第二十四話 友と呼べる敵

 

 

 ある日の放課後。隼人は校門に背を預けて、出てくる生徒を眺めていた。
 自分では意識してないのだが、その雰囲気といろいろ陰で言われている噂で通りかかる生徒の半分くらいは距離を離して歩いていく。
 何かを探すような向ける視線が睨んでいるようで、更にその傾向を増している。
 ……無論、本人はそのことにちっとも気づいてないし、気づいたとしても心を入れ替えるようなこともないだろう。
 と、
「あ、隼人くん!」
 嬉しそうな声が横から聞こえてきて、隼人は無言で肩を落とした。
 視界に入っている間には溢れんばかりの存在感なのだが、見えなくなると不意に気配も何も感じられなくなる。
 どういうことかと言えば、声をかけてきた少女――美咲の接近を一度たりとも気づけなかった自分に少々嫌気がさしている隼人であった。
「どうしたの?」
 そんな彼の心中も分からずに首を傾げる美咲。
「……なんでもない。」
 いつものやりとり。と、自分がこんなところに立っていた理由をふと思い出した。
「そうだ、橘。つき合ってくれ。」
「えぇぇぇっ!!」
 美咲の背後から素っ頓狂な声が聞こえた。
 小柄な少女の頭越しにポニーテールと丸眼鏡が見える。美咲の親友、法子だ。
「なになになに?! もしかして告白の決定的瞬間? これはスクープよスクープ!」
 美咲に気を取られていて、一緒に誰かがいたかもしれないことを失念していたことを反省し、もっとも事態をややこしくしそうな人物だったことに運命を呪い、そして喧しさに思わず顔をしかめた。
「なになぁにぃ? 照れない照れない。
 あたしが男だったらサキちゃんは渡さないのに。あ〜あ。残念。」
「おい……」
 怒鳴りそうになるのを何とか堪えて。うなり声に近い呟きを漏らす。
 そんな(一方的ながらも)険悪な空気の外で、美咲がこれまた事態を混乱させるようなことを口にする。
「うん、いいよ。」
「おぉぉぉっ!!」
 一層ヒートアップする法子。もう次の日、いや数時間以内にはこの「スクープ」が学校内どころか町内を広がりそうだ。
「…………」
 なんか頭痛を感じてこめかみのあたりを押さえる。
 そんな二人の対照的な姿に美咲は首を傾げながらも、言葉を続ける。
「で、どこに行くの?」
「…………」
 呆気にとられた法子が次の瞬間、いわゆる「温かい目」をして隼人の肩をポンポンと叩く。
「残念だったわね、大神隼人。まぁ、諦めなければいつかは報われるわよ。」
「あのなぁ……」
 頭痛が激しくなったかもしれない。
「どうしたの? 頭痛いの?」
「いや……
 というわけで高橋。お前が何を考えていたか何となく分かったが、今回は橘の方が正しい。」
「へ?」
「それに気になるなら高橋も来てもいいぞ。別に秘密にするようなことじゃないからな。」
 もう面倒くさくなったのか、疲れたように首を振ると歩き出す。
 何で二人が言い合い(らしきもの)をしていたか分からないが、美咲はその後をついて行き、一瞬でも取り残された法子が慌てて二人の後を追った。
 歩きながら美咲が隼人に色々話しかけて、隼人は言葉少ないながらも相手をしている。素っ気ないながらも、無下にしたり無視している様子もない。法子の見たところ、彼なりに愛想良く相手しているようだった。
 それと、少なくとも法子の知る限り、大神隼人という人物は誰かを――特に女の子を――誘うようなことはないはずだ。
 心のメモ帳のデータを更新しながら、時折振り返る親友の相手をして歩いていく。

 三十分ほど歩いただろうか。
 三人は長い石段の末、広い境内にたどり着いた。
「お寺……?」
 その境内の奥に本殿と思わしき建物がある。
「ああ、そうだ。」
 心持ち緊張している面もちの隼人を、ちょっと珍しいかな? と思いながらも、その理由が分からない美咲。
 ややしばらくその場で立ちすくんでいたが、意を決したように足を進める。
「おや、そこに見えるは大神さんではございませんか。」
 不意にそんな声がかけられる。
 境内の片隅で、柔和な表情の老人が箒を手に枯れ葉を掃いていた。
「そちらのお嬢さん方は見かけぬお方ですな。いけませんぞ、男児たるもの心に秘めるべき相手は一人にしておくものです。」
 サラリと凄いことを言った老人は法衣を来ているところを見ると、ここの住職らしい。
「お、和尚!」
「おっと、これは拙僧ごときが口を出す問題ではありませんでしたな……」
 そうだけ言うと、また境内の掃除に戻る。そのあまりにも上手な切り返しに何も言い返せない。
「おーおー、あの大神隼人をここまで一方的に言い負かすとは、なかなかやるわね。」
 背後で気楽に言う法子。何かペンを走らせる音が聞こえるので、いつものように何かメモっているようだ。
 そこに目があったら睨み殺していただろう憤りを背中に漂わせながらも、どうにか抑えた。それこそ、少し前――夏休み前くらいだろうか?――までだったら考えられないほど、隼人は穏やかになっている。
(おそらく……)
 その長身の隣で小首を傾げるとても同い年には見えない「親友」を見て、法子は見えないように微笑む。
(あの子のおかげよね。きっと……)
 そして、美咲もまた新たな「親友」たちにより笑顔が磨かれてきたような気がする。
 それが嬉しくもあり…… ちょっと寂しくも感じるのだ。
 ま、いいか。と自分の中で適当に納得して、ビシッと隼人に指を突きつける。
「で? こんなところまで連れてきてどうしようってぇの、大神隼人?」
「一回一回フルネームで呼ぶな。それに元々お前は呼んでない。」
「まぁ! 聞きました奥様〜 じゃぁ、なんですか? こんな所に可愛いサキちゃんを連れ込んで何するザマスか?」
 いきなりのザマス口調に隼人の拳がブルブルと震える。
「なぁ橘。こいつ、一発本気でぶん殴っていいか?」
「うわ、ダメだよ、そんなことしちゃ……」
 本気で答える美咲に溜息一つ。
「本気にするな……
 ……ったく、ここに来た理由忘れそうになるだろうが。」
 と、次の瞬間、鋭い気配が走った。
 いきなり怒号が響き渡る。
「貴様! よくおめおめと顔を出せたなっ!」

 高校が放課後なら、当然中学校も放課後である。
 隼人の妹和美は学校も終わり、テクテクと歩いていた。難病で入退院を繰り返していたが、手術でそれを克服し、多少身体が弱いながらも普通の学校生活を送れるようになったのだ。
「〜♪」
 今までロクに外に出られなかったことを考えると、ある意味過保護な兄が外出を控えるように言ったところで聞く理由も無い。
 朝晩はともかく、まだ風にも温もりがある中を歩く。
「う〜ん、夕飯の買い物しておいた方がいいかな?」
 とはいうものの、朝はともかく晩はほぼ毎日外で食べている。外、とはいうが、実際は小鳥遊のところで、美咲と一緒に食卓を囲んでいるのだ。
 美咲に言わせれば、二人分も四人分も、はたまた六人分の食事も量が変わるだけで手間はさほど変わらないそうで、申し訳ないと思う反面、ついつい好意に甘えてしまっている。
 まず口には出さないが、兄が美咲の手料理を気に入っているのと、自分たち兄妹の料理の腕が大したこと無いのもその理由の一つだろう。
「う〜ん、でも美咲お姉ちゃんにはまだまだ敵わないよねぇ……」
 暇を見計らって美咲に料理を教えてもらっているが、包丁の使い方からして天と地ほどの差がある。
「あたしももっと頑張らないと!」
 と拳をぐぐぅと握りしめていると、
「へぇ、お嬢ちゃん可愛いねぇ。」
 かけられた声の口調に嫌な物を感じながらも振り返る。
 予想通りというか、そこにいたのはどう贔屓目に見ても真っ当な生活を送っているような輩では無かった。
 おそらく高校生ぐらいなのだろうが、不摂生がたたってか揃いも揃って数年は老けて見える。欲望に忠実なその濁った目に自分が映っていることですら、和美には嫌悪以外のなにものも感じられなかった。
「そんな警戒しないでよ。君と仲良くしたいだけなんだからさぁ。」
 いわゆる猫なで声。それこそ言葉通りの意味なのだろう、表も裏も。
(どうしよう……)
 走って逃げるのは無理。助けを呼ぼうにも周囲に人影は無し。あったとしても関わり合うの避けられる可能性もある。
 これで自分の兄ほどの腕前があれば強行突破も可能だが、そんなことは不可能だ。
「あ、あの…… あたし急いでますので……」
 囲まれて恐怖が沸き上がってきたのか、声も震える。ジリ、と一歩下がろうとしてもニヤニヤしながら近づかれる。
「おら、いいから来いよっ!」
 業を煮やして、男達の一人が和美の手首を乱暴に掴んだ。
「痛っ!」
「おとなしくしてりゃぁ……」
 ふと和美の手を掴んでいた男の言葉が止まる。と、すぐに別の声が聞こえてきた。
「おとなしくしていれば……?」
 ちょっと皮肉った口調でその長身の若者は狼藉をはたらく男の首を掴んでいた。その手に力を込めると、見る間に男に苦しそうな表情が浮かび蒼白となっていく。そして和美を掴む力が緩んだところで思い切り蹴飛ばされた。
「て、てめぇ!」
 仲間が倒させて――それどころか白目をむいて気を失っている――残りの男達が憤る。が、それも見えてないかのように、長身の若者は和美の前に移動する。
「大丈夫か?」
「あ、はい……」
 黒一色でまとめた若者。年の頃も身長も兄と同じくらい。整った顔立ちだが、単なる優男でないのは強い信念と揺るぎ無い自信で不敵に輝く瞳が物語っている。と、その若者が一瞬不思議そうな表情をする。
「おい、コラ。無視するん……」
 じゃねぇ、という続きの言葉は居合い抜きが如くの回し蹴りに遮られた。まさに斬れんばかりの蹴りにまた一人が沈黙する。残りは二人。
「俺も男なんでな。」
 仲間を二人瞬時に倒されて殺気走った目でナイフを抜く男達だが、それにも怯む様子はない。背にかばった和美を肩越しに振り返って小さくウィンク。
「女の子の前じゃ、ちょっとカッコつけたくなるのさ。
 それに……」
 スッと目を細めて「戦士」の顔を見せる。
「女性に乱暴するヤツは許さない主義でね。」

「ありがとうございます。」
 顛末を書くほどのこともなく、ほぼ一瞬で勝負がついた。厄介なことになる前にその場を離れたところで、和美がペコリと頭を下げる。
「なに、気にするな。俺は単にカッコつけたかっただけさ。」
 誇るでもなく、恩着せがましくもなく、さも当然のように言ってのける。そして俺の役目は終わり、とばかりに立ち去ろうとする。
「あ、あの……!」
 去ろうとする服の裾をギュッと掴む。
「あ、あたし大神和美と言います。
 あの…… せめて何かお礼させて下さい! 兄も受けた恩はちゃんと返すように、と言っておりまして……」
「別に俺はそういうの欲しさに…… オオガミ? 兄?」
 何かに気付いて若者は、軽く膝を曲げ和美と目線を合わせる。真っ正面から見つめられる形になって、思わず赤くなってしまう。
「なぁ、カズミ。良かったらお前の兄さんの名前を教えてくれないか?」
「は? 兄、ですか……?
 隼人。大神隼人です。」
 その名前を聞いた途端、納得したような表情をし、直後楽しそうに笑い出した。和美には何が何だか分からない。
「そうか。道理で見たことあるような目をしてると思ったら、あのハヤトの妹か!」
 一頻り笑った後、和美に対し紳士のような一礼をする。
「自己紹介が遅れたな。
 俺の名はバロン。ハヤトとは…… そうだな、好敵手みたいなものだ。」
 そう言って若者――バロンは不敵な笑みを浮かべた。

「貴様! よくおめおめと顔を出せたなっ!」
 いきなりの怒号に美咲と法子が首をすくめた。
「てめぇ! 何しに来やがった!」
 寺の本殿の方から、荒武者を思わせる風貌の男がやってきた。身体は大きくがっしりとし、粗暴に見えるが、どこか「悟り」を持っているようにも見える。
「師匠……」
 隼人が小さく呟くが、それすら聞こえたようだ。
「師匠だと? どの口でそんなことをほざきやがる。てめぇとは師匠でも弟子でもなんでもねぇ! とっとと帰りやがれ!」
「師匠っ!!」
 隼人の叫ぶ声が「師匠」の言葉を遮る。
「無礼なのも分かってるし、ムシの良すぎる事だということも分かってる。
 けど…… また俺に格闘技を教えてくれ!」
「本気か……?」
「師匠」の顔には怒りを通り越して呆れの感情が浮かんでいた。
「てめぇが一年前に何て言って出ていったか忘れたのか?」
 静かな声だが、二人の間の緊張感に美咲も法子も口を挟めないでいる。
「いや、憶えている…… でも俺は……」
 隼人はいきなりその場に正座し、地面に手をついた。
「俺は強くなりたいんだ! いや、強くならなければならないんだ!
 だから……!」
「おめぇ……」
「ボクからもお願いします!」
 ガバッ、と美咲も隼人と同じように地面に手をつく。
「橘、お前には関係ねぇ!」
「でも…… 隼人くん凄い真剣だもん。何があったかボクには分からないけど……
 でも! きっととても大切なことだと思うの。だから……」
「それじゃ、あたしも一緒に並ぼうかな?」
 ふわりとポニーテールを揺らして法子も出てくる。
「親友が頑張ってるんだから、あたしもやらないとね♪」
 冗談めかした口調ではあるが、よいしょ、と美咲の隣に膝をつこうとするのを見て、「師匠」が盛大に溜息をつく。
「隼人、お前のこった。そこの嬢ちゃん達にこういうことをさせようと思って連れてきたワケじゃないだろ?」
「……当たり前だ。
 いいからお前らは立ってろ!」
 傍らの少女二人に声を荒げるが、聞く様子は無い。更に盛大に溜息をつく。
「隼人、お前もだ。
 ここの境内はそこのナマグサ坊主がロクに掃除しないから結構汚れているんだ。」
「おやおや、玄庵殿。ここに住んでおられながら何もせぬ貴殿にそのように言われるとは心外ですな。」
 そう言ってから、住職は隼人の方を振り返る。
「良い目をするようになりましたな。
 玄庵殿、今の彼なら大丈夫ですぞ。」
「ケッ…… 分かってらぁ。」
「ささ、こんなところでなんですから、上がって行きませぬか?
 大した物は出せませんが、粗茶でよろしければ飲んでいきなさい。」
 住職の薦めもあって、三人は寺に招かれることになった。

「で、こいつが言ったのさ。『もうてめぇに教わる事なんて無ぇ!』って。
 だからこっちも言ったのさ、『ああ上等だ。二度と顔見せんな!』てな。」
「うわ、隼人くんそんなこと言ったの?」
「…………」
 隼人は渋い顔。
「なるほどなるほど、サキはお爺ちゃん仕込み、って聞いたことがあったけど、大神隼人だって生まれたときからケンカ番長ってわけじゃないわよねぇ。」
 メモメモと色々手帳に書き込んでいる法子に思わず溜息が洩れる。
「おめぇ…… ホント丸くなったな……」
 玄庵にまでそう言われてますます渋い顔に。
「男子三日会わずば刮目して見よ、と古来から申されますからな。
 あの頃の大神さんはともかく、今は立派な益荒男(ますらお)になられておりますぞ。」
「…………」
 もう無視したいのか、隼人は聞こえない振りをしてがぶりとお茶を飲む。
「さて、」
 不意に玄庵が表情を引き締める。
「ここで、こいつの過去をさらし者にしてても仕方がないから、ちょっと表出ろや。」
「……おう。」
「あ、それと、そっちのちっこい嬢ちゃんも来てくれや。」
「ボク?」
 不意に自分に振られて首を傾げながらも立ち上がる美咲。テコテコと玄庵と隼人の後を追う。
 特に説明もせず、玄庵は二人を二メートルほどの距離を開けて向かい合わせに立たせた。隼人の脳裏に何か嫌な予感が響く。
「よし、どうやら嬢ちゃんも何かやってるみたいだから、隼人とちょっとやり合ってみてくれや。
 ……ある程度は本気でな。」
「えぇっ?!」
「……嫌だ、って言ったら?」
 対照的な反応をニヤニヤ見て、「さぁな」と素知らぬ顔で境内が見渡せる縁側に腰掛ける。
「でも一応、俺がいない間にどれだけになったか見ておきたいからな。
 ま、無理にとは言わんが……」
 そんなことをやっていると、住職も法子も二人の「戦い」を見物に縁側まで移動する。
「…………」
「…………」
 しばし見つめ合って(法子の「よーよー、お二人さん熱いよぉっ!」という茶化しを隼人は無視した)、隼人はあからさまに、美咲は少しばかり肩を落とすと、お互いゆっくりと構えをとる。
 見つめ合いから睨み合い。しばしの間動かない、いや動けないで相手の挙動を伺う。
 そんな睨み合いを嫌ったか、美咲が地面を蹴る。相手が普通のチンピラなら「避けられない」程度の蹴り一発で済むのだろうが、今回は隼人だ。生半可な相手ではない。
 低いジャンプから足下を狙う蹴り。それを避ける間に、小柄な身体を生かすために急接近する。
 隼人もそれを防ぐために大降りの蹴りで牽制するが、下がるどころかそれをかわしながら更に間合いを詰められる。
(速い……!)
 予想以上の速度に、一度大きく跳んで間合いを離す。美咲も前哨戦と見ているのか、今回はこれ以上追わない。
「なんか最初に会ったときのこと、思い出すよね。」
 そういえば、こうして美咲と隼人が拳を交えるのは二回目だ。ふとその時のことが蘇る。
「……あの時は悪かったな。」
 一緒に戦ってくれるよう説得しようと挑んできた美咲を、隼人が怪我させてしまったのだ。
「ううん。あの時はボクも悪かったから……」
 あのときの怪我は決して軽いものでは無かったはずだ。それでもニッコリ笑って答える美咲に、隼人の胸の奥で鈍い痛みが走る。
(やりづれぇ……)
 どうするか攻めあぐねていると、また美咲が迫ってくる。防御に徹しながらも隙を探すが、簡単に見つかるものではない。
「……さて、そっちの嬢ちゃん。あの二人、どう見る?」
「法子って名前があるんですけど……
 まぁ、あたしの見たところ、サキの勝ちで間違いはないわね。」
「ほぉ……」
 自信たっぷりに答える法子に思わず感嘆の声が漏れる。
「その根拠は?」
 住職も含め、三人の前で戦っている美咲と隼人。素人目にも隼人が防戦にまわっているのが分かるが、だからといって隼人の不利と言い切るのは早計かもしれない。
「根拠は一つ。ちなみに意外と早くケリつくかもしれないわよ。おそらくサキちゃん得意の右回し蹴りが頭に当たってKO。そんなとこかしら?」
「えらく具体的だな……」
「……理由はすごく馬鹿らしいですけどね。」
 ヒョイ、と肩をすくめてみせる。
 住職は相変わらずニコニコとそんな様子を眺めていた。

「……ん?」
 せっかくだから隼人に恩を売っておくか、というバロンの言葉に家まで案内します、という和美の二人連れが歩いている。
 そんな中、ふとバロンが足を止めた。
「どうしたんですか?」
「あ、いや、面白そうな気配がする。」
 寺か何かあるのだろうか? 長い石段が上へ伸びている。
「あ、あたしにはお構いなく……」
「う〜ん……」
 身体が弱いのと、歩き疲れていると思われる和美にこの石段は辛いかもしれない。かといって、一人で帰したりここで待たせるのもどうかと思われる。しかし石段の上には興味がある。
「よし…… ちょっと失礼。」
「わっ?!」
 よいしょ、とも言わず和美を抱え上げると、風のように走り出した。
 常人なら登るだけでも疲れそうな石段を、少女一人抱えながら颯爽と駆け上がる。最後の数段のところで降ろされたが、自分が登ったわけでもないのに和美の心臓はドキドキ言っていた。
「悪いな。どうしても見たかったんだ。」
 と、登っていくと、そこに見えた光景に驚きと、そして喜びの声を上げた。

 密着するような距離からの拳を避け、あるいは受ける。外見や身体の大きさにも関わらず、その拳は重い。更に速さもあり、紙一重で見切れる程の目の良さもある。唯一、人の良さというか甘さが弱点と言えば弱点なのだろうが、相手が隼人ということで思う存分やってきている感もある。
 受け流した右手を追いかけるように左の裏拳が迫る。それをスウェイバックで避けるが、すぐに足下を狙う低い蹴りが来る。
「速くて目が追いつかない……」
 カメラを構えてはみるものの、シャッターチャンスが掴めない。空手部の試合とかも撮影したことあったが、それとは桁違いなのだ。
「なんだ隼人の奴、本気出してるのか?」
 隼人も蹴りを放ったりしているが、どうも精彩を欠いているような気もする。
「ん〜 大神隼人はねぇ、弱くなったみたいね。それ以上に強くなったみたいだけど。」
「どういうこった?」
「なるほど、それは確かに弱くなって強くなったようですな。」
「ん? んんっ?」
 玄庵が分からないでいる間に、美咲と隼人の間合いが開いた。
 リーチの差があるから美咲は攻めづらいのだろうが、素早く左足の一歩で間合いの半分くらいまで詰める。まだ距離は遠いが、右足が翻った。
「あ?」
 一瞬、隼人が間抜けた声をあげる。鋭いステップが距離を瞬間的に縮め、振り上げた右足が半ば呆然としていた隼人の首筋に面白いように吸い込まれていった。
 バシンなんていい音ではなく、逆に鈍くシャレにならなそうな音が響いて、そのまま横向きに飛ばされた隼人が倒れる。
「わ、わわっ! 隼人くん、しっかりして!」
 脳震盪を起こしているから揺さぶるようなことはしないが、慌てて駆け寄って隼人の頭を膝に乗せ何度か呼びかける。蹴った美咲が一番驚いているようだ。
「おいおい、情けないなぁハヤト。」
「……? あれ? バロンくん?」
 不意にそんな声が聞こえ、声の主を捜すとちょうど石段を登りきったところにバロンと和美の姿が見えた。
「あ、お兄ちゃんどうしたんですか? それと美咲お姉ちゃん、バロンさんと知り合いなんですか?」
「あ、和美ちゃんやっほ〜 って、サキ、こっちの格好いいお兄さん誰?」
「おや、今日はお客人の多い日ですな。」
 また人が増えて、喧しくなった境内に玄庵が顔をしかめる。
「誰でもいいから、人間関係ちゃんと説明しやがれ!」

 というわけで、お茶を囲んで状況説明。ちなみに隼人は美咲の膝枕で未だに意識朦朧としている。
「まぁ、大体分かった。
 ところでそこの黒いの。」
「……俺か?」
 ちょっと釈然としないものがありながらも返すバロン。
「ちょっとそこのちっこい嬢ちゃんとやり合ってみてくれないか?」
 その言葉に、一瞬反応を見せた隼人だがすぐに美咲に押さえつけられる。
「俺と…… ミサキが?」
「ああ、そうだ。
 嬢ちゃんの腕前ももう少し見てみたいし、おめぇさんも隼人並には腕が立つんだろ?」
「並……? 何を言う。俺の方が上だ。」
「じゃぁ、やっても負けねぇな。」
「……!」
 気付くとすでに美咲は膝枕を和美と交代して、境内に降りている。
「サキ〜 目指せ二連勝!」
 無責任な法子の応援に美咲が困ったような笑みを浮かべる。
「…………」
 目に見えて渋々と境内に降りていくバロンだが、美咲の元に向かいながら「どうしてあの時隼人は動けなかったのか?」と考えていた。

 結果。
 和美は初めてだったのだが、残る三人はさっきとほぼ同じ光景を見ることになった。
 美咲相手に攻めあぐねている間に、美咲の猛攻。それをどうにか捌いている間に間合いが開き、前回の同じように左足の鋭いステップから、右の回し蹴り。
「あ?」
 同じように間抜けた声。ただ、隼人と違って何か納得したような響きを交えながら、直後にシャレにならない音。
 綺麗に首筋に入った蹴りでバロンが倒れた。
「わ、わわっ! バロンくん、しっかりして!」
 これでもう一回バロンが来たら全くさっきと同じなのだろうが、さすがにそれはない。
 ズーン……
 その代わり、というわけでも無いのだろうが、不意に遠くから爆発音のような物が聞こえた。
「!」
 美咲がその方向に厳しい視線を向ける。
「なにあれ……! 街中で何かでっかいのが暴れてる?!」
 カメラの望遠レンズを使った法子が、その騒ぎの正体をとらえた。
「……ゴメン! ボク、急用できた! 隼人くんとバロンくんのこと、よろしくね!」
 言って返事も聞かずに駆け出した。

 二体の人型の夢魔が暴れていた。白くノッペリとした外観は粘土で作ったようにも見える。
 一足速く事態を察知してきた麗華と謙治だが、相手が格闘型でしかも街中であることを考えると、射撃武器主体の二人のブレイカーマシンでは戦いづらい。
 カイザードラゴンならまだ戦えそうだが、その体躯がわざわいして、今回のような周囲に気を配らないといけない戦いでは不利だ。
「……あの二人、何処に行ったのかしら?」
「分かりません。」
 避難する人々を避けるように路地に入り込んで夢魔の動向を見ている二人。
 と、夢魔の一体に躍りかかる影。コメットフライヤーから飛び降りたフラッシュブレイカーだ。
 もう一体を警戒しながら、鋭い蹴りを叩き込む。不意をつかれた夢魔達だが、すぐに態勢を立て直しフラッシュブレイカーの前後に間合いを開いて立つ。
「……?」
 スッ、と二体同時に夢魔が仕掛けてきた。
 前後に気を配っていたとはいえ、予想以上の速さに、ギリギリでかわすのが精一杯だ。それと同時に美咲は自分の身体のキレがいつもよりも悪いのに気付いた。疑問符を浮かべる暇もなく、また夢魔が襲いかかってくる。
 一体一体の格闘能力は美咲よりも低いのだろうが、二体が巧みなコンビネーションで襲いかかってくると若干不利である。しかも、攻めては引きと美咲を消耗させるような戦い方をしてくる。
 そして、本人が気付いてないのが一番の致命的なのだが、隼人とバロンとの戦いが美咲から体力と精神力を密かに奪っていた。
 一瞬、集中力が途切れた時に夢魔の攻撃をガードし損なう。そのダメージ自体はともかく、それを好機と見た夢魔がいきなり攻撃主体に切り替えてきた。

「ああっ?!」
 TVの生中継で、フラッシュブレイカーが夢魔に殴り倒されたのを見て、和美は思わず声を上げてしまった。 
 無意識に兄の方をうかがうが、バロンと一緒に寝かされている。起こしたくもないが、やっぱり起きて欲しいとも思う。
 法子は美咲が飛び出した直後に「取材」に出てしまい、和美だけがTVをかじりつくように見ていた。玄庵と住職は横目で見ている程度だ。
「どうしよう……」
「おい、おめぇら、まだ寝てた方がいいぞ。」
 ふと玄庵が後ろも見ずに言った。
「うるせぇ。もう治った。」
「ああ、もう戦える。」
 寝ていたはずの二人が立っていた。
「お兄ちゃん……
 それとバロンさんがどうし……」
 ふと言葉が途切れた。バロンの左腕に隼人や、それこそ美咲達がつけているようなブレスレットが見えた。その中央には同じようにクリスタル――しかも色は黒――がはまっているのだ。
(もしかして前の……)
 一度だけ目の前で見たことがある黒いロボット。あのときは確か……
「なんでお前がしゃしゃり出てくる。」
「生憎と今は寝ている気分じゃないんだ。」
 しかもウルフブレイカーとも戦ったことがあるはず。
「理由が無いだろ。」
「理由? そうだな、ハヤト、お前と同じというのはどうだ?」
 じゃあなんで……?
「おめぇら、まだ足がふらついてるだろうが。何処へ行くんだ?」
 玄庵の言葉に、外に出ようとしていた二人が同時に振り返る。
『急用だ。』
 言葉が重なったのが気に入らなかったのか、フンと鼻を鳴らすと早足で出ていく。
「だいたいなんでお前がここにいるんだ。」
「ああ、そういやぁ言ってなかったな。カズミがどっかのクズに絡まれてたんでな、思わず殴ってきた。感謝しろよ。」
「なんだと! ……その、手間かけたな。」
「ハヤトのそういうところ、俺は気に入ってるぜ。」
「うるせぇ。……足手まといになるなよ。」
「お前もな。」
 言い合いしながらも徐々に足が速くなり、最後は駆け足で石段の向こうに消えていった。

ブレイカーマシン、リアライズッ!!
来たれ闇の翼…… スカイシャドウッ!!
 ブレスレットのクリスタルが2色の光を放つと、青き狼と漆黒の翼が現れる。と、バロンはシャドウブレイカーの足の部分だけを変形させた。
「ハヤト、掴まれ!」
「あのデカいのは!」
「喚んでる時間も惜しい!」
「よし、分かった。ヒューマンフォームチェンジッ!!」
 ウルフブレイカーが下から突き出た足を掴むと、スカイシャドウは戦場にむけてジェットを全開にした。

 フラッシュブレイカーが夢魔二体に袋叩きにあっている。前後から殴られて倒れることもできない。どうにかガードをしているが、防御をくぐり抜けた打撃がダメージを蓄積させている。
「美咲!」
「橘さん!」
 さすがに見ていられず、援護――それこそ身代わりでもいいから――に自分たちのマシンを召還しようとする麗華と謙治だが、それはわずかに遅かった。
 朦朧としてしまったのか、棒立ちになったフラッシュブレイカーを夢魔二体で蹴り飛ばす。その背後にはビルがある。このままでは叩きつけられるのは明白だ。

シェイプシフトッ!
 チェンジ、ウェアビーストッ!!

チェンジ、シャドウブレイカーッ!!

 飛び込んできた二つの影がフラッシュブレイカーを受け止めた。
「おい、美咲!」
「ミサキ!」
「……ふわ? あれ、隼人くんに…… バロンくん? 二人とも大丈夫なの?」
 疲労の色が見えるものの、他人を心配するだけの余裕があるのに安堵の息が漏れる。ただ、見た感じでもこれ以上の戦闘は止めた方が賢明だろう。
「ったく…… 大丈夫か? ってこっちのセリフだ。」
「無事でなによりだ。」
 新たな敵の出現に動揺を見せた夢魔だが、すぐに攻撃しないようなので、ゆっくり構えをとり……
「ざけんな。」
「遅い。」
 ……なおす前に、瞬時に間合いを詰めたウルフブレイカーとシャドウブレイカーの足が夢魔の「顎」のあたりをとらえた。
 身体が宙に浮いたところで怒濤のラッシュが夢魔を叩きのめした。
「……あいつを倒したくらいでいい気になるな。」
「所詮、お前達のレベルはその程度だ。」

「なんでぇ、やりゃあちゃんとできるじゃねぇか。」
 TVを見ていた玄庵がボソリと呟いた。

遊びの時間は終わりだ!
 ウルフブレイカーが青いオーラに包まれる。動きが鈍った夢魔を蹴り上げ、それと同時に飛ばされた夢魔よりも高く跳躍した。
 ジャンプの最高点で宙返りして、重力以上の速度で落下した。その途中には夢魔。
ビースト・ストライク・ブレイクッ!
 光に包まれた足が夢魔を地面に叩きつける。それは液体状になって動きを止めた。

 もう一体の夢魔がよろよろと立ち上がる。
 バロンはそれを醒めた目で見ていた。
 背部のジェットでフワリと浮くと、不意にその姿が二つに分かれた。全く同じ姿のシャドウブレイカーが二体。更に四体、八体と分身していく。
邪魔だ、消えろ……!
 八体の内四体が距離を開け、両手のニードルシュートを構える。残り半数がシャドウナイフを閃かせ、夢魔に躍りかかった。
シャドウ・イリュージョンッ!
 八体のシャドウブレイカーの攻撃が夢魔を瞬時に液体状へと変えた。

「やれやれ……」
「下らん……」
 夢魔を倒して、フラッシュブレイカーの様子を見ようと振り返る二人だが、美咲の鋭い声が飛んだ。
「二人とも後ろ!」
 と、同時に殺気を感じて大きく飛び退く。倒した亡骸だと思った白い液体がムニュムニュと動きだし、二体分が一つになって一回り以上大きな人型になった。
「マジか……」
「おいおい。」
 驚きよりも呆れが出るが、そんなことはお構いなしに夢魔が頭上から拳を叩きつけてくる。
「隼人! フレイムカイザーに合体よ!」
 出るタイミングを逸していたが、相手が大きくなったところでフェニックスブレイカー・サンダーブレイカー・カイザージェットが駆けつけてきた。麗華の言うとおり、フレイムカイザーなら互角に戦えるくらいだろう。
「いや、その必要はない。」
 シャドウブレイカーが手出しは無用、と言わんばかりに制する。
「ハヤト、あいつの動きを止められるか? できれば空に飛ばしてくれるとありがたいが……」
「誰にものを言ってる。」
 ニヤリ、と不敵な笑み。
「そうだったな。ここは少し任せる。」
 と隼人と同じ笑みを浮かべると、腕を振り上げ天を指さした。
ルナティックグリフォン!
 バロンの召還に応じ、空の彼方から漆黒の翼を持った幻獣が舞い降りてくる。その背にヒラリと飛び乗ると、ルナティックグリフォンが上昇した。
 その間にウルフブレイカーはスピードを生かして夢魔の動きを攪乱していた。大きくなった分パワーは上がったのだろうが、反応が鈍くなってウルフブレイカーの動きに追いつけない。
 幾度かの拳を避けた後、相手の体勢を崩してからスライディングをかけた。そのまま、倒れてくる夢魔の下敷きになる位置で仰向けになりながらウルフブレイカーが両腕を空に突き上げた。
ブリザード・ストーム!!
 夢魔の身体に触れるくらいの位置で放たれた極寒の暴風は、その極低温で夢魔の巨体を凍り付かせつつ、天空へと舞い上げた。
「さすがだな…… 行くぞ!」
 クエーッ!
 ルナティックグリフォンが一声鳴くと、上空からシャドウブレイカーを背に乗せたまま、夢魔に向かってダイブする。
 速度が徐々に増し、その全体が黒いエネルギーフィールドに包まれた。それが最高潮に達する頃には巨大な漆黒の刃となる。
行けぇっ!
 スタンピード・グリフォン!
 漆黒の刃が夢魔を切り裂き、一瞬で消滅させた。

「バロン!
 ……ところで何してるの?」
 美咲と隼人が戻ってくるのを近くで待っていた麗華と謙治だったが、意外な人物も一緒なのを見て驚いて、直後呆れたように聞いた。
「俺も何て言えばいいか……」
「じゃあ、隼人は答えられる?」
 驚きも収まったのか、ちょっとからかうような口調で質問の相手を変える。
「…………」
 ブスッとして答えない隼人。何か気に入らないのか、それとも実は照れているのか。
 見かけだけのため息をつくと、麗華は再度尋ねる。
「じゃ、本人に聞いてみましょうか。
 ……で、美咲、どうしてそんなことしてるの?」
「え? あ、うん。
 だって二人とも手を離したら逃げ出しそうなんだもん。」
 と、明るく答えた美咲は、両手で隼人とバロンの手をひいていた。手を握られている二人は複雑な表情をしながらも逆らえないのかされるがままになっている。
 隼人は心情的に、バロンはまだ慣れているのだろうが、立場上やはり落ち着かない。
「あなた達の負けね。」
 麗華が冷たく、それでいて楽しそうにそう言い放った。

「あ、お帰りなさい。
 ……ねぇ、お兄ちゃんもバロンさんもどうしたの? なんか疲れた顔して。」
「別に……」
「大したことじゃない。」
 寺に戻ると、ちょっと小首を傾げた和美と、
「なんかこう、面白い絵だけど…… 写真撮っていい?」
 なんて言いながら、いきなりシャッターを切る法子が待っていた。
『おい、待て!』
 と、法子に詰め寄ろうとする二人だが、グイ、と腕を引っ張られて動きが止まる。
「…………」
「…………」
「もう…… どうして二人ともそうなのかなぁ……?」
 少年二人を握った手だけで止めた美咲がちょっと拗ねたような表情をする。美咲を見、お互いを見、疲れたように肩を落とす隼人とバロン。
「ところで、一つだけハッキリさせておきたいことがあるんだが……」
 半分呆れ顔の玄庵がそう切り出す。
「なんで二人ともちっこい嬢ちゃんの蹴りを避けられなかったんだ? あれくらい見えないはずないだろ。」
「…………」
「…………」
 隼人は何となく恥ずかしそうに、バロンも気まずそうにそっぽを向く。
「あ、そうだよ。てっきりガードすると思ったのに……」
 蹴った本人も何故かは分からないようだ。
「あ〜 サキちゃんサキちゃん。」
「何、法子ちゃん?」
「親友からとっても為になるアドバイス。」
「え? なになに?」
 法子は隼人とバロンを等分に眺めてから溜息混じりに言う。
「あのね、うちの制服のスカートって結構短いのよ。」
「うん。」
「だから、制服の時は足技に気をつけた方がいいわよ。」
「ふぇ?」
 首を傾げる美咲。
「だ〜か〜ら、短いスカートはいてる時は、足振り上げちゃダメ。
 ……見えちゃうでしょ。」
「見える……?
 ……わっ、わわっ!!」
 急に慌てて自分のスカートを押さえるが後の祭りである。隼人とバロンにとっては「逃げ出す」チャンスなのだろうが、痛いところを突かれて動けない。
「……もう遅いわよ。まぁ、サキの蹴りならフツーの人はまず見えないでしょうけど……」
 チラ、チラと二人の少年に意味ありげに視線を向ける。
「どうやらこの格闘バカ達の動体視力だと見えちゃうみたいね。」
「つーことはなにか?
 こいつらは嬢ちゃんのパンツが見えて思わず動きが止まってしまったってか?」
 法子が遠回しに説明したことを玄庵にズバリと言われて、スカートを押さえていた美咲が真っ赤になり「う〜」と唸っている。隼人とバロンは気まずそうにあさっての方を見ている。
「隼人くん、バロンくん……」
「…………」
「…………」
「エッチ。」
 美咲の一言はヤケに痛かった。

 

 

 

 

カイザー〈水で出来た夢魔が現れました。
 その恐るべき力で謙治様がやられてしまいました。
 フレイムカイザーに合体することもかなわず、我らの攻撃は夢魔に通用しません。
 嗚呼、私にもっと強き炎の力さえあればあのような夢魔など!
 それこそ、神の如きの力さえあれば……!

 夢の勇者ナイトブレイカー第二十五話
『降臨』

 夢を燃やし尽くすことは誰にも出来ませぬ。〉

 

第二十五話へ

目次に戻る