第二十一話 大ピンチ! ナイトブレイカー合体不能?(後編)
『みんな聞こえるか! 大変なことになった!』
「小鳥遊さん?!」
『そうなの! 大変なの! 美咲お姉ちゃんがベッドを抜け出して……』
「和美……? ちょっと待て、今なんて言った?!」
返ってきたのは半泣きの声だった。
『お兄ちゃんに…… お兄ちゃんに言われてたのに…… グスッ…… 美咲お姉ちゃん、まだ具合が悪いのに……
美咲お姉ちゃんに何かあったらあたしの…… あたしのせいだ……』
「落ち着け。いいから泣くな。橘のことはお前のせいじゃない。」
それこそ、誰かが雨に濡れるのなら自分も濡れようとする奴だ。
そう心の中で呟いて舌打ちする。
「神楽崎、悪いが……」
「分かってるわよ!」
フワリとフェニックスブレイカーが上昇した。
研究所の近くまで戻ると、あたりをサーチする。しかし捜し求める少女の姿は見つからない。
「ったく、どこ行ったのよ、あの子は!」
「ふぅ、ふぅ……」
なんか体がミシミシいっている。熱で視界もぼんやりとしている。
「行かないと……」
パジャマの上にカーディガンを羽織っただけの少女が裸足で歩いていた。
フラフラと足を進め、時折休んだり、壁に手をついて歩いていく。
あたりはまた現れた怪物に避難していて、人っ子一人見えなかった。いや、野良猫が一匹、我が物顔で歩いている。
「キミ…… 少し離れた方が…… いいよ。
すこし…… 騒がしく…… なるから……」
言葉が通じたのかどうか分からないが、猫が闇に包まれかけた道を駆けていく。
少女が苦しい息の中深呼吸する。
時間をかけて喉を整え、目を閉じ精神を集中させる。
「美咲!」
空から少女を探していた麗華が思わず叫ぶ。しかし眼下では美咲が左腕のドリームティアを胸の前に構えているところだった。
急降下して少女の元に行こうとするが、それよりも早く、白い光が沸き上がった。巻き込まれないように反転して急上昇。
光が収まった中からは白い巨大な車両──美咲操るライトクルーザー──が現れる。
すぐ頭上に麗華のフェニックスブレイカーがいるのだが、それに気づいた様子もなく、遠くに見える夢魔に向かって駆け出していく。
……どうやら熱とかの影響で、周囲に気を使う余裕もないようだ。
「……謙治! 隼人! そっちに美咲が行ったわよ!」
それだけ伝えると、少女を追ってフェニックスブレイカーは空に舞い上がった。
無論、美咲がブレイカーマシンをリアライズさせたことはすぐに戦っている二人にも届いた。
「ちっ……」
舌打ちしながら隼人は夢魔に攻撃を仕掛ける。しかしその硬い装甲を傷つけることすらができない。恐るべき破壊力を秘めた夢魔の拳がウルフブレイカーに襲いかかる。
ブオン。
動き自体は遅いが、そのパワーはたとえ装甲・耐久度に優れた謙治のサンダーブレイカーですら一撃で破壊できそうであった。更にはその強固な鎧はあらゆる攻撃を受け付けないという攻防ともに優れた夢魔であった。
攻撃に関すれば避けつづければまだなんとかなるものだが、相手の防御を打ち破らない限りいずれ倒れるのはこちらだ。
「……しかたねぇ。短期決戦だ。
橘が来たら合体して一気に勝負をつけるぞ。」
「無茶です! 今の橘さんの状態では……」
「分かってる! でも決め手にかけるままズルズル戦いつづけるよりは、あいつの負担も少なくてすむだろう。」
「そうですが……」
『いや、多分ナイトブレイカーには合体できないだろう。』
研究所で小鳥遊がさっきのリアライズの際のデータを確認する。
『体調に比例して精神力も低下している。今の美咲さんの精神レベルではナイトブレイカーに合体するためのシステムを起動できない。』
「どういうことだ?」
「おそらく……」
砲撃をオートに切り替えて、謙治がコクピット内でキーを叩く。彼の見つめている画面にはナイトブレイカーのワイヤーフレームが描かれている。
「瞬間的にある程度の高いレベルの精神力が必要なのでしょう。その山さえ越えれば合体できるのでしょうが…… ただ、合体できたとしてもメインパイロットの橘さんの状態が悪いので……」
「ちっ…… 結局、俺たちは橘におんぶに抱っこか。」
悔しそうに舌打ちする隼人。全然効いていないのにも関わらず、攻撃の手を緩めない。
「そうかも知れません……」
同じように悔しさを滲み出しながら謙治が応える。美咲が水かさを増した川に飛び込んだときに何ができただろうか? 麗華に連絡して、でもそれも救出が終わった「後」のためのことだ。結局、何ができて、何をしたのだろうか……
(自分に出来ること、自分に出来ることは……)
攻撃をしながら考えていると、目視できる範囲にライトクルーザーが見えた。その上をフェニックスブレイカーが随伴する。
「みんな…… いくよ……!」
弱々しい声が聞こえてくる。何をしようとしているかは言うまでもない。
「橘……」
「……うん?」
返事も若干遅い。
「先に言っておく。チャンスは一回きりだ。もしそれで倒せなかったり、それこそ合体すら出来なかったら殴ってでも一時撤退させるからな。別にお前の体調を思ってのことじゃない。」
「…………分かってる、つもり。」
苦しそうな声の下からも固い決意がとれて、隼人はため息をつく。
「神楽崎、田島、今の聞いたな? とりあえずやるだけやってみる。
出来て倒せたらそれで儲け。出来なかったら次の策を考える。それでいいな?」
「相変わらず行き当たりばったりねぇ…… でもいいわ。やりましょう。」
「そうですね。やれることを……」
言って謙治は言葉を詰まらせる。何か心に残ることが……
「謙治、どうしたの?」
「いえ何でも……
やりましょう。相手は待ってくれません。」
夢魔は少しずつながらブレイカーマシンの方へ近づいてくる。
街の破壊はそれで食い止められたが、ここで手をこまねいてもいずれ被害が広がるだけだ。
美咲は息を整え、気を集中させる。体は重いし、熱はあるが、弱音を吐くわけにはいかないのだ。
「ドリームフォーメーション!」
…………
…………
美咲の声にドリームティアは全く反応しない。
「ドリームフォーメーション!」
さっきよりも大きな声を出したせいか、いきなり咳き込む。ゴホッ、ゴホッとはたから聞いても苦しそうな咳が続く。
それでもドリームティアは反応しない。というか、わずかに反応するが、いつものように強い光を放つ前に光が消えてしまうのだ。
今まで我慢していた分がぶり返してきたのか、背中を丸めて咳の発作に襲われる。
「橘!」
隼人の声にも咳き込む声しか返ってこない。
「くそぉっ!」
いきなり叫ぶと、再び隼人は夢魔に猛然と殴りかかった。
表面に浅い傷をつけるものの、それは夢魔の再生力ですぐになおってしまう。それでも反撃するためか足が止まる。
「田島! 何でもいいから考えろ! 結局、この夢魔を倒さない限り、どんなに具合が悪かろうが、どんなに自分がボロボロだろうが、橘は戦うのを止めねぇ!
こいつはそういうやつだ! だから……
だから! 何かいい方法を考えてくれ!」
謙治の横で、フェニックスブレイカーがふわりと上昇する。
「頼んだわよ、謙治。
もし方法がないなら…… 美咲が元気になるまで戦い続けてやるわ!」
麗華も猛然と攻撃を開始する。そんな二人の気迫に、超重量級の夢魔もジワジワと押されていた。
そんな二人の様子に、まだ苦しそうに咳を続ける美咲に、
ガンッ!
「くそぉっ!」
沸き上がる苛立ちに、思わずコクピット内のコンソールに拳を叩きつける。
「僕に何ができるんだ! いつも後ろで見ているだけの僕に!
いつもそうだ! 安全なところにいるからいくらでも好きなことが言える! 肝心なときに何もできないなんて……」
「謙治。」
麗華の声は決して大きくなかったが、自己嫌悪で熱くなっていた謙治には何故かハッキリ聞こえた。
「そうねぇ、私にはうまく言えないけど…… いいんじゃないの? そういう役割でも。
そのかわり、私たちには絶対できないことができる。だからお願い、どんな些細なことでもいいから考えてちょうだい。」
「でも僕は……」
「肩の力を抜いて。
まだまだ謙治は力を出し切っていないと思うわ。だから…… 頑張って。」
麗華に言われて、さっきまでの興奮とは違う意味で体温が上昇した。でも言葉の重さに気付いて、すぐに冷静になる。
(今のところ、使える物はコメットフライヤーとスターローダー。ブースタータンクは修理と同時に改造中だから使えない、カイザージェットもカイザーがいなければ起動できない。
あとは…… 今までの戦闘データくらいか? すぐに使えるのは。
……戦闘データ?)
何か分からないけど、頭に閃くものがあった。
(何だ?)
今、自分たちの危機を回避するための「何か」の断片を掴んだということが直感的に分かった。それと同時に「それだけでは足りない」ということも分かったのだが。
(戦闘データ。今までの戦いを各ブレイカーマシンから抽出してある。
……敵のデータ。こちらの使用武装。ダメージの推移。必殺技に変形・合体パターン……
へんけいがったいぱたーん……)
「……! それだっ!」
いきなり聞こえた声に、隼人はニヤリと笑う。
「始まりやがった……」
「そうだ! ナイトブレイカーの合体パターン自体は存在する。変形方法・合体方法が分かっているんだから、マニュアルで合体させるのも不可能じゃないはずだ!」
研究所で謙治同様に知恵を絞っていた小鳥遊は、そのアイデアに顔を輝かせる。
『なるほど、その方法なら精神力の消耗を最小限に抑えられるはずだ。
いや、でも……』
各パイロットの状態をモニターしている画面を見て、厳しい表情をする。
『ダメです。やっぱり今の美咲さんの状態ではフラッシュブレイカーを維持するので精一杯のようです。さっきの合体の失敗で、だいぶ状態が悪くなっています。』
「みんな…… ゴメン…… ボクの…… せいで……」
「諦めちゃダメ! まだ…… まだきっと何か方法があるはずよ……」
しかし、その麗華の言葉も気休めにしかならなかった。絶望的な空気が流れる。
「ねぇ、小鳥遊先生。あたしには何も出来ないの? お兄ちゃんたちがあんなに頑張っているのに、ただ見ていることしか出来ないの……?」
「残念ながら、私にも見守ることしか出来ないのです。彼らを戦いに巻き込んだのは私だというのに……」
『なぁ、おっさん。ちょっとした質問なんだが……』
隼人の声が聞こえてくる。
『肉親ってある程度精神的に似ているものか?』
「……えっと、それはどういう……?」
頭の中で昔見た論文とかを検索する。そんな記述を見たことあるような気がする。
シンパシーとか共感性とか、兄弟姉妹の間ではそのような精神的な繋がりが起きやすい。それは精神パターンの類似が理由と思われる。そんな感じの論文だ。
ただそれは肉親関係だとお互いを思う気持ちが強いのでシンクロしやすい、ということで、それこそ親友・恋人・パートナーなどの強い結びつきでも発生することがある。
「え、えぇ、まあ一般的にはそういう傾向が高いようです。」
この状況で何を言っているんだろうか、とちょっと首を傾げる。
『……いや、ハッキリ聞こう。
この腕のクリスタルがあったら、和美でもウルフブレイカーの維持ができる可能性があるか?』
「!」
いきなりのことに小鳥遊も和美も言葉を失う。
『俺の頭じゃあ、それくらいしか思いつかねぇ。和美がウルフブレイカーに乗って、俺がフラッシュブレイカーに乗り、そこで橘の足りない分をサポートする。
……それでなんとかできねぇか?』
「…………」
学者としての冷静な頭は「そんなことできない」と真っ向から否定しているが、一人の人間として、感情は「できる」と理由もなく思っていた。
『先に断っておくが、和美。すごく危険だ。
当然、俺としてはやらせたくない。だけど…… この方法がなぜか浮かんだ。』
「…………」
『不思議と直感でできる、って感じがする。でも単なる直感だ。
だから…… 俺は和美の判断に任せる。』
「…………」
ふと和美の脳裏に前病院で見た兄の乗機のことが思い出された。
病院──それこそ「和美のいた」病院──を守るために、自らの身を盾に、夢魔のミサイルを背中に受けた青いロボット。背中を損傷して、身動き取れなくなったロボット。でもその目に兄の目の光を見たような気がして、動けなかった。
黒いロボットと白いロボットが現れて、何かあって、白いロボットが消えて、黒いロボットが飛んでいって……
その傷ついた青いロボットが消滅して、その場所に兄の姿が。
……前々から世間で怪現象が起き、兄がそれに関わっているのは薄々感づいていた。
そして一昨日、そのことを正式に聞いて、今その「戦い」をモニター越しに見ている。
怖い。正直言って怖い。
運悪くあの拳が当たってしまったなら、あのロボットたち──ブレイカーマシンは一撃で木っ端微塵だろう。そのパイロットがどうなるか…… そんなことは考えたくない。しかもそのパイロットはさっきまで一緒におしゃべりしていた相手なのだ。
それに自分が乗る。兄の言うことはそういうことだ。
見てるだけでも怖いのに、それに乗る。しかも色々問題もあるらしい。乗れないかもしれない、乗ったとしても大変なことになるかも知れない。
そういうことが一切分からないのだ。
でも、
ちょっと考える。兄は自分のことをとても大事にしてくれている。ホントは優しいのに、周りからは無愛想に見えるのは自分に構いすぎたから。確かに自分が病弱なのもある。小さい頃に母を亡くし、父親は長距離トラックのドライバー。いつでもどんなときでも二人だった。
そんな兄が危険を承知で言うのだ。その思いに応えなければならない。それに……
「ねぇ、」
声が震えている。それを必死に抑える。
「美咲お姉ちゃんの具合はどう?」
『……あまり良くない。』
返す言葉のBGMに何か硬質なものを殴りつける音が流れている。耳を澄ませば爆発するような音も聞こえるだろう。
和美は大きく息を吸った。恐怖を振り払うように。
「お兄ちゃん……」
『ん?』
「外で待っているから、迎えに来て。」
『……ああ。』
プツン、と通信が切れた。
「……と、言うわけだ。」
「強引な手ね。でも…… そういうのあんまり嫌いじゃなくなってきたわ。」
「慣れ、って怖いですねえ。」
さっきまでの切迫した雰囲気がだいぶ緩んでいた。
「いいわね? 謙治はナイトブレイカーのマニュアル合体のプログラム。そうね、二分くらいでなんとかなる?」
「ええ、データもありますので、それくらいで。」
攻撃を完全オートに切り替え、それと同時に激しくキーを叩く音が聞こえてくる。
「隼人は和美ちゃんを迎えに行って。ここからの距離を考えたらビーストフォームで十分よ。」
「おう。ビーストフォーム、チェンジ!」
真っ青な狼が走り去っていく。
「そして美咲、」
「…………」
わずかに返事らしきものが聞こえるから、意識はあるようだ。ただ、声を出すのも辛いのだろう。
「いいからあんたは少しでも休んでなさい。」
援護しようと動き出した美咲を制するように突き放した言い方。でもそれは少女のことを思ってのこと。
それが分かっているからこそ、美咲は辛かった。そんな彼女のかすむ視界の中でフェニックスブレイカーは単独で夢魔に立ち向かっていた。
和美は走る。
暗い夜道を走る。
夢魔のいる方向は分かっているから、それを道路沿いに走っていけば途中で出会えるだろう、と。
巨大ロボットの移動速度と比べるまでもないが、一分一秒でも合流したかった。
辛い戦いを強いられているみんなのために。
向こうから巨大な何かが走ってくる。シルエットだけなら四足の獣のようだ。
目の前に来るまで気づかなかった。それは風の音だけを残して疾走していたからだ。
少女の直前でその鋼の獣が跳躍する。空中で体を捻るようにして方向を変えると、背後に音もなく着地する。
身をかがめて、鋼の獣──いや、狼が口を開いた。口の中には驚いた顔の隼人がいた。
「……和美?」
「お兄ちゃん!」
タッ、と和美が駆け寄り、隼人が何か言い出す前によいしょ、と口によじ登ろうとする。気づいて手を差し伸べ片手で引っ張り上げる。
「…………」
わけも分からずに妹の顔を見つめるが、和美は何か吹っ切れたような表情をしていた。
「急ご、お兄ちゃん。」
「あ、ああ……」
兄の手を引いて奥に行く。とはいえ、別の喉の奥に入り口があるわけでもなく、すぐに突き当たる。隼人が軽く手を振ると、二人はコクピットに転移させられていた。
「へぇ……」
「感心するのは後だ。」
膝の上で感嘆の声を上げる和美を小さくたしなめると、操縦用のパネルの上に手を置く。
「急ぐか……
シェイプシフト! チェンジ、ウェアビースト!
しっかり掴まってろ!」
メインスクリーンの視界が高くなる。次の瞬間、その風景が後方へと飛び去っていく。
半獣半人の姿のウルフブレイカーが地面をすべるように疾走する。来るときの倍する速度でほぼ無人の街を走り抜ける。いや、たとえ見ていたものがいたとしても、青い疾風にしか感じられないだろう。
秒針が一周するまでもなく、再び戦いの場に戻っていた。
すでにプログラムが済んだ謙治と麗華が夢魔を足止めしていたが、隼人を欠いたために結構街に接近されていた。ここで勝負をつけるしかないだろう。
「さて…… いいか、和美?」
「……うん。」
ここからが本番だ。忘れないうちにヒューマンフォームに変形しなおし膝をつかせる。意を決して隼人は左腕のブレスレットを外した。一瞬、ウルフブレイカーの存在が希薄になったような気がする。
すかさず膝の上の妹の手首にブレスレットをはめる。当然サイズは全く合わないが、機能としては問題ないようだ。
「うっ……」
いきなり襲ってきた精神的な衝撃に和美が顔をしかめる。
「和美!」
驚いてブレスレットを外そうとする。さすがに無理があったか、と隼人が手を伸ばすと、
「だい…… じょうぶ……
和美は、大丈夫だから……」
自らブレスレットを押さえて、辛そうな顔をしながら首を振る。
「だから…… 美咲お姉ちゃんの所に……」
「……分かった。」
経験上、和美は一度言い出したら聞かないところがある。それこそ兄譲りだろうか。
出来れば「止めろ」と言いたい。力ずくでも止めるべきだろうか? でもそうしたら和美は隼人を許さないだろう。自分が同じ立場だったら、同じように考えるだろうから。
ウルフブレイカーを降り、身動き一つしないライトクルーザーに向かって走る。変形すらしていないところをみると、維持するだけで精一杯なのかもしれない。
「橘!」
ガンガンと目の前の白い壁を叩いて、呼びかけてみるが反応がない。
「おい! 橘! しっかりしろ!」
ガンガンガンガン叩いていると、顔を下げていたウルフブレイカーが顔をあげてライトクルーザーを見る。と、次の瞬間、転移するときの浮遊するような感覚とともに隼人の身体はライトクルーザーに取り込まれていた。
「……橘!」
自分の乗っているものと違い、やっぱりパイロットの大きさにあわせて出来ているのか、ライトクルーザーのコクピットは狭かった。
立ち位置に苦労する前に、うなだれたようにしている美咲が見える。苦しそうに荒い息をついていてもコントロールスティックから手を離してない。
とりあえず相手の意思を確認しないで、軽く美咲を持ち上げてからその隙間に滑り込むように座る。これも美咲用のシートのため、隼人には小さい。
服越しに触れた少女の身体は熱かった。
薄手のパジャマは嫌な汗で濡れて肌に張り付いていた。普段なら健全な男子としてそういうことに何らかの反応を示すのだろうが、場合が場合だった。そんな余裕はまったく無い。
コントロールスティックを握る手に、自分の手を重ねる。その小さい手も同じように熱かった。
腕の中で身じろぎしているところをみると、意識は保っているようだ。
「……いけるか?」
コクン。
わずかに腕の中の少女が頷いた。
「よし…… 一応こっちは準備が整った。」
「分かりました。全砲門一斉発射!」
「フルブラスト!」
二機のブレイカーマシンが同時に全力攻撃を仕掛ける。夢魔が二、三歩下がって衝撃でその動きが止まる。その間にサンダーブレイカーとフェニックスブレイカーが戻ってくる。
「いくわよ、みんな。一発勝負よ。美咲と和美ちゃんはなんとかなりそう?」
コクン。
「ええ、なんとか……」
「よし、いくぞ……」
重ねた手に軽く力を込める。少しでも少女の負担が軽くなるように。そして、少女に代わって無限の力を呼ぶ「言葉」を叫ぶ。
「ドリームフォーメーション!」
「マニュアルドッキング、プログラムスタート!」
謙治の指がキーの上の走ると、各ブレイカーマシンにデータが送られる。
「フェイズ1、合体形態への変形。」
ライトクルーザーからフラッシュブレイカーに変形。腕を背中側にたたみ、腰から下が半回転。足を胸部に折りたたむ。
フェニックスブレイカーとウルフブレイカーはそれぞれの頭を肩にするように鋼の腕に変形する…… はずなのだが、ウルフブレイカーの変形がもたついている。
……そうか。隼人は気づいた。元々ブレイカーマシンとパイロットは一心同体のようなものである。隼人は慣れているから気にしたこともないが、ブレイカーマシンの変形というのはパイロットに色々な違和感を与えるのだろう。
「落ち着け和美!」
とは言うものの、マシン越しにも少女の動揺や焦りが伝わってくるような気がする。
「和美!」
「……だ……ら」
美咲が何かを囁いている。思わず耳を近づける。
「大丈夫だから…… ボクたちがついているから……」
「橘……」
「怖がらなくてもいいよ……」
その声が届くはずもないのに、不意に全てを受け入れたかのようにウルフブレイカーが右腕に変形を終了させる。
サンダーブレイカーが左右の砲塔を分離させ、更に全体が二つに分割する。そのまま鋼の足へと姿を変える。
「フェイズ2、合体シフト!」
謙治の掛け声にそれぞれナイトブレイカーのパーツになったブレイカーマシンがゆっくりと近づいていく。全員のメインスクリーンに二つの十字が表示された。
「微調整は各自で行ってください。中央の十字に動いている十字を重ねて、そのまま保持していてください。あとはコンピュータが自動で行います。」
普段ならこの状態から数秒もしないで合体するのだが、マニュアルで合体するせいかフラフラと各機が中途半端に浮いている。
「四機が合体位置につければ合体可能です。」
別に問題のない麗華と謙治はすぐさま位置を調整できる。隼人も普段とは違う操縦系統ながらもそんなに時間はかからない。予想通り、和美の乗ったウルフブレイカーがもたついていた。
急げ、と言いたいが、少女の状況を考えると無理も言えない。
しかし……
「前!」
麗華が気づいたときには夢魔はすぐ近くまで迫っていた。いくらなんでも合体途中を狙われたらひとたまりもない。ズシン、ズシン、と夢魔は一歩一歩ゆっくりながらも近づいてくる。
「チッ!」
それが焦りに拍車をかけたのか、隼人も合体位置からずらしてしまう。
そして夢魔は手近な岩を掴むと、腕を大きく振り上げた。
「!」
合体するにも、中止するにもどちらも間に合わない。
腕が振り下ろされた。
「ルナティック・グリフォン!」
一筋の光線がいきなり空の彼方から放たれた。それは合体前のブレイカーマシンに投げつけられようとした岩を一撃で粉砕する。
「なんだ?!」
と言いながらもおおよその見当がついていた。
(……確かバロンが「ルナティックグリフォン」って呼んでた奴か?)
隼人の推測通り、光線が飛んできた方から漆黒の幻獣が翼を広げ飛んできた。その背には何も乗っていない。
そのまま、夢魔へと体当たりする。速度をつけた体当たりは、超重量級の夢魔を大地に倒した。それだけで、ルナティック・グリフォンは空の彼方へと飛び去っていった。
「…………
今だ! 今のうちに……
和美、もう少し頑張れ!」
「う、うん……」
力の無い声が返ってくるが、それでも夢魔が立ち上がる前に全員が合体位置についた。
「フェイズ3!」
謙治の声も半ば叫ぶようになっている。
最後のエンターキーと叩きつけるように押すと、それぞれパーツになっていた各機が引き寄せられるように合体した。
「各部ロック、オールグリーン。エネルギー流入確認! 大神君! 全てオッケーです!」
単なる機械の集まりに新たな命が吹き込まれる。精悍な頭部が現れる。
「ナイトブレイカー、システム起動!」
その目に光が宿った。
夢魔とナイトブレイカーが対峙する。相手の動きをうかがっているようにも見えるが、イレギュラーな要素が多いために、動きが鈍かった。特に右腕の反応が鈍い。
相変わらず美咲の具合は悪いし、和美も長時間の戦闘には耐えられないだろう。
「ブレイカー・ファランクス!」
痺れを切らした謙治が攻撃を仕掛ける。ナイトブレイカーの全身から高速のエネルギー弾が発射されて、夢魔に命中する。爆発の閃光と爆煙が夢魔を覆い尽くす。
「やったか……?」
呟く隼人は、殺気を感じて下がろうとした。しかし、ナイトブレイカーは隼人の意に背いてなかなか動き出さない。
視界を遮る煙の中から太い腕が突き出された。それは正確にナイトブレイカーの頭を掴む。
遅れて夢魔の全身が現れた。どうやらあの弾幕の中を突破してきたらしい。
筋肉に相当する機関があるかどうか分からないが、その腕はさしたる変化を見せずに──すなわち力を込めたような様子もなく──ナイトブレイカーを持ち上げる。
「頚部に負荷! 頭部装甲に圧力がかかっています。このままだと…… 握りつぶされてしまいます!」
「分かってる!」
ブレイカーマシンに与えられたダメージは間接的にパイロットにも伝わってくる。隼人自身にも苦痛は伝わってくるがそれと同時に腕の中の少女にも伝わってくるはずだ。
「あぅ……」
美咲が小さく声を漏らす。
「この手を…… 離しなさい!」
まだ自由の利く左腕が夢魔の腕を振り払おうとするが、パワーが全然違う。ナイトブレイカーが不調なのもあるだろうが、完全な状態でも振り払うのは難しいだろう。
「! 和美ちゃんの精神状態が低下しています!」
「なに?!」
「低下して…… あれ? 何故か低いレベルで落ち着いて……」
謙治の疑問の声は激しい衝撃にかき消された。
夢魔が空いた手を振り上げて、ナイトブレイカーの腹部を殴りつける。また腕を振り上げて同じように拳を叩き込む。まるで機械のように単調に繰り返すが、それは着実にダメージを与えていく。
コクピット内で悲鳴が上がる。
コンソールのあちこちにレッドサインが点灯する。
頭部のミシミシと軋むような音が大きくなってきた。
「……とくん。」
「ん?」
破壊の前兆が不気味に鳴り響くさなか、確かに隼人を呼ぶ声が聞こえる。
「はやとくん……」
美咲が息も絶え絶えに彼の名前を呼ぶ。
「どうした、橘。」
この状況でどうしたも何もないだろうが、美咲に目を落とす。顔を伏せたままで表情は分からない。
「一つ、いい?」
「だから、どうした?」
「あのね…… ギュッと抱きしめてくれる?」
唐突な「お願い」に思わず言葉を失う。
「隼人くん暖かいし、そうしてくれると凄く安心できるの。」
「しかし……」
「大丈夫。ボクも頑張るから……」
冗談を言っているわけでもなく、全てを諦めての言葉でもない。それが分かったから…… 隼人はコントロールスティックから手を離し、華奢なその身体に腕を巻きつける。その腕に少し力を込めた。少女の身体は相変わらず熱かった。その熱を少しでも吸い取ってやれれば。そう思いながら抱きしめた。
「ふふふふふ…… やっぱり隼人くん、暖かいよ……」
衝撃が一瞬止んだ。メインスクリーンは夢魔の手のひらしか見えなかったが、気配で大きく腕を振りかぶったのが感じられた。
「……和美ちゃん、今だよ。」
美咲が小さく呟いた。
「ビースト・スマッシュ!」
いきなり和美の声が響くと、動かなかったはずの右腕が夢魔に突き刺さった。青いオーラをまとった拳は夢魔の装甲を砕き、内部まで貫いていた。振り上げた腕が止まり、締めつける力が緩んだ。
「! 和美ちゃん、ナイス!」
その一撃で空いた穴に左の手刀を突き刺す。左腕が炎に包まれた。
「ファイヤー・トルネード!!」
麗華の声とともに、左腕の炎が夢魔の体内を駆け巡った。身体の内部を焼かれて、さすがの夢魔も動きを止める。力が抜けたところで夢魔を蹴り飛ばして脱出。夢魔は地響きを立てて倒れた。
「和美!」
「ごめんなさい、心配かけて…… ずっと我慢して力を溜めてたの。でもいつ使えばいいか分からなかったけど、美咲お姉ちゃんの声が聞こえて……」
「そうか……」
目の前で夢魔がゆっくりと身を起こす。強大な再生力があっても今のダメージをそう簡単に回復できないのだろう。動きはギクシャクと遅い。
「話は後! 早く止めを刺さないと……!」
「橘、いけるか?」
「うん、なんとか……」
「おや?」
研究所で一人残された小鳥遊。
ピンチから逃れられ、安堵の息をついたところだ。
小鳥遊が見ているのは各パイロットの精神状態を視覚的に表すグラフ。
和美を示すグラフは一瞬高くなったものの、維持できる最低限までまた落ち込んだ。麗華と謙治はさほど変化なし。ただ、長時間の無理がかかる戦闘で消耗気味。
そして、美咲と隼人をあらわすグラフ。当然ながら美咲は体調のこともあったので低く、隼人もドリームティアを持っていないので、あまり高い値を示していない。
が、二人の数値が徐々に上がってきているのだ。しかもシンクロするように。
(……そういうことなんですかね?)
「悪しき夢を断つ刃……」
精神力を使い果たしたのか、和美は半ば気を失っていた。そのため右腕はまた動かなくなっていた。
左手の中に光の球体が生まれる。
「夢幻剣……」
その球体を握りつぶす。光があふれ出た。
美咲も最後の力を振り絞るように叫ぶ。
「リアライズ!」
光が一本の剣になる。両手剣なので片手で扱うには大きいが、そんなことは今は問題ではない。
「じゃあ、隼人くん……」
上を向いて、少年に無理して作った笑顔を見せる。
「あとは…… おねがい、ね……」
そこまで言うと、フワッと隼人にもたれかかり目を閉じる。さすがにもう限界なのだろう。
「神楽崎、田島。これで決めるぞ。」
静かに、そして恐ろしいまでの闘気を交えて隼人が呟く。美咲を抱いていた手をコントロールスティックに移す。
「ええ。」
「分かってます。」
謙治がナイトブレイカーの残りのエネルギーを夢幻剣に注ぎ込む。麗華が機体のチェック。
問題はない。しかし全体に与えられたダメージと、全員の消耗を考えたら一発勝負だ。二度目は無い。
夢魔はヨロヨロと立ち上がるところだった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
自分を鼓舞するためか隼人は叫んでいた。走り出すナイトブレイカー。夢魔はダメージを回復しきってないのか反応できない。視界の中で夢魔が徐々に大きくなる。
「はぁっ!」
大地を蹴って跳躍。ジャンプの最高点から重力に引かれて落下。
対する夢魔は避けられないと判断したのか──それ以前にあの鈍重な動きで「避ける」という行為が出来るかも不明だが──腕で自分の頭部をかばうようにしる。
「小賢しい! 遊びの時間は終わりだ!」
そのまま左手一本で夢幻剣を振り下ろす。
「ドリーム・レボリューション……」
ガードした腕ごと何も無いかのように切り裂き、
「ブレイクッ!」
一気に振りぬいた。
「……みんなで掴んだ勝利、ってところかしら?」
「そうですね。」
夢魔を倒した直後、隼人も気を失ってしまい、フラッシュブレイカーとウルフブレイカーが消失してしまった。それこそ最後の方は隼人一人で二機を維持していたようなものだ。
そのことを予想していたのか、すぐに麗華と謙治が三人を回収したので大事には至ってない。
向こうからヘッドライトが近づいてくる。迎えにきた麗華のリムジンだろう。
「でも…… 私、役に立てなかったわね……」
少し自嘲気味に麗華が呟く。
「そんなことないですよ。」
「え?」
「僕は…… 神楽崎さんのあの一言が無ければ何も考えられずに終わったと思います。
……それこそ『みんなで掴んだ勝利』、ですからね。」
次の日。
「隼人くん、大丈夫? ほら、雑炊作ってきたよ。」
「…………」
理不尽に身を振るわせたいところだが、その体力すらない。
何故か美咲の風邪が一晩で全快し、代わりに隼人が風邪を引いていた。
家のある麗華と謙治はそのまま帰ったのだが、具合の悪かったり消耗してた三人はそのまま研究所に泊まっていったのだ。どの道、この日は学校の休みの土曜日だったので問題が無かったが。そうしたらこのありさまである。
「うわっ、お兄ちゃん、凄い熱……」
額をくっつけて驚く和美。ここぞとばかりに二人で甲斐甲斐しく隼人の看病をしているのだ。
「ねぇねぇ、一人で食べられる?」
お盆に土鍋をのせて、何故か楽しそうな美咲。
「…………」
食べられる、と言いたいところだが、身体もロクに動かないし、声にいたっては全然出ない。
「ふ〜ん、それじゃあ食べさせてあげるね。」
反論の余地も与えないで、雑炊をレンゲにとりフ〜フ〜と冷ます。
「はい、あ〜ん。」
「…………」
言いたいことは色々あった。隣では和美が目をキラキラさせている。声は出ないので、心の中で何に向かってか知らないが、とにかく悪態をついていた。
でも美咲の心配そうな目に負けて、おとなしく口を開く。
パクッ。
さすがに美咲の作った雑炊は美味しかった。味も大して分からないはずだが、美味しかった。
「おいしそうに食べてるね。」
と和美。俺は犬か何かか? そう思いつつも、差し出されたレンゲを前にまた口を開く。
「……結構元気そうね。」
「!」
入り口の方から皮肉めいた声。
麗華と謙治が立っている。
「先ほど来たんですが、小鳥遊博士に大神君が風邪だ、って聞いたものでして。」
麗華は元気になった美咲と寝込んでいる隼人を交互に見て、目を細める。
「でもアレね。美咲の風邪が治って、隼人が風邪を引いたんでしょ?
よく『風邪は人にうつすと治る』って言うけど…… 二人きりのコクピットで何か風邪のうつるようなことをしたのかしら?」
「え……? もしかしてそれって……」
和美が麗華の言わんとしていることに気づいて顔を赤らめる。
「うわっ、お兄ちゃんと美咲お姉ちゃん、そうだったの……?」
「……? 何のこと?」
美咲は分かっていない。
そして隼人は声が出せないのと、この場から逃げられないことに心の中で涙していた。
−おまけ−
「もう熱は下がったんだ、って何度言えば分かる!」
「えぇ…… だって……」
ピト。
「ほら、熱あるよ。それにまだ顔も赤いし……」
「……測り方が悪いんだ。」
???〈私は…… なぜこのようなところをさまよっているのでしょう……
私には戦う使命があったはず…… 戦う使命が……
……! なんですか、この悲しみの声は…… この心を揺さぶられるような悲しみは……
あのような悲しみの声を聞きたくない。あのような涙を見たくない。
私は…… 私はそのために戦いたい!
夢の勇者ナイトブレイカー第二十二話
『涙の価値』
夢は追いかけるもの。夢に逃げてはいけませんぞ。〉