− 第八章 −
『人間は理性の生物です。
たとえどんな恐怖も理性で克服できます。
……つーか、こんな理不尽な暴力で私に対抗しようなんて七億年と二九秒は早いですな。はん。』
いいことを言っているのだが、鼻で笑った後半で台無しである。
でもおかげで怖いのがだいぶ収まった。パニックに陥った船内をもう少し余裕を持って見ていられる。
普段はえばりちらしているような人たちが「自分だけでも助けろ」とあたりに詰め寄ってる。金は幾らでも出すぞ、とその場しのぎの口約束を喚いている。
……あれ? こういう状況なら真っ先に動いていなきゃならないブルースブラザーズはどうした?
『とりあえず内部にいるテロリストをあぶり出しますか。自爆テロっぽいので面倒この上ないですな……』
ブツブツ言いながらも、声の向こうで何か操作しているような音が僅かに聞こえる。ちゃんと仕事しているようだ。
『ヒューイ、カイル、聞いたとおりだ。派手にやれ。』
おう、と返事が聞こえた瞬間、いきなり銃声――というには音が大きすぎるんだけど――が鳴り響いた。
「静かにしやがれっ!!」
やや沈静化しかけたパニックに再び火がつきそうになったところに怒号が水をかける。
……おい。
銃声の所で大体気付いていたんだけど、馬鹿でかい銃を手にフロアの中央で仁王立ちしている大男に思わずツッコミを入れたくなる。
「この船は俺たちが乗っ取った!」
……待てい、なんでそうなる!
にわかテロリストのカイルは存在感豊かにふんぞり返っている。と、
「ぐわっ!」
いきなり数人のボーイ姿の男が耳を押さえて悲鳴をあげた。
そこに銃声。カイルの放った銃弾が今の男達を次々と捉える。というか、なんか黒い十文字の物にひっぱたかれて、そのままその十文字によって壁に固められているというか…… こりゃしばらく目が覚めても動きようがないわね。
『異常な事態に外部に通信しようとしていたので爽やかに干渉しました。』
どうやら外の航空機と連絡しようとしていたらしい。
……なるほど。って感心していいのか?
いや、相手が悪い奴だ、って事も分かってる。実際に見てないが人死にもでているんだ。でもジェルのやり方ってちょっと……
いきなりの悲鳴と銃声にその諸悪の根元のカイルに皆の視線が集まる。
「という訳で、無駄な抵抗は止めた方がいい。この変な弾が無くなったら実弾使うしかないからな。」
……どういう脅し方だ。
『まぁ、これで相手も迂闊に動けなくなったでしょう。
向こうだって、カイルが一人で大暴れしてるとは思わないでしょうし。』
ふむふむ。
『そんなわけで、カイルが睨みを聞かせている間にお仕事をしちゃいます。
リーナ、』
「はい……」
痛みがひかないのか、嫌な汗を流しながらも、それを声に出さないようにして応えるリーナちゃん。
「ちょいまち。」
『どうかしました?』
「何させる気か知らないけど、リーナちゃん足ケガしてるから無理。」
『何?! おい、リーナ!』
「は、はい!」
怒られるのかと思って身を竦ませるリーナちゃん。
「ちょ……」
『なんでそんな大事なことを先に言わない!
ヒューイ! 聞いてたか。』
『分かった。すぐ行く。』
文句言おうと思ったら、別な意味で声を荒げたようだ。ありゃー、なんて思ってる内に音も立てずにヒューイがやって来た。
立てないリーナちゃんからクレアを受け取り、後はヒューイに任せる。
「ふ〜ん……」
端から見るとちょっとセクハラっぽい手つきでリーナちゃんの足首を看るヒューイ。予想通り、触られてるリーナちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。
『どうだ?』
「二つの意味で聞いてるなら、前者は問題はない。しばらく痛むが後に残るような怪我じゃない。後者はダメだ。しばらくは歩くのも辛いだろう。」
それだけ答えて、ふむ、と前置きしてから…… いきなりリーナちゃんを抱き締めやがった!
「あ、あの、ヒューイさん?!」
真っ赤になりながら慌てるリーナちゃんをよしよしと撫でる。
「さてと…… ちょっと失礼。」
頭にやっていた手を足首に持っていくと、いきなり捻り上げた。
「!」
苦痛に顔をしかめるリーナちゃんを更に強く抱きしめるヒューイ。
「いいから落ちついて。深呼吸するんだ。」
子供をあやすようにリーナちゃんの背中をポンポン叩く。リーナちゃんがヒューイにしがみつくように呼吸を整える。
「落ちついたか?」
「は、はい。……だいぶ楽になりました。」
「そりゃあ良かった。」
言いながらナイフ(何処に持っていた)でテーブルクロスを裂いて足首に巻いて固定。
リーナちゃんが痛い顔しなくて良かったのは良かったんだけど……
「ねぇ、りーなおねえちゃんとこのおにいちゃんって、こいびとどうしなの?」
「そうよ。」
「おい!」
子供の純真な問いに素直に答えてやると、その答えが気に入らなかったのか、不満の声を上げるヒューイ。ちなみにというか、やっぱりというかリーナちゃんはよく分かっていない。
若い者はいいわねぇ、と言う目で暖かく見ていると、カイルが肩に二人ほど担いでやって来た。
うわ……
何で怪我したのか知らないが、お腹に血止めの布を巻かれている。それでは止まりきらないのか真っ赤な染みがジワジワ広がっているようだ。よく分からないけど内臓までいってる?
「悪い。こいつら血が止まらなくて、ジェラードに言ったらリーナちゃんに診せてくれ、ってな。」
人二人分の重さを気にした様子も無い大男が片手だけで怪我人をゆっくり下ろす。
「はい。ではすぐそこに横たえて下さい。」
さっきとはうって変わって真剣な表情になったリーナちゃん。
「カイルさんは部屋からトランクを。ヒューイさんは強いアルコールを用意してください。
ラシェルさんとクレアさんはすみませんけど、清潔な布を出来るだけ沢山用意して下さい。」
「おう。」
たっ、と姿を消す二人。
「クレアちゃん。」
「はい。」
あたし達も行動開始。どうにか客を誘導しようとしている従業員を捕まえて、二人してタオルやテーブルクロスを集める。
この状況になってもクレアちゃんの両親はどうした? 未だに人を押し退けて逃げようとしている人々を横目に見ながら理不尽な怒りがチョロチョロわいてくる。
でもそんなことを考えていても仕方ないので、持てるだけの布を持って戻る。
あたし達が戻った頃にはヒューイ達二人も戻っていた。テーブルクロスを敷いた簡易ベッドに出血した人が横たえられている。
リーナちゃんは持ってきたトランクの中からソーイングセットを取り出し、ウォッカで消毒しているところだった。
あたしの姿を見ると、ちょっと躊躇してからリーナちゃんが口を開く。
「すみません。あの…… 肩の花、いただいてもよろしいでしょうか?」
はい?
よく分からないけど、リーナちゃんの真剣な表情に頷く。もう一度すみません、と謝りながら肩のコサージュを引きちぎると、それをほぐし始めた。
「縫合用の糸まで用意してなかったので、絹糸で代用しようかと。でも私のドレスは染料が天然染料じゃなくて……」
言いながら、ほぐした糸をウォッカで消毒して、血が噴き出している患者の傷口に手を入れて縫合を始めた……らしい。
ごめん。こーゆーの慣れてないから、あたしは直視できないのよ。無論クレアちゃんも。
ちょっと遠くから見ていても、飛んだ返り血がリーナちゃんのドレスを汚しているのが見えるが、それには目もくれず必死に手を動かている。
う〜ん、分かってるけどあたしって役立たず……
「そうだ、ジェル。」
『なんですか?』
「ふと思ったんだけどさ、そもそもリーナちゃんに何やらせようといたの?」
『はっはっは。そいつは秘密ですよ。』
……きっと、通信機の向こうでは爽やかな笑顔のような物を浮かべているだろうなぁ。
うん、腹立つ。
『とりあえず、このままでは皆さん揃って真っ逆さまなので、私もそちらに乗り移ります。』
サラリと恐ろしいことを言ったジェルだが、そもそも何をするつもりだったんだろう?
「まぁ、秘密にするならリーナちゃんに聞くけど?」
『……やり方が姑息になりましたなぁ。』
溜息混じりの声が返ってくる。
そりゃ、近くで散々見てるからね。
『じゃあヒントです。何故落ちてるのを止められませんか?』
「……え〜と、グリフォンがいても大きすぎて支えきれないから?」
『ではどうしたらいいと思います?』
大きいんだから、小さく……
待てよ。船自体は大きいけど、人を一ヶ所に集められたらそんなに大きさは必要ない。それこそ、この大広間ならグリフォンでも……?
だとしたら、何故リーナちゃんがやる必要がある? もしや……?
思いついたのは豪快すぎる方法だ。
おそらくは、大広間を船から切り離して待機しているグリフォンで支えるのだろう。破壊工作なら、カイルの方が得意だろうに……
いやまて“切り離す”?
カイルの持ってきたトランクの中を探す。ジェルの白衣に……
あった。スタンブレードが。
ジェルから聞いた説明だと、薄いシールドを張って、その内部に高圧電撃を閉じ込めて斬りつけた相手を感電させてノックアウトする武器。でもモードを変えると、シールドだけを強固に展開させ、物理的に斬れない物は無いと豪語していたバリアブレードに。
そういやぁ、前に言ってたっけ。その気になればブレードを数百メートルくらいは伸ばせる、って……
きっとバリアブレードを使って、内部からこの船を切る、ってつもりなんだろうけど…… そんなことができるか?
いや、ジェルが出来ないこと、危険極まりないことをリーナちゃんにやらせようなんて考えるはずがない。
でもリーナちゃんは怪我して動けないし、ジェルは簡単に言ってるけど落下している宇宙船に乗り移るなんて危険だろう。
ヒューイとカイルは理由が分からないけどスタンブレードは使えない。
……なんだ。答えは簡単じゃない。
「ジェル。あたしがやればいいんじゃないの?」
前に使ったことがある。多少の危険があるかもしれないけど、それくらいどうにか……なるかな?
『何言ってるんですか。
リーナは一通り訓練を受けてるし、船の構造だって頭に入っています。
当然ですが、遊びじゃないんですよ。』
にべもない。
『更にいえば、たとえ緊急時とはいえ、一般人が宇宙船の解体なんかしちゃあ、立派な器物破損罪になります。』
そっか。リーナちゃんはA級捜査補佐官だから、緊急時は捜査官と同じ権限。しかも、強制捜査権を発動したら、何してもいいわけだ。
うん、と納得したいけど、何か引っかかる。
そうか。ジェルがあっさり否定したのが気になったんだ。普段から余計なことばかり考えているから、すんなり言葉を返す時は大抵言うことを用意していた時だ。
もしかして…… 何か方法がある?
医療行為まで必要な怪我人の応急処置は終わったらしく、顔や手を拭っているリーナちゃん。そのリーナちゃんに近づいて、耳の通信機を外した。
「ラシェルさん……?」
自分の通信機も外して、ジッと正面から目を見つめる。
「あのさ、もしもあたしがリーナちゃんのしようとしていた事をしようとすると犯罪になるんだよね?」
「はい。強制捜査権を発動できないので、器物破損罪になってしまいます。」
誘導尋問も何も無く、ちょっと聞いただけで素直に答えるリーナちゃん。通信機外したからジェルの横槍はない。
「じゃあ…… それでもあたしがやらなければならない、って事になったら、何かいいの方法はあるの?」
「…………」
あたしの問いにしばらく考え込むように黙ってから、ゆっくりと口を開いた。
「危険だ、ってことは当然ご存じですよね。」
うん、と頷く。
「あたしだって危ないのは嫌。でも早く手を打たないとみんな死んじゃうんだよ。
ジェルがこっちに乗り込んで、なんて言ってたけど、そんなの待ってる暇ないんじゃない?」
「……はい。」
「理由は分からないけど……」
トランクからスタンブレードを抜いて、スイッチを入れる。ブン、と低い音と共に電撃の刃が伸びる。
「おそらく今動けるのはあたしだけだと思う。別に自分の力を見せたいとか、見返してやりたいとか、そういうんじゃなく、やれることをしたいの。今すぐやればあたしが仮に失敗しても、ジェルならフォローできるでしょ?」
「…………」
「あんまりグズグズするなら勝手にやっちゃうわよ。」
ちょっとおどけたように言うと、リーナちゃんはまたしばらく考え込んでから顔を上げてあたしを見つめる。
「ラシェルさん、通信機を。」
言われて通信機をリーナちゃんに返す。
『おい、ラシェル! リーナ!』
ずっと呼んでいたんだろう。通信機を戻した瞬間、ジェルの声が聞こえてくる。
「博士。時間がありません。
ラシェルさんをA級捜査補佐官に任命するための手続きをお願いします。」
……はい?
『リーナ!』
「同一チームの捜査官及び捜査補佐官四人が同意した場合、そのチーム内の捜査補佐官に任命できる。
銀河連合警察捜査官法にちゃんと規定されています。」
『…………』
「この場合、捜査官及び捜査補佐官の監督があれば、即時に強制捜査権を発動してもいい、ということにもなってます。」
『…………』
無言の奥に苛立ったような雰囲気が感じられる。
『おいジェラード。』
カイルの声だ。
『悪いが俺は賛成一票だ。
今の状況でのんびりしている暇はねぇ。違うか?』
『俺も同意見だ。残念ながら今の俺たちの装備じゃ助けられないし、お前が来るのを待ってる余裕も無い。』
『しかし……!』
「あたしが危険だから、って理由で反対してるならやめてよ。そんなこと言われてもちっとも嬉しくない。」
『ラシェル……』
ふとさっきのパパの言葉を思い出す。ジェルはあたしをどう思っているんだろう……?
「本気であたしの事を思ってるなら…… 全力でサポートして。
できるでしょ?」
通信機から聞こえてくる盛大な溜息。
『私が心配したのは、ラシェルがスタンブレードを壊したり無くしたりすることです。』
いつもの不敵な口調に戻りやがった。開き直ったかな?
『さすがの私でもスタンブレードの代わりは無いので、しっかりストラップを手首に巻き付けて下さい。』
おいおい、あたしは子供か。
『とりあえず、私の白衣と、磁力靴、それに特殊ゴーグルを用意してますので、それを使って下さい。リーナのサイズに合わせてますが…… 大丈夫ですよね?』
おいこら。あたしが大足に見えるのか?
不満はあるが、言われたとおりに無駄に思い白衣に袖を通し、磁力靴とやらを履く。うん、ちょっと緩くて安心した。邪魔にならないようにアップにしていた髪をポニーテールに結い直し、透明なゴーグルをつける。。
そんで言われたとおりに普段はつけてないストラップを手首に巻いて、スタンブレードを落とさないようにする。
よし……
『今からGUP(銀河連合警察)本部に任命申請を出します。ヒューイ、カイル、リーナ、承諾の意を口頭でいいから言ってくれ。』
『分かった。
ヒューイ=ストリングA級捜査官。任命を承諾する。』
『カイル=ミュラーA級捜査官。同じく任命を承諾する。』
「アイリーナ=コーシャルダンA級捜査補佐官。任命を承諾します。」
……なんかこう、引き返せない所に来たような気がするんですけど。
『先に断っておきますが、一度捜査補佐官にに任命されたら、正当な理由無しに辞めることはできませんよ。』
「……マジ?」
うっわぁ〜 結構軽い気分で聞いてたけど…… どうしよう?
ふと、クレアちゃんが準備万端のあたしを不安そうに見上げている。
そう、だよね。あたし一人が、なんて言う気はないけど、何もしなければそれで終わってしまう。それならやれるだけやるしかないじゃない!
「いいわジェル。承認して。」
『……ジェラード=ミルビットA級捜査補佐官。誠に遺憾ながら任命を承認します。
捜査官用のバッジは今すぐ、ってわけにいきませんが、すでにA級捜査補佐官として行動できます。』
「分かったわ。」
『スコッチに先導させて、逐一場所を指示しますので、その通りにお願いします。』
「スコッチが?」
あたしが視線を落とすと、黒猫がニャア、と鳴いた。
『こういうこともあろうかと、スコッチの首輪にも通信機をつけてあります。そこいらの猫と一緒にしないで下さい。』
いやいやいやいや、待て待て。
何が悲しゅうて素人と猫で……
「ニャオ。」
バカにすんなよ、と言いたげなスコッチ。
「私が怪我さえしなければ……」
「クレアも……」
すまなそうな顔をする二人の頭にポンと手を置く。
「いいっていいって。
じゃ、行ってくるわね。」
スコッチが走り出したのを理由に、あたしは振り返らずに走り出した。『ラシェル、まずは後ろから行きますよ。』
「りょーかい。」
スコッチの後を追って、前の方に走る。バランスがとれているのか、思ったよりも床は傾いていないので走るのも楽だ。
「……って、どこまで走るのよ。」
白衣が無駄に重いのもあるが、階段を登ったり降りたり曲がったりと、やたらに走っているような気がする。
『そりゃ、キロシップですからねぇ。』
もうめげて後悔しそう……
『やっぱり無理でしたかな?』
あ〜 挑発だ、って分かってもムカツク。
「見事スッパリサッパリやり遂げて、そんな口きけないようにしてやるわよ!」
『そこまで言うなら、なんかご褒美でも用意してあげますよ。』
「期待しないで待ってるわ。」
前も思ったが、そんなに大きくないのにスコッチの足は早い。時折足を止めてペースを合わせてくれるのがなんか申し訳ない。
「ニャン!」
スコッチが足を止める。腰をおろしたところを見ると、ここが最初のポイントなんだろう。
『バリアブレードの長さを二百メートルにして、通路方向に腕をぐるぐる回して下さい。
ゴーグルをつけていればブレードが見えますから、間違っても巻き込まれないで下さいよ。痛い、なんて感じる間もなくスッパリ斬れちゃいますので。』
どれ……
スイッチを入れると、ブゥンと音がしてほとんど見えないはずの透明の刃がゴーグル越しにわずかに輝いて見える。
慎重に後ろのダイヤルを回していくとバリアの刃が伸びていく。
え〜と、にひゃくめーとる…… って、
「分かるかぁっ!!」
一応は刃が見えるとしても、二百メートルなんて目測で分かるはずもない。更に…… 通路の突き当たりの壁に刺さって見えなくなったんですけど。
いや、刺さってるらしい、としか言えない。全然手応え無いから。
『確かにそうですなぁ。仕方ありませんね、私が良いと言うまで伸ばして下さい。』
嘘だ。コイツが気づいていないわけがない。
でもそれで文句言ったところで、のらりくらりとかわさせるのは目に見えているので、言われたとおりにブレードを伸ばし続ける。
なんか、実はゴーグルにブレードが伸びるように見えてるだけで、あたしは間抜けにバトンを振ってるだけじゃ無いのだろうか? という気もしてくる。
『そんなもんですかね? そのまま腕をぐ〜るぐ〜るとお願いします。』
「ねぇ、ジェル?」
『なんですか?』
「もーちょっと緊迫感が欲しい。」
『む、贅沢な。でもご安心を。すぐに嫌でも味わうことになります。』
うわ。イヤな宣告受けた。
しかもこれは絶対間違いないときの口調だよ……
さ、と促すジェルの言葉に、色々虚しい気分になりながら指示された通りに腕を振り回してみる。
ぶ〜んぶ〜ん。
と、
「ニャン!」
いきなりスコッチが走り出し、
『ラシェル! 走れ!』
耳元で爆発するジェルの声。
その声の鋭さに、弾かれたようにスコッチの後を追う。
後ろで何か壊れるような音が聞こえる。風が感じられる。
『右の階段を登って、しっかり手すりに掴まれ!』
言われたとおりに無駄に豪勢な木製の手すりに全身でしがみつく。直後、突風がさっきまでいた方へ吹き抜けていった。
いや、突風っていうより暴風?
ジェルが言ってくれなかったら、あたし吸い込まれていたかも…… って、今もあたし大ピンチ! た〜す〜け〜て〜と、必死に手すり他にしがみつく。
『隔壁が閉まるまであと三秒。それまで耐えて下さい。』
凄い勢いで空気が吸い出されて、なんか息苦しいような気がする。邪魔にならないようにまとめたポニーテールも散々揺さぶられて、縛っていたリボンもほどけそうだ。
三秒、ってこういう時はヤケに長く感じたけど、どうにかさっき通った通路のシャッターが閉じて風が収まる。
『はい、スリル一丁お待ち。』
……いつか絶対死なす。
『あ、緊張感でしたっけ?』
……死なすの三回に決定。
「ともかく、今のは……」
何よ、と聞こうと思ったら、船全体が僅かに揺れて、外で爆発音らしき物が鳴り響いた。
「な! 何よ今のは?!」
『別に。パージし(切り離し)た船体後部をミサイルで破壊しました。』
大きいまま落とすわけにいきませんしね、とジェルの言葉。
「……まぁ、やることは分かったけど、毎回毎回何かにしがみつかなきゃならないの?」
さっきの風は切った(んだろうけど、実感がわかない)所から空気が漏れていったんだろうけど、毎度こんなんじゃ身がもたないぞ。
『何を言ってるのですか。これからはちゃんとタイミングを合わせてシャッターを閉めますので、そういう心配は無用ですよ。』
……二回追加。
つーか、本人が目の前にいたら、絶対殴ってる。『よし、切れたからダッシュだ!』
「りょーかい!」
振り回していたバリアブレードの刃を消して、閉まりかけているシャッターを素早くくぐり抜ける。
シャッターの奥で何かが引き裂かれるような音が聞こえたかと思ったが、重厚な金属壁が音も風もシャットアウトする。
宇宙船であるから気密が破られたときの為に、区画を細かくシャッターで仕切られるように出来ている。
そんなわけで、あたし……たちは、そのシャッターの位置を把握しながら切っているわけだ。ちなみにシャッターはグリフォンから遠隔操作で閉めている……らしい。
『ところでラシェル。まだ元気に余裕はありますかな?』
「……その前置きは不吉な感じがするんだけど。」
『正解です。
後ろばっかり切っていると水平が保てないので、今度は前を切りましょう。』
声が笑ってやがる…… まぁ、でも行ってることは正しいので、あちこち走り回って疲れてはいるが――って、その原因の八割くらいはこの無駄に重い白衣の気もするが――やらなきゃ仕方がない。
『本当はそろそろ横を切っておきたいのですがねぇ。』
スコッチの後を追いながらジェルの独り言を聞いている。
「なになに? 切るならスパーンと切っちゃうよ?」
『無茶言わんで下さい。』
あんたが言うな。
『とにかくもうちょっと小さくなれば少しやりやすくなるので、ふぁいとっ!』
淡々と言われるとちっとも励まされているように聞こえない。分かっちゃいるけど…… やっぱ腹立つ。
まぁ、かくして前の方も二、三回切ってだいぶ短くなった……らしい。外から見ているわけじゃないしね。
なんて考えていると、いきなりリーナちゃんの声が聞こえてきた。
『大変です! クレアさんがラシェルさんを探しに飛び出してしまいました!』
何だって?!
「ジェル! 聞いたよね?! 女の子が一人船内に出ちゃったようなの。探せる?」
『……さすがに何も目印が無い人間を探すのは難しいです。
今ヒューイも向かわせるので、ラシェルはとりあえず船の方を。』
分かった、と返事をし、自分の仕事に戻る。ある程度前後を切ったので今度は少し「薄く」するために船の下の方へ移動。
『退避用の階段の位置をしっかり確認したら、バリアブレードを真っ直ぐ伸ばして、その場でぐ〜るぐ〜ると回って下さい。』
文句言うのも面倒くさいので、言われた通りに水平に切れ目を入れる。後は自重で崩壊して行くわけだ。
「おねえちゃん!」
階段を急いで駆け上がろうとしたら、不意にそんな風に呼び止められた。
「だいじょうぶ? けがとかしてない?」
下の通路からクレアちゃんが走ってきた。心配して来たのは嬉しいけど、今の状況はちょっとやばい……
「おねえちゃん……」
「早く! こっち!」
説明している暇もないので、クレアちゃんの手をひいて階段を駆け上がる。……って、やばっ、下が壊れ始めてきた。
磁力靴を脱いで、磁力を最大にしてクレアちゃんのドレスのスカートを床に貼り付ける。
「?」
しっかりつかまってて、と言いかけた瞬間、階下の床が崩壊した。