− 第五章 −

 

「なんで…… どうしてこんな物がここにあるの!」
「簡単です。都市警察のコンピューターからお借りしてきました。」
 罪の意識のかけらも感じさせない口調で当然のようにジェルが言う。
 ハッカー行為に関しても詳しくはないけど、警察関係のデータがたやすく手にはいるほどセキュリティは甘くないはずで…… ジェルにそんなこと言っても無駄か……
「ま、それはいいとして……」
 あまりよくないような気がするけど。
「この中でドイツ語、しかも医学用語の分かる人います?」
 ジェルの言葉に手をあげたのは二人だけだった。
「勉強いたしましたから……」
「差し出がましいようですが、わたくしめも少々習っております。」
 はあ…… 二人とも偉いわ。ヒューイとカイルは最初からそっぽを向いている。それを見てジェルはふむ、と頷いた。
「リーナとセバスチャンだけ理解できてもしょうがありませんねぇ……
 じゃあ、簡単に説明いたしますが……」
 ここでジェルがあたしをジッと見る。……なによ、いったい。
「いいですか? 聞いてて気分のいい話じゃありませんよ。」
「……いいわ。あたしも本当のことが知りたいから。」
 単なる自殺なら諦めるしかない。あたしはそうは思わないけど。しかし、それ以外の真実があるというのなら知らないでいるわけにはいかない。
「そうですか…… でも知ると後戻りできなくなりますよ。」
 ジェルの瞳に悲しみの色が走った。知ってしまった者の光だ。しかし、あたしは現に命を狙われていた。後戻りしようにも相手が許してくれないだろう。邪魔になりそうだから、その程度で人殺しをする連中だ。
 あたしはジェルの目を見返して、頷く。ジェルはやれやれ、と肩をすくめた。
「では説明いたしましょう。
 まずは直接の死因ですが、後頭部の上あたりを強打することにより、脳が損傷。それによる生命活動の停止、および失血死であると思われる。
 飛び降りたと思われるビルから五メートルほど離れた道路に頭をビル側に向け、仰向けに倒れていたところを通行人により発見された。」
 あえて感情を出さずに淡々としゃべるジェル。
「この辺まではローカル誌でも載っている程度のことですが…… 問題はこれからです。
 彼女の頚動脈の上あたりに無痛注射器の痕がいくつか見つかったそうです。血液検査によると、体内から『ムーンランナー』が検出されたそうです。」
『なに!』
 ヒューイとカイルが声をそろえて身をのりだした。
「ムーンランナーって?」
「最近はやりだした麻薬の一種です。効能としては使えば使うほど意志力を失わせる働きがあります。」
 麻薬…… クリスは一体何に巻き込まれたんだろ……
「そういやあ、どうしてヒューイとカイルはそんな麻薬のこと知ってるのよ?」
「え? ああ…… その…… あれだよ、あれ。な、カイル。」
「うぇ? お、おう。それだよ、それ。」
 なに言ってるんだか……
「こいつらは昔、騙されて麻薬の密輸の片棒をかつがされそうになったんだ。で、警察にしょっぴかれる寸前に私が適当にごまかしたんです。」
 ……やっぱり何か隠している。気になるが…… 時がきたら教えてくれるのだろうか。
「説明を続けます。
 あと、気づいたことを言えば、足の裏のケガ。これは裸足で走り回ったことによると思われます。飛び降りたと思われるビルの上にも血痕が残ってました。
 それと……」
 急にジェルは口ごもった。続きを喋りたくなさそうな顔をしている。
 そんな不思議そうなあたしの視線に気づいたのだろう、ジェルはため息を一つついて再び説明を始めた。
「あと…… 暴行を数度に渡って受けた痕跡が見つかりました……」
 沈痛な表情をしている。他のみんなも重苦しい表情や、悲しそうな表情をしていた。
 あたしといえば、また感情が欠落したかのようになっていた。麻薬に暴行、そして不審な死。もう、わけが分からなくなってきた。
「警察としては、暴行を受け、麻薬に溺れ、自らの境遇に悲観した発作的な自殺、ということで処理しています。
 今の時代、たかが一人の自殺者の為に時間を割いてるわけにはいかない、ということなんでしょう。
 悲しい時代です。」
「で、お前の意見は?」
 ヒューイが口をはさんだ。警察の調査はあてにならない。そう…… 彼女は殺されたに違いない。
「私の所感を言いますと…… 彼女は自殺です。」
 バン!
「嘘よ! そんなの嘘よ! あの娘が…… クリスが自殺するわけがないじゃない! 私はクリスをよく知っている。あの娘は自殺するような娘じゃない!」
 予想外の発言に思わずあたしはジェルに詰め寄っていた。
「そんなわけないじゃない! 適当なこと言わないでよ!
 もういいわ! あんたたちなんか知らない。あたし一人でも本当の事を…… 真実を突き止めてやる!」
 一瞬でもこいつらが頼もしく見えたあたしが馬鹿だった。クリスの仇は自分一人でとる。そう心に決めて出て行こうとするあたしの前に大男が立ちはだかった。
「どいてよ。」
「まあ待ちな、この話の流れからするとジェラードは肝心な事をまだ言ってねえ。最後まで聞いてからでも遅くはないんじゃないか?
 な、ジェラード。そうだろう?」
 ジェルが無言で頷く。
 ……聞いてやろうじゃないの。これ以上、何があるのか知らないけど。あたしはまた椅子に座り、ジェルに鋭い視線を投げかける。
「警察の出した結論にはいくつか疑問視される点があります。
 発作的な自殺、という事になってますが、体内から『ムーンランナー』が相当量検出されています。普通、これだけの量を投与されると発作的な自殺なんて器用なマネができるほど意志力なんぞ残ってません。
 また、飛び降りたと思われるビルの屋上には結構高いフェンスが張り巡らされていました。同様の理由でこいつを乗り越えてまで…… というのはほぼ不可能なはずです。
 都市警察(シティポリス)では、というか、ほとんどの施設ではこの麻薬の研究が進んでいるわけではありません。例外をいえば、銀河連邦警察(GUP)ぐらいのものでしょう。
 また、他人に突き落とされたりした、というのにも多少の無理があります。
 大抵、他人を殺そうと思って突き落とすなら、もう少し地味に…… つまりすぐに発見できないようにするのが妥当です。
 今回の場合だと、夜とはいえ、人通りの多いところの車道に落下しています。相手が私が会ったようなプロ意識を持つ連中にしてはお粗末この上ありません。」
 カイルとヒューイが真剣な表情をしている、あたしとは別な理由で。その理由までは分からないけど。
 一息ついたジェルが、再び口を開いた。
「で、これからは飽くまでも私の推論に過ぎませんが……
 この状況から考えると、この少女は麻薬の影響下で萎える意志を押さえつけながら、フェンスをよじ登り、わざと発見されるように大きく大空に向かって飛んだ、と私は考えます。 統計的ではありませんが、彼女の落ち方は自分から跳んだ可能性が大です。
 また、様々な資料を調べると、落下という現象は相当の恐怖を人間に与えるそうです。ですから飛び降りの際にはほとんどの人が恐怖に耐えかねて悲鳴をあげてそうです。しかし目撃者の証言によると誰一人として悲鳴を聞いたものはいません。すごい精神力です。
 これらの事などを考えると…… これからは純粋に私の想像にですが……
 彼女は知り合いの少女を探しているうちに、そうですねぇ…… 人身売買の組織のようなものの存在に気づいたのでしょう。それを追っているうちにミイラとりがミイラとなり、その組織に捕まってしまいました。
 そこで彼女は惨たらしい目に遭うわけですが、気丈にもそれに耐え、逃げ出すチャンスを狙ってました。
 しかし、麻薬と乱暴な男達が足枷となりなかなか成功しません。けれどある夜、麻薬をうたれながらも逃げ出す事ができました。萎える意識と必死に闘いながら夜の街を走り続けました。」
 この時になって、ジェルの口調にまるで感情がこもっていない事に気づいた。もしかして…… ジェルは表情とは裏腹に怒っているんじゃないだろうか……
「ついに彼女はあるビルの屋上に追いつめられます。ここで捕まってしまえば、死体も残らない方法で殺されてしまうに違いない。そう思った彼女は命を賭けた勝負にでました。
 もし、ここで飛び降りて死んだとしても自分の死に疑問を思う者が出てきたら組織を追いつめる事ができるかも知れない……
 そして彼女は…… 自ら死を選んだのに違いありません……
 少女は賭けに勝ちました。
 彼女の親友がその死を疑問に思い、独自に調査を開始しました。
 あとはラシェルの見てきた通りです。」
「そ、そんな……」
 あまりのことに思考が停止したかのように呆然となる。想像に過ぎない、ってジェルは言うけど、クリスの性格ならそうなっていてもおかしくない。芯の強い、気丈で最後まで諦めない娘だった……
「ほんとかよ、それ。」
「言ったでしょう。飽くまでも推論だって。ただ…… ラシェルの様子を見る限りでは間違いでもなさそうです……
 リーナ、すまんがラシェルをどっかの部屋に連れて行ってやってくれ。少し、そっとしておいた方がいいだろう。」
「はい。」
 ジェル達の言葉も遠くから聞こえてくる。
 あたしはリーナちゃんに支えられるようにしてリビングを出た。

「ここは……?」
 部屋を移動していたことに気づいたのはしばらくしてからのことだった。
「私の部屋です。ホットレモネードを作りました。一杯いかがです?」
 リーナちゃんがポットから湯気の立つ液体を薄手のカップに注いでくれる。それを受け取り口につけた。蜂蜜の甘さと暖かさが心を落ちつける。
「このようなものの方がスッキリするかと思いまして……」
 そんな言葉が右から左にへと流れていく。液体の表面に自分の顔を映してなにげなしにそれを見つめた。
 ひどい顔…… 泣いているような、思い詰めたような、悲しいような表情が見える。
 自分でも瞳がうるんでいるのがわかる。涙が落ちそうなのに落ちない。泣きたいのに泣けないのだ。
 どうして?
 自分で自分に問いかける。答はすぐ出た。
 まだ終わっていない。
 それが答だ。泣くにはまだ早すぎる。クリスの仇をとるまでは、真実を突き止めるまでは涙を流してはいけない、ともう一人の自分が言っている。
 そうよね、そう。強くならなきゃ。クヨクヨしたって始まらない。
「そうよ!」
 あ…… 思わず声に出しちゃった。でも、そんなあたしを見てリーナちゃんはクスッと微笑んだ。
「なに笑ってんのさ。」
 元気が出てきたのがハッキリとわかる。口元に自然に笑みが浮かんだ。
「いえ、ただ…… ラシェルさんが元気になってよかったな、と思いまして。」
 ……こうして見ると、ほんとにリーナちゃんの反応は子供のそれのようだ。些細なことに過剰と思えるほどに喜んだり、悲しんだりする。実はあたしよりも背が高いけどまだ五歳くらいの子供とか…… ってことはないか。
「そういえば、一つ聞きたいんだけど……」
「はい?」
 あたしはこれまでの疑問を口に出してみた。
「ジェルって何者?」
「はあ…… 博士ですか?
 私の知ってる限りだと…… 普通の科学者ですが。」
 あれのどこが普通だ。
「ただ…… その扱う範囲はたいへん広い、って言ってました。」
 そりゃそうだろう。
「例えば?」
「ええ、言っているだけでは科学、工学と名のつくものはほとんど、医学にも精通していているという話です。」
 はあ。冗談に聞こえるが、リーナちゃんは嘘をつくような娘じゃない。ってことはジェルが大嘘つき? どうなんだろ。ま、いいか。
「あ、そうだ。」
 あたしはいたずらっ子の笑みを浮かべた。
「あのヒューイって男、リーナちゃんの何?」
 あたしの言葉にリーナちゃんは気の毒になるほど真っ赤になった。
「あ、あの、その…… あ、そうです。た、単なる博士の友人です、はい。」
 耳たぶまで真っ赤になって必死に弁解するリーナちゃん。純情なのも程度問題であるが…… まあ、リーナちゃんらしいと言えばリーナちゃんらしい。あたしには逆立ちしても真似できそうにないし、彼女は芝居でも何でもなく真剣なのだから。
 ここまで正直すぎるとからかう気もおきない。そんなことした日にはリーナちゃんが本気で悩むだけだし……
「あ、そういえばさあ。」
 あたしはリーナちゃんのために話題を変えることにした。
「ここにホーネットって奴がいたわよね。」
 ここぞとばかりに聞きまくる。どうせジェルは教え渋りするタチだし……
「ああいうのって他にもいるの?」
「ええ。」
 そうして色々と説明してくれた。ここの研究所には高速宇宙船、宇宙戦闘機が二機、戦闘ヘリ(ホーネットのこと)、装甲車、大型トレーラー、ホイールカーがあって、それぞれが独自のパーソナリティを持つ、AIコンピューターを備えていて、それを抜きにしても普通のものとは桁違いの性能を有している、ということらしい。
 戦闘ヘリまでは許すが、装甲車だの戦闘機だの宇宙船だの…… 確かに、地下でチラッと見たような記憶はあるが…… そんなもん何に使うんだ。
「何でそんなもん造ったんだか……」
 確認したわけではないが、十中八九ジェルの手作り(?)だろう。
「さあ…… 私が来たときにはすでに七台ともいましたから……」
 あたしの意味ない呟きに律儀に返事をするリーナちゃん。
 相づちをうちながら無意識に髪に手をやる。……そういえば、心理学的に言うと、髪に手をやる行動というのは男女を問わず、性的に欲求不満がある時の行動だと言うが…… ほんとなんだろか?
 いや、そーじゃなくて、髪に手をやった時にそれが乾いていることに気づいた。シャワーを浴びてからだいぶ時間が経つ。ドライヤーをかけていなくてもそろそろ乾いてもいい頃合だ。
 いつも通りに自慢の金髪をポニーテールに結い上げようとしてリボンを探すが…… そういやあ、みんなリビングに置きっぱなしだったな。
「ねえ、リボンある?」
「リボンですか……? ちょっと待って下さい……」
 と、部屋の引き出しを開けて捜し始めるリーナちゃん。けど…… この娘は髪があまり長くないからリボンつけることがそんなになさそうだなあ……
「色々ありますけどどれにしますか?」
 うーむ。色とりどりのリボンがある。一本気に入った色を手にして頭の後ろで縛った。鏡をのぞき込み、調子を確かめる。うん、いいわね。
 ありがとう、と一言礼をいってからリーナちゃんがまだ手にしているリボンを見る。まるで統一性がない。普通、服の好みとかがあって、装飾品のリボンなんかもある程度似たようなものが多くなるはずだけど…… その割には数だけは異様に多い。
 もしかして……
「ねえ、リーナちゃんの洋服、ちょっと見せてよ。」
「はあ、よろしいですが……」
 ガチャ。
 手近のクローゼットを開く。
 あるわあるわ。中にはそれこそ多種多様の服が並んでいる。が、女の子のクローゼットにしては整理ができていない。室内着と外出用のものが一緒くたに並べられている。しかもそれらのほとんどが着た形跡のないものである。
 これは…… 単なる予想だが、ここにある服のほとんどはジェルが適当に数だけ揃えたものなんだろう。その中で気に入ったものを来ているようだけど…… なんか整理がなってない。年頃の女の子にしては…… というやつである。
「リーナちゃんって年はいくつだっけ?」
「もう少しで四カ月ですが……」
「そう、でもこれは四カ月の女の子のクローゼットの中身じゃ……
 ……! え? い、今、なんて言った?」
 思わず耳を疑う。あたしの耳が変になっていないのならリーナちゃんは「四カ月」と言ったはずである。
 どう数えたらそんな数字が……
「四カ月、と言いましたが…… 何か変でしょうか?」
 冗談を言っているような顔じゃない。とすれば一体……?
「だ、だってどう見ても十六、七よ。どういうことなの?」
「あれ? 博士から聞いてませんか?」
 ……聞いた覚えはないはねえ。
 黙って首を振る。
「そうですか……
 私、人間じゃないんです。」
 わずかに自虐的な笑みを浮かべてリーナちゃんは言った。
「はあ?」
 自分でも間抜けと思うような声を出してしまった。しかし、人間じゃないっていうのは……?
「博士の言うことには、有機型人工生命体、ということらしいのですが……」
 ……うーん。まるでSFのようだ、ってよーく考えれば今日び宇宙船がポンポン飛ぶようなご時勢だ。一応はSFの世界かも知れない。
 でも…… あたしだって新聞は読むし、TVは見るから多少の知識はある。けれど、そんなのが成功した、っていう話はカケラも聞いたことがない。
「冗談でしょ?」
 一応聞いてみた。でもリーナちゃんはくだらない冗談を言うような娘じゃない。小さく、少し寂しそうに首を振った。
「ま、いいか。」
「は?」
 あたしの発言にリーナちゃんはちょっと不思議そうな顔をした。
「だって、リーナちゃんが人間じゃない、って言ったら、とっくの昔にジェルは人間やめてるわよ。」
「…………」
「そうでしょ? 人間の定義が何か知らないけどさ、リーナちゃんとあたしに何の違いがあるの? 同じように笑ったり泣いたりできるわけでしょ。」
「…………」
「なら、いいじゃない。そういうことで。
 ……でもさ、自分からそういうことを言うものじゃないわよ。」
「?」
 ひょい、と首を傾げるリーナちゃん。羨ましいわ…… こんな動作一つでもきっと男心をくすぐるのだろう。かわいい娘は得だなあ…… これでもあたしだって多少は自分の容貌に自信はあるけど、リーナちゃんと比べられるとなあ…… ちょっと負ける。
 いや、そうじゃなくて。どーもあたしは余計なことを考えることが多い。
「そうでしょ? あんたはそう思っているかも知れないけどさ、ジェルは? ヒューイは? カイルは? セバスチャンは? ホーネット達は?
 そんなふざけたことを考えているんなら、あいつらなんか信用できない。助けてくれたことには礼を言うけど、これでハイ、サヨウナラよ。
 ……だからさあ、あまりそんな悲しいこと言わないで。」
 それ以上言葉が思いつかなかった。もしかしたら自分の無知が生んだ一言が彼女を更に傷つけ、苦しめたかも知れない。でも言わずにはいられなかった。
「前も…… 同じことを言われました……」
「?」
「博士が…… 私に言いました。『そんな悲しいことを言わないで下さい』って。」
 その時の情景を想像して、ふと、ホーネットの中でみせたジェルのあの寂しそうな、悲しそうな表情を思い出した。
「なんで…… 何でなのでしょう。
 そんなに大事にしてもらうほどの価値のある存在じゃないのに……
 それなのに…… なぜ……?」
 何かを振り払うように頭を振るリーナちゃん。
 けど…… リーナちゃんは大きな勘違いをしている。
「本人達に直接聞けば早いだろうけど…… きっとみんな怒るわ。」
「……?」
「だってそうでしょ。人間の価値を決めるのは自分じゃないでしょ。まわりの人達がそれぞれの価値観の上で決めるわけでしょ。
 それなのに…… 自分から『価値がない』だなんて、変じゃない?
 みんながリーナちゃんを必要に思って、そして大切にしたいと思っているから、ただそれだけよ。
 それにさ、リーナちゃんが自分を人間と認めてないのならさ、宇宙の八十%以上の人が自分が人間であることを恥じるべきよ。
 あたしはそんなに頭が良くないからうまくは言えないけど……」
 思わず熱弁を振るってしまった。でもここで何も言えなかったらそれこそ八十%の奥深くに入ることになる。
 黙って聞いていたリーナちゃんが顔をあげる。もしかしてこの娘は生まれた瞬間からこのことについて悩んでいるのだろうか。
 体や知能はすでに大人でも精神はまだまだ子供なんだ、リーナちゃんは。そのアンバランスさが心の負担になっているのだ。
 彼女がその答を見つけるまで、おそらく相当の時間がかかるだろう。一人で解決できるような問題ではないし、あたしはその手助けさえできそうにない。
 あたしにもできそうなこと…… あった。とりあえず一つしかなさそうだけれど。
「よし、分かった。このラシェル姉さんがリーナちゃんを今まで以上に素敵な女の子にしてあげましょう。」
「は?」
 唐突に言われて一瞬意味が理解できないような顔をする。気にせずに言葉を続ける。
「大体、リーナちゃんはもとがとてもいいんだからさ、もう少し服のコーディネイトやおしゃれのこととか覚えればもっと可愛くなれるわよ。」
「はあ……」
「リーナちゃんってさ、ヒューイのこと好きなんでしょ?」
「……!」
 いきなりの一言にリーナちゃんはまた気の毒になるほど真っ赤になる。
「黙っているだけじゃあ、男は振り向いてくれないわよ。」
 ま、そんな事しなくてもヒューイはリーナちゃんに気がありそうだけど、とこれは心の中のセリフ。
「で、でも……」
「いーから。いーから。あたしに任せておけば大丈夫。」
 あたしの勢いに二の句が継げないようだ。この内気も少しは変わればいいんだけど。
「で、その代わりにさ、」
 ここで安心させるためにちょっとウィンク。
「今度、料理教えてね。」
「……は、はい。」
 よーし、これで商談成立っと。
 と、その時、部屋の中にノックの音が響いた。

 

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