第十六話 第五のブレイカーマシン

 

『本日休校』
 警察や自衛隊などによって校内は立入禁止になっていた。さらにその周りにたくさんのマスコミが十重二十重に学校を包囲している。
 そして正門に掲げられた表示を見て、美咲はその場にへたりこんだ。
 昨晩、現実世界に現れた夢魔を何とか撃退したものの、全身に残る疲労と寝不足、それに激しい筋肉痛が少女の身体から体力を根こそぎ奪っていた。
「それなら早くいってよぉ……」
 疲れたように座り込む美咲は自分と同じように地面に腰を下ろしている人物を発見する。それと同時に向こうも美咲を認めて顔を上げる。
「隼人くん……」
「なんだ、橘か……」
 美咲はズリズリと塀の方に這うように移動すると、同じように疲れ切った顔の隼人の横に腰を下ろす。
「疲れたぁ……」
「言うな。よけい疲れる。」
 隼人に言われて少し黙っているが、間がもたないのかすぐに上目づかいで少年を見る。
「変わんないよ……」
「だからしゃべるな……」
 疲れ切った声で呟きあう二人の所に別の声がかけられる。
「あ〜ら、珍しいツーショットだこと。」
 メモ帳片手の少女が無造作に二人に近づいてきた。隼人には彼女が誰だかサッパリ分からない。隣の美咲が複雑な表情を浮かべる。
「法子ちゃん……」
「じゃ、まず一枚。」
 法子は首から下げたカメラを二人に向けるといきなりシャッターを切る。フラッシュの光が消えると思い出したかのように隼人が少女を睨みつける。
「誰だこの失礼な奴は?」
「え〜と……」
「あ、いいわ、サキ。自分でやるから。
 あたしは新聞局の高橋法子。そこにいるサキの友達の一人よ。
 で……」
 言いながらメモ帳をパラパラめくる。望みのページが見つかったのか手を止めた。
「ええと…… あなたが大神隼人。入学早々、三年生の番長格を殴り返して停学。相手の方に非があったため三日ですんでいるわね。」
「…………」
「それ以降は特に問題行動はなし。しかし、授業態度と出席率の悪さから先生の受けは悪いようね。それでも成績は中の上、というところかしら。」
「暇な奴だな。」
 怒るよりも先に呆れを感じ、一言で感想を述べる。そんな表情を横目で盗み見ながら法子はメモ帳を閉じる。
「噂だと結構ヤバそうな奴だ、ということだけど、どうやら噂だけのようね。」
 そんな物言いに隼人が剣呑な笑みを浮かべる。横で美咲が二人のやりとりをハラハラしながら見ている。
「ホントにそう思うか?」
 軽く殺気を込めた視線も法子は気にした様子もなく受け止める。法子は美咲の方に歩み寄ると少女の頭をポンポンとたたく。
「あなたは悪い人じゃないわ。この子は悪人には絶対なつかないの。」
「……学校が休みなら俺は帰る。」
 気まずくなったのか隼人がふらつきながらも立ち上がる。足を引きずるように去っていく少年の背中が見えなくなると法子が美咲のそばに腰を下ろした。
「で、サキちゃんはどうしてあんなのと知り合いになったの?」
「え、え〜とぉ…… 色々あってぇ……」
「ふ〜ん。サキのことだからきっと愉快な経緯があるんでしょ。それより……」
 不意に法子が声を低くする。
「ねえ、あんた昨晩の、見た?」
 昨晩の、という言い方をすれば夢魔の出現に他ならない。当事者の美咲が見ていないはずがないのだが、そんなことは口が裂けても言えない。
「もう最後まで見ちゃってあたしも寝不足。
 サキもずっと見てたんでしょ。」
 美咲の眠そうな顔をそう理解したのか、ウンウンと一人勝手に理解してうなづく法子。美咲もかわいた笑いを浮かべてコクコク首を振る。
「最初の怪鳥から見てたけど…… あの白いロボット、凄いわよね。苦戦してたみたいだけど、途中から飛行機や巨大なトレーラーを喚んで合体したり…… 最後はちゃんと怪鳥を倒したわよね。」
「う、うん…… す、すごかったよね。」
 もう数割でも美咲がお調子者だったら自分の正体をベラベラ喋っていたに違いない。ひきつりそうになる顔を笑みで無理矢理隠しているが、内心ドキドキものである。
「夏休みくらいから連続で起きた謎の怪事件ともきっと何か関係あるに違いないわ……
 ジャーナリストの血が騒ぐわぁっ!」
 的外れどころかドンピシャリの法子の指摘に一瞬、心臓が止まりそうになる。そんな少女の様子も気にせず一人闘志を燃やす法子に、美咲は更なる自重を心に誓うのであった。
「ま、今日はいいわ。あたしも寝不足だし、学校も休みだし…… 帰ろ。」
「う、うん。」
 ずっと座っていたせいか、立ち上がるのが実に億劫になっていた。疲労と筋肉痛もそれに拍車をかけている。法子は何事もなく立ち上がって歩きだそうとするが、美咲がついてこないのに気づいて後ろを振り返る。
「…………」
 ジタバタジタバタ。
 億劫どころか美咲は立ち上がれないでいた。
「ねえ、サキ。一つ聞いていい?」
「う、うん……」
「何をやっているのかしら?」
「法子ちゃん……」
 子犬の目で見上げてくる少女を法子は面白そうに眺めている。
「立てない……」
 それを聞くとわざとらしく肩をすくめ、大きくため息をつく。美咲に向かって手を伸ばすと、ニッコリ微笑んだ。
「まあ、そんなところだと思ったけど、一体なにやってたのよ。」
「……えぇ〜と、あの鳥を追ってずっと走ってた。」
 法子の手をつかむとゆっくり立ち上がる。全身の筋肉が動くたびにギシギシいうみたいで、身体の自由がままならない。得意の格闘技をふるうどころか、歩くので精一杯のようだ。
「あんたらしいわね。」
 微笑みながら法子は美咲の腕をとる。腕を組んでいるようにも見えるが、実際は引きずられているだけである。しかも身長差があるので半ば体が宙に浮いている。
「こんなにボロボロじゃあ、帰りにどっかで栄養補給しなきゃダメね。
 あ、そうそう。この前、おいしいクレープの店、見つけたのよ。お勧めよぉ、ここは。このあたしの舌をうならせたんだから。」
 自称学校一の情報通は自称学校一のグルメでもあった。生返事しかできない美咲をズルズルと引っ張って行く。
 そんな様子を陰から見ていた二人がいた。

「行ったわね……」
「そのようですね。」
 ほう、と麗華は安堵の息をついた。同じく塀を曲がったところから見ていた謙治が不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「……あの人知らないの?」
「思い出したました。」
 麗華の肩越しに法子を確認した謙治がゲンナリとした表情を浮かべる。
「確か…… 新聞局所属、自称学校一の情報通。名前は確か……」
「高橋法子、よ。でも美咲の知り合いとは思わなかったわ。よくまあ、私たちのことがバレずにすんでいたわね。ホントに奇跡ね。」
 身震いしそうなまでの恐れように、謙治も思わず顔を青ざめさせる。
「そんなにすごいんですか……?」
 謙治も話だけなのだが、法子の取材の熾烈さを聞いたことがある。根も葉もない噂の中には「取材」のせいでノイローゼになったり、はたまた自殺未遂までしたなんてものもある。その辺までいくと冗談なのだろうが、そうとも言い切れない怖さがあるのも事実である。
「まあ…… やたらめったらな取材だけど、自分の記事にはちゃんと責任持っているみたいだし、何でもかんでもウケればいい、というような書き方でないからまだありがたいんだけどね……」
「もしかして神楽崎さんも『取材』を受けたことあるんですか?」
 聞かれて麗華は小さく苦笑を浮かべる。
「まあ、ね。それで彼女のこと、知ったんだけどね。謙治も気をつけなさいよ。下手に成績いいと彼女に狙われるわよ。」
「え、ええっ! そうなんですか?」
「本気で驚かないでよ……
 ま、いいわ。学校もお休みなら私たちも帰りましょう。」
 謙治の返事も待たずに麗華がクルリと振り返る。もう慣れてしまったのか、何事もなく謙治がその横に並ぶ。
「どうします? 小鳥遊博士のところに寄っていきますか?」
「そうねぇ…… 行った方がいいかしら?
 ……あら?」
 不意に麗華が足を止めた。それと同時に謙治も立ち止まる。二人の視線の先に何人かの学生の姿が見えた。どうひいき目に見ても彼らはまともな学校生活を送っているようでは無かった。おそらく学校の近くにいたのも授業を受けようなんていう殊勝な理由ではあるまい。気の弱そうな奴は財布と同義語で、目についた女の子はすべて自分の物と考えてそうな連中だった。
 そしてそんな彼らの前に自分たちにとっての「カモ」が二つとも現れたのだ。見かけ不良(中身も同じ)は喜び勇んで二人の前に立ちはだかるのだった。
「よぉよぉよぉ。俺たちよぉ、ちょっと金に困ってるんけどさぁ、少しばかし貸してくんねぇかなぁ。」
「そうそう、俺たちスッゲー寂しいんだ。せっかくだからそいつも置いてってくんねーか。そうすれば痛い目に遭わずにすむぜ。」
「陳腐ね。」
 一言感想を述べると、何も見ず聞かなかったようにまた歩を進める麗華。謙治もすぐさまそれに倣う。
「おいおい、ちょっと待ちな。」
 肩を掴んで止めようとする不良の手を指先で軽くあしらって、麗華は一瞬嫌悪と哀れみの混じった表情を見せる。その態度が不良たちに怒りを覚えさせた。
「なんだよ、俺たちが優しく誘いをかけてんのに、無視するなんて失礼じゃねえか?」
(最初から礼を逸している者に失礼なんて愉快なことを言うわね。)
 そうは思ったものの、それを口にすれば余計事態が混乱するのは目に見えている。
(美咲か隼人がいればすぐに片づいたんだけど……)
 別に謙治のことを頼りない、と思っているわけではない。純粋に戦力分析をしているだけである。美咲や隼人と違い、謙治は徒手空拳で敵を倒せるタイプではない。拳銃の一丁でもあれば、瞬きする間に不良たちは大地に倒れているだろうが、法治国家の日本でそんなことをさせるわけにはいかない。
 気づくと謙治が自分の前に立っていた。麗華をかばうように腕をわずかに横に広げている。思ったよりその背中はたくましく見えた。
 謙治と不良たちのにらみ合いが続く中、麗華はしばし考え、口を開く。
「お生憎さま。残念ながら私は強い奴にしか興味ないの。」
「へぇ〜 じゃあ、こいつをボコにすれば俺たちに付き合ってくれる、ってわけかい?」
 気の短そうな奴が謙治に掴みかかろうとする。これはちょっとした賭ね、と思いながら緊張で乾いてきた唇を湿らせる。
「馬鹿ね、そんな奴なら私でも楽勝よ。せめて昨日の怪鳥を倒せるくらい強くなきゃ。」
 麗華の言葉に不良たちが一瞬ポカンとした表情を浮かべた。そのわずかな隙に、打ち合わせをしたわけでも無いが、麗華と謙治が一歩下がる。
 いきなり不良たちがさも可笑しそうに笑い出した。お互いの肩を叩きながら涙を流さんばかりに笑っている。
 その間にもまた一歩下がる。
「おいおい、待てよ。」
 せっかく離した二歩をすぐ詰められる。
「それなら大丈夫だぜ。あいつをやっつけたのは俺だからな。」
 先頭の不良がさも頭の悪そうな事を言うと、残りの連中も知性を感じさせないような馬鹿笑いをあげる。
「そ、そんなことあるわけないでしょ!」
 ボロボロになるまで、それこそ命がけで戦った美咲の姿を思い出して、考えるよりも先に今の暴言を吐いた不良に掴みかかっていた。
「俺も同感だ。」
 不意に上から若い男の声が降ってきた。
 黒い人影が上から飛び降りてきて、麗華と不良たちの間に割ってはいる。
 その男は麗華たちから見れば奇妙な風貌をしていた。全身を覆うような真っ黒なマントの下にまるで軽甲冑のようなものを身につけ、更に腰には剣のようなものを帯びている。
「女性に無礼をはたらくのも許せないが、貴様らのようなクズがあのフラッシュブレイカーのパイロットだと名乗るのは一人の武人として見過ごすわけにはいかない。」
「あぁ? 何言ってんだ、てめえ。」
 不良たちには何も理解できなかったようだが、麗華と謙治は思わず背筋が寒くなるような戦慄におそわれた。
「お前たち、行っていいぞ。」
 男の言葉に麗華と謙治がカクカクと首を縦に振って、その場からアタフタと下がる。二人のそんな様子をどう判断したかが分からないが、男は一瞬二人を視線で追ってから、不良たちに向き直る。
「さて、覚悟はいいな。」
 黒衣の男は低く呟いた。

 最初は不自然にならないように、ゆっくり歩いていたつもりだったが、徐々に歩調が速くなり、曲がり角一つ越えたところで二人は全速力で走り出した。
 謙治がバテかけたところで、やっと足を止める。
「な、何なのよ、あの男……」
 息を切らせながら麗華が悪夢を払うように頭を左右に振る。
「なんでフラッシュブレイカーの名前を知っているのよ!」
「…………」
 思い詰めた表情をする謙治に麗華が気づいた。
「どうしたの、謙治?」
「気のせいかも知れないのですが…… あの人が飛び降りてきたときに、見たんです。」
「……なにを?」
 謙治は無言で左の袖の中からブレスレットを手首まで移動させた。その中心には黄色のドリームティアが埋め込まれている。
「同じ物を…… これと……」
「まさか!」
「色は透明な黒、って感じでしたけど……」
 それを聞いて麗華が腕を組んで柳眉を寄せる。しばらく二人揃って黙っていたが、開きなったように麗華が組んでいた腕をほどいた。
「私たちがここで考えても仕方が無いわ。小鳥遊さんのところに行きましょ。」
「そうですね。」
 そして二人は何事も無かったように歩き出したが、すぐに足の動きが速くなり最後には走り出していた。

 研究所に着いたところで、謙治がその場にへたりこんだ。麗華はそれにも構わずに普段からは想像できないような乱暴さでドアを開く。すぐさま聞き覚えのある少女と少年の声が聞こえてきた。
 が、少年の声は怒鳴り声で、しかも少女の声は悲鳴のようだった。
「隼人くん、やめてぇ!」
「少しはおとなしくしろ!」
 何があったのかは理解できなかったが、美咲が危機に陥っているらしいことは容易に想像できた。
 靴を脱ぐのももどかしく、中に入った麗華が見たものは! なんとソファの上で(何故か)体操着姿でうつ伏せになっている美咲を隼人が上から押さえつけているところだった。少女はその手から逃れるようにジタバタ暴れている。
「…………
 なにしてんのよ、隼人!」
 考えるよりも先に体が動いて、手にしていた鞄を思い切り隼人の頭に振り下ろした。
 片や非力な少女、片や一対一でまともに勝負できる相手を捜す方が困難なほどの強者。だが、全く予期せぬ相手に、殴られる理由も思いつかず、全くの不意打ちで襲われて隼人はなすすべも無く、殴り倒された。それでも直前でソファに手をついて、美咲の上に倒れることを避けたのは立派であろう。
「あ〜 神楽崎? 今のはいい一撃だったが…… なんか俺に恨みでもあるのか?」
「え? ああ、その、ねぇ……」
 ふと冷静に考えると隼人がそんなことをするはずもなく、もう少し考えがまとまれば正確なことが思いつくのだろうが、色々なことがいっぺんにあったせいか今ひとつ頭が働かない。
「おやおや、皆さんお揃いで。」
 この騒ぎが全く気が付かなかったのか、いつもののんびりした表情で奥から小鳥遊がやってくる。
「あれ、謙治君は来てないんですか?」
「あ、ああ…… いるわよ。」
「ところでよ、おっさん。」
 まだ殴られた衝撃から回復していないのか、床に座り込んだままの隼人がポツリと口を開く。
「この状況、どう思う?」
 鞄を持ったまま所在なげにしている麗華、ソファでぐったりしている美咲、床で頭をおさえている隼人、そして遅れてフラフラとリビングに入ってきた謙治。
 四人の少年少女を順番に眺めて小鳥遊は考え込むようにあごに手をあてる。
「推測ですが…… 美咲さんのマッサージをしていた隼人君を、麗華さんが愉快な勘違いをして思わず鞄で殴ってしまった、てところでしょうか。謙治君についてはよく分かりませんが、何か急ぎの用があったのではないでしょうか?」
「見てたんじゃないだろうな……」
「で、でも…… なんで美咲、体操着なんて着ているのよ。」
「……聞きたいか?」
 無言で頷く麗華に、やっと回復したのか、美咲を踏みつけないようにソファの端に隼人が腰掛けた。
「筋肉痛がひどそうだったから、ちょっと揉んでやってたんだが…… こいつ、すげぇ暴れるんだ。」
「それで?」
「制服姿で足をバタバタされてみろ。
 ……だから着替えさせた。」
 言葉の中の一瞬の間が隼人の言いたいことを何となく伝えていた。
「なるほどね……
 じゃないわよ!」
 急に大声を出した麗華に事情を知らない美咲に隼人、小鳥遊が目を丸くする。
「そ、そうです。実は大変なことが……」
 呼吸は落ち着いたが、それでも麗華と一緒に興奮したように謙治もソファに腰掛ける。
『とにかく聞いてください!』
 二人の声がきれいに重なった。

 いまだ続く美咲の悲鳴をBGMに麗華と謙治がかいつまんで説明する。
「間違いないわ。あの男は確かに『フラッシュブレイカー』って言ってたわ。」
「それに僕の見間違いで無ければドリームティアを所持しているようです。」
「ドリームティアですか…… 私も正直なところ、ドリームティアが他にあるかどうかなんて分かりません。
 しかし…… そうだとしたら彼は何者なんでしょう。」
「ともかく…… そこの二人! 少し静かにしなさい!」
 麗華の声に、二人が顔を向ける。
「えぇと…… ボク?」
「うるさいのは橘だけだ。待ってろ、もう少しで終わる。」
 あまり気にした様子もなく、手早く美咲の全身を揉みほぐす。
「こんなもんか。動いてみろ。」
 隼人に言われて最初はゆっくり、調子がつかめてくると大きく体を動かしてみる。朝から比べると痛みは残るが、体の自由はだいぶ戻っているようだ。
「うん、まだ痛いけど大丈夫になった。隼人くん、ありがとう。」
「ん? ああ、大したことじゃない。」
 いつもの返事をすると、美咲は部屋の奥に入っていく。着替えに行ったらしい。
 そして戻ってくる頃を見計らって、麗華が全員の分のコーヒーを入れ直してくる。

「で、とにかく要点は二つ。その黒服の男がフラッシュブレイカーの名前を言ったこと。もう一つは謙治が見たドリームティアのような物。でも私は謙治がそう思った、というのだったらそうだと思う。普通なら単なる宝石と思ってもおかしくないでしょ?」
「これは僕の想像なんですが…… ドリームティアがあるなら、彼もブレイカーマシンを持っているのでは……」
「おいおい…… マジかよ。」
 うんざりしたように隼人が呟く。一度、夢魔の作った複製とはいえ、ブレイカーマシンと戦ったことがある。そのときの苦労を思い出したのだろう。
「もし謙治君の予想が当たっていたら余計に面倒なこととなるでしょう。前はこちらと同じ機体ですからまだ何とかなりましたが、今度は全く未知の機体、ということになりかねません。」
「可能性の問題だけど…… そういうことって何故か起きるようにできているのよねぇ……」
 ため息混じりに麗華が言うと、それにあわせて謙治と隼人と小鳥遊が困ったような、面倒臭そうな表情を浮かべた。
 ただ一人、美咲だけがよく分からないように首を傾げていた。

「爺、なかなかいい場所だな。」
「は、苦労いたしましたので。」
「ん? それは俺に対する嫌みか?」
「そう思われても結構です。『力』のある若ならいざ知らず、他の者までいることのできる空間を作り出すのがどれだけ大変か……」
 まるで中世の城を思わせるような石造りの部屋で黒衣の男と老人が向かい合っていた。
「さて、俺は出かけてくる。」
 黒衣の男が立ち上がると、マントをひるがえして部屋を出ていこうとする。それを爺と呼ばれた老人がそれを止める。
「なんだ。」
「若、できればお召し物を換えた方がよろしいのでは?」
「そう、だな…… 前に行ったときも、どうも服装が違っていたような気がしたな……」
「若! ま、まさかこの爺に黙って出かけておったのですか!」
 うっかり口を滑らせたことに、老人が激しく責め立てる。いつものことなのか、うるさいものを聞いたかのように耳に指を入れて右から左に流そうとする。
「分かった分かった悪かった。」
 これもいつものことなのか、オーバーアクションで老人を宥めようとする。時間がやや経ってやっと落ち着いた老人が口を開く。
「ともかく、若が勝手に行動されている間に数体の小型の獣魔を放ち、調べておきました。こちらのお召し物をお使いください。」
「ふむ……? ま、今回は戦いに行くのだから、この格好の方がいいだろう。次に偵察に行くときにでも使うとするか。」
「かしこまりました。」
 老人が頭を下げると改めて黒衣の男がマントをひるがえし、部屋を出ていった。静けさが空間を支配する。

 夢幻界と現実世界の狭間に存在する石造りの城から一人の男が歩み出てきた。
 男は目を閉じて左腕を体の横に伸ばす。その手首にはブレスレットがはまっている。そしてその中央には黒い水晶が、現実にはあり得ない黒く澄んだ光を放っていた。
 一瞬、光が強くなると黒衣の男は高層ビルの屋上に転移していた。眼下には街の光がばらまかれたように見える。
今度はゆっくりと前に左腕を前に向ける。
「来たれ闇の翼……」
 目を開き、伸ばした腕を胸元に引き寄せる。
「スカイシャドウ!」

 夕飯のラーメンを食べながら、不意に美咲と隼人が顔を上げた。遅れて麗華と謙治が顔を上げる。一人分からない小鳥遊が麺をくわえたまま四人を不思議そうに見る。
「ええと…… 何ですか一体? 夢魔は出てきてないようですが……」
 研究所では前回のことも考えて現実世界と夢幻界の両方を常時監視している。そして研究所の中にいる限りはどこにいても夢魔の出現を知ることができるようになっている。
 しかし、少年少女たちはそれどころではなかった。前回の夢魔の出現により、現実世界にまだ夢幻界のエネルギーが若干残っていた。それを媒体としてある意識がドリームティアを通して流れてきたのだ。
(俺の名前はバロン。貴様らと同じ力を持つ男だ。)
「今の声、聞いたことがある…… あの時の男の声よ!」
 麗華の指摘に謙治が頷く。
(俺の狙いはフラッシュブレイカーだけだ。他の雑魚には用はない。)
「雑魚…… だと?」
 不機嫌そうに隼人が呟く。小鳥遊から見れば少年少女たちが急に黙り込んだと思うと大声を出したり、不機嫌な顔をしたりと何とも訳が分からない。
「あの……」
「ちょっと博士、黙ってて。」
 美咲の鋭い口調に小鳥遊の声がしりすぼみになる。男の声はまだ続いていた。
(貴様らに勝負を挑む。貴様らの心に死を恐れぬ蛮勇があるのなら表に出ろ。俺の居場所が分かるはずだ。)
 バンッ!
「謙治、行くわよ。挑発だっていうのは分かってるけど、ここまで言われて黙っている義理はないわ。」
「そうですね。行きましょう。」
 テーブルを一つ叩くと麗華が立ち上がり、謙治もそれにならう。
 意識を澄ませてもそれ以上、バロンと名乗った男の声は聞こえてこなかった。
「ちょ、ちょっとボクも行くよ!」
 美咲も立ち上がると同時に無言で隼人も立ち上がる。未だ小鳥遊には事情が全く理解できない。
「待ちなさい。あんた達は昨日の疲れが残ってるでしょ。それに私たちだけでは役者不足とでも言いたいの?
 じゃ、小鳥遊さんへの説明をお願いするわ。行きましょ。」
「はい。」
 麗華と謙治が表に出ていく。
「で…… 何があったのですか?」
「え〜とねぇ……」
「待て、俺が説明する。お前なら時間がかかりそうだ。
 あのな……」

『ブレイカーマシン、リアライズ!』
 車で広い場所まで移動したあと、二人はそれぞれのブレイカーマシンを喚び出した。多少の違和感はあるものの、現実世界でのリアライズも安定したようだ。
 フェニックスブレイカーが上空に舞い上がり、レーダーからの情報をバスタータンクが増幅し、広範囲のサーチを行う。
「! 感あり! 高速度で何かが接近しています! 神楽崎さん、回避!」
「えっ!」
 フェニックスブレイカー本来のレーダーにも高速移動物体が表示された。そちらの方向に旋回するよりも相手の攻撃の方が先だった。
 漆黒の戦闘機が麗華に向かって光線を放つ。謙治の警告が早かったため、直撃を受けるのだけは避けることができた。わずかに翼に傷がつく。
「雑魚と侮ったのは早計だったかな。」
 ブレイカーマシンの通信機からさっきの男の声が流れてくる。振り返ったフェニックスブレイカーの眼前に黒い翼が空中で静止していた。その戦闘機は初めて見たはずなのに、見たことあるような既視感にとらわれる。
「相手の反応は…… 間違いありません、ブレイカーマシンです!」
「謙治……」
 嘘なんでしょ、と聞きたいけど謙治がこんな状況で嘘や冗談を言わないのは分かっている。
 麗華は大きく深呼吸した。
「私はフェニックスブレイカーのパイロット、神楽崎麗華。バロンと申しましたわね、あなた今のは手加減なさいましたわね?」
 空中で二機のブレイカーマシンが睨みあう。
 黒のマシンから驚くような、感心したような声が返ってくる。
「ほぉ…… 分かったか。
 素直に謝罪しよう。お前らを雑魚と言ったのは俺の傲慢だったようだ。」
「そうですね。」
 下から二筋の電光が黒い戦闘機の両翼を掠めた。
「僕はサンダーブレイカーのパイロット、田島謙治です。二対一で卑怯と思われるでしょうが、僕たちには相手を嘗めてかかれる余裕はないのです。」
「なるほど…… いい腕だ。
 それでは改めて勝負を挑ませてもらおう。俺の名はバロン。そしてこいつは俺の愛機スカイシャドウ。そして…… チェンジ!」
 黒い機体が空中で姿を変化させる。
「この姿の時は…… お前達の使う名を借りるならシャドウブレイカーとでもしよう。」
 瞬時にスカイシャドウから漆黒のロボットに変形していた。フォルムは美咲のフラッシュブレイカーに似ているが、こちらの方がやや細身で背中には翼が装備されている。フラッシュブレイカーを陸戦型と考えるなら、シャドウブレイカーは空戦型なのだろう。
「さて、いくぞ!」
 麗華の目にはシャドウブレイカーがいきなり消えたように見えた。速度的にはウルフブレイカーにやや劣るのかも知れないが、三次元的に高速移動されると捉えるのが難しい。
「サンダースプラッシュ…… うわぁ!」
 わずかの間にシャドウブレイカーはサンダーブレイカーに肉薄していた。すぐに電撃の網で迎撃しようとするが、向こうの方が速く、内側に入られてしまった。
 無防備なサンダーブレイカーにシャドウブレイカーは手の甲から突き出たナイフで斬りかかる。影の刃が装甲を傷つける。
「くっ……」
 武装の使える距離まで間合いを開こうとするが、漆黒のブレイカーマシンはピッタリついてきて離れない。
「サンダーブレイカーは攻撃力が高いが、パイロットの技量のせいか格闘戦に弱い。それが弱点だ。」
「全くその通りです。」
 必死に防御しながら言い返す謙治。
「しかし、装甲と耐久度には自信あるんですよ。神楽崎さん!」
 上空でサンダーブレイカーを誤射しないように狙いをつけていた麗華は謙治の声にホンの一瞬だけ考えた。そして彼の意図を察して次の刹那で行動を起こす。
「大怪我しても恨まないでね……
 クローナイフ連続発射!」
 フェニックスブレイカーの爪の先が分離して放たれる。すぐさま新らたな爪が生えてきてそれらも続けざまに発射される。
 爪は地面に突き刺さるとその場で爆発し、火炎と衝撃をあたりにばらまいた。それに二機のブレイカーマシンが巻き込まれる。
 爆発の閃光が視界を遮る。危険を感じてシャドウブレイカーが間合いを開こうとすると、すかさずサンダーブレイカーが右腕を捕まえに来た。
「なにぃ!」
「それとセンサー能力にもちょっと自信がありましてね。これくらいなら苦労なく移動できるんですよ。
 いけぇ! チェストガトリング!」
 サンダーブレイカーの胸部装甲が開くと、その下には二連装のガトリング砲がすでに回転を始めていた。
 高速の弾丸が吐き出される寸前、バロンは左腕をサンダーブレイカーの胸部に向けた。
「ニードルシュート!」
 至近距離で避けるのは不可能と判断したのだろう。逆に全力で攻撃して相殺を狙った行動は完全に謙治の予想外だった。
 装甲を開いて攻撃するわけだからそこは当然無防備になる。そこに幾本かの針状の光線が弾幕をくぐり抜け突き刺さった。
 二機の間で爆発が起きる。悲鳴は聞こえなかった。
「謙治!」
 爆発の炎が収まってきた。ユラリとその中で何かの影が立ち上がる。
「残念だったな。」
 炎から歩みだしてきた機体にはそのまま影の色が残っていた。
「次はお前だ。」
 シャドウブレイカーは麗華に指を向けた。

 美咲たち三人の目の前のディスプレイにレッドアラームが表示される。サンダーブレイカーのCGが胸部を中心に真紅に染まる。
 今の一瞬の攻防でサンダーブレイカーはその武装のほとんどを破壊され、重大なダメージを受けた。
「謙治くん! 謙治くん!」
 わずかな間があってブレイカーマシンから声が返ってきた。
『あ…… いえ、何とか大丈夫です。
 それより神楽崎さんがまだ戦っています。僕も行かないと。』
「無茶だ! ブレイカーマシンがそれだけのダメージを受けたら君の方だってただじゃすまないはずだ。」
 ブレイカーマシンのダメージはある程度緩衝されるものの、パイロットにも返ってくる。内部機構にもダメージがいっているので、謙治が無事であるはずがない。
『いえ、それは大丈夫です。自分の動きをトレースしないかわりにダメージコントロールを強化してあります。』
 つまり無意識で動いたり、思考制御で動かすことができないのだが、その分パイロットへのダメージを減らすことができるのだ。もし同じくらいの損傷を美咲が隼人が受けたら、その反応性が逆にあだとなってパイロットにかかる負担は耐えられないものとなっていただろう。
『それに僕はこれでも臆病者ですから危なくなったら真っ先に逃げさせてもらいます。二人一緒にね。』
 サンダーブレイカーからの通信が切れる。
「橘、二人が戻ってきた時のために、何か用意しとけ。きっと腹すかせているはずだ。」
「うん、分かった。」
 パタパタとスリッパを鳴らして美咲が上がっていく。足音が聞こえなくなってから隼人が小さく呟いた。
「加勢したいが…… あいつらきっと怒るだろうな。」
「私もそう思います。」

「相手が女でも容赦はしないぞ。」
「望むところよ。」
 サンダーブレイカーとの相撃ちで左腕が動かなくなったものの、シャドウブレイカーはそんな様子を微塵も見せずに空中のフェニックスブレイカーの前に出る。
「あのケンジという奴の指示があったとはいえ躊躇わずに味方ごと攻撃できるとは、なかなか度胸のある奴だ。」
「ほめ言葉として受け取っておいてよろしいのかしら? それに私も勝算のないことはしませんわ。」
「なるほどな。戦術のサンダーブレイカーに作戦指揮のフェニックスブレイカー。機体の性能だけでは計れない相手だったな。」
 会話を続けながらも麗華は謙治の回復を待った。彼自身に意識があるならサンダーブレイカーの簡易修理ができるはず。フェニックスブレイカー単機での戦闘に自信はなかった。
「レイカ、だったな。」
「ええ、それが?」
「時間稼ぎは無駄だ。」
 シャドウブレイカーが眼前から消える。
 反射的に逆噴射のレバーを叩き込む。くちばしを掠めるように光線が空間を貫いた。
 何となくイヤな予感を感じてエンジンを全開にする。フェニックスブレイカーはある程度の加速度を減らすことができるが、その限度を超えたGが麗華をシートに押しつける。後部警戒レーダーが電子音の悲鳴を上げる前に操縦桿を左に倒した。真横を再び同じ針状の光線が通り過ぎていく。
 今の一瞬の攻防だけで麗華は汗だくになっていた。冷たい汗が背中を流れ落ちる。恐怖心が心臓を鷲掴みにする。
「よく避けられたな。」
 心底感心した声が返ってくる。
(もう一度やれ、って言われても無理ね。)
 内心の動揺を表に出さないように必死に声の震えを抑える。
「鍛えられてますから。」
「フェニックスブレイカーの弱点。空中戦専用の機体だが、武装が前面に集中しており、速度に対しての運動性が悪い。だから……」
 気づくとシャドウブレイカーが背中の上の方に移動している。麗華はピクリとも動けなかった。
「空中を自由自在に動ける相手には弱い。しかもこの位置は攻撃の死角となる。」
 右手甲のナイフを出すと、フェニックスブレイカーの頭部にピタリと当てる。
「勝負あり、だな。」
「くっ……」

 突如、下から一筋の光線がフェニックスブレイカーの翼を貫いた。その光線は更にシャドウブレイカーのナイフをも砕く。
「なにぃ!」
 地面からの攻撃に驚いてシャドウブレイカーが離れると、それを追いたてるように何本もの光線がバロンを狙う。
 その間に翼に穴があいて揚力を失ったフェニックスブレイカーがゆっくり降下する。そこには胸の傷もロクに修復されていないサンダーブレイカーが長いライフルのような武器を構え、空に向けて撃っていた。
「謙治! 大丈夫なの?」
「ええ、まあなんとか。それよりすみません、相手の隙をつくとはいえ、傷つけるような真似をして……」
「そんなことはあとでいいわ。それより、何かいい手思いついた?」
「そうですね……」
 いいながら弾倉を交換し、再びシャドウブレイカーを空中に釘付けにする。その間に麗華は翼の修復を行っていた。
「一つ、相手の裏をかく手を思いつきました。しかし…… 失敗したらこちらの勝ち目はまるでなくなります。」
「上等よ、策があるだけマシだわ。」
「ええ、では……」

 バロンは眼下のサンダーブレイカーが弾のなくなった武器を投げ捨てるのを見た。フェニックスブレイカーがゆっくり浮上してきた。
 どうやら最後の勝負を仕掛けてくるらしい。
「さて、どうくる……」
 フェニックスブレイカーがある地点から急に速度を増した。ゆっくりと炎がその機体を包む。
「これでおしまいよ!」
 まとわりついている炎が大きくなる。フェニックスブレイカーが翼をたたみ、高速回転を始めた。
バースト・トルネード・ブレイクッ!
 真紅の竜巻となったブレイカーマシンが、シャドウブレイカーを貫こうとする。
「つまらん。何をするかと思えば策もなく突っ込むだけとは。」
 さしたる苦もなく、バロンは身をかわす。激しい炎が目の前を通過していく。
(炎がいつもより大きい?)
 広がった炎がバロンの視界を覆い尽くす。
「目眩ましか! ならば本命は……」
「正解、」
 シャドウブレイカーが炎にまかれているうちにサンダーブレイカーは準備を整えていた。
「決めてやる! いっけぇーっ!
 ライトニング・バスター・ブレイクッ!
 雷球が放たれた。バロンの視界が晴れたときにはそれが眼前にある。
「なんのぉ!」
 超人的な反射速度でシャドウブレイカーを動かす。わずかに掠めるくらいのところを雷球が通り過ぎていく。
(避け…… きった?!)
 しかし、謙治にはそれも予想済みだった。
はじけろ!
 バロンが自分のミスに気づく前に雷球がその場でエネルギーを解放させた。無数の電撃がシャドウブレイカーを貫く。そのうちのいくつかは炎を拡散させるために速度を落としていたフェニックスブレイカーをも貫く。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
 今のダメージとエネルギーの使いすぎでフェニックスブレイカーがエンジンストールを起こし、墜落する。体勢を立て直そうとするが、起動する気配すらしない。
「神楽崎さん!」
 謙治が助けようとするが、エネルギーの消耗と累積されたダメージが耐えられないほどの負担になり、腕を上げることもできずガクリと膝を折る。
 と、不意にショックがかかり、フェニックスブレイカーの落下が緩やかになる。
「世話を焼かせるな。」
 ボロボロになったシャドウブレイカーがフェニックスブレイカーを抱え込んでいた。二つある背中のジェットも片方が停止をしているが、それでも何とか飛んでいるようだ。
 ほぼ不時着に近い軟着陸で二機が地面に降りると、サンダーブレイカーを消した謙治が疲れた体に鞭打って駆け寄ってくる。
「神楽崎さん、無事ですか!」
 着陸すると同時にフェニックスブレイカーも姿を消す。麗華も謙治もブレイカーマシンの維持ができないほど消耗していた。
 男のプライドか、謙治がふらつきながらも麗華を背中にかばい、黒のブレイカーマシンに立ち向かう。
 シャドウブレイカーはその場に膝をつくと、右手を胸の前に持ってくる。手のひらの上に黒衣の男が転移してきた。
「お前達……」
 間違いなく二人が学校の前で出会った男だ。相手もそれに気づいたらしく驚いたような表情を見せる。が、それはすぐに笑い顔になった。いかにも愉快そうな声をあげる。
 改めて顔を見ると、バロンは彼女たちより一、二歳上くらいにしか見えなかった。
「実にいい戦いだった。今回は引き分けにしておこう。しかし、次はこうはいかんぞ。」
「一つだけ聞かせて。」
 麗華が疲れ切った声で口を開く。
「ん?」
「なんで私を助けたの?」
 麗華の問いにバロンはまた楽しそうに笑った。
「あの時点で戦いは終わったのだ。俺は戦いで女に容赦はしないが、それ以外では女性に優しくするよう努めている。」
 答えを聞くと、麗華は急に堪えきれなくなったようにクスクス笑い始めた。少女のそんな様子に謙治も疲れたようにその場にへたりこみ、一緒になって笑い出した。
 ひとしきり笑いがすむと、お互いの顔から笑みが消える。
「あなたは敵? それとも味方なの?」
「そのどちらでもない。俺はただ一人の武人として強敵と戦いたいだけだ。」
 それだけ言うとバロンは空を見上げる。月が中天を通り過ぎた。
「ここで引くとしよう。この状態で他のブレイカーマシンと戦おうと思うほど自惚れは強くないつもりだ。」
 ブレイカーマシンに戻ると、漆黒のロボットはゆっくりと立ち上がった。二、三歩下がってから大きく跳躍する。空中で変形すると空の闇に溶け込むように飛び去っていく。
「私たちの完敗ね。相手に引き分けを譲ってもらったようなものよ。」
「でも今は考えるのを止めましょう。とても疲れて眠い気分です。」
 そういうとどちらからともなく、地面に仰向け倒れ込んだ。遠くから麗華の家のリムジンの音が聞こえてきた。

 

 

 

次回予告

バロン「あそこに見えるのはフラッシュブレイカー! やっと奴と戦えるのか。
 なんだ、お前。なぜ俺の邪魔をする。そうか…… 通りたければ倒してみろ、というわけか。望むところだハヤト、どうもお前とは戦わなければならない気がする。
 では参る!

 夢の勇者ナイトブレイカー第十七話
『宿命の邂逅』

 他人の夢を否定する奴は生きている資格がない。」

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