− 第十章 −

 

 荷電粒子砲の基本的構造は一般的なイオンジェットエンジンと呼ばれるものとほとんど同じである。
 イオンジェットエンジンはイオン化した物質を電場や磁場によって加速させ、(質量)×(速度)という力積に等しい出力を生みだして、推進力とするものである。
 それに対して、荷電粒子砲はある種の粒子(機種によって差異はあるが)にエネルギーを添加し、その粒子をイオンジェットエンジン同様に加速させて、粒子の持つ運動エネルギーと添加したエネルギーを攻撃力とするものである。
 つまり、飛ばすものに多少の違いがあるだけで構造に大差はないのである。
 シルバーグリフォンの最終兵器である、G・S・Bは、リーナは荷電粒子砲の一種と説明していたが、細かい点で違うところがある。
 粒子にエネルギーを添加するのが荷電粒子砲であるが、G・S・Bではある特殊な物質を高温のプラズマ化し、強力な電荷を与え、一般のものと比較にならないほどの破壊力をもたせてある。
 さらに加速を行う際、長いレールを使用し実質的な砲の長さを長くして、その上、グリフォンの持つ膨大なエネルギーがこの手の兵器では技術的に不可能な亜光速の加速を生み出している。
 当然、このような兵器を作り出すことができる人間はジェラード=ミルビット以外にこの宇宙には存在しない。

 それはさておき。

 船首から撃ち出された青白い光はグリフォンの全長ほどもある長いレールの間を通り抜け、その間に光は渦の一部を形作り、更にまぶしく輝きだす。
 そして、レールの端を越えた瞬間、支配から解き放たれた破壊エネルギーの固まりが螺旋を描き、広がる。その姿は竜巻を思わせる。
 そのおそるべき風が銀河をも震わす嵐となり、ターゲットである小惑星をその中心に抱き込んだ。
 巨大な質量を有する小惑星は竜巻にわずかな抵抗を見せる。しかしそれはほんの刹那のことであった。
 削られ、砕かれ、熔かされ。それは見てる間にその姿を失っていく。
 嵐が過ぎた後には、
 その物体があった痕跡すら見いだすことはできなかった。
 惑星バーンは滅亡の危機から救われたのである。

 ……しかし、ここで物語を終わらせるほど運命の女神の機嫌はよくなかったらしい。

『発射!』
 その声とともに四人が発射ボタンを押した瞬間、メインスクリーンを筆頭にすべてのモニターとランプの類が光を失った。
 赤く暗い非常灯の光だけが不気味にコクピットを照らす。
 一瞬遅れて、G・S・Bの反動がグリフォンを揺さぶった。思わず前につんのめりそうになるがシートベルトのおかげで愉快なことにはならずに済んだ。
 ややあっていくつかの計器が息を吹き返した。慌ててリーナが計器に目を走らせる。
「…………」
 リーナの表情がにわかに明るくなった。
「成功です! 前方の小惑星の破壊に成功しました!」
 その報告にヒューイとカイルは小踊りした。
「よっしゃあ!」
「やったぜ!」
 コクピット内が歓喜の声で包まれる。万歳三唱でもしかねない雰囲気だ。ただ一人、ジェラードを除いては。
「……楽しんでいるところを申し訳ないが…… とりあえず、みんな席に戻ってくれ。」
 いぶかしげな顔をしながらも三人がその指示に従うと、ジェラードはあまり嬉しくないことを言い始めた。
「グリフォンはたった今、大気圏に突入した。姿勢も突入速度も常軌を逸してはいるがな。」
 グリフォンは惑星バーンに後ろを向けるようにしてG・S・Bを発射した。
 普通の荷電粒子砲なら無視できるほどの反動しか生じないので困ったことにはならない。しかし、G・S・Bは別である。しかも今回はフルパワーで撃ったため、加速度が生じるほどの反動があった。
 さらに、撃つ直前まで減速していたとはいえ、まだ速度は残っていた。
 その結果、グリフォンは惑星バーンの大気圏に突入してしまった。
 悪いときには悪いことが重なるもので、フルパワーのG・S・Bはグリフォンの船内のエネルギーをすべて消費してしまった。その上、無理がたたったのかジェネレーターは緊急停止をしている。ここから再始動したとしても十分程度の時間がかかる。
 つまりグリフォンは十分の間、エンジンも軌道修正用のスラスターもなしに大気圏を突破しなければならないのだ。
「つまり…… それは墜落しているということか?」
「ご名答。
 一つ言うとくが今のコースのままだと、燃え尽きなかったとしても地上に激突することになる…… しかも、ちょっとした都市の上にだ。」
 ひきつり笑いのヒューイに笑えないことを言うジェラード。
「まあ、運よくフラップや方向舵の類は使用できる。他の装置は全く動かんがな。
 がんばれ、お前の腕一つでここにいる四人とグリフォン以下七台の優秀なマシンの運命が決まるんだ。」
 簡単に言うと、グリフォンはグライダーのように滑空することしかできない、ということである。パイロットのヒューイの責任は重大である。
「急げ、時間がない。」
 ジェラードの声に弾かれたように操縦捍を握ると、左右にわずかに動かしてみる。結構な横Gがかかる、ということは相当なスピードで落下しているらしい。
 大気圏内用の速度計と高度計、それと機体の向きを示す計器が点灯した。それを参考にして必死に機体を立て直そうとする。
 船内の温度が徐々に上がっているような気がする。いや、実際に大気との摩擦熱が内部にもわずかずつ侵入している。空調もあまり機能していないようだ。
「ちょっとしたサウナだな。」
 カイルがこれまた笑えないジョークを言う。顔にじっとりと汗がにじんできた。
 ヒューイの手が操縦捍を小刻みに動かし、軌道修正を試みる。
 フラップの手ごたえが悪い。割れたか、曲がったか、燃えて一部が欠落したのか。必死に大気をつかもうと努力する。
 動かそうとするたびにグリフォンに不自然な加速度がかかり、船内を揺さぶる。気分が悪くなりそうだ。振動と衝撃が傷ついたグリフォンを更に傷つける。
 せめて海に落下すれば助かる可能性は高くなる。しかし、外の様子すらわからない。
 唐突に小さなモニターに周囲の様子が映し出された。わずかづつだが機能は回復しているようだ。とりあえず海の方に機首を向けるよう努力する。
 サブのスクリーンに現れたグリフォンの立体映像は真っ赤に染まり、ダメージが全体に至っていることを示している。その端正なシルエットが形を変えている。
 被害の大きい箇所がスクリーンに映し出された。表面装甲はほとんどが剥離していて二次装甲にも損傷がおよんでいる。武装も大方が使用不可能。特に搭載しているミサイルが暴発して上部ミサイル発射孔付近の破損が甚大である。エンジンも両方のエンジンが機能停止かそれに近い被害を受けている。たとえ、今回助かったとしても修理しないことには再び飛び立つことはできない。
「くそっ! ……しっかりしろ! ……そうだ…… ちっ、いけるぜ!」
 ヒューイが意味不明な呟きをもらしながらその手を忙しそうに左右に振る。その後ろの席でリーナが真剣な表情でヒューイを見つめている。
 しばらくの後、高度の低下率が減少してきた。落下がおさまりつつある。しかし、下につくまで速度は打ち消せそうにない。……つまり、不時着というわけである。
「……ヒューイ、何とか一回スラスターを噴射するだけのエネルギーを確保できた。」
 ジェラードがコンソールから顔をあげる。様々な裏技を駆使してエネルギーをかき集めてきた。
「しかし…… 大丈夫かねぇ、さすがに私も自信がないよ。」
 珍しく気弱なことを呟く。そんなジェラードの心中を知ってかどうかはわからないが前置きもなしにカイルが、
「そういやあよお、一つ聞いていいか?」
 と口を開く。
「なんだ?」
 と、面倒くさそうにジェラード。
「俺の見たところ…… 下部のミサイルシステムはまだ使えそうなんだが……」
 カイルの前のコンソールは主に火器管制を担当しているため、武装のチェックを最優先でおこなうことができる。
「そうだな。」
 手もとのキーをいくつか操作するとジェラードがそう言い返す。
「それで?」
「仮に、グリフォンの真下でミサイルが爆発したらクッション代わりにならねえかなあ?」
「……下部装甲が保てばなあ……」
 ジェラードは気乗りしない表情で考えを巡らす。……それしかないか。ジェラードの考えはそれに至った。
「カイル! エネルギーをそっちに廻す。ミサイルの破壊力から計算してクッションを作ってくれ。
 リーナ! お前はヒューイの操縦から到達予想ポイントを計算だ。
 ヒューイ! 気合い入れてくれ!」
 次々にジェラードは指示を飛ばす。かく言うジェラードはグリフォンの代わりに機能回復に努めていた。G・S・Bの発射後、エネルギー節約の為に睡眠状態に入ったのだ。
 音も立てずにジェラードの指がキーボードの上を滑るように走る。いくばくかの時間を経て、次はレーダースクリーンの機能が回復する。
「なんとかなりそうですねぇ。」
 ふと安堵の息をもらす。
 そうしてる間に、半分火の玉と化したグリフォンは落下を続ける。高度が普通の航空機程度までになっている。
 もう海面までの時間は数えるほどしかない。
「計算終了しました!」
「こっちもOKだぜ!」
 リーナとカイルが声をあげた。
 高度計の数字が徐々に減少していく。三〇〇〇…… 二〇〇〇…… 一〇〇〇……
「みんな! しっかりつかまっていろ!」
 予想されていたこととはいえ、唐突にヒューイが叫んだ。他の三人の行動を確認せずに操縦捍を一気に引き上げた。
 床に押しつぶされるようなプレッシャーがグリフォンとその船内を襲う。強靭なはずの船体が悲鳴のような音を立てる。
「カイル、今だ!」
 ヒューイの声に反応してカイルがミサイル発射ボタンを殴りつけるかのように押した。
 機体下部のミサイル発射孔のシャッターが開き、二十発ほどのミサイルが四方八方に飛び出す。ミサイルは速度も方向も調整されてちょうどグリフォンの真下に長方形を描くように広がり、全弾が同時に爆発した。
 爆風がグリフォンと真下に広がる海面を叩く。激しく水しぶきが上がり、それが爆発で生じた高温の炎と反応して二次的に水蒸気爆発を起こす。
 衝撃がグリフォンを嵐の中の小舟のように揺るがす。高温の蒸気がミサイルの発射孔から侵入し、内部でミサイルが再び誘爆して酷い傷跡をつける。また、爆風が装甲を傷つけ、過度の破損がついに主翼の片方をへし折ってしまった。
 悲鳴をあげる間もなく、海面がすぐ前に迫る。さっきの爆発で幾分速度は落ちたものの墜落と大差ない状態でグリフォンは水面に接触した。
 まるで水切りの石のように海面で数回跳ねた後、巨大な水柱をあげ、沈んでいくグリフォン。内部では三度の衝撃のため、意識を保っていた人間はいなかった……

 海底に難破船の様な姿が見える。まだ熱をもっているのか至るところから水蒸気の泡が立ち昇っている。
 ……今、深海で一つの意識が覚醒しようとしていた。
 ウィンウィン、ブーン。ウィンウィン、ブーン……
 船体内部ニ異物侵入。直チニナンダカノ処置ヲシテクダサイ。船体内部ニ……
(おや、ここはどこだ……)
 あるシリコンチップの内部電流が一つの意志をよみがえらしていた。
 船体内部ニ異物侵入……
(異物侵入? ……どうやら電解質を含んだ水溶液のようだ…… 
 溶質の成分は…… 塩化ナトリウムと塩化マグネシウムというところか。ってことは…… 海水だな。)
 それはそう判断した。 
(自己診断システム作動…… 故障か…… 自分の痛いところもわからないとはねえ。
 とりあえず、エネルギーの流入は感じられるからジェネレーターは作動しているようだな…… システムを起動させるか。)
 その内部の声に反応して様々な機器が息を吹き返し始める。しかし、半数近くからは肯定的な反応が返ってこない。
(派手にやられているようだ…… 帰れるかな? このまま永遠に海の底なんてごめんですね……)
 と、そこまで思考が進行して、ふと、大事なことに気づく。それにとっては自分以上に重要視しなくてはいけないようになっていた。
(あ! リーナさん達のことをすっかり忘れていた。 ……こんなことばれたら博士に解体されてしまう。)
 慌ててコクピット内部に探知の手を伸ばす。

 〉生体反応      :5
   いずれも気絶または睡眠状態にあり。
   特に外傷は認められない。

(よしよし、じゃあ…… 内部スピーカーを作動させて……)
〈みなさん! 朝です。起きて下さい!〉
 グリフォンの声がコクピット内に響いた。

「熱々のコーヒーが欲しいところだな。」
 そう言いながらムックリとジェラードが体をおこした。自らを縛り付けているベルトを外してゆっくりと立ち上がる。
 二、三度首を回してからコクピット内の荒れ果てた状況を見て、嘆息の息をもらす。
 モニターのいくつかは割れ、コンソールパネルも何カ所かスパークによって焼けただれている。
 空いた椅子にチョコンと座っていたスコッチが一声鳴いた。
 その声にふと振り向くと、コクピットに入る入り口のドアのすき間から水が流れ込んでいるのが見えた。
 段差にそって水が流れ、ヒューイとカイルがいる前列で水たまりを作っていた。
 足元が濡れている。潮の臭いがするところをみると海水らしい。ジェラードは浮上するようにグリフォンに指示した。
 爆発ボルトで装甲の一部がはじけとぶ。そこから緊急用のフロートが展開し、グリフォンが海底からゆっくりと浮き始めた。その振動で他の三人も意識を取り戻す。
「ここは……?」
 ヒューイが意識をはっきりさせようと頭を振る。
「……少なくとも天国ではないようだ。お前がいるところを見るとな。」
 ジェラードの減らず口でとりあえず助かったことを理解したヒューイであった。
「とりあえずフロートを使って浮上中だ。海面まで出たら応急処置を施して大気圏外に出る。後はワープ装置を無理矢理直して研究所に戻ればいい。」
 ジェラードがグルリとあたりを見回す。
「さて、なにか質問は?」
「ないです。」
 どうせ、俺達には修理の手伝いなんかできねえからな。とカイルは口の中で呟いた。

「おっと! またきたぜ。」
 カイルが釣竿を引き上げると地球のものとは色も形も違う魚が跳ね上がった。
 すっかり焼け焦げたグリフォンの翼の上で修理を手伝えなくて暇を持て余したヒューイとカイルが魚釣りにいそしんでいた。
 あちらこちらで四角い体に手足をつけたものが装甲にできたひび割れを修復している。
 ジェラードの話だと明日には飛び立てるという。それからもう二、三日かけて何とか研究所に戻れるということだ。
 しばらく魚を釣っていると、ジェラードとリーナが二人の方にやってきた。魚の臭いにつられたかスコッチもついてきている。
 太陽が高くなってきた。どうやらそろそろお昼のようである。
 採れたての魚にさっと塩こしょうをふって、持ってきた携帯用ヒーターで焼いて食べる。あっという間に釣った魚は四人と一匹の胃袋におさまった。
「なあ……」
 それぞれが食休みをしているときに不意にヒューイが口を開いた。
「さっき…… カイルとも話し合ったんだがなあ……」
「なにか悪だくみか?」
 ジェラードが茶々を入れる。
「違う! そうじゃなくて…… その…… なんだな……」
 なぜか妙にヒューイは口ごもる。
「簡単に言うとな、ジェラードとリーナちゃんにA級捜査補佐官になって欲しいんだよ。」
 カイルが事も無げに助け船を出した。
 捜査補佐官というのは読んで字のごとく捜査官の補佐を担当する役職である。
 これには捜査官制度のことから説明しなくてはいけないのだが、長くなるので簡単に言おう。捜査官は悪く言うと一芸に秀でているとなれることが多い。現にヒューイもカイルも戦闘能力は高いが捜査能力はお世辞にも高いとはいえない。
 それを補うために特に資格がなくても捜査官の推薦といくつかの(捜査官に比べるとまだ簡単な)試験で捜査官と同等の権限を(限られながらも)持つことを認めた制度である。
「俺達にジェラードとリーナちゃん、そして……」
 ここでカイルが今は床になっているグリフォンの装甲をバンバンと叩く。
「このグリフォンがいれば俺達は無敵じゃねえか?」
「……まあ、もともとお前らにグリフォンは預けようと思ったが……
 そうだな、私やリーナがついていた方が壊されずにすみそうかな……?
 どうだ、リーナ? こいつらとちょいとひと暴れしてみますか?」
「え? あ、あの……」
 急に自分にふられて戸惑うリーナだが一瞬の後にうつむきかげんながらも答をだす。
「はい。私でよろしければ…… お二人のお手伝いをさせていただきます……」
「じゃあ…… これで決まりだな。」
 と、ヒューイが言いかけたところ、グリフォンの声がそれを遮った。
〈ちょっと待って下さい。まだ聞く相手がいるんじゃないですか?〉
「……そっか、グリフォン達を忘れてたな。」
〈ヒューイさんひどいですねえ。私達を忘れるなんて。〉
「じゃあ聞いてやるよ。お前達はどうなんだ?」
 ヒューイの質問にグリフォンの誇らしげな声が返ってきた。
〈満場一致で皆さんにご協力いたします、ということに決まりました。今後ともよろしくお願いします。
 ただ……〉
「ただ?」
〈ただ、今後は保険に効く範囲での破損にしておいて下さい。〉

「さて…… 新しいチーム名だが……」
 一瞬の沈黙の後にヒューイが口を開いた。今回のようにチームの構成が大きく変化した場合、チーム名の変更が行われることがある。
〈大抵はリーダー名か、乗っている宇宙船の名前からとっているようですが。〉
「リーダーねえ…… 誰がリーダーとしても不満の声が上がりそうですが……」
 ジェラードがヒョイと肩をすくめる。
「ま、ここは妥当に船名でしょう。」
「船名かぁ、て言うことはだ……
 俺達の新チーム名は『チーム・グリフォン』ってことになるのか。」
 しみじみとヒューイが呟く。
「悪くないですねえ…… しかし……」
 ジェラードのその後の言葉は誰の耳のにも入らなかったようである。
「ホントに帰れるんでしょうか……?」
 惑星バーンの太陽が強く照らしつけている。空はまるで色を塗ったかのように青かった。

 こうして、宇宙最強のチームと語られるようになった「チーム・グリフォン」は誕生した。
 彼らの作り出す冒険はまだまだ始まったばかりである。

 

〈END〉

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