− 第五章 −
「それは困りますなあ。」
意外にもこのピンチを救ったのは例の海賊の頭と思われる男だった。予想外の発言に命令を下していたコルツが当惑したように男を振り返る。
「な、なんだと?」
「聞こえなかったのですかねえ。あなたが私の部下に勝手に命令するのが困ると言うのです。我々に対する命令権など今のあなたにはありません。」
口調を全く変えずに淡々としゃべる。
「何を言うか。誰のおかげでこの宙域で海賊行為ができると思ってるのだ?」
「ま、あなたのおかげでしょうな、昨日までは。そしてあなたのせいでこの基地も半分壊滅状態になってしまった。」
そう言いながら肩をすくめる。耳をすますとわずかに爆発音らしき音が聞こえる。あいかわらず破壊活動は続いているようだ。
「前にも言いましたよ、安易にここに逃げ込まないようにとね。逃げた方が馬鹿だったのか追いかけた方が優秀だったのか、私にはわかりませんがね。」
「おそらく両方だろうな。」
ヒューイが横から口をはさむ。すぐには撃たれないとでも思ったのかその口調も幾分緊張の色が薄れている。
「それよりもこの銃口、なんとかしてくんねえか? 俺はともかくか弱い女の子がおびえちゃってしょうがない。」
男はその言葉にフムと一瞬考えるような素振りを見せると片手を上げた。それを合図に周りの敵兵が一斉に銃口を下げる。
「な、何のつもりだ?」
すでに立場をほとんど失っているコルツが怒りのこもった表情で男に詰めよる。が、それを簡単にはらうと軽蔑の視線をコルツに浴びせてからヒューイ達の方に目を向ける。
「さて、ヒューイ君。」
どうやら彼らの調べはついているらしい。しかし君づけは止めて欲しいと心の中でヒューイは呟いた。
「できればで結構ですが、そちらのお嬢さんと今、カイル君と一緒に暴れている白衣の方について教えてもらえませんか?」
リーナとジェラードのことだ。
「それを聞いてどうするんだい?」
その問いに男は何も答えなかった。
「ま、確かにこんな可愛い娘に出会ったら名前の一つでも聞きたくなるのはしょうがないけどね。」
ヒューイは考える素振りを見せながら時間を稼ぐようにゆっくりと言葉を紡ぎ出す。気のせいか何となく気温が上昇しているような気がする。さっきまでは冷や汗だったのが普通の汗にかわってきた。辺りを見ると何人かが汗を拭うような動作をしている。どうやら気のせいでないらしい。
「まったく関係ないがここは暑いな。」
「確かにまったく関係ありませんなあ。時間稼ぎのおつもりですか? しかし、残念ながらカイルさんともう一人の方はここから相当離れたところにいますし、あの戦車はいなくなったと聞いています。」
ヒューイの背後でリーナが息を飲む気配がする。タイガーが破壊されたのだろうか……これをジェラードが聞いたら何と言うだろう。
「タイガーがやられたのでしょうか……」
小声で心配そうにリーナが囁いた。目が心なしうるんでいるように見える。
「あいつはそんなに簡単にやられるような奴なのかい?」
「いえ…… そんなことは…… ないはずですけど……」
その表情には期待と不安が入り交じっていた。その時不意に彼女の耳に聞き覚えのある音が聞こえてきた。
「この音は…… タイガー……?」
ヒューイもその音を聞きつけたようだ。キャタピラーの回転する音が低くこのフロアに響き始める。辺りの兵達がざわめき始めた。
「おや? まだお仲間がいたのですか?」
まるで動じない奴だ。なかなかに喰えないところがある。ナイフの様な眼光はすでに見えなくなっていたが、その表情からは考えを読みとることができない。
キャタピラーの音が徐々に近づいてくる。全身をサイボーグ化した人間でも装甲車に対抗するには少々分が悪い、生身の人間ならなおさらである。銃を、それも装甲車を相手にできるような重火器が多数の入り口に向けられた。入ってくるなり集中砲火を浴びるのは目に見えている。
タイガーがどれくらいの防御力を持っているかどうか知らないが、あれだけの武器が向けられたら普通の装甲車ではひとたまりもないだろう。運よくほとんどの兵がタイガーの接近に警戒して自分達の方に注意している奴は激減している。これを利用しない訳にはいかない。そうヒューイは分析した。
死角を利用してこっそりと銃を抜く。キャタピラーの音から距離を判断する。もうすぐだ。銃を握る手が汗ばんできた。リーナはそのヒューイの行動に気づいていないどころかなぜか壁の方をじっと見つめている。
「どうしたんだ?」
「来ます……」
ヒューイの問いに一瞬虚ろな目をしてリーナが答えた。
「伏せて!」
突如、リーナが叫ぶ。その刹那。
〈タイガー・キャノン!〉
轟音と共に壁の一部が吹き飛び、壁の破片が飛び散る。白煙の中から重厚なシルエットを持つ物体が現れた。〈スピン・レーザー!〉
タイガーの上部回転砲台が辺りに対人用に弱められたレーザーをばらまく。伏せているヒューイやリーナにはかすりもしない。
敵の陣形が一瞬のうちに崩れた。予想外の位置からの攻撃によって混乱が生じる。同士撃ちにも関わらず撃ちまくるものや逃げだそうとするものまでいる。
その隙をついてヒューイが反撃にでた。コンバットロードにした九ミリオートの弾丸十六発を瞬きするほどの間に撃ち尽くす。その数の同じだけの悲鳴と苦痛の声が聞こえる。空になったマガジンが床に落ちる間もなく予備のマガジンを再装填する。スライドを引いて薬室に弾を送り込む。
引き金を絞ると乾いた音と九ミリの弾が銃口から発射される。それと同時にスライドがバックし熱い薬きょうが飛び出し、次弾を薬室に入れるためにスライドが戻る。反動(リコイル)が手首からひじ、肩を抜けていく。銃に命を預けるからには反動を利用する撃ち方をしなくてはダメだ。と、ヒューイは銃を教えてくれた人に習った。反動を生かせないものは自分も生かせない…… そんな言葉を思い出しながらヒューイは銃を撃ち続けたのであった。ひそひそ…… ひそひそ……
(おい、向こうじゃあもう撃ち合いをやっているようだな。)
(ヒューイはともかくリーナが怪我をしてなければいいんだが……)
声の一つが心配そうな色を帯びた。
(さっさとこいつを吹き飛ばしてパーティーに参加しようぜ。)
コンコン。
(結構厚いシャッターですねえ。ランチャーの一発ぐらいじゃあ無理でしょう。こちらが吹き飛ぶ。)
(招待状を持たない客は門前払い、つーわけかい…… おや、なんだいそりゃ?)
(ワイヤー型消滅爆弾。)
(よく分からんが、そいつを使えば何とかなるんか?)
(そう、これを…… こうして…… ま、見てなさい。)
ばちっ。ぽむっ。
(ほほお、こいつはおもしれえ。)
(これで大丈夫でしょう。一発ぶちかましたら煙幕弾を撃ち込んで下さいね。)
(へいへい…… よっこらしょっと。)
ひゅるるるるーーー。ぼかん。ヒューイがリーナを背でかばいながら二つ目のマガジンを撃ち尽くしたころあたりで突如爆発音がすると、ホールの下の段のシャッターの一枚が外から吹き飛ばされた。その近くにいた不幸な敵兵が二、三名が一緒に吹き飛ばされていく。
このような派手なことをする奴をヒューイはただの一人しか知らなかった。
「カイル!」
ヒューイの呼びかけに返ってきた返事はホール中に充満した煙幕弾の煙であった。
濃い煙幕のなかではレーザー兵器は相当の出力のものでない限りほとんどその効果を失ってしまう。元々、対車両用に設計されているタイガーは対人用の兵器がスピンレーザー以外にないので今の状態では攻撃ができないでいるようだ。
ヒューイは背後にいるリーナの手をとって移動を開始した。まだ数秒間は敵味方共ども混乱しているだろうからその間ににいい位置を確保した方がいいだろう、というわけである。このホール内でいい位置……利用しやすい遮蔽物があるところ……とりあえずタイガーのそばまで行くことに決めた。
視界が完全に白くおおわれている。ヒューイに感じられるのは辺りの音……タイガーのエンジン音に時折銃声がブレンドされている……とリーナの手の柔らかく暖かい感触だけであった。と、その手の持ち主がすっとヒューイに近づき耳元で囁く。
「ヒューイさん…… どこへ?」
「ん? ああ、ちょいとタイガーを探しにね。」
とは言いつつも全然前が見えないので音を頼りに歩いているつもりだがホール内にタイガーのエンジン音が反響しているので正確な方向がつかめない。それを察したかどうか知らないがヒューイの手が別の方向に引っ張られる。
「多分、こっちの方だと思うんですけど……」
控え目な言い方でリーナが呟く。そのままリーナがヒューイの手を引いて歩き始める。これぐらいになってやっと換気装置が働き始めたか煙幕が若干薄くなってきたようだ。
鋭い銃声が二人の近くで空を切り裂いた。その直後、ヒューイの腕に焼け付くような痛みが走る。思わず腕を引っ込めてその部分を確認する。弾がかすったようだ。傷はさほど深くないし出血も大したことはない。その時になってリーナと離れてしまったことに気づいた。
「リーナ!」
この状況で大声を出すのはよくないこととは知りながらも反射的に叫んでしまった。ヒューイにいくつかの殺気が集中する。すぐさまそれらに向かってトリガーを絞る。手ごたえはあったが狙いをつけてなかったのでもしかしたら急所に命中していたかも知れない。
別に人命を尊重しようと思ったわけではない。前に捜査を失敗した時点で捜査権を失ったため、GUPのA級捜査官の特権である強制捜査ができないのである。簡単に言うと実はヒューイもカイルも無断でこのドンパチをやっているのである。それ故に一人でも死者が少ない方が後々楽なのである。ここで強制捜査について説明しておこう。これはA級捜査官にのみ認められた権利で犯人逮捕や人質救出などのときに必要ならばいかなる兵器を用いてもいいし、いかなる犠牲をはらってもいいというものである。
これには当然、殺人許可も含まれている。またこれを除いてもA級捜査官にはありとあらゆる兵器の所持許可、捜査中の治外法権なども認められている。それはさておき。
煙幕が換気装置に吸い込まれていく。徐々に視界が真っ白から色のついた世界に戻りつつある。その中でリーナのブルーの服を探そうとするがなかなか見つからない。そろそろ敵も冷静さを取り戻す頃だ。あの例のさえない中年風の男が何もしていないのが不気味なほどである。それにコルツの姿も見えない。 息を潜めて辺りに視線を走らせると誰かにぶつかりそうになる。敵だ、と思った瞬間に鍛え抜かれたヒューイの肉体が無意識のうちに握り拳を相手の鳩尾にたたき込む。声をあげる間もなくそいつが崩れ落ちる。それを確認するとまたリーナを求めて視線をさまよわせる。
「キャー!」
悲鳴が聞こえた。リーナの悲鳴だ。その方向に目を向ける。その時ちょうどはかったかのように煙幕がはれる。
「動くな!」
聞き覚えのある声がホールの空気を震わせた。悲鳴が聞こえた時点で半ば予想はしていたが結局ヒューイのミスによって生じたことだ。わずかに漂う白い煙の向こうでリーナがこめかみに銃を突きつけられている。その銃の引き金に指をかけているのはコルツだ。
「動くな!」
再度コルツが叫ぶ。その目には狂気の光が見える。
「武器を捨てろ。ブラックエッジ! お前の部下もだ!」
乱戦が始まってからずっと黙っていた例の中年男はブラックエッジと呼ばれて苦い顔をする。
「その名前で呼ばれるのは余り好きではないのですがねえ。それに、その娘は私に全然関係ないのじゃありませんか? あなた共ども蜂の巣にしても結構なのですが……
ま、私の部下でしたら貴方だけを狙うのも可能ですがね。」
そう言うとまだ銃を向ける元気のある敵兵がリーナとコルツに銃口を向ける。リーナの顔が目に見えて青ざめる。コルツも顔色が赤くなったり青くなったりする。ヒューイやカイルは思わず絶句した。
「ただ…… 可愛らしいお嬢さんが血で染まるのは見るに忍びないですし、死なれでもしたら宇宙的な損失にもなりかねませんね。よろしい、武器を下げさせましょう。」
ブラックエッジが合図すると敵兵達が武器を足元に捨てる。
「わ、分かればいいんだ。う、動くなよ。」
リーナに銃を突きつけたままじりじりと後ずさりする。その動きはどう見ても無駄が多く緩慢なものであった。当然ながら荒事に対してはコルツは素人である。だからこそ逆に何をするか分からないということでおっかないものである。
「私に逆らうとどうなるか教えてやる。お前達を皆殺しにしてやる。」
すでに目つきが危ない。銃を握る手がぶるぶると震えている。
「あーあー、やだねえまったく。この中年の小悪党といったら。パターン通りか弱い女の子を人質にしていい気になってやがるぜ。」
別な方向から現れたカイルがいかにも嫌そうな顔をしてあからさまにコルツを挑発し始める。
「カイル!」
「いいからヒューイは黙ってな…… てめえみてえな畜生が人間の言葉をしゃべること自体、不愉快なんだよ。」
「ば、ば……」
コルツの顔が見る間に真っ赤になる。
「馬鹿にするな! 私はお前らと違って特別な人間なのだ! お前達が一生かかっても私の足元にすら及ばないのだぞ!」
「権力と自分の力を勘違いしてるんじゃねえか? てめえから権力をとったら何が残るんだい? え? この薄汚えおっさんが!」
ヒューイは思わずコルツに同情しかけた。ブラックエッジもなんとも神妙な顔をしている。しかし、カイルはなんだかんだいってもプロである。意味なく相手を……特に素人を……挑発することの危険性は知っているはずである。それをここまでするからには何か理由があるのだろう…… 実は本人の単なる趣味だったりして…… 一瞬恐ろしい考えがヒューイの脳裏を駆け巡った。
「そ、そこまで言うのならお前らみんなぶち殺してやる。まずはこの女からだ!」
そう言われてリーナは真っ青になり震えていたがじっとヒューイの方を見つめる。信頼している目だ。やってみるか、聞こえないようにそう呟くとヒューイはさりげない仕草でベルトから投げナイフを抜く。大丈夫、コルツは感づいていない。何の気なしにチラッとブラックエッジの方を見ると彼はそれに気づいたかのように意味ありげな視線を送る。奴には気づかれたようだが仕方がない。
しかしナイフを投げるにはもう一動作必要だが、今やると気づかれる可能性がある。誰かがコルツの気を引いて引いてくれれば……
「あ、そうだ。コルツ君。」
いきなりブラックエッジが口を開いた。呼ばれてコルツの視線がわずかにそれた。
手首をしならせて力をためる。狙うのは銃を持った右手。外れたらリーナにナイフが刺さる。一瞬リーナと視線が交差する。安心しろ、そう目で語ってから目標を指さすように手を振り、ナイフを投げる。銀色の光がコルツの右手の甲に吸い込まれる。
最初何が起きたか分からないようにポカンとした表情で手の甲を見た。そこに刺さっているものを確認するまでにわずかながらの時間が生じた。その間にヒューイがダッシュする。十メートル以上の距離を一秒ちょいで走り抜けコルツを突き飛ばして、リーナの体を抱き止める。
「て、手がー、私の手がぁー。」
コルツは叫びながらナイフが刺さっても落とさなかった拳銃を座り込むような格好でリーナを抱き止めているヒューイに向けた。
「殺してやる。私の流した血のかわりにお前の血を流してやる。」
目が完全にいってしまっている。手の甲から鮮血が流れた。
銃口までの距離は一メートルもない。おそらく頼んでも外しはしないだろう。それに今はリーナが安堵のためかヒューイにしっかりとしがみついていて動けない。
人差し指にもう少し力がかかると灼熱の弾丸が二人を貫くだろう。銃口を見つめながら最後の時を(いやいやながら)待つハメになりそうだ……「はい、そこまで。」
わきから白い腕がニュッと突き出されるとコルツの手首を軽くつかむ。大した力を入れてないように見えたが見る間にコルツの顔に苦痛の表情が浮かぶ。痛みに耐えかねて拳銃が床に落ちた。その音でふと気がついてその腕の持ち主を見ると……
「いやあ、間に合いましたね。」
どこからともなく現れたジェラードは相変わらず緊迫感のない顔と声でヒューイ達を振り返る。ヒューイは全身の力が抜けるような感覚におそわれた。とりあえず自分達が無事なことを認識するとやっとのおもいで口を開く。
「遅いぞ。もう少しで俺様の端正な顔に風穴が開くところだったんだぜ。」
「何を言うかとおもえば…… まったく。チェンバーに弾は入っていないし、コッキングもされていない銃になにびびってるんだか。」
「へ?」
ジェラードにそう言われて落ちた銃を拾い上げてみると確かにその通りであった。これなら引き金を引いても弾はでない。
「……あらあ……まあ……
カイル! もしかしてこれ知ってて……」
「あたぼうよぉ。さてはヒューイ、リーナちゃんに気をとられてて気づかなかったのか?」
図星である。返事をするかわりに腕の中にいる少女に視線を落とした。リーナはほっとしたのかどうか知らないが母親に抱かれる子供のようにしっかりとヒューイにしがみついて離れない。
「まあ、リーナをなぐさめてやってくれ…… 私はこいつの始末をつける。」
ジェラードはコルツをにらむと(あくまでも本人はそのつもりであるが、今一つ迫力に欠けている。)軽く突き飛ばした。コルツはよたよたと二、三歩後ずさりするとバランスを崩してその場にしりもちをついた。先ほどまでの狂気の色は消え去っておびえと恐怖の色がうかがえる。
「ヒューイを殺そうとしたことはまあいいとして、リーナを散々怖がらせたことはちょいとばかり許し難いですねえ。」
「あのなあ……」
そのヒューイのぼやきを無視してジェラードはヒューイに向かって手をのばす。さっき拾った銃を渡せ、と催促する。
「しかしねえ、私はこう見えても慈悲深いですからあんたに生き残るチャンスをあげましょう。」
銃を受け取ってマガジンを外し、弾を一発だけ残して白衣のポケットに入れる。その一発だけのマガジンを銃に戻してスライドを引きチェンバーに弾を送り込み、安全装置をかけてコルツの方に放り投げる。
「?」
「チャンスは一回きりです。その銃で私のここを狙いなさい。」
そう言って自分の白衣の左胸を指さす。
「もし当たって私が死んだら、あんたの勝ち。私の船を使っていいからどこへでもお逃げなさい。」
「な、なんだと。」
「ちょっと待て、そんな条件、俺達が許すわけないだろ。」
〈そうだ博士。そんな奴に情けなんざかける必要はねえぜ。〉
周りのギャラリーの反応は様々であるが一様に驚いているのは確かなようである。当のジェラードぐらいだ涼しい顔をしているのは。
「安心したまえ、こんな腐敗した政治家のヘナチョコ弾なんぞに私の正義の心が砕けるものか……」
と、大見得きっておきながら、
「うーむ、ちょっとクサすぎなかなあ……」
と、反省をする。はたから見ていると漫才にしか見えないが、今のような状況でこのような漫才を嫌う人もいる。
「わ、私をなめるとどうなるか思い知らせてやる。後悔するなよ。」
手が震えながらもジェラードに銃口を向ける。なかなか狙いが定まらない。どう見ても銃に関しても素人のようである。
「早く撃てばあ。ま、無理か。普段は『消せ』と言えばあんたの優秀な部下が邪魔な奴を殺してくれるようだが、自分の腕じゃあ人一人殺したこともないんでしょ?」
今日一日だけで何度も何度も挑発されまくってコルツは完全に自尊心を破壊されていた。今、彼の頭の中にあるはドス黒い破壊衝動だけではないのだろうか。
「死ねえ!」
場末のチンピラのような声を出して引き金を引く。しかし引けない。何度も何度も引こうとするがやはり引けない。
「あ、言い忘れてたけど、安全装置を解除しないと弾はでないよ。」
気楽そうにジェラードが言う。これから撃たれる人間とは思えないようなのんきさである。
一方コルツはといえば、こめかみにちょっと触っただけで破裂しそうな青筋を立てて、なおかつ怒りで全身が震わせながら稚拙な手つきで拳銃の安全装置を外す。
それさえ外れてしまえば後は引き金を引くだけである。ここでコルツは意外とあっさりと撃ってしまった。実際の発射音というのは想像するより軽く、そして派手な音ではない。撃った本人はそのあっけなさに呆然としながらも自分の目の前で左胸をおさえて膝をついた白衣の人物の姿を見て我に返る。
「は、はは、死んだぞ。賭けは私の勝ちだ。私だってひ、人が殺せるんだ……」
銃を両手で構えたままその場にペタンと座り込む。手から銃が離れないようだ。あまりのことに誰一人として一言も口に出せずにいた。
「おい…… ジェラードが……」
「ああ……」
〈博士……?〉
やっと口にでた言葉も会話にはほど遠いものであった。このホール全体に敵味方の分け隔てなく呆然とした空気が流れた。
「おや……?」
あのブラックエッジもヒューイ達が見た限りでは始めてそのポーカーフェイスが崩れた。しばしの間、静寂の中をコルツの引きつった笑い声だけが響いた。
この場の悪さに一石を投じたのはリーナだった。さっきまでヒューイの腕の中で半ば眠っていたようなリーナが周囲の雰囲気を察しておそるおそる顔をあげる。
「あっ、ヒューイさん…… 何かあったのですか……?」
ヒューイがその声が聞こえないかのようにまるで反応しないので、ヒューイが呆然と視線を向けている方を振り返った。そこにはおかしな笑い声をあげる壮年の男と膝をついた白衣の背中が見えた。
「博士……? あの…… 博士がどうかしたのですか?」
「別にどうもしないよ。」
白衣姿がすっくと立ち上がった。何事もないように膝についたほこりをはらうとぐるりと辺りを見回して妙な顔をする。
「何かあったのか……? ああ、もしかして私が本当に撃たれたかとでも思ったのか? ふーん、なら私も意外と人望があったんですねえ。」
「だ、だって、おめえ弾が当たったんじゃあ……」
「当たったよ。ただ間違って焼けた弾丸をさわっちゃってねえ…… 熱くて熱くて、もう声もあげれなかったよ。ほら、見てくれよこれ。」
そう言って手のひらを向けると真ん中付近に弾頭大の火傷の痕があった。それと同時にまだ熱を持っている銃弾が床に落ちた。図らずも自慢の防弾白衣の効果をみせたことになる。そんな風にちょっとおどけてからスッと表情を引き締める。
「さて、ラストチャンスを逃したからにはどうなるか分かっていますね……」
フフフと含み笑いを浮かべながらじりじりと歩みを進めていく。それにつられるようにコルツも後ずさりする。
「ひ、ひぃ! ば、化け物! た、助けてくれ! 誰でもいい、金ならいくらでも出す。死にたくない!」
「醜いねえ、今さら命ごいとは。悪いことすんならそれなりの覚悟ってもんを持ってなさいや。」
まったくもう、と口の中でぶつぶつと呟く。
そこからいきなりその立ったままの姿勢から身を低くして硬質な床をけって滑るように走る。ジェラードの右手が白衣の裾をはね上げて腰の方にまわる。急な動きの変化にヒューイもカイルもブラックエッジも、当然のことながらコルツも制止の声をあげる暇もなく見つめていた。
「はい、スタンブレード!」
妙な抑揚をつけて……そう、まるでヒーローもののノリである……ジェラードの右手が動いたと思うと腰からバトンのようなものを引き抜いてそれについているスイッチを入れる。バトンの先から稲妻のような光が現れるとそれが七十p程の長さで安定する。できた雷の剣でコルツを袈裟切りにした。
バチッという音と共にコルツの体が小さく震えると全身の力が抜けたかのように倒れ込みピクリとも動かなくなった。そのままジェラードが右手を腰に戻しバトンを抜いたところにしまう。この一連の動作はほどんど目に捉えることの出来ないほどの早業であった。まさに電光石火というやつで誰もが動けないでいた。
「なるほど、あなたがあのジェラード=ミルビット博士でしたか。コルツ君も相手が悪かったようですなあ。」
沈黙を破って感心したような口調でブラックエッジがジェラードに賛美の言葉を述べる。どうやら彼にとってはジェラードも注意人物の一人であったらしい。
「GUPの方だけではなくミルビット博士も一緒だったとは…… 苦労するはずです。」
そう言うと苦笑を浮かべる。
「結構有名なんだな……」
「どうやらね、今回のことで彼らのブラックリストにお前らと一緒に載るはめになりそうですね。」
私は地味に生きていきたいのですがねえ、と小声で矛盾していることを呟く。
「しかしよお、」
カイルがロケットランチャーを肩にかつぎながらヒューイ達三人の方に近づいてくる。「いっそのこと、このおっさんもしょっぴいていかねえか?」
「いえいえ、カイル君。今から私たちは逃げ出さなければならないのであなた達の招待を受けるわけにはいかないのですよ。」
「逃げる?」
そうです。と、返事をするとまだ動ける兵士達に合図する。すると彼らはヒューイ達に目もくれず一目散に近くのシャッターやドアから通路へ出て行った。
「それでは、私もこれで失礼をさせて頂きます。」
ブラックエッジも後ろを向いて入ってきたドアから出て行こうとする。
「ちょっと待った。行かせるわけにはいかねえな。」
〈そうだ。あんたも博士同様したたかな人らしいから俺も不本意ながら大砲で狙わせてもらうぜ。〉
カイルとタイガーが出て行こうとするブラックエッジの背中にそれぞれロケットランチャーと装備されている主砲を向けた。
「やっても意味ないな…… それよりも私同様とはいったいどういうことだ?」
〈いえ…… その…… ああ、言葉のあやってやつですよ。〉
しどろもどろにタイガーが弁解をする。
「そんなことより意味ないってなんでよ?」
ヒューイもカイルやタイガーにつき合って銃を向けた。
「見えないだろうが、あいつの周辺には不可視のシールドが張り巡らされている。撃ったところで無駄なだけだし、タイガーが発砲したらこのフロア全体が崩れる可能性がある。」 特殊なセンサーを内蔵している眼鏡……当然ジェラードの発明品である……をあげながら周囲をうかがうように睨みつける。
「さすがミルビット博士。それならあのことも気づいておりますな?」
「あのこと?」
ヒューイが誰ともなしに尋ねる。撃っても無駄だと聞いたのですでに銃をホルスターに戻してのんびりと二人の会話を聞く態勢になっている。
「やっぱりね、しかしどーでもいいがそのミルビット博士って呼ぶのはやめてくれない?」
「これでも私はあなたに敬意を払っているつもりなのですが……」
「まあ、いいや。で、あとどれくらいなんだい?」
ジェラードの口調はまるで昼ごはんの時間を聞いているような素振りである。
「そうですねえ……」
と、ブラックエッジは腕時計を見てからこれまたメニューを説明しているコックのような口調で答えた。
「あと…… 二十分位かも知れませんね。頑張って下さい。それでは幸運を。」
その言葉を残してこの中年男はドアから出て行った。
「待ちやがれ! ……って、無理か…… 追いかけるのは。」
カイルは諦めてロケットランチャーを床に放り投げた。彼のランチャーにはすでに弾はない。
「しょうがねえな、コルツを連れてさっさと帰るか。」
大股でコルツの方に歩いていくと電撃で気絶している男を肩に軽々とかついでタイガーの所に戻る。タイガーのハッチを開けさせてその中に無造作に放り込む。
「素直に帰してくれますかねえ。」
四人と一台しかいなくなったホールの中でポツリとジェラードが不吉なことを呟く。
「もしかして……」
ヒューイが予想を口にだす前に耳をつんざくような甲高い警告音と共に壁に埋め込まれたスピーカーが無機質なコンピューターボイスでしゃべり始めた。
〈ケイコク! ケイコク! 当基地ハコレヨリ自壊しーくえんすノ第2段階ニ入リマス。妨害電波発生。全テノ隔壁ヲ閉鎖。コレヨリ十分以内ニ内部気圧ヲ真空状態ニマデ減圧シマス…… ケイコク! ケイ……〉