第二十五話 降臨

 

 

「若…… なんということを……」
 バロンの居城。その一室で半ば茫然自失とシャドウブレイカーが夢魔を倒すのを老人は見ていた。
 が、すぐに気を取り直してセカセカと動き出す。
「このことは知られてはなりませぬ。若の為にも……」
「あら、何してるの?」
 と、女性の声が老人の動きを止める。
 その登場はあまりにもタイミングが良すぎた。まるで見計らったかのように……
「あら“黒き暴風”ちゃん、どうしたのかしら? このままじゃ大変なことになっちゃうわね。」
 くすくす、と小馬鹿にしたような笑い声だけが闇の中に響いたのであった……

「……道場?」
「うん、そうなんだ。」
 学校帰り。麗華と一緒になった美咲。前までは学校の行き帰りをリムジンで送迎してもらっていたのだが、しばらく前からこうやって歩くことが増えている。
 健康や美容の為もあるのだろうが、やっぱり麗華も「変わってきた」というところなのだろう。
「隼人くんのね『お師匠様』なんだって。」
「隼人の? ふ〜ん、面白そうね。」
「今日も急いで帰っていったみたいだから、しごかれてるのかなぁ?」
「厳しい人なの?」
「う〜んとねぇ……」

「おらおら、何やってる! とっとと走らんかぁ!」
 隼人は昔のカンフー映画の修行シーンのように桶をつけた天秤棒を肩に担いで走らされていた。桶には水が並々と満たされている。
 同じような天秤棒を何故かバロンも肩に担いで走っていた。二人とも上半身裸ながら、さんざん走らされてるのか汗だくである。
「なぁ。」
 そろそろ息が切れつつあるバロンがこれまた同じく息が切れつつ隼人に並ぶ。
「なんだ?」
「こっちの世界はよく分からんが、これって意味あるのか?」
「……考えない方がいいぞ。」
「おらおら! 後二往復!
 水をこぼしたり、歩いたらもう一往復追加だからな!」
 玄庵の怒鳴り声が境内に響く。
「なぁ。」
「なんだ。」
「なんで俺までこんな事をしてるんだ?」
「……考えない方がいいぞ。」

 カタカタカタカタ……
 研究所の地下にキーを叩く音が響く。
「ふむ……」
 三つの画面を前に考え込むような顔をしている少年――謙治の後ろから小鳥遊が覗き込む。
「調子はどうですか?」
「そうですね。ボチボチというところでしょうか?」
 特に驚きもせず謙治が応える。
 いくつかのキーを叩くと、ワイヤーフレームで描かれたカイザージェットが画面に表示された。
「カイザーの改造計画の一環でして、これでカイザーの能力を十二分に引き出せるはずです。」
「ほぉ。」
「カイザーもフェニックスブレイカーと同様の欠点を抱えてまして、飛行能力にパワーを喰われてまして、カイザージェット時の攻撃能力強化、及びカイザードラゴン時の飛行能力の付与を考えました。」
 キーを叩くと、カイザードラゴンの背にランドセル状のメカが加わる。
 それはカイザードラゴンの背で翼と追加のブースターとなり、更に肩にキャノン砲が搭載され、遠距離攻撃力も増すように作られているようだ。
「でも…… これだけじゃないのですよね?」
 小鳥遊の問いに謙治はニヤリと笑みを浮かべた。
「ええ、無論です。
 ただ、まだ内緒にしておきます。
 ……神楽崎さんを驚かせたいですから。」
「なるほどなるほど。
 そういうことですか。それなら私も聞かないでおきましょう。
 ところで……」
 ふと気付いたように小鳥遊が地下室を見渡す。普段はなんだかんだで人が多い――それこそ和美も頻繁に出入りするようになったし――のに、今日は謙治と小鳥遊の二人しかいないようだ。
「皆さん、何処へ行ったんでしょうね?」
「さぁ……」
 応えてから謙治が大きくアクビした。
「……なにか眠そうですね。」
「ええ、これの最終チェック他で最近夜更かしが続いて…… ふぁ〜あ。」
 コンピュータに向かっていたせいもあるのだろうが、なんとなく目がショボショボしておことなく傍目からも「大丈夫?」と聞きたくなるような雰囲気だ。
「精神疲労が溜まってますね。ブレイカーマシンに乗るときは注意が必要が必要です。」
「気をつけます。
 ……それこそ、身体でも動かして気分転換するのも良いのかも知れませんね。」

 ハァハァハァ……
 ゼイゼイゼイ……
 今度は「立てた板に逆さ吊りになって、頭の所にある桶から、湯飲みで水を汲んで、高いところにある別の桶に腹筋で水を入れる」という「修行」をやらされていた隼人とバロン。映画のようにズルはしなかったものの、疲労困憊汗まみれで大の字になって本堂の畳の上で転がっていた。
「なんでぇなんでぇ、だらしねぇなぁ。」
「…………」
「…………」
 気楽な物言いの玄庵に「てめぇもやってみろ」という言葉をどうにか飲み込んで息を整える。というか、口を開く体力もない。
 しばらくそうしていると、長い石段を駆け上がってくる足音が聞こえてくる。なんとなく、その正体に気付いたのか急にそわそわしだす二人。
「ん? この無駄に元気な足音はあのちっこい嬢ちゃんだな?」
 玄庵の言うとおり、程なく美咲が本堂に飛び込んできた。
「……うわ、二人ともどうしたの?」
 畳の上に横たわる二人を等分に見て不思議そうに首を傾げる。と、興味津々と羨望を足して二で割ったような表情を浮かべる。
 ペチペチ。
「…………」
 ペチペチ。
「…………」
「……二人とも凄い筋肉。いいなぁ……」
 と、寝ている二人の裸の大胸筋のあたりを触る美咲。
 上半身裸程度で顔を赤らめられても困るが、こういう風にされるのは更に対処に困る。どうしたらいいか困っていると、もう二つ足音が聞こえてきた。
「……何やってるの?」
「こんに……
 きゃっ! な、なんで二人とも裸なんですか!」
 前者の醒めた口調は麗華、後者の思わず目を手で覆ったのは和美である。
 普通はこうだよな、と思いつつ、寝転がって若干体力が回復した隼人とバロンがモソモソと服を着る。
 ちょっと残念そうな美咲の顔が気になったと言えば気になったが。
「あれ? そういえば和美ちゃんどうしたの?」
 人が集まった、ということでちゃぶ台を囲んでお茶を飲むことに。
「ええ、きっとお兄ちゃんこっちに来てると思って……」
「石段のぼってたら和美ちゃんが見えたから、一緒に来たのよ。」
 と、麗華は美咲より遅れた理由を述べる。その頃美咲は二人の筋肉が気になっていたわけだが。
「……んで、ちっこい嬢ちゃんも少し身体動かしていくか?」
「え? う〜ん……」
 急に玄庵に話を振られ、口ごもる美咲。と、少しだけ考えてコクンと頷いた。
「……私も、」
 と、不意に麗華も口を開く。
「何か教えてもらえないかしら?」
「あ〜 やめとけやめとけ。」
 いきなりの物言いに麗華が訝しげな顔をする。
「護身術、ってトコだろ? そんなもんちょっと憶えると変な自信がついてよけいヒドイ目に遭うって。」
 手をヒラヒラさせる玄庵。
「素人が出来る最大の護身術は助けを求めるのと逃げるこった。」
「…………
 違うわ。槍か長刀を憶えたかったんだけど…… 止めた方がいいかしら?」
「はぁ?」
 玄庵は不思議そうな顔をするが、美咲と隼人とバロン。そして和美も何となく理由が見当ついた。
「んまぁ、何か知らんが目的があるなら、止める理由はねぇな。
 が、俺は武器は苦手だから、そっちの嬢ちゃんに教えてもらえ。
 ……できるだろ?」
「う、うん……」
 格闘以外にも美咲は祖父の教えもあって武器の扱いも一通りできたりする。一番の得意は棒術だが、剣でも槍でもよほど特殊な武器以外は使えるのだ。
 だが、武器を使ったところを見せてないのに、それを見抜いたのは玄庵の隠れた実力なのだろうか?
「そうね。美咲に習うならいいかしら?」
「まぁ、やるのはいいが、やるならちゃんと着替えてからにしろな。
 またそこの健全な若者が血迷うぞ。」
『おい……』
 文句を言うものの、そのせいで失態を見せている隼人とバロンの語調は弱い。
「心配無用よ。」
 学校帰りで制服姿(まだ夏服なので白を基調としたセーラー服)の麗華が携帯電話に二、三言連絡することしばし。十五分ほどで美咲と麗華、そして和美のサイズに合わせたトレーニングウェアが用意される。
「これで問題ないでしょ?」
 麗華がニッコリと笑みを浮かべた。

 ブン、ブン、と棒状の物が空を切る音が響く。
「う〜ん、まだまだ振りも遅いね。」
 槍を模した練習用の棒を美咲相手に振る麗華。当然ながら動きは全くの素人で、美咲はホンの少し身体を動かすだけで避けていく。手に防御用の木の棒を持っているが、使う必要も無いようだ。
「……思ったよりも大変なものね。」
 広い境内の真ん中で美咲と対峙していた麗華だが、慣れないことにすっかり息が上がっていた。
 美咲とか隼人とかの化け物がいるせいで目立たないが、麗華も人並み以上くらいの運動神経は持ち合わせている。
「まずは力を抜いて、長さを利用した遠心力で振るの。振るのはそれで十分。後は当たった時に力を込めるように……」
 だからちょっとしたコツさえおぼえさえすれば、すぐに棒を振る音が風を斬る音に変わる。
「そうそう、そんな感じ。」
「折角だから、師範の腕前を拝見したいわね。」
 和美から手渡されたタオルで汗を拭いながら、いきなり麗華がそんなことを言いだした。
「あ。あたしも見てみたい!」
「え〜?」
 二人にそんな風に言われ、不承不承としょうがないなぁ、の中間くらいの顔で麗華から渡された棒を手に取る。
 軽く振り回して、具合を確かめる。
 よし、と小さく呟いてから、一瞬だけ構えをとって棒を振り始める。いや、美咲の動きはそんな「振る」という程度ではない。
 空気ごと断ち切るような鋭い音が響く。単なる演舞でないのは棒に込められた気迫で分かる。端で見ている二人にもビリビリ伝わってくる。
「すごい……」
「すごいです!」
 心底驚嘆の声をあげる二人にえへへ、と照れ笑いを浮かべて頭をかく。でもその反対の手では絶え間なく棒を動かしている。
 最後に一瞬だけ空いた片手を棒に添えると、ビシッ、と脇の下に挟むように棒を構えて止まる。
 静から動。動から静。その変化の速さがまた美咲の腕前を示すことになる。
「おぉおぉやるねぇ、嬢ちゃん。
 ……おい、そこの黒いの。」
 それをいつの間にかに眺めていた玄庵が、今度は薪割りをさせられていたバロンに声をかける。
「俺か……」
「ほれ。」
 黒いの、と言われて渋い顔をしたバロンに木の棒を一本放り投げる。美咲の持っている物よりは短いので、剣のつもりなのだろう。
「お前、剣使えるんだろ? ちょっとやってみろ。」
「…………」
 同じく薪割りをさせられて、割った薪を背負っている隼人は複雑な表情だ。
 自分も美咲とやってみたいのか、それとも美咲の身を心配しているのかは不明だが、自分ではどうしようもないのが苛立たしいのかも知れない。
「まぁ、模擬戦と言うことで気楽にやれ。」
 と言葉通りに気楽に言う玄庵。バロンは渋々と美咲の前に立つ。
 礼をするかのように二本の棒が一度触れ合ったかと思うと、棒が霞むくらいの速度で動き出した。
 カコンカコン、と小気味いい音が響く中、笑顔の美咲と心底真剣な表情のバロンが妙に対照的だ。
 剣と槍では一般的に槍の方が有利とされる。長さに差があるからとか色々理由があるが、三倍段とも言われたり同じ腕前なら槍使いの方が強いとされる。
(というか、ミサキは前に俺の本気の一撃を止めてたよな……)
 美咲の棒を防ぎながら、どうにか「剣」の間合いに踏み込みたいバロン。しかし、なかなか隙がない。
 フェイント気味に放った一撃をわざと肩で受けて間合いを無理矢理詰める。美咲が一瞬驚いたような顔を見せた。さすがに相手が防御すると思ってるからある程度本気で戦っているが、それでも生来の優しさというか甘さで軽いとはいえ打撃が入ると力が緩んでしまうのだ。
 弱点をつくような行為はちょっと心苦しかったが、そうでもしないとまた醜態をさらしそうだったからだ。
 と、受けさせるために放った一撃が妙に手応えが無くすっぽ抜けた感じになった。
「あ、そうそう、」
 玄庵の声と、棒を叩いた軽い音がした瞬間、バロンは自分の判断を誤ったことに気付いた。
 剣の間合いよりも更に狭い拳の間合いに小柄な人影が飛び込んできて、至近距離で蹴り上げを喰らう。
 それをギリギリでかわした瞬間、美咲が手放した棒がカランと落下した。
「あんまり武器に固執しているとやられるぞ、って言いたかったんだが…… 遅かったな。」
 棒を手放すタイミングを逸したまま、美咲の手に身体を掴まれる。不意に天地が逆転し、背中から落ちて初めて投げられたことに気付いた。それと同時に美咲の足が落ちた棒を跳ね上げ、構え直す。起きあがる前に棒がバロンに突きつけられた。
「そこまでにしとくか。
 ……しかし、見事に二連敗だな。今回は油断したとか言い訳は聞かねぇぞ。」
 と、玄庵に試合を止められた。
「ああ……」
 これが実戦だったら、と思うとバロンは背筋が冷たくなった。もし、本気で少女と命のやりとりをすることになったら勝てるのか。いや、それ以前に戦うことが可能なのか……
「どうしたのバロンくん?」
「いや……」
 美咲が同じ笑顔で見上げてくる。バロンは無理矢理思考を断ち切ることにして、ニヤリと含みのある表情をした。
「三回目は無いようにしっかり作戦を考えてたのさ。」
「うわ、ボクも何か考えた方がいいかな……?」
「止めておきなさい。美咲は考えるだけ無駄よ。その場で思った通りに動いた方が早いわ。」
 タオルを持ってきた麗華がいつもの口調でそう言う。無論、本気の発言で無いのは口元に浮かんだ笑みで分かる。
「でも…… 麗華さん、言い方ひどくありません?」
 バロンの分のタオルを持ってきた和美が困ったような苦笑をする。
「いいのよ。いつもの事だから。」
 サラッと言ってのける麗華だが、隣で美咲がう〜と不満げな顔で唸っているのが見える。
 端から見ると、なんとも仲むつまじい微笑ましい光景だ。

「……お前は混ざらなくていいのか?」
「別に。」
 何となく不機嫌な声の隼人。玄庵はふ〜ん、と呟いてから口調も変えずに聞く。
「ところで…… 黒いのとあの嬢ちゃん取り合っているのか?」
 ブフッ!
 飲んでいたお茶を噴き出した隼人。なんかお約束というか、わざとらしくも見えるが、実際にこうなるから仕方がない。
 気管に入ったのが、ゲホゲホ咳き込むのを醒めた目で見つめる。
「……図星か。」
「ゲホッ…… な、なんでそうなる!」
「まぁ、気にするな。ちょっと思っただけだ。……で、実際の所どうなんだ?」
「知るか。」
 さっきとは別の、しかし根本は変わらない理由で不機嫌になった隼人。
 そんな少年の様子に和尚に茶のおかわりを頼んでから「若いねぇ……」とつぶやいたとかどうとか。

「若さを過信してはいけませんよ。
 まぁ、確かに常人よりも精神力が高いのでそれに付随する回復力も高いのですが……」
「あれ? そうなんですか?」
 さも驚いたような謙治。
「そうなんですか、って何がですか?」
「ええ、精神力が常人よりも……って話です。」
「高いですよ。」
 あっさりと言うと、謙治が触っていたのとは別の端末に指を走らせる。
 美咲たち四人の名前と和美の名前が立て一列に並び、その横に棒グラフが伸びる。美咲が際だって長く、隼人・麗華・謙治・和美の順に長い。
「美咲さんは別格として、更に和美さんも平均以上の精神力ですが、皆さんそれ以上です。
 特に謙治君は元の精神力が高くなかったせいか、成長率はめざましいものがあります。」
 初期値と現在値が色分けされて表示される。確かに言うとおり謙治は最初に比べると大きく伸びている。
「そうですねぇ…… 今の謙治君ならスターローダークラスのマシンでも楽々実体化・維持が可能ですよ。」
「……そうなんですか!」
 さっきとは別の驚きで思わず立ち上がってしまう。
 小鳥遊を無視した訳じゃないのだろうが、さっきまで自分が向かっていた端末に向き直ると、流れるような動きでキーを叩き始める。
「まだかな? と思ってましたが、そこまで僕のキャパシティが上がっているなら、こっちのプロジェクトも最終段階に入った方がいいですね……」
 ブツブツ呟きながら、画面に映る文字に目を走らせる。
「……まだAIの成長が遅いかな?」
「ほぉ、AI搭載型ですか。私も見ていいですか?」
「あ、お願いします。さすがに独学なんで分からない部分も多くて……」
 謙治と入れ替わりで端末の前に座る小鳥遊。データを流し読みしてから、他の端末を立ち上げて内部のデータを転送する。
「ちょっと古い物ですが、昔私が使ったAI育成用の環境ソフトです。
 どうやら英語設定のようなので、アメリカで使ってた物がそのまま使えそうです。」
「アメリカ?」
 謙治は不意に違和感のある地名を聞いて思わず聞き返す。
「あれ? 言いませんでしたっけ?
 私、昔アメリカの大学にいたんですよ。そこで心理学を専攻し、その研究の一環でAIとかの基礎知識とかも勉強したんですよ。」
「なるほど……」
 何か引っかかるところはあるのだが、それが何か分からないので納得しておく。
 ともあれ、小鳥遊の入れたプログラムが功を奏したのか、AIの活動が活発になる。
「これで認識力が実用レベルになるかと思われます。」
「へぇ……」
 早速、状態を確認しようとする謙治を小鳥遊が押しとどめる。
「とりあえず二四時間は放っておいて下さい。新しい玩具が手に入って気になるのは分かりますが。」
 自分にも経験があるのか、苦笑混じりの小鳥遊。謙治も思い当たるので、同じく苦笑いしながら座り直す。
「しょうがありません。明日を楽しみにします。
 ……と、小鳥遊博士の仰るとおり、少し仮眠とりますね。」
「ああ、その方が……」
 いいですね、と言いかけた言葉は硬質の電子音に遮られる。
「……そうもいかないようですね。」
 複雑な表情で顔を見合わせると、二人はすぐさま端末にとりついた。
 夢魔は夢幻界と現実世界を結ぶ穴から発生することが今までの事例から判明している。研究所の設備しか使えないため大した精度ではないが、夢魔の発生位置を補足できるようになっていた。
「監視衛星でも使えるといいんですけどね。」
 口調だけで軽く言うと、小鳥遊も同じような調子で返す。
「そんな大きい物常時リアライズしてたら身体が持ちませんよ…… と、」
 コンピュータの解析が終わり、画面に地図が現れる。
「港の方ですね。
 エネルギーレベルが高いので、不可視でない限り現地に行けば場所の特定は容易いと思われます。」
 それを聞き、自分でも場所を確認した謙治はすでに立ち上がっていた。
「皆さんに連絡お願いします!」
 駆け出す背中を見ながら、先頭サポート用のシステムを立ち上げ、それを確認しながら小鳥遊は電話を取り上げた。
「……うまく繋がるといいですのが。」

「……なんか聞こえたか?」
『気のせいだ。』
 即答した隼人とバロンは玄庵を挟むように座っていた。二人に囲まれて、どうも落ちつかない様子。
 ちなみに女性陣は今汗をかいた、ということでお寺の風呂に入っている。無論、湧かしたのは二人が割った薪だ。
「よし、」
 気になるな、と立ち上がろうとする玄庵の肩を無言で押さえる二人。「またか」と言わんばかりの呆れた顔をしている。
「なぁ、俺は純粋に嬢ちゃん達を心ぱ……」
 肩に食い込む手の力が強まる。玄庵は心底分からない、という表情で溜息をついた。
「……なぁ、そんなに風呂を覗くのはいけないことなのか?」
 今度返ってきたのは無言かつ無造作に振るわれた拳二つだった。パシン、と小気味いい音が一つだけ響く。どうにか二人のパンチを受け止めた玄庵が冷や汗をかいていた。
「お前ら、今本気だったろ。」
 と、その本気のパンチを受け止めてジト目で二人を睨む。
「玄庵殿はまだまだ煩悩に満ちあふれておりますな。」
「うるせぇ。おめぇの言うところの『煩悩』あってこその人生だろ? ん?」
 振り返りもせず、いつの間にかに来ていた和尚にぼやく。
「一理ございますが、それをうら若き女性の柔肌を覗き見る理由するとはいただけませんな。」
「かぁ〜 これだから説教臭い坊主は嫌なんだ。」
 諦めたような口調でわめく玄庵。さすがに最初から隼人とバロンの二人に「妨害」されていたために、多少長風呂だとしてももうそろそろ戻ってくるだろう。
 程なく、二人分のパタパタという足音が聞こえてきた。美咲と和美が身体から湯気を上げながらやってくる。
「ちゃんと拭けよ。風邪引くぞ。」
 兄らしく妹に小言じみたことを言う隼人。和美もはぁい、と素直に応じ首にかけていたバスタオルでわしゃわしゃと髪の毛を拭う。何となく美咲も真似してわしゃわしゃとバスタオルを動かす。
 こうして見るとホントに仲の良い姉妹の様相だ。……同い年に見えるような気もするが。
 と、麗華が彼女には珍しく早足気味で、服装は整っているものの艶やかな髪も半分濡れたままだった。つまるところ何か急いでいるのだろう。
 皆の前に到着したときに自分の姿に気付いて簡単に身支度をする。
 あることに気付いてちょっと眉を潜めるが、何事もなかったかのように口を開く。
「美咲、『急用』よ。」
 淡々とした口調。だがその内容の意味することに美咲を筆頭に隼人・和美・バロン――つまりは玄庵と和尚を除く全員――が緊張の色を走らせる。
「私は先行くから、後から来てちょうだい。」
 それだけ言って、一礼をしてから去る麗華。その後ろ姿を見送ってから、美咲がバネ仕掛けのようにぴょこんと跳び上がった、
「あ、ボクも急用!」
 ギクシャクと動きながら、パタパタとお寺を出ていく美咲。「怪しんで下さい」と言われそうな態度だったが、それを指摘する者はいなかった。とりあえず。

 一足先に出た麗華がフェニックスブレイカーをリアライズさせると、小鳥遊の指示で夢魔の発生地点に向かった。
 小鳥遊曰く、謙治が一人で苦戦している、とのことで麗華はフェニックスブレイカーの速度を上げた。
 遥か遠くに空中に浮かぶ透明な球体と、その下で砲撃をしているロボットが見えた。
 ……何か違和感がある。
 間違いなく前で戦っているのは謙治の戦っているサンダーブレイカーのはずだ。
 シルエットが違う?
 飛行しながらそこまで考えて、少し先の地面に細長い物が落ちているのに気付いた。
「?」
 疑問符を浮かべるが、頭のどこかでは「それ」が何か気付いていた。ただ、それを理性が認めようとしないだけだった。
「……!」
 それはサンダーブレイカーの主砲・サンダーキャノンであった。普段は肩にマウントされている物だが、それが半ばほどで斬り落とされたような断面を見せていた。
 嫌な予感がよぎって更に速度を上げる。
 レーダーだけでなく、実際に目視できる距離に近づいたとき、麗華は思わず悲鳴をあげるところだった。
 まさに満身創痍のサンダーブレイカーが戦っていた。右肩のサンダーキャノンが失われていて、強靱なはずの装甲はあちこちが斬り裂かれ、貫かれていた。
「神楽崎さん! この夢魔は強いです。こまめに動きまわってください!」
 鋭く叫ぶものの、その声には疲労の色がうかがえる。幾ら反応性が低いとはいえ、あれだけのダメージを受ければパイロットにかかる消耗も激しい。
 更にいえば、麗華達は知らないが、睡眠不足による消耗が予想以上の負担となっていた。
「一度下がりなさい!」
 見かねて麗華が言うと、さすがに辛いのか、残ったサンダーキャノンを撃ちながら少しずつ後退する。
 しかしその細身の人型の夢魔は素早い動きでサンダーブレイカーから離れない。必死に回避しようとしているが、少しずつ傷が増えていく。
「気をつけて下さい。コイツの持ってる剣は超低温で物体の強度を著しく…… くっ!!」
「謙治!」
 夢魔の一撃が右肩を貫いた。それで右腕の稼働システムがやられたのか、右腕が力を失う。
「このぉ! サンダーショット!」
 動く左腕を上げると、手首が反転してビーム砲が現れる。その光線が……
「謙治ぃっ!!」
 完全に悲鳴になってしまった。
 一瞬の出来事だった。
 夢魔は腕と一体化した剣を振るいサンダーブレイカーのサンダーショットを左腕ごと切り落とした。ゴトンと剛腕が音を立てて落ちる。
 そして逆の手の剣が胸を貫く。その切っ先が背中を突き抜けた。
「くっ……」
 ダメージのショックが謙治の意識を揺さぶる。
 それでも反射的に拳をボタンに叩きつけると、腰部のランチャーからロケット弾が発射され、爆風が夢魔を遠ざける。
 だが直後、サンダーブレイカーがガクリと膝をついたかと思うと、その場に倒れる。
「謙治! 謙治!」
 夢魔のことを完全に忘れ、謙治に駆け寄る麗華。呼びかけても返事が無く、更にサンダーブレイカーの姿がブレるとその巨体が姿を消す。完全に気を失っているのか、謙治はピクリとも動かない。
「謙治! しっかりしなさい!」
 そんな隙だらけの麗華を見逃すはずもなく、夢魔が今度はフェニックスブレイカーを標的に定めた。しかし麗華にはそんなことに構っている余裕は全くなかった。
シェイプシフトッ!!」
「えいっ!!」
 隼人のウェアビーストが上空に跳び上がる寸前の夢魔を叩き落とし、フラッシュブレイカーの棍が薙ぎ払った。夢魔が再び遠くに飛ばされる。
「麗華ちゃん!」
「謙治! 謙治っ!!」
 美咲の呼ぶ声も聞こえない様子の麗華。謙治に必死に呼びかけている。
「……よし。
 バード・コンビネーションッ!
 フラッシュブレイカーの側から強制合体をかける。自分のコントロールを離れて、勝手に合体フェイズに入ったフェニックスブレイカーに麗華はやっと気付く。
「……待って! 謙治が、謙治が……っ!」
「麗華ちゃん、落ちついて!」
 普段とは逆の立場の発言をしている間にウィングブレイカーに天空合体する。
 ワザと空中で目立つように飛び、夢魔の狙いを自分たちに向けさせる。もし生身の謙治が戦いに巻き込まれたら最悪の事態は免れない。
 その間にウルフブレイカーの隼人が謙治を助けに行こうとするが、そっちにも夢魔の攻撃が来て向かうことが出来ない。ウェアビーストの超音速移動を使えば行けないことも無いが、そうすれば今度は謙治が危険だ。
「この……っ! ファイヤーソーサー!」
 麗華も必死に攻撃するが、俊敏に避けられる。フレイムスラッシャーを抜くが、相手の隙は少ない。
 ここままでは倒すどころか、謙治を救出するのもままならないことに、三人の心に焦りが生じ始めていた。

「ケンジが倒されたか…… しかもどう見ても苦戦しているな。」
 口調は仕方ないな、と言わんばかりだがバロンは楽しげな笑みを浮かべ左腕を水平に伸ばす。
「来たれ闇の翼……」
「お待ち下さい、若っ!」
 腕のブレスレットのクリスタルが光を放つ寸前、老人がバロンの前に現れた。
 老人は両手を広げ、懇願の声をあげる。
「ミサキ殿達と敵対せよとは申しませぬ。しかし今一時、助力をお控え下さいませ!」
 その真剣な表情に、バロンは気圧されて伸ばした左腕をおろす。
「爺……」
「申し訳ございませぬ。
 しかし若は今、ひどく微妙な位置におられます。しばしご自重の程を……」

「……謙治。」
 地面で気を失っている謙治が気になって集中できない。
 その間にも夢魔の攻撃が迫る。
「どうしよう……」
「くそっ、近づけねぇ。」
 避けるので精一杯のウィングブレイカーとウルフブレイカー。このままでは……
「待って! 何か来る!」
 美咲の言う方向から砂煙が見える。
「まさか……」
 麗華が呟くと同時に姿が見える。
「美咲! 分離するわよ。
 二人とも効かなくてもいいから夢魔に集中攻撃!」
「うん!」
「分かった。」
 分離して三方から攻撃を仕掛ける。
 夢魔も全ての目標に水流を放つために、他が疎かとなる。その中を一台のリムジンが駆け抜けた。
 流れ弾が時折地面を抉ったり、リムジンを掠めるように飛ぶが、それを巧みなハンドルワークでかわしていく。
 そして倒れている謙治の側に停まると、中から麗華の家の運転手が出てきて気絶している謙治を中に引きずりこむと、一目散に走り去る。
「ふぅ……」
 安堵の息が洩れる。
 きゅっ、と操縦桿を握り直し、緊張で乾いた唇を湿らす。
「さて…… 心配事は消えたし、合体して一気に倒すわ……」
 そこでハッと気付く麗華。
「そうか。謙治がいないから、ナイトブレイカーもフレイムカイザーも使えないわね。
 どうしたら……」
 こういうのを考えるのも謙治の仕事だったわね、と謙治の脱落がここまで響くとは思わなかった。

 運転手の手で研究所まで運ばれた謙治。事態が切迫していることもあり、リビングのソファに横たえられる。
 その間も小鳥遊は地下で敵の能力を分析し、戦い方を考えていた。
「相手の攻撃速度を考えると、カイザードラゴンやスターブレイカーでは謙治君の二の舞になりかねません。
 ウィングブレイカーで倒すしかないようですね。」
『できるかなぁ……』
「いや…… それ……では無理か……と。」
 ふらつく身体をおして、謙治が地下に降りてくる。
「謙治さん! 休んでなきゃ駄目ですよ!」
 夢魔の出現と共に研究所に来た和美に止められるが、それをそれにも構わず端末の前に座る。
「システムの最終……調整を……」
 飛びそうになる意識を無理矢理おさえてキーを叩く謙治。自分にも戦場にも時間が無いから、目まぐるしい速さで流れる文字を見もせずに設定を行う。
「よし……」
 最後のエンターキーを押すと、安堵したように息を吐く。
「あとはプログラムを転そ……」
 言いかけて、ふっと目から光が消えると、椅子ごとその場に倒れ込む。ただでも限界を超えていたのが一気に来たようだ。
「謙治さん!」
「謙治君!」
 再度倒れた謙治を寝台に寝かせると、さっきまで謙治が触っていた端末を覗き込む小鳥遊。その顔が渋いものとなる。
「……参りましたね。」
「どうしたんですか小鳥遊先生?」
「正直に言うと、私では理解できません。」
「え?」
「多少はブレイカーマシンの研究をしていましたけど、ここまで複雑化してしまうと私の知識では手が……」
 小鳥遊が出来ないのなら当然和美にも出来るはずがない。更にいえば美咲たちにも無理である。
 せっかくの逆転の手も意味がないのか。通信を介して状況を知った美咲たちにも諦めムードがよぎりそうになる。
「……僕がやってみていいですか?」
 そんな声が不意に地下に聞こえてきた。

「……良くん?!」
 その正体に気付いたのは和美が最初だった。木崎良、和美が入院していたときに知り合った同年代の少年だった。
 コンピュータが得意で、過去に研究所にハッキングをかけて、バスタータンクのデータを盗んでしまったことがある。
 足の手術で入院していたのだが、リハビリをしても無駄と達観していたのを謙治の一言で心を入れ替え、それ以降謙治を師匠と仰いでいた。
 まだ完全に治ってないのか杖をつきながらではあるが、ちゃんと自分の足で歩いていることに驚き、そしているはずのない研究所にいることに二重に驚く和美。
「どうしてここに……?」
「彼は……?」
 二人の疑問を余所に、おぼつかない足取りながらもさっきまで謙治が触っていた端末までたどり着く。
「詳しい話は後で。
 師匠……いや、謙治さんのシステムなら何度か見たことあるので……いや、これならできそうです。」
 ざっと画面に目を通し、目まぐるしい速さで指がキーを叩く。
「ブースタータンクを使うから、こっちにデータを……」
 ブツブツ呟きながら操作するさまはまさに謙治を見ているようだ。
「麗華さんに通信したいのですが。」
 一通り何か終わったのか、振り返りもせずに呟き程度の声で言う。
 言われた小鳥遊はヘッドセットを接続して良に手渡す。正体は不明ながら和美を、そして麗華や謙治、更にはブレイカーマシンのことを知っているということが、信頼に足る人物と判断させた。
 そして年齢や正体は関係なく、彼が勝利をもたらす鍵であることを内心感じていた。

『麗華さん、聞こえますか?』
「誰……?
 ……もしかして良?」
 聞き覚えはあったが、現在の状況とは繋がらない声で麗華には誰か分からない。
『ええ、そうです説明は後です
 謙治さんが最終設定まで終えて、また倒れてしまったので、僕がサポートします。』
 真剣な口調と内容、そして相手のことが分かって、麗華は姿勢を正す。
「謙治の様子は?」
『小鳥遊博士の説明ですと、精神疲労が溜まっているだけで休養さえとれば問題ないそうです。』
「そう……」
 冷静な口調で返しているつもりだが、その声には安堵の色が見える。
『カイザーとブースタータンクを喚んで下さい。合体プログラムを転送します。』
「カイザーと…… ブースタータンク?
 それに合体ですって?!」
『ええ、そうです。ただ、まだ合体テストをしていないので……』
「大丈夫よ。」
 その良の言葉を途中で遮る。
「あなたの師匠……謙治はここ一番じゃ絶対失敗しないのよ。」
 そう言う麗華はどこか誇らしげだった。

カイザースクランブル!
 ブースタータンク、リアライズッ!
 麗華の召喚に応じ、空と大地から二体のマシンが現れた。それと同時に研究所からプログラムが転送される。
 コクピットのディスプレイにフェニックスブレイカーを含めた三体のマシンと、その完成形が表示される。
「ふぅん…… なるほどね。
 行くわよ、カイザー!」
〈畏まりました!〉
グレート・コンビネーションッ!
 フェニックスブレイカーを先頭に変形したブースタージェット、そしてカイザージェットが並ぶ。
 フェニックスブレイカーが急上昇し二機だけが並ぶ。カイザージェットが速度を上げて、ブースタージェットに衝突する寸前、ブースタージェットが幾つかのパーツに別れた。
 光に包まれたカイザージェットがカイザードラゴンに変形し、フレイムカイザーの時と同じような合体フェイズに入る。
 頭が胸に移動し、腕を折り畳む。背部のパーツを下に降ろさずに、停止する。
 分割したブースタージェットが両腕・両足・胸アーマー・翼とブースターになって変形したカイザードラゴンに合体。
 フェニックスブレイカーが戻ってきて、畳んだままの背部パーツの隙間に合体。ブースタージェットの翼と合わせてX型に翼が展開する。
 王冠状のパーツが現れたフレイムカイザー…… いや、
竜・神・降・臨!
 グレートフレイムカイザーッ!!
 Gフレイムカイザーの頭部に装着され、胸の龍を含めた四つの瞳に炎が灯った。
〈おお…… 全身から力が漲ってきます。〉
「当然よ。」
 冷静に言いながらも、何か嬉しくて笑みがこぼれそうになるのを何とか堪える。
「ぼやぼやしてないで一気に行くわよ!」
〈畏まりました!〉
 翼を広げ炎をの尾を引きながら、苦戦している美咲と隼人の前に躍り出る。
〈笑止!〉
 放たれた水の刃を掌の先に発生させた高温の結界で一瞬のうちに蒸発させる。
「遅れて悪かったわね。」
「麗華ちゃん! うわ、凄い……」
「……そんなもんがあったなら、さっさとやりやがれ。」
 素直に驚く美咲と、悪態をつく隼人。
〈遅れた分、しっかり働きますぞ。
 ドラゴン・フレアッ!
 胸の竜の口が開くと、そこから巨大な火球が吐き出される。火球は迎撃に来た水流をあっさり蒸発させながら夢魔を直撃する。その衝撃と高温が夢魔の半分くらいの水を一撃で吹き飛ばす。
 自分の攻撃を無効化し、なおかつ自分を消滅させかねない存在に、夢魔は新たな反応を見せた。
 フヨフヨと海の方に移動する。海面近くにまでたどり着くと、海水を吸い上げ始めた。
 失われた体積がみるみる回復していく。最初に現れたよりも大きくなっていた。
「キリがないわね……」
 数発火球を放ってみたが、その度に水を吸収して元通りになってしまう。
「隼人くん、凍らせられない?」
「もう少しパワーがあればなぁ……」
「……待って。出来るかもしれない。」
 美咲はフラッシュブレイカーをウルフブレイカーの背後に立たせて、手を肩に乗せる。
「ボクのエネルギーも使って!」
フラッシュブレイカーの手からウルフブレイカーにエネルギーが送り込まれる。一時的にだがパワーレベルが上昇した。
「……よし、行ける。神楽崎!」
「分かってるわよ!
 カイザー・インフェルノッ!!
 ドラゴン・フレアとともに、両腕椀のブースターキャノンを筆頭に全身の武装から放たれた攻撃が一つにまとまって、巨大なプラズマ火球となる。そのプラズマの塊は夢魔の核を包む海水の大部分を吹き飛ばした。
マキシマム・ブリザードッ!!
 二機分のパワーの猛吹雪は海水を吸い上げようとした格好の夢魔をそのまま凍り付かせた。
「麗華ちゃん!」
「オッケー……
 いくわよ、カイザー!」
〈おおっ!
 ドラグーンランサーッ!!〉
 Gフレイムカイザーが右手を上げると、炎が手の中に集まって一本の炎をまとった長槍となる。そのランサーを構えた。
 ふとその感覚が麗華にも伝わってくる。なるほど、美咲に習ったことがもう役立ち始めている。
マグマドラゴンッ!!
 ランサーを地面に叩きつけると、地面が割れ烈火が沸き上がる。その中から灼熱の炎でできたドラゴンがゆっくりと姿を現した。
 颯爽とそのドラゴンにまたがると、空中で凍結している夢魔に向かって飛ぶ。身体から溢れる炎がまるで深紅のマントのようだ。
「これでお終いよ!」
〈お覚悟!〉
 マグマドラゴンの背を蹴り跳躍。マグマドラゴンの身体が夢魔を貫いた直後、Gフレイムカイザーが大上段からランサーを振り下ろした。
カイザー・ゴッド・スラッシュッ!!
 白熱したランサーが氷を砕くと同時に蒸発させ、夢魔のコアを一刀で両断・融解させた。
 空中で停止したGフレイムカイザー。胸の竜が高らかに咆吼した。

 ショリ…… ショリ…… ゴリ……
「あ……」
(あれ?)
 ショリ…… ショリ…… ゴリ……
「難しいわね……」
 妙な音と呟きが聞こえて、ふと謙治は目が覚めた。何かしなければいけないことがあったような……
「はっ! データの転送を……」
「黙って寝てなさい。」
 起きあがろうとして肩を押さえられた。そんなに強い力では無かったので、起きあがろうと思えばできたのだが、それは止めておく。目の前に刃物が見えたからだ。
「あの…… 神楽崎さん。果物ナイフしまってもらえますか?」
「あ……」
 言われて始めて気付いて、ちょっと照れたように手を引っ込める。そしてその「作業」に再び集中し始める。それが彼女流の照れ隠しであることはすぐに分かった。
「…………」
「何?」
 ジッと見ている謙治に、その理由はなんとなく見当がついているものの訊いてしまう。
 おそらく「理由」は麗華の手の中にある物だろう。
「あの……」
「ああもう! 言いたいことがあるならハッキリ言いなさい。『そのリンゴ、皮の方が厚くないですか?』とか言いたいんでしょ?」
 さすがにお嬢様育ちの麗華にとって、リンゴの皮むきなんて初めてだった。美咲にやり方を聞けば良かったのだろうが、なんか照れくさいやら馬鹿らしいやら。それくらい出来そうと思って見よう見まねではやってみたが、結果は目も当てられないものだった。
「ええと、その……」
「いいわ。やっぱり美咲にやってもらうわ。」
 と、リンゴの残骸を持って立ち上がる麗華。
「……! あ、あの……!」
 去ろうとする麗華の背に向けて、謙治は彼なりに精一杯の勇気を込めて呼びかけた。
「何よ。」
「僕はその……
 できれば『その』リンゴが食べたいのですが。」
「………………物好きね。」
 素っ気なく言うのは成功したが、頬が少し赤くなるのは止められなかった。でも運良く謙治には気付かれていない。
 いびつに切られたリンゴを食べると、まだ疲労が残っているのか謙治を眠気が襲う。
「すみません。また……」
「そうね。もう少し休んでなさい。」
 横たわると更に眠気が強くなった。意識が沈みそうになったとき、声が聞こえた。
「謙治…… 今回は特に感謝してるわ。おかげで勝てた。だから……」
 頬に触れた柔らかな感触を感じながら謙治は眠りに落ちた。

 

 

 

 

謙治「さすがに今回は参りました。
 でも無事にGフレイムカイザーが発動して結果オーライです。
 ただちょっとサンダーブレイカーの破損がひどいですねぇ。修理にどれくらいかかるか……
 そんなこと言ってる間に夢魔の出現。しかも完全に市街地で人々の救助が必要です。
 こうなったら…… ロードチーム、エマージェンシー!

 夢の勇者ナイトブレイカー第二十六話
『緊急発進、ロードチーム!』

 今日も素敵な夢を見ましょう。」

 

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