第二十八話 お爺ちゃん来襲!

 

 

 放課後、学校帰りの学生の中を頭一つ以上小さい人影がひょこひょこ歩いているのが見えた。少し小走りになって追い付く。
「今日は一人?」
「あ、麗華ちゃん。」
 今日は、という言い方をするほど毎日誰かと歩いているわけじゃないが、何となく珍しい感じがした。
「法子ちゃん、なんか今まで集めたのをまとめる、ってダーッと帰っちゃったの。」
「まとめる、ねぇ……」
 ジャーナリスト志望の法子。そんな彼女の最近一番の関心事は、美咲たちブレイカーマシンと夢魔との戦いである。
 一度校内新聞に出た彼女の「取材」の結果はよくぞここまで、と思わせるほどの綿密さだった。
「ロードチームも見られたようだし……」
 前回の戦闘で救助活動を指示したはずのロードチームがその指示を外れ戦闘行動をとっていた。AIの自己判断とも考えづらく、戦闘終了後にデータをチェックしたら法子がロードチームを指揮――というほどでもないが――していた。そして美咲たちの苦境に法子がロードチームを向かわせてなかったら負けていたかもしれない。
 自分たちの関連がバレてはいない、と楽観的に考えているが、やはり接触は出来るだけ避けたいところだ。
(でも実はみんな知っていて黙っている、って可能性もあるよね。)
 心の中で思ってから、凄い怖い考えであることに気付き、ブルブル首を振る。
「どうしたの?」
「え? あの…… なんでもない、かな?」
 あはは、と誤魔化し笑いを浮かべる美咲に、小さく嘆息してから二人揃って研究所への道を歩く。
 今日は戦闘の後、ということで鍛錬には行かず、直接研究所に向かっていた。
 住宅街に入って、ふと人影が途切れる。
 昼間だし、例え夜だとしてもこの辺は治安の良い地区だ。更にいえば美咲がいるから多少のチンピラが出たとしても問題はない。
 と、
「……!」
 不意に美咲が表情を強張らせた。
 周囲に視線を飛ばして、反射的に構えをとっている。
「美咲?」
「麗華ちゃん、気をつけて!」
「気をつけ……」
 さわ。
「きゃぁっ!!」
 何かにお尻を触られて悲鳴を上げる麗華。
「うわぁっ!!」
 美咲もまた何かにお尻を触られて思わず声を上げてしまう。
 スカートを押さえて赤くなる二人の視線の先に一人の白髪の老人が立っていた。齢を重ねていそうだが、足腰もしっかりしていて、とてもそうには見えない。いや、警戒していた美咲の背後を取ったのだ。とてもただ者では思えない。
「なかなか女らしくなっ……」
 不意に老人が言葉を途切れさせると仰向けに倒れた。
「何をしている。」
 暗い目をした隼人が老人の襟首をつかみ引き倒し、
「ああ、別に無理に答えなくてもいいぞ。」
 どこか蔑んだ目のバロンが喉元に剣を突きつけ、
「…………」
 少し離れた所で謙治が銃を老人の頭にポイントしていた。
 さすがの老人もこの状況では手も足も出ないのか、倒されたままホールドアップする。
「わ、わわっ!」
 中途半端に慌てたような声で、美咲が老人に駆け寄る。
「お爺ちゃん!」
『お爺ちゃん?!』
 四人の声が重なった。

「いやいや、いつも美咲がお世話になっております。」
 老人――美咲の祖父、橘戒蔵は好々爺の笑みを浮かべるが、すでに正体はバレているので、額面通りには受け取れない。
「いえ、美咲にはいつも助けられてますわ。」
「ほぉ……」
 一瞬含みのあるような口調で目を光らせるが、すぐに先程の表情に戻る。
「こんな人を蹴るのくらいが得意な孫娘じゃが、皆さん仲良くしてやって下さい。」
「お爺ちゃん! もぉ……」
 拗ねたように頬を膨らませる美咲。ただ強く反論できないのはあながち間違いでもないからかも知れない。
「ところで美咲たちは何処へ行くんじゃ?」
「え?! あ、えっと……」
「試験が近いので勉強会ですわ。」
 助け船を出すように麗華が口を挟む。
「そうかそうか。学生の本分は勉強だからのぉ。
 ……と、そっちの黒いのもか?」
「…………」
 あっちこっちで黒いの呼ばわりで渋い顔のバロン。確かに制服姿で学校帰りの4人と違って、軽甲冑ではないが黒一色のバロンは確かに違和感がある。
(そういやぁ、なんでお前がいるんだ?)
(お前こそ。)
 睨み合う隼人とバロン。
 隼人は謙治と研究所に行こうと歩いていたのだが、少女二人の悲鳴を聞いて駆け出したのだ。たまたま近くに(というか、美咲たちと合流したかったのかも知れないが)いたバロンも隼人と同じように。少し遅れて謙治も現場に着いたわけだ。ただ彼らが「誰の」悲鳴に反応したかは微妙ではあるが。
「まぁ、良い。わしは先に家に戻っておるからな。夕飯までには戻ってくれるとありがたいのじゃが……」
「あ、うん。わかったよ、お爺ちゃん。」
 それじゃあな、と手を振り去っていく戒蔵の後ろ姿が見えなくなると、全員が揃って息を吐いた。
「いきなり帰ってくるなんてビックリだよ……」
「美咲のお祖父様というのは分かったけど…… 普段からああなの?」
「えぇと……」
 困ったような表情を浮かべた美咲。あはははは、と乾いた笑いをあげる。
「……なんとなく分かったわ。」
 小さくため息一つ。
「それと今日は戻りなさい。せっかくお祖父様が帰ってきたんでしょ?」
「え、でも……」
 躊躇する美咲を見なかったようにして、バロンの方を振り向く。
「悪いことは言わないわ。あなたも今日は帰った方が良いわよ。」
「なぜだ?」
 バロンの疑問の声も聞かない振りをしながら隼人に視線を向ける麗華。あ、と言いたげな顔をすると、またバロンに向き直る。
「……よく考えたら大丈夫ね。」
 それだけ言うと、スタスタ背を向けて歩き出す。いつもの事で慣れている謙治はそのままついて行くが、隼人とバロンは一瞬互いの顔を見合わせてから後を追う。
 美咲も更についていこうとするが、チラリと振り向いた麗華に睨まれて動きが止まる。
 そんな少女を置いて、四人だけで研究所に歩いていった。

「……あれ?」
 家に戻った美咲。いるものだと思ってドアノブを回すがドアが開かない。
「帰ったんじゃないのかな?」
 きっと近くを散歩しているんだろう、とポケットから鍵を取り出した。

「ほぉ、やるか?」
「ああ、望むところだ。」
 最初は黙って歩いていた二人だが「何でお前が」と隼人が切り出したところで「お前に関係あるのか?」と売り言葉に買い言葉。
 静かな言い争いがちまちま続いていたが、止める人もいないので、研究所が見える頃には胸ぐらをつかみ合うくらいの雰囲気に。
「神楽崎さん、こちらへ。」
“それ”に気付いて、謙治が麗華の腕を引く。
「いい加減にしなさーい!」
 横殴りの雨、いや放水が隼人とバロンの二人を襲う。
「お兄ちゃんもバロンさんもケンカばっかり! どうしてもうちょっと仲良くできないの!」
 未だに水が出ているホースを持って仁王立ちになっている和美に一気にやる気が失せる。
「いや、これはな、その……」
「ま、待てカズミ。別に俺は……」
「聞きません!」
 下手に言い訳したらまたホースの先を潰して向けられそうな雰囲気に男二人が黙り込む。
「まぁ、それは良いんだけど……」
 研究所に入ろうとした麗華がポンポンと和美の肩をたたく。
「さすがにこの季節、水浴びには辛いんじゃない?」
「え?」
 指さした方を見ると、頭のてっぺんから足先までびしょぬれの二人。水も滴る、というのは誇張になるだろうか?
『ひっくし。』
 初秋の風がくしゃみを運んだ。

「ひどい目にあった……」
「からかうんじゃなかった……」
「何だと!」
 またつかみ合いが始まりそうになるが、ジト目で睨む和美に元の位置に戻る。コーヒーを乗せた盆を持っているので、下手に怒らせたら今度は熱いコーヒーをかけられかねない。
「美咲お姉ちゃんがいるときはおとなしいのに。あたしじゃあダメなのかなぁ……」
「…………」
「…………」
 下手に答えると危険な気がして、口を開くのも躊躇われる。
「……女って怖いな。」
「それが分かったら男として一歩成長だ。」
 ポンポン、と隼人の肩を叩くバロン。
「で、お話は終わりましたか?」
 言葉だけ聞くと嫌みにも聞こえるが、本人には全くその気がない小鳥遊が会話に入ってくる。
「会うのは初めてですね。私が彼らを戦いに巻き込んだ張本人の小鳥遊です。
 あなたがバロン、ですね?」
「ああ。」
「我らが夢魔と呼ぶ陣営の一人。しかし、ブレイカーマシンと同質のマシンを駆る謎の戦士。そして、今は色んな意味で隼人君のライバル、というところですね。」
「まぁ、そんなとこかな?」
 なんか引っかかることを言われたような気がするが、ここは聞き流すのが正解だろう。
「今は特に敵とも味方とも言えない状態。それは向こうにとっても同じ、ですね?」
「…………」
 そしてサラリと鋭いところをついてくる。
「バロンさん……?」
 流れる雰囲気に和美が恐る恐るバロンの顔を覗き込む。怖い顔を浮かべていたバロンだが、和美の視線を感じて表情を和らげる。
「なーに、どうにかなるさ。」
 そう笑うバロンだが、どこか無理しているようにも見えた。だから敢えて見えなかったかのように和美も笑みを浮かべるが、それはどこかぎこちない物であった。
「さて、詳しい話をもう少し聞かせてもらおうかの?」
 不意にそんな声がリビングに入ってきた。

 その声が聞こえた瞬間、まるで瞬間移動したかの勢いで隼人とバロンが和美の前まで移動する。何事が起きたのか反応しきれない内に隼人とバロンの手刀が和美の後ろへと突き出される。
「おっと!」
 声の主が慌てて飛び退く。
「てめぇ!」
 密かに和美の背後を取って何かをしようと企んでいた老人――橘戒蔵は呵々(かか)と笑いながら我が物顔でソファの一つに腰掛ける。
「わしは美咲の祖父の橘戒蔵っちゅーもんだが、一つ聞いて良いかな?」
 一番年上の小鳥遊に半ば睨み付けるような視線を向ける。
「わしの孫娘は何をしているんだ? おおよその見当はついておるが、ハッキリ聞かせて欲しいのだが?」
『…………』
 戒蔵老人の言葉に皆が黙り込む。
「それとももうちょっとハッキリ言った方が良いか? ん?」
「……そうね。先程も言いましたように、あの子にはいつも助けられてますわ。」
 沈黙を破って麗華が口を開いた。
「おそらくお祖父様の考えている通りです。私たちは…… 戦っていますわ。」

 隼人とバロンの二人の達人に気配を感じさせずに――とはいえ、美咲の気配も感じることが少ないのだが――四人を尾行していた戒蔵老人。
 元より麗華の言葉を額面通りには受け取ってなかった。直感で「何か」ある、と思った戒蔵は姿を消した振りをして息を潜めていた。
 そして美咲と別れたのをこれ幸いと、一気に小鳥遊の研究所に乗り込んだのであった。

「そうか……」
 誤魔化しきれないと判断して、全てを説明すると戒蔵は納得したような、してないような表情を浮かべる。
「一つ聞いて良いか?」
「ええ。」
「あの子は、美咲は、自分の意志で戦っておるのか?」
「それは…… 分かりません。」
 小鳥遊が静かに口を開いた。
「美咲さんは、他人が困るだろう、傷つくだろう事態に黙っていられない人です。そしてそれに対抗する『力』を手に入れた。きっとそれだけなんですよ。」
「その『力』を与えたのは、先生、あんたなんだろ?」
 戒蔵の言葉に小鳥遊は小さく肩を竦める。
「全くその通りで。だから先程も言ったとおり、巻き込んでしまったわけです。
 でも遠からず巻き込まれるのは確かでした。ただその時は無力の一般市民だったでしょうけど。」
「そう……だな。
 もう一ついいか?」
 麗華が肯くと老人は孫娘の身を心底案じている祖父の顔をしながらも、別の問いを口にする。
「あの子は…… 役立っておるのか?」
『…………』
 言葉を返せないでいると、訥々と戒蔵は語り始める。
「あの子は大切な物を失った為に色んな物を失ってしまった。それで自分が必要の無い人間だと思いこんでしまっている。
 だから人の役に立っている間だけは、自分が受け入れられる、なんて哀しい事を考えるようになったんじゃよ。」
「そんなことありませんわ!」
 激昂したように麗華がテーブルを叩く。
「美咲がいてくれてどれだけ私たちが救われたことか……」
 言葉に込められた思いが皆の気持ちを代弁しているのか、それぞれが麗華に先んじられたのを少し悔しがっているようだった。
「そうか……
 美咲も良い友人に恵まれたのぉ……」
 感慨深げに呟きながらそっぽを向く。
「いやいや、こんな年になると、つい涙腺が緩みがちになってな……」
「お爺さん、大丈夫ですか?」
 心配して駆け寄る和美に好々爺の笑みを浮かべる。
「こんな老人を心配してくれるとはなんて優し……」
 と、次の瞬間、表情を鋭くすると、俊敏に後ろ向きにソファを跳び越える。着地するとすぐに横に飛び、間近に迫っていたバロンの蹴りを避ける。
「お兄ちゃん! バロンさん!」
 隼人とバロンが戒蔵に蹴りかかっていることに気付いて制止の声をあげる。
「後で聞く!」
 バロンとの見事な連携で戒蔵に迫る隼人。
「え? あ、でも?!」
 ポンポン。
 麗華が和美の肩を叩く。
「あのお祖父さんね……」
 ため息混じりに呟く。
「手が早いのよ。
 隼人もバロンも、和美ちゃんに手を出そうとしたから……」
「はぁ……」
 そんな二人相手にまるで遊んでいるかのような戒蔵。前に法子に聞いた通りなら、美咲の武術の師匠である。色んな事情があったとしても、美咲に負けている二人が何処まで迫れるかは謎だが、和美がお盆を振り上げた時点でどうにか騒ぎが収まった。

「騒ぎは終わったようですので改めて話に戻りますが、結局橘さんはどうお考えですか?」
 ずっと静観していた小鳥遊が口を開く。
「美咲さんの身を心配して、降りて貰いますか? 戦力の大きなダウンは否めませんが、それが唯一の肉親の希望なら、止める理由はございません。」
「わしを舐めるな若造!」
 いきなり立ち上がると小鳥遊の胸ぐらを掴み上げる戒蔵。その小柄な体にどれだけの、と思うほどの力で小鳥遊を締め上げる。
 おそらくは苦しいはずだが、小鳥遊はそれでも穏やかにその目を見つめ返す。
 その目に気付いて、手の力を抜く。
「ああ、そうじゃよ。わしはあの子が可愛い。怪我なんかして欲しくない。
 ……美咲のことは知っておるのだろ?」
 戒蔵の言葉に和美とバロンは小さく首を振り、麗華・謙治・小鳥遊が小さく肯く。
「……ああ。」
 そして隼人が一人辛そうな声を漏らした。
「そうか。」
 隼人の表情に何を見たのか、戒蔵は少し表情を暗くするが、顔を上げたときは孫思いのお爺ちゃんの顔になっていた。
「わしがいたらな、あの子はわしの世話だけして終わってしまう。わしが風来坊なのもあるが、わしがいない間に…… と思っていたが、予想以上に充実しているようだな。」
 面々を見回す。
「確かに危険なようじゃが、でもお主たちがいるなら安心じゃ。
 そうだろ?」
「いや、橘さんには助けられてばかりです、はい。」
 謙治が苦笑すると、戒蔵も笑みを浮かべた。
「それくらいでいいんじゃよ。自分が『出来る』なんて思ってる人間は、大抵最後の最後で頑張れんものでな。」
 よいしょ、とソファから立ち上がる。
「いや、でも安心したよ。
 ジジイの勝手な願いとおもうが…… すまんが美咲のことをよろしく頼む。」
 深々と頭を下げる戒蔵に、いかにこの老人が孫娘のことを大事に思っているのか痛感させられる。
「頭を下げなくても結構ですわ。
 頼まれなくたって、あの子は放っておけませんから。」
「そうか。そうじゃったな。
 わしが頼まなきゃならないような者たちじゃなかったな。」
 美咲が心配するといけないからな、と立ち去ろうとする戒蔵だが、その瞬間研究所内に鋭い電子音が鳴り響いた。

「お爺ちゃん、どうしたんだろ?」
 せっかく帰ってきたのだから、と少し豪勢な夕食を用意している美咲。
 家に戻ってる、と言った割には家の中にも近所にもいない。
「う〜ん……」
 小首をかしげながらも手は止まらない。
 後は火を通したら終わり、くらいまでに下ごしらえすると一度エプロンを外して……
「!」
 何かを察知したように周囲を見回す。
「この感じは……」
 感覚を集中して「それ」の方向を探る。
「こっちだ!」
 慌てて外に出ようとして、下ごしらえ済みの材料のことを思い出す。素早くラップでくるみ冷蔵庫に入れ、エプロンを畳んで、更に戒蔵あてに一筆残すと、どうにかこうにか美咲は表に出た。

「なんじゃ今の音は!」
 戒蔵が声を上げるが、研究所内の人間が表情を引き締め、下へ外へと走り出す。
 程なくリビングには戒蔵とバロンの二人だけが残される。
「……出たらしいな。」
「出たって…… 『敵』か!」
「ああ、そうだ。」
 何処か苛立たしげなバロンに戒蔵が眉を顰める。
(そうか。)
 さっきこっそり聞いていた限りでは、目の前の若者は「向こう側」の人間のはずだ。それが「向こう側」の「敵」の出現に関与していない。おそらく小鳥遊が指摘していたとおり微妙な立場なのだろう。
「しかして、あの先生と嬢ちゃんは何処へ行った?」
「下に行ったようだが……」
 一応は部外者の二人が行っていいものか少し悩んだが、することもないが、ただ何もしないというのも性に合わないので、二人して階下に降りていった。

「夢魔を位置を捉えた。和美さん、そちらは!」
「はい、美咲お姉ちゃんがすでに出ているようで、フラッシュブレイカーとコメットフライヤーのリアライズを確認しています。」
 下の地下室に着くと、小鳥遊と和美の二人がコンピュータの前で奮戦していた。
「…………」
「…………」
「何も出来ないな。」
「ああ……」
 結局することはなかった。

「カイザーもロードチームも使えないの?」
「ええ、前回の戦闘で生じた歪みが予想以上に大きくて……」
「面倒ね。」
 いつもの麗華の家のリムジン。夢魔の発生が街から遠く離れた山の方と連絡を受け移動中であった。麗華のフェニックスブレイカーなら単機で先に行けるが、地上戦用の他の二機では移動のしようがない。
「……橘はどうした?」
「ちょっとお待ちを……」
 隼人に言われて、謙治がロードコマンダーを操作する。簡易端末にもなっているので、研究所のデータを引っ張ってくる。
「……どうやら、橘さんはもう出ているようですね。コメットフライヤーを喚んでいるところを見ると、どうやって知ったか不明ですが、夢魔の元に向かっているようです。」
「……ちっ。」
 半ば目を閉じて気配を探っていた隼人が無言でドリームティアを掲げる。
ブレイカーマシン……
 口の中だけで呟くと、それに呼応してドリームティアが光を放つ。
「隼人!」
 麗華が止める前に最後の言葉を紡ぎ出す。
リアライズ!
 一際強い光が放たれると、リムジンのすぐ横に巨大な狼が召喚されて、すぐさま抜き去っていく。その走りはまさに疾風。アッという間に姿が見えなくなってしまう。そして車内から隼人の姿は消えていた。
「相変わらず美咲が絡むとせっかちね。」
「まぁ、それが大神君ですし。」
「急ぎたいのは山々だけど、足が遅いのが一人いるから、近くまで来るまで行くしかないわね。」
「……申しわけありません。」
 責めるような口調ではないのだが、ついつい謝ってしまう謙治であった。

「……美咲!」
 一足先にウルフブレイカーで駆けつけた隼人だが、更に先行していたフラッシュブレイカーが何かと戦うでもなく棒立ちになっていた。
「あ、隼人くん……」
「隼人くん、じゃねぇ。何やってるんだ。」
「えっと、うん……」
 とフラッシュブレイカーがパイロットの少女の困ったような動きをそのままトレースして遠くを指さす。
「ん?」
 鋼の狼が差された方を振り返る。
「なんだあれは。」
 そこにあったのは巨大な岩だった。大きさはナイトブレイカーに合体したとしてもその倍近くある。ごつごつしているが、大まかに言って球体。斜面にそれが鎮座しているのだが、どんな力が働いているのか身動き一つしていない。
 大きさといい挙動といい不自然極まりないのでこれが夢魔なのだろうが、下手に刺激して転がりだしたら止めきれないから様子を見ているようだ。
「そういえばさ、」
 不意に美咲が話題を変えた。見たところしばらく夢魔が動きそうな気配はない。
「お爺ちゃん見なかった?」
「…………いや。」
 あんな話を聞いた後だ。とてもじゃないがさっきまで一緒にいたとは言えない。
「……そう?」
 ちょっと疑うように聞き返されてドキッとする。
「すまんな。」
 だから少し気持ちを込めて謝る。その言葉に何を読み取ったか美咲が小さく頷いた。
「待たせたわね。」
 そんな風にしながら夢魔を監視していると、フェニックスブレイカーとサンダーブレイカーも遅れて到着した。謙治がすかさず夢魔の分析を始める。
「普通に表面は岩石ですね。おそらくはコアが中央にあって、周囲を岩石でガードしている、と言うところでしょう。
 前に戦った水の夢魔に似た性質かと思われます。」
「ああ、あれね……」
 その時の戦いを思い出して麗華は顔をしかめる。あの時は謙治のサンダーブレイカーが大破し苦戦したのだ。
「カイザーもロードチームも使えない以上、ナイトブレイカーで戦うのがベストと思われます。」
「だとさ。」
「うん! 行くよ!」
『おおっ!』
ドリームフォーメーション!
 美咲のかけ声と共にブレイカーマシン四機が光を放つ。手足を畳んだフラッシュブレイカーをサンダーブレイカーの砲台が左右から挟み、ウルフブレイカーが右腕、フェニックスブレイカーが左腕、サンダーブレイカーが左右に分割して脚になる。
 全てが一つになると、夢の巨人が誕生した。
夢幻合体、ナイトブレイカーッ!!
 合体したナイトブレイカーが街を背に巨岩型の夢魔と対峙する。大きさはおよそ2倍。でも相手は球体なので重量差はどれくらいあるだろうか? 夢魔が動き出したら止められるかどうか……
「どうするんだ?」
「う〜ん……」
 隼人に聞かれて唸る美咲。
「一気に行くかなー」
 独り言のように呟くと、気を落ち着かせるために深呼吸をする。
「よしっ。
 悪しき夢を立つ刃……」
 胸の前で構えた両手の間に光が生まれる。
夢幻剣、
 光は輝きを増し、その輝きが周囲に広がる。まるで小さな太陽が地上に降りてきたようだ。
リアライズ!
 両手を打ち鳴らすと、潰された光が上下に伸び、一本の大剣に姿を変える。ナイトブレイカー、いや美咲たちにとっての最強の必殺剣だ。
「ふぅ……」
 戦闘が長引いて疲労しているわけでもないのだが、どこか疲れた息を漏らす美咲。
「橘、さっきからどうした?」
 隼人の言葉にどこか困ったような口調が返ってくる。
「うん…… やってみれば分かるとは思うんだけど、無理だろうなぁ。」
 何がだ、という問いには答えずに、ナイトブレイカーが夢幻剣を正面に構えた。
 背中のバーニアを吹かして巨岩型の夢魔に一気に近づく。相手が大きいために距離感がなかなかつかめない。
「とぉっ!」
 そして夢魔の前で跳躍。
 ジャンプの最高点から落下の勢いを加え、波打つオーラに包まれた夢幻剣を一気に振り下ろす。
ドリーム・レボリューション……
 っ!!」
 その岩の表面に叩きつけた夢幻剣がすっぽ抜けたように手から離れる。固い岩盤で跳ね返って思った以上に遠くに飛んでいき、地面に突き刺さった。
「美咲?!」
「あ、うん、大丈夫。剣折れちゃいけないから手を離しただけ。」
「斬りそこなったのか?」
 負担が大きいのでそんなに頻繁に使えないナイトブレイカーではあるが、そのパワーは絶大。そして夢幻剣で倒せなかった敵は今までいなかったのだ。
 驚きを隠せない三人に比べて、美咲はどこか落ち着いたものだ。
「なんて言えばいいか分からないけど…… この夢魔、夢魔じゃ無いみたい。」
「は?」
「……そういうことか!」
 謙治がキーを叩き始める。美咲の言葉に何か閃いたようだ。その間に夢幻剣を拾い上げると夢の世界に返還する。
「どういうことよ?」
 まだ夢魔には動きがない。夢幻剣が効かない以上、倒す方法があるのかどうかも分からない。謙治の分析にかかっている。
「……どう?」
 おそらくは、と推測を表す前置きをしてから謙治は説明を始めた。
 基本的に夢魔は精神エネルギーであり、ドリームリアライザーと同様の方法で現実世界に現れている。人間の精神エネルギーと夢魔のエネルギーはプラスマイナスの関係で、プラスエネルギーの固まりである夢幻剣が夢魔に対して絶大な威力を発揮する、ということなのだ。
「じゃあ、何故倒せないの?」
「おそらく…… 中心部に夢魔のコアがあって、周囲の岩は現実世界で調達した物でしょう。夢幻剣で破砕するのは難しいかも知れません。」
「じゃあどうするんだ。」
「今から考えます。」
「あ、見て!」
 美咲が声を上げる。彼らの見ている前で巨岩型の夢魔がゆっくりと転がり始めていた。

「組成は通常の岩石とほぼ同じですが、亀裂も隙間もなく、中身がビッシリ詰まっていますね。そのせいで夢幻剣では効果が薄いのかもしれません。」
「小鳥遊先生! 夢魔が動き出しました!」
「何だって?!」
 急に緊迫感の増す地下の研究室。
 そんな様子を遠くから他人事のようにしか見られない戒蔵とバロン。
 いや、戒蔵は何か考えてるかの如くにぶつぶつ呟いていた。そしてバロンも葛藤に苦しむ表情を見せていたが、腹を決めたのか、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
 伸ばした左腕をゆっくりと天に向ける。手首の黒いクリスタルが光を放った。
 そしてまたいくつかの「意志」が自分のやるべき事を見つけていた。

「お、重い……」
 全身がきしみを上げる。
「……! ダメです。ナイトブレイカーのパワーでは支えきれません! 相手が大きすぎます!」
 ジワジワと押されていく。それどころか何か力が働くのか、その重さが徐々に増していくようだ。
「このままじゃ…… 潰されるぞ!」
「その前に関節が保たないわよ!」
 ジワジワとナイトブレイカーの全身にストレスが生じる。駆動部も想定されている以上の負荷にさらされて、砕けてしまうのも時間の問題だ。
 と、麗華と謙治のドリームティアが光を放つ。
「カイザー?」
「ロードチームか?」
 二人の言葉に反応するように光が明滅する。
「……出られるの?」
「修理中ですが動けないわけじゃないです。それこそ今の状況を考えるなら、使える手段は使うべきかと。」
「そうね…… 行くわよ。」
「はい。」
 麗華がドリームティアを構え、謙治がロードコマンダーのキーを叩いた。
カイザー、スクランブルッ!
ロードチーム、エマージェンシーッ!

ルナティックグリフォン!
 バロンの腕のクリスタルが光を放つと、和美と戒蔵――美咲の祖父だけあって、精神力が常人よりも上らしい――が何か精神的な揺らぎを感じた。
「若造、お前……」
「バロンさん……」
 二人がバロンを何処か心配げに見る。
「大丈夫だ。あれだけならどうとでも言い訳が立つしな。」
 そう言うとバロンは和美に向かってウィンクをした。

〈微力ながらお手伝い致します!〉
 ――pipipopipipopo
 現れたカイザードラゴンとロードチームがナイトブレイカーに並んで巨岩に取り付く。修理が完全でなく、何処か無理しているのか時折あちこちからスパークが漏れる。
 そして空の彼方から漆黒の幻獣が舞い降りて、岩にとりつく。
「ルナ?!」
(あいつ……)
 意外な応援に喜ぶ美咲だが、微妙な立場にいることを知っている隼人は声に出さずに苦々しく呟く。
 増援で巨岩型夢魔の動きを止めることが出来たが、それも長くは持たない。夢魔も徐々に力を増しているようだ。
「でもこのままじゃ……」
 少しずつだが押し返され始めている。
 カイザーもロードチームもナイトブレイカー以上に限界が近い。それでも勝利を信じるかのように踏ん張っている。
(どうしよう……?)
 夢幻剣では倒せない。物理的に砕くならビーストスマッシュかブレイカーファランクスくらいだろうか。でも何処まで通じることか。ある程度岩の装甲を破壊できれば夢幻剣でも貫けるかもしれないのだが。
(どう、しよう……?)
『何やってる美咲! そんなもんさっさと砕いてしまえ!』
「お爺ちゃん?!」

「前に一度やり方だけは教えたろ! 拳に気を込めて叩き込むんだ! 相手が隙間無い構造をしているなら、衝撃は全体に伝わり一気に砕けるはずじゃ!」
『お爺ちゃん! なんでそこにいるの?!』
 小鳥遊からインカムを奪って怒鳴りつける戒蔵に孫娘の驚いた声が返ってくる。
「なんでもくそもない! 身体が動く内に最強の一撃を叩き込むのが戦いの理じゃ!」
『…………』
「迷う暇があるのか!」

『お前の強さは何かを傷つけるための物か? 違うだろ! お前は守りたいからこそ強くなったんじゃ無いのか?!』
「!」
 戒蔵の言葉にハッと顔を上げる美咲。
「……麗華ちゃん、謙治くん。少しの間ナイトブレイカーの操縦お願い。」
「オーケー。いつでも頼りなさい。」
「ええ、お任せ下さい。」
 意を決した美咲に、明るさを取り戻した声で返す。
「隼人くん、」
「ああ、やることは分かっている。俺の事は気にするな。存分にやれ。
 大丈夫だ。俺はあの黒いのとは違う。」
『いいのかそんなこと言って。俺が代わってやってもいいんだぜ。』
「……おい、和美。その無駄に黒いのをどこかに片づけてくれ。」
 軽口を叩きながらも気を引き締める。隼人の予想通りなら、美咲はともかく隼人は相当危険なはずだ。
「……分かった。」
 少年のそんな覚悟を感じながらも、美咲は目を閉じてゆっくり深呼吸する。精神統一の一つかも知れないし、本当にそんな力があるのかも知れない。ただ「気」を練る、という動作を行うことによって、自分の中に力が溜まってくるような気がする。
 鼓舞の声を上げながら夢魔にとりつく仲間の声も聞こえない。全身に満ちた力をナイトブレイカーの隅々まで広げ、更に力を蓄えていく。ナイトブレイカーは単なる機械かもしれない。でも自分たちの「夢」が生み出したマシンだ。きっと応えてくれる。

「ナイトブレイカーのパワーが上がっていきます!」
「当たり前でしょ! そうじゃないとあの子に任せた意味が無いじゃない!」
 叫び返しながらも勝手に動こうとするレバーを必死に押さえつける。きっと、いや間違いなくこのレバーを押し切られれば負ける。
「まったく、か弱いレディにこんなことさせないでよね!」
「そう、言ってる内は、まだまだ、余裕が、あります、よ!」
 謙治からは途切れ途切れで声が返ってくる。おそらく麗華を気遣って自分の方が負担が多くなるようにしたに違いない。
 そんなやりとりを聞きながら、隼人も美咲と同じように気を練っていた。
(……まぁ、死ぬことはあるまい。)
 高をくくった、というよりは腹をくくった気持ちでその時を待つ。
 美咲が集中に入ってから長くて短い時が経ち、やっと美咲が顔を上げた。
「みんな…… 行くよ!」

ブレイカー・ファランクスッ!
ドラゴン・ロアーッ!
ロードチーム・アタックッ!
 ナイトブレイカーの全身から放たれた火器が、鋼の竜の咆吼が。そしてロードチームの攻撃とルナティックグリフォンの攻撃が巨岩型の夢魔を僅かに押し戻した。
 押し戻された夢魔はゆっくりと坂を登っていったが、いずれ停止して戻ってくる。ナイトブレイカーが構えた。
 右手を軽く引いて、左手を前に伸ばす。明るさが分かるくらいに目を閉じて待つ。見えなくても夢魔の気配は「視える」。夢魔のコア目掛けて拳を伸ばすイメージも完成した。
 ひゅっ。
 小さく息を吸って、全身に溜まった力を右の拳に流れるようにパスを構築する。
 目を開いた。巨岩型の夢魔がこっちに向かって転がってくる。既にカイザーたちは返還したので問題はない。
 右手を握り直す。
(……隼人くん、ゴメンね。)
 心の中で謝りながら、それでも躊躇うことなくドスン、と右足を踏みならした。
 直後、自分ではない自分の右足に感じる違和感。全く予想しない衝撃に悲鳴が一つ上がったが、今だけは聞き流す。
(えっと、謙治くんもゴメン。)
 謝るだけ謝っておいて、動作を続ける。
 足首を痛めた分衝撃は少し逃げたが、それだけ踏み込んだ価値はあった。そのまま流れるような動きで足から腰、背中、肩、肘、手首が連動し、拳を運ぶ。
ビースト……
 呼吸を乱さないように呟く。
 青いオーラをまとった拳が夢魔に触れた。そのまま己の力と夢魔の硬さに指がひしゃげるのを感じた。そのまま拳も潰れるが、構うことなく貫き通す。
スマッシュっ!!
 溜めた力を右腕を通して一気に解き放つ。「気」の通り道になった右腕――ウルフブレイカーに乗ってる隼人は大変なことになっているのだろう。
 半ば潰れた右腕から放たれたエネルギーは夢魔の内部に浸透し、周囲と唯一構造が違う部分、つまりは夢魔のコアに集中した。
 ガラスが砕けるような甲高い音と共に、夢魔が内部から崩壊する。表面に細かくヒビが走り、それが全体を覆うと岩は微細な破片となって爆発したかのように飛散した。

「ねぇ、隼人くん大丈夫なの?」
 半分泣きそうな顔で聞く美咲に、小鳥遊は苦笑しながらも、子供に言い聞かせるような口調で答える。
「何も問題はありませんよ。まぁ、全身筋肉痛になるかも知れませんが。だいぶ落ちついたようですし、もうすぐ目を覚ましますよ。」
「よかったぁ……」
 心底安心したように胸をなで下ろす美咲。
 ウルフブレイカーの大破により、隼人は意識不明になっていた。「気」が通り抜けた影響が多少はあるのだが、隼人は隼人で防御をしていたので、それによるダメージは大きくない。謙治もナイトブレイカー脚部であるサンダーブレイカーが破損したためにショックで気絶してしまった。
 慌てふためく美咲をどうにか宥め、迎えに来た運転手と二人して乗せ、どうにか 戻ったときは倒れまではしないが、麗華もクタクタであった。
「わ、こうしちゃいられない。」
 隼人の無事を確認すると、階上へ上がっていく美咲。和美も彼女の行動に気付いたのか、後を追って上に行く。と思ったら、階段から顔を出した。
「バロンさんもお爺ちゃんもどっか行っちゃダメですからね。それとお兄ちゃんとケンカするのもダメ。」
 ビシッと指を突きつけられ、どうも居心地が悪い二人。そんな様子を見ると、満足そうに和美は上がっていった。

 目を覚ました謙治と小鳥遊でブレイカーマシンを始め、各マシンのチェックを始める。ウルフブレイカーは下半身に当たる部分の損傷が大きく、サンダーブレイカーも半身の関節部を破損していた。カイザーとロードチームは無理させたために修理は最初からやり直し。なんとも面倒くさそうである。
 麗華はそんな謙治の様子を何するわけでも無く眺めていて、バロンと戒蔵は上に行くのもはばかられて何もせずに黙っていた。
 しばらくすると上からいい匂いがしてくる。どうやら二人して夕食の準備をしているようだ。人数が多いので、さぞかし腕を振るっていることなのだろう。
 出来上がった頃には隼人もどうにか目を覚まし、和美が呼びに来て全員して地下から上がって行った。

 テーブルに並んだ沢山の料理に、いつの間にかに宴会の様相になっていた。戒蔵がどこからかアルコールを持ち出して飲み始めてヒートアップしてしまった。
 騙されて飲まされた美咲がたった一杯でダウン。未成年なのに意外と酒に強い隼人とバロンがまた無駄にいがみ合って和美にまた怒られてる。
 明日は休みなので、皆遅くまで騒いでいたが、それもいつかは終わる。美咲は最初にダウンしてからずっと眠ったまま。やはり何気ない振りをして相当疲れていたのだろう。夜遅くなって和美もいつの間にかに眠ってしまった。
 明日は休みで、空き部屋にも困ってないので二人を寝かしつける。麗華はまだ何処か疲れが抜けていない謙治を連れて研究所を辞していった。

 小鳥遊もアルコールが入って寝てしまい、自分も半ば眠っていたのか、ふと気付くとバロンと戒蔵の姿が見えなくなっていた。
 勘で表に出てみると、戒蔵とバロンがいた。バロンはともかく、戒蔵は出かける準備をすませたような姿だった。
「美咲には何も言ってかないのか?」
 隼人の声に二人が振り返る。
「まぁ、わしは風来坊じゃからな。あの子も慣れておる。」
 そう言う戒蔵だが、隼人とバロンの二人に睨まれて、肩をすくめる。
「そうじゃ、嘘じゃよ。
 どんなに慣れたって寂しさが無くなるわけじゃない。そんなもんよぉ知っとる。あの子にとっては両親だが、わしにとっては娘と娘婿じゃったんだからな。」
「…………」
「…………」
 ふぅ、と戒蔵がため息をついた。急に老け込んだように見える。
「わしは…… まだ逃げているのかもしれないな。だから、あの子が眩しくてしかたがない。久しく会わない内にあんなに強く明るくなっていたとはな。」
 星を見上げて誰ともなしに呟く戒蔵だったが、ふとニヤリと笑みを浮かべる。
「ところで、じゃ。
 美咲があんなに可愛くなったのはどっちのせいじゃ?」
「な……っ?!」
「……俺、と言いたいがそこまでの付き合いはまだないな。これからだ。」
「おい、ちょっと待て。」
「ん? 別にお前もミサキの彼氏とかいうわけじゃないだろ?」
「そういう問題じゃなくてな。」
 また不毛な言い合いを始める二人を見て、思わず戒蔵が笑い出した。深夜で近所迷惑になりそうなのだが、心底おかしそうに楽しそうに笑う。
「いや、久々に笑わせてもらったよ。
 ……本当に安心した。」
 言葉の後半で不意に怖いまでの真剣な表情になる。
「お前たちになら、あの子を任せておける。じゃが……」
 チェシャ猫の笑みを残して老人の姿が掻き消える。反射的に構えるが、それよりも先に美咲よりももっと速い蹴りが二人の首を薙ぎ払った。
 衝撃で意識朦朧として地面でピクピクしている隼人とバロンを見下ろして、小さく鼻で笑う。
「可愛い孫娘に手ぇ出すんなら、わしを倒してからにするんじゃな。」
 よいしょ、と荷物を背負い直す。
「辛気くさいのは嫌いだからな。今度来るときはもっとマシになっておれよ!」
 まだ衝撃から立ち直れない二人に背を向けると、戒蔵は静まりかえった街の中に消えていった。

「……なぁ、ハヤト。」
「どうした?」
 身体が動くまで回復してはいるが、何となく道路に大の字になって星を眺めている二人。背中が冷たいが、あまり気にならない。
「お前は何のために戦ってる?」
「……考えてもロクな理由が思い当たらないから、考えないことにしている。」
「嘘が下手だな。まぁ、俺はそういうところが気に入ってるんだが。」
「…………」
 沈黙が降り、また二人して星を眺める。
 今度沈黙を破ったのは隼人の方だった。
「じゃあ、お前は何のために戦ってる?」
「それを…… 今悩んでいる。
 俺は『戦い』を求めて戦っていた。でもそれは単に戦う理由が無かっただけだ。
 でもな、最近その欠片を掴んだかもしれないんだ。」
 それはもしかして自分と同じかも知れない。
 隼人にとってその理由は別に問題ないだろう。しかし、夢魔の側にいるバロンにとってそれはとても危険な考えだ。
「俺はどうしたらいいと思う?」
 明るく聞くバロンの声にはすでにある決意を固めているような響きが感じられた。
「さぁな。自分で決めろ。」
 だからこそ最大限のアドバイスとして、そう返した。
「そう言うと思ったよ。……よ、っと。」
 ネックスプリングの要領でバロンが立ち上がる。服についた砂を落としていると、隼人も立ち上がる。
「男と夜を明かす趣味は無いからな。それにこんな所で寝っ転がって風邪でも引いたらミサキやカズミに何を言われることか。」
「……最近、和美はえらく口うるさいからな。」
「でもそういうの、ちょっと羨ましいぜ。」
 じゃあな、と手をヒラヒラ振ってバロンもまた夜の中に消えていく。
(……さすがに冷えたな。)
 中に戻ろうとして、ドアノブに手を掛けたところで、戒蔵とバロンが歩いていった方を振り返る。
(俺の戦う理由、か……)
 もう一度空を見上げる。しかし、星は何も語らない。
(そろそろ、本気で考えないといけないんだろうな。)
 まだまだ先送りしたい問題。しかしもう答えは出ているのかも知れない。
 もやもやした物を抱えながら隼人は研究所のドアを開けた。

 

 

 

麗華「ダムに潜む夢魔。
 夢魔の放つ毒素が人々を狂気に走らせる。
 この毒を中和し、夢魔を引きずり出す為の方法は一つ。
 な、何よ、その永遠の別れみたいな言い方は。
 そんなこと許さないわよ。必ず…… 必ず帰ってきなさい!
 そうじゃないと私は…… 私は!

 夢の勇者ナイトブレイカー第二十九話
『心を強くする幾つかの方法』

 あなたの見る夢は、きっと誰かにとっても夢。」

 

 

第二十九話へ

目次に戻る