− 第九章 −

 

 時間は唐突に四半日ほどたつ。
「タイムリミットまで後二時間です。」
 リーナの声がコクピットに緊張感をもたらす。メインスクリーンには青く輝く惑星とそれに接近している小惑星が映っている。
 この四半日の間に何をしていたかというと、なんのことはない、地震に備えるかのように崩れたり倒れやすいものの固定をしていたのだ。
 グリフォンの慣性緩衝装置や振動緩衝装置は非常に優秀で、普通の航行をしている限りは慣性や振動を気に止めなくてもいいように出来ている。また人工重力発生装置の性能も優秀で、船内では普通の生活を容易に営むことができる。
 そのため、食器棚なども地上で使われるものと同等のものなので、今回のように限界を越える加減速を行う場合、テープ類で固定するという原始的手段で振動に備えなくてはならない。そのために、四半日という時間はあっという間に経過してしまったのであった。

「あと三十分後に減速を開始いたします。それから五分後に射撃位置において十秒間減速を中止し、その後再び減速およびコースの変更をして惑星バーンの重力圏から離脱いたします。」
「で、俺達は何をしたらいい?」
 コンピューターの操作や複雑な計算には縁のない二人が後ろを振り返り、ジェラードにすがるような視線を向ける。
「簡単です。」
 ジェラードがキーをたたいた。スクリーンに簡略化した映像が映し出される。惑星バーンと迫り来る小惑星、そしてグリフォンが表示される。
「これが今の状況です。」
 小惑星とグリフォンがわずかずつ移動している。グリフォンの方がずっと速い。
「で、ここいらでブレーキをかけ、この辺りで一度エンジンを切り、グリフォンの必殺兵器を撃つわけわけです。」
「なんで一回エンジンを止めるんだ?」
 カイルの質問に思わず呆れた表情を見せる。
「お前と違って、私は五Gという重力の中では指一本動かせないからです。」
「なんでい、情けねえなあ。俺みたいに少しは鍛えろ。」
「物理的に無理なことを言うな。
 ……まあいい、それでその必殺兵器を撃つときに……」
「その必殺兵器って?」
「だぁっ! 少しは人の話を聞け!」
 話の腰を折られて思わずジェラードは声を荒げる。
「怒ることはないだろう。」
「別に怒っているわけでは……
 ふぅ。リーナ…… 説明を頼む。」
 疲れたように息をつくと、リーナに説明を押しつけるジェラードであった。
「はい…… これはグリフォンに搭載してある特殊兵器の一つで、一種の荷電粒子砲です。 出力的にいえば、現行の兵器でこのギガ・ストーム・ブラスター以上の出力を越える兵器は存在しません。
 言い方を変えれば、今のところこのタイプの兵器としては宇宙最強です。」
「へー、宇宙最強かぁ、いい響きだねえ。」 カイルが嬉しそうな声をあげる。
「ただ…… 欠点がいくつかありまして……」
「欠点?」
「はい、破壊力が大きすぎるので撃つときに周囲のものを巻き込まないようにするのがたいへん難しく……」
「そのため、あの小惑星を追い越してから外宇宙の、数光時は何もない方に向けないとな、必要ないものまで壊してしまうわけだ。」
 ジェラードが疲れたように言葉を続ける。
「なるほどね。」
 ヒューイが感心したようにうなずく、と同時に数光時は破壊力が持続される兵器と聞いて背筋に冷たいものを感じるヒューイであった。
(そんなエネルギー兵器ならば冗談抜きに宇宙を征服できるかもな。)
 そんな言葉が彼の心をよぎった。
(深くは考えないでおこう……)
 ヒューイは本気でそう思っていた。
「そこで、ヒューイさんは射撃位置についてからの機体の安定と方向修正をお願いいたします。
 カイルさんは機体が安定してからの照準の微調整を。
 ……それと……」
 不意にリーナが口ごもる。
「なしたの?」
「ええ…… その……
 博士も私も高重力には慣れていないものですから…… その…… 意識を失う可能性がありまして……」
 簡単に言えば気絶してるかも知れないから、その時はたたき起こしてくれ、ということである。
「おお、そっか。」
 カイルが大きくうなずいて了解の意を示す。
「了解、了解。じゃあジェラードは俺が優しく起こしてやるぜ。」
 そう言いながら指をポキポキ鳴らして凄みのある笑みを浮かべる。
 ジェラードはその笑みに一抹の不安と恐怖を覚えるのであった。

 三十分。
 意外とこの時間というのが中途半端なものである。
 あっという間に経つかと思えば、無限の長さと感じるときもある。
 今回は後者であった。
 何もいじれるものがないヒューイとカイルは二、三十秒ごとに時間を聞き合うし、リーナもいくつかキーを打っては時計を見て再びモニターに目を落とす、と言うことを数分おきに繰り返している。ジェラードも退屈そうに白衣のポケットの中のものをコンソールの上に並べて整頓をしているようだ。
 嵐の前の静けさという言葉があるが、今はまさにそのような状態であった。不気味な沈黙がコクピットルームを支配していた。
〈皆さん、ちょっとメインスクリーンを見てもらえますか。〉
 この一言をグリフォンが言ったとたん、生殺しのような緊張感が緩んだ。ここでグリフォンが今のは冗談です、と言っても誰も怒らなかったろう。いや、意外と激怒するかも知れない。
 幸か不幸か、メインスクリーンには興味ある映像が映し出されていた。
 惑星バーンに落下しようとしている小惑星になにかしらの小物体が付随している。グリフォンがその物体をクローズアップにした。
 それは戦闘を目的とする宇宙船のようであった。ネイビーブルーを基調とした船体には宇宙軍所属を示す星のマークが印されてあった。
 その船は小惑星のエンジン方向にいた。そのまま位置だと、グリフォンの荷電粒子砲の範囲に入ってしまう。
〈宇宙軍の六〇〇m級高速戦艦と思われます。どちらかというと旧式のものですね。とりあえず軍のコンピュータにアクセスしてみますが……〉
「その必要はねえ。」
 スクリーンを見ていたカイルの目が懐かしそうに目を細める。
「あのボロ船、まだ現役だったのか……
 おいグリフォン、通信はつなげれるか?」
〈できないことはありませんが…… 通信に応じるかどうか……〉
「大丈夫だ、つながったら『ただ今食事中』と電文を打て。」
〈は?〉
 疑問に思いながらもグリフォンはその通りに通信をつないだ。

 宇宙連合軍第三地球近辺艦隊所属、六〇〇m級高速戦艦「ビクトリア」
 しかし、この「ビクトリア」はすでにひと昔前のタイプの戦艦であり、年期の入り方とその艦長のせいもあって、この船を知るものはみんな「ゴッド・ファーザー」と呼んでいた。
「ゴッド・ファーザー」艦長、宇宙軍勤続四十年を越える「おやっさん」ことサミュエル・ブラグマス中将は叩き上げの軍人で、様々な経歴を経て、今のポストについている。ユニークかつ実戦的な作戦とそのカリスマ性で、全宇宙にその名が轟くほどの名将とうたわれていた。
 顔には無数のしわが刻み込まれ、髪は薄くはなっていないが全て真っ白となっている。顔の下半分を覆う髭も同様に真っ白で顔全体に年期というものが感じられた。
 そして今、その立派ともいえる白い口髭に手をやり、艦橋の前面中央に広がるメインスクリーンを見つめていた。
 その中ではエンジンをふかして飛んでいる小惑星の姿がある。
「あんなものが落ちたら……」
 普段は好々爺の笑みを浮かべる顔がじっとりと汗ばんでいた。
「ゴッド・ファーザー」を中心に編成された今回の海賊討伐艦隊はその途中でその任務を変更せざろう得なくなってしまった。
 ジェラードが「無謀」と称した小惑星に対する攻撃と、巡洋艦二隻を使った突攻作戦もまるで効果をあげなかった。それどころか、よけい事態を悪化させることになった。
 すでに「ゴッド・ファーザー」には攻撃能力はない。全ての攻撃力を小惑星に叩きこんだが何百キロもの目標の表面に傷をつけたに過ぎなかった。
 艦隊の他の艦はすでにおやっさんの命令で帰路についている。「ゴッド・ファーザー」だけがしつこく食い下がっているだけである。
「まずいな……」
 おやっさんは口の中で呟いた。いよいよになったらこの船もぶち当てるつもりだ。旧式とはいえ、戦艦である。巡洋艦に比べればジェネレーターの出力はけた違いである。
「その時は儂も一緒かな……」
 ふと感傷にとらわれそうになる。戦いで失った部下や途中で船を降りた部下の顔が次々に浮かんでは消える。そのまぶたの裏のイメージが一つの顔で止まった。
「あ奴め、どうしているのやら。」
 その呟きは通信士の声に遮られた。
「艦長、通信が入っています……」
 新人のオペレーターが通信用のモニターを見て怪訝そうな顔をする。百戦錬磨のおやっさんはそのオペレーターの肩ごしにその通信文を読んだ。
「『ただ今食事中』…… って言うことは…… 作戦行動中か……
 通信士、発信源と通信をつなげられるか?」
「少々お待ちを……
 つながりましたが…… 発信源の位置が不明です。」
 そのまだ若いオペレーターがレーダースクリーンを指さした。
 レーダーには発信源付近に何もいないことを示している。
「ふむ…… まあよい。映像を出してくれ。」
「了解しました。」
 オペレーターがいくつかのキーを操作すると、メインスクリーンの一部に若い男の顔が映った。
『おやっさん。お久しぶりです。』
 男はスクリーンの中で宇宙軍式の敬礼をした。

「おやっさん。お久しぶりです。」
 スクリーンに向かって敬礼をするカイルを見てコクピットにいたほかの人々はそれぞれに驚きの声をあげていた。
「カイルにあんな芸当ができたのか……」
「博士、それはカイルさんに対して失礼です。」
 スクリーンの中の白髪の男はカイルの顔を見て、すぐさま口を開いた。
『カイル=ミュラー予備役白兵戦部隊軍曹! 貴官の今の状況を説明せよ。これは艦長命令である!』
 好々爺はそう命令口調で行った後、その髭でおおわれた口の端をニヤリと歪めた。何とも人を安心させる笑みである。他人を不安にさせるジェラードとは大違いである。
 その命令口調にあわせてか、カイルも直立不動の体勢で報告を始めた。報告の最中、ジェラードが何度かグリフォンの機密に関する突っ込みが入ったが五分ほどでなんとか説明を終えることができた。
〈後十五分ほどです。〉
 スクリーンにグリフォンのメッセージが表示される。
「……つーわけで、すみませんが『ゴッド・ファーザー』を進路上からどけてもらえますかね。」
 カイルの口調もいつの間にかくだけたものになっていた。その言葉にスクリーンの中のおやっさんは大きくうなずく。
『だいたい分かったが、今の話を聞く限りではお前の船にはあの小惑星をなんとかできるような『ご馳走』があるようだが?』
 ここでいう「ご馳走」とは「奥の手」の意味であり、「食事中=作戦行動中」のと同様、「ゴッド・ファーザー」内だけで通じるような隠語(スラング)である。
「ええまあ、とびっきりの『ご馳走』らしいですぜ。」
『……ふむ。お前がそこまで言うのなら、よほどのものなんだろうなあ……
 よし、お前らに賭けよう。もし成功したら、今度会ったときにでもおごってやる。』
「そいつはありがてえ、そん時はたっぷり飲ませてもらいやしょう。」
『そういうことは成功してから言うんじゃな。それじゃあ、通信を切るぞ。』
 おやっさんが敬礼をすると、カイルも敬礼でかえした。スクリーンから好々爺が消えると再び、小惑星の映像になった。「ゴッド・ファーザー」が方向を変え、離れていくのが見えた。「ゴッド・ファーザー」の船尾で航行灯が点滅する。
「航海の安全を祈る…… か、」
 その明かりを見てカイルがしみじみと呟いた。

「機関全開。速力最大で離脱をかける! 
 それぐらいできないとあの若造に笑われるぞ!」
 おやっさんの一声にブリッジ内が慌ただしくなった。至るところで復唱の声が聞こえ、足音が響きわたる。
 さっきのオペレーターがおやっさんに声をかけてきた。通信してきた船を発見した、ということである。
 オペレーターがキーを操作するとスクリーンに銀色の宇宙船が映し出された。大気圏内用の大きく広がった翼が見える。当然ながら翼も銀色に輝いている。
「光学センサーには見えるのですが…… レーダーには反応がないのです。」
 その船がアップになる。船名も船体ナンバーも表面には書かれていない。唯一、目につくものとしては垂直尾翼に描かれている何かの動物のシルエットだけである。
「あれは…… なんなのでしょう?」
 それは確かに不思議な動物であった。強いてあげるならライオンの体に鷹の頭と羽をつけた動物。はるか昔の地球、「中世」と呼ばれた時代に想い描かれた「グリフォン」という名の空想上の動物をこの時代になっても知っている人間は皆無であった。
「あの船、変ですよ。一五〇mクラスの割には速力が大きすぎます。あのままでしたらオーバースピードで大気圏内で燃え尽きてしまいます。
 それにさっきの方が言うような攻撃力を持っているとは考えられません。
 なぜ、あんなにあっさりと信用するのですか? 三十億の人間の命がかかっているんですよ。」
 その若いオペレーターは興奮したように数倍の歳を経ている艦長に言葉をたたきつけた。言葉はまだていねいだが語気があらい。
 そんな様子を見て、おやっさんは「若さ」というものをふと感じた。
 しかしな、心の中で呟く。あの男は信用できる。なぜなら、うちの船に乗っていた男だからな…… くだらない理由と言われればそれまでだけどな。
「信用できるできないよりもだ、もう儂らには体当たり以外の手は残ってないからな。
 あの船に賭けるしかないんじゃないか?」
「そうですが……」
 不満そうな声があがる。彼はしばらくおやっさんの顔を見ていたが諦めたかのように首を振ると再びいくつかのキーを操作する。
「わかりました。とりあえず、あの船の映像を記録しておきます。」
「止めとけ。」
「は?」
「報告するとき、面倒くさそうだ。」
「しかし……」
「まあ、お前もこの船にもう一年も乗ってりゃ、わかるようになるさ。」
 そう言うとおやっさんはその若いオペレーターの肩をたたいて、自分の席に戻った。

「ずいぶんあっさりだったなあ。」
 ジェラードが首をかしげる。
「こんな場合だったら、私ならもっとしつこく聞くがねえ。」
「ま、俺の人徳ってやつだな。」
「それより、あと何分だっけ?」
 カイルが誇らしげに言う。しかし、あっさりと流された。
〈あと三分です。〉
「三分ねえ…… 今のうちに念仏を唱えたい奴は唱えとけ。
 それと……」
 言葉を切って、ジェラードは着ている白衣を脱いでリーナの方に放り投げた。
「着ておけ、これも気休めにはなる。」
「しかし…… 博士はいいのですか?」
「気にすんな。言ったろう? 気休めだって。」
「はあ……」
 リーナは気が進まない様子だったが、とりあえず白衣に袖を通した。
 スクリーンの隅でカウントダウンが始まった。
 一五〇…… 一〇〇…… 五〇……
 値は徐々に小さくなっている。
 数字が三十を切った。
〈反転をおこないます。〉
 速度を変えぬまま、グリフォンは前後を逆転した。あとはエンジンをふかすだけである。
「おっと、忘れてた。
 第一級命令(ファーストクラスコマンド)、ギガ・ストーム・ブラスター、セットレディ!」
〈了解!〉
 ジェラードの命令の声とともにグリフォンの機体下部から長いレールのようなものが展開する。それが機首方向に伸びる。機首が開き、なにかしらの砲門が現れる。レールが移動し、砲門と一直線上に並んだ。
 一見、大型の磁気射出砲(レールガン)に見えなくもないが、それとは違うようである。
〈G・S・B展開終了。残りタイムはあと十秒。〉
「言い残すことは?」
「派手に行こうぜ!」
 カイルはどんなときも動じない。
「失敗したらただじゃすまねえな。」
 ヒューイの口調にも余裕が感じられる。
「あとは皆さんを信じるだけです。」
 リーナの声には不安と緊張、そして恐怖が混じっていた。
〈カウント。3…… 2…… 1……〉
「イオンジェットエンジン、フルパワー!」
〈了解。減速を開始いたします。〉
 その言葉を引き金にグリフォンのエンジンが紅蓮の炎を吹き上げた。
 惑星バーンを滅亡から救う最後の賭けが始まった。
 ただし、持ち札は一枚のJOKERだけ。
 賭けるチップは三十億の命。
 賭け率は微妙なところである。

 筆舌につくしがたいプレッシャーがグリフォンとその内部を襲う。
 慣性制御が働いているコクピットでも地球の五倍の重力がかかっている。そのほかの区域ではそれ以上である。
 戦艦の主砲にも耐えきる装甲が悲鳴をあげている。グリフォンを形作っている構造材がきしみ、歪もうとしている。
 限界を越えた出力を発しているエンジンが異常な振動をおこす。エネルギーを生み出すジェネレーターが暴走する寸前まで酷使される。
 装甲の一部が振動でパラパラと剥離を始めた。銀色の光が宇宙空間を流れていく。
 普通の宇宙船ならこんな加速したとたん、いや普通の宇宙船では不可能な加速ではあるが、とうの昔に木っ端微塵になっているだろう。
 グリフォン内部で幾度も爆発がおきる。Gによるショックが内部に被害をあたえ始めていた。
〈格納庫、製作室、武器庫などで爆発事故発生。周囲のブロックに被害がでてきました。
 この事故により、ファイヤー、サンダー、タイガーに中破程度の被害が生じました。〉
 グリフォンの報告にも答える声はない。
 四人とも五Gのプレッシャーに歯を食いしばって耐えている…… いや、訂正。カイルは別なようである。
「爆発事故だぁ? 火事でも起きてるのか?」
 激しい振動がカイルの声にビブラートをかける。さすがに平穏無事というわけにはいかないが、それでも他の三人よりはずっと平気な顔をしている。
〈……よく声が出せますねえ。〉
 その言葉にカイルはシートに半分めり込んだ丸太のような腕をひっこぬいて親指を立ててみせた。
(人間技とは思えませんねえ。)
 口には出さないがグリフォンはそんなことを考えていた。
 備え付けられている耐Gシートも気休めにしかならない。内臓が潰され、骨が砕けそうになる。
 悠長に見ている人間はいないが、コンソールパネルのいたるところに船体の異常を示す赤ランプが点灯している。時間とともにそれは増えていった。
 スクリーンの類も半分近くブラックアウトした。いつの間にかに照明が赤い非常灯に切り替わる。
 船体のきしむ音や何かが壊れるような音、そして爆発音が断続的に聞こえてくる。
〈もう保ちません!〉
 グリフォンが珍しく悲鳴のような声を上げる。グリフォンといえども限界に近い。空中分解寸前である。
「馬鹿野郎! 三十億の命がかかっているんだ。泣き言を言うんじゃねえ。」
〈しかし……〉
 半分泣きそうな声で弱々しくグリフォンが言う。しかしそれをさらにカイルが一喝する。
「やかましい! おめえはジェラードに造られたんだろ。俺はあいつを信頼している。あいつができるって言ったんだから、絶対うまくいく。わかったな!」
〈……はい。
 ……射撃予定位置まで、あと五三秒です。少なくともそれまでは…… 壊れないよう祈りましょう。〉
 時間の経過が何十倍にも長く感じられる。しかし、ついに運命の時間はやってきた。
 唐突にコクピットに正常な重力が戻ってきた。体の重圧が消えてなくなる。
〈減速停止。一四秒以内に撃って下さい。それを過ぎると次はもうありません。〉
 運よくメインスクリーンはまだ生きていた。例の小惑星が眼前に見える。手をのばせば触れられそうだ。
〈エネルギー充填率、二三〇…… 二五〇…… 二七〇……
 ジェネレーターが過負荷(オーバーロード)をおこしそうです。 ジェネレータースクラム(緊急停止)。
 全エネルギーをG・S・Bにまわします。
 この時点で充填率三二四%、これが今の状態では限界です。〉
 訓練の賜物かすぐに意識が明瞭になったヒューイはすかさず操縦捍を握る。すばやくカウンターをあて、グリフォンに残っていた振動を打ち消してから、船首を小惑星の真正面に向ける。
 カイルがターゲットスコープの中心に小惑星を合わせる。
「吹き飛べっ!」
 怒号とともにトリガーを引く。しかし、グリフォンから何一つ発射される形跡はない。
 発射機構が故障したのか。ヒューイとカイルの心に恐ろしい考えがよぎった。
「G・S・Bはだなぁ、」
 背後でふらつく頭をおさえながらジェラードが立ち上がる。そして、横にいるリーナに合図を送った。
「乗っている搭乗員すべてが同時に発射ボタンを押さないと発射できないようにできています。」
 リーナが言葉を続ける。いくつかのキーを操作すると各人のコンソールパネルに赤いボタンがせり上がってきた。
〈残り五秒。四……〉
「時間がない…… リハはなしだ。
 第一級命令、
 ギガ・ストーム・ブラスター、」
 ここでジェラードが一瞬言葉を切る。
『発射!』
 打ち合わせも何もなかったが、期せずして呼吸が合い、四人の声がハモった。
 四人の指が同時に発射ボタンを押す。
 次の瞬間、宇宙が白く染まった。

 

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