第二十二話 涙の価値

 

 燃える炎。
 人々の苦悶の声。
 何かが…… それこそ色々なものが燃える臭い。
 肌に感じる熱気と温かい感触。ざらつく土の感触。
 口の中にわずかに鉄の味がする。どこか切ったんだろうか?
 恐怖、悲しみ、怒り、絶望。そんな「負」の感情があたりを支配していた。
「……だ……ね。」
「……くな……よ。……おをま……いに。」
 なにか心が落ち着くような男女の声。
 ああ、そうか。この人たちの腕の中にいるんだ……
「…………! …………!」
 女の子の声が聞こえる。というか、泣き叫ぶような声だ。
 でもなんと言っているか分からない。
「……って。……きの……らね。」
「……ぶ。い……に……から。」
「……! ……!」
 その光景がぼやける。声も聞こえなくなってくる。
強くなるから! ボクもう泣かないから!
 最後にその言葉だけはハッキリ聞こえた。

「……若、最近の若の行動には批判が多いですぞ。」
「そうか?」
「はい。かのブレイカーマシンどもに助力していると思われているようです。」
「思われるも何も、実際に手助けしているしな。」
 バロンの言葉に老人は小さくため息をつく。
「若…… もう少しご自分の立場をお考え下さい。若のやっていることは完全な利敵行為でございますぞ。」
「なぁ、爺。奴らは…… ミサキ達はホントに俺の敵なのか……?」
「なにを……」
 仰いますか、と言おうとして、老人は言葉を詰まらせた。
 普段なら簡単に言えることが何故か言えない。きっとそれは……
(儂も…… そうなのでしょうか?)
 考えても答えは出なかった。

(あれ? なんか元気ないな。)
 教室に入った法子は、珍しく早く来ていた美咲を見つけた。しかも彼女の見立て通り、なんとなく元気がないように見える。
 ふと思い出して、自分のメモ帳を開く。
(そっか…… 明日だったわね。
 ……もう七年になるのか。)
 ちょっと遠い目。実際に見たわけではない。美咲との付き合いも中学校に入ってからだ。でも本人と同じくらいに知っているつもりだ。
(だからって元気を無くしてる理由にしてほしくないわね。)
 ツカツカと少女に近づくと、バシーンと景気のいい音を立てて法子は美咲の背中を叩いた。
「おっはよ〜! サキちゃん! 今日も元気しとるかね?」
「ふぇぇぇっ!!! 痛いよ法子ちゃん……」
「のーぷろぶれむ! あたしは『ぜんぜん』痛くないし。」
「ボクが痛いよ……」
「気にしない気にしない。」
「ううっ、すごい気にするよぉ……」
 こういう普段のやりとりでちょっとは元気が出たようだ。法子はそれだけでも嬉しかった。
 目の前の少女は深い悲しみを持っているのに、それをほとんど表には見せない。その強さが羨ましく、そして悲しかった。
 キュ。
 思わず法子は美咲を抱きしめていた。
「わ、わわっ。の、法子ちゃん、ボクそういう趣味な、ないからね。」
「……ちょっとそれどーゆー意味よ。
 違うわよ、今日はちょっと涼しいから、子供で体温が高いサキのぬくもりを分けてもらおうと思ったのよ。」
「なぁんだ…… って、ボク子供じゃないよぉ……」
 そんな漫才をやっていると、ガヤガヤと教室の中に人が増えてきた。
「あ、もうこんな時間!」
 わざとらしく言うと、法子は自分の席に戻っていった。
「子供じゃないのに……」
 拗ねたような表情をする美咲が残された。

 そして時間は飛んで放課後。
「ここが各機の状態をモニターする画面。操作は簡略化してあるから、すぐに覚えられると思うよ。」
「でも、あたしコンピュータ初めてですし……」
「それでも覚えたいんだよね?」
「はい。」
 いつもの研究所。地下のコンピュータ室で和美が謙治からレクチャーを受けていた。
「……随分熱心だな。」
 と、サッパリ分からない隼人が不思議そうに見ている。
「だって…… 和美はお兄ちゃんたちと一緒に戦えないから、せめてお手伝いだけでも、って。」
「いいこと言うじゃない。その気持ちの半分でも隼人に分けてあげられないかしら?」
「おいおい……」
 言ってる事はひどいが、麗華の顔は笑っているので隼人も苦笑いを返すだけですます。と、和美がその兄の顔を興味深げに見ている。
「……どうした?」
「お兄ちゃん、そういう風に笑うんだね。」
「は?」
「昔は全然笑わなかったから。」
「……そうか?」
「笑ってたかもしれないけど、今みたいに外からみて分かるような笑い方はしてなかったよ。」
 言われて隼人はちょっと考え込んでしまう。いつからかは分かっている。美咲達と一緒にいるようになってからだ。自分でも変わってきていることは気づいている。そしてその最大の原因も……
「はいは〜い、みんなお茶入ったよ〜 それと、焼きたてのキャロットケーキ!」
 お盆を手に美咲が降りてくる。
 さすがにちょっと疲れたのか、う〜ん、と和美が伸びをする。
 ちょうどキリもいいのか、お茶会とあいなったのだが……
「……どうした、橘?」
「え……?」
 不意に隼人に言われて、美咲が不審な言葉の切り方をする。
 そのことで確信を深めたのか、追い討ちをかけるようにしてたずねる。
「なんかお前、今日は変だぞ。」
「ボクが…… 変?
 ……う、ううん。そんなことないよ……」
 そのぎこちない言葉に、他の三人も美咲の様子がおかしいことに気付く。
 そして何か言い出す前に、隼人が口を開く。
「……そっか。お前がそんなことない、っていうならしょうがないな。
 悪い、俺の気のせいのようだな。」
 淡々と言ってから、空いたカップを美咲に差し出す。
「紅茶のお代わりいいか?。」
「あ…… うん。」
 他のカップも空いているのを見て、それをお盆にのせて階段を上がっていく。
「……隼人。」
「分かってる。」
 麗華のちょっと非難めいた視線に、ぶっきらぼうに応える隼人。
「あいつはいつも何か隠している。
 だが、本人が言いたくないなら、俺たちが聞く権利も義務もない。」
「正論ですけど、僕は100%賛同できませんね。」
 ポツリと謙治が呟く。
「でもさっきの橘さん、大神君に言葉にちょっと表情を変えてましたよ。
 言いたくないし聞かれたくない。というのはあるでしょうが、その反面、言いたい聞かれたいという部分もあるんですよ。ま、あいてによりけりですけど。」
「じゃ、頑張ってね。お兄ちゃん♪」
「……なんでそこで俺の名前が出てくる。」
「違うの?」
 一点の曇りもない澄んだ瞳でまっすぐ見つめられると、さすがの隼人も弱い。
(……というか、橘もこういう目をしてるよな。)
 だからだろうか。自分がなんとなく美咲に頭が上がらないのは。
 しかし、その思考は騒がしい足音にかき消されてしまった。
「大変大変!」
 美咲が焦ったように降りてくる。
「テレビ見てテレビ!」
「どうしたのよ……」
 美咲の子供じみた様子に少々呆れながらも、すぐそばの謙治に目配せをする。アイコンタクトで理解した謙治が、手近の端末を操作し、何かを思い出したかのようにいくつかのキーを叩く。
 モニタが特別報道番組を流し始めた瞬間に、研究所内に甲高い電子音が鳴り響く。
 その場にいた全員が顔色を変えた。
『夢魔!』
 電子音は夢魔の発生を、そしてモニタには巨大な物体が鎮座しているのを知らせる。
 謙治はすかさずコンソールの前に座ると、いくつかのキーを叩く。
 モニターに現時点で分かる範囲の夢魔の姿が映し出させる。
「……なんて言えばいいですかね?」
「スピーカー、かな?」
「そんな感じだね。」
 謙治の左右で美咲と和美が言う。
 彼女たちの言うとおり、その夢魔は全身にスピーカー状のものを装備していた。
 というか、金属製の触手の先についたそれは、まるで朝顔かユリを想像させる。
「周囲への被害は?」
 麗華の問いに、また謙治の指がキーボードの上を走る。出てきた文字の羅列をスクロールさせながらの流し読み。まだ夢魔が「発生」して、間がないせいか情報も不確定のものが多い。
「まだ噂の範囲ですが、あの周辺で茫然自失となったり、奇声をあげている人がいるという話です。」
「……夢魔による精神攻撃かしら?」
「そういうのは小鳥遊博士の領分ですから何とも言えませんね。ただ、物理的被害はまだ出てないようです。」
 夢魔が「発生」して間がないのか、まだ情報も噂の範囲を超えない。
「いることは分かってるんだ。ぶっ潰すしかないだろうが。」
「……お兄ちゃん、過激だね。」
 和美の言葉にうんうん頷く美咲。
 パンパンと麗華が手を叩く。
「はいはい、漫才はそれくらいでいいわ。
 さっさと行きましょ。大きな被害が出ない内に倒しましょ。」
「そうですね。」
 その言葉が合図になったかのように次々と階段を昇っていく。
「じゃあ、和美ちゃん、お留守番お願いね〜♪」
 手を振って見送る和美。無言の声援を背に受け、四人は夢魔のいる街外れに向かうのであった。

『ブレイカーマシン、リアライズ!』
 四色の光が溢れ、同じ色のマシンが虚空から現れる。
「…………」
「どうしたんですか? 神楽崎さん。」
「ん……? いえ、最初から四人揃っているの、って珍しいな、って思って。」
「そうですね。」
 四機の目の前では、先ほどモニターで見たものと同じものが金属製の触手を不規則に蠢かせていた。
 特にこちらに攻撃してこようという様子はまだ見えない。
 外見はイソギンチャクを想像すればよいだろうか。その上の触手の数を減らし、その先のいくつかに花状のスピーカーのようなものをつけてみる。そして全身を金属製にしたような感じだ。
「動きがねぇな……」
 こちらを認識しているのかどうか不明だが、フヨフヨと触手を動かしている。
 わざと隙を作っているとも考えられるけど、それも考えすぎなのかも知れない。
 疑心暗鬼になりそうになって麗華はコクピットの中で頭を振った。
「悩んでもしょうがないわ。
 美咲! ナイトブレイカーに合体して一気に決めるわよ。」
「うん!」
 美咲がドリームティアを構える。それが純白の光を放った。
ドリームフォーメーション!

「……!」
 機械の音がわずかに聞こえる研究所。その地下でモニターを真剣な表情で見ていた少女が不意に顔をしかめる。
「……何か、いる……?」

夢幻合体! ナイトブレイカー!
 四機のブレイカーマシンが合体し、夢を守る無敵の巨人となった。
 と、そのときの波動を感知したのか、いきなり夢魔はその「花」を一斉に開花させ、ナイトブレイカーに向ける。
 スピーカーで言えばコーンに当る部分が震え出す。
「橘!」
「サークルディフェンダー!」
 隼人の声が飛ぶと同時に、ナイトブレイカーは両手を前に突き出す。その手の先に円形の障壁が生まれた。
 しかし、その「花」から放たれた波動は、障壁をまるで無いかの如くに通り抜けナイトブレイカーを包み込む。機体自体には何も影響が無かったのだが、パイロットの少年少女たちの心の奥底を揺さぶるような衝撃。
『……!』
 悲鳴も上げる間もなく、美咲達四人の意識は闇に沈んでいった。

 夢を見ている……

『麗華。友人は選んだ方がいいぞ。』
『どういうことですか? お父様。』
 自分でも声が硬くなるのが分かる。
 久しぶりに家に帰ってきたらこれだ。声には出さず呟く。
 確かに麗華の家はどう贔屓目に見ても、いわゆる「大金持ち」ってやつだ。でもそれだからといって、いきなり人間の質が変わるわけでもない。しかし……
『お前の我が儘を聞いて、普通の高校に通わせているのはあのような者たちと付き合わせる為ではないぞ。』
『…………』
『まぁ、よい。もうすでに転校の手続きはとってある。やはり神楽崎家の子女としてはちゃんとした学校に行かねばな。』
 麗華は絶望に目の前が暗くなった。その後、何を言ったか、何を言われたのか憶えてない。
 自室に戻って泣いた。一度父親がああ言い出したらそれで終わってしまう。その強引さで会社を経営しているのだ。
 麗華も何度も反発しながらも、結局最後には父親に負けてしまう。
(でも…… そうなってしまったら……)
 ブレイカーマシンに乗って戦うのもほぼ不可能になるだろうし、美咲たちとも会えなくなってしまうだろう。
(嫌。それだけは絶対嫌。)
「麗華ちゃん。」
「神楽崎さん。」
「おい、神楽崎。」
 脳裏に自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
(せっかく…… せっかく手に入れたのに……)
 麗華はスックと立ち上がった。いつの間にかに風景が全て消え失せている。
自分の居場所は、自分で決めるわ!

『謙治。この成績はなんなの?』
 確かに最近、勉強はおろそかになっている。しかし、受験のための勉強では決して身に付かない知識と、充実感を手にしていた。しかし、彼の母親はそんなことは思っていない。
 更にいえば、落ちたとはいえ、十分に成績優秀である。それなのに彼の母親は不満なのだ。
『勉強の邪魔になるものは処分よ。』
 目の前で次々に捨てられる本やプラモデル。
『いい? あなたは戦うなんて野蛮なことはしなくていいの。勉強をして、一流の学校に入って、一流の企業に入ればそれでいいのよ。』
(違う……)
『そんなことないわ。母さんの言うことを聞いていれば……』
『違う!』
 やっと声が出た。その瞬間、周囲の風景が揺らいでいく。
僕はやっと自分の意思で動いている。その邪魔をしないでくれ!

『お兄ちゃん……』
「和美。」
 病床の妹。すでにその命は消えうせようとしている。震える手を兄に差し伸べ、
『お兄ちゃん…… あたしね、』
「おい。」
 そんな弱々しい声を隼人が遮る。
「一つだけ言っておく。
 お前は神楽崎の手回しのおかげで、手術を受けられ退院したんだ。少なくとももう病気に悩まされる心配はない。」
 冷たいながらも語気に怒りが混じる。
「だからお前がいきなり死んでしまうことを恐れる心配もないし、辛そうなお前の姿も見なくていいようになったんだ。」
 淡々と言葉を継ぐ。偽りの世界が壊れ始めてきた。
誰か知らねぇが……
 
下らねぇ夢なんか見せるんじゃねぇっ!!

 意識が覚醒する。
 醒めた悪夢。
「何、今の……?」
「分かりません。おそらく夢魔による精神攻撃でしょう。」
 コクピットの中で頭を振る麗華と謙治。
「よく分からねぇが、どうやら自分が一番恐れるもの、恐れているものを見せられたんだろうな。」
「……美咲は?!」
 まだ言葉を返してない少女の身を案じる。
『お兄ちゃん大変! 美咲お姉ちゃんの精神状態が凄いことになってる!』
 研究所からの和美の声。
 その意味を図りかねて、謙治が研究所のセンサーの数字を自機に引っ張ってくる。
 しかし…… それを判断する前に決定的な事実が起きた。

「いやぁぁぁぁっ!!」
 いきなり聞こえてきた少女の悲鳴。
「やだっ、いやっ……!」
 何かに怯える声。いつもの明るい少女からは想像もできないような声。
「パパ! ママ! 死んじゃやだぁ……」
 声に湿り気が混じる。
 それを聞いて麗華はハッと表情を変えた。
「……思い出した。
 あの子の両親は七年前の明日、飛行機事故に亡くなったのよ。しかも…… 美咲も同じ便に……」
「考えたくねぇが、そういうことか……」
 美咲の見ている「悪夢」の正体に気付いて衝撃を感じ、ついで怒りがこみ上げてくる。
「うわぁぁぁぁぁぁっ……!」
 美咲の泣き声も退行しているかのように幼いものへと変わっていく。
 と、いきなりナイトブレイカーが強制分離された。美咲の精神状態が正常なものでなくなったからだろう。麗華達は自分の意志で着地するが、フラッシュブレイカーは無様に落下する。そういう余裕も無いようだ。
「くそぉ…… 止めろぉぉぉぉぉっ!!」
 ビーストモードに変形したウルフブレイカーが夢魔に襲いかかる。蠢く触手をかわし、金属の花をいくつも、いくつも引きちぎる。
 しかし美咲の泣き声は止まらない。
「このままでは橘さんの精神がどうかなってしまいます!」
「美咲!」
 呼びかけながらも隼人の攻撃の隙をついて、二機が攻撃をしかける。夢魔は相当傷ついているはずなのだが、少女の悪夢は醒めない。
「どうすればいいの?!」
 その答えは誰も……

 いや、
「なに……? 美咲お姉ちゃんの声が別の所からも聞こえる。それに……」
(誰か、誰かこの悲しき声を止めて下さい。今の私にはその力が……)
 和美の五感を超えたところから、必死な懇願の声と、痛いまでに悲しい泣き声が聞こえてくる。
「どこ…… どこなの?
 このままじゃ美咲お姉ちゃんが……」
 感じたことのある感覚。確かこれは……
「お兄ちゃん分かった!
 夢幻界に何かいる! 悪いのと…… そして優しい何かが!」

「そうか! それは盲点でした!」
 謙治がセンサーの目を夢幻界に向ける。結果はすぐ出た。
 もう一体の夢魔。
「想像の範囲ですが、目の前の夢魔が悪夢の発動。そして夢幻界の夢魔がそれの維持、だと思われます。たまたま僕たちは自力で悪夢から醒めましたが……」
「あの子の場合は実際に見た悪夢。そしてけして消すことのできない心の傷……」
 だから醒めない夢。
「……神楽崎、田島。ここは任せる。」
 一言呟き、ウルフブレイカーが「伏せ」の姿勢をとり、次の瞬間消えた。
 生身の隼人が走り出し、戦闘の邪魔にならないところまで走っていく。
 適当な木を背に腰を下ろし、腕のドリームティアを額にかざした。
「ドリームダイブ!」

 隼人が夢幻界に入ったのを察知したのか、現実世界の夢魔の動きが慌しくなった。
 さっきまではほとんど攻撃らしい攻撃をしてこなかったのだが、いきなり触手をフェニックスブレイカーとサンダーブレイカー、そして動けないフラッシュブレイカーに向ける。
 響く轟音。
 迫る触手が吹き飛ばされた。
「……先にお断りしておきますが、ちょっと今機嫌悪いんですよ。」
 続けざまに肩の主砲が火を吹く。上からもフェニックスブレイカーの攻撃が夢魔に突き刺さる。
 本体はともかく、触手にはそれなりのダメージを与えているようだ。
 少女の声は啜り泣きのようなものに変わっている。先ほどまでのような泣き叫ぶ声でないところが少女の精神の余裕が無くなっていることを感じさせる。和美の話も考えればそう長くはもたないだろう。
(隼人…… 早く……!)
 内から湧き出そうなマグマのような怒りを抑えながら、飽くまでも冷静に麗華は夢魔を照準にとらえる。
「フルブラスト!」
 二人の気迫が夢魔を圧倒し初めていた。

「どこだ……?」
 夢幻界。しかしこの世界にも悲しい少女の泣き声で満ちていた。
 その声を聞くと、隼人の奥底の「何か」がギュッと締め付けられるような感覚を受ける。
 そして何かいらつく。何が原因でイライラするのかが分からなくて余計に腹立たしい。
 ただ一つだけ分かっているのは、少女の涙を止めなければいけない、ということ。
 しかし、広大に広がる夢幻界。どこに夢魔がいるのか全く見当がつかない。
《……らで……》
「ん?」
《こちらです……》
「……誰だ?」
 どこからか分からないが、聞き覚えのある声が聞こえてくる。そしてその「こちら」の方向がなんとなく伝わってくる。
《隼人様、お急ぎを……!》
「……そういうことか。」
 すぐさまウルフブレイカーをリアライズして走り出す。
 見えた。
 程なく走ると現実世界と同じような形の夢魔がいた。
 違いがあるとするならば、触手の一本を上に向けてまっすぐ伸ばしている。その先からは光の線がさらに空へと延びていることだ。見上げてもその行く先は見えない。
(こいつか……)
 目の前の夢魔が美咲の心を傷つけている。そう考えただけで、不思議と頭に血が上るのを感じた。そしてその怒りと同時に別な感情も……
 隼人は考えないことにした。
シェイプシフト! チェンジ、ウェアビーストッ!
 考えたのはこの夢魔を「倒す」ことだけ。疾風を超えた速度で夢魔に接近して両手の爪を振るう。
 片方の爪が振り上げたときに光の線に触れる。その刹那、隼人の視界で光が爆発した。

 燃える炎。
 人々の苦悶の声。
 何かが…… それこそ色々なものが燃える臭い。
 肌に感じる熱気と温かい感触。ざらつく土の感触。
 口の中にわずかに鉄の味がする。どこか切ったんだろうか?
 恐怖、悲しみ、怒り、絶望。そんな「負」の感情があたりを支配していた。
「大丈夫だからね。」
「強くおなりよ。みんなの笑顔を守れるくらいに。」
 なにか心が落ち着くような男女の声。
 ああ、そうか。この人たちの腕の中にいるんだ……
「しっかりして! パパ、ママ!」
 女の子の声が聞こえる。というか、泣き叫ぶような声だ。
「ほら、笑って。ママは美咲の笑顔大好きだからね。」
「大丈夫。いつもそばにいるから。」
「パパ! ママ!」
 その光景がぼやける。声も聞こえなくなってくる。
「強くなるから! ボクもう泣かないから!
 だから、死んじゃヤダぁ!
 ヤダよ…… ボクを一人にしないで……」
(これは……)
 風景が変わる。
 虚ろな視線の先に、様々な構えをとる老人がいる。その視線に気付いたのか、老人が少女に近づいた。
「どうじゃ? 少しやってみるか?
 強くなるというのは意外と面白いもんじゃよ。」
「強く……?」
 少女の唇からその一言が洩れた。そのままコクンと無表情のまま頷く。
「よし、それじゃあ美咲。まずは基本の構えじゃ。」
 時間が早送りのように流れる。
 なにか目的を見つけたせいか、ガラス玉のように空虚な瞳に少しずつ光が蘇ってくる。
 ぱしん!
 少女の回し蹴りを老人が思わず受けてしまった音。それまでは避けるだけしかしなかったのに、その速さに思わずガードしてしまったのだ。
「ついに儂に手を使わせるとは……」
「えへへへ……」
「……美咲、お前……」
 あの事故以来、始めて浮かんだ小さな笑顔。
「あれ? お爺ちゃんどうしたの?」
 その笑みがあまりにも眩しくて、嬉しくて、老人は気付かぬ内に涙を流していた。自分の娘の残した忘れ形見、孫娘を優しく抱きしめる。
「うんうん…… その笑顔、決して忘れるんじゃないぞ。」
(これは…… 橘の記憶…… なのか?)
 不意に視界が元に戻る。
 まだウルフブレイカーが空中にいるところをみると、ほんの一瞬の出来事だったらしい。
うおぉぉぉぉぉっ!!!
 何か分からない。しかし心の奥底から沸き上がる衝動。口から咆吼がほとばしる。
 それに呼応するようにブレイカーマシンが青いオーラに包まれる。
許さねぇっ!!!
 まるで格闘ゲームの乱舞技のように爪や脚が何度も何度も夢魔を斬り裂く。
 身体の半分近くを失いながらもウルフブレイカーから離れようとする。最初の頃に傷つけられた部分は早くも再生しようとしていた。
「逃すかっ!!」
 逆に自分から一歩離れて、鋭く大地を蹴る。
ビースト・ストライク・ブレイクッ!
 全身に青いオーラをまとい、夢魔を貫き駆け抜けた。
 ピタリと動きを止めた夢魔が、ゆっくりと分解していく。それと同時に、自分の内の熱いものが冷めていくのを感じる。
「……ちっ。」
 コクピットの中で頭をかく。何かに苛ついたような表情を見せるが、すぐに思考を切り替える。まだ現実世界に夢魔が残っている。
 ふっ、と夢幻界からウルフブレイカーごと隼人が消えた。

 さっきまで聞こえてきた少女のすすり泣く声が不意に途絶えた。
「夢幻界でのエネルギーの消失を確認!」
『美咲お姉ちゃんの精神状態が安定したよ!』
「まずはこれで一安心ね。」
 しかし、消耗したのかフラッシュブレイカーはピクリとも動く気配がない。
 そして、夢幻界の夢魔が倒されたのを知ったのか、目の前の夢魔がすべての触手をブレイカーマシンに向けてきた。
 いきなりの猛攻と、怒りのために冷静さを失っていたせいか、今までの優勢を一気にひっくり返される。
 撃ちもらした触手の一本が、動けないフラッシュブレイカーにからみついた。断ち切ろうにも自分たちに向かう触手をさばくので精一杯だ。
「美咲!」
 呼びかけにも反応はない。そのままズルズル引きずられていく。更に数本の触手が絡みついて、フラッシュブレイカーを宙に吊り上げた。
「このっ、このっ!」
 美咲を助けようにも、撃っても撃っても触手が迫ってくる。
 と、
「神楽崎! 『あいつ』を呼べ!」
 向こうからウルフブレイカーが駆けてきた。
「隼人! 『あいつ』って……?」
「いいから早く!」
「……神楽崎さん! 機体の整備は完璧です!」
 隼人の言いたいことに気づいて謙治も叫ぶ。
 そして二人の言い方に、麗華も何がどうなったのか悟った。
「そう、か……
 いいタイミングね。ちょうどあなたの力を借りたかったの。」
 小さく呟くと、声高々とその「名前」を呼んだ。

(その言葉、お待ちしておりました!)
 地下室にいた和美の脳裏に力強い声が響く。
 目の前のディスプレイに、大量のデータが流れ始めた。
 大型の航空機のワイヤーフレームがその奔流に重なる。
Kaizer Jet
 ディスプレイの中央に赤い文字が点滅する。まるで歓喜に打ち震えるように。
Scrumble!!

カイザー、スクランブルッ!
 キンッ!
 空の一角が光ると、そこから深紅の航空機が飛行機雲をなびかせて飛んできた。
チェンジング・ドラゴン!
 それは夢魔の眼前で姿を変える。
竜王変化、カイザードラゴン!
 現れた深紅の火竜は勢いもそのままに夢魔につかみかかった。美咲を捕らえている触手を根本から叩き切る。
 落下するフラッシュブレイカー。
 すかさず落下地点に隼人が滑り込む。カイザーはそれを横目で確認すると、まるで何かが乗り移ったかのようにガムシャラに爪を振るう。
〈麗華様!〉
 振り返らずに叫ぶカイザー。
〈私は如何様に思われても構いません!
 しかし…… しかし、
この夢魔に対する怒りを抑えることが出来ません!!
 今までの中で一番の激しい叫び。
〈私は一度身体を失って夢幻界を彷徨っておりました。麗華様の為に何度も戻ろうとしたのですが、それも叶わず……
 しかし…… あの悲しみに満ちた叫びが、あの少女の涙が…… 私を呼び戻したのです!
 無礼千万なのは百も承知です。でも私は…… あなた様を守るためではなく、あのような悲しみを、あのような涙を止めるために戦いたいのです!
 麗華様! 合体命令を!〉
「カイザー……」
〈分かっております! しかし……!〉
 なおも口を開こうとするカイザーを麗華はやんわりとなだめた。
「それでいいのよ。それでこそ私たちの『仲間』よ。」
〈仲間……〉
「そして私が出すのは合体の『命令』じゃないわ。合体の『指示』だけ。
 ……行くわよ!」
「はい!」
「おう!」
 麗華のドリームティアが深紅の光を放つ。それと呼応するようにカイザーの身体が光り輝いた。
ドラゴニック・コンビーネーション!
 カイザードラゴンの頭が胸に移動し、背部のパーツが下部に展開する。腕を背中に折り畳み、フェニックスブレイカーとウルフブレイカーが脚部に、左右に分割したサンダーブレイカーが両椀となる。
竜帝招来、フレイムカイザー!
 新たな頭部が現れ、全身に炎をまといながらポーズをとる。
〈ドラグーンランサー!〉
 そして右手を天に掲げると、手の中の炎が伸びて一本の長槍となる。
〈貴様が犯した罪の重さ。少女の流した涙の意味。その身で知るがいい!〉
 大地を蹴ってフレイムカイザーが駆ける。カイザーの爪に斬り裂かれてその数を減らしていたものの、再生させながらまた繰り出してくる。
 一閃!
 ランサーが迫る触手をものともせず全てを斬り裂く。斬られた触手の先は大地に落ちる前に空中で蒸発してしまう。
 さすがに切り口を焼かれてしまえば再生もおぼつかない。夢魔は再び精神攻撃をしかけようと花を開こうとする。
 轟音と共に金属の花が散った。
 腕のキャノン砲が鋭く振るわれるランサーの間隙を縫って射抜いたのだ。
「生憎と、タネが分かっている手品に二度も付き合う義理はありません。」
「全くだ。」
 右足を高く振り上げると、鋭い踵落としが夢魔にめり込んだ。
「こんな奴、さっさと決めてしまえ。」
「カイザー、聞いたわね?」
〈かしこまりました!〉
 夢魔を踏み台にしてそのまま後ろに跳ぶ。
ドラゴン・ロアー!
 竜の咆吼が夢魔の動きを止める。
 フレイムカイザーが翼を広げる。バーニアが炎を吹いて、その巨体が空に舞い上がった。
 上空から急降下。ランサーを回転させると徐々に赤熱化していく。
「これでおしまいよ!」
〈お覚悟!〉
 真っ赤に輝くランサーを振り下ろす。
カイザー・グランド・スラッシュッ!!

「また、よろしく頼むわね。」
〈かしこまりました。それでは皆様、失礼いたします。
 チェンジ、カイザージェット!〉
 戦いすんで、カイザーはまた空の彼方へ飛び去っていく。全員がブレイカーマシンを夢の世界に戻す。
 しかし、美咲もフラッシュブレイカーもあたりには見えない。
「美咲は?」
「……近くにはいないようですが。」
 少女の姿を求めてあたりを見回すと、麗華の家のリムジンが音もなく三人の前に停まる。いつもの運転手がおりてきて頭を下げる。
「お嬢様。申し訳ございません。
 ご友人を引き留めようとしたのですが、走ってどこかへ向かわれてしまいました。」
「美咲が?」
「はい。」
「そう。どこに行ったのかしら、あの子……」
「手分けして探しましょう。黙っていなくなったということは、研究所に戻ったのではなさそうです。」
「……そうだな。」
 空が赤く染まっている中、三人は少女の姿を求めて散った。

 ……何か予感があったわけではない。
 ただ、自分だったらそこにいるかな? そう考えただけだった。
 川と夕日が見える土手の草原に少女はいた。自分の膝に顔を埋めるように座っている。
 近づくために草原に足を踏み入れる。足下の草が僅かに音を立てた。
「ゴメン。今は一人にさせて。」
 俯いたまま突き放したような声。でもそれを無視して、少女のすぐそばまで歩く。
「だから……!」
 その言葉も無視して、その場に腰をおろす。
「隼人くんっ!」
 やっと美咲が顔を上げた。その頬には涙の跡がある。隼人の胸の奥が痛んだ。
 怒ったような視線と声から目をそらし、沈もうとしている夕日に顔を向ける。
「そうやって一人で涙を堪えるつもりか?」
「…………」
「見てしまったから言い訳はしないが、お前の記憶、ちょっと見てしまった。」
「そう、なんだ……」
 寂しそうな声。ちょっと自虐的な響きが混じる。
 しばらく沈黙が流れる。端から見ても美咲が一生懸命泣くのを我慢しているように見えた。
「橘。」
 不意に名前を呼び、少女の頬に手をあて、自分の方を振り向かせた。不安げに揺れる瞳を真っ正面から見つめる。
「泣きたいときは泣いていいんだ。」
 隼人の言葉に美咲の身体がビクッと震える。
「……泣かないことが強いわけじゃない。
 涙を知っているからこそ、得られる強さもあるんだ。」
「でもボク…… 泣き方なんか忘れちゃったよ……」
 返ってきた震える声。気恥ずかしくて目をそらしたくなるのを堪えて言葉を続ける。
「いいんだ…… そんなもの必要ない。
 でも、一人で泣いたり我慢したりするのは止めろ。余計に辛くなる。」
「…………」
「悲しいときは泣いておけ。そうすれば嬉しいときにはちゃんと笑える。
 ……まあ、これは俺が昔、和美に言ったセリフだけどな。」
「…………の?」
 顔を伏せた少女が小さく呟く。
「ん?」
「ホントに…… 泣いてもいいの?」
「ああ。」
 優しい声を出す隼人。
「ホントにホントに…… 泣いていても強くなれるの?」
「ああ。」
「隼人くん……」
 潤んだ瞳を上げる。
 ゆっくりと、そのままゆっくりと隼人の胸にすがりつく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
 大声で泣き叫ぶ少女。それが七年間一人で耐えてきた悲しみをわずかながら洗い流す涙であればいい、そう隼人は思った。
(……俺は、こいつが泣いているのを見たくないのかも知れないな。)
 小さく痛む胸の奥。しかし自分の胸の中で泣く少女を見ると、理解できない気持ちも湧き上がってくる。よく分からない感情は無視して、妹にやっていたように髪を撫でていた。

「う、うん……?」
 夜の帳が下りた頃、美咲は目を覚ました。
(……あれ?)
 どうも眠っていたわりには場所が変だ。どう考えても外だし、うつ伏せのようだし、しかも下に何か敷いている。
「目が覚めたか?」
 頭上から声がかけられる。それで思い出した。自分が隼人の胸で泣いて、そのまま泣き疲れて眠ってしまったことを。おそらくは少女が体の上に乗ってしまったため、隼人は動くに動けなかったことは容易に想像できた。ふと、さっきまで自分が枕にしていたところに目を落とすと、シャツの胸元が濡れていた。何で濡れたかは考えるまでもない。
「えっとぉ……」
 色々あって、どうも頭が混乱する。
「とりあえず、ゴメン。」
 ペコリと頭を下げる美咲に、隼人は思わず苦笑した。
「何にどう謝っているか知らんが、そろそろおりてくれないか? 重くはないが、俺的に色々問題がある。」
「ふぇ?」
 いつもの憮然とした表情の隼人の言葉に、首を捻りながらも体をずらす。上に乗っていた重みが無くなると隼人は立ち上がり、不安定な姿勢で凝り固まった体をほぐす。
「……帰るぞ。」
「あ、うん……」
 ピョン、と起き上がった美咲を肩越しに見て、そのまま背を向けて歩き出した。
「ねぇ、隼人くん……?」
 後ろからそんな声が聞こえてくる。距離が離れているので足を止めているのだろう。そういうことを分析する前に、本能的に隼人は嫌なものを感じた。何か危険な気がする。
「あの、ね? 一つ、ううん、二つお願いがあるんだけど…… いい?」
 ビクッ!
 嫌な予感は的中した。「危険」ではないのだが、美咲の「お願い」はどうも隼人の肌に合わなかった。言うなれば「潜在的な危険」というべきだろうか? 頭のどこかで警鐘を鳴らしているのだ。さらには自分がそれを拒否できない立場にいることを含めて。
「……内容による、と言いたいが、お前なら大したことは言うまい。言ってみろ。」
 あきらめに似た響きを交え、振り返って前も言ったセリフを口にする。
「うん、あのね……
 さっき、一人で泣くな、って言ったよね。」
「ああ。」
「だから…… 泣きたくなったときは隼人くんに泣きついていい?」
「……身体が空いていたらな。」
 隼人としては甚だ不本意だったが、そう言うしかなかった。
「それと…… ね?」
 今日は大サービスだな俺、と思いながら次の言葉を待つ。少女が口を開く度に、少女に見つめられる度に、見えない鎖で縛られているような感じがする。しかし、それをさほど嫌がっていない自分がいるのは何故だろう?
「やっぱり…… ボクのこと名前で呼んで欲しいな。」
「……なに?」
「でも…… どうしても嫌だったら、誰もいないときだけでいいから。」
「…………」
 今度は返事をせずに、再び背中を向ける。
「いいから、そろそろ帰るぞ。」
「あ……」
 何か言いかける美咲をおいて、歩き出す。が、途中で足を止める。
「さっさと行くぞ。
 その…… 
美咲。
 いきなり早足で歩き出す隼人。美咲の顔がパッと明るく輝いた。
「うん♪」

「爺…… 今回ばかりはどうも嫌な気分だ。」
「若、儂も…… お恥ずかしながら、そういう気分でございます。」
「それは恥ずかしいことではないぞ。
 ……このような作戦を行う者の方がずっと人として恥ずかしい。
 なぁ、爺。もう一度聞くが、ミサキ達はホントに俺の敵なのか……?」
「分かりませぬ。」
 今度の返事は早かった。
「例え敵であるとはいえ、爺には戦いたくない相手でございます。」
「……俺はどうしたらいいと思う?」
 バロンの問いに老人は目を伏せ首を振った。
「若の思うようになさって下され。爺はどんなときでも若のおそばにおります故……」
「悪いな。」
 そんな労いの言葉に老人が破顔する。
「いえ…… 老い先短い儂にとってはそれが生き甲斐ですからな。」
「おいおい、俺が呆れるくらいに長生きしてくれよ。」
「はっ、かしこまりました。」
 真面目くさって言う老人。
 そしてどちらともなくプッと吹き出し、笑い出した。さっきまでの少し暗い雰囲気が流されていくようだった。

(あれ?)
 次の日、教室に入った法子は、美咲が二日続けて早く来ているという快挙を目撃した。
 昨日とは違う少女の雰囲気。まとっているオーラが全然違う。ツカツカとその背中に近づいたときに、美咲がクルッと彼女の方を振り返った。
「おはよう、法子ちゃん。」
 と、振り上げた片手を見て、ちょっと困ったような、拗ねたような表情をする。
「あ〜 またボクの背中叩こうとしてたんでしょ〜」
「え〜と……」
 図星を指されて手をワキワキさせて誤魔化そうとする。が、今一つ決まらないので、あははは、とかわいた笑いをあげる。
「の、の〜ぷろぶれむ! 今日は誰も痛くないし。」
「も〜 しょうがないなぁ……」
 ちょっと呆れながらも、親友にニッコリ笑みを見せる美咲。
(あれ……?)
 上手く言えないけど、美咲の笑顔がなんか「輝いて」見えた。それまでも魅力的な笑顔と思っていたけど、今のと比べると格段に落ちる。というか、何か今まで気付かなかった暗い影が取れたように思えた。
「なんかいいことあった?」
「う〜ん…… いいことじゃ無かったけど…… あ、でもやっぱりいいことかな?」
 理解に苦しむ美咲の言い方に、法子の眼鏡がキランと光った。いきなり美咲にヘッドロックをかける。
「あ〜 サキのくせに生意気ぃ!
 さぁ、キリキリ白状しなさ〜い!!」
「は、白状って…… なんでもないってば〜」
 そんな平和な一時であった。

 

 

 

 

麗華「あら? また謙治がまたなにか悪巧み?
 ま、程々にしておきなさい。ちょっとは期待しているけど……
 え? 夢魔?! なによこれ!
 ナイトブレイカーじゃ歯が立たない? どうすればいいのよ……
 そうよ美咲! 前のあの戦い方をすればいいのよ。行くわよ、カイザー!

 夢の勇者ナイトブレイカー第二十三話
『言葉の要らない友情』

 今宵も良い夢を……」

 

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