目の前に広がるは、朱。
其れは何処までも取り止めも無く広がって。
やがては、全てが、塗り潰された。
黄 薔 薇 ノ 陣
私も、行きたい。
…。
私だってもう、初陣を飾っても良い頃合なのよ。
其れなのに。
…由乃。
祐巳さんは先月、志摩子さんは先々月に初陣を迎えたわ。
なのにどうして私だけ。
由乃。
私は確かに生まれつき体が弱いわ。其れは自分でも認めてる。
けど私だって…!
然う、屹度由乃は戦える。
私なんかより、よっぽど。
じゃあ…!
けれど。
許すわけにはいかない。
どうして…ッ
由乃、鬼と戦うと言う事は訓練の其れとは全然違う。
負ければ、死ぬの。
そんなの、知ってるわ!
戦に負けないにしても、討伐中は強行軍すら辞さない時だってある。
然うなると健康にだって著しく影響が出るわ。
由乃の体では耐えられないかも知れない。
そんなの、やってみなければ分からないじゃない!
体が弱いと言ったって私は、
分かるわ!
だって、私だってきついと思う時があるのだから!
自分ですら其のざまなのに、どうして、由乃を連れて行くなんて言えるの!!
でも…!
兎に角。
此度の討伐には由乃は連れて行かない。
話は以上、よ。
そんなの、令ちゃんが決める事じゃない!
お姉さ…当主様には私から言っておくわ。
令ちゃん…!
分かって、由乃。
令ちゃんの…令ちゃんの分からず屋!
…分からず屋で結構。
由乃を失う事に比べたら、そんなのどうって事ないわ。
どうして最初から決め付けるの!
そんなの、変だわ!理不尽!!
…私は。
由乃が戦って血を流すところなんて見たくないし、だからと言って見ていないところで傷つくのも嫌。
それこそ、耐えられない。
…ッ
…其れに。
私は守れないかも知れない。
自信が全く、無いのよ…。
私は…!
私は守ってもらおうなんて思ってない!
…。
私はただ、令ちゃんと一緒に戦いたいだけ!
今の私では令ちゃんには全然及ばないかも知れないけど、だけど!
…。
何か言ったらどうなの!
…由乃、お願い。
お願い?
お願いって何?諦めろって事?
じゃあ、何?
私は一生戦を知る事も無く、皆が討伐に行くのをただ見守って、無事に帰ってくるのをただ祈って、
疲れて傷ついて帰ってきた皆を労って…!!
…。
いっぱい怪我をして、血を流して、たくさん痛い思いをしながら戦っている令ちゃんを…!!
ただ、黙って見てろって事なの…!?
…そんな事。
そんなの…!
私だって耐えられない!
耐えられないのよ…!!
……由乃。
ねぇ、令ちゃん。
私を連れて行ってよ。
疲れたなんて言わないから。足手纏いになんかならないから。
…。
令ちゃんだって知ってるでしょう?
私を訓練してくれたのは、他ならぬ、令ちゃんなんだから。
…知ってるよ。
由乃は誰よりも素質が高い…。
…私を。
私を連れて行って、令ちゃん。
由乃…。
私は戦いたいの。
令ちゃんの隣で。
誰の隣でもない、令ちゃんの隣、で。
…御免、由乃。
令ちゃん!
私は、どうしても。
頷く事は…出来ない。
・
…当主様、今なんて。
今月は親王鎮魂墓へ討伐に行ってらっしゃいな。
其の後です。
隊長は令。
面子は祥子、祐巳、由乃。
…どうして。
どうして由乃が入っているのですか…!
そろそろ、弟君を解放しようかと思って。
ほら、親が一緒の子が二人くらい居ると何となく出来そうじゃない?
要因が“兄弟”だけに。
つまりは崇良(あがら)親王とやりあえ、と。
然ういう事ですか?
ついでに髪も討ってきても良いわよ。
分かりました。
けれど由乃を連れて行くのは同意しかねます。
由乃が行かないと意味が無いじゃない。
私の話、聞いていなかったのかしら?
お姉さまもご存知の筈です。
由乃は生まれつき、
虚弱体質、ね。
幼年期には訓練の疲れのせいでしばしば熱を出していた由乃を、
訓練など比にならぬ程過酷である討伐に連れて行くだなんて。
然うね。
だから此度は強行軍は禁止。
其れを考えると親王鎮魂墓ほど、適した場所は無いわよ。
先代達が近道を作っておいてくれたから。
難点を言えば、少し気持ちが悪くなるくらい。
強行軍はせずとも、戦は必ずあります。
まぁ、討伐だものねぇ。
ましてや大将とやりあうのであらば。
どうか、志摩子を四人目して下さい。
其れか乃梨子を…。
何度も言うようになるけれど。
此度は由乃を外しては意味を為さないの。
大体、乃梨子は未だ訓練期間中だから出陣は無理。
そして乃梨子の訓練をするのは志摩子だから、志摩子も無理。
お姉さまが乃梨子の訓練をすれば…。
しないわよ?
乃梨子の事は志摩子に任してあるから。
…。
まぁ、訓練はしないけれど。
気が向いたら術ぐらいは教えるつもり。
志摩子も覚えていないのが幾つかあるから、気が向いたらついでに。
…あくまでも。
気が向いたら、なんですね…。
なので今回の面子はどう足掻いた所で先刻言った四人で、行き先は親王鎮魂墓で決定。
と言うわけで、はい、行ってらっしゃい。
…そんなに親王の解放をご所望なのですか。
うん?
お姉さまは由乃より神の解放の方が大事なのですか…!
別に?
大事じゃないわよ。
解放は寧ろ、おまけ。
…は?
神なんぞ、本当はどうでも良いのよ。
欲しいのは名目。
名目…て。
虚弱体質とは言え、無理をしなければ良いだけの話。
だからこそ貴女を此度の隊長に任じるのよ、令。
別に祥子でも良かったのだけれど、他人の手に委ねるのは嫌じゃない?
ちょ、一寸、待って下さい。
神の解放が目的で無いのなら、何も由乃を連れて行かなくても。
ああ、そうそう。
由乃には祐巳ちゃんを通して伝えておいたから。
今頃、俄然やる気を出していると思うわよ。
な…。
まぁ、此度の討伐中においての権限は貴女にあるから。
これ以上は無理だと判断したら、其れは其れで良いわ。
遠慮なく、帰ってくれば良い。
由乃にとっては初陣なわけだし。
お、お姉さま、仰っている意味が…。
若しも貴女が隊長役を断ると言うのなら。
然うね、由乃を隊長にしてみようかしら。
存外、面白い事になるかも知れないし。
よ、由乃を…ッ?
ぐだぐだ言ってたら、置いていかれそうよねー。
…。
主に祐巳ちゃん辺りが苦労しそうだわね。
猪突猛進なあの子の調子に合わせなければいけないのだから。
ああでも、祐巳ちゃんも言う時は言う子だし。
然う考えるとあの二人、結構呼吸が合うのかも知れない。
其れを試すと言う意味でも…
待って下さい。
うん?
隊長は。
此度の隊長は私がやります。
ああ然う?
其れは残念だわね。
由乃が隊長でも面白いかもと思い始めた所だったのに。
当主様。
うん?
隊長として。
今一度、お聞きしたい事があります。
何かしら?
由乃を面子に加えると言うお考えは。
隊長である私が何を言ったところでお変わりはしない、と。
ええ。
変わらないわ。
…分かりました。
そんな、泣きそうな顔をして。
仕方の無い子ねぇ。
…由乃は。
由乃は私が命を懸けてでも守り通します。
絶対、に。
然う。
ま、程ほどにね。
泣いても笑っても命は一つしか無いのだから。
…出陣の支度をして参ります。
其れでは…。
…令。
…はい。
昔、ね。
家出をした子が居たそうよ。
…。
しかもね、何をとち狂ったのか一人で髪に挑んじゃって。
無謀と言うか、ただの莫迦と言うか。
一つの事にのめり込み過ぎて、周りが見えなくなったばかりか、歯止めが全く利かなくなって。
…。
ま、其の莫迦とは違うかも知れないけど。
…其の子はどうなったのですか。
家の者一人が後を追いかけて、おまけにぶん殴って連れ戻した…らしいわ。
思えば良く居場所が分かったものよね。
髪は…?
ついでに討ってきた。
曰く、連れ戻すのに邪魔だったから。
二人で、ですか?
いいえ。
一応、三人で、と聞いているわ。
追いかけた一人を更に追ったのが一人居た…そうだから。
…然う、ですか。
もう、陽炎って便利よねー。
と、此れは追っかけた者を追った者の言。
…覚えておきます。
何を?
…色々、と。
そ。
ま、良いわ。
…では。
そうそう。
今宵は十分に休むよう、皆に伝えておいて。
幕間一
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