ミルビット研究所の朝は早い(らしい)。
朝五時半は同研究所の住み込みの助手アイリーナ=コーシャルダン、通称リーナちゃんが起きる時間だ。
軽やかな電子音の目覚ましが朝を知らせると、彼女の足元で丸くなって寝ている黒猫のスコッチが身を起こす。
大きく口を開けてから、人間だったら眠たそうな顔をして枕元に向かい、夢の中にいる少女の頬をザラザラした舌でなめる。
小さなうめき声とともにリーナちゃんが目を覚ます。一度目が開いてしまえばそれ以上寝床に固執するような性格ではないので、バッとベッドから降りると、少し汗ばんだパジャマをトレーニングウェアに着替える。毎朝の習慣のジョギングのためだ。
この話しを聞いたとき、リーナちゃんの爪の垢を煎じてジェルに飲ませたくなってきた。ただでさえ遅寝遅起きのあの男はもう少し自分の生活態度を改めるよう努力すべきである。
ま、それはさておいて、リーナちゃんがウェアに着替えて自分の部屋から出るとそこに一人の初老の男が立っている。
「アイリーナお嬢様、今日も爽快な汗を流しましょう。」
普段はタキシードを一部の隙もなく着こなしているが、それでは走りにくかろう。リーナちゃん同様に(とは言ってもペアルックにしているわけではない)、というかこのおじさま(結構的確な表現なんだな)はタンクトップにショートパンツ、頭にはちまきまでしている。で、この彼というのがミルビット研究所の執事である(なんでそんな人が必要なのかは知らない)セバスチャン。頭にちょっと典型的な執事というのを想像すると八割がた合致しているというほどの執事ぶりである。
まあ、見かけは歳がいっているように見えるが、なかなかにお茶目で心は相当若いと見える。で、彼の朝一番の仕事がリーナちゃんと一緒にジョギングをする事であった。
この研究所は広い公園のど真ん中にあって、車にひかれる心配もなく朝の空気を楽しむことができる。二人が軽いペースで公園をグルーッと一周する。別段なにかしらのトレーニングというわけではないから、そんなに速くは走らない。時折、同じ考えの人とすれ違い、その度に律儀にリーナちゃんが朝の挨拶をかわす。このすれ違う男どもの半分近くはリーナちゃんと挨拶するためだけに走っていることに彼女は気づいていない。
そんなこんなで朝の習慣の一つが終わると、うっすらとかいた汗をシャワーで流す。宇宙船が空を平気で飛ぶようになった時代でも運動の後のシャワーが気持ちいいことには変わりがない。
で、それが済むと(期待していた人には悪いがこの辺は省略させてもらう)エプロンをつけて朝食の用意である。これくらいで七時少し前、というところだ。毎朝、バラエティーに富んで、しかも栄養のバランスがとれているものを作るのはなかなか大変そうであるが、リーナちゃんはそれを無難にこなす。今朝のメニューは自家製のクロワッサンにフレッシュジュース、スクランブルエッグとカリカリベーコン、そしてサラダである。リビングの方からは挽きたての香ばしいコーヒーの香りが漂ってくる。いつもいつもこれだけ用意されていると――しかもリーナちゃんの料理の腕は天下一品である――朝が待ち遠しくなりそうだが、約一名、この程度では目を覚まさない奴もいる。
「お嬢様、そろそろ博士を起こした方がよろしいのでは……?」
すでにタキシード姿になったセバスチャンの言葉にリーナちゃんはチラッと壁掛けの時計に目を走らせる。
「そうですね。まだ手が離せないのでお願いできますか?」
「もとよりそのつもりでございます。」
軽く一礼をするとセバスチャンはその「博士」の部屋に向かった。「さてさて……」
その男の部屋は数日前に片付けたのにも関わらず、すでにあちらこちらに本が散乱している。きっと夜遅くまで本を読んでいたのだろう。枕元にも数冊開いたままで置いてあった。
小さくため息をついてからセバスチャンが散乱している本などを元の位置に戻してから、閉め切っているカーテンを開いた。朝の眩しい光がジメジメとした部屋を切り裂く。その太陽の光にまだベッドの中にいる男がわずかに反応を見せた。しかし、すぐに光を背にして無理矢理寝ようと試みる。
「博士、朝です。起きて下さいませ。」
まるで動く気配を見せない。いつものことながら再びセバスチャンが小さくため息をつく。
それでは強行手段を、と口の中で断ってからシーツごと男を掴んだ。それを軽々と持ち上げると、スプリングのきいたベッドに叩きつける。
「どわっっっっ!」
その暴挙に男は(当然ながら)悲鳴をあげて体を起こす。半眼で枕元を探り、分厚い眼鏡をかける。目の前のにこやかな笑みを浮かべる執事に一瞥を与えた。
「私を殺す気か……?」
「いえいえ、それは執事のわたくしめの仕事ではございませんので……
そろそろ朝食の支度ができあがりますのでお急ぎ下さい。
それと、もう少しで……」ここで唐突だけど、時間と場所を変更させていただく。
こっちの都合もあるのよ……目覚ましの音があたしに朝の到来を告げた。
そんなに夜更かしした覚えがないのにやけに眠い。まあ、いつものことと言えばそれまでだけど。手をのばして時計をひっつかみ眠気まなこで見ると……
六時半……?
はて? どうしてこんな時間にセットしたんだろ……? まだ眠っているボケた頭で必死に考える。思い出せなかったら再び深き眠りについてしまうのは自明の理だ。ええと…… ええと……
と、最後の抵抗力が尽きかけたとき、一人の男の顔とともにその理由が頭によみがえった。しようがなくノロノロと体を起こした。
動き始めたらあとは速い。パッとパジャマを脱ぎ捨て、身の斬れるような冷たいシャワーを浴びる。ここまですれば完全に目が覚める。それから…… 悪いけどここらへんもカットさせてもらうわよ。あたしのシャワーシーンをこと細かく描写してもあたしが損するだけだからね……
で、サッと髪を乾かし、今日の外出着をチョイス。んーと…… そうねえ……
目をつぶって指さしたやつをメインに上から下までコーディネイトを整える。おっ、これは最近買(ってもら)ったものだ。あいつは覚えているだろうか。……十中八九、忘れているだろう。そーゆー奴だからしようがないか……
姿見の前でクルリと一回転。ま、こんなもんでしょう。仕上げは背中近くまである自慢の金髪をポニーテールにしてリボンで留める。
よし、バッチリ。
時計を見ると七時を少しまわったくらい。住宅街にあるうちのマンションから郊外のあそこまでは結構な距離がある。車を使っても二、三十分はかかるだろうか。たいへんだなあ……
あ、そーだ。
ほんの思いつきで、あたしは電話に向かった。前に聞いたナンバーを打ち込む。数回の呼出音のあとに、聞き覚えのある若いまだ少年の声が聞こえてきた。
〈あ、あの……? 誰です……??〉
うふふ…… 動揺している……
普段なら話し相手の顔が出るモニターは真っ暗なままだ。何が映るかちょっと期待していたんだけどな。こっちのモニターも切っているからあたしの顔も相手には分からない。予期せぬコールに向こうから驚いたような声が聞こえる。
で、相手に反論の隙を与えずにあたしは一気にまくしたてた。
「あたしよ、あ・た・し。悪いんだけどさ、うちに迎えにきてくれない?」
ガチャン。
言うだけ言って、さっさと切る。こうすれば相手は折り返して確認の電話をいれるか、あたしのところに来るしかないわけだ。でも残念ながら電話を留守電に切り替えると呼出音を背にあたしは外に出ていた。
マンションのエレベーターに乗り、Rのボタンを押す。別に間違いじゃないわよ。用があるのは屋上なんだから。
上に出ると朝の空気はまだ冷たかった。夏が近づいているがそれでも朝晩は冷え込む。小鳥の鳴き声に耳を傾け、新鮮な空気を堪能していると、遠くから鳥の鳴き声に混じって別な音が聞こえてきた。
バラバラバラバラ……
その音はあたしの方に真っ直ぐ近づいてくる。太陽を背にしているからシルエットしか確認できない。それとの距離が短くなるにつれ、その鋭角的なフォルムが見えてくる。
ヘリコプターだ。それもビジネス用などの非武装型ではなく、戦闘と破壊を目的として造られたものだ。機首に何本か筒を束ねたようなものがある。ガトリングガンというものらしい。
ローターの巻き起こす風が感じられるようになってきた。服や髪の毛が風にはためく。その戦闘ヘリがあたしの前にフワリと降りてきた。ローターの回転がゆっくりになる。
搭載されているスピーカーを通してそれの中から声が聞こえてきた。
〈あの…… なんでしょう……?〉
少しおびえたような声を出している。情けない奴め…… あたしは無言で肩をすくめると横にまわった。あたしの動きにあわせて横のドアが音もなく開く。開いたドアから中にもぐり込み、席についた。また同じようにドアが自動的に閉まってヘリは上昇を開始した。
「とりあえず研究所まで頼むわ。」
〈はい。〉
声はすれども姿は見えず。そんなに広くない機内にはあたし以外の姿はない。が、勝手に操縦捍やペダルが動き、このヘリは空を飛んでいる。
そう、実はこのヘリは完全AIコンピューター制御で空を飛ぶことができるのだ。普通のAIでは不可能な芸当である。更に自分の意志や感情を持っているという。当然ながらそこいらで売っているような代物ではない。制御コンピューターも機体自体も特別製で、あたしが知っているある男が造りだしたものだ。
その男の名前はジェラード=ミルビット。郊外にある研究所で毎日ゴロゴロしている愚か者だ。こいつとはある事件がきっかけとなり知り合ったのだが…… 自称、宇宙最高の科学者で、聞いた限りだと物理科学、工学、医学に精通していて、自らが作り上げた七台のスーパーマシン(我ながら古くさい言い方だと思うが)を手足のように操り暇つぶしをしているという……
今あたしが乗っているこの戦闘ヘリ、ブラックホーネットもその七台のうちの一つなわけだ。で、どうしてあたしがそいつの家――ミルビット研究所――に向かっているかと言うと…… うーん、結構話が長くなりそうだが…… ま、いいか。できるだけ簡単に説明することにしよう。
とりあえず、あたしのことも知ってもらわなければならない。
あたしはラシェル=ピュティア、十八歳。近くの大学に通っている花の女子大生。国籍はフランスだけど、今の時代、国籍なんて何の意味もない。実を言うと、あたしの父親はとある財団の総帥で、あたしはその一人娘なわけ。だからホントはもう少しお嬢様な生活をしているはずなんだけど、家の教育方針とあたしの性格によってIDを操作して普通の女の子をやっている。ま、こんなところでしょう。
で、ジェル――あ、さっき言った変態科学者のことよ――と一月前ほどある人身売買および麻薬販売の組織とのゴタゴタで知り合ったわけなんだけど…… そういえば、あたしって普通の女の子なのにどうしてそんなことに巻き込まれるんだか……
そしていつぞや何げなしに父親にこいつのことを話したら、うちの大学(これまたこの父親が理事長をしているから始末が悪い)で講師が不足しているから、と言われてしまって…… ここまで話せば大体予想がつくかな?
そう。ジェルを大学の非常勤講師として迎えたいと言いだしたんだな、これが。
まあ…… そりゃあ…… 知識は豊富そうでしたけどねえ…… ちょーっと性格に問題がありそうな気がしたんですが。
こんな必死のあたしの抵抗も虚しく、そういうことが決定してしまった。問題はジェルがそれを快く引き受けるかどうかである。ここでうちの親父様はあたしにそのことを頼む(強制も可)ように言ったのだ。
で、あたしの説得でジェルは快く(嘘つけ、と思っている君、鋭いわよ。)引き受けてくれた。それで今日が講師の第一日目であるから迎えに行ってやろう、ということである。
〈もうすぐ研究所ですが、前に降りますか? それとも中に降りますか?〉
あたしの回想を遮るようにホーネットが声をかけてきた。
「いいわよ、直接中に降りても。」
〈わかりました。〉
眼下に緑の公園が広がる。その中央あたりに白いこじんまりとした造りの建物がある。それに付随するような建物の上でホーネットがホバリングをする。建物の屋根が開いた。
……笑わないで欲しい。冗談抜きに建物の屋根が開いたのだ。こんな数世紀も前のアニメに出てくるような家を設計している自体、ジェルが変わりものだということが分かってもらえるだろう。
その開いた屋根に向かってホーネットが降下していく。おおよそ地下五、六階分の高さを降りると、宇宙港の発着場のような床が見えてくる。ショックらしいショックも感じさせずにホーネットが着陸した。メインローターの回転がゆっくりになると、また自動的にドアが開いた。
「サンキュ。」
〈いえ、いつでもいいですよ。〉
ホーネットを降りるとあたしはこのフロアにあるエレベーターの方に足を向けた。と、その時、前来たときにはなかったものを目に捕らえた。
そう、それは二〇〇メートルクラスと思われる……飛行機? いやおそらく宇宙船だろう。詳しくないからなんとも言えないが、多分ジェルの造った七台のうちの一つであろう。聞いた話では各マシンとも独自のAIコンピューターを備えているらしいから…… 話しかけたら返事するかな?
ま、いいや。そのうちジェルに聞いてみよ。
あまり時間的余裕がないのであたしは先を急ぐことにした。
勝手知ったる他人の家、というやつで迷うことなく地上一階にでて、そこからリビングに向かう。リビングの方から香ばしいコーヒーの香りがしてきた。「おっはよーっ!」
あたしの爽やかな声にリビングにいた先客が振り向いた。
「あ、ラシェルさん。おはようございます。」
「おはようございます。ラシェル様。」
「ニャオ。」
黒猫のスコッチが足元にじゃれついてくる。その黒い毛のかたまりを抱え上げて、おそらくあたしの為に用意されている椅子に腰掛けた。座るとすぐに目の前のカップに熱いコーヒーがそそがれる。
美しき朝食の姿である。……いや、まだこの場に及んでも深き眠りの世界の住人がいた。椅子に腰掛けたままパンを片手に白衣男は船を漕いでいた。ある意味、幸せそうな寝顔であるが……
「起きろ! このボケがっ!」
ジェルの椅子を思いきり蹴飛ばした。一瞬、空気椅子の体勢で停止していたが、すぐさま重力に引っ張られ落下する。
「どう? 目が覚めた?」
頭の近くにしゃがみこんで、とびっきりの笑顔をジェルに向けた。あたしの男心をくすぐる自慢の笑みに無礼にも何の反応を見せなかった。ただ、
「あの…… 年上に対する礼儀、てやつを学校で習いませんでしか?」
と、恨めしそうな目で睨んできただけだった。その視線を丁重に無視し、もう一度同じセリフを口にする。
「どう? 目が覚めた?」
「……今度、ラシェルも椅子で寝てみて下さい。同じ起こし方をしてあげますから。」
「なに言ってんの。出来ないくせに……」
「…………」
あたしの勝ち。
けれどジェルはめげずになにごともなかったかのように椅子を起こし、朝食をとりはじめた。あたしもクロワッサンの一つに手を伸ばす。
こうして朝食の時間は平和のうちにすぎていくのであった。「間に合いますかねぇ……?」
ジェルが誰ともなしに呟く。場所は変わってあたし達は車の中にいた。快調に走るかと思いきや朝の渋滞に巻き込まれてしまった。
〈当分は動きそうにありません。向こうで車の接触事故があったようです。〉
この車の搭載コンピューターであるダッシュパンサーが生々しい事故の映像を交えて教えてくれた。そりゃあ渋滞になるだろう。それでも理由がわかったところで結果が変化するわけでもなく、今のところはカメよりも遅い速度でノロノロとしか動かないようである。
「ま、別にいいわ。遅刻するわけじゃないし。」
時間は刻々と過ぎていく。それでもあたしには余裕があった。しっかりとした理由も存在する。
「おや? どうしてです?」
「簡単よ、」
あたしは寛大にもジェルに理由を説明してあげることにした。
「だってさ、今日の最初の講義はあんたのやつよ。講師がいなければ始まるわけがないでしょ?」
「……なるほど。しかし、それはつまらんですなぁ……」
ジェルの口調に不穏なものが混じる。表情には変化がないが、こういう時のジェルはロクなことを言わない。
「私が遅刻して講義が遅れても私が楽するだけですが…… そのおかげでラシェルまで楽するとは…… 是が非でも間に合わせましょう。」
やっぱり。でもこの状況でどうやって時間までに行くというのだ? どう考えても無理そうな気がする、空でも飛べるなら別だが……
まさか、ねぇ……
自分でくだらないと思うが、ジェルに関しては今一つ常識というものが通用しそうにない。なにする気だろ……
「グリフォンに連絡をつけてくれ。」
〈は……? グリフォンにですか?〉
「そう、急いで。」
ジェルの顔にニヤリ、という人を不安にさせる笑みが浮かんだ。〈こちらグリフォンですが…… 何か?〉
パンサーとは別の声が聞こえてきた。
「渋滞に巻き込まれている。ホーネットに乗り換えるから三分以内に来なさい。」
〈そんな無茶な……〉
「文句を言ってる暇があったらすぐ来る。」
有無を言わせぬ、と言うには迫力に欠けるがジェルの言葉に(渋々と)相手は了解の意を示した。
それから二分三七秒後。
不意に空がかげった。それもあたし達の周りだけのようである。他の車の人々が上を指さし何事が叫んでいるようだ。つられてあたしも上を見る。
「な……」
パンサーの真上に百メートルを越える巨大な物体が浮かんでいた。どうやら飛行機か宇宙船の腹のようだ。おそらく、朝見た奴に違いない。
「な、なんなの……?」
呆然としているとその巨大物体から金属製のアームが四本ほどおりてくる。予想通り、それがパンサーの車体をつかむと、ゆっくり上昇する。巨大物体の底が開くとその中にあたし達共々吸い込まれていった。
その間、あたしといえば、目の前で展開される光景に圧倒されるだけで何も言えずに呆然と眺めるだけだった。
何かしらの通路を通り抜けると、研究所の地下のような格納庫にパンサーが到着した。普段は他に何台かのマシンがいるのだろうが、パンサーとあたしたちが来るのを翼を休めて待っていたホーネット以外に何もいないので、閑散とした印象を受ける。
「さ、あまり時間がありません。降りて下さい。」
本気かこいつ……? やることのスケールが大きすぎる。何が悲しゅうて学校に遅刻しないようにするためにこんなデカブツを呼ぶ必要性があるんだ?
「ほらほら、早く早く。」
ホーネットに半分体を滑り込ませながらジェルがこっちを手招きする。
言いたいことはたくさんあったが、ジェルの何も考えていないような顔を見るとその気も失せてしまう。やっても無駄だと思いつつも大きくため息をついてジェルにならってホーネットに乗り込んだ。
ホーネットがのっているステージが持ち上がり、それにつれて天井が大きく開いた。そして例の大型の航空機の背中に出ると、メインローターが回転し、フワリとホーネットが浮き上がった。
そして渋滞に悩む幹線道路をしりめにあたし達は大学に向かうことになった。
……マジかよ、おい。って気分。さすがにヘリだと早い。最初は遅刻するかと思ったけど、充分すぎるほどの時間の余裕ができた。しかし…… いくら何でもホーネットを駐車場にとめるか? ジェルは意外と派手好きな面があるんじゃないかと思う。本人は認めたくないようだけど。
「ああっ!」
また始まった。これも癖なんだろうか。いつも冷静沈着のような顔をして意味無く大声を出すことがある。そして、ロクなことを言わない。どーせ、今回は……
「しまった。弁当を持ってくるのを忘れてきました。」
ほーら予想通り。あ、でもリーナちゃんのお弁当ならあたしも食べたいな。美味しいんだもん。
少しできた時間を利用して簡単に校内を案内する。一緒に歩いて分かったが、ジミにジェルは方向音痴のようだ。
「ええと…… 教室はこちらでしたっけ?」
「ジェル…… あんたふざけているようにしか見えないけど…… 本気なんでしょ?」
「……残念ながら……」
どうやったら三分前に教えた道を逆に覚えるのか知りたいところだが、もう時間がなかった。必死に通った道を思い出そうとするジェルの白衣の裾をつかんで、一講目の教室まで引きずっていった。
……どーせ、ジェルがいないと始まらないんだろうけどね。
あたしは気にしないことにした。