今の、私の、目には。

   あんなに溢れていた筈、なのに。








   先輩。


   …。


   先輩。


   …うん?


   お昼、ちゃんと食べましたか?


   …?


   今はお昼時間ですよ。


   …ああ、本当。


   また、ですか?


   そういうつもりじゃ、なかったんだけど。
   だめね、ここに来ると。


   時間を忘れてしまう?


   …ええ、そうね。


   先輩は。


   うん?


   どうして、描こうと思ったんですか。


   どうして?


   切欠になるような、と言いましょうか。


   理由、とは言わないのね。


   理由なんて。


   …。


   私達剣待生に戦う理由を問うのと同じだと思うので。


   …ああ、分かりやすいわね。
   それは。


   まぁ、それなりにはあるようですが。


   それは


   いいえ。


   …そうね。
   切欠なんて、あるようでないわね。


   そうなんですか。


   ねぇ。


   はい。


   色で、溢れているのよ。


   色?


   世界。


   …が、じゃないんですか?


   が?


   色が溢れている。


   ああ。
   でも私は色で、かしらね。


   …。


   赤、と言っても、様々な赤があるわ。
   青、と言っても、この国では緑の事も言うでしょう?


   確かに青々とした緑って、言いますね。


   そう。


   …。


   色で、溢れている。
   だから私はその色を、一つだけでも良い…。


   ……。


   人にも色があるのよ。


   特色と言う名の、ですか?


   ふふ、そうね。


   私は何色ですか?


   ゆかり?


   はい。


   そうねぇ。


   …。


   貴女は……。


   ……。


   ……。


   …先輩?


   ねぇ、ゆかり。


   はい。


   音に色が見えると言ったら。
   貴女は信じる?


   音に色が?


   ええ。


   先輩が言うのですから、嘘ではないと思います。


   …私が?


   それに聞いた事もありますし。
   確か共感覚と言うんですよね。


   ええ。
   でもじゃあ、人に色が見えるのは?


   人に?


   他にも数字や時間、文字に。


   見えるんですか?


   私?


   はい。


   そうね。
   見える、かしら。


   …。


   ゆかりの色は…とても、きれいな色をしているわ。


   ありがとうございます。


   嘘ではないわよ。


   …先輩が言うことですから。


   この学園にいる生徒は、みんな、きれいな色をしている。
   くすんでいたり、くらかったり、にぶかったり…本当に、していないの。
   特に剣待生はね。


   …。


   勿論、あの人も。


   …そう、ですか。


   ……。


   …先輩が色に拘る理由、分かったような気がします。


   ……そうね。


   …。


   見える、だけで。
   それをカンバスに表現する事は出来ない。
   多分、この先もずっと。


   ……。


   違うものになってしまうのよ。
   どうしても。


   先輩は。


   うん?


   私の色を表現しようとした事、ありますか?


   …。


   ……。


   …だからずっと、止まったままなのよ。








   色?


   そう、色。


   えと、それは好きなと言う意味?


   夕歩の好きな色は?


   うーん、そうだなぁ。


   ……。


   青、かな。


   青?


   と言うより、空の色。


   …。


   私にとっての空は、窓越しで、見るものだったから。


   今は、違うでしょうけど。


   おかげさまで。


   体調は?


   疲れのせいで熱が出るような事は少なくなったかな。
   でも。


   …。


   あのばかは、それを分かってくれない。
   昨日だって。


   仕方ないわね、ばか、なんだから。


   …本当だよ、もう。


   ねぇ、夕歩。


   …うん?


   あいつは何色?


   あいつ?
   順の事?


   そう。
   夕歩から見て、あいつは何色をしてる?


   今日のゆかり、色に拘るね?
   槙さん関係?


   どうして?


   それしか考えられないもの。


   …。


   ゆかりは何色だった?


   私?


   そう、ゆかり。


   具体的には言われていないわ。


   じゃあ、抽象的には言われたんだね。


   知ってる、夕歩?
   青も抽象的なのよ。


   だから、空の色って言い直したよ。


   空の色と言っても、一色だけじゃないわ。
   曇りの日は青とは言えない。


   そんな事言ってたら、好きな色なんて分からなくなっちゃうよ。


   それで、順は何色?


   順は……








   桃色ぉ?


   …。


   桃色って、言ったの?
   染谷に?


   うん。


   いや、桃色って…確かに、そんなアイドルはどちらかと言えば好きだけどさ。


   と言うか、好きでしょ。


   あー、うん…まぁ。


   次の資源収集日はいつだったっけ。


   あ、夕歩さん、それだけはご勘弁を…。


   だって、増える一方じゃない。
   順のくだらないコレクション。


   く、くだらない…。


   じゃあ、いかがわしい。


   …これでもそんなに増やしてないのよ。


   十分だよ。
   学校、なんだから。


   あ、それは


   順。


   …は、はい。


   こんなの見てて、何が、楽しいの。


   …また、真顔で。


   私には分からない。


   …と言うより、姫は見ないで。


   じゃあ、順も見ないで良い。


   えー…。


   こういうの、見てる時の。


   …え?


   順は、桃色。


   ……そのまんま、ですね。


   そのまま、だから。


   …欲望に忠実って言いたいんですね。


   寧ろ、違うの。


   …じゃあ、姫。


   姫、言うな。


   こういうの見てない時のあたしは、何色に見える?


   ……。


   ねぇ、夕歩。
   教えて欲しいな。


   順は。


   うん。


   バカの色。


   …は?


   私、部屋に戻る。


   え、ちょ、待ってよ。


   待たない。


   そんな、ご無体な…。


   …。


   夕歩。


   …順は。


   え。


   青。


   青?
   あたしが?


   …。


   それはまた、なんで?


   知らない。


   ちょ、夕歩さん?


   じゃあ、私は何色に見える?


   え、夕歩?


   そう、私。
   順から見たら。


   そ、そうですね…白、かな。


   白?


   穢れのない、白。


   …。


   あいた。


   ばか順。
   夢、見すぎ。


   いや、夢じゃなくて。
   実際問題、姫は穢れなき純白の…痛い、痛いです、ごめんなさい。








   で。
   どうしてそんな話をあたしにするのかな、お前は。


   だってぇ。


   気色が悪い。


   …うぅ、順ちゃんってば踏んだり蹴ったり。


   ……。


   …。


   ……。


   綾那。


   なんだ、まだ私の邪魔をすると言うのか。


   あ、いえ、手短に済ませます。
   殺されたくはないので…。


   …なんだ。


   はやてちゃんは、何色かなって。


   …は?


   心友から見たら、どんな色に見える?


   知るか。


   いや、少しは考えましょうよ…。


   あたしは忙しいんだ。


   心友の色より、ゲームが優先ですか。


   どうでもいい。


   …綾那は、さぁ。


   ……。


   まぁ、いいや。
   はやてちゃんかー。


   バカ、だな。


   …はい?


   バカの色だ。
   以上。


   …それ、私が夕歩に言われた色だよ。
   と言うか、バカの色って何よ…。


   ……。


   あー…ゆうほぉ。


   ……色など、ない。


   はい?


   あいつには。


   …それは無道さんが色に関心ないってことじゃないのかな。


   ……。


   人には色があるんだってさ。
   実際、見える人もいるって話だよ。


   どうでもいい。


   …ですよねー。


   ……。


   …綾那は。


   ……。


   赤、かなぁ。


   ……。


   いつだって、返り血に塗れた鬼のような……


   …ああ、そうだな。
   今から、お前の血を浴びそうだしな。


   あ、いや、そうじゃなくて、ですね…あ、ほら。
   ゲーム、止まってますよ…?


   お前のおかげで。


   …あ。


   たった今、ゲームオーバーに、なったところだ。








   …あら。


   あ…。


   無道さん。


   …槙さん。


   珍しいわね。


   …。


   そうだ、貴女も描いてみる?


   え?


   見てみたいわ。
   貴女がどんな絵を描くのか。


   絵なんて、あたしは描けません。


   いいえ、絵は誰にだって描けるわ。
   描けないなんて、ないの。


   でも、下手ですから。


   そういうのは問題じゃないの。
   そもそも、絵に評価なんてね、私はないと思っているのよ。


   ……。


   思うように、好きに、描けば良い。
   ただ、それだけ。


   …それでも、私は描けませんよ。
   大体、何を描いていいか。


   何も、描かない。
   それも、絵よ。


   …?


   変かもしれないけれど。
   描かない絵だって、あるわ。


   …よく、分かりません。


   そうね、私も良く分からないわ。


   はぁ。


   はい、無道さん。


   え?


   筆。
   とりあえず、持ってみない?


   あ、いや、あたしは…


   持って、何も考えず…いいえ。
   何を描いて良いか分からない、それでも。


   ……。


   筆を、カンバスに落とせば。
   それだけで絵は、色は生まれる。
   そして同じものは、二度と、生まれない。


   …。


   …戦いも同じ。
   同じ戦いは、二度と、生まれない。
   仮令、対峙する者は同じだったとしても。


   ……。


   無道さん、貴女は何色が好き?


   …分かりません。
   考えた事、ありませんから。


   そう。
   じゃあ…尚更、思うように。


   …。


   色を作れば、描けば、良いのよ。
   美しいか、美しくないか、それは誰かに決められたものじゃない。
   そう、いつだって、決めるのは。








   ……。


   ……。


   …先輩。


   ……ああ、ゆかり。


   電気も点けずに。
   目に良くありませんよ。


   …まだ、見えたから。


   ですが、じきに見えなくなります。


   電気を点けてしまったら。


   …。


   …今日と言う夕暮れの色を、二度と、見る事が出来なくなってしまうわ。


   ……そう、だとしても。


   ……。


   …私の友達は。


   …うん?


   空の色が、好きだそうです。


   …そう。


   先輩は好きですか?


   ええ、好きよ。
   特に今日みたいな夕暮れの色は。


   友達が好きなのは。


   …。


   夕暮れの色では、ありません。
   どこまでも澄み切った青、です。


   ああ。


   …それでも先輩には違う色に見えるんでしょうね。


   ……。


   …あれ。


   ゆかり…?


   先輩、これは…。


   …ふふ、面白いでしょう?


   これ、なんですか?


   なんだと思う?


   え、と…。


   …思うように、言ってみて。


   なんだと言うより…ただ、無造作に筆を落としただけのように見えますけど。
   これ、先輩が?


   綺麗でしょう?


   …。


   これが…今の彼女の色なのね、屹度。


   …誰が描いたんですか。


   ……。


   誰が、いたんですか。


   …。


   先輩…。


   ……思うように、好きなように。
   描けなくなったのは…自分の心が、定まらないから。


   ……。


   ……二度と、出逢えない。


   先輩。


   …ゆかり。


   帰りましょう。


   …。


   今なら、空は先輩の好きな色で染まっています。
   それを見ながら、帰りましょう。
   二人で。


   …。


   帰りましょう、先輩。


   …ええ、そうね。
   帰りましょうか。








   …。


   …ねぇ、ゆかり。


   はい。


   きれいね、空。


   もう、太陽は沈んじゃいましたけどね。


   でも、星が良く見えるわ。


   そうですね。


   空は、難しいのよ。


   描くのが、ですか?


   ええ。
   とても、とても、難しいの。
   見せてくれる色が、毎日、違うから。


   ふふ。


   ゆかり?


   だったら友達が好きって言った空の色は、結局、何色なんでしょう?
   青と言っていたから、晴れている日のものには違いないんでしょうけど。


   そうね、何色かしらね。


   …。


   例えば、空は届かないものの象徴、だとしたら。


   でも友達はもう、届きますよ。
   今の彼女なら望めは、それが、出来る。


   …それでも、恋焦がれるのかもしれないわ。


   …。


   そういうものなのよ、屹度。


   分かりません、けど。


   …ふふ。


   それで、先輩。


   うん?


   私は結局、何色なんでしょう。


   …。


   先輩にとって、私は…。








   ……綾那?


   …。


   おかえり。
   手、汚れてるよ。


   …ああ。


   絵の具?
   油の匂いがするけど。


   ちょっと、な。
   それより、夕歩。


   うん?


   その後のはなんだ。


   …ああ、これ?


   これなんて、酷い…。


   ただの、色魔。


   なるほど、ただの色魔か。
   夕歩も大変だな。


   そうなの。


   …姫が、こんな時間に散歩に行くって言うから。


   そうだ、綾那も一緒に行かない?


   あたしも?


   色魔がどうしても、剥がれてくれないから。


   …酷い、酷いよぅ。順ちゃんはただ、夕歩が


   行かない?
   ゲームばっかりじゃ、目に良くないよ?綾那。


   …そうだな。
   たまには行くか。


   ……いいもんね、順ちゃんは何を言われても、行くから。


   順。


   はい、なんでしょう!


   ばかだな、お前は。


   …なんだとぅ。


   綾那、行こう。


   ああ、行こう。


   何よ、何よー。
   夕歩はあたしんだぞー。


   うるさい、ばか順。















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