−水野様へのお荷物をお届けに参りました。











   ただいま、聖。


   おー。
   おかえりー、蓉子。
   今、夕飯の支度してるからねー。


   ありがとう。
   …て、何してるの?


   ん、これ?
   薬味作り?


   薬味?
   と言うかどうして疑問系なのよ。


   いや、蓉子さんはどんな薬味がお好みかしら、と思いまして。
   とりあえず、メジャーなところで


   葱、ね。


   あと、山葵。
   しかも生でーす。
   ちなみに生な生姜もあるでよ。


   それ、買って来たの?


   買ってこなきゃ、無いわな。
   それから茗荷。


   と、これは紫蘇?


   うん。
   それと海苔でしょ、あと、あったかいおつゆが良かったらと思って、唐辛子も用意。


   今日のお夕飯は…冷たいお蕎麦?


   ぶぶー、はっずれー。


   じゃあ、おうどん?


   それもはっずれー。


   ふむ。


   はい、蓉子さん。
   日本の夏と言えば?


   日本の夏?


   日本人が夏に良く食べるんじゃないかなと思われる麺と言えば?
   答えはあの箱の中にあります。


   箱…?


   あれ。
   今日、届いた。
   受け取った時、思っていた以上に重くて吃驚しちゃった。


   …誰から?


   小母さまから。
   蓉子さんへのし無しのお届け物。


   母から…ね。


   お二人でどうぞ、ですって。
   届いた直ぐ後に電話が掛かってきた。
   タイミングが良すぎて、これまた吃驚した。


   ……。


   これって業務用ってヤツかな、10キロぐらいあるよ。
   今年の夏だけじゃ食べきれないかも。


   …。


   そんなわけで。
   今日の夕飯は早速だけれど素麺です。
   薬味はお好みでどぞー。


   …違うわ、聖。


   へ?


   これは素麺では無いの。


   然うなの?
   でもこれ、どう見ても…


   冷麦。


   ヒヤムギ?















   曰く、冷麦派だそうよ。


   他人事のように言うねぇ。
   でもさ、素麺と何処ら辺が違うの?
   私には見た目も味も同じように見えるのだけど。


   大雑把に言うと太さね。
   冷麦の方が若干太いのよ。


   ふーん。


   あとは作り方ね。
   冷麦はうどんと同じ製法なのよ。
   だから冷麦はうどんと同じものだとも言えるわね。


   んじゃ、素麺は?


   素麺は麺を伸ばす時に油をまぶすらしいわ。


   じゃ、冷麦は油をまぶさない?


   ええ。


   てか、詳しいね〜。


   一時期、母が嵌った事があるのよ…。


   へぇ、小母さまが?


   …。


   ん?
   蓉子?


   あれは…私が未だ幼かった頃、夏と言えば食卓に冷麦が定番だったのだけれど。
   向こう10年、いや20年分は食べたってくらいに食べた事があったのよね…。


   蓉子、おーい見えてる〜?


   薬味を変えて、趣向を凝らしては見ても。
   何処まで言っても冷麦は冷麦。
   食べ物を粗末にしてはいけないと教えられていたから、残さず食べてはいたけれど…あぁ、思い出すわねー…。


   よっこー、戻ってきてー。


   ……ねぇ、聖。


   あ、戻ってきた。


   母からの電話に、何て言ったの。


   そりゃあ、有難う御座いますって言ったよ。
   物を頂いたんだから、お礼は基本でしょや。


   …然う。


   あとは当たり障りの無い話をして…


   まさか、とは思うけど。
   嬉しいとか喜ぶとか、言った?


   うん?
   どうだったかなー…まぁ、言ったかも。


   ……。


   蓉子?
   もしもし、蓉子さーん?


   若しかしたら。
   また、送られてくるかもしれないわ。


   え、どうして?


   然う言う人だからよ。


   いや、でも、一箱ありゃあ十分だよ。


   と、普通は考えるわよね。


   普通は、と言いますと。


   嬉しがられたり喜ばれたりすると、じゃあもっと、と思う節があるのよ、ねぇ…。
   特に食べ物関係…。


   え、えー…。


   何と言うか。
   お節介、と言うか。


   それ、蓉子が言うんだ…。


   聖は知らないと思うけど
   元々、余計なお世話を焼きたがる人なのよ…。


   …と言うか。
   流石、蓉子のお母さまと言うか。


   私はあそこまでじゃないわよ。


   と、蓉子に言わしめる小母さまってある意味、凄い。


   本人曰く、子供の頃、他の人が当たり前のように食べているものが食べられなかったとか、どうとかで。
   食べ物に対して執着心が強いと言うか。


   特に自分の娘である蓉子にはそんな思いを、と思ってみたり?


   ……ねぇ。


   けど、良いお母さまだと思うけどなー。


   聖は、夏の間は毎日冷麦な食卓、しかも冬手前まで毎日では無いけれど延長戦、を知らないから言えるのよ…。


   然う?
   腹がふくれれば其れで良いけどなー…て。


   あぁ、白いアイツが憎い…。


   おーい、蓉子ー。
   戻ってきてー、蓉子ー。















   …おくらも美味しいわよ。


   へぇ。
   てか、たまに思うんだけどさ。


   …なに。


   蓉子って、わりと親父くさいよね。
   嗜好。


   失礼ね。
   貴女に言われたくないわ。


   だって、おくらだよ?
   子供、あまり食べなくない?


   そんな事無いわよ。


   少なくとももずく酢は食べないと思う。


   美味しいじゃない。


   まぁ、美味しいけどね。


   けど、何よ。


   子供が食べるかなぁ。


   悪かったわね。
   どうせ、枝豆も好きですよ。


   ビールと合うよね。
   あと天ぷらなんかもビールに合うよなー。


   聖の方が親父嗜好。


   と言うか、アレだね。
   好みで親父とかどーとかって決めんのは良くないよね。
   あくまでも個人の好みなんだし。
   薬味の好みも千差万別。


   宜しい。
   で?


   今日はかぼすで食べてみました。
   ゆすと同じでさっぱり。


   柑橘類は香りも良いわよね。


   この間の貝割れ大根も美味しかったかな。
   ほんのり辛味があって。


   私は三つ葉も好きよ。


   あ、良いよねぇ。
   あとさ、あったかいおつゆでも美味しいよね。
   キノコとか浮かべてさ。


   ええ。


   流石にポルチーニ茸は浮かべないけど。


   案外、合うかも知れないわよ?


   なら、最初からイタリアンにした方が良くない?


   冷麦を?


   湯で具合が難しいかも知れないけど。


   確かに。
   パスタのようにはいかないわね。


   元は同じなのにね。


   けど、麦の種類は違うでしょう?


   そだね。
   あ。


   うん?


   イタリアンと言えば。
   バジルなんかも合うかも知れない。
   オリーヴオイルで和えて、サラダみたいにしてさ。


   あ、良いかも。


   結論を言えば。


   唐突ね。


   まぁ、小腹が空いた時なんかに丁度良いかな、と。


   然うね。


   思ってなかったのよ。


   うん。


   まさか、本当に。


   うん。


   もう一箱、送られてくるだなんて。




















 ヒ ヤ ム ギ ラ プ ソ デ ィ




















   は〜い、私達の愛の巣へようこそ〜。


   莫迦ですか。
   でもって、これはどういうコトですか。


   ん?どういうコトって?
   てか莫迦は無いよ〜。


   いきなり人を浚うかのように連れてきておいて、惚けるおつもりですか。


   浚うだなんて、人聞きが悪いなぁ。
   ちゃんと、今暇?って聞いたじゃない。


   人の腕をがっちり掴んで離さなかったのは何処の誰ですか。


   私、そんなコトしたっけ?


   しましたよ、ええしましたとも。
   休日だと言うのにお姉さまとお会いするってんで、朝からそれはもう浮かれっぱなしだった私を無理矢理、
   然う、拉致するかの如く、車に押し込んで此処まで連れてきたじゃないですか。


   ま、良いじゃない。
   祥子には大学でも会えるしょや。


   平日、学校でお会いするのとは違うのです。
   こう、感覚が。


   感覚、ね。
   てかほら、久しぶりに蓉子にも会えるよ?


   それは…まぁ、嬉しいですけど。


   でしょでしょ?
   何より卒業しちゃった私にも会えたし、ほら、なんて良き日。


   聖さまはどうでも良いです。
   別に会いたいとも思っていません。


   まったぁ、照れちゃってぇ。


   これっぽっちも、照れてません。
   と言うか頭をポンポンしないで下さい。
   鬱陶しいこと、この上ないです。


   …。


   何ですか。


   いやー似てきたなー、と。


   は?
   誰が、誰に、ですか。
   はっきりと言ってくれないと分かりません。


   然う、その物言い。
   君のお祖母さまにそっくり。


   ……。


   あ。
   今、少しだけ嬉しかった?
   やー可愛いなぁ、祐巳ちゃん。


   うるさいです。
   で、今日は何なんですか。
   人を力尽くで連れてきたってコトはそれなりの用があるってコトですよね。
   と言うか無いだなんて言ったら張り倒して帰りますけど、良いですよね。


   まぁまぁ、祐巳ちゃん、落ち着いて。
   てか、既に胸倉掴んじゃってる其の手もとりあえず離そう。
   話せば分かる。手を離す、だけに。


   詰まりません。
   えっらく、詰まりません。


   ははー、厳しいなー。


   …で。


   ま、良いじゃない。
   結果としては祥子も此処に居るんだからさー。
   はい、てなわけで祥子出番。


   ……。


   ありゃ?
   昔の祥子だったら平手が飛んできてもおかしくない状況なんだけどなー。


   貴女に振り上げる手が勿体無いと思うようになっただけですわ。


   おー、大人になったねー。
   でもま、相も変わらず、おっかない目をしてるけど。
   目力に射抜かれちゃいそうよ?


   …で。
   本日は祐巳に何の御用なのでしょうか、聖さまは。


   姉妹揃って、同じ問い。
   然うだなー、会いたくなった、じゃ駄目ー?
   勿論、祥子にも。


   駄目です。


   駄目ですわ。


   あら、被ってらっさる?


   で。


   何なのですか。


   あー、然うねー…。


   …。


   …。


   あ、や、何だ、祐巳ちゃん。
   ちみぃっと、胸倉を締める手を緩めてくれませんですかねー。
   流石の私でも苦しいですよー?


   締め上げられるのが先ですか?


   それとも吐くのが先でしょうか。


   …あぁ。
   二人揃って、愛しい蓉子ちゃんに似てきたねー。
   お姉さん、二人の将来がしんぱ、い…


   …このままオとしてしまいましょうか、お姉さま。


   ええ、やっておしまいなさい、祐巳。


   わ、わぁ…ッ
   待った待った、暴力反対…ッ


   じゃ、吐きますか。


   は、吐くと言うか。
   言うから、離して。ね。


   …。


   ふぅ。


   で?


   あぁ、実は、ね。















   君の可愛い妹は預かった。
   返して欲しければ今から言う場所に


   …。


   もしもし、聞いているかなー?
   可愛い妹を預かっちゃってるって言ってるんだけどー?


   ……。


   てか、もしもーし?
   返して欲しくないのかなー?


   ………。


   て、おーい。
   若しかしなくても完全無視、てか、しかと?


   …で。
   要求は何ですの、聖さま。


   やだなぁ。
   私は断じて聖などと言う者では


   分かりました。
   今からそちらに向かいますわ。
   その方が手っ取り早いでしょうから。


   向かう、て。
   私、未だ場所言ってないよ。
   幾ら祥子でも


   外傷の有無は問いません。
   とりあえず、生かしておいてくれれば其れで良いわ。


   や、てか、あの、祥子さん…?


   あぁ。
   若しも祐巳に何か、ほんの少しでも何かしているようであらば。
   とりあえずは引廻しにして、それから


   其れって市中引廻しってヤツですか。
   いささか時代錯誤じゃないですか、祥子さん。


   然うね、桜の下にでも埋めてやって頂戴。
   ある意味、本望でしょうから。


   いやいやいやいや、其れじゃ命とってる…て。


   もしもし、聖さま。
   そろそろそちらに到着する頃合ですわ。
   御待たせしてしまい、まことに申し訳御座いません。


   てか、え、え、えー。


   それでは、よしなに。


   や、だから、時代が…おわぁッ


   是非も、無し。


   信長か…ッ


   …。


   あ、や、すみません。
   本当、すみません。
   祐巳さんなら、てか、何もしておりません。
   それと蓉子さんから直接連絡はあったと思うのですが、改めて連絡を取らせて頂いた次第です、はい。
   あとこれは、やり方はどうであれ、蓉子さんも了承の上での事です。
   これ、重要です。








   以上、回想終わり。








   …いやぁ。
   お金持ちって本当、怖いですね。


   …。


   と言うわけで


   何が、と言うわけ、ですが。
   全く持って説明になってないじゃ無いですか。


   あれ、然う?


   然うです。
   私が知りたいのは、今日、何の為に、此処に連れて来られたか、です。
   そもそも初めてなんですけど。


   初めてって?


   だから、其の、


   あれ、いきなり言い淀み?
   愛の巣って言うの、そんなに恥ずか


   ともあれ。
   理由を、事情を話して下さい。
   さっさと、出来れば、簡潔に。


   うん。
   分かったから、手は離そう。


   今度こそ、ですか。


   ん、今度こそ。















   と言うわけで。
   蓉子と私の愛の巣へようこそー!


   其れ、二回目です。


   いやぁ〜。
   改めまして、と思ってさ〜。


   改まんなくて結構です。


   ちなみに一回目はマンションに着いた時のものでした。
   今は部屋の前にいます。


   状況説明も結構です。
   てか誰に言ってんですか。
   うざいですよ。


   うざいですか。
   それ、蓉子にも言われます。


   で。
   つまるところ、連れて来られた理由は冷麦にあるんですね。


   そーですよん。
   てか、流石に二人で20キロは無理だもん。


   だから。
   わざわざ、スーパーに寄ったんですね。


   どーせだから。
   持ち寄った方が幅が広がると思うんだよねー。


   と、言う事は。
   私達以外にも誰か居るんですね。


   おー祐巳ちゃん、頭の回転が良いねぇ。
   説明する手間が省けて聖さん、助かっちゃうなー。


   脈絡無しにいきなり、「君んちで良く使う薬味を買っておいで〜」と言われた時は、
   長ネギを鼻に突っ込んで帰ってやろうかと思いましたけど。


   突っ込むだなんて。
   やだぁ、祐巳ちゃんったらー。


   何、わざとらしく頬を赤らめたりしてるんですか。
   ぐーでぶっとばしますよ。


   お、おぉぉ…。


   それとも。
   ぱーで紅葉をこさえて欲しいですか。


   う〜ん、どっちも嫌かな〜。
   てか今現在のほっぺへのぐりぐりも止めて欲しいな〜、なんて。


   じゃあ、その鬱陶しい動き及び言い回しは止めて下さい。


   …え、えと。
   最近の祐巳ちゃん、と言うか紅薔薇姉妹、揃って私に容赦無いですよね。


   ええ。
   蓉子さまのご意思でもありますから。


   蓉子の?


   佐藤に情け容赦は無用、と。


   わーお。


   大体、どうして蓉子さまが聖さまなんかと一緒に生活しているのか…!


   あいや祐巳ちゃん、摩擦でほっぺが熱い、熱いよ。


   ところで、祐巳。


   お、祥子。
   一応居るのに、会話に入ってこないから存在が無び


   何でしょうか、お姉さま。


   ヒヤムギとは何かしら。


   庶民の夏の食べ物です。
   麺類なんですが、冷たくて喉越しがとても良いんですよ。
   なので暑さに参って食欲が無い時でもわりと食べられるんです。


   然うなの。


   私としては素麺も好きですが、冷麦も捨てがたいです。


   あ、お素麺なら知っているわ。
   母が一時期気に入っていたから。


   冷麦は素麺にとてもよく似ているんですよ。
   ただ冷麦の方が少しだけ太いんです。


   ふぅん。


   …や、てかさ。
   祥子は今日のこと、知ってたんでしょ?
   祐巳ちゃんには


   だとしても。
   聖さまに、こんな風にして、連れてこられる予定ではありませんでしたから。


   …ですよね。
   ところでそろそろ部屋の中に入ろうと思うんですけど、いかがでしょうか…。















   お、やっと来たわね。


   て、由乃さん?


   令ちゃんも居るわよ。


   あら、私も居るけど?


   ……。


   あ、ええと。
   やぁ、祐巳ちゃん。久しぶり。
   やっぱりごきげんよう、の方が良いかな。


   ごきげんよう、お久しぶりです。
   令さま、江利子さま。


   はーい、ごきげんよーう。


   や、祥子も。
   元気そうで何より。


   貴女も。


   やぁやぁ、ごきげんよー。
   お待たせしたねー。


   ごきげんよう、聖さま。


   ごきげんよう、アメリカ人。
   遅いわよ。


   ちょっくら、油を売っていたもので。
   蓉子、連れてきたよー。
   …て、あれ?


   てか、由乃さん達だったんだ。
   由乃さん達も聖さまに?


   と言うか、こっちは令ちゃんがでこ…江利子さまに呼ばれたとかでね。
   気付いた時にはもう、ここに居たってわけよ。


   若しかして。
   釣られた?


   …そんなんじゃ無いわよ。


   釣られたな?


   違うって言ってるじゃない。


   ふぅん?


   しつこいわよ。


   しっかし。
   令と久しぶりに姉妹デートでもしてくるわねーと少々得意げに言っただけで釣れるんだからちょろいわね。


   …。


   お姉さま、由乃をあまり刺激するような事を言わないでく


   令ちゃんのばか。


   え、なんで?
   と言うか、やっぱり私?


   然うよ。
   全ては令ちゃんのせい。
   そもそも令ちゃんが私との約束をうっかりすっかりぽっかり忘れていたのが悪い。


   いや、それはその、忘れていたわけでは無くて、寧ろ全く忘れてなかったわけで…。


   その割には簡単に江利子さまの申し出を受けたじゃない。


   や、受けたというか、かなり無理矢理だったんだよ?
   玄関に出た早々腕をがっちり掴まれて、じゃ、て言われて、
   状況を掴めてないのに目の前には由乃が鬼のような形相で立っているし…


   鬼、ねぇ。


   …あぅ、ごめんなさい。
   で、でも忘れてたなんて事、無いから!ホントに!


   へーぇ。


   し、信じてよ、由乃。


   知らない。
   令ちゃんのばか。


   由乃ぉ…。


   はは。
   相も変わらずだね、由乃さん。


   ふん、だ。


   貴女もね、令。


   うう…。


   おい、でこ。


   うーん?


   蓉子は?


   あぁ、蓉子なら…















   お久しぶりです、蓉子さま。


   ええ、お久しぶり。


   あの、お姉さまは?


   私の孫の方に。


   ああ。


   どうしてもって、聞かないから。


   いいえ、お姉さまらしいです。


   …良かった。


   ごきげんよう、乃梨子ちゃん。


   へ…。


   乃梨子。


   あ、す、すみません。
   ごきげんよう、蓉子さま。


   二人とも、今日はありがとう。


   いいえ、こちらこそ。
   お招き、ありがとうございます。















   しかし。
   何度来ても相変わらず小奇麗にしてるわよね。


   まぁね。


   どうせ、蓉子がやってるんでしょ。


   本当に良く気がつくお嫁さんを貰ったと思ってますよ。


   …。


   祥子、眼が怖いよ。


   …放っておいて。


   えと、江利子さまは何度か来た事があるのですか?


   ええ、あるわよ。


   冷やかし、てヤツだよ。祐巳ちゃん。


   蓉子の手料理はこんなアメリカ人には勿体ない位だわ。


   食べてけ、なんて一言も言ってないのに。


   あら、蓉子がどうしてもと言うからよ?


   お前がご飯時まで普通に居座るからだ、でこちん。


   折角なんだもの。
   積もる話ってあるじゃない?


   ねぇよ。


   貴女には無くても私と蓉子にはあるの。
   親友、だもの。


   …ほんっと、むかつくよなぁ。
   ねぇ、由乃ちゃん。


   全くですね。


   とか何とか言っているけれど、実際は嬉しいのよね。
   由乃ちゃんは。


   はぁ?!


   私と久しぶりに会えて。


   全っ然、嬉しくないですから…!!


   令も然う思わない?


   え…


   ……。


   ……ノーコメント、じゃ駄目ですか?


   駄目。


   え、えー…


   …令ちゃん?


   ………うぅ。


   大体にして性質
〈タチ〉が悪すぎなんだよな、お前は。


   それほどでもないわよ。


   …それほどでもあります、お姉さま。


   ところで。
   蓉子、遅いわ







   ただいま。


   お邪魔します。







   あ。


   あら。


   遅くなってごめんなさい。


   おかえりー蓉子。
   待ってたよー。


   はいはい、ただいま。


   ごきげんよう、お姉さま。
   お久しぶりです。


   やぁ、志摩子。
   久しぶりー。


   ……。


   やぁ、ノリリン。
   ごきげ


   ノリリンって言うな。


   と、君は言うけれど。
   じゃあ何て呼べば良いのかな。


   いっそ、呼ばなくても良いです。
   呼ばないで下さい。


   ええー。


   ええー、じゃありません。


   聖。


   ん?


   支度、出来てる?


   出来てない。


   ああ、やっぱり。
   然うよね、分かってたわ。


   あ、でも。
   はい、祐巳ちゃん。


   は?


   君の買ってきた薬味を見せてあげなさい。


   ……。


   ほらほら、早く。


   ……そんなに変わってないと思います、けど。


   これは玉葱?


   はい。
   長葱も美味しいですけど、玉葱でも美味しいんですよ。


   福沢家では長葱では無くて、玉葱を刻んで入れるんだってさ。


   ああ、うちでも使っていたわよ。


   え、然うなの。


   言ったでしょう?
   暫く食べ続けたって。


   美味しいですよね、玉葱。
   長葱とは違った風味で。


   ええ。


   だったら教えてくれれば良いのに。


   …出来ればあの頃の事はあまり、思い出したくないのよ。


   ちなみに納豆に入れても美味しいですよ。


   納豆に?


   はい!


   ですって、聖。


   …納豆。


   お望みならば用意してあげるわよ。


   …いや、いい。


   若しかして聖さま、納豆が嫌いなんですか?


   嫌いじゃない…けど。
   あの匂いがどうも、ねぇ。


   ……。


   え、何、その顔。


   実は納豆もあるんですよね。


   ……えええ。


   添えて食べるんです。
   美味しいですよ。


   良かったわね、聖。


   …みんなで食べるんだし。
   私には回ってこないかな、と。


   聖さまには特別です。
   ねぇ、蓉子さま。


   折角だから玉葱も添えてあげたら如何でしょうか、お姉さま。


   祥子まで何を言うかな。


   じゃあ、聖には特別に用意してあげるわね。


   いや、いい、そんな特別は要らない。


   遠慮なんてしないで下さい。


   然うですわ、聖さま。
   祐巳の折角の好意を無下にしないで下さいませ。


   や、や、あからさまにほくそ笑んでるような顔してるから。


   まぁ、聖。
   私の可愛い妹と孫をそんな風に言うなんてひどいわ。


   よ、蓉子まで…ッ


   お姉さま。


   志摩子ぉ!
   さっきから紅薔薇姉妹が


   銀杏も、如何ですか?


   …なんで?


   素揚げにすると美味しいですよ、聖さま。


   ……そんなに数は要らないよ。
   と言うかノリリン、顔が黒い…。


   聖、どうせだからマシュマロも一緒に食べてみない?


   なんでだよ!
   てかなんでマシュマロ…!


   面白い味になるかなぁと思ったから。
   それから店の目立つ所に置かれていたから、何となく。


   お前一人で食べろ!


   あ、あの…。


   令まで何?!


   い、いや、皆揃ったようですし、そろそろ支度を始めませんか…と思いまして。




















   はい、聖。
   あーん。


   ………。


   あら、どうしたの?
   やって、とねだる時もあるのに。


   …時と場合と食べ物にもよります、蓉子さん。


   はい、美味しいわよ。
   味は嫌いでは無いのでしょう?


   ……。


   …然う、食べてくれないのね。


   あ、いや…


   食べて、くれる?


   ……はい、頂きます。


   祐巳。


   はい?


   梅干、美味しい?


   はい、美味しいです。
   梅干独特の酸味が少し、きいていて。


   …然う。


   …やっぱり、駄目ですか?


   祐巳のお母さまが漬けたものなら平気なのだけれど…。


   母の?


   ええ。
   あの梅干なら平気なのよ、私。


   その言葉、母に伝えておきます。
   屹度、いえ絶対大喜びすると思いますから。


   令ちゃん。


   令。


   …あ、あの。


   大葉、美味しいわよ。


   うん、然うだね。


   菊の花びら、と言うのも風流よね。


   あ、はい、然うですね。


   で。


   どっちがお望みなのかしら。


   あ、いや、折角これだけあるのですから。
   好きなのを…


   胡麻も美味しいわ。


   やっぱり、胡桃かしら。


   そ、そうだ、これなんてどうでしょう。
   トマトソースにあえてイタリアン風にしてみたんですけ…


   令ちゃん。


   令。


   ……うぅぅ。


   志摩子さん。
   ユリネのかきあげって美味しいね。


   でしょう?


   銀杏の素揚げも。
   屹度、志摩子さんが作ったからだ。


   ありがとう、乃梨子。
   嬉しいわ。


   どれ。


   あ、江利子さま。


   ふむ…まぁまぁ、ね。
   さっくりと揚がっているから、食感が良いわ。


   ありがとうございます、江利子さま。


   令、貴女もいかが?


   え、あ、はい、頂きます。


   …令ちゃん。


   よ、由乃も食べなよ。
   ね、ね?


   ふーんだ。
   祐巳さん。


   え、何?


   …て、それ何?


   雌株。
   美味しいよ。
   由乃さんも、どう?


   貰うわ。


   あ、由乃。
   気をつけないと手がベタベタに…。


   自分で出来るから!
   令ちゃんはかきあげでも胡桃でも菊の花びらでも何でも食べていれば良いのよ!


   ……。


   聖、どうしたの?


   …この納豆、芥子ききすぎてない?


   然うなの?
   祐巳ちゃんが作ってくれたのだけれど。


   ……、


   聖さま、祐巳が作ったものに何かご不満でも?


   …無いけど。
   でも少しばかり、芥子が…


   何か、ご不満でも?


   ……よーこぉ。


   ん?


   て、何処行くの?


   冷麦が無くなりそうだから。
   追加を茹でようと思って。


   私も行く。


   良いわよ。
   聖は食べていて。


   いや、行く。















   …こら。


   皆で食べるとやっぱり減るね。


   聖。


   ん?


   何、この手。


   聖さんの。


   お約束、ありがとう。
   離れて。


   やだ。


   危ないから。


   危なくないようにする。


   みんなが来ているのよ。


   みんな、知ってるから。


   そう言う問題じゃない。


   茹で上がるまで、少しの間だけ。


   どうせ、みんなが帰った後もするんでしょう?


   うん。
   でもその時と今は違う。


   本当、屁理屈ばかりな


   蓉子、お茶貰えるかしら。


   え。


   あら、邪魔しちゃったかしら?


   お茶。
   それ持ってさっさと戻れ。


   あら、ありがとう。
   じゃあ程々にね、新婚さん。


   …聖。


   んー?


   離れなさい。


   程々にするから。


   もう、茹で上がるから。
   然う言う約束だったわよね。


   え、もう?


   然う、もう。


   ……ちぇー。


   そうそう。
   聖、納豆のお代わり、いる?
   ついでだから


   いや、もういい。






























   今日はご馳走様さまでした。


   いいえ、こちらこそ助かったわ。


   蓉子さま。


   うん?


   不束な姉ですが。
   これからも、よろしくお願いします。


   ええ、こちらこそ。


   ノリリンノリリン、またおいで。


   だからそう呼ぶなと言って


   志摩子と一緒に、さ。


   ……。


   乃梨子、嫌?


   …志摩子さんが行くって言うなら。


   お姉さま。


   ありがとう、祥子。それから祐巳ちゃんも。
   来てくれて嬉しかったわ。


   いいえ、私こそお会い出来て嬉しかったですわ。


   私も、です。


   良ければまた、遊びに来てね。


   はい。


   お姉さまとまた来ます。


   あら、一人でも良いのよ?
   そうね、祥子と喧嘩した時とかにでも


   お姉さま!


   蓉子。


   ふふ。
   江利子も二人を連れてきてくれてありがとう。


   なんの、かつての紅薔薇さまの頼みですもの。


   …普通に連れてこいっての。


   由乃ちゃん。


   …。


   今日はありがとう。


   …いいえ、こちらこそ、です。


   由乃、そっぽ向いて言ったら失礼だよ。


   照れてるのよねぇ、由乃ちゃんは。


   江利子さま…!!!


   ふふ。
   じゃあね、蓉子。
   それからアメリカ人。


   ごきげんよう、蓉子さま、聖さま。


   ええ、ごきげんよう。


   うん、ごきげんよー。


   またね、蓉子。


   ええ、また。


   と言うかお前はもう、来んな。








































   楽しかったわね。


   んー…。


   聖も。
   久しぶりに祐巳ちゃんや乃梨子ちゃんに会えて楽しかったでしょう?


   まぁ、ね。
   それ、貸して。洗うから。


   はい。


   まぁ、楽しかったかな。
   これも冷麦のおかげ、かもね。


   冷麦、ね…。


   大分、減ったでしょや?


   ええ。
   やっばり人数が居ると違うわね。


   また、やれば良いよ。


   送られてきたら?


   冷麦と問わず。
   集まる目的は別に何だって良いさね。


   …然うね。


   そこで、だ。
   蓉子さん、一つ提案があります。


   ん?


   明日からは暫く、別のものが食べたいと思います。


   賛成。
   残っているとは言え、乾麺だから日持ちはするし。


   明日の夕飯は久しぶりに外で食べる?


   私は貴女の手料理が食べたいわ。


   食べてるじゃん。


   外で食べるものより、貴女が作ってくれたものの方がずぅっと好きなの。


   …そう言われると、断れないなぁ。


   でしょう?


   仕方が無い、明日はより頑張っちゃおうかな。


   ふふ、楽しみだわ。


   但し。
   明日の朝ごはん作りは蓉子、だからね。
   私がどんだけ蓉子の手料理が好きか、知ってるでしょ?


   ええ、知ってるわ。



























   しかし。
   小母さまのご好意はとてもありがたいとは思うけど、流石に今回は量が多かったなぁ。


   気持ちは嬉しいけど、二人だから冷麦ばかりそんなに多くは食べられないと強く言っておいたから。
   今後は大丈夫だと思うのだけれど。






























































   ピンポーン。









   水野様へ、お荷物をお届けに参りましたー。























   ……………言っておいた、のに。


   今度はうどん、だってさ。
   これからは寒くなるから、て。


   ………。


   あ。


   …ああ、然うね。
   冷麦ばかり要らない、って言った私が悪いのよね。
   然うね、然うよね…。


   よ、蓉子…?


   ……そういえば、毎日うどん、もあったわね。
   ふふ、ふふふ…。


   蓉子、眼が怖いよ。
   確りして…ッ