水野さん。
   一寸、良い?


   あ、はい。
   何でしょうか。


   良かったら、なのだけど。


   はい。


   これ、貰って頂けないかしら。


   ……?


   貰ったもので申し訳無いのだけれど。
   私は行かないから。


   ……これ、は。


   ペアのチケット。
   とあるテーマパークの。


   …。


   こういった類、あまり好きでは無いかしら?


   いえ…。


   嫌いでもない?


   …あまり行った事は無いのですが。
   どちらかと言うと…あまり好きでは無い、と思います。


   思う、て。
   水野さんらしからぬ消極的な答えね。


   …。


   それとも共に行く人の事、かしら。


   …あの。


   あくまでも。
   良かったら、の話よ。


   けれど宜しいのですか?


   ええ、構わないわ。
   折角の招待券なのに使わなければ勿体無いでしょう?


   そうですが、未だ期日はあるようですから。


   良いのよ。
   正直な事を言うと私は興味が無いの。
   仮に行ったとしても疲れるだけだから。


   ご家族とは


   もう親とそういうトコロへ行く歳は、疾うに、過ぎたわね。


   ……。


   だから。
   良かったら水野さん、貴女が使って頂戴。


   …ありがとうございます。


   そう。
   じゃあ受け取って貰えるわけね。


   はい。


   無駄にならないで良かったわ。


   ありがとうございます、先生。


   いいえ。
   …一緒に行ってくれると良いわね?


   ……。


   ふふ。
   今、何周年かのお祝いもやっているようだから。


   …知ってます。
   テレビのCMで見かけましたから。


   そう。
   じゃ、楽しんできて頂戴ね。


   …はい。




















  
F i r s t  D e p a r t u r e




















   あーーーー。
   何処に行っても人、人、人。
   見渡す限り、人ばっか、だねー。


   今日は休日だから。


   3時間待ち、とか。
   正気の沙汰とは思えない。


   そこまで言わなくても良いじゃない。


   いやいや、だって。
   3時間待ち、2時間待ち、とかしてたら、一日何時間あっても足らんよ?
   待ってる時間ばかり長くてさぁ。


   それも醍醐味の一つなんじゃない?


   冗談。
   蓉子と一緒じゃなきゃ絶対やだね。


   …。


   こーいうトコロに来るのはやっぱ、学生が休みじゃない平日が良いなぁ。
   幾らかマシでしょ、多分。


   お互い、都合がつかなかったから。
   それに私達も学生じゃない。


   まぁね。
   でも正直、蓉子と一緒じゃなきゃ、来ないよ。
   こんなに人が多いところ。


   今は丁度、何周年かの記念だから。
   それも手伝っているのだろうと思うのだけれど。


   と言うか元々混んでるトコじゃん、此処は。


   まぁ、確かにね。


   それにつけてもお腹、減ったなぁ。


   何か食べる?


   食べたいな。


   何が食べたい?


   うーん…蓉子は?


   私は…


   蓉子が食べたいので良いよ。
   私、こういうところの食べ物って良く知らんし。


   …。


   蓉子?
   どした?


   …あの、ね。


   うん。


   味はただの肉まんらしいのだけれど、ね。


   え、肉まんが食べたいの?
   つか売ってんの?


   でも、ただの肉まんじゃ無いのよ。


   うん?


   形をしているの。


   形?
   何の?


   …キャラクター、の。


   キャラクター?
   ああ、アレ、の?


   ……うん。


   ……。


   え、と。
   聖が食べたくないと言うのなら、その、別に良いんだけ…ど。


   何処で売ってんの、それ。


   え…きゃ。


   買いに行こ。


   え、でも


   言ったでしょや、蓉子が食べたいので良いって。
   さ、行こ行こ。


   良いの?


   良いも何も。
   蓉子が食べたいのなら、叶えてあげるのが私の務めですから。


   …。


   なんて、ねー。


   聖が食べたくないなら、


   もーう、未だそんなコト言うかなー。


   だって


   蓉子が嬉しそうに食べてる隣で、私も食べたいの。
   分かった?


   ……ん。


   じゃ、決まりね。
   で、それは何処で売ってんのかな?


   向こう。


   お…。


   行きましょう、聖。


   ん、行こう。
   勿論、手はこのままでね。















   ………。


   …おいし?


   …うん。


   ん、それは良かった。


   あの…聖、は?


   蓉子さんと一緒ならば、仮令ただの肉まんであってもとっても美味しいです。


   また然ういう事を言って。


   いや、本当に美味しいよ。


   本当?


   だけど嬉しそうに肉まんを頬張ってる蓉子の姿の方が美味しい、かな。


   な…。


   此処が私の部屋だったら。
   迷わず抱き寄せてるんだけどなぁ。


   ば、ばか。


   あ、蓉子。


   え?


   もーらい。


   あ。


   …うむ、美味しい。


   じ、自分のがあるじゃない…!


   だって今はキス出来ないでしょ?
   だから、せめての慰めってコトで。


   何よ、それ…!


   お礼に。
   聖さんのを一口、あげよう。


   要らないわよ。


   ほら、食べるならここが良いよ。


   だから要らないって。


   だってさ、こっちだと口つけてないからさぁ。


   き、聞きなさいよ!


   と言うわけで。
   はい、あーん。


   要らないって言っ……


   はい、そのまま噛んで。


   …………。


   おいし?


   ……美味しいわよ、ばか。


   私の味、した?


   ……ッ


   おや?
   耳まで真っ…いだぁッ


   …ほんっとぉに!
   ばかなんだから…!!


   い、いや、今、こんなトコで本気殴りはやばいから、てか痛いから。


   聖が悪いんじゃないの…ッ


   あだ、痛い、痛いって。


   聖のばか…!


   あ、はい、ごめんなさい、調子に乗りました、本当にすみません。
   だからこのあたりで勘弁し…


   知らないわよ、もう…ッ


   ……う、わ。


   何よ…ッ


   …いや、涙目なのがまたそそるな…でッ


   全っ然、反省してないじゃない…っ!















   蓉子。


   …。


   蓉子さ〜ん。


   …。


   よーーこ。


   …


   ごめんーって。
   機嫌直して、ね?


   …知らない。
   離して。


   いや、本当に反省してるから。
   ね?ね?


   …聖なんて。


   ほら、折角楽しいトコに来てるのにさ?
   いつまでもそんな顔してたら、楽しくないよ?


   誰のせいよ!


   お、わ…。


   ……。


   蓉子。


   ……。


   蓉子ってば。


   ……聖なんて。
   もう、知らない。


   …。


   …。


   …あ、そ。
   分かった。


   …。


   じゃあ…私は帰る。


   …え。


   蓉子がそんなんじゃ、つまらないし。
   何より、蓉子と一緒じゃなきゃこんなトコ居ても仕方が無い。
   と言うか疲れるだけだし。


   ……。


   じゃ、ね。


   ……。


   ……と。
   聖さん、本当に帰っちゃいますけど。
   良いのかしら?


   …さっさと帰れば良いじゃない。


   あ、そう。
   じゃね、ごきげんよう。


   ……。


   ……。


   ……せいの、ばか。


   ……。


   ……ばか。


   ……ね、仲直りしようよ。


   ……帰るんじゃなかったの。


   こんな顔してる蓉子を一人残して帰ったら。
   恋人として失格かなぁ、と思いまして。


   ……。


   ごめん、蓉子。


   ん…。


   だから…ねぇ、最後まで一緒に遊ぼう?


   ……耳元、で。


   この方がより、届くかなと思って。


   …ばか。


   うん。


   …直ぐ、調子に乗って。


   ん、然うだね。
   だけど…さ。


   …。


   それだけ…蓉子のこと、好きだってコトなんだよ?


   …こんなところ、で。


   じゃ、あっちに行こう。


   え、せ、聖…。


   良いから。
















   …何よ、それ。


   ん、見て分かんない?
   世に言うチュロス、と言うモノなんだけど。
   あとこれは限定カップに入ったミルクプリンだそうですよ。


   ……で。
   何がしたいの。


   とりあえず、チュロスの味はメイプルとハニーレモン。
   シナモンもあったけど、よっこは苦手だよね。


   ……。


   はい、蓉子に全部あげる。


   …全部?


   大丈夫、チュロスは私も食べるから。


   ……また、ふざける気なんでしょう。


   んーん。
   蓉子と一緒に食べようって、純粋に思ったの。


   ……甘いの、好きじゃないくせに。


   いやね、これくらいの甘さだったらもう、何とも無いんだ。
   これ以上に甘いのを知った時から。


   …。


   …と。
   こんなコト言ったら、また、怒らせちゃうかな。


   ……ばかばかしい。


   ん?


   ばかばかしい、と言ったの。


   それは、私、が?


   こんな事でいちいち腹を立ててる私が、よ。
   聖の調子の良さなんて今更なのに。


   ま、公衆の面前だしね。
   蓉子がそういうのを嫌がるのを知ってて、やらかした私も大概に悪いわな。


   でも止めるつもりも無いんでしょう?


   うん、と言ったら怒る?


   …怒る、と言ったら?


   蓉子さんがそれだけ好きなんです、と言い返す。


   …はぁ。
   頂くわ、それ。


   ん。
   じゃ、どうぞ。
   ちなみに私の驕りね。


   ミルクプリンとチュロス一本分は出すわ。


   良いよ。


   だめ。


   本当に良いのに。


   お金の事はきっちりとしておきたいの。


   んー…。


   聖、そっぽ向かないで。


   じゃ、あれ買って。


   あれ?


   ピザ、食べたい。
   正直、肉まんだけじゃ足んない。


   …ピザだけで、足りる?


   食べてみないと分かんない、かな。
   あ、あとコーヒーも欲しい。


   分かったわ。
   じゃ、買ってあげる。


   わぁい。
   蓉子も一緒にどう?


   そうね、食べようかしら。


   じゃ、決まりね。


   ついでにターキーレッグも食べない?


   お、良いねぇ。
   食べよう食べよう。


   本当、調子が良いのね。


   よっこと一緒だと幾らでも良くなるもんなのさ。
   特に機嫌を直してくれたよっことならば、尚一層。


   はいはい。
















   あー、食べた食べた。


   お腹いっぱい?


   ん、今は。


   今は、ね。


   未だ歩き回る予定でしょ?
   だから、今、は。


   おかゆも食べたのに?


   アレは“おかゆ”という名が示す通りさっぱりしてたから、油モノが続いた後には丁度良かった。


   そうね、おかゆのわりにはちゃんと味がし…


   さて。
   腹ごしらえも済んだし、これからの予定は?
   何か乗る?


   ……。


   蓉子?
   どこ見てんの?


   …が居る。


   あん?
   …て、よーこ!


   …が居るの!


   は、何が居るって?


   …。


   と言うか、速いって!!


   聖、早く!!


   それは分かってますけど…!


   …。


   てか、蓉子ってあんなに足速かったっけ…?!















   …はぁ。


   どーせだから。
   写真、一緒に撮ってあげたのに。


   写真は良いの。
   見られただけで満足だから。


   の割には、羨ましそうな顔してたけど。


   そんな事、無いわよ。


   そっかな?
   私の目には回りに居た子供らと同じような顔をしてたように映ったけど。


   気のせいよ。


   気のせい、ね。


   …何、にやけてるのよ。


   べっつにぃ。


   …さぁ、行きましょ。
   そろそろパレードが通る場所に移動しておかないと。
   いい加減、大分人も集まってしまってるだろうし。


   あいあいさー。
   しっかしさぁ、さっきの蓉子の歩く速さには驚いたな。
   冗談抜きで競歩並だと思ったよ。


   大袈裟よ。


   いやいや、そんなコトない。
   あと目の良さ、とかさ。


   …。


   あんなに離れてたのによく分かったね?
   そんなに好きなんだ?


   …もう、良いじゃない。


   ん、なんで?


   …。


   よーこ。


   な、何よ。


   一寸、妬けたなー。


   は…?!


   例えば街、で。
   人ごみの中、見つけたのが私だったら、あんな風に来てくれるかな、と。


   何言ってるのよ。


   あんなに人が居ても、あんな風に見つけてくれるかな。


   …。


   私はあんなに可愛くないからどうだろうな。
   素通り、されちゃうかも。


   聖。


   ん?


   見つけるわよ。


   どうだろうな。


   聖なんて、見つけようともしてくれなさそうじゃない。
   屹度、さっさと通り過ぎてくれるんだわ。


   今は…蓉子の場合の話。


   …。


   …ね。
   腕、組んでい?


   もう、組んでる。


   …駄目なら。
   離す。


   …。


   ついでに手も繋いでい?


   ……。


   …駄目、て言わないから。


   …別に。
   嫌じゃない、もの。


   ふぅん…?


   …っ


   …なに?


   …くすぐったいじゃないの。


   指、絡めてるだけなんだけどな?


   だけ…ね。


   ん…?


   …


   ね、今日一日このままで居てもい?


   それは、だめ。


   だめなの?


   だめよ。


   …なんでよ。


   ……歩きづらいから。


   恥ずかしいから、じゃなくて?


   …一寸、凭れ掛かってこないでよ。


   だって、さ。
   よりにもよって、歩きづらい、はないでしょや。


   普通にしている分には構わないのよ。


   …と、言うと?


   長い時間していると、たまに不意打ちで体重を掛けてくる時があるでしょう?


   あや、ばれてる?


   ばれないと思って?


   だって無性に甘えたくなるんだもん。


   …外では止めて。


   その言い方だと屋内でなら許してくれるってコトになるんだよね。


   ご飯の支度をしている時の不意打ちは絶対に駄目だけれど。


   包丁を使ってるから?


   それから火も使ってるから、よ。


   切り傷だったら舐めてあげられるけどな?


   結構。


   冗談。
   私の蓉子が傷物になったら大変だもの。


   出来損ないは嫌いでは無いけれど?


   勘弁。


   ま、ただの余談だけど。


   じゃあさじゃあさ。


   うん?


   パレードんトコまで、と言う限定条件だったらどう?


   …どうしようかしら。


   お願い。
   ね?ね?


   仕方が無いわね。
   駄目とは言わないでいてあげる。


   ほ、やった。


   どうせもう直ぐだし。


   …うわぁい。


   ほら、あそこ。


   …。


   ああ、やっぱりもう大分人が集まっているわ。
   聖、少し急いでも良いかし…


   ……。


   ……聖。


   …怒らないで。


   何を、考えているの…。


   お願い。


   ……。


   嫌がられる事ぐらい、痛いほど良く分かってる。
   だけど…どうか、怒らないで。


   ……。


   …蓉子が、欲しかったの。


   …。


   今、欲しかった…から。


   …。


   …え、と。


   ……。


   ごめんなさい。


   ……パレード。


   …。


   急がないと。
   始まって、しまうわ。


   …うん、そだね。


   笑いなさいよ。


   え…。


   恋人と一緒に、楽しく遊びに来たのに。
   喧嘩したり、拗ねたり、泣きそうな顔をしてたら…やっぱりつまらないじゃない。
   お互い。


   ……。


   ほら、聖。
   ね?


   …怒ってない?
   人前で…一瞬とは言え、キス、しちゃったのに。


   さぁ、どうだと思う?


   ……。


   とりあえず言っておくけれど。
   無かった事にはしないわよ?


   …!


   覚悟しておきなさい。
   家に帰ったら、


   了解です!


   …何をそんなに嬉しそうな顔をしているのかしら。
   十中八九、叱られるのに。


   キス、無かった事にされなかったから嬉しい。


   単純?


   またしたくなっちゃうなぁ。


   調子に乗るな。
   二度目は無いわよ。


   いつだったらい?


   常識の範囲で考えなさい。


   じゃあ…暗くなったら良いかな。


   ばか。
   …あ。


   あー。


   貴女が子供じみた事ばかりしてるから、パレード、始まってしまったじゃない、


   急ぐ?


   もう良いわ。
   ここからでも見えないわけでは無いから。


   はーい。


   …全く。


   しかし、音が大きいねぇ。


   パーク内、どこに居ても聞こえそうね。


   耳が痛くなりそう。


   …。


   早く来ないかな?


   …人の心を読んだつもり?


   いいえ?


   ……。


   ねぇ、見てみて。
   あのちっさい子、キャラクターと同じ服を着ているよ。
   姫のドレス、ってヤツだね。


   ええ、可愛いわね。


   えー、そう?


   可愛いじゃない。


   蓉子も着てみたい?


   …私が着たって可愛くないわよ。


   ドレス、着てみたくない?


   ……さぁ。


   白いドレス。
   蓉子には似合いそうだけれど。


   …あの子が着てるのは白じゃないわ。


   あの子はあの子。
   蓉子は蓉子。


   ……。


   いつか、着たい?


   ……さぁ、ね。


   見たいんだけどな。


   貴女は?


   私?


   貴女は着たくない?


   私は良いや。
   着たくない。


   どうして?


   ああいうヒラヒラしてるの、好きじゃない。


   あら。
   ヒラヒラしてないドレスもあるわよ。


   私は蓉子のドレス姿が見られれば良いの。


   ……隣に居るのが


   私の隣で、笑ってる蓉子が見られれば満足。


   ……。


   あ。
   蓉子。


   ……。


   本命が、来たよ。


   …ええ。


   おー、華やかだねぇ。


   きれいね。


   そうかな。
   でもそうだね。


   …何よ、それ。


   ううん。
   …へへ。


   何よ、もう。


   晴れて良かったねぇ。


   ……。


   ね?


   ……うん。


   ふふ。


   あ…。


   なぁに?


   …ううん、何でもない。


   …。


   ほら、聖。
   見てないと行っちゃうわよ。


   …何でもない、ねぇ。


   もう、聖ってば。





































   ……ふむ。


   …なに?


   なかなか、きれいだった。
   相変わらず音は大きいけど。


   …本当に?


   昼間のパレードも良かったけど、私は夜のが好きかな。
   神秘的で。


   …。


   ん?
   なになに?


   …いえ、貴女の口からもそんな言葉が出るのね、て。


   ああら。
   こう見えても結構ロマンティストなんですわよ、わたくし。


   はいはい、ごめんなさいね。


   蓉子は?


   ん?


   どっちが好き?
   昼のと夜のと。


   私は…


   選べない?


   …そうね。
   私はどちらも好きだわ。


   うん。


   でも。


   うん?


   聖と一緒だったから。
   それが何よりだと思うの。


   …。


   聖?


   ねぇ、蓉子。
   とりあえず、後ろから抱っこしてい?


   何よ、とりあえずって。


   暗いし、良いでしょ?


   良くな…て、言ってる途中なのに。


   …ふふ。


   もう、頬を摺り寄せないで。


   蓉子と一緒で…一緒だから、とても楽しかった。


   …来て良かった、と思ってくれる?


   そんなおこがましいコト、言えない。
   寧ろ、ありがとうって思ってる。


   …。


   ん、なに?


   …一寸、吃驚した。


   なんで?


   だって聖からそんな言葉を聞けるだなんて思ってなかったから。


   へへ、褒めて褒めて。


   はいはい。
   いい子いい子。


   それはあやしてるって言うんだよ。


   そのわりには益々、猫みたいに摺り寄せてくるんだけれど?


   もっと撫でて撫でて。


   …仕方の無い人、ね。


   おーー。


   え。


   花火だ。


   ああ、もうそんな時間なのね。


   おー、きれーい。


   本当、きれいね…。


   でも蓉子の方がきれいだよ。


   …莫迦?


   いやね、一度は言ってみようと思って。


   ……。


   パレードや花火より、何より、蓉子が一番きれい。


   ……本当にばか、ね。















   終わっちゃった、ねぇ。


   …ん。


   冬の花火も。
   風情があって、良いもんだねぇ。


   …。


   …余韻に浸ってる?


   …聞かないでよ。


   それは失礼。
   お詫びにもっと寄りかかっても良いですよ。


   …。


   …何ならさ、今だけマフラー恋人巻きにしちゃう?


   ……しない。


   …残念、だな。


   …それより。


   それより?


   …やっぱり、何でもな


   よぉこ…。


   ん…。


   ほっぺた、冷たいね。


   …貴女のも、ね。


   …ね。
   キス、してもい?


   …明るい時にはしたクセに。


   じゃあ、暗い時は尚しなきゃ…


   …。


   …だね?


   …。


   お…?


   …ばぁか。


   あにゃ。


   調子に乗るな、て言ったでしょう?


   …ひゃい、いはへまひひゃ。


   …でもそれを許しているのは結局、私なのだけど。


   そんな蓉子が、好き。
   大好き。


   …はいはい、ありがとう。


   真面目に言ってるんだけどな…。


   …好きよ、聖。


   ……キス、して。


   …。


   ほっぺたで良いか…。


   …はい、お仕舞い。


   ……好き。
   大好き…。


   ……。
















   お土産、券くれた人にも買ったの?
   確かバイト先の人だっけ?


   ええ。
   興味が無いそうなのだけれど、お礼の気持ちだから。


   そっか。
   うん、蓉子らしい。


   普通の事よ。
   聖は良いの?


   私?


   ほら、加藤さんに。
   いつもお世話になっているでしょう?


   カトーさんには今日の事、秘密にしてるのだ。


   …そうなの?


   で、いきなり行ってきたーって自慢するの。


   ……止めなさい。


   何で?


   迷惑にしか、ならないから。


   惚気話で?


   お土産も無しで。


   だから話がお土産。


   …。


   うん、我ながら良い考えだ。


   ……呆れて何も言えない。


   さて、お土産も買ったし。
   そろそろ、帰ろっか。


   …そうね。


   楽しかったね。


   …うん。


   ……淋しい?


   …少し。
   でも大丈夫、聖が居るから。


   …。


   …なに?


   夢と魔法の国だけに、魔法が掛かってるのかな。
   素直と言う名の。


   …そうかもね。
   だけど私だけじゃないわ。
   多分…


   私も?


   そう、貴女も。


   じゃ屹度、甘えたの魔法、かもね?


   …もう。


   蓉子。


   ?
   なぁに?


   手、出して。


   手?


   あ、勿論繋いでる手とは逆の手ね。


   …?


   もちっと…そうさな、体の前まで上げてくれると助かる、かな。


   …こう?


   落とさないでね。


   え、え…?


   蓉子にはやっぱり紅いのかなぁ、と思ったんだけど。


   …これ。


   鍵、です。
   夢は叶うー、てね。


   ……。


   限定、なんだってよ?


   …知ってるけど。


   うん、そうだよね。


   ……いつ?


   いつだと思う?


   ……昼のパレードの最中?


   あったりぃ。


   だって、トイレだって。


   うん、用もちゃんと足した。


   ……。


   でね、私はこの色にしてみたんだ。


   …紅。


   うん。
   で、蓉子は白なの。


   …貴女の色。


   ま、かつての話なんだけどね。
   たまには良いでしょや?


   ……どうして?


   それはどっちの意味で?
   色?それとも買った理由?


   …。


   先ずは買った理由。
   これは簡単、蓉子が欲しがっていたから。
   なのに欲しいって言わないから。


   …。


   子供っぽいとでも思われると思った?


   …別に、そういうわけじゃ。


   じゃ、限定物好きなミーハーとか?


   ……。


   されど私が思うのはただ一つ。
   かわいいモノ好きな蓉子こそ、どんなモノよか可愛いってコトだけ。


   …恥ずかしいから、止めて。


   ふふ
   でもって色はね…鍵、だから。


   …?


   これは蓉子の心の扉を開く為の鍵、なんだよ。


   私の…?


   鍵と鍵穴。
   白い鍵は紅い扉を開く為、紅い鍵は白い扉を開く為。
   だから蓉子には白い鍵、私には紅い鍵となるわけ。


   ……きざ。


   似合うでしょ?


   …。


   ね、ね、気に入った?


   ……。


   …れ?


   ……。


   あの、蓉子さん?


   …ばか。


   え、なんで??


   …。


   え、あ、蓉子…。


   …。


   待ってよ、蓉子。


   …。


   待ってってば…!!


   …!


   急にどうしちゃったのさ…?!


   ……。


   喜んでくれると思ったのに。


   …。


   思ったから私は…!


   …嬉しいわよ。


   じゃあ何で?!


   …。


   なんで、手を振り解いたのさ…!


   ……。


   蓉子…!


   …これ、は。


   …。


   “鍵”、なのでしょう…?


   …そうだよ。


   私の心の扉を開く…。


   ……子供じみてて呆れた?


   呆れてなんか…ない。


   じゃあなんで…!


   ……から。


   え…、…あ。


   …。


   よ、よう…こ?


   …心の扉を、開かれたら。


   あ、あの…。


   見られちゃう…じゃない。


   ……。


   私の中、ぜん…ぶ。


   ……。


   汚いところや、醜いところ…全部、ぜんぶ、貴女に見られちゃうじゃない…。


   …。


   だから……。


   …だけど。


   ん…。


   そーいうところ、全部ひっくるめて好きになってくれた。


   …。


   蓉子は…だめだった、いや今でもだめなままの私を好きって言ってくれた。
   …だから。


   ……せぃ。


   私は…そんな蓉子をもっと、知りたい。


   …。


   全部見せてなんて…言わない、から。


   …。


   だから、蓉子…


   あ、だ…め


   ……。


   …ぁ。















   …。


   ん…ふ…、ぁ…。


   …はぁ。


   …せ、い。


   …車
〈ココ〉まで我慢、したから。


   だ、だけ…ん。


   ……。


   ん…、んん……。


   ……蓉子。


   …だ、め。


   ……これ以上は、しないよ。
   けど…。


   ……


   ……はぁ、…よう…こ。


   あ…。


   …すこし、だけ。


   だめ、だめ…よ…。


   …あまり、しないから。


   おねがい…いえに、かえってから…に、


   …一寸だけで、いいから。


   だめ…だ、め…。


   …だきしめるだけ、だから。


   ……せ…い。


   はぁ……。


   ぁ…ん…。


   …ようこ、……よぅ…こ。


   ……せい、…せ…。


   ………。


   ………ぁ。





















   寝てても良いよ。
   着いたら起こしてあげる。


   …でも。


   疲れた、でしょう?


   …はんぶんは、だれのせい?


   半分、で良いんだ?


   ……。


   けど、さ。
   ちゃんと我慢、出来たでしょう?


   …ちゃんと…ね。


   でもって当然の如く、我慢進行形、だから。
   そこんとこ、宜しくね。


   ……ばか。


   明日も休み。
   勿論、泊まっていくよね?
   それとも私が蓉子んちに行く?


   それは、だめ。


   うん。
   だから今のうち、寝ておいて?


   ……。


   本当に寝てても良いよ。
   今更、遠慮も気遣いも要らない。


   …ん。


   ほら、目蓋と目蓋が今にもくっついちゃいそうだぞ〜。


   ……と。


   ん、なに?


   …ありがとう、せい。


   なんのなんの。
   下心、ありますから。


   …だいじに、するから。


   …あれ?


   …かぎ、だいじにするから。


   ああ、そっちか。


   ……。


   私も蓉子の色の鍵、大事にする。


   …ん。


   蓉子。


   …。


   また、来ようか。


   …いいの?


   ここは「いいの?」って聞くトコじゃないよ。


   …。


   また来よう、蓉子。


   …うん。


   連れてきて、て言ってくれたら。
   すんごく張り切っちゃうんだけどなぁ。


   …。


   ねぇ?
   蓉子。


   ……つれて、


   うん。


   き………。


   …およ?


   ………。


   …ま、いっか。
   今はとりあえず、おやすみ、蓉子。


   ……ん










































   あの、先生。
   この間はありがとうございました。


   ん?


   これ、宜しければ…。


   あら、お土産?


   はい。
   本当に些細なものなのですが…。


   いいえ、ありがとう。
   子供が喜ぶわ。
   確か好きだったのよね、これ。


   そう言って頂けると嬉しいです。


   楽しめた、かしら?


   はい。
   本当にありがとうございました。


   一緒に行けた?


   …はい。


   そう。
   それは何よりだわ。


   はい。


   水野さん。


   はい、何でしょうか。


   これ、お願い出来るかしら。


   はい、大丈夫です。


   じゃ、宜しくね。