改めて言い残すことはとくにない。















   それでは…行って参ります。


   はい、行ってらっしゃい。
   気をつけて。


   はい、藤花さま。


   ま、椿が一緒だから大丈夫だと思うけどー。


   俺もいるぞ。


   あ。
   お土産は蓉ちゃんの、元気な笑顔、で良いからねー。


   私の…?


   あら、殊勝な事もあるのね。
   あの菊が、全くもって似合わない言葉を吐くなんて。


   ふふーん、私だってたまには良いコトも言うんだもんねー。
   てか全く似合わないって何さ、全くってー。


   じゃあ、二人とも。
   私達が家を空ける間、くれぐれも、宜しく頼むわね。


   ま、適当にこなしておくわ。


   とりあえず藤花は白ちびの面倒をしなきゃ、だー。


   ええ、其の通り。
   先ずは、と。


   …。


   蓉子ちゃん。
   一寸、良いかしら。


   はい、何でしょう?


   でもって、聖。
   此処は一つ、景気づけに蓉子ちゃんのほっぺにちゅうでもしてあげなさい。


   ちゅ、ちゅ…ッ?!


   ……。


   初陣、だもの。
   景気づけが必要だと思うのよ。


   い、いやいや藤花さま…!


   なるへそ!
   んじゃあ、江利ちゃんもしとこっか。
   ご利益、二倍になりそーじゃん?


   …。


   菊乃さままで何を…ッ?


   あーら、残念ねー。
   蓉子ちゃんに良い効果をもたらすコトが出来るのはうちの聖だけ、よ。


   うちの江利ちゃんだって負けてないよー。
   見よ、この眩しいまでに神々しいでこを!


   でも聖の背丈じゃ届かないわね。
   どれどれ…


   あ、こら、無視すんなー。


   よっこいせー、と。
   …てか、いつまにか結構重たくなったわね。
   腕にくるわー。


   え、あ、ふ、藤花さ


   ま、其れはさておき。


   え、え…ッ?


   こんなぶーたれ面で申し訳ないけれど。
   はい蓉子ちゃん、


   あ、あ……。


   ちゅー…


   ……ッ


   止めなさい。


   あいた。


   蓉子も。


   ……え。


   何をそんなに動揺しているの。
   相手は年端もいかない幼子だと言うのに。


   あ、あぁ、も、申し訳ありません、お姉さま。


   さて、そろそろ行くわよ。
   兄上。


   お、やっとこ俺の出番?


   いいえ。
   そろそろ出立するので荷物を持って下さい。


   …へぇへぇ。


   藤、菊。


   んー。


   はいな。


   もう一度、言うけれど。
   くれぐれも、宜しくね。


   椿は心配性ね。


   だーいじょーぶだってー。


   あんたらの其のふざけた態度が心配だって言ってんのよ。


   椿、言葉遣いが昔に戻ってるぞーぅ。
   おかげで俺の蓉子が目ん玉丸くして驚いてる。


   …こほん。
   兎に角、宜しくお願いします。
   じゃ。


   はいはい、行ってらっさい。


   行ってらっしゃーい!
   お土産、期待して待ってるからねー!


   はいはい。


   蓉子。


   江利子。


   行ってらっしゃい、蓉子。


   ん、行ってきます。
   聖の事、お願いね。


   …知らない。


   江利子…。


   …。


   …え、と、聖。


   …。


   せーい。


   …。


   蓉子ちゃんに。


   ……。


   聖、行ってきます。


   ……。


   言葉、相変わらずどっかに置いてきちゃってるみたいだねー。


   聖、せめて真っ直ぐ蓉子ちゃんを見なさい。
   そして其の背中を見送ってあげなさいな。


   …。


   …じゃあ、聖。
   良い子に…


   行くわよ、蓉子。


   はい、お姉さま。


   ……。


   …聖。


   …。


   行ってきます…。


   ……。










   当主様、ご出じーーーん!!!




















  R o s a  C h i n e n s i s  
C e t a c e a n



















   さーて!
   今日のお昼ごはんはーーー!!


   はいはい、何でしょう?
   菊乃さま。


   じゃーん!!
   手打ちなおそば、でーーーす!!


   わぁ、菊乃さまのお手製ですね!!


   そーでっす!
   さぁさぁ、とくと味わってたぐれー!!


   薬味はやっぱり、葱よね。


   あ、こら、藤!
   未だ、いただきます、って言ってないよー!


   たぐれ、と言ったのはあんたでしょ。
   聖、箸の持ち方が変ね。


   いや、言ったけどさー!


   お姉さま、今回は二八そばなんですね。


   て、江利ちゃんってばもう、たぐってるしー!


   一寸、ぼそぼそします。


   …ホントですか。


   はい、お姉さま。


   …うう、もっと精進しなきゃだー!


   まぁ、腹に収まればみんな同じだから。


   藤みたいな味覚音痴にこの気持ちは分からないね!


   やぁね。
   椿のご飯の味は分かるわよ。


   あれは誰にだって分かるよー!
   ねぇ、江利ちゃん?


   少々、風変わりで面白いと思います。


   やー、あれは風変わりと言うか…梅干?


   ま、食べられない事は無いわね。
   ただ味が面白いだけで。


   あれ、面白いのかなー。


   斬新とも言うわね。


   でもみかんに梅干は無いなぁ。


   椿は梅が好きなのよね。


   そばつゆに梅干し、とかー。


   悪くは無いと思うけど。


   私はだめー。


   私は納豆に梅干が駄目ね。


   ああ、あったねぇ。


   けど、味噌汁に梅干よりはマシだと思うわ。


   ………ああ、あったなぁ。
   最早、味噌の味がどっかにいってると言う…。


   ……。


   あら、聖。
   もう、と言うか全然食べてないわね。
   食欲、無いのかしら?


   ……。


   わ、ちら見で終わりー?


   蓉子ちゃんだったら。
   特別な理由が無い限り、残すのは許してくれないわね。


   …。


   聖、お腹でも痛い?
   それとも、菊の打った蕎麦の味が不味い?


   …ぐっさー。


   …。


   でもってやっぱ、ちら見しかしないしー!


   言うほど、不味くないわよ?
   どっちかと言うと、美味しい、部類だと思うのだけど。


   藤はしょっぱいか、辛いか、甘いか、苦いか、くらいしか分からないじゃん。


   あら、其れだけ分かれば上等だわね。


   …。


   お姉さま方、聖が部屋から出て行こうとしてますけど。


   せーい、ちゃんと食べないと後でお腹空くわよ。


   …。


   言葉、喋れるハズなのにねー。
   ほんっとーに!
   聖はあんまり喋んないよねー。


   まぁ、蓉子ちゃんが居ない淋しさで喉を通らないのも分かるけど。


   …ッ


   未だ、たった一日しか経ってないのにねー。


   聖は蓉子ちゃんに懐いているから、ね。
   蓉子ちゃんが居ないと


   …ちがいます。


   あ、喋った。


   ん、何が違うのかしら?
   実際、蓉子ちゃんが居ないから食べたくないのでしょう?


   ちがいます…!


   じゃあ、食べなさい。
   何でもないのに残すのは、蓉子ちゃん曰く、駄目。


   …。


   日々の糧に、今日もご飯にありつけたコトに感謝して。
   食べなさい。


   …。


   それでも食べないと言うのなら。
   其の理由を言いなさい。


   ……。


   おー、これが巷で言う反抗期ってヤツ?


   やっぱり、蓉子ちゃんが居ないか


   ……。


   おやー。


   …イツか、おちゃ。


   はいはい、聖さま。


   …。


   はい、聖。
   薬味の葱ね。


   …。


   好き嫌いは、人生における損の一つよ?


   ……。


   山葵も入れとくー?


   其れは聖には早いわね。


   えー、江利ちゃんはいけるの…


   ……。


   お姉さま。


   …に?


   そんな事言っている間にもそばが。


   ……あー。


   あらあら。


   ………。


   どうやら、伸びちゃった、みたいね。


   ……。


   だから早く食べなさいと言ったでしょう?


   あーもう!
   蕎麦は時間が命、なんだよー!もう!!















   くしゅん…ッ


   お姉さま…?


   お、なんだなんだ。


   …何でもないわ。


   大丈夫ですか?


   大丈夫よ。
   鼻が少し、ムズムズしただけ。


   こいつぁ、留守番組がなんか言ってるのかもなぁ。


   なんか…?


   口うるさい奴がいないから、な?


   ……?


   …兄上。


   間違ってはいない、だろ?


   私は常に至極当然の事を言っているだけです。
   どこぞの誰かが、当主としての役目、を果たさないばかりに。


   いやでもな、当主だからって堅苦しいコトを言ってるばっかりだとな…?


   全く言わないのもどうかと。


   まぁ、然うなんだけど…な。


   …。


   ま、椿が言ってるんだから俺の役目は他んとこにあるって事で、一つ。


   一体、どこにあるのですか。


   ほれ。


   …わ。


   俺、蓉子の父親。


   ……。


   はぁ。
   だから、何なんですか。


   何かと、忙しいわけよ。


   奥義も粗方伝えてしまって。
   他に何があるとでも?


   あるある。
   例えば…


   蓉子。
   行くわよ。


   あ、はい。


   あ。


   全く。
   このままだと予定より遅れてしまうわ。


   椿ぃ、蓉子ぉ。


   何時までもぐずぐずしていたいようなので置いていきます。
   ごきげんよう。


   おいおい。


   さ、蓉子。


   は、はい。


   と言うかだなぁ。


   ……。


   当主様、早くしないと…。


   蓉子。


   …はい。


   あー…。


   ……。


   …て。
   本当に置いていくトコが椿が椿たる所以だよなァ…。















   聖、どうしたの?


   こんな遅い時間に。


   また…いえ、若しかして眠れないの?


   …然う。


   だけど、もう寝ないと。


   明日は藤花さまに稽古をつけて貰うのでしょう?


   寝不足だと、身体が鈍ってしまうわ。


   それに目の下にクマなんか作っていたら、藤花さまに笑われてしまうわよ?


   …あ。


   待って、聖。


   勝手に触ってしまって、ごめんなさい。


   だから。


   ……。


   聖。


   そんなに冷えてしまっていては布団に戻ったとしても、多分、眠れないと思うわ。


   だから、ね…。


   …その。


   良かったら、なのだけど…また、


   …あ、迷惑そうな顔。


   でも、余計なお節介だと言うコトは分かっているの。


   貴女はもう、赤子では無い事も…。


   ……ね、聖。


   私が温めてあげるなんて、言わない。


   …言わない、から。


   ……。


   …淋しい、から。


   ほら、今宵は月が無い夜だから。


   …だから、お願い。


   傍で、眠って。


   二人ならば、屹度、怖い夢だって見ない…し。


   人の体温てね、不思議なのよ。


   傍にあるだけで、感じられるだけで、とても安心出来るの。


   ………。


   …おいで。


   今夜だけ、今夜だけだから…。


   聖…。


   おいで、聖…。
















   聖。


   …。


   幾らなんても、厠、長すぎじゃない?


   …。


   星、生憎と見えないわね。
   曇ってて。


   …。


   熱を出す前に。
   布団に戻った方が良いと思うわよ。


   …。


   どうせだから湯たんぽでもこさえて欲しい?


   …。


   要らない?
   あ、然う。


   …。


   聖、部屋に戻るわよ。


   ……。


   それとももう、恋しくなっちゃったのかしら?


   ……は。


   蓉子ちゃんが帰ってきたら、其の胸の中で存分に甘えられるように。
   風邪なんてひいてらんない、でしょ?


   ……。


   伝染したら、まずいし。
   と言っても、蓉子ちゃんなら構わなそうだけど。


   …かんちがいもいいところですね。


   然う?


   ……。


   でもまぁ、折角だから。
   おやすみ、ぐらい言っておいたらどう?


   …?


   聖の上にある空はね、蓉子ちゃんの上にある空に繋がってるから。
   若しかしたら、届くかも知れないわ。


   …。


   なんて、らしくない言葉ね。
   所詮、私の言葉じゃないから仕方無いわ。


   ……。


   ほんの少しだけ、待ってあげるわ。
   寒いから、ほーんの少しだけ。


   ……。


   はい、もう良いわね。
   さ、戻るわよ。
   ああ寒い寒い、やっぱこたえるわ。


   ……。















   ……。


   蓉子。


   …え。


   討伐中に不用意に気を抜くなんて。
   一体、何を考えているのかしら。


   …申し訳ございません、お姉さま。


   貴女の後を取ったのが私でなく、鬼だったら。
   どういった対応をするつもりだったの。


   ……すみません。


   謝罪の言葉など、聞いていない。
   教えた筈よ。
   戦場〈イクサバ〉で己を守るのは常に己だと。


   ……。


   良いかしら、蓉子。
   家では当たり前である事が、此処では全く当たり前では無いの。
   其の逆もまた然り。


   …はい、お姉さま。


   いつ、いかなる時


   ほい、椿。
   とりあえずそこまでにしとこーやぁ。


   兄上。


   蓉子だってンなコトぐらい、分かってるさ。
   なぁ?


   …ごめんなさい、お姉さま。


   されど兄上、これは


   蓉子、そろそろ疲れただろ?
   何と言っても初陣だもんなぁ。
   緊張やら何やらで余計な体力ばっか使っちまうもんなぁ。
   なぁ、椿?


   ……。


   つーわけで、ここら辺で休憩な。
   俺ぁ見張りでもやってっからちっと休んでろや、蓉子。


   けれど…


   良いわ、休憩しましょう。
   急いては事を仕損じるわ。


   急がば回れ、てなぁ。


   休めるうちに休んで、少しでも体力を回復させておく。
   其れも兵法の一つだから。


   ま、そーいうこった。


   ……はい。















   は、は……くしゅんッ


   あ、なになに?
   風邪?風邪?


   莫迦じゃない証。


   莫迦だからこそ、ひいたんでしょやー。


   其れは夏の。
   冬はひかない方が莫迦。


   ふふん、だ。
   体調管理を怠った、其れ即ち、莫迦の証。
   曰く、椿。


   けれど私達だって人間だもの、時には風邪ぐらいひくわね。
   曰く、つば…くしゅんッ


   と言うかこっち向いてくしゃみすんなー。


   やばいわねー。
   ちみっと寒気を覚え始めてきてるわ、私。


   うわ、こっちくんな。
   あっちいけー。


   熱、出てきちゃったかしらー。


   だーから、くんなっつーの。
   伝染るじゃんよー。


   其れは大丈夫よ。
   莫迦はひかないから。


   かっちーん。


   と言うわけで、聖。
   私はちょっくら一眠りしてくるけど、一人でもちゃんとやるのよ。


   …。


   と言うかさー。
   藤がだるくて指南出来そうにないって言うからさー、代わりに私が聖を見てるってーのにさぁ。
   何なのかな、もう。


   いやーもー、菊が居てくれてー本当に良かったわー。


   思い切り、棒読みじゃんかよー!


   一人が二人になったって、そんなに変わんないでしょ。


   然うは言うけど、江利ちゃんと聖じゃ、進み具合が違うんだよー。
   江利ちゃんは其れはもう、覚えが早くて詰まんないくらいなんだぞー。


   何も同じのを教えなくても良いじゃないの。
   江利子ちゃんにはこれ、聖にはそれ。


   簡単に言ってさー。


   あらー、菊になら出来るわよー。
   うん、出来る出来るー。


   だから棒読み止めれー!


   ……。


   お姉さま。


   あー。


   今日の私の指南はここまでで結構です。


   え、なんで?
   あんまりやってないよー?


   後は自分一人で修練します。
   寧ろ、其の方が集中出来ますから。


   いや、でもねー?


   遅れてる子にでも、教えてあげて下さい。
   では。


   あ、江利ちゃん。


   あらあら。
   聖もぼやぼやしてらんないわね。


   …。


   せーい、聞いてるー?


   ……。


   つかこっちはこっちで上の空だしさー。
   もー、一体全体何なわけー。















   乱れ咲け!
   花乱火!!


   …。


   はぁ…はぁ…。


   さっすが、俺の娘。
   なかなか動きが良い。


   …兄上。


   や、初陣なんだしやっぱ


   蓉子は私の妹です。
   当たり前でしょう。


   ……あー。


   お姉さま、当主様。


   よしよし、蓉子。
   良くやったな。


   はい、ありがとうございます。


   其の調子で頑張れ、な?


   はい。


   何、後ろにはこの父が居る。
   心配せずとも


   蓉子。


   はい、お姉さま。


   初陣にしては良い花だわ。
   まずまず、て所ね。


   …!
   はい、ありがとうございます!!


   けれど決して驕らずよう。


   はい、お姉さま!


   ……なんだかんだで姉莫迦なんだよなぁ。


   何か仰いましたか?
   親莫迦さま。


   や、何も…って、聞こえてるじゃねぇか。


   奥に行けば行くほど敵は強くなるわ。
   決して、気を抜かない事。


   はい!


   ……ま、娘の初陣姿が見られるだけでも良いけどよ。















   …。


   …。


   …。


   …ふぬけ。


   …。


   そんなところに突っ立って。
   じゃまよ、どいて。


   …。


   何よ。


   ……。


   何か、思うことがあるのなら。
   ちゃんと言葉にしたらどうなのかしら。


   …。


   それとも、何?
   あんたは蓉子にしか、口がきけないわけ?


   …。


   ああ、分かった。
   本当は人の言葉なんか、分からないんでしょう。


   …。


   あんたは人じゃなくて、人の形をしたてんぐか何かなんだわ。
   知ってるかしら、てんぐってとても鼻が長いんですって。


   …。


   ほら、言い返さない。
   いえ、言い返せないのね。
   分からないから。


   …。


   …何とか言ってみたらどうなの。
   蓉子になら自分勝手な言葉をはけるのに、私には何も言えないわけ?


   …。


   蓉子はどうして、あんたなんか。


   …。


   言葉もろくすっぽ話せないくせに、蓉子に甘えてばかりいるんじゃないわよ。


   …。


   あら、にげるの。
   何も言い返せないまま。


   …れ。


   じゃあてんぐはてんぐらしく、そのまま山にでも野にでも帰れば良いんだわ。
   そして二度ともどってこないで。


   だまれ、でこちん。


   な…。


   だまれ。


   何で、すって…。


   でこちんこそ、あっちいけ。
   にどと、もどってくんな。


   ……。










   あ、あーーー!
   お二人とも一体何をなさっているのですかーーー!!
   お止め下さい、お止め下さいってばぁーーー!!!!










   で。


   あーあ。


   ……。


   ……。


   どっちが先に手を出したのかしら?


   青あざ、出来ちゃってるよー。


   ……。


   ……。


   ふむ。


   どっちも自分は悪くないって顔してるねぇ。


   ……。


   ……。


   さて、どうしたものかしら。


   どうしよーねぇ。


   ……。


   ……。


   この調子じゃ、謝らないだろうし。


   謝らないだろーねー。


   ……。


   ……。


   と言うか一言も発しないし。


   言葉、どっかにおいてきちゃったみたいだねー。


   ……。


   ……。


   ま、聖は兎も角。


   江利ちゃんがここまで無言を貫くとはなー。


   ……。


   ……。


   菊。


   うん、仕方ないねー。


   ……。


   ……。


   江利子ちゃん、聖。


   聖、江利ちゃん。


   ……。


   ……。


   謝るつもりは無いわね?


   無いんだよねー?


   ……。


   ……。


   椿が居たら半ば強制的に謝る羽目になるけど。


   そんな事しても、ねー。


   ……。


   ……。


   謝りたくないのなら、謝らなくても良いわ。


   上辺だけの言葉なんて意味無いしねー。


   ……。


   ……。


   但し。


   ここから大事だよー?


   ……。


   ……。


   聖は毎朝、早起きをして術の書き取りと暗誦。


   …。


   江利ちゃんもやっぱり毎朝早起きして、近的五十射。


   ……。


   ……。


   これを椿たちが帰ってくるまで、毎日、続ける事。


   欠かしちゃ駄目だよー。


   ……。


   ……。


   何、蓉子ちゃんも毎日似たような事をやってるから。


   大したコト、じゃないよねー。


   ……。


   ……。


   若しも欠かしたら。


   朝飯、抜きー!!


   ……。


   ……。


   どころか、其の日一日飯抜き。


   わー、きっついなー。


   ……。


   ……。


   聖。


   江利ちゃ…あー、江利子。


   ……。


   ……。


   今一度、良く考えなさい。


   考えなさい。


   ……。


   ……。


   蓉子ちゃんが悲しむわよ?


   そうそう、蓉ちゃんが…て、え、なんで?


   …。


   だって、ねぇ。
   聖?


   …。


   あ、何その意味深な面ー!


   …お姉さま。


   え、なに?


   もう、宜しいですか。


   うーん、もう良いかなー。


   良いんじゃない。
   言うべき事は言ったし。


   そだね。
   じゃあ良いよ、江利ちゃん。


   はい。


   ……。


   聖、貴女も良いわよ。


   ……。


   やっぱり喋らないなー。


   ……。


   聖。


   ……。


   ちゃんと、やるのよ?


   ……。















   兄上。


   んー?


   正気なのですか?


   おー、正気も正気。


   けれど蓉子は此度が初陣で


   だから?


   ……。


   そんなの、俺がよぉく分かってるさ。
   なぁ、蓉子。


   ……。


   お、どうした?
   疲れたか?


   ……いいえ。


   …兄上。


   椿、お前案外甘いのなぁ?


   然う言うわけではありません。
   けれど


   然うか?
   お前なら直ぐに応じると思ってたんだがなぁ。


   ……。


   何、心配する事は一つも無いさ。
   俺が居るから、な。


   其の根拠の無い自信はどこから来ているのですか。


   さてな、どこからだろうな。


   兄上。


   強いて言えば。
   俺は蓉子の父親だ。


   ……。


   子を想う親の力を見くびっちゃ、いけねぇよ?


   ……また莫迦な事を。


   でも、お前にも理解出来んだろ?


   己の子を危険な目に遭わせたいとは思わないでしょう。


   そりゃあな。


   だったら、


   だが生憎、俺らは然う言うコトを言ってる暇がない。


   ……。


   だろ?


   ……否定はしません。


   ま、あれだ。
   最期、だからな。


   …結局、己の我侭ですか。


   まぁ、許せよ。
   生涯、一度きりだ。


   ……。


   なぁ、蓉子。


   ……はい。


   お前は今、己が持っている全ての力を出し切れ。
   良いな。


   はい。


   何、案ずるな。
   お前の背中には俺が、父が居る。


   はい、当主様。


   よし。
   椿。


   …分かりました。


   好し。


   但し、


   俺は俺の姿を残すのみ。
   案ずるな、椿。


   ……はい、兄上。


   好し、それでこそ俺の妹だ。


   ……。


   ……ま、あれだ。


   ……。


   正直な事を言うと、可愛い娘の身を戦いになんぞに置きたくないんだけどな…。


   ……。


   だが戦わなければ其の命、守れぬと言うのならば。
   親として、残せるものは全て残す。


   …あまりご無理はなさらずよう。


   久方ぶりだな。
   椿が俺を案ずるのは。


   …。


   だが案ずるな。
   お前が案ずるのは蓉子、お前の妹と子だけで良い。


   …は。


   では…蓉子。


   …はい。


   行くぞ。
   父に続け。


   はい、父上…!















   ……。


   ……ふむ。


   ……。


   ご飯食べたくないのかしらね、聖は。


   ……。


   せーい。


   ……。


   ご飯、要らないの?


   ……。


   ……。


   ……。


   …ふむ。


   ……。


   聖、貴女は術の覚えが悪いわ。


   ……。


   身体能力が高いだけでは、戦では能無しよ。


   ……。


   力押しだけでは、生き残れない。


   ……だから。


   ん…?


   だから、なんだというのですか。


   だから…ねぇ。


   わたしはべつに、いきのこるつもりはありません。


   ……。


   このようなみ、のこらずともいいとおもいます。


   ……ふぅん。


   ……。


   呪われているから、とでも言いたいのかしらね。


   ……。


   ま、別に良いわよ。
   其れは其れで。


   ……。


   飢えて死のうが。
   戦で死のうが。
   所詮、遅いか早いか、それから死に方の違いだけだわ。


   ……。


   けれど、ねぇ。


   ……。


   蓉子ちゃん、屹度、泣いちゃうわねぇ。


   ……。


   あまり見たくないけれど。
   仕方が無いわね。


   ……。


   聖。


   ……なんですか。


   蓉子ちゃんは関係無い、って顔ね?


   ……。










   あたぁーーりぃーーーーーーー!!










   お、向こうは向こうでやってるわね。


   ……。


   確かに考えようによっては関係無いわ。


   ……。


   だけど、残念ね。
   蓉子ちゃんは然うは思ってくれない。


   ……。


   あの子は……然う言う子だから。


   ……。


   と言うか、貴女の死に関係無い人なんか居ないわよ。
   此の家には。


   …なぜですか。


   此の家に生まれてしまったのがそもそもの始まり、なのだから。


   ……。


   ま、そんなもんなのよ、家族って。


   ……。


   呪われていようが、何だろうが。
   蓉子ちゃんにしてみれば、関係無い。
   勿論、他の者にしても。


   ……。


   蓉子ちゃんが帰ってきた時、若しも貴女が痩せ細ってたら。
   どうするかしらね?


   ……。


   容易に想像つくと思うけど。
   どうかしら?


   ……。


   世話焼き、お節介。


   ……。


   盛大に、干渉、してくれるわね、屹度。
   いえ、絶対?


   ……。


   聖。


   ……。


   後は貴女の好きになさい。


   ……。


   ……。


   ……。


   ふむ。


   ……。


   とりあえず。
   白浪から、かしら。
   復習の意を込めて。















   ニャアアァァァァァァァァァァァァァ……ッ!!!!


   ……う。


   怯むな、蓉子。


   蓉子、真っ直ぐに前を見なさい。
   目を背けては駄目。


   は、はい…。


   やるぞ、椿。


   はい、兄上。















   はーい、今日の夕ご飯のおかずはめざしでーす!!


   めざし、かー。


   んん?
   菊乃さま、ご不満、ですか?


   んーん、好物ー。


   ですよね。
   それでは当主様も椿さまもご不在なので…


   いただきます。


   あー!


   ん?


   私が言おうと思ったのにー!


   お腹、空いたのよねぇ。


   其れは私もだよー!


   ま、良いじゃない。


   もー!
   次は私だからねー!


   ……。


   ……。















   ニャァァァァ…ッ!!


   …はぁ、はぁ。


   …椿。


   …はい。


   止めとくれ…止めとくれよぉ…ッ!


   ……。


   痛いのは…痛いのはぁ…!
   もう、ゴメンなんだよォ……ッ!!


   ひ…。


   蓉子。


   け、けど、お姉さま…。


   許しておくれよぉ…許しておくれよぉ…!


   ……。


   ひ、ひぃ…っ


   ……。


   嫌だ、嫌だぁ…ッ


   ……。


   な、なぁ、お前らにも情ってのがあるンだろう…?


   ……。


   ああああたしゃ、死ねないんだ…!
   痛い思いを幾らしたってぇ、死ねないんだよぉ…ッ!


   …ああ、然うだな。


   な、なぁ、見逃しておくれよぉ…。
   痛いのは、嫌なんだよォ…ッ!


   ……。


   ち、父上…。


   ……。


   お、お姉さま…。


   そ、そこの小さいの…ッ


   ……ッ


   お前だって痛いのはゴメンだろう…?
   あたしも同じなんだ、同じなんだよ、分かるだろう…ッ!?


   …い、いや。


   こ、今回だけで良い、見逃して…見逃しておくれよぉ…ッ!!


   ……。


   ……。


   わ、私…。


   …どうする、蓉子。


   え…。


   お前だったら、どうする。


   わ、私、だったら…。


   なぁぁぁ助けておくれよぉぉぉぉ……ッ!!


   ………。


   蓉子。


   わ、私は…。


   ………然うか。


   ……。


   あ…。


   ゆ、許してくれるのかい…?


   ……。


   ……。


   許して、くれるんだね…ッ?


   ………。


   ………。


   父上、お姉さま…。


   ……良いか、蓉子。


   ……くくくくく。


   …あ。


   あはははははははははは……ッ!!


   ……。


   甘い、甘いんだねェ…!!!


   あ、あ…。


   ……。


   お前らは所詮、出来損ないなんだねぇ…!!


   ……。


   そんなヤツらはぁ…ッ
   とっとと、くたばっちまいな…ッ


   ……。


   先ずはそこの小さ……っ?!


   ……。


   ……。


   あ、あぁ…。


   ………が、は。


   悪いな。
   俺達はそんなに甘くない。


   ……ましてや。
   殺されるのが分かっているのであらば。


   あ、あぁ…ぁぁ…ぁぁぁぁぁぁッ!


   ち、父上、お姉さ…ま…。


   蓉子、ごめんな。


   ……。


   怖い思いを、させたな。


   ち、ちちう、え…。


   が。
   もう、仕舞いだ。
   ……椿。


   …はい。


   あぁ…あぁぁ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!!!!!!


   また今度、だ。
   赤猫。


   ……。


   ま、そん時ぁ……


   ……。


   俺はもう、居ないだろうがな。


   あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………ッッッ!!!!!!!!!


   ……。


   ……。


   ……ち、父上、お姉さま。


   癒せ、円子。


   …。


   さて。
   帰るぞ、蓉子。


   蓉子。


   ……。


   ん、どうした?


   い、いえ…。


   蓉子、な。


   ……。


   頑張ったな。


   父上…。


   なぁ、椿。


   …然うですね。


   ……。


   蓉子、初陣の上に初大将戦で。
   背を向けず、よく頑張ったわね。


   お姉さま…。


   ま、褒めてやるのは家に帰ってからだな。
   此度は流石に疲れちまった…。


   日頃の怠けグセが祟っただけだと思いますが。


   はは、まぁ、然う言うなって…。


   それから娘の前で良い格好を見せようとさせ過ぎですね。


   …いやいや、やっぱ娘の前には良い格好したいだろぉよ。


   蓉子、帰るわよ。


   あ、は、はい…。


   て、おーい。
   待ってくれよ。


   さっさと来ないと。
   置いて帰りますよ。


   へいへい…。















   当主様、ごきかーーーーーん!!!!















   おかえり。


   おかえりーー!


   ただいま。
   私達が不在の間、何か変わった事は


   あー、特段無かったわよ。
   おかえり、蓉子ちゃん。


   おかえりー、蓉ちゃん!


   た、ただいま戻りました。


   無事で何よりだわ。


   はい、蓉ちゃん!
   お土産お土産!


   え…?


   にっこり、笑ってー!


   あ、ああ…。


   藤花、菊乃。
   戻ったぞ。


   はいはい、おかえりなさい。


   おかえんなっさい!
   はい、蓉ちゃん。


   ……え、と。


   少しは労ってくれても良いと思うんだがなァ…。


   ……。


   ……。


   あ。
   聖、江利子。


   ……。


   ……。


   ただいま、二人とも。


   ……いつも聖なんだわ。


   ……。


   聖?
   江利


   おかえりなさい、蓉子。


   ……。


   ん、ただいま。
   聖。


   ……。


   ただいま、聖。
   良い子にしてた…?


   ……。


   せーい。


   ……。


   あらあら。
   ごめんなさいねぇ、蓉子ちゃん。


   良いんです。
   私、汚れてるし…幼子は穢れを嫌がりますから。


   ……。


   そうそう!
   汚れてる、で思い出しました!
   皆様、お疲れですよね!
   お風呂の支度、出来てますヨ!!


   ありがとう、イツ花。


   よし。
   蓉子、一緒に


   あ、私は最後で良いです。
   当主様、お先にどうぞ。


   ………あー。


   兄上。
   どうぞ、お一人でごゆっくり。


   ………おう。















   ふぅ…。


   …。


   あ、聖。


   …。


   お風呂、気持ち良かった。


   …。


   改めて。
   ただいま、聖。


   …。


   …聖?


   …。


   …。


   …こ。


   うん…?


   ……。


   あ…。


   …。


   ……聖。
















   それでは!
   当主様たちが無事にご帰還、且つ、蓉子さまの初陣が無事終わった事を祝して!
   今夜のごはんは鶏肉入りの煮物ですよ!!
   わぁ、ご馳走ですねー!!


   わぁ、肉なんて久しぶりー!


   イツ花、張り切りました!
   たっくさん、こさえましたからバーンとぉ!食べちゃってくださいネ!!


   勇兄、早く早くー!!


   まぁ、そんなに急かすなって。


   それではいただきます。


   はい、いただきます。


   いっただきまーす!


   ……まぁ、良いけどよ。


   当主様には一杯。


   ありがとなぁ、イツ花。


   で、どうだったの?


   蓉ちゃん、大丈夫だった?


   …いえ、此度は自分の未熟さを痛感致しました。


   あら、然うなの?


   お姉さまや当主様には未だ、遠く及ばないと


   いや、そんなこたぁ無いぞ。
   なぁ、椿。


   ……。


   椿。


   椿、椿。


   …まぁ。
   初陣にしては良くやったと思うわ。


   ふむ、あの椿が。


   わぁ、すごいねぇ!
   獅子奮迅、だねー!


   あ、いえ…。


   蓉子の術、あれは大したモンだ。
   実戦においての拳の筋も悪くない、流石は俺の娘だ。


   拳は兎も角。
   術を教えたのは私ですが。


   まぁ、然う言うなやぁ。


   けど猫まで行ったのでしょう?


   なかなか思い切った判断をしたんだねぇ、椿。


   …。


   うんにゃ、其れは俺の判断。


   勇兄が?


   えー?


   本当なの、椿?


   ええ、本当よ。


   まさかの勇兄、じゃん!


   ま、俺の目には狂いが無いってこった。


   ……。


   ……。


   ん、何だ?


   良い格好を見せたかっただけね。


   どうせ、然うなんだろーねー。


   ……お前達ナァ。


   外れてはいないわ。


   やっぱり。


   やっぱりー。


   ……うぅ。


   蓉子さま、江利子さま、聖さま。
   ちゃんと召し上がっていらっしゃいますか?


   うん。
   美味しいわ、イツ花。


   …。


   …。


   其れは良かったです。


   …。


   …。


   ねぇ、聖、江利子。
   二人ともどうしたの?


   …。


   …。


   何か、あったの?


   …別に何も無いわ。


   …。


   聖、食欲が無いの?
   あまり食べてないわ。


   ……。


   其れに元気が無いみたいだけど。
   どこか…


   ……。


   聖?


   ……。


   江利子、聖は


   知らないわ。


   江利子?


   私は、知らない。


   …然う。


   ……。















   だーからだなぁ!
   俺だってやる時は


   あはははー!


   椿、悪酔いしまくってるわよ。


   お酒に弱いくせに調子に乗るからよ。


   椿は相変わらずねぇ。


   悪い?


   悪くないわ。
   でもこんな時でも梅昆布茶なんだと思っただけ。
   お酒、強いくせに。


   味が好きじゃないのよ。


   ふぅん。


   蓉ちゃん!


   ……え。


   蓉ちゃんも飲むー?


   おーそいつぁいいナァ!


   はいはーい!


   あ、いや、私は…


   まぁ、今回だけだって。
   ほれ。


   と、当主様…。


   菊、ついでやれ。


   はーい!


   私は飲めませんから。


   まぁ然う言わずに、ナ?
   何事も経験よ。


   そうそう!
   バーンとぉ!いってみよーー!!


   だ、だから…


   この莫迦どもが!


   ぎゃっ。


   うぉっ。


   こんな幼子に何を考えているの。


   うん、久々の雷。


   い、いやな?
   折角の宴だからと思ってだナ…?
   なぁ、菊。


   え、と。
   た、楽しいかなー…て。


   弁えろ、莫迦者ども。


   ……申し訳ない。


   ……ごめんなさい。


   全く。
   蓉子。


   は、はい。


   貴女は子供達を連れて先に休みなさい。
   今宵は長くなりそうだから。


   はい。


   えー、蓉ちゃん寝ちゃうのー?


   これからだって言うのになぁー!


   やかましい、この酔っ払いども。
   未だ言うか。


   『……はい、すみません』


   では当主様、お姉さま及び皆々様、お先に失礼致します。
   聖、江利子、行きましょう。


   …。


   …。


   あ、蓉子ちゃん。


   はい?


   うちのちびの事、宜しくね。


   …はい。















   あぁ。
   久々に家のお布団で眠れるのね…。


   ……蓉子。


   うん?


   ……。


   どうしたの?


   ……今日、は。


   うん。


   ……何でもないわ。
   おやすみなさい。


   ええ、おやすみなさい。


   …。


   聖。


   …。


   一人で大丈夫?


   …。


   あの調子だと多分、夜も大分更けてしまうと思うから。


   ……。


   あ、聖。


   …。


   …おやすみなさい、聖。






























   うう、もう食べらんなー……。


   ……ふぅ。
   流石に飲みすぎたかな…。


   一升。
   明らかに飲みすぎです。


   だな…。


   そんなに強くないくせに、ねぇ。


   はは、たまには…な。


   菊、そんなところで寝ていると風邪をひくわよ。


   ……ううーん。


   ふむ、良く寝てるわね。


   …はぁ。
   イツ花、何か掛けるものを。


   はい、只今。


   はは、菊乃は変わらんなぁ。


   直ぐに調子に乗るのよね、菊は。


   まぁ、そこが良いところでもあるさ。
   こいつの良さは阿呆の子みたいに明るいところだからな。


   程度にもよります。
   戦では時に命取りになりかねません。


   其の為にお前達が居るんだろ。
   お前達は三人で一つだ。


   …。


   …。


   俺達にも菊のようなのが居れば、な…。


   ……兄上。


   ……。


   ま、仕方の無い事だがな…。


   ……。


   …勇兄、もう、寝た方が良いんじゃない?


   然うだな。
   どれ、少し夜風にでも当たって酔い、を……。


   …兄上!


   まいった…。
   足にまできてやがる…。
   なれぬものを、おおく、のむもんじゃないな…。


   ……。


   …それから。
   俺のかわいいむすめの、ねがお…を。


   ……勇兄。


   なぁ、椿、藤花…。
   蓉子は、かわいいだろう…?
   俺が残せる…遺せた唯一のものだ…。


   …。


   なぁ、くおん…。
   お前の…も……。















   ……ふ。


   …。


   おねえさま…。


   …。


   …?


   …。


   お姉さま…?


   …。


   …誰?


   …。


   …。


   …。


   …待って。


   …。


   待って。


   …。


   待って、聖。


   …。


   聖、なんでしょう?


   ……。


   ……。


   ……。


   …聖。


   …。


   どうしたの…?


   …。


   …ねぇ、聖。


   …。


   一つだけ、聞いても良い?


   ……。


   少し、痩せたようだけれど。
   ちゃんと食べてた…?


   ……。


   頬が…。


   …さわるな。


   ……。


   わたしに、さわるな。


   ……ごめんなさい。


   ……。


   ……体、冷えてしまうわ。
   早くお布団に…。


   ……。


   ……。


   ……。


   ………聖。


   ……。


   …中に、入って。


   …。


   ね、聖…お願い。


   …。


   風邪をひく前に…。


   …っ。


   ほら…もう、こんなに…。


   ……。


   ……聖。


   ……ようこ。


   やっと…呼んでくれた。


   ………。










   …………………。










   お布団、ふかふかで気持ち良いね…。


   …。


   おひさまの匂いがするわ…。


   …。


   やっぱり良いな…。


   …。


   …。


   ……。


   ……聖。


   …。


   ただいま…聖。


   ……。


   ただいま…ただいま…。


   ……なんどもきいた。


   うん…。


   ……。


   ……ね、聖。


   …。


   あの、ね…。


   ……。


   ……抱っこ、しても


   ……。


   抱いて眠っても…良い?


   ……。


   ……。


   ……さわる、な。


   うん…。


   ようこ。


   ……ん。


   ……。


   せ…い…。


   ………。










   ………………どうして、いつも。















   椿。
   うちのちびが居ないわ。


   ……。


   で、ちらっと覗かせて貰ったのだけれど。


   …然う。


   悪いわね。


   ……仕方が無いわ。


   あら、寛容ね。


   帰ってきた夜だから。


   然う。
   ありがとう。


   ……。


   寝てる時、は。


   …。


   仏頂面、してないのよ。
   殊、蓉子ちゃんと一緒だと…ね。


   ……。


   ……椿。


   ん…。


   兄上は…?


   ……多分。


   椿がそんな言葉を使うなんて。


   …かなり無理をしていたみたいだから。


   娘の前で良い格好をして。
   けれど、


   本望でしょう。


   ……じゃ、良いんじゃない?


   ええ。


   …お姉さまも、屹度。


   ……。


   なんて、ね。


   ……。


   少し休む?


   …大丈夫よ。


   いっそ、酔っ払ってしまえば良かったのに。
   菊みたいに。


   …貴女こそ。


   私は、良いのよ。
   代わりになるつもりだったから。


   ……。


   少しは休みなさい、椿。


   ……藤。


   …?


   …これ、貰ったわ。


   ……然う。


   ……。


   …眠っている間、何かあったら起こすから。
   菊も、子供達も。


   ……ええ。















   ん…。


   …。


   ……せ…い。


   …。


   せい…。


   ……。


   ………おやすみなさい、せい。


   ……。



































   それが俺の遺言だ。















  R o s a  c h i n e n s i s  C e t a c e a n 了