第十三話 誇りにかけて
キーン、コーン、カーン、コーン。
久しぶりに聞いたチャイムの音は聞き慣れた種類のものであった。
「うわぁ〜 お・く・れ・る〜!」
二学期最初の日も美咲は遅刻ギリギリの登校であった。眼前で鉄製の門がジワジワと締まっていく。生徒が殺到して小柄な美咲でも隙間を見つけることができない。
(よし!)
わずかに方向転換をすると、鉄門に向かって速度を上げた。そして美咲の足が地面を蹴った。少女の体が宙に舞う。
「ほい!」
横に走る鉄骨を足場に更に跳躍し鉄門の上に軽く手をつくと、ヒラリと門の反対側に飛び降りようとする。言葉にすると簡単そうだが、よほど鍛錬を積んでいないとできない動きである。
(ああっ!)
ちょうど美咲が着地しようとするところに名も知れぬ小さな花が咲いていた。反射的にそれを避けようとして体を傾ける。
(しまったっ!)
ここがまだ空中でなければ良かったのだが、一番絶妙なタイミングで花に気を取られてバランスを崩してしまう。後は無防備に落下するだけだ。
(……!)
いきなりのことで周囲の生徒他は事態の深刻さに気づいていない。悲鳴をあげる間もなく美咲が頭から落ちて大怪我するまでは……
フワリ……
「?」
不意に浮遊感が美咲を包む。腰の辺りに軽い圧迫感を感じながら少女の体は重力に逆らって再び上昇していた。状況を考えると誰か別の人間が彼女の腰を手をまわし、抱えて跳んでいるとしか思えない。
そして直感的に、というか、美咲の周りに落ちかけた人間を空中で掴むことのできるような能力の持ち主は一人しか思い当たらない。
「阿呆。俺がいなかったら大怪我だぞ。」
「隼人くん……」
小柄ながら人間一人抱えているにもかかわらず、隼人は身軽に跳躍すると鉄門を越えて校庭に着地する。
「ここは便利だな。俺も遅刻しそうなときは使わせてもらおう。
しかし橘、跳ぶのはいいが着地も……」
言いかけて美咲が着地しようとした先の花を見て言葉を切る。小さく肩をすくめると、頭を振った。
(橘らしい、か。)
「ちなみにそいつは『撫子(なでしこ)』の花だ。確か花言葉は……」
何かの拍子におぼえた花言葉に小さく苦笑する。彼にとってすれば、いかにも少女に相応しい意味だった。
「純愛、才能、無邪気、だったかな。」
「ふ〜ん……」
感心したように見上げる美咲の耳に更にチャイムの音が聞こえてきた。このチャイムが鳴り終わるまでに校内に入らないと遅刻なわけだ。
「あ、急がなきゃ! ……あれ?
…………
隼人くん、そろそろ降ろして。」
「ん? あ、ああ……」
その時初めて思い出したように隼人が美咲を見下ろす。小脇に抱えられている方も抱えている方も気づかないと言うのは随分間抜けな話である。照れ隠しなのか、無造作に美咲を放り投げると小さく笑う。
「悪い悪い、小さくて気づかなかった。」
「あ〜 ひどぉ〜い。」
「ほら、行くぞ。チャイムが鳴ってる。」
「うん!」
「え〜 今日から二学期ですが、一層勉学に励んで……」
ウナギやドジョウのような長い物は体にいいらしいが、校長先生の話は長い割には体に悪い。
(なにくだらないこと考えているんだろう、僕は……)
隣のクラスの麗華の横顔を盗み見ながら謙治は呟く。そして思いついたかのように辺りの生徒を見回した。
(僕達が夢の中で戦っているなんて、周りのみんなは誰も知らないんだろうな……)
別に感謝されるためにやっているつもりはないが、何も知らないのもそれはそれで何となく面白くない。
(小鳥遊博士…… こんな事で僕は戦っていけるのでしょうか……
いや、僕は……)
ふと視線が麗華の方に向く。
そんな彼の葛藤らしきものにもお構いなしに校長の話は続く。
「えぇ〜 それでは今日から養護教員をやってもらう小鳥遊一樹先生です。先生は心理学の博士号を持つ識者で、皆さんの良きお兄さん、相談役になってくれるでしょう。」
「えぇ〜っ!」
「何ですって!」
「はい?」
「なんだと!」
その瞬間、約四カ所で叫び声が上がった。すぐに周囲から奇異と興味の目で見られ、三人が何らかの方法で誤魔化すが、美咲は気にした様子もなかった。しかし、すぐそばの親友の法子に激しくツッコミを入れられる。
「あっらぁ〜 サキったらどうしたの〜?
も・し・か・し・て、あのとぼけた感じの先生のこと知ってるの?」
「え? あ、いや、その……」
慌てて言い繕うとするが、そんなことは法子にはお見通しであった。
「はいはい、知ってるのね。でもちょっと言いづらいんでしょ?」
「あうぅ……」
すっかり性格を読まれている美咲であった。そんな少女の様子に法子はクスリと笑うと、小さく片目をつむる。
「ま、言える事だけでも後でコッソリ教えてね。多分しばらくはあの先生の話でもちきりだろうからね。ここで情報をリークしてもらえれば…… よしっ!」
学校内でも自他共に認める情報通である法子が新任の先生の情報源を逃すわけがない。妙に力む友人の姿におそらく色々聞かれることを想像して美咲は少し悲しくなった。
(変なことを言いませんように……)
奇跡的に自分たちの秘密をバラすことなく美咲は法子の質問の嵐を乗り越えた。ただ、小鳥遊の性格や嗜好まで気づかずに答えさせらていたのだが、法子は裏読みもせずにせっせと美咲から得た情報をメモ帳に書き込んでいく。法子にとっては美咲がそういうことを知っていても、男女間のあやしい関係があるとは全く思っていなかった。
「サンキュ、お礼に何かおごるよ。」
「べ、別にいいよぉ……」
「い〜や、あんたにはおごられる義務があるのよ!」
「義務って……」
「て、いうか…… この前、美味しいケーキの店見つけたのよ。ね? せっかくだからさ、行かない?」
「えぇと…… でもぉ……」
「よし! 決まり! 迷う、ということは行きたい気持ちがある、ってことよ。
で…… 誘っておいて悪いけど、三十分くらい正門で待っててくれる? すぐ用を済ましてくるから。」
「うん……」
半ば押し切られたようにうなづく。それでも美咲も女の子、甘いケーキの誘惑には弱い。食べない内から顔がだらしなくにやけてくる。
「あ、そうだ……」
法子が出ていった後、思い出してとりあえず保健室の方に向かう。養護教員になったという小鳥遊に会いに行くためだ。
が、すぐにそれが無理であることが分かる。
保健室の前は新しく来た先生を見に生徒が群をなしていた。男女比は三対七くらいで女の子の方が多い。
「あちゃあ……」
中年層の多いこの学校の先生に比べれば、若くそれなりに顔立ちの整った先生に興味が向くのは当然のことだろう。今日は始業式で午前中に学校が終わるせいか暇を持て余しているのも含め、充分な人垣になっていた。
ポン。
「ひゃう!」
不意に後ろから肩をたたかれて誇張抜きに跳び上がる美咲。へたりこみながら恐る恐る後ろを振り返ると、少女の驚き方に半ば呆然として肩にのせた手をさまよわせている麗華と、隣でおかしそうに笑いをこらえている謙治が立っていた。
「びっくりしたぁ〜 おどかさないでよ。」
「……別におどかしたつもりはないわ。あんたが勝手に驚いただけでしょうが。」
「でもぉ……」
少し恨めしそうに上目遣いで麗華を見る美咲に、彼女は呆れが半分混じった笑いを浮かべる。
「ま、それはいいとして、美咲もあれ? 小鳥遊さんの様子を見に来たの?」
「うん…… だけどあれじゃあ……」
「まあ、小鳥遊博士の事ですから何か考えがあるのでしょう。数日もしたらこの騒ぎも収まるでしょうからそれからでも遅くないでしょうし、いよいよになったら研究所に直接行ってもいいでしょう。」
「そうね。今日は諦めてさっさと帰るとしましょう。」
「そうですね。僕もそうします。」
「あ、ボク、友達と約束があるんだ。」
三人がそれぞれ帰り支度を始める。
確かに学校が始まると、今までのように頻繁に研究所には行く暇がなくなってしまう。そうなれば連絡も粗雑となり、夢魔への対応が遅れてしまう。そう小鳥遊は考えているのかも知れない。それならもう少し身近で待機できれば…… ということなのだろうか。麗華と謙治はそう信じたかった。
実際は違ったりして。
追記。法子に教えてもらったケーキは実に美味しい物であった。
そして数日が経過。
新聞局が発行した「号外! 噂の小鳥遊先生、独占密着インタビュー」は大好評で、更によほど詳しい内容だったせいか、休み時間などの空いた時間に保健室を訪れる生徒もほとんどいなくなっていた。もう一週間もすれば養護教員としての正常な業務を行えるようになるだろう。
そんなある土曜日の放課後。
コンコン。
保健室のドアが控えめに開けられるとその隙間から小柄な少女が顔をのぞかせる。
「は・か・せ〜 今ヒマ?」
美咲の声に保健室の中の三人が振り返る。小鳥遊に麗華と謙治だ。いつもと変わらない白衣姿の小鳥遊は苦笑いを浮かべ、別な意味で麗華と謙治が苦笑する。
「? どうしたのみんな?」
少女の言葉に中の三人が顔を見合わせる。誰が説明しようか、というので少しの間視線だけで意志を通じ合わせると、代表で小鳥遊が口を開く。
「ええとですね、今日ここに来たのは謙治君が最初なのですが、その時に『小鳥遊博士、おりますか?』と言ったのですが…… 別に私自身、どのような呼ばれ方をされても気にならないのですが…… やはりここは変な勘ぐりを受けないためにも『先生』と呼んだ方がいいのでは、と言っていたのですが……」
「そこへ私が来て思わずいつものように『小鳥遊さん、おります?』って入ってきて、そのことも話していたら、美咲が来たのよ。」
「ふ〜ん。」
納得したようにうなづくと、美咲もドアをくぐって保健室の中に入る。手近の椅子を引き寄せるとチョコンと座って話の輪に加わろうとする。
「そういえば麗華ちゃんも謙治くんも、どうしてここに来たの?」
あまりにもアッサリと聞いてきたので、麗華はその質問の意味をすぐに理解できなかった。そして髪をかき上げ、お馴染みになってしまったため息をつく。
「じゃあ、逆に聞くけど、あんたはなんでここに来たの?」
虚を突かれたように目をパチクリさせるが、すぐにこれまたアッサリと答える。
「え〜と、博士が保健室の先生になったわけを聞くためと…… あとヒマだったから。」
納得した顔をした割には、小鳥遊の話を良く理解していなかったらしい。そのことも含めて呆れ顔のまま麗華が口を開く。
「まあ…… 後半はともかくとして、私たちも同じ理由とは思わない?」
「う〜ん……」
「悩むな。」
「まあまあ……」
二人の漫才じみた会話で時間が過ぎるのが良くないと思ったのか、話を進めようと小鳥遊が間に入る。すぐに謙治もフォローする。
「そうそう。結局、小鳥遊博士はなんでまた学校なんかに来たんですか?」
「それはですね……」
言いかけたところで無造作に扉が開かれる。その音で部屋の中の四人が振り返る。これまた無造作に隼人が姿を見せた。
「おっさん、聞きてえことがあるんだが……」
みんなに見えないところで小鳥遊が小さくため息をついた。
「とにかく、皆さんの予想通り、私がここに来たのは夢魔への対応を早めるためです。まあ、心理学者として青少年の心理に興味があったのいうのも否定はしませんが……」
「フン、」
隼人は軽く鼻をならすと用が終わったかのように、外に足を向ける。
「隼人くん?」
「聞きたいことはもう終わった。俺は行くから後は好きにやっててくれ。」
入ってきたときと同じように素っ気なく出ていくと、わずかに足音を響かせて離れていく。訳知り顔で美咲がクスクスと笑う。
「どうしたんですか、橘さん。」
「だって…… 隼人くん、あんなこと言ってるけど、本当は和美ちゃんのお見舞いに行きたいから急いでいたんだよ。」
「和美ちゃんて…… ああ、大神君の妹さんでしたね。……意外と妹思いなんですね。」
「ああ、確か……」
年期の入った木製の机の上のコンピューター端末に小鳥遊が指を走らせると、隼人のパーソナルデータが表示される。
「彼の家は母親がおらず、父親は長距離トラックの運転手で妹さんと二人暮らしだが、その和美さんが病気で入院。その治療費を捻出するためにバイトに明け暮れていたわけですね。ですが……」
ここで小鳥遊が意味ありげに麗華の方を見る。その視線に困ったようにそっぽを向くと、諦めたように説明をする。
「たまたまよ、たまたま。私のお父様の知り合いの医師があの子の病気に関する研究をしていて、その方がたまたまこちらに来たから紹介しただけよ。何か特別なことをしたわけじゃないわ。」
実際は違うのだが、敢えて聞こうとはしない。彼女がそう主張しているのだから、そういうことにしておこう、というわけである。
「でも…… やっぱり麗華ちゃんがいたから和美ちゃんが治ったんだよ。
隼人くんも口には出してないけど、きっと感謝しているよ。」
美咲の言葉に照れたのか視線をそむける麗華。言わなければいいのに、謙治が彼女の神経を逆なでするような事を口にする。
「神楽崎さんって、いつも『私には関係ないのよ』って顔して実は親切ですよね。」
「…………」
表面上は柳眉を軽くつり上げただけだが、内心は怒ったらしい。無言で謙治の足を踏みつけると、そのまま立ち上がる。軽いとはいえ人一人の体重を足の甲に受け、謙治が声にならない悲鳴をあげる。
「行くわよ、美咲。」
少し気が晴れたのか、わずかに微笑むとカバンを手に立ち上がった。慌てて美咲が後を追うように椅子から跳び下りた。
「あ、待って!」
「それでは小鳥遊さん、失礼いたします。」
ニッコリと笑みを浮かべると謙治には目もくれず優雅に保健室を出ていく。
「博士、謙治くん、それじゃあね。」
美咲も手を振って出ていった。
後に小鳥遊と謙治の二人が残される。謙治はまだ痛いのか、足をおさえてうめいている。
「麗華さんを怒らせて楽しいですか?」
「いえ…… 僕はただ正直に思ったことを言っただけなんですけど……」
「それを心理学用語で『デリカシーが無い』って言うんですよ。」
「ホントですか……?」
「私だってあなたたちに比べれば人生経験が豊富なん…… っ!」
急に小鳥遊が言葉を切った。身体を小刻みに震わせると、椅子から崩れ落ちた。一瞬、何が起きたか解らずに動けないでいると、苦しそうに小鳥遊が口を開く。
「む…… 夢魔だ…… 夢魔の攻撃だ……」
「何ですって! 小鳥遊博士、しっかりして下さい!」
謙治の手が小鳥遊に触れた瞬間、左手首のドリームティアが淡い光を放った。その光は小鳥遊を包むと、それまで苦しんでいたのが嘘のようにおさまる。
「ドリームティアの力ですか……
なるほど、あなた達が夢魔の攻撃を受けない理由がやっと解りました。」
「しかし…… 小鳥遊博士もいつも無事ではないですか。」
「ああ、研究所は夢幻界からの影響を防ぐシールドを張っていますから。しかしまだここにはそんな設備を用意しません。
それよりも夢魔です。まるで感電したように身体が動かなくなりました。心臓の弱い方では長くはもたないかも知れません。
謙治君、急いで出てくれ!」
「わかってます!」
ダイブしようと小鳥遊から手を離すと、再び小鳥遊が苦しみ出す。
「……!」
「わ、私には構…… うな……
急いで…… 夢…… 魔を……」
「……わかりました。少しの辛抱ですから我慢して下さい。
ドリームダイブ!」
「麗華ちゃん!」
「美咲! こっちよ!」
保健室を出た二人にも校内の異常はすぐにわかった。次の瞬間、麗華は美咲の手を引いて階段の裏側まで移動する。ここなら人の目はない。
「麗華ちゃん……?」
「見ての通り、この現象は十中八九、夢魔の仕業よ。」
「それならなおさら博士のところに行かないと……!」
「前から気になっていたんだけど、」
麗華が左腕のクリスタルに触れる。
「どうやらこれのお陰で私たちは夢魔の影響は受けないようなのよ。」
「うん……」
「それで私たちが何も無いような顔で動き回って、しかも小鳥遊さんのところに行くようだったら私たちや小鳥遊さんが夢魔と何らかの関係があると思われても無理ないのよ。」
「そっか……」
「みんなを助けたい気持ちは分かるわよ。でもねこの場合、いち早く夢魔を倒した方がいいみたいよ。分かった?」
「分かった! 行くよ!」
美咲の声に二人がドリームティアを額にかざす。クリスタルが光を放った。
「ドリームダイブ!」
いつものダイブと違って、二人の精神は夢幻界に入った直後に抵抗する間もなく何かに引き寄せられた。
罠かどうか判断する前に夢幻界に降り立った少女達。そして見たのは夢魔と思われる巨大な生物や物体ではなく見慣れた重装甲のロボットだった。
「謙治! 一体何の真似よ!」
麗華の声に安堵の言葉が返ってきた。。
「良かった…… できるかどうか不安でしたが、お二人とも無事で良かったです。」
「どういうこと?」
言ってから夢幻界の異変に気づいた。謙治のサンダーブレイカーを中心としたある程度の空間は別段変化はない。見えない壁を境にしたように、そこから外では絶え間なく小さな火花のようなものがはじけていた。
「なにこれ?」
「夢魔による放電現象です。空間に強力な電界が発生しています。無防備にダイブしたら感電しているところでした。」
謙治のドリームティアは雷の属性を持っている。だからこそ夢魔の電撃にも対応できたのだろうが、美咲達ではみすみす夢魔の罠にはまるところであったのだ。
「そう…… 怒鳴って悪かったわ。で、夢魔の分析は?」
「はい、」
当たり前のように聞く麗華に、これまた当たり前のように返す謙治。
「敵は二体。外見はまるで鉄塔か何かのようです。攻撃方法は見ての通り、電気によるものです。出力からいえばサンダーブレイカーを上回っています。」
「やれやれ…… あんたも根性無しね。夢魔に負けるようじゃ。」
「あのぅ…… 根性はともかく、ブレイカーマシンを実体化(リアライズ)してもらえますか? シールドを張り続けるのも結構大変なんです。」
「はぁい。」
子供のような元気な返事をすると、美咲がドリームティアを構える。それを見て麗華も小さく息をついて同じようにする。
「ブレーカーマシン、リアライズ!」
二人の声と共に白と赤のマシンが現れる。それと同時にサンダーブレイカーがシールドを解除した。
「気をつけて下さい。夢魔の電撃によって計器や操縦に影響が出るかもしれません。」
「そういうことは早く言いなさいよね。」
いきなり飛び上がったフェニックスブレイカーがバランスを崩す。飛行に必要な計器が不安定に揺れる。
「麗華ちゃん、大丈夫?」
「そうね。パワーを上げれば何とかなりそうだわ。謙治、あんたは片方を相手して。もう片方は私と美咲で行くわ。」
「分かりました。」
「りょーかい!」
ブレーカーマシンが二組に分かれて夢魔に駆け出す。謙治の言ったとおり、今回の夢魔は高圧鉄塔のような形をして、頂上がアンテナのように伸びている。そのアンテナから止めどなく稲妻が放たれる。
「さっさと片付けるわよ!」
「うん!」
クリスタルシューターとヒートパルサーの火線が夢魔に突き刺さる。その表面で小爆発を起こすが、特にこたえた様子もない。
「そういえば…… 隼人くんどうしたんだろう?」
「そういえば、そうねえ…… でも今は目の前に集中しなさい。」
麗華に言われて、美咲は手の中の銃を虚空に消した。あまり効果がないと判断したのだろう。そのまま夢魔に殴りかかっていく。
見た目以上に重い拳が夢魔をとらえる。鉄骨を組み上げたような形の巨体がわずかに傾くが、これもあまり効いた様子がない。
「こいつ強いよ、どうしよう?」
「美咲、スターブレイカーよ。あれがあるじゃない。」
「そっか、よーし……」
「待って下さい!」
謙治の声が二人の間に割り込んできた。
「すみません、スターローダーの修理がまだ完全じゃなくて…… スターブレイカーに合体しても大したパワーは出ないんです。」
そもそもブレイカーマシンは非稼働中は自己修復するのだが、スターローダーはそれすら働かないほど被害甚大だった。そこでヒマを見つけては謙治が修理していたのだが、自分で設計したカイザージェットはともかく、スターローダーの修理にはだいぶ手間と時間がかかっていた。
「そんな……」
「それより神楽崎さん、カイザーがいるじゃないですか。」
「あ、忘れてたわ……
カイザー、スクランブルッ!」
少し時間が戻る。
美咲の言葉通り、隼人は妹の見舞いに来ていた。特に口を開くわけでもなく、和美の話すことに耳を傾けている。
「ねえねえ、それでねそれでね……」
ああ、と相づちを打とうとした瞬間、全身の毛が逆立つような感覚が隼人を襲った。反射的に身構える隼人の視界に左手首のドリームティアがわずかに光を放っているのが見える。直後、彼の目の前で妹の和美がビクンと身を仰け反らした。硬直しながらも身をわずかに震わせる。表情も固まったままだが、苦しそうなのが瞳に見て取れる。
「和美!」
素速く立ち上がり、妹の肩に手をかける。ドリームティアの光が淡く少女を包んだ。
「……あれ?」
「和美!」
「……お兄ちゃん?」
「驚かすな。……ったく。」
安堵の息をついて、また椅子に腰掛けようと和美から手を離すと、再び不可視の力が少女に襲いかかる。声も出せずにベッドに倒れ込んだ。
もう一度手を伸ばし、そのカラクリを大雑把ながら把握する。
(こいつか…… ドリームティアとか言ってたな…… こいつが反応するということは夢魔、ということか……)
何か心配そうに自分を見上げている妹に一瞥をくれてからまた考える。
(俺が一瞬でも手を離せば和美が苦しむことになる。……まあ、橘たちがいるから何とかなるかな?)
「大丈夫だ和美。兄ちゃんがついていれば苦しいことないからな。」
「うん……」
少女の返事には若干の躊躇が混じっていた。
「チェンジング・ドラゴン!
竜王変化、カイザードラゴンッ!」
鋼の竜が大地に降り立った。その火竜が麗華に恭しく頭を下げる。
〈さあ、麗華様。御命令を。〉
「美咲、謙治と一緒に一体を相手にして。カイザーは私と一緒よ。」
「うん、分かった。」
〈かしこまりました。〉
かくして二組の戦闘が行われようとしたとき、夢魔の動きに変化が生じた。予告も無しに二体の夢魔が離れるような動きを見せた。そして少し距離をあけると、同心円を描くように夢魔が横に動き出した。
美咲たち四機を中に囲むように夢魔が周りを回る。時折、攻撃のつもりなのか電撃を放ってくるが、やる気が抜けたように鋭さに欠け、避けるのにも苦労はない。
「なんなの、一体……」
夢魔の行動が理解できないように呟く麗華だが、美咲には夢魔の動きの変化を直感的に感じ取っていた。
(夢魔の回転の中心が動いている…… ボクから離れていく。方向は…… 麗華ちゃんの方だ!)
美咲にわずかに遅れて、夢魔の動きを解析していた謙治も同じ結論に達する。そして致命的に遅れながらも野生の勘か、カイザーも夢魔の意図を悟った。
「麗華ちゃん! カイザー! いそ……」
「二人ともそこか……」
〈麗華様! お逃げ下さい!〉
気づいたのは最後だが、もっとも効果的な行動を起こしたのはカイザードラゴンだった。麗華のフェニックスブレイカーの尻尾を掴むと真上に放り投げたのだった。
麗華が抗議の声をあげる前に、夢魔の作戦が発動した。鉄塔型夢魔の頂上のアンテナが今までで一番眩しく輝いた。そこから伸びた光条がお互いを求めるように伸びる。その中点にフェニックスブレイカーを投げあげた体勢のカイザーがいた。
鋼の竜の姿が巨大な雷球に包まれた。
〈グワァァァァァッ!〉
強靱な竜の咆吼が空気を震わせる。一体でもサンダーブレイカーの出力を越える電撃を二体分集中させる。それがいかに強固な装甲だろうが簡単に貫くことは安易に想像できる。事実、カイザーはその防御力を越えた強烈な電撃にさらされていた。夢幻界の火竜の力を宿したといえど構造的には機械部品の集まりである。防護はしてあるとしても過度の電撃には弱い。
「カイザー、動けるなら脱出を。いくらなんでも長い間はもちません。」
謙治の声が聞こえたのだろうか、カイザーがわずかに手足を動かそうとする。しかし電撃が身体の自由を奪っていた。動いたとしてもそれは自らの意志ではない。
「謙治、あんたこれ何とかできないの?」
麗華が聞くが、謙治の答えはシンプルなものだった。
「無理です。僕の力ではこの雷球を消去できません。」
「消せなくてもいいわ。」
「は?」
意外な言葉に思わず間抜けた声を返す。
「消せなくてもいい、せめて弱めることができたら何とかなるかも……」
「分かりましたやってみます。」
サンダーブレイカーが球体に手をかざす。球体の表面ではじける稲妻の濃度が若干薄まったような気がする。
「美咲、どうする? ウィングブレイカーに合体する?」
「……待って。ちょっと時間稼いで。うまくしたらカイザーを助けられるかも……」
「……分かった。美咲に任せる。」
「ありがとう……
チェンジ、ライトクルーザー!」
美咲はフラッシュブレイカーを車両(ビークル)形態に変形させると戦場から離れた。麗華達が何とか視認できるくらいまで距離を開くと、ブレスレットを構える。
(パワーは出なくても重量は使えるはず。)
「スターローダー!」
「……ったく。ホントに隼人は何やっているのよ。四人揃えばナイトブレイカーに合体できるのに。」
文句を言いながらも夢魔への攻撃の手を休めない。カイザーを封じ込めている雷球を作り出してからは微動だにしていないから攻撃を外すことはない。しかし、発している電撃が一種のバリアになっているのとフェニックスブレイカーの攻撃力の低さのせいで、夢魔に効果的なダメージを与えられない。
(やっぱり弱いな…… どうにかしないと足手まといになってしまうわね。)
それでも諦めずに攻撃を続ける。同一箇所を狙ったのが功を奏したのか、わずかながら夢魔の頂部アンテナに歪みが生じる。それに伴って雷球も歪む。
(いけるかも……)
その時、フェニックスブレイカーのレーダーが地上を走る高速物体をとらえた。反応はブレイカーマシン。形状、及び大きさからウルフブレイカーではない。
(スターローダー? 何をする気、美咲。)
スターローダーを後ろに連結したライトクルーザーは真っ直ぐにカイザーを目指して疾走していた。相当遠くから加速させていたのだろう。パワーダウンしていたとしても普段の最高速くらいは出ている。
(まさか……)
「止めなさい、美咲!」
麗華の切羽詰まった声に謙治も異変に気づく。サンダーブレイカーが横を向いたときには爆走するスターローダーはすぐそばだった。
「カイザー、ちょっと我慢して。
スターライト・イルミネーション。
流星合体、スターブレイカー。」
珍しく感情を抑えた声を出す美咲。高速で移動してきたスターローダーはその速度を保ったまま変形合体し、雷球に突っ込む。そのままカイザードラゴンに体当たりし、外へと弾き飛ばす。
そしてカイザーの代わりにスターブレイカーがその内部に残された。
(……!)
脳裏にいきなり声無き悲鳴が響いた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや…… なんでも、ない。」
さり気なくを装ったつもりだったが、隼人の声には焦りが混じっていた。さっきからずっと複雑な表情を浮かべていた和美が恐る恐る口を開く。
「ねえ、お兄ちゃんは行かなくていいの? 待って…… いるんじゃないの?」
「…………」
黙り込む隼人の脳裏に別の声が響く。
(隼人! 早く来て! 美咲が…… このままじゃ美咲がっ……! 隼人っ!)
聞こえてきた麗華の声とその内容が隼人を硬直させる。背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。そんな兄の変化に気づかない和美ではなかった。
「お兄ちゃん、行って。大切な人が待っているんでしょ。」
妹の言葉に美咲のいつもの笑顔が思い出される。屈託のない笑みが心から離れない。
「俺は…… 俺は……」
隼人は目の前の妹と美咲を天秤にかけている自分に気づいた。そしてそれはわずかに美咲の方へ傾きつつあった。
「お兄ちゃん戦って。戦わないお兄ちゃんなんて…… お兄ちゃんじゃないよ。和美は大丈夫だから…… だから……
お兄ちゃんにとって大切な人の為に、大切な人を護るために戦って。」
「和美…… 俺はお前が大事だ。だから俺は和美の為に戦う。そして……」
ここまで言って隼人は首を振る。そして彼の方を見つめる瞳を見つめ返した。
「少しの間だ。我慢できるな。」
「和美はお兄ちゃんの妹だよ。大丈夫!」
「ああ……」
妹から手を離すとドリームティアを額にかざした。
「ドリームダイブ!」
さっきまでカイザーを苦しめていた電撃は今はスターブレイカーに襲いかかっていた。もともとの不調のせいでスターブレイカーはピクリとも動かない。
直接流れないまでも、スターブレイカーに与えられたダメージを美咲もその身に受けていた。身体に走る痺れに耐えながら美咲はスターブレイカーを動かそうと努力していた。
小さな破裂音と共に美咲の目の前で一つのパネルが部品をまき散らしながら火を噴いた。反射的に目をかばった腕に鋭い破片が傷をつける。コクピットの中の計器はほぼ全て沈黙している。半分くらいは過電流に耐えきれず破損していた。
せわしなく計器をチェックしていた手を疲れたように止める。スターブレイカーはある意味、もう一つの自分の身体である。それが動けるかどうかは計器を見なくても判る。
それでも不思議と焦りも恐怖も無かった。このまま何も無ければ待っているのは「死」だけなのだが、彼女は死を恐れていない。死んでしまえば亡くなった両親にも会えるだろうという考えと、変な表現を使えば特に未練は無いと思っているからだ。
(みんなゴメン…… ボク、一抜けかもしれない……)
(……なっ! ……ばなっ!)
「?」
通信に関する装置は全て破損している。それでもその声が美咲の耳に聞こえてきた。
「隼人くん……なの?」
「橘っ! 橘っ! ……くそぉ!
おい、田島! どうにかできないのか?」
「方法は思いついたのですが……」
「よし、それだ。早く言え。」
「しかし…… 危険です。」
「馬鹿野郎! 今の橘以上の危険がどこにあるんだ!」
「そうですね…… 口で言うのは簡単です。夢魔自体を移動させて下さい。二体の夢魔の中点の位置を変えればそれに連れて雷球も移動するはずです。
僕一人では無理ですが、大神君もいればできない作戦ではありません。カイザーが行動不能である以上、殲滅する作戦には無理があります。橘さんを救出してナイトブレイカーで戦うしかありません。」
「カイザーって、あのデカブツか?
……それより橘を助ける方が先だな。」
言いかけたセリフを飲み込んで隼人は一方の夢魔に向かう。謙治もそれと同時にもう一体へと駆け出した。
二機のブレイカーマシンが夢魔に取りついた。次の瞬間、表面を流れる電流がブレイカーマシンを襲う。電気に強いサンダーブレイカーは平気だが、ウルフブレイカーには結構なダメージとして効いてくる。しかし、隼人は腕に込めた力を緩めようとはしない。無言の気迫に押されるようにジワリジワリと巨大な夢魔が動き出した。
一方謙治はもう一体と呼応して動きだそうとする夢魔を押さえつける。それと同時に美咲のダメージをわずかでも減らそうと夢魔の電撃の中和を行っていた。
両機とも限界を上回る能力の酷使に、機体が悲鳴を上げる。装甲の隙間や関節部などからうっすらと煙がたなびいてきた。
「おう田島。てめえはそろそろ限界か?」
「いえ、あと五分くらいなら耐えられそうです。それよりウルフブレイカーは長時間の戦闘に向いてないはずです。」
「さっきから考えていたんだが……」
不意に隼人が声を潜ませる。
「機体に与えられたダメージは間接的にパイロットに伝わる。そうだよな?」
「ええ……」
「じゃあ、仮に機体の防御力を越えて、コクピットに直接電流が流れたらどうなるんだ?」
「それは……」
「橘はまだ生きている。難しい事はともかく、それだけは分かる。ここに感じるんだ。」
と、隼人は自分の心臓を親指で指さす。
「だがなあ、もう少し時間が経ったらあいつは二度と笑えなくなる。分かるか? 身体が無事でも橘の精神(こころ)が死んでしまうんだ。」
隼人の脳裏に初めてナイトブレイカーに合体し、精神力を消耗し尽くして深い眠りについた少女の姿が思い出される。
「そんなことなあ…… 俺は…… 俺は絶対認めねえっ!」
ウルフブレイカーの腕が夢魔の鉄骨の一本をへし折った。それと同時に力つきたようにウルフブレイカーがその場に崩れ落ちた。
「カイザー、動けそう?」
〈麗華様、申し訳ございません。自立運動回路が不調です。ただいま、自己修復中ですのですぐに何とかなるかと。〉
「急いでよ。あの二人だって長くはもたないわ。美咲が戦えない以上、あなたがいないと勝てそうにないわ。」
〈私をそこまで信頼して下さるとは、有り難きお言葉。〉
言ってからカイザーは麗華の意識が自分の方を向いていないことに気づいた。カイザーにとっては麗華は仕え護るべき対象であるが、他の三人は単なる足手まといでしか……
《足手まとい、ですと……》
前回の戦いではボロボロの機体にも関わらず、カイザーをとらえていた夢魔に一撃を与え、脱出するチャンスを作り出した。
今回は美咲という少女が自らを犠牲にしてカイザーを助けた。他の二人の少年は彼女を救うために機体の限界を超えた力を発揮している。
《前は戦いに勝つために私の力を必要としていた。今回はあの大型マシンの不調を考えると私と交換した方が戦力的に有利。そして四機揃えば合体して更に戦力が増える。
実に合理的な…… いや、違う……》
カイザーは迷っていた。自分の判断に自信がもてない。
〈麗華様…… 一つだけお聞かせ下さい。
彼らはなぜ、あそこまで戦えるのですか?
傷つくのは怖くないのですか? そこまでして戦う理由があるのですか?〉
カイザーの言葉に麗華が振り向いた。わずかに驚いた表情をするが、すぐに真剣な顔つきに変わる。
「美咲達に深い理由なんか無いわ。
強いて理由を挙げるとするならば…… 戦わずに逃げることは彼らのプライドが許さないのよ。たとえ他の誰が許したとしても。」
《誇り(プライド)……
我は誇り高き火竜。だが、その誇りとは何のためのもの……?
他の者を無能と見下し、自らを高きに置く。汚れることを死よりも忌み嫌う。それが誇りというべきものなのか?》
自分の状態を再確認する。多少動きに不自由があるが、戦闘ができないほどでもない。あと数分で完全に回復するだろう。
その時、夢魔に一撃を与えつつも、ウルフブレイカーがガックリ膝をつく。全身から煙やスパークがあがり、相当の負担が機体にかかったのが容易に想像できる。
「隼人!」
反射的に操縦桿を倒し、麗華が隼人の元へ飛んだ。フルブラストで気を引き、囮となってウルフブレイカーが回復するまでの時間を稼ごうとする。しかし、隙間無く放たれた電撃の一つが翼をかすめ、バランスを崩したフェニックスブレイカーが地面に激突する。
〈麗華様!〉
考えるよりも先にカイザーは駆け出していた。運動回路が完全に修復はされていなかったが、そのスピードは自分のスペックを遥かに越えていた。思考ではなく、衝動がカイザーを突き動かしていた。
《この感じは……》
カイザーは自分の中に変化が起きるのを感じていた。未知なる力がわき上がってくる。美咲達が戦う理由、自分が傷ついても他人を助けようとする力の源をその時初めて知るのであった。
《今なら分かります。戦う意味を。そして自分を捨てても護りたいという心を!》
背面のバーニアが火を吹いて、更にカイザードラゴンは速度を上げた。肩から夢魔に体当たりをかける。その体当たりを避けようとした夢魔だが、ここぞとばかりにサンダーブレイカーがもう一体を押さえつけていた。
スターブレイカーを捕らえる雷球を保持しようと動きを連動させていた事が逆に仇になった。もう一体が動けない以上、衝撃を緩衝することができない。ウルフブレイカーが鉄骨の一本を折っていたため、そこに応力が集中した。金属がひしゃげる音が甲高い悲鳴のように響きわたる。
グラリと夢魔が傾くが、倒れるほどではない。追い打ちをかけるようにカイザードラゴンが夢魔に殴りかかる。
〈まだですか! まだなのですかっ!〉
鋭い爪が幾度と振るわれる。しかしその中でも夢魔は少しずつ再生を始めていた。
〈私は美咲様を助けたいのです。命をかけてまで救ってくれた行為に私は応えたい!
私の…… 我が誇りにかけてもっ!〉
突如、カイザードラゴンが深紅の光に包まれた。それに呼応するように麗華のドリームティアも光を放つ。
(もしかして……)
「カイザー、謙治、隼人。当たり前のことを聞くけど、あんたら美咲を助けたいわよね?」
〈無論です!〉
「聞くまでもありません!」
「つまらないことを聞くんじゃねえ!」
その想いが更に光を強くする。
「いける…… みんな、いくわよ!」
麗華の脳裏に秘められた力を解放する「言葉」が響いた。
「ドラゴニック・コンビネーション!」
カイザードラゴンと三機のブレイカーマシンが光に包まれた。
カイザードラゴンの頭が胸部に移動する。背中のパーツが下に展開し、その空いた部分に腕を折り畳む。サンダーブレイカーがバスタータンクに変形し左右に分割する。フェニックスブレイカーと動物形態(ビーストフォーム)のウルフブレイカーが変形すると、カイザードラゴンの下部のパーツに合体し、赤と青の脚となる。左右からバスタータンクが合体するとそれは鋼の腕となった。最後に頭が胴体から現れると新たな巨大ロボットが誕生した。
〈竜帝招来! フレイムカイザーッ!
……麗華様。命令無しに行動した無礼をお許し下さい。〉
「そんなこといいわ。それより……」
麗華がコクピットの中で疲れたように頭を振る。合体による精神力の消耗が激しすぎた。回復には少々の時間がかかりそうだ。
「私たちはすぐには動けないわ。カイザー、私の言いたいことは分かっているわね?」
〈分かっております。『美咲様を助けろ。』でございますね? かしこまりました!
ドラグーンランサーッ!〉
フレイムカイザーが右手を天にかざした。炎が手の平に集まるとそれが巨大な長槍になる。それを疾風の速度で振り回した。
キンッ!
甲高い金属音と共に一体の夢魔のアンテナが切り落とされる。手首を返しランサーを一度斜めに振り下ろすと、下からすくい上げるようにもう一体の夢魔に向かって構える。
〈もう一つ!
ファイヤーバード・スライサーッ!〉
刃先に炎が宿る。振り上げた勢いでその炎の固まりが打ち出される。それは空中で鳥のような形に姿を変えると、狙い違わずもう一体の夢魔のアンテナを切り裂いた。
電撃の発生源であるアンテナを失うと、見えない手で払われたように雷球が消え失せる。その中から満身創痍のスターブレイカーが現れた。すかさず謙治が機体をチェックする。
「……内部に生命反応!」
その報告に安堵の息がもれる。
フレイムカイザーがスターブレイカーをかばうように夢魔と対峙する。その目の前で二体の夢魔がゆっくりとお互いに近づいてきた。鉄骨がバラバラと一度外れ、再び組み合わさると二体の夢魔は一体の夢魔になっていた。
「カイザー…… コントロールを私にまわしてちょうだい。」
恐ろしいまでに落ち着いた麗華の声音にカイザーは返事もできず、コントロールを彼女の管理下に移す。麗華は無言でコントロールレバーを握ると、誰相手に言うわけでもなく低い声で呟く。
「おかしなものよね。まだ知り合って何ヶ月も経ってないのに、どうしてあの子が傷つくのがこんなにも耐えられなくなったのかしら?」
キッと顔を上げて夢魔を睨み付ける。
「そんなことどうでもいいわ。でもね……」
ドラグーンランサーを構え、夢魔に駆け出していく。直前で大きく跳躍した。
「美咲を傷つけた報いは受けてもらうわよ!」
正確無比に振るわれるランサーが徐々に夢魔を追いつめていく。合体した夢魔は強化されたのであろう。しかしそれ以上にフレイムカイザーの方が全てにおいて上だった。幾度も放たれる雷撃の矢も避けられるか、ランサーではじかれるだけだった。
真一文字に切り裂かれれ、夢魔の動きが鈍くなった。
「ドラゴン・ロアーッ!」
麗華の声に胸の竜が目を光らせる。その喉の奥から激しい咆吼が発せられた。吼え声が夢魔の動きを完全に停止させる。
フレイムカイザーが翼を広げ、空に舞い上がった。遥か彼方まで上がると、上昇する推力を下降に逆転させる。
「これでおしまいよ!」
降下しながらランサーを回転させる。ランサーが徐々に赤熱してきた。
「カイザー・グランド・スラッシュッ!」
深紅に輝いたドラグーンランサーが夢魔を上から下まで一気に両断した。二つに分かれた夢魔がゆっくりと消滅する。
それを確認する前にフレイムカイザーはスターブレイカーに駆け寄る。謙治がスターブレイカー及び、フラッシュブレイカーの状態のチェックを始めた。
「美咲! 返事して!」
「橘! 何とか言え!」
二人の呼びかけにしばらくしてからやっと返事がかえってくる。
「麗華ちゃん…… 隼人くん…… 謙治くんもいるの?
その姿…… カイザーなの? すごいじゃない、かっこいいよ……」
〈お褒めの言葉、ありがとうございます。〉
「みんなゴメン。ボク、ちょっと眠いや…… 少し寝るね……」
美咲の言葉と共に白いブレイカーマシンが霞のように消える。残された三人も美咲の後を追ってすぐに夢幻界を飛び出した。
次回予告
謙治「我々に強力な仲間が誕生しました。でも、自分で設計しておきながらなんですが、僕あんな機能つけたっけなぁ…… それより、小鳥遊博士が新しいシステムを開発したようです。なんでも現実世界でもリアライズができるようになるものらしいです。
まあ、そんな装置、現実世界に夢魔が……
! 何ですかこの感覚は。ま、まさか……!
夢の勇者ナイトブレイカー第十四話
『現実の悪夢(前編)』
手に入らないのが夢、しかし手に入るのも夢です。」