御前試合に出場する?


   うん。


   聖が?


   私だけじゃないよ。


   …。


   然う、蓉子も。


   何も聞いていないわ。


   でも、分かっているでしょう?


   …。


   しし。


   …残る面子はどうするの。


   江利子。


   え?


   三人で、出る。


   ……。


   驚いた?


   …それ、江利子には?


   言うと思う?


   私に言えと?


   志摩子辺りにでも。


   聖、貴女ね。


   もう、決めたから。


   決めたのは良いけれど、貴女、そんな躰で戦えると思っているの?
   勘だって屹度、鈍っているわ。


   …。


   実戦から離れて、


   蓉子。


   …聖。


   先代達が揃っていた、最後の祭。


   ……。


   最近、ちょろっと話したでしょや?


   …まさか、真似ようと?


   まさか。
   あれの真似なんか、出来ないって。


   …。


   あれはあの三人だから出来る事であって、もっと言えばあの三人が揃っていたからこそ出来る芸当だよ。
   然う、思わない?


   じゃあ何故、私達三人なの?


   さて、なんでかな。


   しかも江利子には話してないなんて。
   あの子だって実戦から退いて


   少し、動かそうと思ってる。


   …江利子を?


   躰。
   付き合ってよ。


   ……。


   ん?


   …それ、本気で言っているの?


   出るからには優勝、しようかなって。


   ……。


   んん?


   …どうしたの、聖。


   どうしたのって?


   貴女が御前試合に出るだなんて。
   それだけでも


   有り得ないと思っているのに?


   ……優勝だなんて。


   ……。


   聖?


   蓉子はさ、夏のに出たんだよね。


   ……。


   先代と。


   …ええ、然うよ。


   ……。


   ……。


   相翼院でも、行ってみようか。


   …相翼院に?


   河童相手に、腕試し。


   ……。


   うん?


   それで取り戻せると思っているの?


   まぁ、やらないよりかはましじゃないかしら?


   …はぁ。
   聖。


   はーい。


   本気、なのね?


   本気、とまではいかないけど。


   いい加減な気持ちでは


   先ずは手合わせ、願おうか。


   …。


   ね、蓉子。














   笑















   おーい、白ちびー。


   ……。


   然う、そこの白ちび。


   ……。


   てこら、無視すんなー。


   ……。


   ごきげんよー?


   …同じ家の中にいるんだけど。


   んー?


   …ごきげんよう。


   今日も良い仏頂面、してんねー。


   ……。


   て、わけで。
   はい、これあげる。


   …は?


   羯鼓、楽琵琶、鈴に、和琴、拍子に、


   ……。


   箏、篠笛に笙、篳篥、そんでもって、うたー。


   …私にどうしろと言うのですか。


   どうしろ?


   こんなもの、渡されても。


   それねぇ、この間の試合で優勝した時に帝からぶんどってやったんだー。


   …。


   大陸から来たものでねー、なんかえらく大切なもんだったらしいよ。
   でもだからって飾ってあるばっかりじゃ、勿体無いじゃんね?


   …はぁ。


   じゃ、渡したよ。


   ……は?


   宴、やるまでに出来るようになっておく事だって。


   意味が分かりません。


   分からなくて良いよー、意味は。
   ただ、感じれば良いのさ。


   …。


   なんて、ねー。


   …どうして私が


   嫌なら。


   …。


   蓉ちゃんに、渡しておいて。


   はぁ?


   て、藤が言ってたよ。


   なんでお姉さまが。


   それ、私が言いたいなぁ。


   …。


   どうせなら、江利ちゃんが良かったなぁ。
   江利ちゃんの姉としてはさー?


   …。


   お。


   お返しします。


   お断りしまーす。


   …。


   当主(つばき)の願い、だから。
   こればかりは、ねー。


   …当主様の?


   うん、然う。
   だから逆らえない。
   誰も、さ?


   …。


   でもなぁ、やっぱり江利ちゃんが良かったなぁ。
   姉としては。


   ……。









   トン、トン、トン…。





   …当主様?


   ああ、志摩子。
   ごきげんよう。


   何をなさっているのですか?


   これ、叩いてるの。


   …太鼓、ですか?


   黄色の先代が帝からぶんどった代物の一つ。


   帝から?


   試合で優勝した時に。


   賜ったのでは無いのですか?


   いや、ぶんどったみたいよ。


   …つまり、これは帝の。


   然う、帝の。
   大陸のものらしいよ。


   だからですね。


   だから、何?


   意匠が普通のものとは違うな、って。


   へぇ、分かるんだ。
   こういうの。


   いいえ、分かると言う程では…。


   でこちんの影響?


   ……。


   興味あるなら、志摩子にあげるよ。


   …いいえ、そんな。


   要らない?


   私が持っていて良い物ではありませんから…。


   ただの太鼓でしょや?


   ……。


   まぁ、良いや。
   志摩子、これ蔵に戻しておいて。


   蔵に?


   部屋にあっても、邪魔だから。


   邪魔…ですか。


   うん、邪魔。


   ……。





   聖。





   あ、蓉子。


   …て、それ。
   蔵から出してきたの?


   うん。
   でももう、志摩子が仕舞うところ。
   ね、志摩子。


   そうなの、志摩子?


   …はい。


   聖、貴女が出してきたのではないの?
   そうだとしたら、


   蓉子はさ。


   …人が話してる時に。


   なんだかんだで、様になってたよね。


   …そうでもないわよ。
   付け焼刃にすらならなかったもの。
   志摩子。


   …はい?


   聖にやらせれば良いから。


   ですが、


   志摩子、お願いね。


   聖。


   ふあぁぁぁ、眠たくなってきた。


   て貴女、昼から鍛錬をするのでは無かったの。
   付き合って欲しいと言うから、私は…


   うん、昼寝してから。


   あ、こら。


   じゃ志摩子、宜しく。


   志摩子、聖にやらせるから。


   …。


   蓉子、膝、膝。


   貸しません。
   志摩子。


   …私、行きますね。
   ごきげんよう、当主様、蓉子さま。


   志摩、って、聖。
   勝手に


   ごきげんよう、志摩子。


   ああ、もう。








   蓉子ちゃん。


   …はい?


   ごきげんよう。
   それは?


   ごきげんよう、藤花さま。
   これは


   本、ね。


   はい。


   蓉子ちゃんは本を読むのが好きよね。


   はい、好きです。
   でも…。


   でも?


   …あまり、読めてなくて。


   それは私の妹が原因かしら?


   え。


   ん?


   …違いますよ。
   聖は関係ありません。


   然う?


   …あくまでも、私の問題ですから。


   蓉子ちゃんの、ね。


   はい。


   椿は。


   …?


   蓉子ちゃんのように、優しくはなかったわね。
   本を読む時は、他の者を容赦無く排除したもの。


   …排除。


   は、言い過ぎだとしても。
   それに近いものはあったわね。


   ……。


   ところで、蓉子ちゃん。


   はい。


   よいしょ、と。
   これ、貴女に。


   えと…これは、


   気になっていたでしょう?


   …太鼓、ですか?


   羯鼓、と言うらしいわよ。


   がっこ?


   先の試合でね、菊が帝からぶんどったの。
   蓉子ちゃんも見ていたでしょう?


   ああ、あの時の…。


   大陸のもの、らしいけど。
   他にも幾つかあるのよ。


   他にも?


   あれでこういうのが好きなのよね、菊。


   …楽しそうにしていますよね。


   見た事、ある?


   太鼓、叩いてるところを。
   音は良く聞こえてきます。


   やかましいわよね。


   私は好きですよ。


   それ、菊が聞いたら喜ぶわ。


   それから藤花さまの笛の音も。


   うん?


   とても澄んでいて、好きです。


   あらあら、嬉しい事言ってくれるわね。


   それで、藤花さま。


   椿の願いなのよ。


   お姉さまの?
   でも私は何も


   蓉子ちゃんが叩いてくれても良いけれど。


   私が?


   遠慮したい、と言うのなら。
   江利子ちゃんに渡して。


   江利子に?


   然う、ちびでこに。


   …藤花さま。


   あのおでこ、一度くらいは撫でてみたいわ。
   菊のはぺしぺししたくなるけど。


   えと、江利子に渡せば良いのですか?


   ええ。


   若しかして最初から


   いいえ。


   …。


   でもまぁ、蓉子ちゃんには別の物が用意されているようだから。


   別の物?
   別の物とは


   今、知る必要は無いわ。
   直、分かる事だから。


   あ、藤花さま…。


   じゃ、ごきげんよう。


   え、あ、はい、ごきげんよう…。


   うん。


   ……え、と。
   とりあえず、江利子に渡せば良いかしら…。









   ぴぃーー…。





   …江利子さま?


   …。


   ……。


   …ああ、志摩子。


   それは…。


   太鼓なんか抱えて、何をしているのかしら?


   …蔵へ片付けに行くところです。


   ああ、然う。


   江利子さま、その笛は…


   龍笛。


   …。


   その羯鼓と同じく、先代が帝からぶんどった代物の一つ。


   それも、ですか?


   ええ、これも。


   江利子さまが


   一応、笛は吹けるけれど。


   存じませんでした。


   言わなかったし、わざわざ言う事でも無いから。


   ……。


   けれど私が吹いた事があるのは篠笛。


   若しかして持っていらっしゃるのですか?


   ええ、お姉さまに貰ってね。
   とは言え、ここ暫くはずっと仕舞いっ放しだけれど。


   ではその龍笛は…


   志摩子。


   …?
   はい。


   これ、蓉子に。


   え。


   それ、蔵に片付けてからで良いわ。


   …はい、分かりました。
   では直ぐに戻って参ります。


   急がなくても良いわよ。
   私は未だ、此処に居るつもりだから。


   …。


   ……。


   …あの、江利子さま。


   うん?


   …いいえ、何でもありません。
   それでは。


   志摩子。


   …はい、何でしょうか。


   気が向いたら、そのうちね。


   ……。


   暫く、吹いていないから。
   どうかとは思うけれど。


   …はい。








   吾唯足知。


   ……。


   大陸の僧の言葉。


   ……。


   人は欲で動く。
   現状で満足する事は、恐らく、無い。


   人とはそういう生き物です。
   業ばかり、深まっていく。
   長く生きれば、生きる程。


   それはある意味、正しい。
   けれど、尺で計り切れるとも限らない。


   …。


   吾、唯、足ルヲ知ル。


   雑食、ですね。


   然うね。
   但し、興味を持てば。


   それは皆、然うでしょう。


   貴女は然うでは無いように見えるわ。
   同じを好しとしない。


   …どうでしょうか。


   ところで、江利子。


   はい。


   貴女を呼んだのはこれを渡す為。


   蓉子でなくて宜しいのですか。


   ええ。
   蓉子には別の者が別の物を渡すでしょう。


   それは当主様の


   我が侭、とでも、しておいて頂戴。


   …。


   これは先の試合で菊が帝からぶんどった物。


   存じ上げております。


   本来ならば全て、貴女に引き継がれるべきなのでしょう。


   私が持っていても、持ち腐れで終わってしまうだけです。
   お姉さまが持っているからこそ、これらには価値が付加される。
   然う、思います。


   帝では無くて?


   所詮、あれはただの盆暗です。
   今の世、飾り物にすらならない。


   言うわね。


   それ程でもありません。


   ……。


   …蓉子を呼んで参りましょう。


   良いわ。


   …。


   江利子。


   はい。


   或いは、聖に。


   …聖?


   渡しなさい。


   …それは命令でしょうか。


   ええ、命令よ。


   …分かりました。
   ですが、己の物にしてしまうかも知れません。
   それでも


   構わないわ。


   …承知致しました。
   それでは。


   ごきげんよう。


   ごきげんよう、当主様。









   しゃらららん……。





   …?


   ごきげんよう。


   あ、江利子。


   …ごきげんよう、蓉子さま。


   ああ、志摩子。
   ごめんなさいね。


   いいえ。


   次があったら必ず、片付けさせるから。


   はい。


   我が家の当主は良く寝てるみたいね。


   そうなのよ。
   鍛錬をするなんて言って、結局この様。


   で、結局貴女は膝を貸していると。


   ……勝手に借りられているのよ。


   嫌だったら、貸さなければ良いだけの話よ。


   それは…然うなのだけれど。


   可哀想、だなんて。
   思った方が負けよ。
   色恋事と同じ。


   …ところで、江利子。


   うん?


   それは。


   神楽鈴。


   …菊乃さまが帝から賜った


   ぶんどった代物の一つ。


   …もう。
   どうしてうちは代々、そういう口の利き方をするのかしら…。


   簡単な事よ。
   好感を、全く、持っていないから。
   紅の先代を筆頭にして、ね。


   …。


   鬼が撒き散らかした流行り病の種。
   その種が人の身体に根付いて、花を咲かせる。
   然う、死の花を。


   ……。


   人をほぼ確実に死に至らしめる、そんな病が大いに流行った村を丸ごと一つ、焼き払うやり方。
   誰が、赦せるのかしらね。


   それは……一部の人間の話で。


   紅の先代の怒りは凄まじかったらしいけれど。


   ……。


   ともあれ一度蒔かれた恨みの種は、遅かれ早かれ、人を鬼に変じさせる。
   知っているでしょう?


   …ええ。


   あの江利子さま、村を一つ焼き払ったとは…


   私達がこの家に来る前の話。
   今はもう、無かった事にされているわ。
   誰も彼もが口を閉ざし、触れたがらない。
   村があった場所は、今はもう、何も無い。


   …そんな。
   京はやっと、復興してきたのでは無いのですか。


   京の中心は、ね。


   中心…。


   隼人や土蜘蛛、熊襲や蝦夷、中央に従わない者はもとより。
   流れ者が集まっただけの、しかも病んでしまった小さな集落たった一つ潰したところで、彼らは何も痛まないわ。
   ねぇ、蓉子。


   ……。


   ……酷い。


   曰く、一部の人間の話だけれど。
   然う、実の弟すら殺してしまうような、ね。


   …江利子。


   なんて、そんな話をしに来たわけでは無いのよ。
   蓉子、これを。


   …神楽鈴。
   懐かしいわね。


   それから。


   龍笛…。


   貴女の笛。


   蓉子さまの…。


   …でも、どうして?


   羯鼓。


   …?


   あれは私の物、だったわね。


   え、ええ。


   …ふ。


   江利子?


   その莫迦、そろそろ起こしたら?
   起きるのを待っていたら、日が暮れるわよ。


   でも


   貴女が出来ないのなら、私が





   起きてるよ。





   聖。


   頭の上ででこっぱちが五月蝿い。
   折角、気持ち良く寝てたってのに。
   …ふぁぁぁ。








   「「「あ」」」





   ……。


   ……。


   …え、と。


   ……。


   …ごきげんよう、蓉子。


   あ、うん、ごきげんよう、江利子。
   丁度良かった。


   ……。


   ごきげんよう、聖。
   あの、後で貴女のところに


   それ、羯鼓ね。


   え?


   貴女が持っている太鼓。
   意匠、無駄に凝っているわ。


   あ、ああ。
   これ、江利子にって。
   藤花さまから。


   藤花さまから?


   ええ。
   江利子のは鈴?


   神楽鈴。


   それも帝から


   ぶんどった代物。


   …江利子まで。


   ……。


   聖、聖は何を持っているの?
   それは笛かしら?


   ……。


   龍笛、ね。


   ……。


   え。


   …渡したから。


   聖、待って。
   どうして私に


   迷惑な事に、そこのでこっぱちのお姉さまから言われたのよ。


   ……。


   せ


   白ちび。


   ……。


   これ、あんたに。
   当主命令。


   ……。


   この家の秩序に逆らいたいのなら、勝手にすれば良い。
   家出でもなんでも、お好きにどうぞ。


   止めて、江利子。
   そんな事、二度と言わないで。


   ……。


   聖もそんな怖い顔しないで。
   江利子は本気で


   渡した、から。


   あ。


   ……。


   ありがとう、聖。


   …。


   菊乃さまとの約束、守ってくれて。


   …別に。


   江利子、その鈴貸して。


   …どうぞ、ご勝手に。


   ありがとう。
   ねぇ、聖。
   これを。


   …そんなもの、要らない。


   お願い、受け取って。


   …貴女のお願いを聞く筋合いなんて


   多分、お姉さまの願いだから。


   ……。


   だから…お願い。


   …これでどうしろって言うのよ。


   鈴なんだから鳴らせば良いんじゃないの。
   まぁ、ただ鳴らすだけならそこら辺の豎子でも出来るけれど。


   ……。


   じゃあ、私は行くわ。
   用は済んだから。


   江利子。


   …。


   ありがとう。


   残念ながら、私には当主命令だったから。









   笑い、笑え、泣き、笑え。


   …。


   それで次の御前試合の事だったわね。


   …ええ。
   どう、かしら。


   それが当主命令なら、私に考える余地は初めから無いわね。


   …ふあぁぁ。


   聖。


   …寝足りない。


   見世物、だったかしら。


   …。


   出るとしても、祥子と令、それから。


   …?
   江利子さま…?


   志摩子、とか。


   …え。


   鬼とは勝手が違うから、面白いわよ。


   ……。


   面白いかどうかは、別にして。
   私もそのつもりだったのよ。


   …蓉子さま。


   江利子も言っているけれど、本当に勝手が違うの。


   それが鬼と戦う時に役に立つかどうかは、知らないけど。


   …聖。


   だって、然うじゃない?
   人間の方がよっぽど、えげつない。


   …然うでもないわよ。


   ま、体力莫迦は真っ正直でやり易いけど。


   …もう。


   何にせよ。
   私達が、出るのね。


   …良いかしら。


   命令、とあらば。


   さぶいぼが出る。


   聖、本来ならば貴女がちゃんと、


   でこちん。


   何、天狗面。


   足、引っ張んなよ。


   然うね。
   精々、後頭部に矢が刺さってしまわないようにするわ。


   聖、江利子、どうして貴女達は子供の頃から顔を合わせると


   気に食わないから。


   気に入らないから。


   …ああ、もう。
   ねぇ、志摩子。


   …はい?


   昔からこうなのよ。
   貴女はどうしてだと思う?


   ……。


   でこっぱち。


   白ちび。


   この調子でこの家、吹っ飛んでしまいそうになった事すらあるのよ。
   その時は先代様方が止めて下さったから、事無きを得たのだけれど…。


   …私には。


   うん。


   戯れているようにも見えますが。


   戯れ?
   戯れですって?


   冗談、誰がこんな奴と。


   時間の無駄ね。
   まるで面白く無い。


   聖、江利子。
   いい加減にしなさい。
   子供の前で大人気無いでしょう。


   …ふん。


   は。


   あぁ、もう。
   最近になってやっと、落ち着いてきたと思っていたのに。


   …あの、蓉子さま。


   何、志摩子?


   …まことに言い辛いのですが。
   恐らく、蓉子さまが原因かと。


   …え?


   …。


   …。


   私が原因…て。


   …申し訳ありません。
   私如きが過ぎたる事を…。


   ……。


   ……。


   ……。


   …聖、江利子。


   んー。


   何かしら。


   私が、原因なの?
   私が、二人を


   ただ、気に食わないだけ。
   昔から知った顔、しやがる。


   ただ、気に入らないだけ。
   昔から、鼻について。


   だからその原因を作っているのは


   それより、蓉子。


   え。


   鍛錬、しよう。
   そうしよう。


   え…え?


   ほら、蓉子。
   立った、立った。


   せ、聖、引っ張らないで。


   志摩子。


   …はい、江利子さま。


   暇潰し、もう暫し付き合うつもりは?


   …はい、構いません。


   然う。
   じゃあ、蓉子。


   …え、なに?


   それ、精々使えるように仕上げておいて。
   頭に矢、刺さらないで良いように。








   とん……。





   ……。


   相変わらず、詰まらなそうねぇ。


   ……。


   ちゃんと受け取って貰えたようで、良かったわ。


   …受け取ったわけではありません。


   然う?


   …。


   太鼓は、あんまり触った事は無かったわよね。


   …それが何か。


   何か無ければ駄目かしら?


   ……。


   笛の方が良かったのだろうけど。


   …何の意味も無いのなら。


   無いのなら?


   ならば精々、叩くだけです。


   然う。
   それで良いわ。


   …。


   椿が、決めたのよ。


   …然うですか。


   本ばかりのあの人が、もう一つだけ、心を分けているもの。
   そう、もう一つだけ。





   ……ぴぃぃ。





   ……。


   お、やってる、やってる。


   …菊乃さま。


   どう?どんな感じー?


   …。


   ん?


   …私、笛を吹くのは初めて。


   うん、そだね。
   蓉ちゃんは本の方が好きだもんね。
   椿と同じ。


   …あの。


   うんうん。


   …どう、吹いたら良いのでしょう。


   どうでも、良いんだよー。
   蓉ちゃんが思うように、楽しく吹けば、それで万事解決。


   楽しく…。


   然う、楽しく。


   ……。


   んー?


   …江利子なら。


   その笛はね、蓉ちゃん。


   …わ。


   蓉ちゃんの、だから。
   だから、蓉ちゃんが吹くんだよ。


   でも私


   上手、下手。
   そんなの、椿は初めから求めてない。


   …あの、菊乃さま。


   んー?


   お姉さまは


   椿は、昔から、本の虫だったけど。


   …。


   でも、もう一つ。
   もう一つ、さ。





   …しゃらん。





   ……。


   ……。


   ……。


   ……。


   ……もう、宜しいでしょうか。


   いいえ。


   …。


   …。


   …私にどうしろと言うのですか。


   己で、考えるべき事。
   頭は飾りでは無い。


   …。


   …。


   ……こんなもので、何をさせる気なんだよ。


   己でするのよ。


   …。


   …。


   …。


   ……本は、それこそ。


   ……。


   一つ。
   本当は私、踊り屋になりたかったのよ。


   …は?


   冗談よ。


   ……。


   さぁ、もう一度。
   やる気の無さが折角の音を曇らせているわ。









   笑い、笑え、


   …。


   泣き笑え、と。


   …聖。


   あい。


   真面目にやって。


   やってます。


   …。


   拍子が取り易くてね。


   一定になっているわ。
   それだと直ぐに動きが読めてしまう。


   んー…。


   ……。


   まぁ、馴らしだし。


   …いつまで?


   今まで。


   ……。


   やっぱり鈍ってるように見える?


   …幾らかは。
   貴女は元々、勘が良いから。


   当てずっぽうとも言うね。


   ……。


   …お。


   間違いなく、社中と戦う事になるでしょう。


   社中?
   ああ、帝に飼われてる連中ね。


   彼らとは生半可の状態では戦えない。


   …生半可、ね。


   …。


   蓉子は一度、戦ってるんだっけね。
   先の夏で。


   …ええ。


   ……。


   …私は足手纏いだった。


   それは前の試合で


   …。


   …と。
   うーん。


   …兎に角。


   今のままじゃ、駄目かな。


   だから。


   ……。


   本気でやって。
   取り戻す以上の、覚悟で。


   覚悟ね。
   あの見世物に、そこまでのものが必要?


   見世物だからこそ、私はあの子達の前で負けたくない。


   …意外と負けず嫌い。


   聖。


   分かってるよ。
   私も出る以上、


   …。


   負けようなんて、思ってないから。
   ましてやあいつらに負ける気なんて、さらさら無い。


   …。


   折角の祭だもの。
   バーンとォ!いきたいじゃない。


   それはイツ花の言葉じゃない。


   こういう時に使うもんだと思いまして。


   祭、好きじゃなかったくせに。
   人が無駄に多いとか言って。


   何が紛れてるか、分からないから。


   ……。


   見たくないものまで、見えるとね。
   嫌なもんだよ。


   …聖。


   さて、馴らしは仕舞い。
   行こうか、蓉子。


   …ええ。
   それじゃあ、





   『いざ!』








   べんべん。





   んー。


   まぁ、あの調子だとモノになるかは分からないわね。


   それでも構わないわ。
   楽しめればそれで良いのよ。


   ちょっといまいちかなぁ。


   命令、と言ったそうじゃない。


   あんたらの妹はうだうだと面倒くさい。


   こんな感じかなー、んー。


   うだうだとはお言葉ねぇ。
   うちの子の場合はただ単に甘え足りないだけよ。


   菊。


   あーい、うちの子はちょっくら臍を曲げてるだけだからー。


   寧ろ、諦観のような捻くれ具合。
   子供の態度じゃない。


   聡いのも、ほどほどしておかないとねぇ。
   菊、音、外れてるわよ。


   あー、やっぱり?
   あのくそじじぃ、ただ眺めてるだけで、手入れしてやんないんだもんなー。


   先、あの三人が上になると思うと。


   心配してるのは妹の事だけでしょう?


   うー…あんのくそじじぃ、宝の持ち腐れもいい加減にしろ。


   藤。


   まぁ、なるようにしかならないわよ。


   そうそう、然う言うこと。


   あんたらのせいで、痛い程分かっているわ。


   それで椿、体調は?


   うん、それは私も気になってた。


   見た通りよ。


   じゃあ、大丈夫ね。


   眉間に皺がいっぱいなのはいつもどおりだもんねー。


   ……。


   うん?


   椿ー?


   ……精々、楽しませて頂戴。


   ……。


   ……。


   …少し眠るわ。


   そ。
   じゃあ、また後で来るわ。


   おやすみー、椿。









   …べん。





   …ふむ。


   ……。


   お姉さまに顔向け、出来ないわね。
   まぁ、構わないけれど。


   …笑い、笑え、泣き笑え。


   ……。


   ……。


   志摩子。


   …はい。


   これ、貴女にあげるわ。


   え?


   琵琶。


   ……。


   貴女の妹にでも弾かせれば良い。


   私の妹…。


   いずれ、来るでしょうから。


   …来ないと思います。


   然うかしら。


   …お姉さまが交神をするとは思えませんから。


   貴女がすれば良いだけでしょう?


   え…。


   私は母がお姉さまだった。
   所詮、ごっこだったけれど。


   …けれど、今はそれを江利子さまが。


   面白いものよ。
   ごっこ、でも。


   …。


   黄色は分かれなかったから。


   …ですが、分かれました。


   然うねぇ。


   …どうして、ですか。


   どうして?


   黄はずっと…。


   だからって、それに従う理由なんて無いでしょう?


   …蓉子さまとお姉さまが。


   ……。


   子を生さない、故に。


   …ん、やっぱり音が駄目ね。


   だから江利子さまは…。


   そんなの、どうでも良いのよ。


   …。


   欲しかったから、で、良いんじゃない?
   そんなものでしょう、世の中は。


   …。


   ああ、中には出来てしまって慌てる莫迦も居るんだっけ。


   …江利子さま。


   貴女は。


   …。


   令と同じではないし、由乃とは少しずれている。
   けれどどちらかと言えば、由乃の方が近いから。


   …本来ならば、私は。


   過ぎた事。


   ……。


   笑い、笑え、泣き、笑え。


   …その歌は。


   ……。


   江利子さま…?


   志摩子。


   は、はい。


   貴女が全て、引き継がなくても良いから。


   …。


   でもいつか、奏でてやって頂戴。
   上手いとか下手とか、そんなのはどうでも良いから。


   …私で、宜しいのでしょうか。


   令と由乃は屹度、ね。


   …。


   音楽はね、志摩子。


   …はい。


   一人では奏でられない。
   それは戦も同じ事。


   …。


   一対一、では無く、多くは皆で複数の鬼と戦う。
   一人の乱れは、皆の乱れを呼ぶ事になる。


   ……。


   あくまでも、整然に、と言うわけで無いのだけれど。


   …分かるような気がします。


   それで十分よ。


   …いつか。


   …。


   皆で、奏でます。
   私だけでなく、皆で。


   ええ、楽しみにしているわ。


   ……。


   さて、私もやらないといけないわね。
   他は兎も角、社中を相手にすると生半可のままでは蓉子に何を言われるか。


   …鍛錬、ですか?


   どこかの白ちび程じゃないにしても、幾らかは鈍っているから。
   術はどうとでもなるけれど。


   江利子さま。


   見たければ、勝手にすれば良い。


   …いつか、聴かせて下さい。


   何をかしら?


   あの歌を。


   …さぁ、どうかしらね。
   気が向いたら、かしら。


   それでも、私は…。








   「そう…。」





   「笑い、笑え、泣き、笑え。」


   「笑い、笑え、泣き、笑え。」


   「笑い、笑え、泣き、笑え。」





   ……。


   ……。


   ……。


   そこの三人、ぼさっとしてない。


   君達にも楽器、あげたでしょやー?


   好きなように、やんなさいな。
   音楽は音を楽しむものなのだから。


   ……。


   ……。


   …と言うか、何これ。


   「他には愛を学べば良い。」


   …どうしよう、江利子。


   「悲しみなど、学ばずと良い。」


   …私に聞かずとも、聖に聞けば良いでしょう。


   「お前の涙、あたしが受けよ。」


   ……。


   「あたしの笑みを、お前に与えよ。」





   「そう…。」





   「笑い、笑え、泣き、笑え。」


   「笑い、笑え、泣き、笑え。」


   「笑い、笑え、泣き、笑え。」





   …当主様が歌っている姿、初めて見たわ。
   当主様って、歌うのね。


   …私も、知らなかったもの。


   ……。


   蓉子。


   は、はい。


   江利ちゃん。


   …はい。


   聖。


   ……。


   「他には何も学ばずと良い。」


   …とりあえず。


   …江利子?


   「すべては天と地にあるから」


   一緒にやれば、良いんじゃないの。


   …え。


   「太陽の子になれば良い。」


   でも私、笛なんて…


   それを言うのなら、私だって無いわよ。
   太鼓なんて。


   「太陽の子になれば良い。」


   …聖、聖は?


   ……。


   「そう……。」





   「笑い、笑え、泣き、笑え。」


   「笑い、笑え、泣き、笑え。」


   「笑い、笑え、泣き、笑え。」





   蓉子。
   吹けなければ一緒に歌えば良いのよ。


   え、え?


   さぁ、蓉子。


   は、はい。


   「笑い、笑え、泣き、笑え。」


   江利子。
   大丈夫、君なら楽しめる。


   …そうでしょうかね。


   さぁ、バーンとぉ!いってみよう!


   それはイツ花の口癖です、お姉さま。


   「笑い、笑え、泣き、笑え。」


   聖。
   戦も、音楽も、一緒よ。


   ……。


   一人では、出来ない。一人では出来ないから、皆で奏でるの。背中を、預ける為に。


   …背中。


   「笑い、笑え、泣き、笑え。」


   さぁ、蓉子。


   さぁ、江利子。


   さぁ、聖。





   「笑い、笑え、泣き、笑え。」


   「笑い、笑え、泣き、笑え。」


   「笑い、笑え、泣き、笑え。」





   …笑い、笑え、


   泣き、笑え。


   ……。


   聖も。


   じゃなきゃこの事態、収まらないわよ。
   屹度。


   ……笑い、


   笑え、


   泣き、笑え。





   笑い、


   笑え、


   泣き、


   笑え。









   後