− 第一章 −

 

 嗤っていた。
 未だ全容すら分からない、むき出しの機械の塊を前にして白衣の男が嗤っていた。
「これさえ完成すれば……」
 薄暗闇に眼鏡を光らせて、くっくっく、と抑えた笑いから一気に高笑いへと変わる。
「宇宙は我が手中に……って、何しやがりますか。」
 男の笑い声を止めたのは丸めたペーパーバックだった。
 怪しいアクション混じりに世界の敵発言をしていたのはジェラード=ミルビット。自称宇宙一の科学者(サイエンティスト)。でも頭にマッドって言葉をつけた方がいい。
「しかし、夕飯なら夕飯で、もっと穏便に声をかける方法だってあるでしょうに。」
「そりゃ下に降りてきたら変な笑いをしていたら思わず叩きたくなるでしょ?」
「せっかくラシェルが来たのが分かったから、ネタ振りしたのに、この程度のツッコミとは…… とても残念です。」
 あ、今名前呼ばれたからついでに自己紹介しておくね。
 あたしはラシェル=ピュティア。
 一八歳の花の女子大生なわけだが、このジェル――あ〜 この変態科学者をこう呼んでいるわけで――に関わったばっかりになんか波瀾万丈の人生に足を突っ込んじゃったけど、どうにかこうにかやっている。
 とりあえず……
「わざとかい!」
もう一度ペーパーバックアタックを喰らわそうとするが、あっさりかわされる。どうやらサービスは一度きりだったらしい。ちぇ。
「世界征服したって後が面倒なだけじゃないですか。別に今だって、何か不自由しているわけじゃないですしね。」
 さらりとさも当然のように言う。
「それにほら、もし私が本気で世界征服を企むようでしたら、こんな所に無防備に来た女の子を見逃さない手はないですなー。」
 うへへへへ、とメッチャ怪しい笑みを浮かべる。む、確かにただでも人が少ないこの研究所(あ〜 残念ながらというかジェルの持ち物なんだけど)のしかも地下。悲鳴を上げたところで誰に聞こえるだろうか。
 スーッ、と幽鬼(見たこと無いけど)のように近づくと、ふわりとあたしを抱きしめる。
 さ、先に断っておくけど、ジェルとはそういう仲じゃないからね! いや、きっと来るだろう、と分かっているんだけど、気配も何も立てずにいきなり近づいてくるから、なかなかこのセクハラを避ける手段がないのよ。
「うわ。」
 唐突なことで変な声を上げてしまうが、ただそれだけでまたフワリと離れていく。
 コミュニケーションとしてはちょっと規格外れだし、しかもあたしにしかしてこない。ジェルの意図が全くつかめないけど……
「こら待てぇ!!」
「いやいや、相変わらず抱き心地がいいですなぁ。」
 一瞬、顔が赤くなるのが分かる。
「勝手なこと言うなぁっ!!」
 ペーパーバックを振り回して追いかけながら、ジェルと二人して階上――リビングへと上がっていった。

 今いるミルビット研究所のリビング。そこにはすでに暖かな夕食が湯気を立てていた。
 食前の運動をしながらリビングに入ると、麦わら色の髪と目の少女が待っていた。女のあたしでも思わず抱きしめたくなる美少女はリーナちゃん。アイリーナ=コーシャルダンって名前なんだけど、みんなリーナちゃんって呼んでいる。
 このミルビット研究所の住み込みの助手をやっているのだが、それには色々事情があって…… まぁ、いずれ分かっちゃうし、先に説明しておくか。実は彼女、造られた人間だったりする。造られた、とはいえ、お父さんお母さんがいないのと、外見十七歳だけど生まれて一年くらいしか経ってないくらいで、全くあたしたちと同じ…… いや、リーナちゃんの方が可愛いよねぇ。
 微妙に敗北感を感じながらも、リーナちゃんの料理は上手なので(ここも負けてるか)楽しみにしながら席に着く。
 今日の夕食はとろとろになるまで煮込んだビーフシチュー。それでも絶妙な歯ごたえを残しているのが泣かせる。パンにパスタにジャガイモを蒸かしたものも用意してあり、いたせりつくせりだ。
 それでもジェルに料理の至らないところを聞いて、次に生かそうとしているのが凄い。密かにお嬢様なんかやってる関係上、高級レストランなんて結構行ってるが、これだけの物を家庭で出されたらほとんどの料理人は修行をやり直した方がいいかもしれない。
「今日は特に難しいな…… デミグラスソースも手を加えて市販品とは思えない味わいだし、下ごしらえも丁寧でそんな高い肉とは思わせないし。」
 ……マジですか?
「費用対効果としてはこれ以上望むのは難しいな。強いて欠点をあげるなら……」
 う〜ん、とジェルが悩む。そりゃレストランでも簡単に味わえないような物を、ありふれた材料で作ったんだし。こんな完璧に作られたら…… あ、待ってよ。
「遊びが欲しいですな。」
「はい?」
 リーナちゃんが分からない、と首を傾げる。
「リーナにこういうことを言うのは酷だって分かっているが、もう少し適当にできないか? 日に三度の食事を毎度毎度そんなに一生懸命作らなくてもいいだろ。」
「でも……」
 心底困ったような顔のリーナちゃんにジェルがヒラヒラ手を振る。
「分かってる分かってる。リーナの欠点はアレだ、手抜きが出来ないところだな。ラシェルの適当なところ、少し分けてもらえ。」
「誰がよ!」
 適当が白衣着ている奴に言われたくない。
「……ん?」
 と、不意にジェルが視線を一瞬玄関の方に向ける。
「リーナ、シチューはまだ残っているか?」
「あ、はい、その……」
 ちょっと困ったような表情。はぁ〜 こういう表情しても可愛いから、美少女は得よね、なんて思っちゃう。ちなみに前にジェルの前であたしがこんな顔をしたら、深刻な顔で「また厄介ごとですか……」なんてぬかしやがった。一発殴っといたけど。
「間違っていつもの量を……」
「ああ、ならちょうどいい。」
 言い終わるか終わらないかくらいで、圧倒的な質量が迫ってきた。
「お〜 旨そうな匂いじゃねぇか。」
「……お前さっき喰ったろ。」
「何言ってんだよ、リーナちゃんの料理は別腹だぜ。」
 ここで女の子しか使えない究極の言い訳(自分に言い聞かせとも言うが)で堂々と人類の限界に挑戦する大男と、それにツッコミをいれるハンサムが自分の家のように入ってきた。……いや、あたしもあんまり他人のことは言えないけど。
「ヒューイさん、カイルさん、いらっしゃいませ。すぐ用意しますね。」
「お、悪いな。」
 ちっとも悪くなさそうな口ぶりで当然のようにテーブルにつく大男――カイル。もう一人のハンサム――ヒューイが呆れたような顔をしながらも、元々ここで食べるつもりだったのか席に着く。
 すぐさまリーナちゃんがボウルのような食器にシチューを入れて戻ってきた。二人の前にそれを並べると、またキッチンに戻っていく。どうやらパン類も追加するつもりらしい。
 ジェルがスプーンを置いたので、あたしも少し待つことに。シチューが冷めるなーと思う前にリーナちゃんが戻ってきて、一気に賑やかな食卓に。
 うめぇうめぇ、と騒がしいカイルが半分くらい食べ終わって落ち着いたところでヒューイが口を開く。
「そういやぁ、仕事だぞ。」
 その一言で食卓に緊張が……走らない。
 おかしいなぁ、この二人――ヒューイ=ストリングとカイル=ミュラーは銀河連合警察のA級捜査官。そしてリーナちゃんにジェルにあたしはその補佐官なのだ。

 銀河連合警察――通称GUP。そのA級捜査官は星々の境界を越え、場合によっては惑星統治者をも超える権限を持つ。殺人許可すら持つと言われる犯罪捜査のエリート中のエリート。
 ……なんだけど、目の前でリーナちゃんの料理を貪り食ってる二人(特に大きい方)を見ると、そんな緊張感はあまり感じられない。
 結局、賑やかな食事が終わって、コーヒーとリーナちゃん手作りのプリンを嗜んでいる頃に「仕事」の内容をぽつぽつ話し始めた。
「それでな、」
「ああリーナ、聞いておいてくれ。私は忙しいんでな。」
 あっさり聞き流して立ち上がろうとするジェルだが、ヒューイに呼び止められる。
「悪いが今回お前の拒否権はない。なんでもロボット絡みの案件らしい。」
「ほぉ?」
「しかも現場は宇宙(そと)じゃなくて、ポートタウン(ここ)だ。」
 さすがに興味が引かれたのか、ジェラードがテーブルにつく。リーナちゃんがコーヒーのお代わりを持ってきて、あたしたちの前に置いた。

 ヒューイの持ってきた資料をリーナちゃんがかみ砕いて説明してくれたところだと、ある会社で開発した人間そっくりのロボット――アンドロイドって言った方がいいのかな? 違いはよく分からないけど――が制御を離れて逃げ出したらしい、と。それを限りなく無傷で捕獲して欲しいということだ。
「ロボットの暴走による逃走、ねぇ……」
 そんなことあるんかね? と言わんばかりのジェル。そんなあたしの表情を読んだのか、仕方がありませんねぇとばかりに説明を始める。
「いいですか? ロボットだろうがなんだろうが、コンピュータで動いているなら、飽くまでもプログラムで動いているのです。
 じゃあ暴走して、どうやって『逃走』って行動をとれるんですかね?」
 え〜と……?
 どういうことだ? リーナちゃんが向こうで何かに気づいた顔をしているから答えはちゃんとあるだろうけど……
「分かりません。」
 素直にそう答えると、よろしい、と教師のような口調で解説を続ける。
「プログラムに無いことは基本的にできません。簡単に言うと、何かの偶然が積み重なって『逃走』って行動をとる確率と……」
 もう答えが出たでしょ、とコーヒーに口を付けながら、今回の件の書類に目を落とすジェル。
 と、いきなり吹き出した。
 ジェルのいきなりのことにリーナちゃんが慌ててふきんを持ってくる。ヒューイもカイルも珍しい物を見たかのような顔だ。
「ヒューイ、カイル、」
 表情も口調も普段通りのように見えるが、あんまり見せないような真剣な表情でジェルが口を開く。
「明日から早速取りかかるぞ。
 ……おそらく、一筋縄にはいかんぞ。」
 厳しい口調に、あたし達は思わず背筋を伸ばした。

 そのはずだったのだが……
「なんでこの男は、それでも平気で遅刻するかなー」
〈博士にしては頑張った方じゃないですかね?〉
「うるさい。」
 その会社――サイバークロン社に向かう車の中。ちなみに今あたしの言葉に追い打ちしたのはこの車の制御コンピュータのダッシュパンサーだ。ジェルの所有する七台のマシンの内の一台である。……って、あれ? この前造っていたのはなんだろ?
それはともかく、今ではあんまり見かけないホイールカーなんだけど、とにかく凄いらしい。何が凄いのかはよく知らないけど、人間くさくおしゃべりが出来るコンピュータがあるだけでもタダの車じゃないような気がする。……まぁ、あの研究所にあるマシンはみんなそれぞれ別のパーソナリティを持つコンピュータが搭載されていているわけだが。
 先に言っておくけど、科学万能に見える今の時代でも、見かけだけでも人間と同レベルのコンピュータというのはなかなか存在しない。何十何百って人間が知恵を出し合って、やっとできるかできないか、ってくらいなのが…… なんでいきなり七つも見ることになっちゃうかな。
 それはさておき、どうにか目を通した資料と、うろ覚えの知識と、予習なのか移動中にパンサーが見せてくれたデータで例のサイバークロン社についてそこそこ分かった……ような気がする。
 サイバークロン社は義肢から発展した会社で、今は様々な目的に使われるロボットがメインらしい。義肢で培ったノウハウか、人に似せた表面技術には定評があるとか。
「それで何が変なの?」
 そんな会社なら別に人間そっくりのロボットを作ろうとするのも時間の問題だろうに。
「最初の疑問はなぜGUPになんかに依頼が来る? しかも惑星上で片づきそうな問題ならB級捜査官だろ?」
 A級捜査官には惑星を超えた犯罪か、大規模犯罪の場合に出動することになっている。今回の場合、その両方とも当てはまらない可能性が高い。
「……まぁ、一番のポイントは、その例の暴走したというロボットの主任開発員、そいつは私の学生時代の友人なんだ。」
 おい、とツッコミそうになるけど、ジェルの横顔は冗談を言っているように見えなかった。
「私の予想が正しければ…… これはそいつからのヘルプと思って間違いありません。」
 指がコツコツとハンドルを叩く。ホントに思ったよりも大事なのかもしれないんだ。相変わらず何もできないあたしだけど、ついていけるところまでは行こう、うん。

「そんでどうしてパフェなんか食べているんですかね?」
 あたしの嫌みな口調もジェルには何処吹く風だ。
「ん、福利厚生がしっかりしているだけあって、社員食堂もクォリティが高いですな。」
 あたしの前にはストロベリーパフェ、ジェルの前にはチョコパフェ。さほど大きくもなく、値段もそれ以上にリーズナブル。軽く食べるにはちょうどいいサイズで、しかもジェルの言うとおり美味しい。通常の喫茶店レベルは楽に超えている。
「人の話を聞けよ。」
 まだ食べ終わっていないので、パフェ用のスプーンを武器にすることはできない。悔しさをパフェのイチゴにぶつけていると、いきなり四人がけの空いた席に誰かが座ってきた。
「こちらいいかな?」
 コーヒーを手に座ってきた人は、小振りな眼鏡をちょんと鼻の上に乗せなおした。いつもしかめっ面か無表情か分からないジェルに比べて、朗らかで人畜無害な感じの男性は眠そうな目をしょぼしょぼさせながらコーヒーを半分くらい一気に空ける。
「デートの最中だったかな? それとも妹さん?」
「……知ると後悔しますよ。」
「待てい。」
 キッ、と努力して怖い目でジェルを睨むと、小さく忍び笑いを漏らしてから、白衣の男性を振り返る。
「というわけで、会うのは初めてでしたね。私はジェラード=ミルビット。」
 白衣の懐からGUPの身分証明書を取り出す。
「チーム・グリフォン所属、A級捜査補佐官です。」
 と、ジェルが無言であたしを促す。あ、そっか。
「同じくチーム・グリフォン所属、ラシェル=ピュティアA級捜査補佐官です。」
 慣れない手つきでポシェットから同じ身分証を取り出して見せる。ちなみに、中には顔写真と名前とかの簡単なプロフィール、そして三角形を二つ上下に組み合わせた金色の図形が描かれている。正式な補佐官だと、図形の中に色が入っているらしい。
「へぇ。」
 男性は驚いたような顔であたしと、何故かジェルの顔を見る。まぁ、ジェルはともかくあたしは何か特技がありそうにも見えないし、戦っても強そうに見えないだろうし……
「ご丁寧にどうも。僕はピーター=コリンズ、ピートでいいです。お恥ずかしながら研究室の一つの主任なんかやっています。」
 どこか純朴というか、堅苦しくない真面目そうな雰囲気の人だ。
 ……あれ? ちょっと待って。
 ふと気づいてジェルの方を見ると、分かってるとばかりに見えないくらいに頷く。
「でも残念ながら、今回の件に関しては僕から説明できないので、広報に聞いてください。いや、こんなに大変なのは大学に入った年の大学祭以来ですよ。」
「いやそれは申し訳ないことをしました。じゃあ、そちらに行きますのでお仕事に戻ってください。」
 ジェルがそう言うと、残ったコーヒーを飲み干してピートが立ち上がる。ああ忙しい忙しい、と慌てて外に出て行く。
「ジェル……」
 聞こうとするとジェルが半分溶けかかったパフェに再び取りかかる。今は聞くな、って意思表示かな?
 まぁ、折角だからイチゴパフェを食べる。うん、確かに美味しい。もう少し食べたいな、と思うくらいの量もいい。
 ほぼ同時くらいに食べ終わったところで、ジェルが立ち上がる。本気でもう帰るみたいだ。いや、色々聞きたいことがあるんですけど……
 でもとても答えてくれそうな雰囲気じゃないので、おとなしくジェルの後をついていく。いるのが当然、って顔で堂々とサイバークロン社を歩く白衣姿のジェルだけど、どうも私服のあたしは場違いのような気がして落ち着かない。
 と、ビクビクしていた訳じゃないけど、そういえば周りは見たこと無いところのような気がしてきた。あ……
「もしかして道に迷った?」
「なんでですか。」
 いや、あんた方向音痴でしょ?
 しかしあたしの期待は思いっきり外れることになった。
「よぉ、ジェラードにラシェル! 何やってたんだ!」
 向こうから大声が飛んでくる。いきなり注目の的だ。勘弁してください。
 デリカシーって言葉をブラックホールの彼方に忘れてきたような巨人型騒音発生器は連れの二人を置き去りにするとドスドスこちらに近づいてくる。
「なんだ二人ともなんか旨いもん喰ってきたのか。くそぉ、俺にも言ってくれれば……」
 心底悔しそうな大男――カイルに遅れてヒューイとリーナちゃんもやってくる。
「……話は後だ。」
 どこか渋い顔のジェル。個性的な面々に囲まれて注目の視線とひそひそ話が気になってしょうがない。いやー、やっぱ美少女は辛いわ。
「?」
 どんなにやけた顔をしていたのか知らないけど、あたしを見てもう一人の美少女、あ、いや、超美少女のリーナちゃんが小首を傾げる。ううっ、ちょっと敗北感。
 言うだけ言ったジェルが出口に向かって歩き出したので、全員でぞろぞろついて行くことになった。

 あたし達はパンサーで、リーナちゃんたちはグレイエレファントって大型トレーラーでサイバークロン社を後にする。
「で、どうだった?」
 誰とも無しに聞くジェルだが、パンサーのスピーカーからすぐ近くにいるんじゃないかってくらいの鮮明な声が聞こえてくる。
『ああ、驚くほど当たり前すぎて拍子抜けした。』
 正式な捜査官であるヒューイとカイルはリーナちゃんをつれて広報に話を聞きに行ってたそうだ。そりゃそうだ。普通はそういう仕事をサボってパフェを食べには行かない。
 曰く、ホントに解決する気があるのか? くらいに淡々として、穿った見方をするなら「手を出すな」みたいな雰囲気だったとか。
「やっぱりな…… パンサー。」
〈はい?〉
 いきなり呼ばれてパンサーが驚いたような声を出す。器用なコンピュータだこと……
「今回の仕事がどこからどうやって回ってきたか経緯を調べてくれ。私の勘では……」
〈ええ、博士の予想通りかと。〉
 ジェルの声を遮ってパンサーがどこか誇らしげに言う。
〈暇だったのでグレイと一緒にサイバークロン社のネットワークを調べてました。〉
 おいおい、それって犯罪行為じゃないの?
「バレなきゃ犯罪じゃない。」
 補佐官とはいえ捜査官にあるまじき事を言い放ってから続きを促す。
〈社内からGUPにアクセスした記録があります。痕跡が巧妙に消されていましたが、アクセス時間の空白がネットワークから見つかったのでおそらくは。〉
『おいおい、どういうことだ?』
 カイルが心底分からない、って声で聞いてくる。
「長くなるな。戻ってからにしよう。」

 途中で近所でも評判のケーキ屋に寄ってから帰宅……ってあたしの家じゃないし。それなら紅茶の方がよろしいかと、と執事――いや、何故かいるんだわ――のセバスチャンが惚れ惚れするような腕前と香りを披露してくれる。
「相変わらず美味しいわ……」
「お褒め頂きありがとうございます。」
 一部の隙無くタキシードを着こなすカイゼルひげがダンディなセバスチャン。
「そういえばさ、なんでこんな所で執事してるの?」
 こんな所、ってどういう言いぐさですか、なんてジェルの言葉はスルー。あたしの質問にセバスチャンは考え込むようなポーズを見せてからきっぱりと答える。
「秘密です。」
 そしてチャーミングなウィンク。むぅ、なかなか手強い。
「で、いいかな?」
 一応仕事なんだけどね、と一番勤労意欲の無さそうな奴に言われる。
「おやおや、これは申し訳ございません。博士からラシェル様を横取りするような形になってしまいまして。」
 一瞬ジェルがセバスチャンを睨んで、どうせ効かないと思ったのか、ため息をつく。
「まず一つだけ言っておくのは、今回の件はサイバークロン社にとって都合が悪いということ。有形無形の妨害があるかと思うが、まぁ気にしなくていい。」
 そして次の話を切り出そうとするが、頭の中でまとまらないのか、ジェルが珍しく悩んだような顔をする。
「とりとめのない話かもしれないから適当に聞いててくれ。」
 そんな前置きをしながらポツリポツリと話し出す。
 ジェルとピートが大学の同期であったこと。ピートが学生時代から人型のロボットの研究をしていたこと。その腕を買われてサイバークロン社に入ったのは間違いないだろう。
「それでな、あいつの関節技術とバランサーがとても斬新でな、私も色々参考にさせてもらったよ。」
 遠い目をするジェル。あたしが聞いたところによると、ヒューイやカイルとはハイスクールでの同級生で、大学に行ってた頃は二人でも知らないらしい。ただ、その辺の事に関してはジェルも含めていつも言葉を濁されているので詳しいことは知らない。
「さっき、素知らぬ顔をしてピートに話を聞こうと思ったんだが…… どうやら監視されているみたいだな。まだ私とピートが旧知の仲とは知られてないようだが……」
 ああ、なるほど。あの時の二人の態度はそういう事だったのか。
「ところで、人間そっくりのロボットがいたらどうする?」
 いきなり変な質問を振ってくるジェル。今のところ人型のロボットはいるが「人間そっくり」となると話は別である。
「え〜と…… 友達?」
「いい人だったらいいですね。」
 あたしの言葉をリーナちゃんが受ける。
「じゃあ、そっちの二人はどうだ?」
「ロボット、なんだよな?」
 ヒューイがあたしとリーナちゃんを一瞬見てから、言いづらそうに口を開く。
「暗殺にも、テロにも、それこそ……」
 言葉を一度切って、どこか諦めた表情で続ける。
「売買されることだってあるだろうな。」
 隣でカイルが酸っぱい物を食べたような顔をする。捜査官なんてやっていれば、嫌な事件はたくさんあっただろう。
「…………」
「…………」
 あたしもリーナちゃんも「売買」の意味は分かったが実感はできない。
「では完全人型のロボットに必要な物は?」
 ……? さっきからなんだろ? とりあえず考えて考えて、どうにか答えを探す。
「人間そっくりの身体と…… 心?」
 思わずそんな言葉が口をついて出た。
「まぁ味気ない言い方をすれば、身体と制御システムが必要なわけで。
 ちなみに彼は一つそういうプログラムを持っているのですよ。昔私が渡した、グリフォン達に使われているAIシステムのプロトタイプをね。」
 グリフォンというのはうちのチーム名の元にもなっているシルバーグリフォン号とその制御コンピュータのこと。
「元々初期型なのでじっくり育成させなきゃならないのですが、ピートはそれを我慢強く育てたようですね。そして奴はそもそも人型ロボのそれこそ天才なわけで。」
「ちょ、ちょっと待って。」
 なんか頭が混乱してきた。ジェルの友人が人間そっくりのロボットを作ったかもしれない。そしてそれが暴走して逃走。……いや違う。きっと彼が逃がしたんだ。
 もしそうだとしたらその理由は?
 さっきヒューイ達が言った「人間そっくりのロボットの使い方」を考えると……
「え〜と、あたしの考え言ってみていい?」
 恐る恐る手を挙げると、ジェルがちょっと満足したように頷く。
「変な言い方だけど、ピートは会社のお金で人間そっくりのロボットを作った。それはプロトタイプだから、それこそ運用実験とかそういうことで手元に、なんて考えたんじゃないかな?
 でも元々会社側は良くないことに使おうとしたから、奪われる前に逃がして、そしてGUPに依頼を出した、と。
 ……もしかしたら、ジェルがいるのを分かって、チーム・グリフォンに任務が来るようにしたの……かな?」
「よくできました。」
 ポンポンと頭を叩くジェル。
 やり方はともかく、認められたのはちょっと嬉しいかも。
「おそらくサイバークロン社は今のところ暴走して逃走、ということで行動していることでしょう。でもそれが表面化する前に“処理”したいようですな。」
 処理、って言葉になんか苛ついた響きが混じる。
「で、殴っていい奴は誰だ?」
 カイルが物騒な、それでいてシンプルなことを聞いてくる。ジェルは無言で首を振った。
「未だ不明です。現状もわずかな手がかりからの推測でしかないわけですし。
 ……ピートは私に『大学に入った年の学園祭』と言ってました。あのときは“ちょっとした”事件でちょっと死にそうな目に遭ったので、もしかしたら命の危険もあるのかも知れません。」
 そのちょっとした事件とやらが気になるけど、聞いちゃいけない雰囲気だ。
 長々と喋って喉が渇いたのかカップを傾けるが、すでに空になっていたのに気づいてセバスチャンにお代わりを求める。
「で、どうするんだ?」
 ヒューイの質問にジェルがむぅ、と唸る。
「とりあえず貰った資料も適当。向こうには協力する気無しで、きっとピートに話も聞けないことでしょう。」
 今更ながら、GUPの捜査官があんまり好かれるような仕事じゃないことを実感する。それこそ大企業なら多かれ少なかれ後ろ暗いところはある。それ以前に捜査官が会社に出入りしている、なんて事だけでイメージダウンは免れない。
「とりあえず、ヒューイとリーナは任務を盾に社内の調査をしてくれ。何か分かったら儲けものだが、正直難しいだろう。」
「分かった。俺は適当に相手をつついて、あとはリーナちゃんの護衛ってとこだな。」
「そうだ。何か危険な目に遭わせたら首を捻りもぐからな。」
 さらりと物騒なことを言ってから、大男を振り返る。
「あとカイル。」
「おう。」
「その逃走したロボットにチェイサー(追跡者)が出ているだろう。そいつらよりも先に“彼女”を確保したい。」
「彼女?」
「そう言えば言ってませんでしたね。」
 ジェルがクイッと眼鏡を直す。
「ピートの育てたAI。私の記憶に間違いがなければ名前はミスティ。女性型です。」

 

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