蓮、おこってたもの…。


   怒って?


   蓮、おかあさんといっしょにでかけるの、いつもたのしみにしてるのに、なのに。


   ……。


   ……ごめんなさい、おかあさん。


   じゃあ今年は作るの、止める?


   ……。


   若しも止めるのならば、これから聖と蓮のところまで戻るわ。


   ……。


   葵。
   葵はどうしたいの?


   ……わた、し。


   …本当の事を言うとね。


   ……。


   私も楽しみなのよ。
   葵の手作りチョコレート。


   …おかあ、さん。


   大丈夫。
   聖と蓮はこんな事で葵の事を嫌になったり、しないわ。


   ………う、ん。


   屹度美味しいのを作って。
   二人を吃驚させてあげましょう?
   ね…?


   ………ん。















   先ずはクーベルテュール。


   くーべる…。


   製菓用のチョコレートの事よ。
   本当はちゃんとした規格があるのだけれど、日本では単に製菓用のチョコレートと言う意味で用いられる場合が多いの。


   ……。


   まぁ、そんな詳しい事は追々覚えていくだろうから。
   これはね、簡単に言うと葵が手作りチョコレートを作る為の材料。


   うん。


   葵は苦いチョコレートは苦手よね。


   …蓮も。


   そう。
   でも聖は甘いのが苦手。


   うん。


   だから違うチョコレートを使うの。


   あまくないの?


   そう。
   聖にはビター。


   蓮とわたしは…?


   甘い甘い、スィートチョコレート。


   …すいーと。


   それから聖のにはお酒を少し。


   おさけをいれるの?


   去年のにはラム酒を少し、ね。
   入れすぎるとお酒の味が強くなってしまうから。


   ふぅん。


   それから…ココアパウダー。


   これはなぁに?


   外側に塗すのよ。


   まぶす…?


   チョコレートにかけてあげるの。


   …あ、わかった。


   持つと手につくでしょう?


   うん。


   あとは生クリーム。
   これはね、固さを決めるのに大切なものなの。


   たいせつなの?


   そう。
   間違えると固くなってしまうか、もしかしたら形になってくれないかも知れないのよ。


   えぇ。


   ね、大切でしょう?


   うん、そうだね。


   あとはね…















   …あーあ。


   …。


   蓉子と葵、遅いねぇ。


   …。


   ねぇ、蓮君。


   …。


   …あー。


   あ。


   …あ?


   ようこ。


   え、どこどこ?


   聖、蓮。


   ようこ!


   聖ちゃん、蓮、ただいま。


   蓉子ー!
   葵ー!


   待たせちゃってごめんなさいね。


   ようこ、ようこ。


   蓮、何を食べていたの?


   うどん。


   良い子にしてた?


   ん。


   そう、良い子。


   私もビビンパ食べて待ってたよー。


   ビビンパ?
   珍しいわね。


   なんか辛いのが食べたかった…けど、あんまり辛くなかった。


   それは残念。


   うん、残念なんだ。


   じゃ、今度で良ければ作ってあげる。


   うん、楽しみにしてる。


   …。


   葵?
   見たいもの、見られた?


   …うん。


   そっか、良かったね。


   ……あのね、聖ちゃん。


   ん?


   ごめんなさい。


   んん?


   あの、わがままいって…


   良いんだよ、葵の我侭は希少なんだから。


   きしょ…?


   とても珍しいってこと。
   だから、良いんだよ。


   …あ。


   葵は優しすぎるから、聖さん、かえって心配になっちゃうよ。


   聖ちゃん…。


   他に何か見たいもの、ある?


   …ううん、だいじょうぶ。


   うん。
   蓉子は?


   私も特に。


   蓮は


   ようこ。


   は、いつも見てるじゃん。


   …あらあら。


   …。


   蓮は蓉子に甘えたすぎて、聖さん、心配だなぁ。


   やきもち、焼かないでね?


   夜、私の願い叶えてくれるなら。


   ばか。
   それよりお夕飯はどうしましょうか。


   んー、そうだなぁ…。















   …ふぅ。


   …。


   聖?


   ああ、蓉子。


   ぼんやりして。
   湯冷めするわよ。


   …うん。


   お昼の事、未だ気にしてるの?


   うん…いや。


   …。


   蓉子、此処に来て。
   座って。


   …ええ。


   …なんか、さ。


   うん。


   切ない。


   ……。


   いつか、葵も他の人のトコに行くのかな、て。


   …。


   蓮も。


   …そうね。


   仕方がない、のかな。


   …聖は。


   ……。


   私の両親から、私を連れ出したわ。


   ……うん。


   そして私も聖を。


   ……。


   だけど親子と言う糸が切れたわけじゃないわ。
   だってそうやって、人は繋がっていくんだもの。


   …うん。


   蓮と葵もいつか、きっと。
   選んだ人を連れてくるでしょう。


   ……。


   その時、祝福出来るように。


   …変なの連れてきたら、嫌だ。


   それは…まぁ、分からないけど。


   ……。


   聖。


   ……ん。


   蓮と葵は今度の春、初等部に上がるわね。


   …そだね。


   そうやって大きくなっていくけれど。
   蓮と葵は私達の子には変わりないわ、ずっと。


   …。


   ……あ、ん。


   …。


   ……せい。


   もっと、なぐさめて…ようこ。


   ……。


   ……。


   ……あまえたすぎなのは。
   だれかもいっしょ…ね。















   ・















   葵。


   はい。


   手はちゃんと洗った?


   はい、おかあさん。


   うん。
   それじゃあ…はい、これ。


   …?


   葵用の包丁。


   あ。


   未だ早いかな、と思っていたのだけれど。
   葵はちゃんと私の言う事を聞けるって約束してくれたから、ね。


   ありがとう、おかあさん。


   子供用とは言えど、包丁には変わりないから。
   取り扱いには気をつけないと駄目だし、ましてや人には絶対に向けては駄目よ。


   うん。


   じゃあ、始めましょうか。


   はい。


   先ずはチョコレートを包丁で細かく刻むの。


   こまかく…。


   葵、指には気をつけて。
   特にチョコを押さえる左手の親指は曲げて内側にしておく事。


   はい。


   最初はあまり細かくしようと思わなくても良いから、思うように切ってみて。


   ……。


   大丈夫よ。
   あまり緊張しないで。


   ……うん。


   ……。


   ……。


   …うん。


   きれた…。


   うん、良く切れているわね。


   おかあさん、わたし、できた。


   うん。


   え、と、こまかくするんだよね。


   ええ。
   だけど細かく刻むのは私がやるから、葵はもう少しだけ切って貰えるかしら?


   はい!















   …。


   …蓮君、は。


   …。


   チョコとか、作ってみようとは思わないのかな?


   …。


   葵は興味を持ったみたいだけど…。


   …。


   ……と言うか、誰にあげんだろう。


   …。


   ……ああ、駄目だ。
   やっぱり気になるよぅ。


   …。


   幼稚舎の先生?
   …まさか祐巳ちゃん?


   …。


   いや、まさかでこの…。


   …。


   いやいやいや…てか、待てよ。
   意表を突いて令、とか?


   …。


   それとも私がまるきり知らない子…?


   …。


   ……あー。


   うるさい。


   蓮君は何か知らない?


   しらない。


   こう、幼稚舎で葵と特別に仲良くしてる子が居るとかさ?


   しらない。


   蓮が知らない子、とか?


   しらない。


   …あーーー。


   …。


   気になるなぁ、やっぱ気になるなぁ。
   でも何があろうと、やっぱり葵は誰にもくれらんないぞ。


   ……ふん。


   て、今。
   今、鼻で笑ったな、蓮。


   …。


   あーーーもう。















   聖のにはお酒を入れると言ったわよね。


   きょねんのにはらむしゅ、だったよね。


   ええ。


   ことしは…?


   今年はこれ。


   わぁ、きれいなおれんじいろ…。


   これはね、オレンジリキュールと言うのよ。


   おれんじりきゅーる…。


   オレンジのお酒。
   これを入れるとオレンジの風味になるの。


   おれんじのあじになるの?


   ほんのり、とね。
   だけどお酒だから葵が知ってるオレンジの味にはならないわね。


   へぇ…。


   じゃあ、葵。
   これを20グラム、入れたいから。
   入れてもらっても、良い?


   はい。


   私が良いと言うまで注いで。
   ゆっくりで良いからね。


   ……。


   ……。


   ……あ。


   大丈夫、焦らないで。


   ……。


   ……良いわ。


   あ、はい。


   うん、丁度良い。


   …はぁ。


   そしたらこれを熱の取れたチョコに入れるから。


   いれてもいい?


   ええ、お願いするわ。


   はい。















   …。


   …あーあー。


   せい。


   んあ?


   すいた。


   ほ、もうそんな時間?


   …。


   とは言え、今は蓉子と葵がキッチンを使っているからなぁ。
   出来るまで来ちゃ駄目って言われてるし、約束破ったら離婚されちゃうし…ああ、そんなのはやだー。


   …。


   …て、蓮君。
   夕飯には未だちみっと早いんじゃないかね。


   …。


   …はっはーん。


   …。


   実は蓮君も気になってるんじゃないの?


   …。


   相変わらずの仏頂面の下で、さ。


   …べつに。


   ねぇ、葵は誰に上げるんだろうねぇ。


   …。


   いけ好かない奴だったらどうしよー…はぁ。


   …せい。


   あー?


   おなか、すいた。


   …蓮君。


   …。


   何にせよ、もちっと待っててよ。


   …。


   こら、幼児がいっちょ前に眉間に皺なんか寄せない。


   …。


   …面白いよなぁ。
   顔は私に似ているのに、動作は蓉子に似てるんだもんなぁ。


   何をしているの?


   あ、蓉子ー。


   蓮の顔で遊ばないの。


   だってちびが眉間に皺なんて寄せるからさぁ。
   こんなちびのうちから眉間に皺を寄せてたら心配じゃん?


   蓮が嫌がってるじゃないの。


   ところで、葵は?


   冷蔵庫の前。


   ほぅ?
   と言う事は?


   冷やしてる最中。
   見て無くても大丈夫って言ったんだけれど…。


   気になるんだろーねぇ。


   不貞腐れてるみたいな声ね、聖。


   …何にせよ、今は蓉子にくっ付いててもい…あ。


   …。


   蓮?


   あ、こら、と言うかなんて素早い奴なんだ。


   …。


   ふふ、聖みたいね。


   さっきまではお腹空いたって言ってたのに。


   蓮、お腹空いたの?


   ……すいてない。


   聖?


   いや、さっきは空いたって言ってたんだよ。


   お夕飯には未だ少し、早いわよ?


   だから私じゃないってー。















   …と。
   おかあさん、これでいい?


   ええ。


   …でもちょっと、へんになっちゃった。


   そんな事無いわ。
   とっても良く出来ているわよ。


   ふふ…。


   初めなのにとても上手だったわ。


   ありがとう、おかあさん。


   どういたしまして。
   それじゃあ後は…


   …おかあさん?


   ラッピング。
   折角だから、ね?


   うん!


   葵、葵が渡す分は別に包みましょうね。


   え、でも…。


   私は私の分を。
   葵は葵の分を、ね?


   ……うん。


   屹度、喜ぶわ。


   …よろこんでくれるかな。


   聖なんてそわそわしてるから。


   そわそわ…?


   葵が誰にチョコをあげるのか、気になって仕方が無いのよ。


   …。


   蓮はあんなに落ち着いているのに。
   これではどちらが子供なのか、分からないわよね。


   …ふふ。


   ね、葵。


   なぁに、おかあさん。


   今みたいに、笑って、あげてね。
   そしたら聖は屹度、ね…。















   …。


   …。


   …。


   聖、蓮、それから葵。


   …。


   …。


   …。


   と言うか、何?
   この固い雰囲気。


   …。


   …だって。


   …。


   三人して固まっちゃって。
   そんなに私のチョコレート、欲しくなかった?


   ほしい。


   欲しくないわけ、御座いません!


   …ありがとう、おかあさん。


   はい、宜しい。


   …。


   蓉子の愛情たっぷりトリュフー。
   今年は…


   食べてみてからのお楽しみ。


   やった、蓉子が食べさせてくれるー。


   …毎年、同じ事を言うのね。


   うん、勿論。
   …で。


   ……。


   ……。


   ……葵、さぁ。


   う、うん…。


   …。


   や、べ、別に気にしてるわけじゃないし。
   葵が誰にチョコをあげようが、わ、私は全然気にしてなんか、いないんだ、うん。


   ……。


   聖。


   だ、だって…。


   葵、これで分かったでしょう?


   …けど。


   絶対に、大丈夫よ。


   …。


   さぁ、葵。


   ……うん。


   …。


   あ、あのね、蓮。


   …なに。


   こ、これ…。


   ……。


   ……て。
   葵の誰かって蓮なの?
   マジでぇ?!


   先走らないの。


   ……だって。


   …聖ちゃん。


   だって葵のチョコ、欲しいじゃんか…。
   葵は私の


   聖ちゃん、これ。


   へ?


   あ、あの、おかあさんといっしょにつくったの…。


   ………。


   ほら、聖。


   え、いや、だって、あれ、なんで?


   ……おかあさんみたいには、できなかったけど。


   ……。


   聖、顔がポカーンとしているわよ。


   …待って、今整理するから。
   え、と…。


   ……。


   葵が私と蓮


   おかあさんにも。


   うん、ありがとう。


   …と蓉子にあげたって事は。


   仕方の無い人ね。


   ……にぶい。


   …あー、あーー!


   ……うるさい。


   葵、私達に作ってくれたんだ!


   遅いわよ、聖。


   あ、そっか、そうなんだ!
   なーんだ、そうだったのか!
   ありがとう、葵!


   わ…。


   凄く、嬉しいよ!
   わぁ、本当に嬉しい!


   私のより嬉しそうね?


   蓉子のだって嬉しい!
   葵のも嬉しい!


   …たんじゅん。


   せ、聖ちゃん、くるしい…。


   ああ、今日はなんて素晴らしい日なんだろう…!!















   …。


   あーおい。


   …え、と。


   さ、早く早く。


   …おかあさん。


   子供、だから。


   はい、あーん。


   ……。


   ん?


   …あ、あの。


   どした?


   ……。


   葵の作ったの、聖さんに食べさせて?


   ……おかあさん。


   子供、なのよ。


   …。


   ふふ、葵。
   どうか、叶えてあげて?


   う、うん…。


   じゃあ、あーー


   ……。


   ん。
   ……んーー。


   ……。


   うん、美味しい。
   これ、オレンジ風味だ。


   あ…。


   でしょ?


   う、うん。


   うん、流石聖さん。


   どうしてわかったの?


   聖さんに分からぬものなど、無いのさ。


   ……ふん。


   おっと、今、鼻で笑ったなぁ?
   そんな蓮君は分かったのかな?


   ……。


   あ、あのね、蓮のは…


   あまい。


   ……お、おいしくなかった?


   べつに。


   …そう。


   全く、素直じゃないちびだなぁ。


   あの、おかあさんは…。


   うん、美味しいわ。
   良く出来てる。


   ………ん。















   …。


   …蓮。


   …。


   あのね、蓮。


   …。


   蓮。


   …なに。


   あ、あのね…。


   …。


   …やっぱり、なんでもない。


   …。


   …。


   ……ようこの。


   …。


   ようこのはおいしい。


   …うん、そうだね。


   …。


   …。


   ……けど。


   …?


   きらいじゃない。


   ……蓮。


   またたべてもいい。


   …!


   ……。


   うん…!!















   んふっふっふ〜〜。


   もう、気持ち悪いわね。


   だって嬉しいじゃんか、やっぱりー。


   あーはいはい。
   良かったわね。


   葵の手作りトリュフ。
   あーなんかもう、勿体無くなってきちゃったよ。


   ちゃんと食べてあげてね。


   そりゃ、勿論!


   ……。


   …妬けちゃった?


   は、何で。


   だってさっきからずっと葵、葵、言ってるから。


   自分の子に焼きもち焼く親、早々居ないわよ。


   此処に居るじゃん。


   そうね。


   ねぇ、蓉子…。


   …ん。


   蓉子のも、好きだからね。


   …それは有難う。


   …。


   …ん、んん。


   ……何気に、味、変えたんだね。


   鍋、幾つか使ったから…。


   …蓉子のはチェリー風味だった。


   あ、ん…。


   …去年はラム酒だったよね。


   せい…もう。


   ……未だ早くない?


   そうじゃ、なくて…。


   葵から貰ったのは…?


   …あなたと同じのよ。


   そっか…。


   …ねぇ、聖。
   今日はもう…。


   蓮のも違うの…?


   …?


   蓉子が作ったのと、葵が作ったの。


   …ああ。
   葵がスィートで、私が…あ、ん!


   …ふぅん。


   せ、聖…もう、今日は…。


   私ね、嬉しくて仕方が無いんだ。


   …。


   今日は人生で最も良いだよ。


   ……。


   蓉子と結ばれて。
   子供が生まれて。
   順位なんて、付けられないんだけど。


   ……せ、い。


   ああ、嬉しい。
   嬉しいな…。


   あ、あ…。


   ………ありがとう、蓉子。


   ……あぁ。




















   ・


   ・


   ・




















   はい、本日のお八つは聖さん特製ミルクプリンでございます。


   わぁ。


   …。


   私にも?


   はい、そーです。
   本日のお八つはバレンタインのお礼とも言いますので。


   そう。


   ちなみに蓉子さんのはラム酒入りの大人仕様となっております。


   それは良いのだけれど。


   ねぇ、聖ちゃん。


   はいな。


   蓮の分が見当たらないのだけれど。


   蓮のは?


   申し上げたでしょう?
   これはバレンタインのお礼、なんですよ。


   …まさか、貴女。


   …聖ちゃん。


   蓉子と葵からは貰ったけれど。
   蓮からは貰ってないもんねー。


   ……。


   貴女、莫迦?


   うわ、ひどい。
   何も子供達の前で思い切り言わなくても。


   これを莫迦と言わなくて何と言うのよ!
   幾らなんても大人げが無さすぎでしょう?!


   だって事実、貰ってないもん。
   お返しする必要は無いでしょや?


   だからって!
   貴女、仮にも親なのよ!?


   うん。
   と言うか私と蓉子以外に該当者が居たら困る、と言うかヤダ。


   ……。


   蓮…。


   ……なに。


   あの、はんぶんこに…


   あー、葵。
   それは君のだから、蓮にあげちゃだめだよ。


   でも、聖ちゃん…。


   それは私から葵へのお礼の気持ちがいっぱい詰まったプリンなの。
   葵はそんなプリンを他の人にあげちゃうのかな?


   ……。


   聖!!


   あーい。


   貴女ねぇ…!


   蓉子、声が大きいよ。
   ちゃんと聞こえてるから。


   …若しもそんな莫迦な事を本気でのたまっているのならば。
   本気で怒るわよ。


   もう、怒ってると思うけど。


   ……分かった。
   蓮。


   ……。


   私のをあげるわ。


   それはだめでっす。


   ……聖。


   だってそれは蓉子のだもん。
   言ったでしょ、大人仕様だって。
   残念ながら蓮は食べられない。


   …そう。
   貴女があくまでもその姿勢を崩さないと言うのなら


   いらない。


   …蓮。


   せいのなんて、いらない。


   ほら、蓮もこう言ってる。


   聖…ッ!!


   聖ちゃん…ッ!!


   出た、母娘
〈オヤコ〉攻撃。


   ふざけないで!


   ふざけてないよ。


   聖ちゃん、ほんとはあるんでしょ?
   蓮のぶん、ちゃんとあるんだよね?


   ……。


   ねぇ、聖ちゃん…。


   やれやれ、仕方ないなぁ。
   れーん。


   ……。


   おお、見事なまでに不貞腐れ顔。


   ……うるさい、ばかせー。


   こらこら、莫迦はいかんよ。
   そう言って良いのは蓉子だけなんだか…いた。


   ……聖。


   はい、すみません。


   ……。


   てなわけではーい、蓮の分でーす。
   ほんとに無いと思っちゃったかな?


   …そんなの、いらない。


   またまたぁ。
   本当は泣きそうなくらいだったくせに。


   ……。


   蓮、よかったね。


   ………。


   蓮…あ。


   あ、まず…。


   ………。


   ……蓮。


   …あちゃあ。


   聖、分かってるわよね…?


   ………はい。


   ………。


   蓮、蓮…なかないで。


   聖。


   …はい、ごめんなさい。
   調子に乗り過ぎました。


   ……。


   聖、蓮に。


   …あ、あーと。
   蓮、ごめんね?


   ……。


   冗談にも程がありました。
   ごめんなさい、この通り。


   ……。


   蓮。


   …ようこ。


   大体さ、蓮の分だけ無いわけないじゃない。
   蓮も私のかわいい子供なんだからさ。


   聖、今回の貴女の悪戯は笑えない。


   …はい、すみませんでした。


   蓮、いらないなんていわないでいっしょにたべよう?


   ……。


   ね?


   ………。


   聖には後でお話があるから。


   えー…。


   せーい。


   …はい、了解でございます。















   …葵。


   なぁに、蓮。


   …。


   蓮?


   ん。


   …?


   …いらないなら、いい。


   え…。


   …。


   これ、くれるの?


   ……いらないなら、


   いる!


   …。


   ありがとう、蓮。
   うれしい…。


   …。


   蓮、ありがとう…。















   …あれ、聖が?


   気、利くでしょ?


   そうね、聖にしては。


   蓮は外見は私なのに、気は利かないんだよねぇ。
   女の子にはもっと、気を使わないと。


   蓮も女の子だけれど。


   私も、だけどね?


   …ところで、聖。


   そんなわけで一つ、今回は大目に見て頂きたいな、と。


   あれはあれ、これはこれ。


   あ、やっぱり…?


   大体、貴女はね…。


   …はい、ごめんなさい。


































   あのヴァレンタインの日。
   聖さんが居て。
   蓉子さんが居て。
   蓮が居て。
   そして私が居て。
   みんな、笑っていたあの日。
   あの時は分からなかったけれど、今思えばとても仕合わせだったのだと、感じた日。



   あの日は、私にとって。








   人生最良の日。