− 第六章 −
〈ケイコク! ケイコク! ……〉
コンピューターボイスによるアナウンスが始まると同時に周囲のまだ破壊されていないシャッターなどが次々に閉まっていった。それがすむと排気用のダクトが空気を吸い出し始めた。
〈早く乗るんだ! 気圧が下がってきているようだぜ。〉
タイガーのセンサーが気圧の変化を捉えた。車体横のハッチを開いてヒューイ達をうながす。四人はすばやくタイガーに乗り込んだ。
「よし、換気装置を内部循環に切り替えろ。」
〈博士、すでに切り替えやした。〉
「あ、そ。」
優秀すぎるのも考えもんだなというジェラードの呟きが聞かれたかどうかはさだかではない。
設計上タイガーは人員輸送用として造られているわけではないので居住性はあまり良くない。それに四人乗りであるこの機体の後ろ二席は普段は補助シートであるため、さらに乗り心地は悪くなる。前二席は操縦席と砲手席なのでさっさとヒューイとカイルがその場所を占領してしまった。つけ加えるならばコンソールの類は全て前席に集中しているため後ろの席は乗り心地が悪い上、けっこう暇である。
「揺れるなあ。どうにかならんのか?」
〈無茶言わねえで下さい。俺の衝撃緩衝装置は補助シートにはさほど効かねえんですから。そういう体にしたのは博士でしょう?〉
「改造の余地ありだな……」
タイガーはさっき熱線砲で開けた穴を通り、散々破壊活動がおこわれた装甲車用の広い通路に出た。そこらへんいたるところに元は装甲車であったろう残骸や大砲を受けて崩れた壁の破片などが散乱している。その上を乗り越えていくものだか非常に揺れる、前述の通り後ろのシートは衝撃緩衝装置の恩恵をさほど授かれないので揺れがほぼ直接伝わってきたりする。
〈おわっ……と。大丈夫ですかリーナさん。けっこう今の揺れは凄かったですぜ。〉
「ええ、大したことありません。気にせずに進んで下さい。」
〈こんな暖かい言葉を…… 俺は嬉しいですぜ。それにひきかえ……〉
「そこでどうして私をひきあいに出だそうとする? どーせ、私の悪口を言うつもりなんだろう。」
〈そんなこと言われましても…… 俺のよく知っている人間といったら博士とリーナさんしかおりませんから……〉
「まあ、いいや。それよりグリフォンに連絡はとれんのか?」
〈強力なジャミングがかかっていて通信が通りません。俺の通信設備はそんなにいいもんじゃないんでね。〉
そんなこんな言いながら、タイガーは無人の通路を突き進む。時折、隔壁がおりていて通れないところもあったが、そのようなものは主砲の一発で粉砕されてしまう。
「つまらんなあ……」
「俺はこれ以上、ドンパチはしたくないからな。」
カイルの一言に不穏な空気を感じてヒューイは先に釘を刺しておいた。
「お前はそうかも知れねえがよぉ、なんかもう少しスリルって奴が欲しいんだよなあ。」
「あのなぁ……」
呆れてジェラードが口を開こうとすると……
〈カイルの旦那! お楽しみのスリルって奴がきましたぜ。〉
モニターに無人戦闘ロボットと思われるものが映し出された。それはゴミの缶にキャタピラーと申し訳程度のマニピュレーターをつけたようなものであった。武装はその小さな手に持っている筒状のものだろう。それが何かまでは分からないが。
その小さいロボットが五体ほどタイガーの前方を塞ぐように隊列を組んでいる。
「そうこなくっちゃな。よし、戦闘用意!」
〈了解……〉
「ん?」
呆れ顔のジェラードがふとタイガーの返事の声に不安が混じっているのにいぶかしげな表情をする。
「……どうした?」
〈いやあ、ちょっと……〉
「ちょっと?」
〈武器が不足かな、って思いましてね。〉
その言葉にカイルが不満の声をもらすが、それは気にせずにジェラードは状況をモニター出すように言う。〉現在の武装状況
〉タイガーキャノン :残弾数 5
〉ヒートキャノン :
過熱(オーバーヒート)により使用不可
〉スピンレーザー :使用可
〉ミサイル類 :残弾数 0
〉タイガークラッシャー:使用可
〉ハウリングブラスト :
気圧低下により使用不可
〉総合状況 :
弾数の絶対的不足。現戦力での突破は 困難と見られる。「……困ったなあ……」
カイルの肩ごしにモニターの文字を見てジェラードが言葉通り困ったような声を出す。
「まあいいや、とりあえずレーザーで牽制してみろ。」
本当に困っているんだろうか。
〈へい。〉
タイガーの上部回転砲台が装甲の下からもちあがり、先頭の一体に照準をつける。そこからレーザーの矢が発射されると狙い違わず、そのゴミ缶に命中する。
が、命中したレーザーはその表面で跳ね返り、近くの壁に穴をあけただけでロボットにかすり傷一つ負わせられなかった。
「レーザー反射コーティング?」
その異変の正体に気づいたヒューイが声をあげる。
それは略してLRCと呼ばれるもので、光を集束して放つレーザーに対してのほぼ無敵の鎧であり、質にもよるがそれこそ人間大の大きさのコーティングでも戦艦クラスのレーザーもはじくことができる。
ただ、あくまでもレーザーに対する防護だけなので、重金属のプラズマなどを発射するビーム兵器や実体弾を発射するものに対してはなんの効果もない。
「あらあ、これは困りましたねえ。」
さっきとさほど口調は変わらないが、それを聞いてヒューイとカイルが青ざめた表情で後ろを振り返る。
リーナはそのただ事でない表情を見て思わず息を飲む。
「どうしたのですか……?」少女の顔に困惑の表情が浮かぶ。
「いや…… あいつがマジに困っているだけだ……」
渋い顔でヒューイが呟く。
「どーにかならんのか?」
〈どーにかって言われても…… 博士、どうしやしょう?〉
「カイル、後退しながら一発ぶちかましてやれ。あとはそれからだ。」
「よしきた。」
ヒューイがギアをR(リバース)にいれ、タイガーをバックさせる。
その間にカイルが主砲の照準をできるだけ敵を巻き込むように合わせる。トリガーをひいた。静電場によって加速させられた砲弾が先頭のゴミ缶に命中し、そこを中心に爆風が吹き荒れる。握りこぶしよりも大きい床の破片が飛び散り、爆風がおさまった後には床に小型のクレーターができあがっていた。
直撃を喰らった一体と破片が命中したのが一体だけで残りの三体はさほどダメージを受けていない様子で近づいてきた。
手に持った筒から激しい火花が吹き出される。どうやら溶接や切断に使われるアークトーチのようだ。それは何千度という高温を発し、ほとんどすべての金属を切ることができる。
それこそタイガーの装甲も例外ではない。
「二十秒くらいかな……」
「何がだ?」
半ば答は分かっているが思わずヒューイが聞いた。
〈俺の装甲が保つ時間だろ、どーせ。〉
「とりあえず、逃げながら考えよう。」
ジェラードがそう呟くとタイガーはもと来た通路を引き返し始めた。〈ああ、心配だ、心配だ。リーナさんたちは無事だろうか?〉
例のアナウンスが聞こえてから相当の時間がたつ。まるで四人+一台が帰ってくる気配がないのでグリフォンは苛立ちながらぼやき続ける。
「ニャーオ。」
〈なに? 心配するなって? そんなこと言ってもなあ。連絡はとれないし、状況は分からないし、どうしたらいいんだ?〉
「ニャン。」
スコッチが何かを提案するように一声鳴いた。
〈見に行けばいい、って言ってもなあ。一体誰が…… そうか、〉
〈そうじゃ、話は聞いておったぞ。〉
格納庫から通信が入った。
〈グレイか……〉
〈こんなこともあろうかとすでに戦闘用装備を用意してある。儂に任せておけ。〉
〈しかし……〉
〈何を言っとる。お前に心配されるほど儂は落ちぶれてはおらんぞ。〉
「ニャーオ。」
〈ほら、スコッチも大丈夫だと言うとる。〉
〈……分かりましたよ。それでは博士達とタイガーを捜してきて下さい。
後部ハッチオープン。発進願います。〉
〈よっしゃ、グレイエレファント発進!〉
グリフォンの後ろからトレーラーが出て行く。そしていちばん最初にタイガーが通った隔壁をぬけていくと、奥へと進んで行った。
〈ミイラ取りがミイラにならなければいいが……〉
そんな呟きを無視するように鳴くと、スコッチはリーナのシートで丸くなりキュッと眼を閉じた。真空に近い中、タイガーはゴミ缶ロボット(ジェラードが命名)の追撃を振り切るよう努力していたが、機動性は向こうの方が上であった。徐々に間をつめられる。タイガーの最も装甲の弱い部分、キャタピラーを狙ってアークトーチの光が不気味に迫る。
〈このままじゃダメだ! 博士、反撃しましょう。〉
「無茶言うな。脱出するためにはタイガーキャノンは一発も無駄にできない。あと四発しかないんだぞ。」
〈わかってますが、だからってこのまま逃げているだけじゃあいつかはやられてしまう。それに逃げまわるのは俺のプライドが許さねえ。〉
懇願するようにタイガーが叫んだ。その間にもロボットは近づいてる。
「俺もタイガーの意見に賛成だ。俺も敵に背を向けるのは趣味じゃねえ。」
「……ならさっさと片づけろ。」
ふてくされたように呟くと、ジェラードはリーナの方にすがるような視線を向ける。
「しょうがありませんわ。私達は戦闘に関しては素人なんですから。」
「ふーん…… それじゃあ、玄人の腕とやらを見せてもらおうか。」
「おう、まかせておけ! しっかりつかまっていろよ。ヒューイ! 一八〇度ターンだ。」
「OK。」
ブレーキをかけキャタピラーを一度ロックさせてから左右の回転方向を逆にして一気にアクセルを踏み込む。床を激しく削りながらタイガーが真後ろを向く。
突然のことに敵ロボットの動きに一瞬の乱れが生じる。それを逃すようなカイルではない。
「喰らえ、タイガーキャノン!」
高速で発射された砲弾が先頭の一体を捉えた。そいつを木っ端微塵に吹き飛ばすとまた辺りに爆風とそれにともなう衝撃波をまき散らした。しかし今度はそれに巻き込まれた奴はいなかった。無傷の二体が左右に分かれた。
「タイガー、このタイガークラッシャーってなんだ?」
〈そいつは俺の体当たり用の大型攻撃アーマーだ。前を大きく覆うんでちょいと前が見えづらくなりますがね。〉
「よし、じゃあタイガークラッシャー用意。ヒューイ、右にターンしてくれ。」
〈了解。〉
「よしきた。」
タイガーの底部から折り畳まれた金属板があらわれるとそれが巨大なバンパーのように前部に装着される。くさび型に張りだした部分があり、そこに体当たりしたときの突進力が集中するように設計されていて状況によっては最強の武器にして防具となる。
さっき、タイガーの言った通り、前方に向けられたセンサーのほとんどが覆い隠されて使いものにならなくなり、射撃武装も前には使用できなくなっている。
クラッシャーの展開にあわせてヒューイがタイガーを右にターンさせる。おそらくすぐ前にゴミ缶ロボットがいるのだろう。そして真後ろにも。
「よし…… ヒューイ、リバースだ!」
カイルがモニターのいくつかに目を向けると早口で言った。
「なに?」
「いいから早く! フルパワーだ。」
「お、おう。」
再びギアをリバースにいれ床に悲鳴を上げさせながらタイガーは後退した。
通路と言うだけあってあまり幅は広いわけではない。そんなところで全速で後ろに下がった日には壁との激突が待っているだけである。
グシャ。
一秒もたたずにタイガーは壁に後ろからぶち当たった。ただ、壁面との間に例のロボットが挟まれるように潰れるというおまけ付きではあったが。その内部の燃料電池が小爆発を起こすと青白い火花を散らせ、それは機能を停止した。
「あとひとーつ。」
〈あちっ。〉
タイガーの三面図を表示しているディスプレイにレッドサインが光る。後部と左のキャタピラーである。急いで回避運動をとる。
〈後ろのシャフトと左足の一部が灼かれましたぜ。これによって移動力一三%ダウン。全体のパワーが一七%ダウン。ちょっとこいつはいてーなぁ。〉
残りの一体を倒そうとするが、このわずかの移動力の低下がひびいて状況は一層悪化した。狙いをつけようにも相手は一撃離脱を図りながら攻撃してくるのでなかなか射線に入ってこない。
〈いてっ!〉
ヒューイは必死にかわそうと努力するがじわじわとレッドサインの範囲が広がっていく。
「くそー、避けきれねえ!」
「なんとかしろー!」
悲鳴のような声がタイガーの中で響く。
〈やられた!〉
ついに過度の攻撃によって左のキャタピラーがはじけるように吹き飛んだ。生き物のように金属のベルト(正確には覆帯と覆板というのだが)がうごめき、そしてぴくりとも動かなくなった。転輪がむなしく空転する。
〈このままじゃなぶり殺しだ。博士、どうすりゃいいんですか!〉
「…………」
「ジェラード!」
〈博士!〉
「……ハッチを開けろ。」
表情を引き締めてジェラードがゆっくりと口を開く。白衣の裾をはね上げてさっきスタンブレードと呼んでいたバトン状のものを取り出す。
〈博士…… まさか……〉
「ヒューイやカイルはともかく、リーナだけでも無事に帰さないとな。」
こんな時でも減らず口は忘れない。
〈しかし……〉
こう言っている間にも超高温のアークがタイガーの外装を灼いている。
「時間がない。それとも第二級命令(セカンドクラスコマンド)とでも言おうか? 早くしろ。」
その第二級命令というのが何を意味しているかは分からないがタイガーはその言葉に服従しなければならないということが何となく理解できた。
ジェラードが立ち上がって天井のハッチに手をかける。もう引き留めるのは不可能だろう。
「ちゃんと戻ってこいよ。」
「真空なんて気合いさえ入れれば大丈夫だ。」
「お前と一緒にするな。」
ヒューイとカイルがジェラードの背中に声をかける。
「博士…… 行かないで下さい……」
〈そう……ですぜ……〉
「安心せい。私は意外と丈夫にできているって。ほら、さっさと開けろ。」
悲哀のこもった声と苦痛の混じった声を背にうけジェラードは珍しく決死の覚悟を決めた。〈鼠型地雷(ラットマイン)発射じゃ!〉
妨害電波の影響でずうっとノイズが流れていた通信機からそんな声が聞こえてきた。
いくつかがブラックアウトしたモニターの片隅に楕円形のものが高速で走っているのが見えた。それらがタイガーの方へと接近してくる。
その接近に気づいたのはゴミ缶ロボットもであった。それに反応して回避しようとするがその動きはラットマインに比べ非常に遅かった。合計三つのラットマインが命中し、爆発。爆発がおさまった後にはタイガーが苦戦していたロボットが物言わぬかたまりとなっていただけであった。
「助かったのか……?」
後部モニターにうつる爆発の光がおさまるのを確認してヒューイが呟く。声に力がない。
〈ほっほっほっ。やはり真打ちは最後に登場じゃのう。〉
爺さんのような声とともに大型のトレーラーが後ろから現れる。
〈まったく、お主も腕が落ちたのう。そんな奴らごときに遅れをとるとは。〉
〈うるせえ。俺だってなあ、弾薬に余裕があったらあいつらなんてすぐだったのによお。博士がケチるから。〉
「おい。」
「いいじゃありませんか。せっかく助かったんですから。」
リーナにそうわりと言われてジェラードは思いついた文句の言葉を飲みこまざろうえなくなった。
「しょうがない。さっさと戻りますか…… タイガー、動けそうか?」
〈そいつは無理な注文ですぜ、博士。左のキャタピラーが完全にいかれてますからね。〉
「むう……」
〈それじゃあ、儂が牽引していくしかないようじゃのお。〉
「お手柔らかに頼むよ。」
不安げにヒューイが言った。
グリフォンに戻るまでどれだけ揺れたかは推して知るべしというやつである。まあ、並の揺れでないことは確かであった。