− 第四章 −
〈シールド全開。微速前進。あと六〇〇秒で敵要塞内に侵入します。〉
グリフォンの声と共に船体を中心に薄青い防御シールドが張り巡らされた。そのまま微速前進を始める。
そのほとんどが破壊されたと言えどもまだわずかに残っている兵器がグリフォンに向かってその破壊力の牙をむく、がその牙も船体に届く前にあっけなくシールドに阻まれてしまう。
「一応、相手に降伏勧告でもしてみるか?」
ジェットバイクに付いている通信機でさっさとランドタイガーに乗り込んだカイルにヒューイが話しかけた。そのタンデムシートではリーナが緊張と真剣を足して二で割った様な表情をしてひしっと前にいるヒューイにしがみついていた。
『さっきからやってるが応答はないようですねえ。』
〈前方から対艦ミサイルが接近中。一五〇mクラスの艦なら簡単に沈んでしまう位の破壊力と思われます。〉
『返事が返ってきたぜ。』
「ジェラード、避けなくていいのか?」
『こんなもん喰らっても別に痛くないよ。』
余裕たっぷりにジェラードが答えた瞬間、船体を軽い衝撃と振動が襲った。思わずリーナはヒューイにしがみついていた腕に力を込めた。
〈今の攻撃はシールドの許容範囲内ですので船体への被害は0です。〉
誇らしげにグリフォンが説明する。妙に人間くさいところがある。
「ん? 待てよ。最初からシールドを全開にしていけば無駄な戦闘をしなくてもよかったんじゃないのか?」
『そりゃそうだが、私の予想としてはこっちの力に恐れをなしてさっさと降伏をするのを待っていたのだが……』
ジェラードはおそらくここで肩をすくめたのだろう。一拍の間があくと言葉を続けた。
『グリフォンじゃあ外部は破壊できても内部には手がでないと判断したらしい。うちらを内部に誘って白兵戦に持ち込もうという考えのようだ。
ま、その気になればこの小惑星ごと吹っ飛ばすことも可能だが、それじゃあコルツを逮捕することができんからな。』
『相手が白兵戦がお望みならその願いをかなえてやりゃあいいんだ。』
『あのなあ、お前らと違ってこっちはしがない研究所の所長と助手なんだからな、穏便に済ましたかったんだよ。』
「お前らって俺も入っているのか?」
ヒューイが心外そうにぼやく。
『当然だろ…… さて、あと到着までどれくらいだ?』
〈はい、残り一二〇秒。反転を始めます。〉
グリフォンに搭載されている一二八の軌道修正用のスラスターの一部が火をふきその速度を変化させないまま一八〇度その向きをかえた。
〈あと六〇秒。減速を始めます。〉
メインエンジンがわずかに速力を生むとグリフォンの速度がおちていった。
輸送艦の発着を行っていたと思われる巨大なドックにスルリと滑り込むように入っていった。
〈敵要塞内部に侵入。自動攻撃装置を発見。対空、対地レーザーの全包囲射撃によりドック内の防衛機構を沈黙させました。
シールドを解除。支持脚を出します。〉
ズンと低い音が聞こえるとにぶい振動と共にグリフォンが着陸した。
周囲の壁にはレーザーで生じた焼け焦げと攻撃装置の成れの果てが複雑な模様を描いている。
〈後部ハッチオープン。ランドタイガーを発進位置まで移動。博士、カイルさん、発進願います。〉
エンジンの真下にあるハッチが開いた。その入り口に向かってタイガーがのっている床が動く。
『それじゃあ、ちょいと暴れてきますか。ランドタイガー発進!』
〈ラジャー。〉
『もう勝手にしてくれ。』
半分さじを投げたようなジェラードの声がジェットバイクの通信機から流れてきてヒューイは思わず苦笑した。後ろに乗ってるリーナもつられてクスリと笑ったのが聞こえた。
キャタピラーの回転する音と共にタイガーが前進を始めた。後部ハッチのスロープを通り内部に侵入していったと思った瞬間、タイガーの主砲である電磁加速砲の発射音、それに続く派手な爆発音が辺りに響いた。
格納庫の内部にもわずかに硝煙臭いなま暖かい風が流れ込んできた。それに気づいてかグリフォンがハッチを慌てて閉める。
格納庫に再び沈黙が訪れた。
「いきなりぶちかましやがった。」
「大丈夫でしょうか? 博士もカイルさんも。」
心配そうにリーナが呟く。
「ま、あいつらが簡単にくたばるならまだ世界も平和なんだがな。」
「え?」
「いや、なんでもない。」
しばらく軽口をたたいてからヒューイは腕時計を見る。ジェラードとカイルが発進して十分ほど経つ。ジェットバイクのスタータースイッチを入れた。規則正しいエンジン音が聞こえてきた。
「さて、俺達もそろそろ出るとしますか。グリフォン! 今の状況は?」
〈はい、先ほど博士達とタイガーが別行動をとり始めました。双方とも通路を半分破壊するような勢いで進んでいます。〉
「十分すぎるほど目立ってくれてるようだな。」
カイルが暴れている様子が目に見えるようだ。
〈そちらのディスプレイにメインコンピュータールームまでの通路を表示させます。それに従って進んで下さい。〉
バイクに搭載されている小型のディスプレイに地図が表示された。
「わかった。それじゃあハッチを開けてくれ。リーナちゃん、しっかりつかまってろ。」
「はい。」
素直に返事するとリーナはひしっとヒューイにしがみつく。背中にあたる柔らかな感触に思わず顔が緩みそうになるがグッとこらえてハッチが開くのを待った。
〈ハッチオープン。ヒューイさん、発進して下さい。〉
「OK。」
スロットルを開くとジェットバイクの下から圧縮空気が勢いよく噴射され、そのままフワリと浮き上がる。少しづつスロットルを開けていくとそれに合わせてゆっくりと動き始めた。それを確認するとヒューイは一気にジェットバイクを前進させた。一瞬ののちにヒューイとリーナはバイクごと要塞内に突入した。「いやあ気分がすっきりするなあ。」
普通なら数人がかりで運ばなければならないほどの重い重機関砲を腰だめにしてフルオートで撃っている。人並外れた腕力である。その重機関砲で前にいた敵兵を一掃すると爽やかそうにカイルは汗を拭った。ストレス発散につき合わされた敵兵が何だか哀れになってしまうほどだ。
「そんなのんきなこと言ってるうちに前後を囲まれてしまったようだね。」
白衣のポケットに手を突っ込んだ格好でジェラードがのほほーんと呟いた。
「さて、ジェラードならこんな時どうする?」
そのサイズにあわせて巨大なカートリッジを交換しながらのんびりという。緊張感の感じられない会話である。
「こんな時ってねえ……」
前後から銃を構えながら近づいてくる敵兵を見ながら軽く肩をすくめる。相手にとっては二人が急に動きを止めたので降伏したのではないかと思っているようである。
「じゃ、こういうのはどうでしょう。」
そう言いながらポケットの中から小型の消しゴム位の大きさのものを何個か取り出した。そしてそれを前後に放り投げる。その白や青、黄色などのカラフルなカプセルらしいものに一瞬は警戒した敵兵達はなにも反応が起こらないのを見て二人を捕まえようとジリジリと近づいてくる。
「目を閉じろ…… ブレイク!」
ジェラードはそう叫びながら左腕についているアームバンドのスイッチのひとつを押した。そうすると例のカラフルなカプセルが閃光弾(フラッシュ)・電撃弾(サンダー)・音波衝撃弾(ソニックバスター)の順番で爆発した。
まずは目を閉じても眩しいぐらいの光があふれだし、直接その光を見たものはまず失明は免れないだろう。運よくそれを避けれたものは次に瞬間的に発生した高圧電流でその大半が行動不能に陥る。そしてその残りは超音波のシャワーを浴びて気絶をする。もし仮にすべてに耐えられたとしたら……
「はい、お疲れさん。」
ボカッ。
最後にジェラードに殴られて終わりである。二十人ほどいた敵兵がほんの十数秒でその戦闘力をたった一人に奪われてしまった。
「ま、こんなもんでしょ。」
「ほほー、ジェラードもなかなかやりますねえ。」
では次は…… と前置きしながらカイルはロケット弾を通路の奥に撃ち込んだ。派手な爆発音と共に隠れていた敵兵の悲鳴が聞こえる。通路の壁の破片と共に彼らが吹き飛ばされていくのも見えた。
「しかしまあ全然減りませんねえ。全く、倒しても倒してもきりがないったらありゃしない。」
更にやってきた敵兵を見ながら感心したとも呆れたともつかぬ口調でジェラードがぼやく。そうぼやきながら白衣の懐から数本のナイフを取り出し投げつける。そのナイフは敵兵にかすりもしないですべて床に落下する。
「ありゃりゃ。ちゃんとナイフ投げの練習をしとくべきだったなあ。」
敵兵はその場で簡易バリケードを作り二人に向かって発砲を始めた。あわてて近くのがれきの山の後ろに隠れてその銃弾やレーザーをやり過ごす。
「まいったなあ。こんな所に隠れていても突破されるのは時間の問題だな。敵も時間と共に増えてくるし。」
二人を銃弾の雨から護ってくれるがれきの山も徐々に小さくなっている。カイルも機関銃を撃ち返すがバリケード越しで敵も見ないで撃ってる限りはなかなか効果を上げない。かといって手榴弾は遠くて届かないし、しっかり構えて撃てば敵の標的になるのは目に見えてる。
「おーいジェラード。こんな時に使える便利な武器はないのか?」
「ないことはないが…… ん? 待てよ。カイル! さっきのナイフはどこら辺に落ちてる?」
「どれどれ……」
カイルは一瞬顔を出して引っ込める。そこに銃弾が集中するがすぐに目標はがれきの後ろに隠れる。
「大体、奴らの前ってとこだな。」
それを聞くと眼鏡の奥の目を細めてニヤッと笑うとのんきに鼻歌なんぞを歌いだした。
「余裕だねえ。お偉い博士は何か思いついたんですかい?」
ジェラードの余裕の表情を見て安心したのかカイルものんきに機関砲の弾倉を取り替えながら鼻歌を歌い始める。急に反撃をやめた二人に敵兵は一抹の不安とわずかな期待を持ち始めていた。そして二人の生死を確認しようと勇気ある何人かがそれまで隠れていたバリケードから足を踏み出した。
さっき大はずししたナイフの近くを敵兵が通る。それを足音で確認したジェラードが左腕に右手を近づけた。
「ご苦労なこって…… ブレイク!」
またアームバンドについているボタンの一つを押すと、さっき投げた炸薬入りのナイフが轟音と共に爆風を辺りにまき散らす。様々な種類の悲鳴を上げると面白いように敵兵が吹っ飛んで行く。はた目から見るとなんとも滑稽ではあるがやられた方にしてみれば悲劇以外の何物でもないような気がするのは作者だけではあるまい。
轟音がおさまると、通路は静けさを取り戻す。
「さてと、この辺の区画も大体片がついたようだな。じゃ、次行きますか。」
そう言ってからカイルはひとつ伸びをすると敵の持っていた弾薬や武器類を物色を始めた。こうして破壊の権化となった二人はまた新たなブロックに破壊をまき散らしに行くのであった。ここにもう一人(?)破壊の権化と化した奴がいた。
〈いいねえ、この主砲を発射するときのこの振動。シミュレーションじゃあ味わえない興奮だねえ。〉
本人いわく強襲突撃装甲車であるランドタイガーは自分の全身に装備されている火器の威力を確かめるかのごとく発砲を繰り返す。
さすがにその威力に比例して生産するがれきの量は一番多い。向こうとしては装甲車のタイガーを警戒してまたそれに対抗すべく何台もの戦車を送り込んできた。が、皆さんの予想通り新たながれきの材料になるばかりである。
〈弱いなあ。もっと歯ごたえのある奴はおらんのか?〉
そうカイルみたいな物騒なことを呟いていると通信が入った。わずかにノイズが入るがまだまだ通信状態は良好のようである。
〈ランドタイガー。ランドタイガー。こちらシルバーグリフォン。聞こえたら直ちに応答してくれ。〉
珍しく切羽詰まった声を出している。
〈おや、どうかしたのか?〉
〈スコッチから緊急連絡だ。リーナさんとヒューイさんが危機に陥ったそうだ。救援が必要と思われるので速やかに行ってくれ。〉
それを聞いてタイガーは一瞬砲撃の手を休め驚いたように計器類のLEDを点滅させた。
〈状況は?〉
〈よくわからん。取りあえず場所をマップに転送する。後はまかせた。私も行きたいところだが……〉
〈OK。男タイガー、リーナさんを命はってでも救出いたします。〉
通信回線を切るとタイガーは考え始めた。現在位置と目的地を見比べる。(とはいえコンピューターの思考時間はほぼ皆無に等しいものだが。)
〈壁をぶち抜いて行けばすぐだな…… 決めた。〉
タイガーは主砲を熱線砲に切り替えると体ごと壁を向いた。主砲の内側に赤い光が見えてくる。
〈発射!〉
気合いの入った声とともに主砲の先端から真っ赤な光が飛び出すと壁を直撃した。光線が当たったところの色が赤から白に徐々に変化してついにはドロドロに溶け出した。その下から岩盤が見えたがそれらもすぐに壁と同じ運命をたどる事になる。その間わずか数秒の事であった。
楽に通れるほどの穴が開くとタイガーは更に奥にと進んで行くのであった。タンデムのジェットバイクが広い無人の通路を走っていく。敵は見えない。どうやら陽動作戦が成功しているようであった。
無機質な壁がこれまた無機質な光の中、延々と続く。さすがに少しばかり退屈になる。
「いやー車を借りるべきだったなあ。そうしたらリーナちゃんと楽しいドライブが出来たのになあ。」
こんな言葉もヒューイの口から洩れる。
「不謹慎ですよ。遊びに来ているわけではないのですから。」
リーナがちょっと怒ったような表情を見せた。しかしそれも緊張のせいである。
「わかってるって。しかし……」
ヒューイは精神を集中させて周りの「気」を感じとろうとしていた。どこかに誰か隠れていたら、更にその人物がわずかでも殺気を立てていたらヒューイにはそれを見つける自信があった。けれどもその第六感的な感覚には未だになにも感じられない。全く敵がいないのか、いたとしてもその全てが機械のどちらかである。
少し走るとバイクは広めのホールのような所に出た。周りにいくつかのドアの類がある。この円形のホールの天井はほぼ今までの二倍の高さがあり、吹き抜けのようになっていて、高さでいうと二階の床あたりに円形の通路らしきものが見えそこにもいたるところにドアの類があった。雰囲気的にもこの基地の中心にあたるところだろうと思われた。この辺の地図をバイクのディスプレイで確認する。
「ええと…… こっちでいいのかな……」
と、その「こっち」に目を向けると別の通路に出るシャッターがある。それはしっかりと閉じていた。その方向にバイクを移動させる。シャッターのとなりにはいくつかのボタンのついたパネルがあった。降りて試しに「OPEN」のボタンを押してみたがシャッターはぴくりとも動く気配がない。
「パスワードかなんかが必要なのか……?」
「そうじゃないでしょうか。」
小首を傾げながらリーナはそのパネルを観察した。こういう仕草もなかなか可愛いなあと心のなかでヒューイは思っていた。
「これなら…… グリフォンに頼めば開くと思いますけど……」
リーナはバイクに近づくと通信機のスイッチを入れた。
「こちらリーナです。グリフォン応答願います。」
〈はい、こちらグリ……〉
そのときリーナの前を一筋の光が通過する。その光はバイクの中枢に穴をつくると内部で小爆発を起こした。
ヒューイの足が無機質な床を蹴る。そのまま抱きつくようにリーナにとびかかると強引に床に伏せさせて二撃目に備えた。新たなレーザーの光のかわりに上の方から人を小馬鹿にしたような拍手が聞こえる。
「なかなかいい反応をしていますね。お見事、お見事。」
さえない中年の中間管理職。その男を見たときヒューイの心に浮かんだイメージであった。しかし、男の目を見てその考えを却下した。顔は笑っているが目は笑っていない、それどころか視線だけで人を殺せるような猛禽を思わせる鋭い目だ。
「なるほど、君の仲間に私の部下が手こずるのも分かる気がする。」
笑みの仮面をかぶったまま言葉を続ける。直感的にここの海賊の頭かそれに近い人間と判断した。それほどの腕は持っている。
その男はパチンと指を鳴らす。その音と共に完全武装の男達がホールに入ってくる。中には体の一部をサイボーグ化したものや機械化兵もいる。それらの銃口がヒューイとリーナを狙っていた。
「はやく始末したまえ。わしも忙しい身なのだ。」
人に不快感を与えるような不遜な声と共に別の男が現れた。ヒューイ達が追いかけていた男… 惑星バーンの副大統領コルツであった。他人に命令することを生きがいとし、命令を聞かないものは消す。そんなどうしようもない三流悪役である。
「まずいな……」
ヒューイの呟きが聞こえたのか身を起こしながらリーナが彼の顔をのぞき込む。少女の顔には恐怖の色がうかがえる。しかしそれでも悲鳴を上げないように堪えているのが手にとるように分かる。
「大丈夫。俺にまかせときな。」
そんなリーナを気遣って耳元でそう囁くと、少女はそれが少し恥ずかしかったのか顔を赤らめながらも安心したようにコクンと頷いた。
とはいえヒューイは自分のわずかな油断からリーナまで危険にさらした事に後悔と不安を感じていた。彼一人でもこの包囲を突破するのは難しいだろう、それに今はリーナがいる。
「これでリーナちゃんに何かあったらジェラードに殺されるだろうな……」
「博士がどうかしました?」
「ん? いや何でもない。」
「さて、お祈りはすんだかね。」
上からコルツのネチネチした声が響いた。その目に残酷な光が現れる。
「名残惜しいがお別れの時間だ…… 殺れ!」
心にもないことを言って、三流悪党が腕を振り降ろす。
万事休す!