聖。


   …。


   せーい。


   …あー、なにー?


   髪の毛、伸びたんじゃない?


   あー、そういや伸びたかもー。


   前髪、目に掛かって邪魔そうよ?


   あー、邪魔かもー。


   切る?


   あー、どうしよっかなー。


   切ると言うのなら、切ってあげるけど。
   今、手が空いているから。


   今、手が空いてるって言った?


   言ったけど。
   髪の毛を切る以外のコトは却下だから。


   あー。


   一寸、聖。
   其の格好、もう少し何とかならないの。


   もう少しってー?


   だらしない。
   そもそも、横臥しながら対応するなんて失礼じゃないの。


   ラク、なんだよねー。


   裾が肌蹴てるわよ。


   別にー?
   今は蓉子しか居ないしー、蓉子が来る前は一人だったしー、大体蓉子に見られても今更だしー。


   いちいち語尾を伸ばさないで。
   鬱陶しい。


   へーい。


   …で。
   どうするの?


   んー…。


   良いのなら、私行くわよ。
   仕事が無いわけでは無いから。


   待って。


   切るの?
   じゃあ、支度を…


   いや。


   いや?


   よいしょ、と。
   蓉子、蓉子。


   …何よ、其の手。


   へへ、おいでおいで。


   嫌。


   然う、言わず。


   切らないのね。
   じゃ。


   切って。


   どっちなのよ。


   うん、切って。
   でも其の前に、ねー。


   …何、此の手。


   つかまえたー。
   これで逃げられない。


   誰が逃げるのよ。


   よっこー。


   ちょ…。


   ふふー、いーにおーい。


   もう、何なの。
   大体、ぐうたらしてる暇があるのなら少しは手伝いなさいよ。
   いつもいつも貴女は


   よっこも伸びた。


   …は?


   髪。


   …だから、何。


   切ってあげよう。


   遠慮しておくわ。


   なんでー?


   自分で切るから。


   たまに切りすぎてるコトがあるじゃんかー。
   この前だと耳のこの辺とか、さ。


   …目に掛かって邪魔だったのよ。


   うそ。
   結構、気にしてた。


   …。


   ねー、切ってあげるよー。


   だから、いいって言ってるでしょう。
   それより今は貴女の髪を切る方がさ、き…


   …んー。


   聖、ふざけるのなら…。


   ふざけてないよ。
   蓉子の髪があまりにも綺麗だからちゅーしたくなった、だけ。


   …。


   ねぇ、蓉子。


   近いから。
   耳元で話さないで、離れ…


   …此の髪を。
   私以外の者に触らせては駄目、よ?


   …て。


   仮令、祥子であろうと。
   絶対、だから。


   …。


   当然。
   私の髪も蓉子以外には触らせない。


   …で。
   其れは何の拘り?


   拘りと言うか。
   嫌じゃない。


   そういうもの?


   蓉子ってさ。
   大抵の事は鋭いけど、こういう事には鈍いよね。


   …悪かったわね。


   疎いとも言う。


   あーもう。
   悪かったわね、鈍い上に疎くて。


   悪くないよ。
   ただ、かわいい。


   ……で。


   ん?


   髪、切るの?切らないの?


   それよりも蓉子といちゃいちゃしてたい。


   却下。


   じゃ、切って。


   じゃ、て何よ。


   切って切ってー。


   …はいはい。
   じゃ、支度するから大人しく待ってて。


   はーい。















花 、 
















   あ。
   あー!


   はい、ごきげんよー。


   何、してるんですか?!


   何って。
   ねぇ、蓉子。


   散髪。


   の、準備段階なんだけどね。
   未だ。


   鬱陶しいでしょう、この頭。


   鬱陶しいのは頭の外見だけじゃないと思います。


   ひど。


   あら。
   なかなか正しい見解だと思うけど。


   ひっどー!


   わざわざ蓉子さまがお切りになるんですか?


   ええ、此処最近はね。


   最近と言うか。
   詳しく言うと晩秋頃から、かな。


   別に詳しく言わなくても良いです。


   うらやましかろ?


   全っ然、羨ましくなんかありません。
   第一、私も切ってもらってますから。


   あれ、然うなの。


   揃えるぐらい、だけど。


   えー、聞いてない。


   言ってない。
   言う必要も無い。


   冷たい。


   孫の髪の毛を切るのに、どうして貴女の了承を取らないといけないの。


   了承、と言うか。
   私も切りたいなぁ祐巳ちゃんの髪の毛、みたいな?


   嫌です。


   みたいな、言うな。


   …紅って本当、おきつい。


   聖。


   …なに。


   切り始めるから、くれぐれも動かないでね。


   …。


   返事は?


   あい、仰せのままに。


   ところで、祐巳。


   はい、蓉子さま。


   祥子達と一緒では無かったの?


   あ、然うでした。


   然うでした、て。
   言葉が変だよ、祐巳ちゃん。


   イツ花にお茶を頼もうと思って。
   今、休憩中なんです。


   どう?
   順調?


   由乃さんは頭から湯気が出そうって言ってます。


   湯気って。
   はは、由乃ちゃんらしい。


   今は何をやっているの?


   太刀風と華厳です。


   ああ、二段階まで進んだのね。


   はい。


   華厳だったら二人まとめて、私が手取り足取り幾らでも教えてあげるのに。


   要りません。


   はい、然うね。
   然う言われると思ってました。


   由乃ちゃんは相変わらず術が苦手なようね。


   頭がこんががると言ってるんですけど…でも、頑張ってるんですよ。


   ええ、知っているわ。
   責めているわけでは無いのよ。


   それから。
   こんががる、じゃなくて、こんがらがる、だね。


   …。


   あら、悔しそうな目。


   由乃ちゃんの場合は職が職と言うのもあるのだけど。


   はい。


   けれど取り組む姿勢はどっかの誰かさんよりずっと、良いから。
   大丈夫。


   ま、誰かさんの場合は資質が高かったってのもあるんだけど…て、わぁ。


   失礼、手元が滑ったわ。


   なんつか、思い切り行ったね。
   まぁ、良いけど。


   由乃さんは基本的に負けずキライなんです。


   ええ。


   だから、私も頑張ろうと思います。


   然うね。


   ……。


   ん、何?


   蓉子さまって、本当に何でもお出来になるんですね。


   はっは。
   すごかろ、私の嫁は。


   嫁じゃない。


   特にね、私の事となると蓉子は凄いんだなぁ。
   何しろ、躰の傷の場所も数も


   私、そろそろ行かないと。


   あれ、突っかかって来ないの?


   当主様をいちいち構える程、暇じゃ無いんです。
   蓉子さま。


   うん。


   私、行きます。
   邪魔をしてしまってすみません。


   そんな事無いわよ。
   それから、頑張って。


   はい、頑張ります。
   そしていつか必ず、怠け者で資質の高いばかりの人を追い抜かします。
   由乃さんと志摩子さんと一緒に。



















   聖、望みの長さはある?


   今更?
   こんなに切っちゃったのに。


   じゃ、文句は?


   この長さで良いから、文句は無いよ。


   然う。
   後は仕上げだけだから。


   はい、じっとしてますよ。


   ……聖。


   んー…。


   今日は良い天気よね。


   いきなり?


   ふと、思ったのよ。


   うん、良い天気だね。


   もう春なのね。


   二度目の、ね。


   いつか、あの子達は…


   少なくとも。
   志摩子はもう、追い抜かすと思う。
   今は未だ、数こそ少ないけれど。


   然うね。


   ま、いーんじゃない?


   ええ、良いわね。
   私達も然うだったし。


   しかし、良い天気だね。
   日差しがあったかい。


   日向ぼっこでもしたくなりそうな陽気だわ。


   じゃ、しようか。
   切り終わったら。


   仕事、あるのだけど。


   ま、いーんじゃない。
   二人でまったりしようよ。
   今日ぐらい、さ。


   今日ぐらい、ね…。


   然う。


   然うね、其れも良いかも知れないね。
   …はい、出来た。


   はい、ありがとう。
   うん、流石蓉子さん。


   ついでだから、爪も切ってあげるわ。


   うん。



















   明日は。


   んー。


   試合だと言うのに。


   試合だからこそ、いーんだよ。


   貴女の其ういう所、少しだけ羨ましいって思う時がたまにあるわ。


   大体さ、気負うものでもないじゃん。


   然うなのだけど。


   けど、じゃないの。
   先刻、今日ぐらいって言ったでしょや?


   はいはい。


   お姉さま。


   祥子。
   術の講義は終わったの?


   はい。


   二人は?


   志摩子を誘って、三人で復習するそうです。


   若しかして追い出されちゃった?
   可哀想な祥子。


   私は私で別の用があるだけですわ。


   じゃ、そーいうコトにしておこうか。


   ……お姉さま方は、


   二人で日向ぼっこしながら爪切り中。
   うらやまし?


   いいえ、全く。


   はは、姉妹揃って素直じゃない。


   …明日はいよいよ試合ですわね、お姉さま。


   ええ、然うなのよ。


   祐巳と共にお姉さまのご武運をお祈りしています。


   有難う。


   私のは?


   ついでで宜しいのなら、仕方なく。


   はは。
   然うだ、祥子も出たい?
   今からでも間に合うけど。


   邪魔立てをする気は御座いません。
   其れに私は、出ようと思うのなら、次がありますから。


   は、それもそーだ。
   それより祥子。


   何ですか。


   そんなに眉間に皺寄せないでよ、怖いなぁ。


   お姉さま譲りですから。


   本当、良く似てる。


   …一寸、聞き捨てならないのだけれど。


   ほら、まさにそっくり。


   ……。


   あだだだ、痛い、痛いよ、蓉子さん。


   あら。
   私はすっかり弛んでしまった贅肉を抓んでるだけよ。
   こんなので明日、本当に大丈夫なのかしらね。


   駄目な時は蓉子に何とかしてもらうからいいんだー。


   莫迦。


   …。


   祥子も。


   申し訳ありません。


   でさ、祥子。


   …。


   私、髪切ったんだけど。


   ええ、祐巳から聞いていますわ。
   其れが何か。


   どうかなぁ。
   蓉子に切ってもらったんだけど。


   伸びる前の当主様に戻っただけですわね。


   えぇ…。


   では、私はこれで。


   妹も乙女心が分からないのかなぁ。
   姉に似て。


   聖にだけは言われたくない。
   祥子。


   はい?


   二人は、どう?


   見立てだと、この調子で行けば。
   志摩子ほどでは無いにしろ。


   然う。


   では。
   ……。


   ん、何?
   やっぱりうらやま


   切った髪の事よりも、お姉さまに切ってもらった事の方が肝心なのでしょうね。
   貴女は。



















   はい、終わり。
   動いても良いわよ。


   あーい。
   んーー…。


   固まった?


   少し。
   だけど足を乗せてた膝の感触がとても良かったから。


   にやけすぎ。


   そりゃ、にやけすぎますよ。
   何物にも変えがたいね、あれは。


   深爪、してない?


   ん、だいじょぶ。
   …へへ。


   気色悪い。


   よーうこ。


   ……。


   ふふー、やっぱり私の隣は蓉子さんだね。
   肩なんかを抱いちゃったりして、もう、格別。


   そのまま寝ないでね。


   はーい。


   …。


   …。


   …穏やかな日ね。


   うん、凄く穏やか。


   明日も晴れると良いわね。


   屹度、晴れるよ。


   根拠は?


   私も蓉子も晴れ女だから。


   然うだったかしら。


   そーいうことにしておいて。


   …聖。


   んー…?


   明日は…


   楽しもうよ。
   折角のお祭なんだから、さ。


   …ええ、然うね。


   然うだ。
   お餅、買ってあげるね。


   …葵餅?


   勿論。
   蓉子、大好きだもんね。


   …。


   無駄使いだなんて、言わないで。


   言わないわ。
   折角のお祭だもの。


   そうこなくちゃ!
   でさ、こそっと二人で食べよ?


   二人で、なの?


   そ、二人でこっそりと。
   花でも見ながら、さ。


   …うん。


   本当?


   本当。


   じゃ、決まり。
   うん、益々明日が楽しみになってきた。


   ええ、楽しみね。


















花 、 隣 了



















   …あ、そうだ。


   …?
   何…?


   約束どおり、今度は私が切ってあげるね。


   …いいわよ。
   と言うか、約束なんてしてない。


   じゃ、試合が終わったらね。
   ふふ、こっちも楽しみー。


   其の“いい”じゃなくて。


   任せて。


   いや、だから…ッ?


   …よっこ。


   ……。


   私にも触らせて?


   …散々、触ってるくせに。


   欲しいなんて、言わないから。


   言ってもあげないわ。


   …。


   …いやよ、絶対に。


   …うん。


   ……。


   さらさらー。


   …好きね。


   うん、好きー。
   だから誰にも触らせないんだ。


   …私、も。


   ん、なに?


   …何でもない。
















  花隣・・・春隣をもじってみた。