− 第五章 −
「ふぅむ。晩までにはまだ時間がありますねぇ……」
画面から顔を上げたジェルが気の抜けた声を出す。
「……よし、ラシェル。暇な間にグリフォンの中の案内でもしましょう。」
あたしの同意も求めないでスックと立ち上がり、後部のドアを通り抜ける。
「……いいの? ジェルがいなくても。」
後ろ姿を見送って前を振り向くと他の三人も立ち上がり始めている。あれ? 本当にいいの? パイロットが全員席を外して。
〈ご安心下さい。私がおりますので操縦の方は大丈夫です。〉
そりゃまあ、ホーネットやパンサーも自分で動くけどさあ…… でも間違ってもグリフォンは宇宙船よ。いくらコンピューターが優秀でも……
〈おや、ラシェルさん。私の性能を甘く見てますね。これでも単独で超光速航行にだって入れるんですから。〉
誇らしげに言うグリフォン。しかし、どうでもいいけど……
「その喋り方、ジェルにそっくりね。」
〈…………〉
何気ない一言だったが、沈黙がグリフォンのショックを表している。よほどジェルに似ていると言われたのが嫌だったらしい。
「ま、いいか。」
ショックから立ち直れないグリフォンを放っておくとあたしはコクピットを後にする。
「ここが個室です。各部屋ともシャワー・トイレ完備です。」
ほお……
「こちらが格納庫。パンサー達は普段ここで待機しています。」
へぇ……
「こちらが医務室。脳外科レベルの治療でも行うことができます。」
しかし広いな……
「こちらが…… ラシェル?」
ふ〜ん。
「……むかしむかし、お爺さんとお婆さんが川上からドンブラコ、ドンブラコ……」
お腹減ったな……
「あのぉ…… ラシェルさん?」
どかっ。
不意に白い壁…… いやジェルにぶちあたる。通路の真ん中で立ち止まって困ったような目でこちらを見おろしている。
「聞いてました?」
え〜と、確か…… 格納庫に医務室にお爺さんとお婆さんが…… あれ?
「ちょっと! 聞いてないと思って変なこと言うんじゃないわよ。」
「それよりも……」
ジェルが小さなため息をつく。ああ、嫌な予感。こいつのこの顔は本人も予想していないことが起きたときしか出ない。
「すみません。道に迷いました。」
……ちょっと頭痛くなってきた。乾いた風が通り過ぎたような気がした。
「あんたねぇ……」
あたしがズイ、と一歩踏み出すと恐れたかのようにジェルが後ずさる。怒鳴りつけようとするとソッとジェルの人差し指があたしの唇を封じた。
なっ……!
唐突のことに言葉を失っていると、ジェルが手近な曲がり角の角に隠れて顔だけをのぞかせる。
「ま、まあ、そう怒らずに。いくら迷ったと言っても、ここはグリフォンの中です。本人に聞けば……」
腕の通信機のスイッチを入れたのだろう。軽い電子音の次に低いノイズが流れてくる。
「聞けば……どうなるの?」
思いっきし嫌みを込めてあたしはジェルを睨みつける。
「あらら…… 通じないということは遮蔽フロアのどこかですね……」
あたしを半ば無視して呟くジェルがニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。眼鏡を光らせながらこっちに近づいくる。
「フム、ということは泣いても喚いても気付く者は誰もいないということですね……」
ちょ、ちょっと……
「黙ってついてきた自分の軽率さを呪うんですなぁ。フッフッフ……」
ジリ、ジリ、と歩を進めてくる。
なんか目つきがヤバイよぉ……
「ね、ねえ。いつもみたいに冗談なんでしょ。ねえ、そう言ってよ……」
「なに言っているんですか。私がこんなおいしい状況でつまらない冗談を言うと思っているんですか? もちろん……」
ジェルの手があたしの肩をつかむ。いきなりのことで全く体が動かない。
「……ギャグに決まっているじゃありませんか。」
と、いつものとぼけた表情に戻る。
カチン。
別にあたしだって襲われて嬉しいわけじゃない。かといってこういう言い方されるとあたしに魅力が無いみたいじゃない。それこそジェルごときにそんなこと思われてもどうしようもないけど……
とにかくジェルがあたしの肩に手をかけている。つまり二人の距離は近い。無造作にジェルの腰の辺りに手を伸ばす。端から見ると抱き合うように見えるかも知れないが、そんなことあたしがするはずがない。
ジェルの白衣の裏に指を這わせる。すぐに指先が硬いものに触れた。それを握りつつ後ろに跳ぶ。引き抜いたバトンを正面に構えて表面の「S」の方のスイッチを入れた。さすがにもう一方は危なすぎる。
スイッチを入れると透明な光が筒状に伸び、その内部に青白い火花が散る。これがジェルの愛用の武器、スタンブレードだ。しかし…… こんなに簡単に奪われてどうする。
気を取り直して、できた電撃の刃をジェルに突きつける。顔を引きつらせて後ずさりするジェル。ま、大丈夫でしょう。こいつはいつも特殊な防弾白衣(よく考えると無茶苦茶なシロモノだな)を着ているんだ。多少これで切りつけても感電することはない、はずだ。
多少おどかすつもりであたしもニヤリと笑みを浮かべる。
「あんたねえ…… 言っていいことと悪いことがあるんじゃないの? そんな下手したら女の子を泣かせるようなギャグを言う奴にはお仕置きが必要なようね。」
「ま、待ったラシェル! 私の白衣でもスタンブレードは防げないんです!」
へぇ〜 そうなんだ。試す価値はあるわね。
「ああっ! ラシェル、人の話聞いてないでしょ。」
無論。
「……あ。それで思い出しました。」
不意にジェルがポン、と手を打つ。どうもこいつの行動の変化は唐突すぎる。さっきまでの引きつった顔もすでにいつものとぼけた顔に戻る。これまた唐突にジェルが近づいてきた。全く無造作にあたしに手を伸ばす。
「とりあえず危ないから返してもらいましょう。……どうしても使いたいなら扱い方を練習する必要がありますね。」
気付くと手の中のスタンブレードが消えていた。一瞬、ジェルの白衣の裾が跳ね上がったからいつの間にかに取り返されてしまい込んだらしい。……鈍いのか速いのか、良く分からないや。
「これです。」
ジェルはポケットの中から光るモノを取り出していた。あたしはそれをマジマジと見る。それはジェルの存在にとって不必要としか思えないモノだった。
ヘッドは基本の形状である六角柱の上下が尖っている水晶。デザインは単純この上ないが、丁寧に造られているらしく完成された美しさ、ってやつを持っている。見る角度によって七色の光を見ることができる。チェーンは銀? いや、白金かな? これもデザイン的にはシンプルだが、細工のせいで様々な色彩の光を放っている。
そう、ジェルが取り出したのはシンプルながら実にセンスのいいペンダントだった。
なんでこいつがこんなものを……?
そんなことを考えているとジェルが小さく屈む。そして腕をあたしに向かって伸ばしてきた。その指先にはチェーンの両端をつまんでいる。
やってみよう。誰かが別の誰かの首の後ろに正面から手をまわすと身長差にもよるが、顔と顔が結構な距離で近づくことになる。眼鏡の奥の瞳に薄暗い光が宿っているのが見えた。
ジェルの指があたしの首の後ろでチェーンを繋ぐと、近づいてきた時と同様の何気ない動きで離れる。ペンダントヘッドが胸元にきている。チェーンの長さもちょうどいいようだ。
「ふ〜む。私は似合っているように見えますが…… どうです? それは。」
は…… なんか幻を見ていたような気分だ。しかし、現実にあたしの首にはその水晶のペンダントがかかっている。ジェルがかけたものだ。
なんか急に気恥ずかしくなった。頬が朱を帯びるのが何となく感じる。ジェルのさっきの行動が実にさりげなかったのですぐには分からなかったが、シチュエーション的にはその…… つまり……
「おや? 気に入りませんか?」
ジェルの声に返す言葉も思いつかず、しばし悩んだ後に礼の言葉が口をついて出た。
「ど、どうも…… ありがとう……」
キョトン。パチクリ。
こいつ…… 珍しく素直になっているのにこの男は…… こいつの鈍感さはまさにワシントン条約ものである。いや、意外と気付いているんだけど知らん顔しているとか。ま、ジェルに限ってそんなことはないか。
……とにかく。
「あんたねえ、人が『ありがとう』、ってしおらしく言ってるのに。なによ、その珍しいものを見るような目は。」
「あ…… これは申し訳ありません。私も女の子にこんなものあげたこと一度も無かったんで。どう反応すればいいか分からなかったんです。」
……ま、いいか。ジェルらしい、としておこう。でも…… 今更ながら貰っていいんだろうか。こんな高価そうなもの……
そんなあたしの視線に気付いたのか、ジェルは少し困ったような顔をして頬をかく。
「気になさらないで下さい。昔、怪しげな露店で買ったものですから。」
うーむ。これで「ホンの安物ですよ。」とでも言えば謙遜か気障なのだろうが…… 怪しい露店とは…… 予想外の解答である。
「実はそれには一つ、おまじないのようなものがありましてね……」
言いかけたジェルがふと言葉を切る。耳を澄ませるような素振りを見せると通路の一方に目を向ける。
あたしもジェルにならって耳をそばだてた。機械の唸るような音に混じって女の子の声がわずかに聞こえてくる。
(はかせぇ、ラシェルさぁん。どちらにおいでですかぁ……)
リーナちゃんのようだ。行方不明になったのを心配して探しに来たらしい。ジェルが小さく肩をすくめる。
「どうやら二人きりの時間は終わりを告げたようです。お名残惜しいことで……」
相変わらず何も言わずにこちらにクルリと背を向ける。声の方に足を一歩踏み出した。白い背中との距離が開く。追いかけようとこっちも歩きだした途端、不意に立ち止まりあたしを振り返る。
「いいですか? 何かピンチに陥ったならそのクリスタルを握りしめ、心の中で助けを呼ぶんです。」
「呼ぶと……?」
あたしの言葉にジェルは小さく笑った。珍しいことだったが、それは実に自然で心からの笑みにあたしには思えた。
「いいことがあるそうです。」
ふ、ふ〜ん。
ま、そんなとこだろう、と自分一人で納得する。しょせんはおまじない。気休め程度にしかならないに違いない…… でもなあ、ジェルのくれたものだからな。何があるか分からない、という感じもする。
「リーナが呼びに来たということはもう晩御飯ですか。確かにお腹が減りましたね。」
いつもの独り言気味の呟きであたしも時間の経過と食物の摂取の必要性を再認識することになる。と、ジェルのような硬い表現を使ったとしても現実は変わりようがない。
お腹減ったな……
船内時間はディナータイムを示していた。「ふぅ〜、満腹満腹。」
食後のコーヒーを飲みながら食堂の中を見回す。丸テーブルの中央に花瓶が立ててある。さしてあるのは残念ながら造花だが、それでも室内に華やかさを広めている。テーブルも周りの調度品もジェルの好みかシンプルな造りの、それでも決して安物ではないものを使っている。派手な装飾はないが、壁にかけられた風景画が部屋のアクセントになっていてともすれば殺風景になりがちな空間を人のいる場に変えている。
マグカップのような大きさのカップでたっぷりのコーヒーを胃に流し込んでいる大男が近くにいる。リーナちゃんは食事の後かたづけだし、ヒューイはそれを手伝っている。ジェルはとっとと自分の部屋に戻っている。
椅子の上で丸くなっていたスコッチがファ〜と大きく口を開け、目を閉じた。
「ねえ、聞いていい?」
別にスコッチにタイミングを合わせたわけではないけど、あたしの口からこんな言葉が出ていた。
「俺に答えられることなら。」
カイルはカップを置いて体ごとこちらを振り向いた。
「けどな…… 答えづらいことを聞く気じゃねえのか?」
ドキ。
ヒューイもカイルも、そしてジェル本人もまるで存在しないかのように口を閉ざしていること…… ジェルの過去。
あたしも興味本意で聞いてないとは言わない。でも…… 知りたかった。どうしてジェルが他人…… あたしのような全くの他人をあそこまで気にするのか。そして時折見せる悲しそうな瞳は何を見つめているのか……
「その様子だと当たりかな。ジェラードは何も言ってないんだろう? じゃ、俺からも話せねえ。
……どうしても知りたいのなら奴にじかに聞くんだな。」
……やっぱりカイルはだてにGUPの捜査官をやっていない。単なる筋肉バカのように普段振る舞っていても、見ているところは見ている。
その事実があたしに沈黙をもたらした。
しばらくは台所から聞こえる水音だけが流れた。沈黙を破って再びカイルが口を開く。
「なんてな。ま、いずれ喋るんじゃないか? なんだかんだ言ってもジェラードはお前さんに気があるみたいだし。」
は?
あたしはよほど間抜けた顔をしたんだろう。カイルが肩を震わせて笑いを堪えている。
「分からねえ、って顔してんな。一つだけヒントっつーか、いいことを教えてやる。
……ジェラードはな、実はとことん人間嫌いなんだぜ。
じゃあな、軽く一汗かいて寝るからよ。多分、到着は明日の朝くらいだろうからな。」
と、大男は散々謎を残してリビングを出ていった。あたしが色々言葉を反すうしていると洗い物が終わったリーナちゃんとヒューイが戻ってくる。
「あのぉ…… どうなされたんですか? 何か難しい顔をして……?」
さっきは変な顔、今度は難しい顔か……
ジェルは…… あれ? なんでヒューイもカイルも「ジェラード」って呼んでいるんだろう? 「ジェル」って呼んでいるのはもしかしてあたしだけ……?
止めた。カイルも言ってたじゃない。ジェルの方から話してくれるかもしれないって。そしてもう一つ大男の言っていたことを話題にして切り抜けることにした。
「そ、そういえばさ、明日にはフライヤー1に着くって本当?」
あたしの言葉にリーナちゃんとヒューイが顔を見合わせる。しばらく宙に視線をさまよわせたリーナちゃんが口を開く。
「ええと…… そうですね。それくらいの時間ですね。」
……ちょっと待て。あたしの記憶が確かならば、フライヤー1まで普通の旅客船で三日。軍用の高速船でも一日半はかかると聞いたことがある。
それにあたしもその手の船に乗ったことがあるけど、ワープの際のあの独特の不快感を体験していない。つまりグリフォンはまだワープをかけていないはずだ。
と、あたしの考えを簡単に説明して途中で言葉に詰まる。
……ジェルの船だからなあ。そういうことは考えない方が精神衛生上良いに違いない。事実だけを見ていた方がいいだろう。
そして……
ホントに次の日の朝についたりする。
あー、やだやだ。あたしに常識を返してちょうだい。「ええと…… ジェラード=ミルビットの名前で予約しているはずですが……」
「はい、承っております。ツイン二部屋にダブル一部屋ですね。」
かくしてフライヤー1の宇宙港に到着したグリフォン。降りたあたし達はパンサーとグレイに便乗してホテルに移動した。
あたしとリーナちゃん、ジェルとヒューイのそれぞれがツインの部屋。カイルが一人でダブルを使うそうだ。ボーイにトランクを預けると部屋に案内される。
ジェルがとったのは最上階より二階ほど下の三部屋でなかなかに眺めもいい。窓の外にはどこまでも真っ直ぐ広がる白っぽい大地が見える。
ここフライヤー1は陸はどこも硬く白い岩盤に覆われていて、しかもほとんど凹凸が無いために何も加工をしなくても良好の滑走路になった。また風も半ば一方向に安定して吹いているため、航空機の試験飛行にはもってこいの環境である……らしい。ジェルの受け売りだからなんとも言えないけど。
なんでもその特異な環境から古代文明によって築かれた人工惑星、という話があったらしいが、
「そんなことはそれこそ神のみぞが知る、というところです。」
というのがジェルの言い分らしい。こういう風に前置きをしておきながら、
「人工惑星、という方が面白いことは面白いのですが、自然にできたとしてもおかしくはないんですよ、この星は。」
と人工惑星説には懐疑的だ。ま、あたしにしてはどうでもいいことにしか思えない。ど
うせ、こんなことでもない限りこんな星に来ることはないんだろうし。
例の豪華客船……なんでも「さざなみの貴婦人号」と大層な名前がついているのだが……の処女航海が三日後に迫っていてボチボチと今日あたりから来賓のお偉いさんがこの星に入ってきている。無論、あたしの父親も含めてだ。
これからの内にあたし達がすべきことは、どうにかして「さざなみの貴婦人号」に近づいてテロ防止の為に爆弾などの細工の有無を調べること……らしい。
各界の名士が集まるこのお披露目では、その乗り込む豪華客船を花火にすればさぞかし注目の的だろう。
が……
「いやぁ…… 実に警備が厳しい。」
いつの間に行ってきたのか、ジェルがミーティング(一歩間違えると井戸端会議になりそうなのだが)の時に涼しい顔でそんなことを言っていた。
……やっぱりあの白衣姿で行ったんだろうか……? そりゃ目立つわ。
「あれなら仕掛けをするのは難しいでしょうが…… 逆に防ぐのも大変です。」
「どうして?」
「どうしてってなあ…… ええと、どうしてだっけ、ジェラード?」
カイルもよく分かってないらしい。
「……リーナ、説明してやれ。」
「はい。一度警備の穴をつかれた場合、我々も同様にその隙間を抜けなくてはいけません。ですから私たちには侵入を発見することと、そしてその上で更に警備をくぐり抜けなければならないのです。」
「あれ? 警備ってあたし達の味方じゃなかったの?」
あたしの発言にジェルは素っ気なく「たわけ。」と言い放つ。殴ってやろうか、こいつ…… でも何で?
「いいですか、いくら何でもA級捜査官が来ただけでホイホイ通すような警備が役に立つと思っているんですか? ちょっとでも偽造の得意な奴がいたらフリーパスで通り放題です。」
なるほど。
ウンウン、と納得しているとジェルがポケットから手のひらくらいの黒い箱を取り出す。分からないけど、嫌な感じがする。
「エンジンに火を入れればいつでも飛び立てるようになっていましたが、ザッと見ただけでも何カ所かに爆弾が仕掛けてありました。
はい、これ実物。」
「…………」
恐怖、なんだろうな。あたしはジェルの一言にピクリとも動けなくなる。一歩でも動いたら爆発しそうで、目の前の小さな箱から目が離せない。
「ふ〜ん。タイプ3というところか。小ささとパンチ力が自慢の奴だな。
が、こんなもん仕掛けるなんざ、敵も大したことねえな。」
ポンポンとお手玉で遊ぶようにその爆弾らしき箱を手の上ではずませる。
「カ、カカカカカイル! そ、それ爆弾よ! 爆発したらどうするの!」
やっとそれだけ声が出た。しかし大男はあたしの悲鳴じみた声に驚いた顔をするが、すぐにニヤリとした笑みに変わる。
「大丈夫だぜ、ラシェル。どうせこいつのことだ……」
そう言いながらカイルはいきなり箱を床に叩きつけた。
隣で少し青い顔をしていたリーナちゃんが息を飲む。あたしもジェルかカイルの後ろに隠れることも忘れ、心臓が十秒くらい止まったような気がした。
…………
…………
何も起きない。
リーナちゃんがほう、と息をつく。それまで気づかなかったが、当のジェルはともかく、ヒューイも涼しい顔でこのやりとりを見ていた。ま、すぐにリーナちゃんに駆け寄って優しい言葉をかけているのがヒューイらしいといえよう。
「俺とヒューイだけならともかく、リーナちゃんやラシェルがいる場でジェラードが危険なことをするか。見かけも中身も本物だとしても絶対爆発はしねえ。」
逆の隣にいたジェルが小さく舌打ちしたのをあたしは聞き逃さなかった。自分の性格を見透かされたのに対するものらしい。何となく腹立たしいんで思い切りジェルの足を踏みつけた。
「!」
すごい顔で叫び声を堪えるジェルを全く無視して、さっきまでの話を整理してみる。大した内容では無かったが、実際にテロがおこなわれようとしていることに間違いはなさそうだ。ジェル達はどうするつもりなんだろう。よく考えて見ればこっちは四人(当然あたしは除く)しかいないんだ。いや、自分の意志を持つ七台のスーパーマシンもいる。それでも十一。相手の規模にもよるが、このテロを防ぐことができるのだろうか……と思ったら……
「ふわぁぁぁぁぁぁぁ…… 暇だな。」
「そうだな。」
何かのマニュアルらしいものを読んでいるヒューイと、ダブルベッドでもはみ出しそうな巨体を横たえているカイルは暇そうに時間を潰している。スコッチもソファの上で丸くなっている。
どう見ても仕事をしているようには見えない。かれこれ二日ほどこんな感じだ。いや、意外とカイルはズボンのしわ伸ばしをしているのかも知れない。
そんなことはいいや。
「で、あんたら何やってんの?」
あたしの問いに二人は快く答えてくれた。
「一応、読書。」
「ゴロ寝。」
スコッチも返事のつもりか顔を上げると大きく口を開いてあくびをする。
おい……
「じゃあ、ジェルとリーナちゃんは?」
「知らない。」
「同じく。」
ダメだ、こいつら……
「二人ともどこ行ったのよっ!」
「ま、デートじゃねえことは確かだ。」
「あんたねぇっ!」
キレかけるあたし。もう勘弁して。
「なんだ、ラシェル妬いているのか?」
プチン。
「あんたらぁぁぁぁ……」
置いてあったジェルの白衣の中からスタンブレードを引っこ抜くと電撃の刃を作り出し、さっきから楽しいことを言ってくれる二人に向ける。
「少しはマジメにできないの!」
あたしの行動にヒューイとカイルが顔色を変える。しかし別にあたしを恐れているわけでもない。二人の視線は持っているスタンブレードに注がれている。
「なんで…… お前がそれを使えるんだ?」
「え……? だってジェルが前に登録したからって……」
「いや、それじゃあ使えないんだ。」
「は?」
これって誰でも使える物じゃないの?
「まあ、一回座れ。」
完全に読んでいた本から目を離すと、座り直して体勢を整える。カイルも起きあがりベッドに腰掛ける。
「もともとそいつはジェラードが使っているやつだが…… 性能は知っているよな?」
何回かしか見たことないけど、相当の威力のはずである。電撃の刃で相手を気絶させたり、はたまた電撃を放ったり。そして極めつけは物理的に切断できないものは無いとジェルが豪語していたもう一つのモード、バリアブレードだ。
「そう、だからその威力を考えれば俺達、特にヒューイなんかが使えばジェラード以上の効果を発揮できるはずだ。」
そうよね、ヒューイの方がそういうの慣れてそうだし。
「が、実際は持ち主のジェラードと、リーナちゃん。それに……」
「あたし、しか使えない……」
手の中のスタンブレードは何も…… 語るわけないか。
「そうか!」
急にカイルが大声を出す。
「ジェラードめ。さては自分以外は女にしか使えないように作りやがったな。」
「んな訳あるか。」
部屋のドアが開いて珍しく白衣を着ていないジェルとリーナちゃんが入ってくる。
たまに思うんだけどジェルって登場するタイミングを見計らっているみたい。いつもいつも、いいタイミングであらわれる。
「情けない話だが、私も未だにスタンブレードの構造はよく知らんのだ。」
「は?」
これ、あんた作ったんじゃないの?
そんなあたしの表情を読んだのか、ジェルがヒョイと肩をすくめる。
「スタンブレードの出力関係はブラックボックスになっていて、私もいつ作ったか憶えてないんですよ。」
おいおい。
「ま、それはいいとしてです。機能に問題はありませんから。
一応は警備に関してのお話をしましょう。
とりあえず今回の敵――としておきます――がテロリストと仮定すれば、相手のやり方はある程度予想できます。
ま、いきなり『さざなみの貴婦人号』が吹っ飛ばされることは無いので中のお前さん達も安心だ。」
「なんでそんなこと言えるのよ。」
「勘です。なんて非科学的なことは言いません――てぇ、言わないって言ってるでしょうが。」
殴るために振り上げた手を見て、おざなり程度に制止の素振りを見せる。そして何事も無かったように言葉を続ける。
「単純な話ですが、簡単に吹っ飛ばしてはテロの意味がありません。」
「なんでよ。」
「そういうものなんです。」
よく分からない言い方をすると、ひょいとジェルが肩をすくめる。
「まあ、ご安心下さい。たぶんなんとかなるでしょう。」
「ずいぶん簡単に言うわねぇ。」
「とにかく狙われるのは大気圏突破及び突入時。いや、おそらくは行程も考えて突入時でしょうなぁ。」
気楽に言葉を続けるジェル。
「『タイプ3』の仕掛け方を見た限り、相手の生半可な相手ではないでしょう。
おそらくは内通者もいると思われます。」 口調には真剣みが感じられないが、目にはいつもの不敵な光が宿っている。言い方は悪いが状況を楽しんでいるようにも見える。
「基本的な作戦フォーメーションを伝えておきます。ヒューイとカイルは内部のテロリストの対処及び、内部混乱の沈静。リーナはそのサポート。私はグリフォンで待機。外部からの攻撃を警戒します。」
「ねぇねぇ、あたしは?」
ちょっと期待を込めて言ったあたしに、
「何も要求いたしません。見学です。」
素っ気なく答えやがった、コイツ。
いつか泣かす。あたしはそう心に誓った。