私は屹度、愛せないわ。











   情を交えた男の子では無く、ただ、義務的に交わって出来た子なんて。
   ましてや、お腹を痛めた子でも無いのよ。
   いえ、若しも痛めて得るような子だったら、私は途中で捨てたわ。己の躰を傷つけても。
   だって然うでしょう?
   己の意思とは関係無く日増しに膨らんでいくのよ、お腹が。
   好いた男の、あの人の子ならいざ知らず。
   何とも思っていない相手の子なんて、苦痛、其れ以外の何でも無いわ。
   気持ちが悪いのよ。そんなものが己の胎の中に巣食っていると思うと。
   ああ、でも、然うね。
   言うなれば其れが唯一の救いだったのかも知れないわ。
   己の躰がソレに食い尽くされずに済んだのだから。



   だからね。
   ソレが家に来た時、私はどうしようもなく、捨ててしまいたい気持ちになった。
   だって初めてソレを見た時、私にはただの肉の塊にしか見えなかったのよ。
   全身真っ白で、弱々しくて、額には呪いの証。
   何処まで行ってもこの家の、鬼の血を流している、ソレ。
   どうしてソレを、己の子だと思えるの。
   ええ、然うよ。
   私も所詮、呪われた一族の一人よ。
   だけどね。
   あの人は其れでも良いと言ってくれたのよ。
   子が生せない躰でも良いって。
   其れでも欲しければ養い子でも良いって。
   然うよ、確かに良いって言ったの。あの人。



   良いって言ったのに、なのに。



   ねぇ。
   私はあなたを愛せない、愛せないわ。
   あの人の子でも無いあなたを。
   いっそ、消えてしまえば良いのに。
   いえ、生まれてなんてこなければ良かったのに。



   ねぇ。



   あなたも然う思うでしょう?
   生まれてこない方が良かったって。
   こんな家、無くなってしまえば良いのに、て。
   だからね、一思いに私がこの手で殺してあげるわ。
   私の前から消してあげる。
   消えて、ねぇ、消えてよ。
   私の為に。



   ねぇ。






   私の、聖。


























  …ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…ッッ

























   は、は、は……ッ


   …当主様。


   ……はぁ、はぁ。


   如何なされましたか…?


   …イツ、花。


   夜分遅くに申し訳御座いません。
   宜しければ何か、お飲み物でもお持ち致しましょうか…?


   …いや、要らない。


   ご気分の方は…


   …大丈夫だから。
   放っておいて。


   されど…


   放っておいて。


   …はい。
   其れでは…。


   …待って。


   …。


   蓉子、は。


   …蓉子さまならば。
   九重楼へと、隊長としてご出陣されています。


   …ああ。


   お帰りはもう暫し先になるかと…。


   …分かった。
   下がって良いよ。


   …では。















   夜のしじま。



   其の冷たさが耳に刺さるようで。



   思わず、両の手で塞ぐ。



   あぁ。





   久しぶりに見た、あの夢。





   纏わりつく汗。



   臓物が浮き上がる感覚。



   伴い、込み上げてくる吐き気。



   中の物を、いっそ虫唾でも良い、吐き出してしまえば屹度楽になる。



   だけれど、出てきたのは彼
〈カ〉の名前。










   どうして。



   どうして、今。



   あなたは此処に居ない。










   あなたが居ないと私は。















E s t r e l l i t a















   蓉子。


   …。


   蓉子ってば。


   …え、何?


   今、何処か遠いところを見ていたようだけど。
   何か面白いものでも見つけた?


   いや、然う言うわけでは無いのだけれど…。


   こんだけ、高いんだから。
   一つくらい、面白いものでも見つかれば良いのに。
   なんっも、無いのよね。
   見えるのは、下は木、上は空、しかも天気は雨。


   不謹慎よ、江利子。


   あら。
   ほんの暫しの間とは言え、心此処に在らずだった人に言われたくないわね。


   …。


   若しかしないでも、また、聞こえたのかしら?
   蓉子は本当に耳が良いから。


   …そんなんじゃ、無いわよ。


   はい、図星。
   討伐中の時くらい切り離せば良いのに。
   相変わらず、心配症なんだから。


   江利子。


   んー?


   変更、するわよ。


   何の?


   予定。
   今から五郎さん達を討ちに行く。


   今から?
   其れは本気で?


   ええ。
   幸い、黒鏡も手に入れられた事だし。
   此処で五郎さん達を討っておけば後が楽になるから。


   まぁ、討つのは予定どおりだから良いけど。
   でも少し急ぎ過ぎでは無くて?
   出来ればもう少し、令を鍛えてあげたいんだけど。


   …。


   忘れてはいないと思うけど。
   一応、初陣なのよね。


   忘れてはいないわ。


   じゃあ、どうして?
   急いては事を仕損じる、て言うわよ。


   令の実力なら大丈夫だと思ったから。


   へぇ。
   其れは慎重に重きを置く蓉子らしからぬ物言いね。


   …どういう意味よ。


   確信からの言葉じゃ無いでしょう?其れ。


   これまでの戦いぶりを見てきた上での言葉よ。


   蓉子。


   …。


   甘やかし過ぎるのは感心しないわ。
   少しは回りも見なさいよ。


   見てるわよ。


   じゃあどうしてそんなに苛立っているの。


   苛立ってなど居ないわ。


   けど焦ってはいるわね。
   そんなに心配?


   …。


   お、お姉さま…。


   お、やっと来たわね。
   幾ら鎧が重たいとは言え、これぐらいで息が切れてるようじゃまだまだよ、令。


   す、すみませ…。


   令。


   ごめん、祥子…。


   良いから、早く息を整えなさい。


   で、でも、肩を、貸して、貰った、し…。


   息も切れ切れの貴女に気を遣われても、不愉快なだけだわ。
   まるで私が鬼のよう。


   う、うん、ごめん…。


   だから、謝らないで。


   うん…。


   ふむ。
   これは少し休まないと駄目ね。
   蓉子。


   …。


   確かに。
   令の実力なら五郎さん達と比べても遜色は無いわ。
   だけど其れは体力が十分な時の話。


   ……江利子。


   初陣である令の手前、祥子も強がってはいるけれど確実に疲れてる。
   このまま臨んでは勝てるものも勝てない。
   蓉子なら其れ位の事、分かるでしょう?


   …分かってる、分かってるわよ。
   だけど…。


   …はぁ。
   藤花さまも言っていたけれど、どうして蓉子は聖の事になるとそんなに莫迦になるのかしら。


   ……。


   兎も角。
   今は少しでも令たちを休ませる為の時間を。
   良いわね、蓉子。


   …ええ。


   なーに。
   昔の聖ならいざ゙知らず、今の聖ならあと二、三日は放っておいても大丈夫よ。
   寧ろ、駄目だとしたら私達の方。
   特に蓉子、貴女がそんな気持ちのままではね。


   …。


   若しも。
   蓉子に何かあったりでもしたら、今までに無いくらいの喧嘩をしなくちゃいけなくなるわ。
   其れはもう、壮絶になるわよ。
   家一つぐらい、吹っ飛ばせる自信はあるわ。


   …止めてよ。
   貴女が言うと本当に然うなりそうだわ。


   だったら。
   確りしてよ、隊長。


   …。


   あとは、然うね。
   当初の予定を曲げて、今直ぐ帰還すると言う道もあるけど。


   其れは…。


   其れは無いのよね。
   基本的に生真面目だけど、変なトコでも生真面目だから。
   其れだけに本当に厄介。


   ……。


   何にせよ。
   予定を繰り上げるのならば、其れ相応の支度を。
   令。


   は、はい、何でしょうか。


   少し、休んだら。
   予定より早いのだけど、五郎さん達のところに行くから。
   心の準備とやらをしておいて。


   あ、は、はい。


   祥子も、良いわね?


   …はい。


   で、無理せずさくっと討ったら。
   とっとうちに帰るわよ、蓉子。
   異存は?


   無い、けど。


   何よ。
   未だ何かあるの。


   何だか江利子が隊長みたいね。


   でも此度は蓉子が隊長だから。
   私は此れ以上の事なんてしないわよ。
   そこんとこ、忘れないでね。















   じゃあな、人間!


   あばよ、人間!


   それと…


   寝る前には 歯ァ磨け!







   ほンじゃ、達者でな!
















   ……よ。


   ただいま、イツ花。


   蓉子さま…?!


   聖は?


   お、お帰りなさいませ、蓉子さま!
   予定よりもお早くないですが…?!


   ええ、然うね。


   其のぉ、お風呂の支度が…


   そんな事はどうでも良いわ。
   聖は?何処なの?


   あ、はい、当主様なら…


   お風呂の支度が出来てないって本当なの、イツ花。


   へ…?


   お風呂。


   あ、え、と、お帰りなさいませ、江利子さま。
   お風呂の支度は…はい、本当なんです。


   ただいま、イツ花。


   はい、お帰りなさい。
   祥子さまと令さまもご無事で何よりです。


   いや、あんまり無事でも無いんだけどね…。


   令さまにとっては初陣でしたものね。
   如何でしたか?


   …どっちかと言うと足手纏いだったような気がするよ。
   其れに比べてお姉さまと蓉子さまは矢っ張り凄かった。
   祥子だって…。


   いえいえ何の!
   令さまだってこれからですよ!イツ花が保証します!
   だからめげず凹まず落ち込まず、バーンとぉ!いきましょ!!


   そ、然うかな。


   然うですよ!
   だからいつまでもヘタレてたら駄目ですよ!
   いつまでもヘタレているような事があったら、うっかりヘタ令さまって呼んじゃいますよ、私!


   え、えー…。


   で、イツ花。
   いつ、お風呂の支度をしてくれるのかしら。
   私、早くさっぱりしたいのだけど。


   あ、今直ぐ支度しますねー。


   待ちなさい、イツ花。


   え?


   聖は、何処。
   早く答えなさい。


   あ、す、すみません。
   当主様なら、あのぉ…


   当主部屋、では無いのね。


   は、はい。
   当主様は…て、蓉子さま?
   ど、どちらに行かれるの…


   決まってるでしょう。
   聖の処よ。


   え、でも


   退いて、イツ花。


   え、えぇ。


   退きなさい。


   ま、待って下さい、蓉子さま。
   当主様がいらっしゃる場所を私は未だ


   自分の部屋に居ないのなら。
   答えは一つだけなのよ。


   は、はぁ…。


   あーあ、行っちゃった。
   一度ああなったらもう、止まらないわよ。


   …江利子さま。


   でもまぁ、聖は家の中に居るのね。
   一応、良かったわ。


   でもあんまり良い状態では無いと思います。
   実際、此処暫くお食事もろくに…


   あー、大丈夫大丈夫。
   蓉子が行ったから。


   だけどどうして蓉子さまは当主様が家の中にいらっしゃる事がお分かりになったのでしょうか。
   私、一言も言ってないのに。


   分かるんでしょ、蓉子には。
   聞こえるみたいだから。


   聞こえる?
   何がですか?


   イツ花、知らなかったの?


   へ…。


   蓉子はねー、耳が良いのよ。
   生まれつき、ねー。


   は、はぁ。


   と言うか。
   アレが若しも外に居たら蓉子は未だ、家に帰ってきてなかったでしょうね。
   イツ花に訊いたのだって、たまたま門前に居たからだろうし。


   え、えぇぇ。


   と言うわけから。
   イツ花、お風呂の支度さっさと宜しくね。
















   やぁ、お帰り。


   …。


   ん、どうかした?
   それとも私の顔に何か付いてる?
   あ、分かった。
   討伐の間ずっと逢えなかったもんだから、いの一番に私に逢いに来たんでしょう?
   やだなぁ、蓉子さんったら。
   其れなら然うと言ってくれれば良いのに。
   私ならいつでも準備万端だから。
   さぁさぁ、おい


   黙りなさい。


   …と。
   そんなに怖い顔しないでよ。
   折角、久しぶりの再会だってのに。
   あ、若しかして照れてるのかな?
   蓉子って、怒っても然うだけど、照れると眉間に皺が寄るんだよね。
   折角綺麗な顔をしているのに、残ってしまったら勿体無いっていつも思ってるんだけど。
   でもそんな処も堪らなくそそるなぁって、


   黙りなさいと。
   言ってるでしょう。


   …だから。
   そんな怖い顔しないでよ。


   聖。
   貴女、ちゃんとご飯は食べているの?


   うん、食べてるよ。
   どして?


   嘘。


   …決め付け?
   見ても居ないくせに?


   私が討伐に行く前に比べたら。
   貴女、明らかに痩せた…いえ、窶
〈ヤツ〉れたわ。


   然うかな。
   蓉子の目の錯覚じゃない?


   質問を変えるわ。
   いつからこの部屋に?


   いつからって。
   たまには寝床を変えてみようかなって。
   昨日、ふと思いついて。


   其れも嘘。


   …何を根拠に。
   そんな事、言うのさ。
   蓉子は居なかったくせに、何も知らないくせに。


   ええ、知らないわよ。
   私が討伐に行っている間の聖の事なんて。
   でもね。


   …でも、何よ。


   貴女の声は聞こえたのよ。


   ……。


   眠れなかった、いえ、今も眠れていないのね。


   …違う。


   聖。


   ……。


   聖、私は此処に居るわ。
   だから…ちゃんと、話して。


   ……ッ


   …。


   …どうして。


   …。


   どうして、傍に居てくれなかったの。


   …此度の出陣は。
   令の初陣と祥子の出陣を兼ねていたから。
   私と江利子が出陣
〈デ〉ると、聖、貴女にもちゃんと話したわ。
   そして貴女は承諾した。
   だから…。


   …夢、を。


   …。


   夢を、見たの。
   此処最近は、蓉子と眠るようになってからは見てなかったのに。
   まるで蓉子が居ないのを見計らったように…。


   …然う。


   いつも、いつも。
   首を絞められる。
   優しくて、でも冷たい手で。
   悲しそうに笑いながら、締められる。 
   私は声も出せなくて。
   何も出来なくて。


   …。


   あの女は…顔は良く見えないけど、桜の下でいつも私を…。


   …怖かったのね、聖。


   …この部屋に居れば。
   蓉子の匂いがするこの部屋に居れば。
   少しは気が紛れるって、あの女も出てこないって思った。
   けど、其れでも…。


   …うん。


   また夜が、あの静寂が、来る。
   あぁ、蓉子、蓉子。


   …聖。


   傍に居て、蓉子。
   怖いのは嫌、嫌なの。


   …居るわ。
   貴女が然う望むのなら、私は聖の傍にずっと居る。


   …本当?


   何れまた、討伐に行く日が来ても。
   今宵は聖の傍に居る。


   …嫌だよ、一人にしないで。


   大丈夫、貴女にも直に妹が出来るわ。
   一人になんてならない。
   其れに貴女だって討伐に…


   妹なんて要らない。
   蓉子が居れば其れで良い。


   あ…。


   蓉子…蓉子…。


   …汚れてしまうわ、聖。


   構わない。


   私が構うの…よ…。















   端的に言えば。
   ぼこぼこ、だったわよ。


   ぼこぼこ、ですか。


   躱しては殴る、殴っては躱す。
   しかも術の特性も耐性も高いときてるから、雷も風も気にも留めず歯牙にも掛けず、前に出ては更に殴る。
   そして極めつけは。


   極めつけ、は?


   回し蹴り、或いは、踵落とし。
   でもってトドメと言わんばかりに気を十分に込めた掌打を一発。
   五郎さん、途中から本気で半泣きしてたわ。


   あ、あの五郎さんたちが半泣き、ですか…。


   仕舞いにはもう勘弁と言わんばかりに天界に帰っていったわよ。
   多分、二度と手合わせしてくれようなんて思わないでしょうね。
   ま、解放されちゃったし、そんな機会はもう無いけど。


   そ、然うですねェ…。


   早い話。
   此度の出陣では拳法家の真髄を見たというか。
   短期決戦も良いとこだったわよ。
   私達、ほとんど出る幕無し。


   …と言うか。
   そこまでの戦いぶりは恐らく、当家始まって以来だと思います。
   流石、蓉子さまと言うべきか…。
   いや、お父上であられる勇魚さまも凄かったと聞いてましたけど…。


   躱しては殴る、蓉子の姿を見ていたら。
   躱しては薙ぎ払う椿さまの姿が一瞬重なったけれど。
   何と言うか、あれなのかしら。
   紅血筋の特徴なのかしら、あれ。
   間違っても敵にしたくは無いわね。


   あ、其れ。
   似た様な事をいつか、蓉子さまも言っていましたよ。


   へぇ、何て。


   弓取りは厄介だから。
   出来れば敵に回したくないって。


   でも出来れば、なのね。
   と言うか蓉子なら奥義すらも軽く躱してくれそうよね。
   矢先を読めそうだもの。


   ああ、確かに!
   蓉子さまなら在り得そうですね!


   で、あっという間に距離を詰められて殴られる、と。
   そして私はぼっこぼ


   人のお姉さまを。


   んー?


   まるで鬼人か修羅のようにお話になるのは止めてくれませんか、江利子さま。
   それからイツ花も。


   あら。
   貴女だって其の目で見たでしょう?


   確かにお姉さまのご活躍は見入って…いえ、目を奪われるものでしたけれど。


   其れ、ほぼ同じ意味。


   …江利子さまだって。
   相当、ご活躍されていたと。
   何しろ、二神の動きを封じ込めていたのは…


   ああ、あんなの大したものじゃないわよ。
   誰にだって出来るわ。
   然う、何れは貴女にだって令にだって。


   …。


   で。
   どんな様子だった?


   …お取り込み中のようでしたから。
   お声は掛けませんでした。


   あ、然う。
   矢っ張りねぇ。
   折角、隊長だった蓉子を労って最初に入って貰おうと思ったんだけど。
   仕方が無いわ、一番風呂は私が貰う事にしましょう。
   良いかしら?


   …私達の事ならお気になさらず。
   令も疲れ果てていて、暫く動けそうにありませんから。


   そ?
   じゃ、ゆっくりと浸かってくるわね。


   …どうぞ、ごゆっくり。
















   ごきげんよう、蓉子。
   居間にも入らず、そんな処に突っ立って。
   一体、何をしてるのかしら?


   …。


   で。
   其の袖を掴んで離さないのは何処の子供?
   随分、なりのでかい子供だこと。


   あの、江利子。


   はい、何かしら?


   其の、今からお風呂に…?


   ええ、然うよ。
   一番風呂は最初、蓉子に譲るつもりだったのだけれど。
   様子を窺いに行ったら、案の定、お取り込み中のようだったから。


   …いつ?


   つい、先刻。
   祥子に行って貰ったんだけど。
   声、掛けられなかったそうよ。


   …祥子、が。


   はい、然う言うわけだから。
   私が一番風呂を頂く事にしたの。
   じゃあ、また後でね。


   待って。


   待てない。
   折角のお湯が冷めてしまうから。


   江利子…!


   …。


   わ、私が先に入っては駄目かしら…!?


   つまり。
   一番風呂を譲れ、と?


   勝手な言い分なのは分かっているわ。
   だけど…駄目、かしら。


   別に良いわよ。
   先刻も言ったけれど、元々、蓉子には一番に入って貰おうと思っていたから。
   蓉子が今入りたいと言うのなら、勝手も何も無いわ。


   …有難う、江利子。


   いいえ。
   で、そっちのでかい、しかも少しにおう“子供”は?


   …指を指すな、でこちん。


   何か、薄汚れているように見えるのだけど。
   まさかとは思うけど、居残り組だったくせにお風呂に入って無かった、とか?


   ……。


   ぐうたらなのは知っていたけれど。
   然う、其処までだったのね。
   最低。


   …何だと!


   聖。


   …。


   で。
   まさか、そんな聖と一緒に入るつもり?蓉子。


   …ええ、其のつもり。


   へぇ。
   そこまでしてあげないと駄目なの。


   然う言うわけじゃ無いわ。
   ただ…。


   はいはい。
   良いわよ、皆まで言わなくても。
   ただの世話焼きなんでしょう、どうせ。
   ま、そこまで行くと世話焼きの一言じゃ片付けられないけれど。
   所詮、今更、だし。


   …。


   じゃ、一番風呂は譲るけど、出来ればさっさと入って出てきてね。
   必要以上に“ゆっくり”するのは出てからやって。


   え、江利子…。


   向かって右の首筋。
   見えてるわよ。


   …ッ


   じゃ、ね。
   ああ、そうそう。
   其処の甘えた。


   だから指で指すな、でこ。


   じゃあ、へたれ。


   …このやろう。


   どーでも良いけど。
   いい加減、離したらどうなのかしら。
   そんなにしなくても、蓉子は何処にも行かないわよ。
   何しろ、お風呂までご一緒してくれると言うのだから。


   …うるさい。


   それともそんなに信用出来ないの?
   本当、餓鬼、ね。


   …ッ
   この…ッ


   聖、止めて。


   だけど江利子が…ッ


   江利子、お願い。
   あまり言わないで。


   蓉子、貴女がそんなだから。


   …分かってるわ。
   だけど、今は……お願い。


   …はいはい。
   仕方が無いわね、全く。
   じゃ、私は居間に居るから。
   出てきたら声を掛けてね。


   …ええ。


   じゃ、ごゆっくり。
   あ、でも、間違っても然う言う“ゆっくり”じゃないから、ね。


   分かってるわよ…。















   はーい!
   今夜のお夕飯は蓉子さま達が無事に還ってきた、でもってなかなか取れなかった黒鏡の巻物も手に入れて、
   しかもしかも、あの五郎さん達をぼこぼこにして解放したのを記念して!!
   なんと!
   なんと、なんとォ!!!


   イツ花。
   祝いたい気持ちは良く分かったから。
   それから必要以上に大きな声を出さなくてもちゃんと聞こえているから。
   とりあえず、落ち着きなさい。


   いやいや、蓉子さま!
   イツ花、この昂ぶる気持ちはどうにも止まりせん!!


   分かったから。
   落ち着きなさい。


   う…蓉子さま、お顔がこわ…


   何?イツ花?


   い、いえいえ、何でもありません。はい。
   え、とぉ、そんなわけで今日のお夕飯のおかずの主は奮発して鱚の塩焼きです。
   時代無視も甚だしいとか、せめて川魚にしとけという文句は受け付けませんから。
   悪しからず!


   …誰に言っているの、イツ花。


   あ、いえ、こっちの事ですから!
   令さまもお気になさらず!


   イツ花ってたまに。
   変なコト、言うよね。


   いやですねぇ、令さまったら。
   イツ花はいつもこんなもんですよ?


   あ、そっか。
   然うだね。


   いや、其処はそんな事無いよって流して下さいよ、令さま。


   あ、然うなの?
   ごめん。


   あ、いや、だからってそんなに済まなそうなお顔をされてしまうとかえって心苦しく…


   あーあー。
   イツ花。


   へ?
   何でしょう、江利子さま。


   もう、配膳は終わったのかしら?
   折角奮発とやらをした鱚の塩焼き、冷めちゃったら美味しくなくなっちゃうわよ。


   あ、ああ、これはうっかりさんでした。
   鱚の塩焼き、南瓜の煮物、それから茄子の古漬け、そして葱入りのお味噌汁、ご飯は各々に回って盛るから良しとして。
   はい、配膳はばっちしです!


   あ、然う。
   じゃ。


   それでは当主様、お夕飯開始の掛け声を一つ、バーンとぉ!!宜しくお願いしまっす!!


   私、魚嫌い。


   …て、当主様〜〜。


   聖、好き嫌いを言ってはいけないって。
   日頃から言ってるでしょう?


   だって。
   嫌いなものは嫌いなんだもの。


   聖。


   骨があるじゃん。
   だから、嫌い。


   いやいや、当主様。
   魚に問わず、大抵の生き物には骨はつきものですから。


   …いや、イツ花。
   確かに其の通りだけど、今は其れ、あまりと言うか全然関係無いよ。
   寧ろ、だから何って感じだと思う。


   へ、然うですか?
   おかしいなぁ。


   …兎に角。
   聖、好き嫌いは駄目よ。


   じゃあ、蓉子が取って。


   …はい?


   骨。
   取ってくれなきゃ、食べない。


   ……。


   …ねぇ、祥子。


   …何、かしら。


   当主様ってここまで…。


   …前、からよ。


   え、でも…。


   前から、なのよ。


   そ、然う…。


   骨、取って。蓉子。


   …聖。
   貴女、自分で骨ぐらい取れるでしょう?


   蓉子に取って欲しいの。


   …あのねぇ。


   …蓉子、蓉子。


   何、江利子。


   何を言っても駄目よ、今夜は。
   完っ全に甘えてるから。


   ……。


   ま、然うさせたのは蓉子だし。


   ………ああ、もう。
   骨、取れば食べるのね?


   うん。


   ちゃんと残さないで食べるのよ。


   うん。


   他のおかずも、よ。


   うん。


   …分かったわ。
   取ってあげるわよ。


   へへ、やった。
   其れじゃ、いただきます。
   はいイツ花、ご飯よそって。


   あ、あぁ、はい、ただいま。
   て、あれ?今のが若しかしないでも?


   聖、掛け声はきちんと。


   へーい。
   其れでは改めまして。
   いただきます。


   『いただきます』


   はーい。
   たーんとォ!召し上がれ!


   イツ花、ご飯。


   はいはーい、ただいまー。
   大盛りですか?それとも普通盛りが宜しいですか?当主様。


   んー、普通より少なめで良いや。
   未だあんま食べられないから。


   然うですか。
   でもでも食べられるようになって良かったです。
   これも蓉子さま効果ですね。


   うん。
   蓉子、骨取ってくれた?


   …今、取ってるわよ。
   一寸、待ってなさい。


   はーい。


   と言うか。
   どんだけ甘えれば、甘やかせば気が済むのよ、あんたらはー。


   …ねぇ、祥子。


   …前から、なのよ。


   や、其れは分かったけど…。


   けど?何?


   私、あんまり食欲が…どうしよう。


   知らないわよ。


   て、あぁ。
   何、何気に人の皿に漬物を移してるのさ?!


   好きじゃないのよ。


   い、いや、好き嫌いは駄目だってさっき、蓉子さまが…。


   浅漬けなら好きなのだけれど。


   だからって駄目だよ、祥


   好き嫌いは駄目よ、祥子。ちゃんと食べなさい。


   …。


   祥子。


   …分かりましたわ、お姉さま。


   令。


   は、はい。


   疲れで胃が受け付けないかも知れないけど。
   少しだけで良いからお腹に入れておきなさい。
   無理はしなくても良いから。


   はい、蓉子さま。


   ねぇ、蓉子。
   未だ?


   あぁ、もう。
   はい、取れたわよ。
   ついでに身も解しておいたから食べやすいと思うわ。


   うん、ありがとう。
















   い、ろ、は、に、ほ、へ、と、




   闇の中、されど、鮮明に。




   ち、り、ぬ、る、を、




   花散る、桜の下で。




   わ、か、よ、た、れ、そ、




   嗤いながら、歌いながら、




   つ、ね、な、ら、む




   舞い、狂う。




   う、ゐ、の、お、く、や、ま、け、ふ、こ、え、て




   まるで。




   あ、さ、き、ゆ、め、み、し、ゑ、ひ、も、せ、す




   この儚き現世
〈ウツシヨ〉を憎むかのように。
















   …子、蓉子。


   ん…。


   未だ、眠っちゃ駄目だよ。


   …未だ…な、の?


   こんなんじゃ、足りない。
   でこのせいでお風呂、ゆっくり出来なかったし。


   …。


   ねぇ、蓉子。
   今宵はずっと一緒に居てくれるんでしょ?


   …居る…わ。
   け、ど…。


   あ、蓉子。


   …おねが…ぃ…も…ぅ。


   寝ちゃ、駄目だよ。


   …。


   蓉子、蓉子。
   先に寝ないで。


   …ん。


   一人にしちゃ、嫌だよ。


   …。


   蓉子ってば…。


   …も、う。


   わ…。


   これで、良…いで、しょ…う…?


   …。


   おやす…み…なさ、い…。


   …いやだ。


   …。


   眠りたく、無い。


   …せ、ぃ。


   いや、いやだ。
   蓉子、寝ないで。


   ん、んぅ…。


   寝たら、また…。


   せ…。


   …こわい、こわいよ。


   …ぅ…ぶ。


   …。


   だい、じょ…う…ぶ。


   でも…。


   わたし、が…ずっ…と、だいて…いてあげ…るか…ら。


   …でも。


   だから、ねむって…せい。
   じゃないと…。


   …。


   おねがい…せい。
   このままだと…あなたのからだ、が…。


   けど…こわい、こわいのよ…。
   夢を見るの、が…


   …せい。


   あ…。


   ずっと…いる、から。
   たとえ、ゆめのなかだと…して、も。
   わたしは…


   よう…こ。


   いる、から…。
   ひとりになんて、させない…から。


   …ほんと、に?


   ほんとう…よ。


   ほんとに、ほんと…?


   ほんとに…ほんと…う、よ。
   だから…。


   …。


   だから…おやすみ、せい。


   ……う、ん。
















   色は匂へど 散りぬるを



   我が世誰ぞ 常ならむ



   有為の奥山 今日越えて



   浅き夢見じ 酔ひもせず












   舞い散る桜の下で。



   其の人は歌い、舞う。



   父上。



   藤花さま。



   傍にいるのに、止めず、ただ、見ているだけ。



   嗤う声が静かな闇夜、だけど其の回りだけ白く鮮明な、に響く。



   と、其の人の中で微かに何かが動いた。



   赤子。



   其の人と同じ髪の色。



   泣きもしない。



   ともすれば死んでいるかのよう。



   やがて。



   歌う声、舞う腕
〈カイナ〉は、止まり。



   其の手は眠る赤子の首に掛けられる。



   父上、藤花さま。



   このままだと、赤子が。



   …?



   声が、出ない。



   躰が、動かない。



   どうして。



   誰か、誰か、赤子を。



   聖、を。



   このままだと、聖が。



   誰か、助けて。



   誰か、誰か。



   …違う。



   誰か、じゃない。



   ああ。












   久遠
〈クオン〉さま。






   貴女なんかに、聖は、渡さない。






   殺めさせやしない。














   動け。



   動け、動け、動け、動け。



   動け、動け、動け、動け、動け、動け。














   動けぇ…ッ!















   …チ。




   ペチ。




   ペチ、ペチ。



   ペチ、ペチ、ペチ、ペチ。



   ペチ、ペチ、ペチ、ペチペチペチペチ…








   …だぁッ


   あ、起きた。


   朝っぱらから!
   人の額をペチペチと叩かないで頂戴!
   と言うか何するのよ!


   だって。
   蓉子ってば全然、起きないんだもの。
   微動だにしないしさー。


   起きたじゃないの!


   うん、起きたね。たった今。
   おはよう、蓉子。


   …おはよう。


   良く眠れた?


   …聖こそ。
   どうなのよ。


   うん、昨日までに比べたら良く寝た。


   …夢は?


   あんま覚えてない。


   …。


   蓉子?


   ところで。
   何故、どうして、貴女は人の上に乗っているのかしら。


   何故って、どうしてって。
   そりゃあ、疾うに朝も過ぎたコト、だし。


   意味が全く分からない。


   さて、蓉子さん。
   ここで一つ、問題です。


   は?


   今の時分は如何ほどでしょーか。


   ふざけてないで良いから、退いて。
   今直ぐ。


   答えてからでも良いじゃない。


   良くない。
   全然、良くない。
   重い上に、夢見も良くな…


   夢見?
   蓉子、夢見たの?


   …ええ、まぁ。


   どんな?
   怖い夢?


   …怖くは、無いわ。
   ただ、夢の中で身動きが取れなかっただけで。
   其れに今、其の理由が良ぉく分かったし。


   ん?


   まさに貴女のせい、よ。
   貴女が乗っかていたから、あんな夢を見たんだわ。


   でもさ?
   蓉子さんは乗っかられる方がお好きでしょう?
   こんな風に、さ。


   …聖。


   んー?


   退いて。
   重いから。


   えー。
   昨夜は人の下であんなに可愛く喘いでくれたぼび
(のに)


   …其れ以上言うと。
   其の顎、砕くわよ。


   しゃ、洒落に聞こえないんですべぼ
(けど)


   洒落じゃ無いもの。


   あがが。


   で?
   どうするの?
   続き、言う?


   …止めておきます。


   賢明ね。
   ついでに降りてくれないかしら。


   其れは出来ません。


   …へぇ。


   はい、其の手待ったー!


   …退いて?


   いや、其の前に。
   私の問題に答えましょう。
   ね?


   問題って。


   今の時分。
   さて何の刻でしょう?


   …巳の刻の始ま、


   ちなみに蓉子さんにしてみれば大分お寝坊さんです。


   …じゃあ、終わり。


   巳の刻の?


   …。


   はい、はっずれー。
   希望的観測はらしく無いなぁ。


   ……じゃあ、何の刻なのよ。


   知りたい?


   分かってるわよ。 
   朝餉の時間も過ぎてる事くらい。


   朝飯どころの騒ぎじゃないんだな、これが。
   ぶっちゃけ、昼飯も危ういです。


   ………は?


   つい先刻時鼓が八つなりました。そして日は疾うに昇ってます。
   はい、此処まで言えば賢明な蓉子さんには分かりますね。


   ……まさか。
   羊の、刻?


   はい、正解でーす。


   ………な。


   な?


   何て事…ッ


   わ、わぁ。


   最早、寝坊の一言で括ってる場合じゃないわ!
   完全に寝坊じゃないの!


   や、結局寝坊の一言で括ってるよ、蓉子さん。


   こんな事してる場合じゃ無いわ。
   聖、退いて。


   嫌だ、退かない。


   聖、少しは立場を考えて。
   二人揃って昼過ぎまで起きてこないだなんて怠惰過ぎる。
   皆に示しがつかないわ。


   そんなの、私は気にしない。


   貴女が気にしなくても、私は気にするのよ。


   私は体面なんぞより、蓉子とこうしている時の方がよっぽど大事。


   あのねぇ…。


   其れにさ。
   蓉子、忘れてる事が一つあるよ。
   其れを思い出さない限り、私は退かない。


   はぁ?
   私が何を忘れてると言うの。


   蓉子、言ったじゃない。


   私が?
   何を。


   本当に忘れちゃったの?


   だから、何を。


   帰ってきたら。
   家で待っていた者に、先ず、何と言うの?


   ……。


   思い出した?


   …私、言っていなかった?


   うん、言ってない。


   本当に聞いてない?


   うん、聞いてない。


   …。


   蓉子は。
   帰ってきて直ぐ、私のところに来てくれたんだよね?


   …然うよ。


   心配、してくれたんだよね?
   討伐を早めに切り上げてきてくれるぐらい。


   …然うよ、悪い?


   有難う。
   凄く、嬉しい。


   …。


   だから。
   ちゃんと私は言うよ。
   お帰り、蓉子。無事に還って来てくれて、本当に、良かった。


   …ただいま、聖。
   貴女がこの家で私を待っていてくれて、本当に、良かった。


   …ふふ。


   聖?
   私、ちゃんと言ったわ。
   もう、良いでしょう?


   いーや、だめ。


   …嘘つき。


   だって、蓉子。
   もう一つ、忘れてるんだもの。
   其れも思い出さないと。


   何よ、出し惜しみみたいにして。
   最初からはっきり言いなさいよ。


   蓉子ってさ、此度の討伐では隊長、だったよね。


   貴女が任命したんじゃない。


   うん、然う。


   だから、何よ。


   隊長は家に還って来たら。
   先ず、何をするべきなのかな?


   …。


   真面目な隊長さんなら。
   先ず、怠らないよね。


   …だって、其れは。


   然うだね。
   だから、今回は特別って事にしてあげる。


   …ずるい。
   自分の事はすっかり棚に上げて。


   然うだよ。
   知らなかった?


   …知ってるわよ。
   知ってるからこそ、腹立たしいのよ。


   あ?
   ひゃぁぁ。


   あーもう。
   本当に憎たらしいわ。


   …てて。
   ほっぺたが伸びるかと思った。
   蓉子さん、乱暴。


   誰のせいよ、ばか。


   あ、むくれた。
   かーわい。


   ば、か。


   へへ。
   ま、然う言うわけだから。


   どういうわけよ。


   報告は、今、聞く事にします。


   え、今なの?


   そ。
   さ、どうぞ?


   せめて起きてからにしましょうよ。


   いんや。
   今、この状態で、じゃないと私は聞かない。


   何なのよ、其れ。


   さぁ、蓉子さん。
   此度の討伐の報告を。


   ……。


   蓉子さん?
   まさかしないつもり?


   …するわ、するわよ。
   だけど。


   …お。


   降りてよ。


   えー。


   えー、じゃない。


   だってこの方が蓉子の胸の感触、がッ


   お、り、て。


   …ちぇー。


   いつまでも。
   いい加減、重たいのよ。


   …じゃ、こうするから良いもん。


   え。


   よいしょ、と。


   きゃ…ッ


   きゃ、だって。
   ただ、抱き寄せただけなのに。
   本当、可愛いなぁ。


   く、苦しいわ、聖。


   あぁ、ごめーん。
   あまりにも可愛いもんだから、つい。


   それから。
   こんなに密着してたら…報告なんて、出来ないじゃない…の。


   …なんで?
   話せるんだから、出来るっしょや…?


   は、話せるけど…。


   ん…?


   ……。


   おや。
   蓉子さんってば、耳が赤いですね。


   …あぁ、もう。
   分かっててやってるわね…。


   何を?


   …耳元で、話さないで。


   …しょうがないじゃない。
   密着してるんだから。


   …離れると言う考えは。
   無いのね…。


   …ん、勿論。
   さ、報告をどうぞ…?


   ……あぁ、もぅ。















   …で。




   …。




   …だったのよ。




   …んー。




   だから…。




   …。




   …聖?




   んー…?




   ちゃんと。
   聞いてる…?




   ん、一応。




   一応…て。
   聖。




   なにー?




   脚、絡めないで。




   でもさー。
   ずっと同じ姿勢で居たら、疲れるでしょや?




   …起きても良いのよ。




   其れは、駄目。




   …で。
   続き、ちゃんと聞く?




   ん。




   …令の事だけれど。
   あの子は元来優しい子だから、戦には向かないかも知れない。
   だけど力はあるわ。経験を積め、ひゃ…ッ




   …ん?




   な、何をするのよ。




   何って?



   今、鼻の頭、舐めたで…ッ




   ふふ。




   ふふ、じゃないわよ…!




   蓉子。




   何よ。




   今、此処に、蓉子が居てくれて。
   嬉しい。




   ……。




   子供の時は星を見ていたけれど。
   今は蓉子が星だから。
   知ってる?あの太陽だって星なんだって。
   イツ花が言ってた。




   …そんな事を言って。
   許してもらおうと思ってる?




   うん。




   ばか。
















   愛してるよ、蓉子。





   …ばか。





   お…。





   …お返しよ。





   ふふ、くすぐったい…。













  Estrellita了












 
“estrellita”・・・西語。意味は「小さな星」。