第二十話 大ピンチ! ナイトブレイカー合体不能?(前編)

 

 雨が降っていた。
 秋の長雨というには時期が早いのだが、まさにそんな感じにシトシト雨が降り続いていた。
「雨だねぇ……」
「雨だな。」
「もう! お兄ちゃんも美咲お姉ちゃんもなに当たり前のこと言ってんの!」
 叩きつける、とまではいかないが、多少の風では傾かないような雨が降っている。
 隼人の妹である和美の退院手続きと迎えに、なぜか美咲(無理やりついてきた)と一緒に病院に来ていた。来るときは雲が暗いだけだったが、ちょっと(隼人の主観)病院に入って出ただけで雨降りになっていた。
「しまったなぁ…… 俺傘持ってきてないぞ……」
「ボクは持ってきているけど……」
 美咲が持っているのは、その身長に似合った小さな傘である。
「しょうがねぇな。和美、橘の傘に入れてもらえ。俺は走って帰る。」
「……お兄ちゃん、風邪引くよ。」
「そうだよ、隼人くんも傘に入ったら……?」
「無理言うな……」
 同じような身長の二人(しかも残念なことに和美の方がわずかに高かったりする)と30センチも背が違う隼人なら、どうがんばって傘に入っても誰かが濡れてしまう。和美は病み上がりだから却下。美咲の傘だから当然持ち主の美咲も却下。そうなると濡れるのは隼人に決定してしまう。
 理由を聞かれたらこう答えよう。そんな風に隼人はシミュレーションしていた。
「う〜ん…… じゃあ、ボクも濡れていくよ。隼人くん一人じゃなんだし……」
 予想外の答え。予想できなかったわけじゃないが、真っ先に却下した可能性に驚くよりも先に呆れてしまった。
「橘…… あのなぁ……」
 お前は自己犠牲が過ぎるんじゃないか? と言いかけて言葉を飲み込む。
 そんなに大層なことでもないし、大体において自分が言うべきことでもないような気がして言葉を切ったのだ。でも美咲は美咲で隼人の次の言葉を待っているし、隼人もどう言い直そうか考えて、妙な沈黙が流れる。
「そういえば、お兄ちゃんって美咲お姉ちゃんのこと苗字で呼ぶよね。なんで名前で呼ばないの?」
 沈黙を破ったのは和美のちょっとした疑問だった。気まずさをどうにかしてくれて心の中で感謝しようとして、隼人は妹の発言の内容に感謝の言葉を一瞬で打ち消す。
「あ、そうだよね。隼人くん、いっつもボクのこと名前で呼んでくれないよね。」
「あのなぁ……」
 とりあえずいくつかの答えを頭の中で考えてため息をつく。
「俺は他人は苗字でしか呼んでないぞ。まあ、和美はしょうがないがな。」
「でも…… 一回ボクのこと名前で呼んでくれたよ。」
「う……」
 指摘どおり、確かに一度だけ名前を呼んだことはある。
 そのときはたまたま名前しか知らなくて、彼女のピンチに思わず叫んでしまったのだ。
 ……そんなこと、まだ憶えているとは思わなかった。
「どうしたの?」
 何も分からないように小首を傾げる美咲。
「……なんでもねぇ。
 しかし…… やまねえなぁ。」
『どうしようねぇ……』
 隼人の言葉に少女二人が同時にため息をついた。

「謙治さん、ここはどうなっているんですか?」
「ここは…… そうそう、元々は衝撃吸収用のクッションだったんだけど、内部の重力制御システムらしきものをコピーして、簡易的な慣性制御で衝撃を和らげるように作り変えたんだ。」
「じゃあ、ここは?」
「ここはね……」
 目の前で行われている異星人の会話に麗華は眉をひそめる。
(なんで私こんなことに付き合っているんだろう……)
 結局、「澱み」を片付けて、気を失った謙治が目を覚まし(そのあと、ちょっとした悶着があったのだが、彼らの名誉のために秘しておく)、研究所に戻ったころにはバスタータンクのデータがちゃんと元通りになっていた。
 そんなわけで、その「お礼」も兼ねてまた病院の良のところに行ったのだが、あれだけ嫌がっていたリハビリを良は黙々とこなしていた。どうやら謙治の一言が効いたらしい。
「あ、謙治さん。麗華さん。」
 ……そんなわけで、冒頭の会話に戻るのだが、すっかり麗華は話題から取り残されてしまった。
(これだから秀才君同士の会話は……)
 心の中でため息をつきながら、先程から降り出した雨模様の空を眺める。
(鬱陶しい雨ね……)
 外が雨で暗くなったので、半分鏡になった窓ガラスの中で、謙治が話しながらしきりにこちらを気にしているのに気付いた。
(……?)
 そして二人の話の(おそらく)キリのいいところで不意に謙治が話題を変えた。
「そういえば、和美ちゃんを見かけませんけど…… 検査か何かですか?」
「はい?」
 さも不思議そうに良が返す。
 その口調に麗華も二人を振り返った。
「和美さん…… 今日退院ですよ。」
「あら。」
「さっき、それこそすれ違いでお兄さんと同級生の人が迎えに来てましたよ。」
『…………』
 意味がよく分からなくて顔を見合わせる麗華と謙治。
(どうきゅうせい?)
(……なんか大神君のイメージに合わないような。)
 アイコンタクトでこれだけ話せるのも大した物だが、人付き合いが悪い隼人がそんなことするだろうか? と半ば失礼なことを考えていた二人だった。
「ねぇ…… もしかしてその同級生、ってショートカットの女の子だった?
 そう、頭にバンダナ巻いている……」
「あ……」
 謙治も麗華の言う可能性に気づいた。
 ただ、美咲が和美のことを知っているかどうか──ま、美咲も麗華と謙治が和美と知り合いであることを知らないからどっこいどっこいなのだが──なのだが、美咲なら知り合いでなくても来るだろうと勝手に判断する二人だった。
「あれ? ご存知なんですか?」
「……先に言っておくけど、その娘、お兄さんと同い年よ。」
「え……?」
 前と違って単に丁寧口調に聞こえる良が顔を強張らせた。失礼なことを言ったのに驚いたのか、その事実が信じられなくて驚いたのかは不明だが。
「そっか…… 美咲と隼人が来てたのね……」
 いまだに降りつづける雨に麗華は視線を戻した。

「雨だなぁ……」
「そうだね。」
「お兄ちゃんと美咲お姉ちゃんがそんなこと言ってたから……」
 雨足は勢いを増していた。
 さすがに隼人の根性でもこの中を走り抜けるのは辛かろう。いい加減、長い間外の風に当たっていたので身体が冷えてきたかも。
「止むかな……」
「う〜ん……」
「あなたたち、何やってるの……」
 背後からの声に三人が振り返る。
「麗華ちゃん……」
「あ、和美ちゃん、退院おめでとうございます。」
「謙治さん……?」
「いたのかお前ら……」
 病院の玄関前に五人の少年少女が揃う。見たところ麗華も謙治も傘を持っている様子がない。
 あわよくば傘を借りようと思っていたが、そのアテも外れる。
「参ったな。結局傘はないのか……」
「そりゃそうよ。」
 さも当然そうに麗華が言って、軽く片手をあげる。
 秒針の一回りを待つまでも無く、黒塗りのリムジンが音もなく滑り込んでくる。制服を着た運転手が降りるとドアを開けた。
「無くてもなんとかなるし。」
 隼人の方を向き直って意味ありげな笑みを浮かべる。
「そうだったのか。
 ……悪いが和美と橘だけでもいいから乗せてくれないか?」
「え?」
 と返事する美咲は和美の手を引いてリムジンに乗り込んでいた。謙治は麗華が乗るのを持っているようだが。
「そっか。隼人はうちの車に乗ったことなかったっけ。大丈夫よ、そんな五人も乗れないようなケチくさい車じゃないわ。
 ま、どうしても、って言うなら……」
 ちょっと皮肉めいた笑み。しかし麗華がすると様になる。そういう意味では美人は得である。
「ねぇねぇ、麗華ちゃん、乗らないの〜?」
 お気楽な美咲の声(本人には悪気は全然ない)に麗華は苦笑しながら車に乗る。
「じゃ、僕も失礼します……」
 と、謙治が乗り、
「…………」
 隼人もいつもの無愛想な表情を浮かべ、乗り込んだ。
 リムジンは音を立てずに雨の街に走り出した。

「美咲お姉ちゃん、麗華さんとも知り合いだったんですね。」
「うん、そうだよ。麗華ちゃんはボクの友達だよ。」
「でも……」
 和美の中では麗華と謙治と隼人だけが例のロボットに関わりがることになっている。だから無関係な(と思っている)美咲の前で聞くわけにはいかない、と考えたわけだ。
「どうしたの?」
「え……? いえ、何でもないです……」
 和美が中途半端に言葉を切ってしまったので、なんとなく気まずい空気が流れる。その状況を打破しようと、名案を思い付いたかのように謙治がポン、と手を打った。
「そうだ。せっかくですから、和美ちゃんの退院祝いでもしませんか?」
「あら、いいわね。」
 そう言って、さっきからずっと不機嫌そうに外を眺めている隼人に顔を向ける。
「どうしたの隼人、さっきから?」
「ん……? いや、なんかな。こう、乗りなれないというか……」
 それを聞いて美咲がふふふ、と笑みを漏らす。
「こういうところを見ると、隼人くんも普通の人だなぁ、って思うんだよね。」
「おいおい……」
 どういう態度をとればいいのか分からず、苦笑と憮然を混ぜたような表情になる。
「昨日もねぇ……」
「!」
 言いかけた美咲の肩に手をかけ、反対の手で口を塞ぎ、耳元に口を近づけた。
(おい! それはちょっと勘弁してくれ!)
(?)
 声が出せないので、首を傾げて疑問の意を示す美咲。
 隣同士だったので、発言を黙らせるには簡単だったのだが、その後にちょっと複雑な問題を残すことになる。
「ねぇ、隼人。仲がいいのは分かっているけど…… もう少し、T・P・Oというのをわきまえてくれないかしら? 和美ちゃんもいるんだし。」
「……は?」
 ふと自らを鑑みる。口を塞ぎ易いように肩に手をかけ、自分の方に引き寄せている。半ば羽交い締めにするように後ろから口に手をあてる。当然ながら力は込めない。
 そしてあまり喋る内容を聞かれたくないので、耳元で鋭く叫んだわけだ。
(となると……)
 服越しに伝わる柔らかさとぬくもり。お互いの鼓動が感じられるほどの密着。鼻をくすぐるほのかな香り……
(橘って華奢なんだな…… でも柔らかい…… 女の子、ってこういうものなのか?
 ……って、何考えている俺!)
「うわぁっ!!」
 すばやく離れようとするが、大きいとはいえそんなには広くない車内。
 ゴツン。
 という音が聞こえたかどうか、窓ガラスに頭をぶつける隼人。余談だが、強化ガラスを使っているために固さも相当のものである。
「わ! 大丈夫、隼人くん?」
 すぐに美咲が駆け寄り(というほどの距離でもないが)、膝立ちで隼人のぶつけた頭に手をやる。
 まるで、いい子いい子をするように頭を撫でる美咲。乱暴に振り払いところだが、どうもこの少女相手だと調子が狂う。
(なんか平和ね……)
 平和とは正反対の場所に身を置かなければならない少年少女たち。この平和もかりそめの物なのかも。
(いつまで続くのかしら……)
 暗くなりそうな考えを頭の中で振り払う。小さくため息をついてから、心の中に無理に作った笑みを浮かべる。そして何事も無かったようないつも通りの声を出すことができた。
「で、美咲のことだから何か用意しているんじゃないの?」
「え? えへへ……」
 いたずらがばれたような顔をしてからゴメン、と頭を下げる。
「うん、麗華ちゃんたちには何も言わなかったけど、一応料理の下ごしらえはしてある……」
 一応、なんて言い方をしているが、美咲のことだ、相当の準備をしていると予想される。
「ふ〜ん、それじゃあ研究所に向かってちょうだい。」
 はい、と運転席から返事があると、リムジンは雨の中研究所に向かった。

 予想以上だった。
「しかし美咲の料理上手には毎度毎度驚かされるわねぇ……」
「えへへへへ……」
 照れたように笑う美咲。
「使い古された言い方かも知れませんけど、橘さんならいいお嫁さんになれると思いますよ。」
「あら謙治。そういう言い方って今じゃセクハラものなのよ。」
「えっ、そうなんですか……?」
「……どうしたの、美咲お姉ちゃん?」
「ふぇ?」
 なんか美咲が赤くなってボーッとしている。
 ちなみに隼人は黙して語らず。下手に何か言うと墓穴を掘りそうなのを最近の経験で知っていた。
「いやいや、思わず自分の『お嫁さん』姿を想像しちゃったんでしょう。」
 と小鳥遊。お相手が誰か、ちょっと気になりますけどね。と内心で呟く。
 ちなみに小鳥遊の紹介は思ったよりスムーズだった。もう少し色々聞かれるかと思ったけど、説明した仮の話だけで「そうなんですか。兄がいつもお世話になってます。」と和美が納得したからだ。
「でも美咲さんの新妻姿ですか…… なんか微笑ましくていいですね。
 隼人君もそう思いませんか?」
 ブフッ!
 思わず吹き出しそうになったが、ギリギリで堪える。
「コラ……」
 下から睨め上げるが小鳥遊には効いていない。
「私は一般的な意見を聞きたかったんですよ。謙治君はすでに意見を述べましたし、隼人君は先程から何も言ってませんしね。」
 と、普段の「嫌みを言っているように見えるのだが、実際には何の悪気もない」顔をする。
「すみません。私も心理学者としてそういう考え方に興味があるんですよ。」
「……ったく。」
 と、適当に誤魔化そうと正面に向き直ると……
 美咲が赤い顔でモジモジしていた。和美が何かを期待するかのようにキラキラ目を輝かせていた。麗華と謙治は二人揃ってニヤニヤ笑いを浮かべている。
「う……」
 隼人大ピンチ! ここで迂闊に言うと掘ってもいない墓穴にはまることになる。
 必死に頭を巡らせた。
「まあ、その、なんだ……
 お、俺たちは高校生なんだし、そういうことを考えるにはまだ早いんじゃないか?」
 ウンウン、と一人納得するように頷く。が、
「あら、俺『たち』って随分と意味深な表現ね。」
『…………』
 麗華の一言で、場に沈黙が流れる。そして沈黙を破って隼人が掴みかからんばかりに激昂する。
「か、神楽崎っ!!」
「冗談よ。」
 バタッ。
 隼人がテーブルに突っ伏す。
(なんか俺、遊ばれてるよなぁ……)
 心の中で盛大にため息をついた。

「さて……」
 和美の退院祝いと宴兼夕食がすみ、湯飲みを置いた麗華がそう切り出す。彼女の言わんとすることに気づき、場が緊張に包まれる。
「あの……?」
 その緊張の理由が分からない和美が困ったような声を出す。
「どうする、隼人? 言いづらいなら私が言うけど?」
「……いや、俺が言うべきだろう。」
 と、ひたと自分の妹を見つめる。
「お兄ちゃん……」
 少し間が開いて、ゆっくりと隼人が口を開く。
「夏くらいから妙な事件が続いただろう。それに最近は街に巨大な化け物が現れてきている。」
「…………」
 和美が何か言いかけるが、兄の真剣な眼差しに黙り込む。
「アレと戦っているのが…… 俺たちだ。」
 そしてぐるりとリビングの中に視線を向ける。
「ここにいる橘に神楽崎、そして田島が実際にロボットに乗って戦っている。そこの小鳥遊のおっさんがサポートだ。
 ……何か聞きてぇことは?」
 その内容は確かに衝撃的だが、元々ある程度予想していたことだったので、そんなにも驚いていないようだ。
 ただ一言、こう聞いた。
「戦うって怖くない?」
「そりゃ怖いですよ。」
 即答したのは謙治だった。でも顔には笑みのようなものが浮かんでいる。
「僕だけじゃない。きっと神楽崎さんも、橘さんも、大神君も怖いはずです。
 ……けど、怖いからこそ戦える。そんな気がします。」
「いいこと言うわね。
 そうね。確かに怖いけど、逃げた方がもっと怖いから……」
 そういって麗華も笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ、和美ちゃん。ボクたち、みんな力を合わせて頑張っていた。」
 和美はその時の美咲の笑顔をとても綺麗と感じた。和美は立ち上がって、真剣な表情でペコリと頭を下げる。
「こんな無愛想で、ふつつかな兄ですが、どうか見捨てないで改めてよろしくお願いします。」
「おいおい……」
「お兄ちゃん、」
「ん?」
「美咲お姉ちゃんのこと、ちゃんと護ってあげなきゃダメだよ。」
「……なんでそこで橘の名前が出てくる。」
「えへへ〜 教えな〜い。」
 そんな少年少女達の様子を見て、小鳥遊が小さく呟く。
(お兄さんに似たのでしょうか、和美ちゃんも強い子なんですね……)

 ザァー……
「雨やだな、もぉ……」
「まあ、しょうがないですよ。」
 二日続けての雨。昼も夜も続く雨に、美咲はウンザリしていた。たまたま下校途中に会った謙治と一緒に歩いている。
「うわぁ〜 すご〜い……」
 続いた雨のせいで、川が増水していた。濁流が勢い良く流れている。堤防が決壊したり、洪水になったりするほどではないが、なかなかお目にかかれない光景であった。流木も時折見かける。
「う〜ん、これですと上流は結構大変そうですねぇ……」
「そうなの?」
「ええ。ほら、木が流されているでしょう? 崖崩れとかしてるのかも知れません。」
「ふぇ〜 大丈夫かなぁ……?」
「どうでしょうね。ちょっと僕には分からないです。」
 ザーザーと降り続く雨の音。ちょっと二人の会話の障害にもなっている。
 と、不意に美咲が顔をあげた。
「?」
「どうかしました?」
「今なんか声が……」
「声、ですか?」
 と耳を澄ませても雨の音しか聞こえない。
「うん……」
 目を閉じて神経を耳に集中させる。
(子供が中州に取り残されているぞ!)
(流れが速くて近づけない!)
「……大変だ!」
 いきなり走り出した美咲を慌てて追いかける。少し先の方に人だかりができていた。
「ちょっと失礼……」
 器用に人混みをくぐり抜ける美咲に比べてどうしても謙治の方は時間がかかる。
 と、やっとその姿が見えた。
 普段は中州になっている場所に一人の女の子がいた。雨ガッパに長靴を身に付け、年のころは小学校低学年。腕の中にグッショリ濡れた子犬を抱いている所をみると、川が増水する前に──それこそ普段は川というのもおこがましいほどの水量なのだが──捨てられたか何かされた子犬を助けに行ったのだろう。気づいたときは川の流れは子供には渡れないほどの勢いとなり、徐々に水かさが増し、大人でも近づけないほどの濁流になっていた。腰の近くまで水が来ていて、流されていないだけでそれも時間の問題だ。
「おい! ロープはまだか?!」
「急げ! 流されるぞ!」
 人々の怒号がひととき雨音をかき消す。
『あっ!!』
 流れに足をとられたのか、少女が流れに巻き込まれる。それでも必死に腕の中に子犬を抱きかかえている。
「謙治くん、これ持って!」
 自分の傘とカバンを投げると、美咲は川へとかけていく。
 周囲が静止の声を上げる前に少女は濁流へ身を躍らせた。

(考えろ考えろ…… 僕にできることは……)
 謙治は一生懸命頭を回転させた。彼が飛び込んでも溺れるだけだ。ブレイカーマシンを使うのはホントに最終手段だ。美咲も何も考えずに飛び込んだわけではないだろう。自分にできること……
(とりあえず!)
 近くの公衆電話をつかむと憶えてはいるが、一度もかけたことの番号に電話をかける。
 プルルルル……
(圏外とか、電源を切っているっていうのは勘弁して下さいよ……)
 三度目のコール音で、相手が出る音がした。
『はい。』
 限られた人だけが知っている番号なので敢えて名乗らない。そのクールビューティな声に謙治はいきなり叫んだ。
「神楽崎さん! 僕です! 謙治です!
 緊急事態です! ちょっと用意して欲しいものが……」
 簡単に連絡を済ますが、麗華なら自分の気づかなかった物まで考えてくれるだろう。
 次は美咲の方だ。
 美咲は流れに乗りながら女の子の方に泳いでいく。女の子はもがいているようだが、腕の子犬を放さないので流されるままだった。人々が見守る中、美咲は徐々に女の子の方に近づいていく。
「おーい! ロープが見つかったぞ!」
 どこかでそんな声があがった。
 いわゆるトラロープ(黄色と黒のロープ)をもった作業員風の男が走ってくる。同じように力自慢の男たちが腰にロープを巻いて川に足を入れるが、その流れの速さに思うように進めない。
「こんな中泳いでいるのか……」

 少し下流の橋の上。
 一人の少女が必死に流されている女の子を追いかけていて、やっと手の届くところまでついた。
 不意に少女は一度潜水をすると、姿を見られないように背後に回る。バタバタ暴れている女の子の後ろで手を振り上げると、首筋に手刀を落とした。気絶したのか、女の子がぐったりとして流されていく。それをすかさず少女が抱きとめた。
「おいおい、何やってるんだ? あんなことしたら溺れるじゃねぇか。」
 歩道で野次馬をしていた一人がさも呆れたように言った。
「ったく、俺だったらもっと簡単に助けてるぜ。」
 眺めているだけなのに随分な言いようである。と、背後から冷たい声がかけられた。
「そう思うなら、さっさと貴様が飛び込むんだったな。」
 振り返ると黒一色の服に身を包んだ長身の若者が、雨に濡れるのも気にした様子もなく立っていた。
「口だけの奴には分からないだろうが、溺れた人間というのは子供とはいえ侮ってはいけない。正面から助けようとして、引き込まれて二人まとめて溺れることも珍しくない。
 だから背後から、しかも暴れるようならおとなしくさせた方が結果的には二人とも助かることになる。
 ……少なくとも貴様のような野次馬根性の輩に卑下されるいわれはないな。」
 確かにその若者の雰囲気は周りの野次馬とは何か違っていました。いつでも動けるように身体の中に力を溜めているように、そんな感じだった。
 その間にも眼下の川では少女が女の子を抱きかかえて片手で水をかいて岸に向かっていた。と……
「ミサキ! 後ろだ!」
 若者がいきなり叫んだ。川の中の少女が呼びかけた人間を探す前に背後を振り返り、緊張で表情をかたくした。結構な大きさの流木が二人の衝突コースを流れてきた。
 下で腰にロープを巻き、ロープの輪(謙治の指示)を持った男が慌てて近づこうとするが、流れが急で足がついていてもなかなか近づけない。女の子一人抱えて泳いでいる少女にはなおさら難しいだろう。
 何かを決めたような表情をすると、流木から逃げようともせず腕の中の女の子を軽く持ち上げた。
「まさかっ!」
 橋の上で若者が小さく舌打ちをし、橋の欄干に足をかける。少女が女の子を岸に向かって思いっきり放り投げたのと…… そして女の子を放り投げて体勢を崩した少女が流木の直撃を受けたのは同時だった。
 若者の足が欄干を蹴り、川へと身を躍らせた。

「美咲!」
 少し前に駆けつけていた麗華が濡れるのも構わずに手にたくさんのタオルを持って駆け出した。
 黒服の若者が腕に少女を抱えて岸へ上がってくるところだった。周りから賞賛の拍手が鳴り響く。
 と、その若者の前で麗華と遅れてやって来た謙治が足を止める。
『バロン……!』
 二人同時に小さく呟く。
「よぉ、レイカにケンジ。」
 さも友人に会ったときのように気楽に声をかける。両手がふさがっているので手はあげなかったが。
「ハヤトは…… いないようだな。
 ……ま、いたら俺よりも早く飛び込んでいたかな?」
「美咲は…… 美咲は大丈夫なの?!」
 麗華の言葉に、バロンは腕の中の少女に目を落とす。
「大丈夫だ。軽い脳震盪を起こしているだけのようだ。水も飲んでいないし、呼吸も止まっていない。」
 そう言うとニヤリと笑みを浮かべる。
「惜しいな、人工呼吸のチャンスだったんだがな。」
「! ……とにかく、美咲を車に乗せてちょうだい。」
「はい、仰せのままに……」
 ちょっとおどけたように言うと、気を失った少女をリムジンに運んだ。

「くしゅん。」
 ……次の日。どうも美咲は体調が悪かった。
 なんとなく味が分かりづらかったし、どうも体が重いような気がする。
 麗華は沢山の毛布・タオルに乾いた服(というか美咲のサイズに合わせた新品の制服)を暖房をガンガンに効かせたいつものリムジンに乗せていた。
 助けた女の子も親が来ていて、すぐに病院に運ばれたそうだ。すぐその場から逃げるように離れたのでそれ以上はよく分からないが。
 ただ、中で着替えさせれる都合上、謙治とバロンは置いてきぼりではあった。
 そんなわけで、研究所で目を覚まし、温かいシャワーを浴びたのだが、やっぱり長い間川に浸かっていたために体を冷やしてしまったらしい。
「くしゅん。」
「あらサキ、どうしたの?」
 との声に振り返ると、友人の高橋法子だった。自称学校一の情報通。大きな丸眼鏡がポイントの少女だ。
「あ、法子ちゃん…… くしゅん。」
「もしかして風邪? ふ〜ん、どれどれ……」
 コツンと額と額をあわせる。
「ちょっと熱があるかしら……? 今日体育あるのよ、大丈夫?」
「うん、たぶん……」
「あんまり無理するんじゃないわよ。」
「うん……」

 そして、それは三時間目の授業中に起きた。
 パタン。
 男女に分かれて、しかも隣のクラスと合同での体育の授業中。一人の女生徒がバレーボールの最中にいきなり倒れた。
「きゃぁ!」
 周囲で悲鳴が上がる。
「サキ!」
 慌てて法子が駆け寄る。確かに授業中から具合が悪そうにしていた。でも本人は大丈夫だと言っていたけど……
「サキ! サキィッ!」
「ふぇ〜 のりこちゃん……」
 額に手をあてる。ひどい熱だ。
「馬鹿! 無理するな、って言ったでしょ!」
「ふにゅぅ〜……」
「…………」
 たとえクラスで一番小柄な少女だとしても女生徒だけで運ぶのは大変だろう。法子はふと思い出してグランドの方に目を向けた。確か合同で体育をしている隣のクラスには……

「そこの大神隼人! ハリアップ!
 ちょっと来なさいっ!」
 授業でサッカーをやっている最中に体育館の方がちょっと騒がしくなった。向こうは確かバレーボールをしていたはず。
 と、いきなり体育館の扉が開くと、一人の女生徒が名指しで隼人を呼んだ。
「おい! 誰か倒れたらしいぞ!」
 と、別の男子生徒の声が聞こえた。
(え……?)
「ちょっと大神隼人! 早く! サキが倒れちゃったのよ!」
 その言葉を聞いて、他の男子生徒に混じって隼人も走り出した。

 隼人が駆けつけたときには美咲を中心に女生徒が固まっていた。俺が俺が、と美咲を運ぼうとする男生徒を法子がうるさそうに追っ払っていた。
「おそ〜いっ! なにやってんのよ!」
 と一言文句を言うと、具合の悪い美咲に向き直る。
「……ほら、救急車が来たわよ。」
「ほぇ?」
「……誰が救急車だ?」
「細かいことはいいから! 早くこの娘を運んで!」
「……分かった。」
 すぐさま少女を抱え上げた。腕越しにも美咲が高温を出していることが分かる。
 考えるよりも先に走り出す。すぐ後を法子も追うが、少女一人分のハンデもものともせず、全く追いつけない。
 回し蹴りのようにして保健室の扉を開ける。それでも大して大きな音がしなかったのは、苦しんでいる美咲のことを思ってだろう。
「おっさん! 急患だ!」
「……隼人君。それはもう分かってます。」
「は?」
 校医として学校にいる小鳥遊が窓の方に目を向ける。
「ここからはグラウンドが見えましてねぇ……
 隼人君が血相を変えて走る理由なんてあんまりないですからねぇ……」
 と、皮肉めいたこと(本人に自覚なし)を言ってると背後でバタバタと足音が聞こえる。
「たぁ〜! もうあんた速すぎ。」
 バレーボールをしていたそのままの格好の法子。肩で大きく息をしている。かけている眼鏡も半分ずり落ちていた。小鳥遊が視線で彼女を指す。
「……ホントのことを言うと、彼女がみ…… 橘さんの具合が悪そうだから、って朝に薬をあげていたんですよ。」
 名前を言いかけて、慌てて苗字で呼びなおす。ここでの立場は単なる校医だ。
「とにかく、橘さんをベッドに。」
「おう。」

「……全くもって風邪ですねぇ。橘さんなら体力もありそうですから、安静にしていれば明日にでも良くなっているでしょう。」
「そうか……」
「良かったぁ……」
 隼人と法子が安堵の息をつく。
「そこで相談ですが、」
 と机に戻り、スラスラと何かを書く。書きあがった紙を隼人の前に出す。
「これは……」
「早退証明書です。とりあえず橘さんは家に帰した方がいいでしょう。
 そこで大神君。彼女を送ってあげてください。」
「……俺が?!」
「そうです。とりあえず着替えて帰る用意をしてください。」
「ああ。」
 隼人が保健室を出て行く。法子も自分の着替えと美咲の荷物を取りに戻ろうとして立ち上がったところを呼び止められる。
「あ、ちょっと…… 一つ聞きたいことが。」
「はい?」
 仕方なくストン、と椅子に腰を落とす。
「ええ、どうして大神君に?」
 言葉は少なかったが、質問の意味は理解できた。法子はちょっと考えて口を開く。
「そうねぇ、たまたま周りにいた男子の中で一番体力がありそうだったから、かな?」
「……で、本当は?」
 もう一度の問いに法子は思わず不敵な笑みを浮かべていた。心理学者だからか、他の理由だからか、鋭い観察力に思わず嬉しくなってしまったのだ。
「……結構人気あるのよ。だから倒れたあの娘を『俺が俺が』ってやかましくて……
 でもね、あの娘ね、意外と人見知りをするの。外見上はそうは見せないけど、ちょっと他人と距離を置いているのよね。でも前に見たとき、大神君とは…… その、なんていうかな? 恋愛感情とまではいかないけど、そういう壁が無かったから。だから、かな?」
「分かりました。どうもありがとうございます。で……」
「分かってます。サキの荷物ね。ちょっと待ってて、あたしも着替えてきますから。」
 パタパタと足音が遠ざかっていく。
「……美咲さんはいいお友達をもっていますね。」
 一人になってふと小鳥遊は呟いた。

「…………」
 困った。美咲が目を覚まさない。
 背負って学校を後にしたはいいが、隼人の背中が安心できるのか目を覚ます様子が無い。
 一応、美咲の家の鍵は彼女のスカートのポケットに入っていることは知っているが……
(できるか、そんなこと。……そうだ。)
 美咲を背負ったまま、隼人は足を別な方向に向けた。
 程なくほぼ毎日足を運んでいる建物──小鳥遊研究所──にたどり着く。ここの鍵なら緊急の場合も考えて全員が持っていた。自分のズボンのポケットをから鍵を取り出して中に入る。
 当然、この時間は誰もいない。空き部屋のベッドに少女を寝かせると──それこそ制服のまま寝かせるのも問題なのだが、着替えさせるというのは不可能だ──布団をかけてやる。
 壁の時計を見る。今から戻れば午後からの授業には顔を出せるが……
(かといって、戻るわけにもいかないか。)
 とりあえず妹の和美が具合を悪くしたときのことを思い出して、濡らしたタオルを用意する。
 額に軽く手を触れるとまだ相当熱は高い。息も苦しそうだ。少し躊躇ってから胸のリボンを解き襟元のボタンを一つ外す。濡れタオルを額に乗せると、冷たくて気持ちいいのか少し表情がやわらいだような気がする。
(……そろそろ昼か。)
 薬を飲ませるにしろ、体力を回復させるにしろ、何か食べなければならないだろう。
 う〜ん、とぼやきながら台所に向かう。半一人暮らしが長いせいか、簡単な物なら料理もできないこともなかった。
 運良くジャーに残っていたご飯と水を鍋に入れて弱火で煮込む。思い出して、冷蔵庫の中からネギを出して大雑把に刻んで入れる。味を見ながら塩を加えて完成。
(……ま、こんなものか。)
 お盆に鍋とお椀をのせ、美咲の眠っている部屋に向かう。
「……寝てるか?」
「ううん……」
 隼人が小さく呼びかけると、美咲が目を開けた。
「食べられそうか……?」
「うん……」
 弱々しく身を起こした美咲の前のお盆を置く。
「その…… 一人で食えるか?」
「……食べられない、って言ったら…… 食べさせてくれる?」
「阿呆。今、薬持ってくるから、少しでも食っておけ。」
 と、部屋を出る。
 そして戻ってくると美咲はそれなりに食べていた。鍋の中を見て隼人はちょっと眉をひそめる。
「……ん? お前、ネギ嫌いなのか?」
 彼の指摘に、美咲はちょっと困ったような顔をする。
「隼人くん…… これ、大きすぎるし…… 火もそんなに通ってないよ……」
「……すまん。」
「でも…… 美味しかったよ……」
 熱で潤んだような目で、そんなことを言われて言葉を詰まらせてしまう。
「……いいから、薬でも飲んで寝てろ。」
 思わず逃げるように隼人は部屋を出ていった。

『それで、』
 出会った二人の声が一瞬重なる。
「美咲の様子はどうなの?」
「なんでここに和美がいる?」
 二人同時に別なことを言ったので、場に沈黙がおりる。
「……まず、どちらを解決しますか?」
 第三者的に謙治が聞く。先に口を開いたのは隼人だった。
「……和美、悪いが橘の服を着替えさせて、汗を拭いてくれるか? 結構汗かいたみたいだし、制服のまま寝かせてあるからな。」
「うん、分かったよ、お兄ちゃん。」
「あ、私も手伝うわ。」
 女性二人が席を立つと、謙治と隼人だけがリビングに残される。
「で、どうして和美が?」
 改めて質問。
「ええ、小鳥遊博士から橘さんのことを聞いて、橘さんの家に行ったんですが留守で、大神君の家に行ったら和美ちゃんしかいないし大神君も帰っていないということなので、こちらかと。
 それで事情を話したら和美ちゃんも来ると言ったので、一緒に連れてきました。」
「じゃあ、もう一つ。」
 美咲の寝ている部屋の物音がわずかに聞こえてきたのがちょっと気になって、一瞬意識をそちらに向けたが、すぐに謙治に向き直る。
「俺は昨日いなかったが、なにかあいつが風邪を引くようなことがあったのか?」
「ええ、まあ……」
 どこまで話そうか少し悩んだけど、下手に誤魔化しても意味が無いので、昨日の一件を説明する。
 美咲が川に飛び込んだところで、
「……無茶する奴だ。」
 と隼人が僅かに悔しそうな顔をする。
 そして予想通りバロンの出てきたくだりでピクリと反応した。
 ちなみに謙治とバロンが置いていかれた後、バロンは簡単に挨拶をして去って行った。おそらくは自分の世界に戻ったのだろう。彼だって濡れた服のままでいて平気なはずも無いだろうし、余計な面倒に巻き込まれたくなかったのだろう。
「…………」
「大神君?」
「ん? ああ…… 嫌な奴にまた借りを作ってしまったな、と思ってな。」
「はぁ……?」
「いや、なんでもねぇ。」
 そんなことを話しているとリビングのドアが開く。
「だいぶ持ち直したようよ。無理さえしなければ明日にでも快復するわね。」
「美咲お姉ちゃん、大したことなくて良かったです。」
「そうね…… どこかの誰かさんの厚い看護のおかげかしら?」
「…………」
 敢えて何も言うまい。
 ……と、いきなり甲高い電子音が鳴り響いた。緊張が走る。
「田島…… これはアレ、か?」
「ええ、そうです。」
「……行くしか無いわね。」
 三人が頷く。その態度に和美も事態を理解した。
「お兄ちゃん、もしかして前言っていた『夢魔』なの?」
「そうだ。
 それで悪いが和美、橘が起き出さないように見ててくれねぇか。アイツのことだ、ベッドを抜け出しかねないからな。」
「うん、分かった。
 ……じゃあ、気をつけてね。」
「ああ。」

「硬そうね。」
「『硬そう』ではなく、実際に表面装甲は硬いと思われます。」
 現れた夢魔は石造り――いや、正確にいうならば石の外皮を持つ巨人だった。動きは鈍重ながら、怪力に富んでいるようだ。
 一歩足を踏み出すたびに地面が陥没する。大地が震える。
「ですから先に言っておきますが、神楽崎さんと大神君の必殺技は使わないで下さい。相手の装甲を貫通できないとこちらが一方的にやられる可能性があります。」
 そう言いながら、サンダーブレイカーがブラスターライフルを召喚し、構える。
 ダン! ダン! ダン!
 三発の弾丸が夢魔の装甲に炸裂した。一発目は弾かれ、二発目は止められ、三発目が何とか装甲を貫いたが、向こう側から抜けはしなった。夢魔の体内に止まったらしい。
「…………」
「どうした田島?」
 撃たれた夢魔は麗華達に気付いたらしい。いったん停止――どうやら歩き出したら完成で止まるのも大変らしい――してこちらに振り返る。
「今の攻撃で敵の防御力を計算したのですが……」
「ですが?」
「予想以上の防御力です。
 あの装甲を貫いた上に倒すためには……」
 言いかけて口ごもり、敢えて事務的な口調で説明する。
「ナイトブレイカーのドリーム・レボリューション・ブレイクか、フレイムカイザーのカイザー・グランド・スラッシュ並の攻撃力が必要です。」
「他に手はねぇのか!」
 隼人の問いに、謙治は首を振る。
「一応はブリザードストームからの温度差を利用した攻撃も考えましたが…… ちょっと難しいようです。」
『みんな聞こえるか! 大変なことになった!』
「小鳥遊さん?!」

 ちょっと時間は戻る。
「おや、和美ちゃん。どうしたんですか?」
 急いで帰ってきた(本人を見てもそうは思えないが)小鳥遊が戸棚をゴソゴソ探している和美を見つける。
「あ、小鳥遊先生。
 美咲お姉ちゃんが、この辺に『ひょうのう』があるから持ってきて、って言ってたんだけど…… なかなか見つからないの。」
「氷嚢、ですか? うちにそんなもの……」
 と言ってから不意に真剣な表情になる。
「待って下さい、氷嚢を探し始めてからどれくらい時間が経ちました?」
「えっとぉ…… 十分くらいかな?」
「……それは、夢魔が出現してからですよね? 麗華さん達が出動してからなんですよね?」
「うん…… そうだけど……」
 不安げな和美の言葉に小鳥遊はいきなり走り出した。慌てて後を追う和美。
「小鳥遊先生! どうしたんですか?!」
「……美咲さんの性格を甘く考えてました。まさかあんな身体で……」
 美咲の寝ている部屋のドアをバタンと開ける。普段なら褒められた行為ではないが、場合が場合だった。
 どうやら雨は止んだようだ。開け放たれた窓。風にはためくカーテン。
 そして……
 無人のベッドがある事実を示していた。

 

 

 

 次回予告

和美「美咲お姉ちゃん、風邪で具合が悪いのに戦いに行っちゃった。
 え……? ホント、お兄ちゃん? あたしにもできることがあるの……?
 うん、やる! あたしやるよ。お兄ちゃんも美咲お姉ちゃんも、麗華さんも謙治さんも、
 みんな好きだから、あたしも頑張る。
 大丈夫! 和美はお兄ちゃんの妹なんだから。

 夢の勇者ナイトブレイカー第二十一話
『大ピンチ! ナイトブレイカー合体不能?!(後編)』

 あたしだってたくさん、た〜くさん夢持ってるんだからね。」

 

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