地下三階は射撃場だった。実物を見るのは始めてだけど、TVやなんかで存在は知っていた。
中は広い空間で、手前に長いテーブルのようなものがあり、そこから銃などを撃つようだ。そしてテーブルの向こうにはいわゆるマンターゲットの類が並んでいてライトで照らされていた。おそらく仕掛はそれだけじゃないのだろうが、とりあえず見えたのはそれだけだった。
いつの間にかにジェルとセバスチャンの姿が消えていた。と、思ったら奥にあったドアから二人が現れる。ジェルの後ろから革製のケースをいくつか台車に乗せた執事がついてくる。
「ま、一応形になったのはこれだけです。」
四つの革のケースをセバスチャンが床に置いた。大きいケースが二つ、それより一回り小さいのが二つである。
「大きいのがカイル用ですが…… こちらからお見せしましょう。」
ジェルが革のケースを開いた。
……時折、自分の常識よりも大きい物を見ると、自分が縮んだような感覚を受ける事がある。
想像してみよう。例えば、目の前に普通の…… 二倍、いや一・五倍でいいだろう、の一クレジット硬貨が三枚ほど無造作に置いてあった。コインが大きくなったのか、自分が小さくなったのか。そんな違和感を一瞬感じてしまった。
余計な事はいい。とにかく、その革ケースの中に入っていたのは自分の常識の範囲内にあった物の二倍近い大きさの……拳銃だった。
あたしの手ならグリップすらまともに握れないだろうし、このか弱い力では持ち上げるのもままならない。
あたしの目の前にいる二メートルを越えかねない大男にとっては「少し大きいかな?」と思えるほどだろう。
「ほお!」
カイルが感心したように一声唸った。新しい玩具を与えられた子供のように喜々と戸惑いを混ぜ合わせたような顔でその拳銃……って言っていいのかなぁ……に手を伸ばす。
グローブのような手にそれがスッポリおさまる。まるで誂(あつら)えたかのようにピッタリだった。まあ、誂えたんだろうけどね。
銃のタイプとしてはリボルバーと呼ばれるもので、知っている限りだと構造が単純なため丈夫であり、そのため強力な弾丸を撃ち出すことができる……らしい。
「重い…… すげえな。俺ですら重い、と感じさせるなんてよお。」
「まあね。ま、物は試しと言うことで。軽く撃ってみたまえ。」
ジェルが何かのリモコンのボタンを押すと、射撃場の奥に何か丸い物がいくつかせり上がってきた。約一メートル位の球のようである。材質は何か判らないけど。
「当然ながら反動は桁外れだからね。最初は両手で撃った方がいいと思うよ。」
「了解!」
嬉しそうにカイルが銃を構えその球体に狙いを定めた。
「あ、」
思い出したようにジェルが口を開く。
「耳をふさい……」
それを最後まで聞くことはできなかった。いきなり全身を殴られるようなショックと共に脳の奥まで痺(しび)れるような轟音が辺りに轟いた。
「み、耳が…… お馬鹿になったぁ……」
轟音が去ったのにも関わらず耳元で銅鑼を鳴らされるような感覚が続く。しばらくしてそれが銃の発射音である事に気付くのである。
「(パクパクパク)」
ジェルが何か言っているらしい。でも何も聞こえない。唇を読む。
『大丈夫ですか?』
そう言っている。こいつ……
指先でジェルを呼ぶ。ジェルが耳を近づけてきた。その耳に唇を寄せる。
「大丈夫なわけないだろっ、このボケェ!」
思いきり怒鳴った。ジェルもあたし同様に「耳がお馬鹿」モードに切り替わった。
ざまあみろ。
「ひどいですねぇ……」
どっちがよ。
まだ耳がキンキンするのか耳に指を入れたり抜いたりしてジェルがぼやく。
あたしの方はだいぶ治まったようだ。どうやらこんな目に遭ったのはあたしだけみたいである。ジェルは轟音の直前に指を耳に入れていたし、他の連中は最初から耳栓をしていたらしい。
「あ、あの…… すみません。てっきり耳栓をしているものと思って……」
申し訳なさそうな顔でリーナちゃんが頭を下げる。そして耳栓を手渡してくれた。そういやあ、何かで聞いた事があった。こういうところは音が反響し易いので耳栓は必需品である事を。
それでも…… 飽くまでもあたしは素人なんだからなあ…… ジェルも先に言えばいいのに。気の利かない奴、というか…… なーんか、ジェルって無意識の内にこういうきわどい真似をするようにしか思えない。が、それでもギリギリでおおごとにならないように(無意識の内に)調節しているような気もする。つくづく分からん奴……
ゴチャゴチャ考えている間にも次々に轟音が轟いている。耳栓のおかげでもう耳が痛くなることはないが、それでも全身を揺さぶる音の凄さには変わりない。
「気に入った! すげえ威力だ。」
そうでしょうねえ。あの球体が木っ端微塵に砕け散っている。質感は強化コンクリート、って感じだけど…… まさかねえ……
満足そうに空の薬莢に落とすとジェルに次の弾の催促をするがその前にジェルが落ちた薬莢に目を向ける。
「あれ……?」
手を伸ばすが熱かったのかすぐに手を引っ込める。しばらくそれを見ていたがハハァ、と一人納得したような顔で頷く。
「いやぁ…… 悪い。今の徹甲弾だったよ。ハッハッハ……」
「はぁ?」
ヒューイとカイルが間の抜けた声をあげる。リーナちゃんやセバスチャンは感心したような顔をする。あたしはよく分からない。何が変なことなんだ?
「つまりでございますね。博士の言った徹甲弾というのは、戦車などの分厚い装甲を撃ち抜くための物であり、貫通力は高いのですが通常弾と比較すると破壊力に欠けるわけなのです。」
理解しきれないあたしにセバスチャンが説明してくれた。破壊力に欠ける……ねぇ。あの大きな球体が粉々になるのにまだ破壊力が無い、というのは…… どうしても眉にツバをつけてしまうような話しだけど…… ジェルのやることだからなぁ……
「ホローポイントもありますが…… 撃ってみます?」
「今のは貫通力は落ちますが破壊力が高い弾丸であります。」
撃たせるなそんなもん。さっきのより破壊力があるなんて…… いったい何撃つために造ったんだ?
「破壊力の高さは分かったけど…… 今回の任務には絶対使えないな。」
ヒューイが感心しながらも渋い顔をする。そういやあ、さっきカイルに話の腰を折られて仕事の内容を聞いてなかったな。
「あれ? 任務って…… 何だったっけ?」
「カイルなあ…… そんなこと言ってるからジェラードに『記憶力無い』なんか言われるんだぞ。」
「だってよお、リーナちゃんにデータは渡したし、俺は考える人間じゃないぜ……」
「で、今回の任務、って何さ?」
なんか長くなりそうだから無理矢理口をはさむ。いい加減あたしの好奇心が限界に達しそうだ。
「そうそう、私も聞きたかったんです。それから行くかどうか決めますから。」
「……絶対来い。」
「あ、リーナ。目を通したんなら簡単に説明してくれないか。」
ヒューイの言葉をあっさり無視して、そばにいた少女に話しかける。リーナちゃんはずっと持っていたらしいクリップボードの書類をパラパラとめくり、さっと目を通した。
「ええと…… 今回チーム・グリフォンに与えられた任務は、一週間後に惑星フライヤー1(ワン)で行われる新型豪華客船のお披露目の護衛となっています。各方面のVIPが参加するためテロリストによる妨害か破壊工作を懸念してのことです。」
フライヤー1…… なんかで最近聞いた覚えがあるわねえ……
「で? さっきヒューイが言いかけたのはなんなの?」
別にチームの一員でもないけど、偉そうにリーナちゃんに訊ねるあたし。別に誰もとがめるでもなく、説明してくれる。
「はい。一部の方からの圧力で捜査官が客船内に入ることができなくなりました。ですから、我々としては外部から警護するしかないのですが……」
「何よそれ。」
感想が素直に口をついて出る。おそらく圧力をかけた奴は「捜査官みたいな下賎な連中と同席できるか。」ということなんだろう。自分達だけが高貴で他の人間は劣る存在とでも考えているんだろうか。これだから自分を偉い、と思いこんでいる奴らは始末におけない。
「しかし…… 私がテロを起こすのなら絶対中に小細工を用意して、それから外部から半分陽動をかけますな。」
……そうね。ジェルならテロリスト向きかも知れない。小細工が大好きだから。
「だから内部に何人か配置して防げないとしても被害を最小限に押さえるべきなのですが…… いいんじゃないんですか? そんな阿呆どもなんていなくなっても害はないと思いませんよ。」
「ジェラードの言いたいことも分かるが…… 招待された要人はそんな阿呆だけじゃなかったぜ。」
ヒューイの言葉でやっと思い出した。うちの親父様もそれに招待されていたんだ。どうりで聞いたことあったはずだ。今日だか明日にでも出発するようなことを言ってた。
前も言った通り、あたしの家はちょっとした財団なんだけど…… その客船建造にもいくらか出資したそうで、それで招待されたらしい。
さすがに自分の身内がいるなら放っておこう、とは言えない。別にいなかったら放っておくつもりじゃないけどね。
「どなたか招待された方に知り合いでもいたら、その方のコネで同行できるのでは?」
「お、それいいアイデア。リーナちゃん、ナイス!」
「いえ、そんな……」
「いいアイデアは結構ですが…… ヒューイやカイルに要人の知り合いがいるんですか? ちなみに私やリーナにはいませんよ。なにせ交友範囲が狭いもんでね。」
「…………」
ジェルの一言に大の男二人が黙り込む。リーナちゃんにその要人のリストを見せてもらったが、少なくてもたとえGUPのA級捜査官でも知り合いになりそうな人種はいない。
「困ったなあ……」
チーム・グリフォンの全員が頭を抱える。あたしのことはすっかり忘れ去られてしまった。まあ、彼らにとってあたしは単なる一般人だし…… そっか、ジェルくらいか。あたしの正体を知っているのは。でも忘れているんだろうなあ……
「ラシェル様。お茶でもいかかですか。」
「あ、ありがと。」
セバスチャンがお盆にティセットを乗せてたたずんでいる。ソーサーごとカップを一つ受け取るとしばし香りを楽しむ。
まだ四人はあーだこーだ意見を出しているが、なかなか良い方法はなさそうである。
しょうがない。お手伝いするとしますか。
「ねぇ? あたしに考えがあるんだけど。」
全員の視線がこっちに集中した。ジェルが疑わしそうな、困ったような目を向けて一歩近づいてきた。
「考え、って何です?」
「とりあえず、みんなが困っていることを解決できるんだけど…… その代わり一つ条件があるの。」
「条件?」
「そう…… あたしも連れてって。それが条件よ。」
あたしの寛大な条件にもジェルは眉一つ動かさず、それどころか、
「絶対駄目です。」
と言い切られてしまった。
「反対です。素人を同行させるなんて危険極まります。」
場所はリビングに移っていた。紅茶とケーキを囲んで話し合っているわけだが、ジェルだけが強固に反対していた。
「なんでよ、いいじゃない。あたしも要人の一人と思えば……」
「しかし……」
どうやらジェルは「素人」じゃなくて「ラシェル=ピュティア」を連れていくのを嫌がっているようだ。なんでだろう……?
「ふ〜ん。そうなんだ……」
あたしが意味ありげな笑みを浮かべるとジェルが一瞬頬を引きつらせる。指を突きつけながらジリジリと詰めよる。それに合わせてジェルも後ずさる。
「い・い・わ・よ・ね。」
一言一言区切るように囁く。このとききっとあたしは目が据わっていたんだろう。ジェルの顔が良く分からないごちゃ混ぜな表情をしていた。
「は、はい……」
「よろしい。」
「でよぉ…… どーでもいいが……」
カイルがぼそっと口を開く。
「何?」
「襲うなら…… 俺たちのいないところで頼めるかな?」
「はい?」
そう言われてジェルの方を見る。ジェルはあたしにつめ寄られソファの端に追いつめられている。それに乗っかかるようにあたしが…… なるほど。あたしがジェルを襲っているように見えなくもない。
「う、うわっちゃあ……!」
訳の分からないことを叫びながらジェルから離れようとする。同時にジェルも今の自分の状態に気付いて離れようともがく。
こういうとき、事態は最悪の方向に進むということを身をもって知ることになる。
あたしに白衣の裾を踏んずけられていることに気付かずジェルが動いたもんだからこっちまで巻き込まれ、二人揃って床に落下する。
「お茶のおかわりを持って…… あらっ!」
台所から来たリーナちゃんが驚いた顔をして、それからすぐに顔を赤らめる。
「す、すいません。し、失礼します。」
「ちょっと! リーナちゃん!」
「いえ…… 博士とラシェルさんがそんな関係だったとは知らず…… お二人を祝福いたします。」
「あのねえ……」
と、床から体をひっぺがすと気付く。体を起こしたところであたしは仰向けのジェルに馬乗りになっていた。
と…… いうことは……
「ちょっとっ! なんであんたがここにいるのよ!」
下のジェルを二、三発蹴飛ばす。ジェルが普段着ている白衣は特殊防弾白衣、て自分で言っていたからその内側に狙いを定める。そうして少し憂さ晴らしをした後、何事も無かったように立ち上がりソファに座る。
カチャン。
指先でつまみ上げようとしたカップがソーサーに触れて微かな音をたてる。……やっぱり動揺している。
「だいたいどういうことよ。あたしとジェルが『そういう関係』って?」
「いえ…… その……」
口ごもるリーナちゃんに助け船を出すようにからかうような声が聞こえてくる。
「そーそー。さっきから見せつけられて独り身には辛くてなあ……」
「仕事の話そっちのけだぜ…… リーナちゃんも何とか言ってくれよ。」
「あの…… お仕事はキチンとされた方が……」
リーナちゃんまで揃って言わなくたっていいじゃないのさ…… これもみんなジェルのせいだ。
「誰のせいですって?」
「あんたのよ、あんたの。」
冷たくあしらわれると気抜けしたようにソファに座り眼鏡をなおす。小さくため息めいたものをつくと、リーナちゃんを振り向く。
「そういうわけでリーナ。今のは単なる事故だから気にする必要はない。
それより…… ラシェルの手とやらを聞きたいのですが…… 正直言ってラシェルの、いやラシェルの父親の手は借りたくなかったのですが……」
なるほど。憶えていなかったのではなく、知っていて言わなかっただけなのか。
「ん? ラシェルの親父さんがどうかしたのか?」
「カイルは知らなくていい。で、どこに電話を掛ければいいです?」
「……じゃあ、あたしの言う番号にかけてちょうだい。」
何桁かの番号を言うと、リビングのTVに映像が出る。
落ちついた感じのするいわゆる紳士然とした男だ。歳の頃はそろそろ初老と呼ばれるくらいだ。総髪だが少し白い物が混じっている。しかしそれは貫禄を醸(かも)し出していた。さすがにまかりなりにも一つの財団のトップの地位についているだけある。雰囲気がただ者ではない。
『おおっ! 愛しい我が娘ラシェルよ。何かあったのか? パパに話してごらん。』
嘆かわしい。これが自分の父親だと思うと悲しくて涙どころかため息しかでない。これさえ無ければなあ、と思う。
確かに一人娘だから大事なのは分かるが…… はあ…… やっぱり泣けてくる。
『おや? そちらはミルビット博士でしたな。娘がいつも世話になっております。』
さっきまでの大甘パパから一瞬にして財界の大物に変身する。ビジネスライクになると目付き自体がまるで変わる。
『……そちらはストリング捜査官とミュラー捜査官でしたな。と言うことは…… 例のフライヤー1の件、ということですね。』
「なるほど。さすがに情報が速いですね。自分達の警護をするチームのことはすでに手の中、というわけですか。」
なかなか食わせ者同士、話が合いそうである。しばらくは二人の様子を見ているとしよう。
『まあ、そういうことですね。正しい情報は武器になる。良く言われることです。』
「私もそれは同感ですよ。」
『しかし…… チーム・グリフォン。特にシルバーグリフォン号以下の機体に関するデータがまるで集まらない…… これもまたミルビット博士、あなたの実力と考えてよろしいですかな?』
「種明かしが嫌いでしてね。ま、実力と考えてもらって結構です。
それより、イエスかノーか。それを聞かせてもらいたいですね。」
『いきなり核心とは。なかなか面白い方のようだ。せっかちな感もあるがね。
とにかく、答はイエスだ。もともとこちらは捜査官が同船する事を嫌っていなかったからね。
一応、こちらの案としては二人をボディガード。一人を秘書。そして娘も同乗する、ということを考えたのだが……』
「あ、あたし?」
いきなりこっちに振られて戸惑ってしまった。まだ何も言ってないのに。
『娘の考えることくらい想像はつくよ。きっとミルビット君に無理矢理同行を承諾させたんじゃないのかい?』
そう言うとモニターの中でニッコリを笑みを浮かべる。見てたんかい、あんた。
「そう、娘さんが大胆で私も困っているんですよ。」
ジェルもニヤリ、と笑みを浮かべる。
『ハハハ…… でも父親が言うのも何だけど素直ないい娘だよ。大事にしてくれ。』
「な……!」
『それより、』
スッ、と二人とも笑みが消え真剣な顔に戻る。なんかあたし一人だけかつがれてるような気がする……
『少し早めに船籍を偽って入った方がいいだろう。警戒されないに越したことはない。』
「ま、私もそのつもりでしたがね。」
『釈迦に説法だったかな。ま、うちのジャジャ馬が迷惑をかけるかもしれませんが、よろしく頼みますよ。』
「ちょっと、パパ!」
あたしの声が届く前に電話は切れた。ブラックアウトした画面を眺めても何も出てこない。ちぃっ……
「なんか…… 愉快な親父さんだな。」
カイルの素朴な感想があたしをよけい悲しくさせた。