第二十七話 重力の王

 

 

 シャワーの水滴が、白磁のような肌の上を珠となって滑り落ちる。水蒸気が作る半透明の壁の向こうにスリムな、そして見る者を魅了して離さない艶やかな肢体がシルエットを作り出している。
 水音が止まり、その優美な曲線の持ち主――麗華がバスローブを羽織ってシャワールームから出てきた。
 普通の家では全然一般的ではないが、この神楽崎家では各部屋にシャワールームがついていたりする。
 誰にも気兼ねする必要もなく、バスローブ一枚で髪の水分をとりながら歩いている麗華。ふと、部屋の隅の体重計に気づいた。麗華の家は有り体に言うところの「お金持ち」なのだが、さすがに体重計にはブランド物とか高級品はあまり無く、デジタルの体脂肪計付くらいの高級さだ。
 部屋の調度に合わないのか、隅に追いやられていた体重計を引き寄せて思案。
 誰にも見せたことはないが、ボディラインの維持に弛(たゆ)まぬ努力をしている麗華だ。特に体重を気にしたことはなかったので、今までその存在を忘れ去られていた。
「…………」
 自分の体重を測ったのは春の健康診断以来のような気がする。それでもスタイルの崩れる予兆すら無かったので問題ないはずだ。
 だからこそ、気楽に体重計に乗ってみた麗華が予期せぬ数字に思わず固まってしまう。
「う…………」
 前に比べると表情が豊かになった、と評判の麗華だが、今回のはトップ3間違い無しの顔であった。
「…………なんで?」
 小さい家なら一軒丸ごと入りそうな広い部屋に、小さく震える声が響いた。

 ……とはいえ、賢明な麗華のこと。ここで短絡的に食事抜きなんて手段は選ばない。
「なんか麗華ちゃん、ここのところずっと歩いて来てない?」
「気のせいよ。」
 麗華の家から学校に歩いて向かうと、美咲の通学路とぶつかることになる。美咲が寝坊していないときなら時間もだいたい合ってしまうのだ。
「それと…… 朝から何か運動した?」
「……気のせいよ。」
 隣をトテトテ歩く少女の勘の鋭さに驚きながらも、顔に出さないで返す。
 毎朝美咲が真似できないような時間に起きている麗華は、朝優雅に過ごす時間の一部を削ってランニングを始めた。ランニング、といっても家の敷地内で済ませることができるのが一般人とは違うところだが。
「う〜ん…… でも麗華ちゃんなら違うよねぇ……」
 麗華を窺うように見上げてくる美咲の視線が何となく居心地悪い。
「何よ?」
「いやー、神楽崎のお嬢様もダイエットですか! 庶民のあたしには何とも驚きです。」
 美咲の覆い被さるように法子がいきなり現れた。
「うわっ! ……あ、法子ちゃん、おはよう。」
 一瞬驚いた声をあげるものの、すぐに回復する美咲。麗華は朝走ったせいもあるが、どっと疲れたような気がした。
「あ、そうか。ダイエットって考え方もあったね。」
「他に何かあったかしら?」
「え〜と、下半身の強化、かなって。」
「…………」
「…………」
「ま、まあ、天然格闘少女だしね。」
「さすが美咲ね……」
 ちょっと黙ってから、二人して不思議そうに小首を傾げる少女にそれぞれ感想を述べる。
 ふと麗華はほとんど面識の無いはずの法子とフレンドリーに話していることに気付いた。
「あの、高橋さん?」
「あ、どもども。神楽崎さんと直接話するのは二度目くらいですかね?
 憶えていただき光栄です。あたしはこのサキの友人の高橋法子です。」
 訝しげな麗華に笑顔を返すと、法子は肩掛けカバンから使い込まれたシステム手帳を取り出した。
「……ん〜 大神隼人ほど面白いことは書いてないですねぇ。」
 隼人の名前に思わず眉を動かしてしまった麗華だが、法子はそれに気づかないふりをしていた。が、その反応でメモに一言書き加える。
「しっかし意外ねぇ〜 サキが神楽崎さんと知り合いだったなんてね〜」
 ぽむぽむ、と少女の頭を叩くと、叩かれた美咲が不満げな顔をする。
「ボク子供じゃないよ……」
「何を言うの!」
 ビシッと美咲に指を突きつけヒートアップする法子を麗華は冷めた目で見ていた。
「その顔、その身体、その声にしゃべり方。どこをどう見てもお子様そのものよ!」
 ガガーン、とバックに描き文字が見えそうな程ショックを受けた美咲が膝を折って地面に手をつける。
「ボクこれでも誕生日四月なのに……
 ……ああっ、麗華ちゃん待って〜」
 朝から妙なコントを見せられて余計に疲れた麗華がスタスタ歩き去るのを、慌てて追いかける。
「あぁ〜 あたしを忘れないで〜」
 ポニーテールを揺らして、法子も二人の後を追った。

「あの才媛お嬢様がダイエットねぇ…… そう考えると親しみ持てるわね。」
「違うんじゃないかな?」
 休み時間。
 前後逆に椅子に座った法子がペンをくわえてブラブラさせる。
「違う?」
「うん…… 麗華ちゃんの動き、そういう風には変わってなかったし。」
「どういうこと?」
「う〜んと……
 もしかして法子ちゃん、少し重くなった?」
 嫌味や揶揄でなく、女の子にはデリケートな事をあっさり聞く。自他共に認める「女の子」の法子は無言で美咲の頬を左右に引っ張った。
「ひゃ、ひゃひふるほ!」
「サキじゃなかったらあたしの超奥義が炸裂していたわよ……」
 その態度から美咲の指摘が正しかったことを暗に示している。
「で、どういうこと?」
 何事もなかったように聞く法子に、むーと引っ張られた頬をさすりながら答える。
「……あのね、体重が増えるのと、身体が重いのはちょっと違うの。」
「???」
「えっとね、体重があっても身が軽い人はいるし、その逆もあるんだけど……」
 なんて言えばいいんだろ? と首を捻りながら一生懸命説明しようとする美咲だが、どうも上手くまとまらない。
「説明はいいから、あのお嬢様がどー変わったのよ。」
「え〜と、ね……」

「……ふぅ。」
 麗華は食べていたうどんの手を止める。
 思った以上に食が進まない。
「この私がね……」
 溜息の分だけ体重が減らないだろうか、と下らないことが頭をよぎる。
 たかが一キロ二キロのことだが、年頃の少女にとっては「たかが」では済まない。それこそ気にしないのは美咲みたいなタイプだろう。ちなみに美咲は逆に体重が増えるくらい“成長”して欲しいと密かに思っているそうだが。
 その増えたという事実より、増えたことに悩んでいる自分に何となく苛立ちが募る。
 自分が特別な人間とは思ってはいなかったが、それでも“こういうこと”で自分が悩むとは想像すらしてなかった。
(普通の女の子みたいじゃない。)
 呟いてからまた溜息。
(当たり前じゃないの……)
 今までは特に考えてなったことが気になる「理由」に見当がつきそうで、なんとなく嫌な気分に。
「…………」
 あまりにも悔しいので、下品にならないようにではあるが、うどんをかっこむ。
「負けるもんですか……」
 妙な対抗心を燃やしている麗華であった。

 ……と、その燃える心は色んな意味であっさり吹き消された。
「と、いうわけで、美味しいケーキを食べに行きましょう。」
「…………は?」
 放課後、いきなり法子にそう言われて、麗華はらしからぬ間抜けた声をあげてしまった。
「えぇ。サキちゃんを通じて知り合えたので、良ければお友達になりたいなぁ、って。」
「そう…… でも残念ですけど今日はこれから所用がありまして。」
 事実、学校帰りにいつもの寺に行って、隼人達ほどではないが少しきつめに身体を動かそうと考えていた。
「そーですか。でもこっちは切り札を握っているんですよ〜」
 口調が急にちょっとくだけたものとなる。
「じゃ〜ん!」
 効果音付きで、後ろ手に回していた手を前に出す。その手にはなんか疲れたような美咲の襟首が掴まれていた。
「……何やってるのよ。」
「い、いきなり法子ちゃんが……」
 情けなさそうな顔の少女がぶらぶら揺れる。
「…………」
 美咲と一緒に行こうと思ってたわけじゃないが、よく考えると美咲がいないと自分の練習にもならない。……当然だが、隼人やバロンのような「特訓」を受ける気なんかさらさらない。
「……負けたわ。行きましょ。」
「そうこなくっちゃ!」
 美咲を解放して、ウキウキと飛び跳ねるように先行する法子。そんな後ろ姿を見て、麗華は隣をトボトボ歩いている美咲に目を向ける。
(……いつもこうなの?)
(うん…… ゴメンね。)
 視線で会話すると、今日何度目になるか分からない溜息をついた。

「あら。」
「どうです?」
 法子お勧めのケーキ屋にやって来た三人。
 イチゴのショートケーキを頼んで一口。卵の香りが広がるスポンジ、フレッシュなイチゴ、絶妙な甘さの生クリームに思わず感嘆の声をあげてしまった。
 材料にも調理にも手を抜かず、それでいて学生の身にも優しい値段。
「美味しいわね……」
「えぇえぇ、もーお嬢様の口にも大満足でございましょ〜」
 法子の陽気なセリフに麗華の眉が顰められる。
「あはははは……」
 陰険な空気を放つ麗華に美咲が乾いた笑い声をあげた。
「まーまー、女の子の潤滑油は甘い物といーますから、スマイルスマイル♪」
 悪気のカケラも無く言い放つ法子に、麗華は怒るのも馬鹿らしくなってしまう。
(……美咲と違うタイプでやりづらいわ。)
 美咲は全くの天然で分かってない部分があるが、法子の場合は「間合い」を計りながらわざとやっている感がする。でも悪気はないのだろう。ある意味敵に回すと嫌なタイプかも知れない。
「あたしの知らないところでサキちゃんとどー知り合ったかは、まぁよいですけど、友達の友達はこれまた友達ってことで〜」
「…………」
 図々しいのだろうけど、意外と不快感はない。
「……苦労してるでしょ?」
「え? あ、その……
 あははははは……」
 麗華に聞かれて言葉に詰まり乾いた笑いをあげるだけの美咲。
「むー。傷つくなぁあたし。
 サキなんか一人で歩いてたらすぐに補導されるのにー。」
「法子ちゃん、それ関係ない……」
 だが事実なのか、強く言い返せない。
「聞いて下さいよー この子、あたしと一緒に歩いていても『妹さん?』呼ばわりなんですよ。まぁ、娘なんて言われるよりはマシですけどね。」
「あら、私も気をつけなくちゃね。」
 口元に意味ありげな笑みを浮かべて返す麗華。
「ねぇ、なんでボクの話になるの……?」
「そりゃぁ……」
 ニッコリと満面の笑顔で法子。
「神楽崎さんとの共通の話題なんてサキちゃん以外に何があるの?」
 何言ってるのかしらこの子は、と言わんばかりの表情に、美咲ががっくり肩を落とす。
 ううっ、と半泣きで席を立ってお手洗いに行く美咲。少女がいなくなると、不意に法子が身を乗り出してきた。
「さて、あんまり誤魔化しが通じる相手じゃなさそうなので、本音言いましょう。」
「…………」
「えっとですね、あたしが神楽崎さんと友達になりたいのは事実です。ただ理由はサキの友達だから、ってとこで。いや、全く申し訳ない、とは思うんですけどね。」
 アッサリと普通なら言いづらいことを言いきった法子に、麗華はちょっと好感を憶えた。
 これもきっと自分の性格を読み切った上なのだろう、とは思いつつ、だからといって率直に言えるのはある意味凄い、と思った。
 そしてその「理由」も同感できるものだったからなのだろう。麗華も法子が美咲の友達でなかったらこんな所に一緒に来なかったと思う。
「私も同じよ。美咲がいなかったら来てなかったわ。」
「いやいや、話が早くていらっしゃる。」
 ぺしっ、と自分の頭を叩いて戯けてみせる。
 なるほど、基本的にはこの少女とソリは合わないのかもしれない。ふと麗華は思った。それでも話ができるのは……
(あの子のせいなんでしょうね。)
 美咲という少女は周囲に見えないオーラをばらまいて、良くも悪くも影響を与える。自分だってそうだ。
(昔はもう少し感情が制御できるものだと思っていたけど……)
「……ったく。あの子といると、毎日が刺激的でたまらないわ。」
「でしょでしょー?」
 一部にとっては嫌な方向に話が進んでいると、その「一部」が戻ってきた。自分の話題は終わったのかな、と恐る恐るだったが、テーブルについている二人の表情を見て肩を落とす。
「まぁまぁ。悪口じゃないし♪」
「そうね。少なくても悪口じゃないわ。」
「いつの間にかに仲良くなってるし……」
 なんか泣きたかった。

 相も変わらず研究所の地下にこもりきりの謙治。今はサンダーブレイカーの修理中である。前回はとりあえずバスタータンクでの運用が可能な程度までしか直していなかったので、変形や合体に関する機構は後回しにしていた。
「え〜と…… ここのジョイントシステムは共用できるから……」
 コンピュータ内の仮想格納庫でバスタータンクをロードチームが取り囲んでいた。
 ――pipo?
 謙治の趣味でとことん汎用に設計されているロードチーム。その能力は救助や戦闘だけでなく、修理・探索・護衛など、多種多様に及ぶ。
「そうそう、そこ。あ、でもそこは新システムに変えないと……」
 独り言を呟きながらコマンドを入力していく。
「おい。」
「おや大神君。どうかしましたか?」
 後ろも振り返らずに返事をする。
 対する隼人も気にしてないのか、ちょっと口ごもりながら言葉を続ける。
「その…… 俺のには、なんか…… できないのか?」
「なんか…… なんか?」
「ほら、神楽崎んとこのデカブツとか、その小さいのとか……」
「ああ、なるほど……」
 修理画面を最小化すると、別の窓を開いてウルフブレイカーの構造図を表示させる。
「言いたいことは分かりました。
 ……実は前にも同じことを神楽崎さんに相談されたんですよね。」
「…………」
 だからどうした、と言わんばかりの隼人に、謙治は心の中だけで肩をすくめる。
「結論だけ言いますと…… ちょっと難しいです。」
 キーを叩くと、画面の中のウルフブレイカーが三段階に変形する。
「ご存じの通りウルフブレイカーの変形は独特かつ複雑で、フラッシュブレイカーとの合体形態が無いことからも窺われます。」
「…………」
「理由としては動物形態をとっていることですね。フェニックスブレイカーは鳥型をしているとはいえ、ジェット機としての形状も強いので……」
 謙治の(自分としては)手早くまとめた説明を黙って聞いていた隼人。いつもなら「ならいい」と歩き去りそうなのだが、今日は違った。
「そこを…… どうにかならないか?」
「え?」
 思いがけない言葉に思わず振り返る謙治。
「……いや、なんでもねぇ。」
 一瞬気まずそうな顔をすると、クルリと背を向けて出ようとする。その背に謙治が呼びかけた。
「言い訳になってしまって申し訳ないですが、僕が設計すると、効率の関係で重装甲型になってしまい大神君のようなスピードを生かす機体は難しいのです。」
「……そうか。悪かったな。」
一度足を止めて、振り返らずにそう言うと、上への階段を上っていく。
 なんとなく、ではあったが、隼人も自分の技術をアテにしてくれていることに謙治は嬉しくなっていた。
「考えるだけ考えてみるか……」
 バスタータンクの修理をロードチームに任せ、途中まで考えて断念したウルフブレイカーの強化案を呼び出した。
「まずは、簡単なところから……」
 他に人の気配のない地下室に、キーの叩く音だけが聞こえていた。

「あら? いたの?」
 美咲の修行の“取材”に行くと法子が言い出したので、さすがに自分も行くわけにいかずに研究所に来た麗華。
 いたのは半ば予想していたが、そんな言葉が口をついて出る。
「あ、神楽崎さん。」
 作業の手を止めて椅子ごと振り返る。
 気のせいかもしれないが、どこか嬉しそうに見えるのは自分の自惚れだろうか?
(む……)
 なんか調子狂う。どうして謙治を意識しているんだろう? こんなガリ勉風でなんかマニアでちょっと鈍感で。でも……
(その“でも”の後が、なのよね。)
 麗華にも困ったことに、“その時”の謙治は格好良いのだ。「僕に任せて下さい」と自信たっぷりに言ったときの声といったら……
「はっ!」
「……神楽崎さん?」
 自分は今何を考えていたんだろう……?
 様々に複雑な感情が思考のループに入っていた麗華の意識を覚醒させる。ふと気付くと、謙治が麗華の顔を覗き込んでいた。
(うわ……)
らしくない。らしくないのは分かっている。
 メガネの奥の知性をたたえた瞳。その目に今は心配げに優しい光が見える。
 頬が熱くなるのが分かって、誤魔化すためにクルリと謙治に背を向ける。
「み、美咲がいないから、お茶くらいはいれてあげるわよ。」
 逃げるように地下の研究室を出ていく麗華であった。

「……それで。今日は何を?」
 コーヒーを落としている間に心を落ち着けて戻る。椅子を引き寄せ、腰掛けた。
「ああ、大神君に言われて、バスタータンクの修理のかたわら、ウルフブレイカーを改装できるか調べてました。」
「ウルフブレイカーの?」
 ええ、と謙治。
 隼人に見せたように、ウルフブレイカーのワイヤーフレームが画面内に展開される。
「ただ、ウルフブレイカーの運動性を生かすような強化パーツの設計は難しくて……」
「どういうこと?」
「いや、それが……」
 困ったように謙治が頭をかく。
「出力を上げる、とか、武装や装甲を強化、とかなら得意なんですが……」
 ふと麗華の脳裏に、ゴテゴテと武器を持って、分厚い装甲をまとったウルフブレイカーの姿が浮かび上がる。
「……確かに似合わないわね。」
「それ以前に、大神君に怒られそうです。」
 苦笑しながらキーを叩く。ポン、と何か細長い物が画面の中で回転した。
「使えそうな余剰パーツがあったので、それをとりあえず改造しようかと思ってます。」
「ふ〜ん……
 そういえば、ブレイカーマシンって結局何?」
「何って……」
 麗華の質問に答えようとして、謙治はふと言葉を切る。
 ブレイカーマシン。夢魔と戦うためのマシン。小鳥遊は夢幻界からサルベージをした、とは言っているが、その設計は現在の科学を遙かに超えている。
 ドリームリアライザーというシステムがあるから強度や出力の問題を解決しているが、逆に言うとドリームリアライザーがあるからこそ存在できるマシン。
「謙治……?」
「ドリームリアライザーって、小鳥遊博士一人で作った物でしょうか?」
「あ……」
 そう言われてみると、この研究所の規模も個人の所有としては不可解なところもある。小鳥遊がどうやって生計を立てているか。疑問に思い始めると気になってしょうがない。
『でも……』
 二人同時に同じ言葉が口をついて出る。
「美咲が何も言わないしね。」
「橘さんが何も言いませんしね。」
 ここでも美咲の鑑識眼は好評だった。
 そう考えると、自分たちがその美咲のお眼鏡にかなったのは誇れることなのかもしれない。
「それでも…… 小鳥遊さんはまだ何か隠していることがありそうね。」
「ええ…… でもいずれ話してくれるのでしょう。」
 ふと沈黙がおりたが、それは抑え目に響いた電子音が遮る。
「あ、失礼……」
 再びコンピュータに向き直り開いていた画面を切り替えると、修理の終わったらしいバスタータンクの前にロードチーム六体が整列していた。
「言葉は通じるんだったっけ?」
「まだ英語だけですが…… これをどうぞ。」
 ヘッドセットを渡されると、それを頭に乗せて、次のコマンド(命令)を待って直立不動しているロードチームを見る。
 ディスプレイ横のカメラでこちらの様子を見ているのか、普段とは違う命令者の姿に六体の間に僅かに動揺が走る。
「Thanks for your work.You may rest.」
 謙治が頭の中で麗華の言った言葉を翻訳している間に、ロードチームはお互いに顔を見合わせた後、ビシッと敬礼してからビークルモードになって画面外に出ていった。
「あ……」
 翻訳が終わった頃にはすでにロードチームは画面から消えていた。
「……ダメだったかしら?」
「あ、いえ、そんなことは無いですが……」
 そう言った瞬間、ディスプレイ上に何かを警告するように赤い文字が走る。
「……それどころじゃ無くなったようです。」
 苦笑を交えながらも表情を引き締めてキーを叩く。解析データが次々と画面上を流れていった。
「夢魔は今のところ一体。重量級と思われます。ゆっくりと移動しながら、周囲の建物に被害を与えている模様。
 理由は不明ですが、救助活動も捗(はかど)っていないようです。」
「そう……
 Hey,Lord-team.It comes working time! Harry-up!」
 まだつけたままのヘッドセットのマイクを口元に引き寄せ、その唇から流暢な英語が流れる。
 その言葉に弾かれるように、画面内にロードチームが戻ってきて、整列した。
 謙治はその姿に一瞬自分が重なったような感じがして、目眩にも似た感覚を憶えた。困ったことに、きっとそれに甘んじるのだろう、と思ってしまう自分もいたのだが。
「とりあえずロードチームを先行させ、僕たちは夢魔本体の方に向かいましょう。」
「分かったわ。行きましょ。」
「はい!」

「なんなの一体……」
 夢魔が“発生”してすかさず取材に出た法子。あちこちの建物や地下道が崩れいるが、爆発が起きたような感じがない。
「変ね……」
 夢魔絡みの事件を追いかけ続けているのだが、今回の夢魔の手段が分からない。
 周囲では救助作業が始まっているが、さすがに夢魔に近づくのは躊躇われるのか、そちらの方はあまり進んでいない。
「よし、」
 一声気合いを入れると、更に奥へと進んで行った。
 そこでも建物が崩れたりして怪我人が何人か見える。夢魔の出現に逃げるだけの人もいるが、それでも怪我した人やガレキに逃げ場を失った人を助けている姿も見られる。
 取材をさておいて、他に要救助者がいないが探していると、倒れた壁の下敷きになっている人を発見した。
 どうやら途中の何かが引っかかって潰されている訳じゃないのだろうが、圧迫されて身動きがとれないようだ。人力でどうこうできるような重さじゃない。重機でも持ってこないと……
「重機?」
 そういえば確か……

『ブレイカーマシン、リアライズ!』
「カイザー、スクランブル!」
「ロードチーム、エマージェンシー!」
 光の中から次々とマシンが実体化する。
「ロードチーム、フォームアップ! ユナイト、ロードストライカー!
 レスキュープログラム、ドライブ!」
 謙治のコマンドに、バスタータンクを含めないロードチーム六体による大型輸送機形態ロードストライカーに合体し、飛んでいく。
 サンダーストライカーに比べれば攻撃力はがた落ちだが、空を飛べない機体が混じるロードチームの高速移動に向いた形態である。
 夢魔とその被災地が離れているために、別行動をとることにしたのだ。
「それはいいけど……」
 カイザードラゴンと合体して超重戦闘機カイザーフォートレスになった麗華。これなら戦場まで一気に行けるが、謙治のサンダーブレイカーでは空は飛べないし、鈍重なので時間がかかることだろう。
「どうやって行くの?」
「あ……」
 そう言われると、最初からサンダーストライカーで行けば良かったような気がする。
〈ワイヤーを下ろしますので、謙治様はそれにお掴まり下さい。〉
「そうね、踏まれるのも嫌だし。」
 カイザーフォートレスの上面にフェニックスブレイカーが乗っていることを暗に示し、高度を上げたカイザーフォートレスから大型のフック付きワイヤーが下ろされる。
 苦笑混じりにワイヤーを掴みフックに足を乗せると、サンダーブレイカーを牽引したままカイザーフォートレスが蒼穹に飲み込まれていった。

「お、来た来た!」
 ロードストライカーが遠くから来るのを見つけて、法子は取材カバンの中からマグライトを取り出してカチカチと合図を送る。
 それに気付いてか、ロードストライカーがゆっくりと高度を落とす。
「……ん?」
 記憶と僅かにシルエットが違うような気がする。ポン、と手を打って納得。
「おお、あの重戦車無しでも合体できるんだ……」
 メモしながら、降りてくるのを待つ。
 周囲の建物を壊さないように分離して、ビークルモードで着地。
「じゃない! そこのパワーショベル! このガレキの下に人がいるの! 早く助けて!」
 ――pipo?
「……ああっ! 言葉通じないの?! か〜っ、誰よそんな愉快な設計したのはっ!」
 ――pi-
 意味は分からなかったのだが、どうやら自分の制作者の事を言われたような感じがして、恐縮するロードチーム。
「あ〜っ! もうここよ、ここ! ヒヤヒヤ。ハリーアップ!」
 腕をぶんぶん振り回して、怪しい英語と共にジェスチャーをすると、やっと理解できたのか、変形したロードショベルが崩れた壁に手をかける。軽く持ち上げたところで崩れないようにロードドリルが硬化弾で補強。
 そこまでしたところで、法子が壁の下に潜り込んで、下敷きになっていたお婆さんを引っぱり出した。
 特に目立った外傷もないのだが、万が一を考えロードレスキューに後を任せると、なし崩し的にロードチームを従えた法子が次の救助へと向かった。

「橘さんと大神君は先に到着しているようです。」
 自分たちとは違うリアライズ反応を感知したので、間違いないだろう。
「そろそろ見えてくるわ。……見えた!」
 眼下に地面に倒れているフラッシュブレイカーとウルフブレイカーの姿が見えた。
「先に行きます!」
 合流しようと高度を落としたところで、サンダーブレイカーがワイヤーから手を離す。
「ダメ! ……謙治くんも麗華ちゃんも近づいちゃダメ!」
 苦しげな美咲の声が飛ぶ前に、着地しようとしていたサンダーブレイカーの落下速度がいきなり上がる。
「な?!」
 いきなり何か見えない手によって地面に叩きつけられる。
「一体…… きゃぁっ!!」
 サンダーブレイカーを下ろして、バランスが一瞬崩れたところでいきなりカイザーフォートレスが落下する。
「! 主翼畳んで!」
〈間に合いません!〉
 直感的に墜落すると判断して指示を飛ばした麗華だが、時すでに遅く、右側に傾きながら地面に激突。右主翼が折れてしまう。
「被害は?!」
〈翼が折れただけです。それ以外はなにも。しかし……〉
 カイザーの説明を待つまでもなく強烈な圧力が麗華と謙治の二人を襲う。
「な、何よこれ……」
 身体を圧迫されるような感覚で呼吸も苦しく、腕を持ち上げるのも辛い。
「分からない…… 身体が重くて……」
 返ってきた美咲の声も息絶え絶えだ。
「重力です……」
 謙治も自分にのしかかるプレッシャーに耐えながら分析結果を報告する。
「夢魔は重力を操っています!」

「はいはい、アップアップ〜!」
 ロードチームじゃないとできないような救助活動は一通り終わり、後はやって来た普通のレスキューに大部分を譲る。
 他のロードチームには適当に動いてもらって、法子はロードファイヤーのハシゴに乗って、遥か向こうで戦っているだろうロボット達の様子を見ようとする。
「お〜 やっていま……
 ああっ!!」
 真っ黒なボーリングのピンのような物に、細い棒が左右。そのそれぞれの先端に丸い物が付いている。まるで足下が太いやじろべえのようだ。
 その丸い玉の付いた腕のような物を前後に振っているが、その更に向こうで見慣れた三体のロボと一機の重戦闘機が地面に伏して身動きがとれないようだ。
「あ〜っ! ダウンダウン!!」
 切羽詰まった法子の声にロードファイヤーが自分のハシゴを下ろす。慌ててハシゴを降りて、はしご車形態のロードファイヤーの前でビシッと指さし。
「こんなこと……ってわけじゃないけど、もっと急ぎの仕事ができたわよ!」
 ――pipo?
 ライトを一瞬点滅させるが、やっぱり言いたいことが伝わっていないようで、へなっと指から力が抜けそうになる。
「エマージェンシーよ! みんな連れて、さっさと行きなさい!
 英語で言ったら、レッツゴーあ〜んど……」
 意味は理解できてないのだろうが、ロードファイヤーの連絡を受け集まったロードチーム六機をぐるりと見回して、法子は大きく腕を振った。
ファイトよっ!!

「う、動けない……」
 ミシミシと嫌なプレッシャーがブレイカーマシンを襲う。
「カイザー…… 変形できそう……?」
〈残念ながら無理でございます。〉
 カイザーフォートレスのまま墜落して、まさに手も足も出ない状態であった。
「どうにか…… ならねぇのか。」
 ウルフブレイカーも上から重力の手で押さえつけられて、スピードを生かすどころか腕一本ロクに動かない。
 その中でサンダーブレイカーだけが僅かにではあるが起きあがろうとしていた。ブレイカーマシンの中で一番のパワーを誇る機体ではあるが、それでも起きあがろうとする態勢を維持するだけで精一杯だ。
「せめて、変形できる余裕があれば……」
 重戦車型のバスタータンクになれば、まだこの重力下でも移動できるかもしれない。夢魔に接近さえできれば……
「くっ!!」
 波のように重力が変動して、ブレイカーマシン達を苦しめる。まだ機体がもっているが、このままこの状態が続けばいずれは潰されてしまうだろう。
 と、爆発音と共に、いきなり直立する夢魔が傾いた。それに併せてかかる重圧も一瞬緩む。
チェンジ、バスタータンク!
 急いで変形すると、夢魔に向き直る。
 その夢魔の背後にはそれぞれの武器を構えたロードチームが第二射を放とうとしていた。
「ロードチーム?! そんな馬鹿な……」
 コマンドは送っていない。まだそんな状況判断ができるほどAIは成熟してないはずだ。
 制作者の驚きもよそに、ロードチームがもう一度撃とうとした瞬間、夢魔の重力攻撃が再び行われた。
 先程よりはやや弱いとはいえ、身動きできないほどの重圧がブレイカーマシンとロードチームを襲う。
「ぐはっ!」
 背後からも仲間達の悲鳴が聞こえる。
 ――pi! pipopipipi!
 機体が小さい分、強度が弱いロードチームは自分たちよりも長くもたないだろう。
「このままじゃあ……」
 ――pi…… pipi…… pipo……
 機体への負担がAIシステムにも影響を及ぼしているのか、反応が緩慢になっていく。
「このままじゃ……
 せっかくこの世に生まれてきたのに、むざむざ壊されてたまるか!」
 叫んではみたものの、全然突破口が見えない。
(こんな広い範囲に重力制御をするなんて……
 ……待てよ。)
 重い腕を動かして、センサーを起動する。おそらくは重力の制御は円形及び楕円形にしか発動できないようだ。さっきまでは夢魔の前のブレイカーマシンに作用させれば良かったのだが、今は前後を囲まれている。
「そうか! それなら……
 プラズマキャノン、ブラスターライフル、リアライズ!!

「謙治?」
 麗華が驚いたような声をあげるのももっともで、二つとも人型のサンダーブレイカー用の武器である。重力の影響でバスタータンクから変形できない今では使い道は無い。
 謙治の召喚により、二つの大型武器が召喚された。
 ……夢魔の真上に。
 二つの武器は通常の数倍の重力に引かれて、真下の夢魔に激突。砲身が折れ曲がり、内部に込められたエネルギーが暴発した。爆発のエネルギーが夢魔を覆う。予期もしない攻撃に夢魔の重力制御が緩んだ。
ロードチーム、アタック!
 叫びながらバスタータンクを全力で一気に接敵させた。サンダーキャノンが触れるくらいまでに近づくと、コクピットの中で謙治がニヤリと笑う。
「さすがにこの距離じゃあ、重力を上げても当てられますよ。
 全門斉射!
 バスタータンクの全武装が至近距離で咆吼を上げるとともに、ロードチームの武器も火を吹いた。
 集中砲火を浴びて、さすがの夢魔も牙城が崩れそうになるが、まだ滅びを与えるほどではない。
「謙治くん!」
「田島!」
 今の間にどうにか合体しなおしてGフレイムカイザーが立ち上がる。横ではフラッシュブレイカーとウルフブレイカーもヨロヨロと立ち上がるところだった。思った以上に他の機体のダメージは大きいようだ。
「皆さん、休んでいて下さい。どうやらこの夢魔は僕と相性が良いようです。」
「謙治……」
「大丈夫です。」
 トクン。
 あ、まずい。
 麗華は次の一言が分かって、心臓が跳ね上がるのを感じた。
「僕に任せて下さい。」

ロードチーム、フォームアップ!
 ロードコマンダーのボタンを次々とおすと、ディスプレイを兼ねた蓋の部分を反転して閉じる。
 ――pipo!
セット、コンバージョン!
 変形したサンダーブレイカーの周りに不可視のフィールドが展開される。重力の楔を離れて、その機体が宙に浮く。
トランスフォーメーション、フェイズ1!
 ロボット形態のロードチームがサンダーブレイカーの周りに集まる。
アゲイン・トランスフォーメーション、フェイズ3!
 サンダーブレイカーを始め、ロードチーム全機が変形を開始した。
ユナイト!
 合体指示の最後のエンターキーを叩く。
 手足を畳んだサンダーブレイカーを中心に、ロードドリルが右腕、ロードレスキューが左腕、ロードダイバーが体側と腰部を形成。ロードショベルが右脚、ロードファイヤーが左脚になる。最後にロードアタッカーが翼部を分離させて、背部に合体して翼に。中央部は胸部に合体して垂直尾翼の部分を開いた。その胸部には六角形のプレートが埋め込まれている。
 サンダーブレイカーの頭部にヘルメット状のパーツが被さって、新たな頭部へとなる。フェイスマスクが装着され、バイザーの奥の目がギン、と光を放った。
重装合体、ヘキサローディオンッ!!

 ズズーン、と重い音を立ててヘキサローディオンが着地する。その重厚感は今までのロボットの中で最大級であろう。
「前々から気になっていたのですが……」
 どうにか体勢を立て直した夢魔が再度重力攻撃を仕掛けようと左右の球体を振る。
「サンダーブレイカーには元々重力制御に関するシステムが搭載されているようで。」
 ヘキサローディオンが右手を前に突き出すと、手の先の空間が歪んで見えない「重力」を押しとどめてしまう。
「サンダーブレイカー単体では出力が足りなくて、ここまでできませんでしたが……」
 そのままヘキサローディオンが虚空を掴むと、そのまま「重力」を握り潰す。
「ヘキサローディオンに合体して、こちらも重力制御が可能になりました。
 ……相手が悪かったですね。」
 重力の崩壊による衝撃波が周囲に広がるが、吹き飛ばされる夢魔に対し、ヘキサローディオンは微動だにしない。
「さ、今度はこちらから行きますよ。
 メタルバンテージ…… シュートッ!
 左腕のロードレスキューからリボン状の金属の帯が伸びると夢魔に絡みつく。自分よりも背の高い夢魔をヘキサローディオンで力任せに引き寄せた。
プレッシャードリル!
 右手の先がドリルに入れ替わると、高速回転を始める。引き寄せされた夢魔にドリルを突き出すと、インパクトの瞬間ドリルの先端に超重力が発生し、空間を歪めながら夢魔を抉る。
 メタルバンテージが衝撃に耐えられずに引きちぎれ、夢魔が遥か彼方まで飛ばされた。
フルバレルオープン!
 ロードチームの各武器が組み合わさったヘキサライフルを筆頭に、沢山の武装が召喚され各所に装着。更に全身のミサイルポットや武器も展開され、それらを全て夢魔へと向けた。
ファランクス・デストロイヤーッ!!
 轟然と全身の火器が吼えると無数の砲弾やビーム、ミサイルが夢魔に殺到する。ヨロヨロと身体を起こした夢魔が重力を結界代わりに防御をするが、その程度で全てを防ぐことはできない。
 爆発の煙がどうにかおさまる頃にはボロボロになった夢魔がどうにか態勢を立て直している所だった。
「さすがにしぶといですね……」
 防御をしていたとはいえ、今の猛攻を耐えきったのやや感心しながらも、後退をして夢魔から距離をとった。右手を掲げる。
グラビティ・ジェイル!
 掲げた右腕を振り下ろすと、夢魔を中心に半球状に展開された超重力の監獄に夢魔が閉じ込められる。押さえつけるような重力が夢魔の動きを封じた。
G−プレッシャーキャノン、リアライズッ!
 ヘキサローディオンの上空に巨大な砲がワイヤーフレームで描かれる。内部に色が満ち、それが重量を伴って実体化された。
 重量級でパワーに溢れるヘキサローディオンでも膝を一瞬折るほどの重量を堪え、その巨大砲を肩で支える。胸部の六角形のプレートが開くと、その穴に砲の横から伸びたエネルギーチューブを接続した。
 腰を落とし改めてG−プレッシャーキャノンを構え直す。脚部になっているロードファイヤーとロードショベルのラダーとショベルアームが地面に突き刺さってステビライザー(安定器)となり、機体を支える。
 砲中央のリボルバー状の部品が回転し、ヘキサローディオンからエネルギーが注ぎ込まれ始める。どれだけの力があるのか不明だが、チャージには時間がかかりそうだ。
 パリン。
 いきなり夢魔を押さえつけていた重力の牢獄が内部から破壊される。あの状況でも夢魔は自己再生をし、グラビティ・ジェイルを破ったのだ。
「しまっ……」
 夢魔がチャージ中のヘキサローディオンに重力攻撃をかけようと、左右の球体を振ろうとして、
「そうはさせないよ!」
「黙ってろ。」
 フラッシュブレイカーとウルフブレイカーが球体にしがみついてその動きを止める。
「やっぱり私たちがいないと駄目なようね!」
 ちょっと嬉しそうな笑みを交えながら、Gフレイムカイザーが地面を滑るように移動して、ドラグーンランサーをVの字を描くように振るった。
 球体を支える細い棒状の腕(?)を斬り落とされた夢魔。その間にチャージが終了して、巨大砲が低いうなり声を上げる。
決めてやる! いっけーっ!!
 謙治の言葉に、他の三機が夢魔から距離を開けた。
ロード・インフィニティ…… グラビトンッ!!
 トリガーを押し込むと、G−プレッシャーキャノンの砲口と後部のシリンダーが伸び、黒い球体が発射された。意外と小さな外見に関わらず反動は大きく、ステビライザーを地面に刺しているとはいえヘキサローディオンの巨体を遥か後方まで押しやり、地面に二条の深い溝を穿った。
 放たれた荷重力弾は周囲の空間を歪めながら夢魔に命中。次の瞬間、荷重力弾を覆っていたフィールドが展開され、夢魔ごと一定の空間を包み込む。
 そのフィールドの内部で、荷重力弾目がけ夢魔が「落下」していく。超々重力に圧搾されていく夢魔。ある一点で臨界を突破し、その質量がエネルギーに転嫁され、内部で自らを消滅させながら崩壊。余剰のエネルギーがフィールド上部に空いた穴から一筋のビームとなって宇宙空間に放たれていった。
 フィールドが解除されると、そこには何も残っていなかった。

「と、さすがに無理しちゃいましたか……」
 簡易端末にもなるロードコマンダーで返還したロードチームの状態を見る。
 ろくに合体後のテストをせずに、いきなり必殺技までのフルパワーの戦闘をしたのでロードチームはオーバーホールが必要なほど疲弊していた。
「カイザーの様子はどう?」
「結構高重力による歪みが残っています。こっちもオーバーホールが必要ですね。
 ……って、神楽崎さん?」
 戦闘が終わって離れたところでロードコマンダーを操作していた謙治。そのそばに腕組みをした麗華が立っていた。
「あ、いたいた。」
 隼人を連れた美咲がヒョコヒョコと駆け寄ってくる。
「しかし今回は疲れたわ。もう重いのはコリゴリよ。」
 戯(おど)けて肩をすくめる麗華に笑みがこぼれる。と、ふと思いだしたかのように美咲が口を開いた。
「あ、そうだ、麗華ちゃん。体重増えたでしょ?」
「……はい?」
「でもきっと身体は重くなってないはずだよ。たぶん、足かな? うん、そこに筋肉がついたからだと思うよ。」
「ちょ、ちょっと美咲?!」
 いきなりの事に麗華が慌てまくる。
「ほら、筋肉って脂肪よりも重いから、その分じゃないかな。」
 ほぉ、と男二人は感心したような目で麗華を見る。
「美咲!」
「でも、筋肉があると、基礎代謝量…… だったかな? それが上がるから、あんまり……」
「うるさい!」
 喋り続ける美咲をチョップで黙らせると、居たたまれなくなって、ちょっと顔を赤くしながらその場をスタスタ歩き去っていく。
「神楽崎さん、待って下さい!」
 慌てて追いかける謙治。きっとフォローしようと思って、逆に墓穴を掘るのだろう。
「イタイ……」
 チョップされた頭を抱える美咲。
「その…… なんだ。俺もよく分からないが、女には体重の話はタブーらしい。和美がそんなことを言ってた。」
「そう…… なの?」
 分からない、って顔で小首を傾げる。隼人は周囲を見渡してから言葉を続ける。
「まぁ…… その、美咲には分からないと思うがな。」
「難しいんだね。」
「ああ、そうだな。」
 俺はお前の事がたまに分からないよ。
 その言葉を口にはしないで、遠くに見える二つの人影に視線を向ける。
 くっついたりはしなかったが、引き離されて追い付いてを繰り返し、何となく楽しそうに見えた。
「……戻るか。」
「うん!」
 そして美咲と隼人も歩き出す。
 行き先は同じだろうから、研究所で会えるだろう。その時あの二人はどんな顔をしているだろうか? 隼人はちょっと楽しくなっている自分に気付いた。

 

 

 

美咲「うわ、お爺ちゃん!
 急にお爺ちゃんが帰ってきたの。
 別に珍しいことじゃないんだけど、お爺ちゃん大暴れで……
 そんなとき現れた岩のような巨大な夢魔。
 夢幻剣も効かないし…… どうしよう?

 夢の勇者ナイトブレイカー第二十八話
『お爺ちゃん来襲!』

 今日はどんな夢見られるかな?」

 

 

第二十八話へ

目次に戻る