オリジナルブレイブサーガSS
「わびさび」

 

 カポン…… カポン……
「ラストガーディアン」艦内大浴場。
 ……はっ! もしやこの湯煙の向こうには桃源郷の如くの光景が……
〈残念ながらそれはございません。〉
「カイザー、誰に向かって話している?」
〈あ、いえ。何故かそのような気がしたものでして……〉
 残念ながら男湯。
 見てもしょうがない物(一部除く?)の片隅である意味異様な光景があった。
 お湯に浸かる鋼の騎士とドラゴン。
 しかも、お湯はこぽこぽ沸騰しているが、二人(?)は意にも介さない。
「なるほど、これが風呂というものか。」
〈左様です。しかし私にはちとぬるいやも知れませんな。〉
 当然だ。
「しかし、身を清めるのは大事なことだ。」
〈然り。自分では気付かないこととはいえ、失念しておりました。〉
 ちなみにもう少し時間を巻き戻せば、全身泡だらけにして身体を洗っていた二人が見られたことだろう。
「……そろそろ上がるとするか。」
〈ですな。女性を待たせるような事になってもよろしくないので。〉
 頭に乗せた手ぬぐいを掴むと、ロードとカイザードラゴンが立ち上がった。
 ザバリと熱湯をかきわけて浴槽を出ると、前(?)を手ぬぐいで隠しながら脱衣所に向かう。

「……っと、これを着ればいいんだな。」
 風呂に入る前にフェアリスに渡された物。
「浴衣、か……」
 さすがに日本文化に造詣の深いロード。すぐに見当がつく。
 目の覚めるような群青の浴衣。それは地の色と相まって颯爽としたイメージを見せるだろう。
 さっそく腕を通してみる。ちょっと縫い目が雑な部分もあるが、2mを超えるロードの体躯に合わせて誂えたのだろう。動きに不自由も無く着心地は悪くない。
 一つだけ問題があるとするならば、ローディアンソードをはくことができないことだが、それはしかたあるまい。
〈むむ……
 申し訳ございません。やはり一人では着られないようです。〉
 変形しそうな勢いでこんがらがっているカイザードラゴン。とはいえ、今着ようとしている「浴衣」は美咲の手作りだ。ロードの着ているフェアリスの手作りのものと同様に手荒には扱えない。
 ……元より人型から大きく離れたカイザードラゴンに浴衣、というのも変な話だが、それなりの形になっている。舞台裏を見れば、謙治が可動範囲などを綿密に計算し型紙を作り、それを美咲がせっせと作り上げたのだ。
「着付け」という程でもないが、程なくして浴衣が整う。赤い帯に白地に柄の入った浴衣だ。
〈いや、さすがにお似合いですな。〉
「カイザーも決まっているぞ。」
 ……ただ、「赤いプチドラゴンがガオガオいってる」柄の生地を何処で見つけてきたのか、という疑問だけは残ったが。

 パシッ! ……パシッ!
 小気味良い音が響く。
 縁側のそばに設えた縁台でロードとカイザードラゴンが将棋を指していた。
 そばには豚の蚊取り線香入れが煙を一筋棚引かせている。
 まさに古来ゆかしき「夕涼み」の姿である。
〈一つ一つをとってみれば大したこと無いようなものでございますが、こう色々揃いますと何とも不思議な感覚がいたしますな。〉
「そうだろう。私もこのようは雰囲気は好きでな。」
 ちなみに、80度を超えていた体表温度もそろそろ平温に下がってきている。
「お待たせいたしました……」
 と、柔らかな女性の声に振り返った二人が、刹那言葉を失う。
 彼らと同じく風呂上がりで頬を僅かに上気させた金髪金眼の少女――メイアが立っていた。
 白地に藍の朝顔があでやかに咲いた浴衣姿は騎士と竜から言葉を奪うに十分すぎるほどだった。
「おお、似合ってるな。」
〈このような場合、自分の語彙の無さに恥じ入ってしまいます。
 さりとて、真に美しいものを表すには沈黙が一番なのかも知れませぬな。〉
「まぁ……」
 ポッ、と頬を赤らめ、持っていた団扇で口元を隠すメイア。
「お二方ともお上手で……」
「いやいや、騎士の名にかけて女性にお世辞を言うことなど無いと誓おう。」
〈左様、我らはかような下心を持ち合わせておらぬ故、思ったことは素直に口に出す性分でございます。〉
「そのような言葉は、あなた方の大切な方のために取って置いて下さいな。」
 ニッコリ笑ったメイアにロードとカイザードラゴンが思わず顔を見合わせる。
「いやいや、参ったな。」
〈これは一本取られましたな。〉
 すると、メイアが手に持っていたお盆に気付く。その上には切った西瓜が並べてあった。
「今朝方頂いたもので、冷やしてあります。
 ……あ、カイザードラゴンさんは……」
 食べられませんでしね、と言いかけたところを、やんわりと押しとどめた。
〈いや、最近知ったことなのですが、この姿も「戦いたい」という気持ちが生み出した物です。
 ですから「食べたい」「味わいたい」と強く願うことによって、味覚認識システムが出来るかもしれない、とのことで。
 積極的に食事に挑戦しようかと思っております次第であります。〉
 と、一つ西瓜を手にしてしばし。
「どうした?」
〈……はぁ、お恥ずかしい話で、私、西瓜を食べたことございませんで……
 何処を食べる物なのでしょうか?〉

「あ、そろそろ花火が打ち上がるそうですよ。」
 無事(?)に西瓜も食べられ、夕涼みに戻る三人。
 パタパタと扇ぐ音に虫の音が重なる。
 と、不意に空に一筋光が舞い上がった。次の瞬間、空に大輪の花が咲く。
『…………』
 一瞬遅れて、ドンという音が響く。
 次々続く光の共演に言葉もなく見入る三人。
 ……そして始まったと同じように唐突に宴は終焉を迎えた。
〈素晴らしい……
 しかし、光の芸術の美しさもそうですが、何かこう…… 消える姿に何か心に染み入る物があります。〉
「それこそ『雅』とか『侘び寂び』と呼ばれるものなのだろう。散り際の潔さ、みたいなものだな。
 日本文化の奥底に流れる物の一つだな。」
「そうですね。確かに花火は綺麗ですが、ずっと空を飾っていたら興ざめのような気がします。」
〈私、しばし余韻を味わいたくございます……〉
 しばし空を眺める三人であった。

「あ〜っ! ここにいた♪」
 フェアリスの手を引いて美咲がやってきた。
〈おや、美咲様。〉
「フェアリスも一緒か。」
 あちこち引っ張り回されたのか、胸を押さえて息を整えているフェアリス。
 どうにか落ちついたフェアリスがニッコリ微笑んでロードの前でクルリと一回転した。
「どう? 似合う……?」
 ロードの群青に合わせたのか、淡い青の浴衣がともすれば儚げな雰囲気を持つフェアリスを飾っていた。
「ああ、その……」
 メイアの見つめる視線を感じたのか、言葉を選ざろうえないロード。
 二種類の期待の目に内心たじろぎつつも、どうにか口を開く。
「……私は君の騎士でいられることを、今心の底から感謝しているよ。」
「…………」
 その言葉にサッと顔を伏せるフェアリスだが、うなじまで赤くなっているのまでは隠すことが出来ない。
「よかったね、フェアリスちゃん。
 ……で、ボクはどう?」
 フェアリスよりも回転速度が速い一回転。
 純白の浴衣を黒の帯が締めている。幼い表情には似合わないかな? と思わせながらも良く似合っていた。
〈そうですな……
 隼人様は如何仰ってましたか?〉
「隼人くん? う〜ん、なんかプイ、と横向いて『まぁ、いいんじゃないか』って言ってたけど……
 似合ってないのかなぁ?」
 ちょっと悲しげな表情を浮かべる美咲だが、ロードとメイアは不器用な少年のことを思いだしてクスリと笑みを浮かべる。
〈きっと照れておられたのですな。
 今度は二人きりの時にもう一度聞かれてはいかがでしょうか? きっと違う答えが返ってきますぞ。〉
「そっか。うん、後でもう一回聞いてみるね。
 ……でさ、さっきこれ貰ったんだ。一緒にやらない?」
 と、ゴソゴソと袖の中から何かをとりだした。
〈……紙縒(こより)ですか?〉
「いや、これは……」
 指先に火を熾し、その紙縒状の一端に火をつける。
 程なく小さな火球が生まれ、さらに小さな火花が散り始める。
「線香花火、というものだ。」
 パチパチと爆ぜる音。さっきの大輪の花火と比べ物にはならないが……
「綺麗ですね……」
 線香花火を初めて見たメイアとカイザードラゴンが小さく感嘆の声を漏らす。
  そして皆が見守る中、火花が小さくなり、ついには火の玉がポトンと落ちた。
〈……美咲様。私にも一本いただけますか?〉
「あ、うん。はいどうぞ。」
 カイザードラゴンが切り出したのを筆頭に、次々と火が灯される。
 パチパチと火が爆ぜる音だけが響く。
〈私…… 長い時を過ごしていた、と思っておりましたが、まだまだ知らぬ事ばかりでございます。〉
「私も…… 遥か未来から来て、この時代のことはいろいろと分かっているつもりでしたが…… 自分の目で見ないと『知った』ことにならないのですね。」
 遙かな過去から、そして未来から来た二人が感慨深げに呟く。
「う〜ん、ボクにはそういうことよく分からないけど…… だから楽しいんじゃないかな?」
 現在の代表、というわけでもないのだろうが、美咲が言う。
「戦いは大変だし、辛いし…… でもやっぱり毎日楽しいと思うよ。みんなはそうじゃない?」
 美咲の言葉にフェアリスがコクンと頷く。
「わたし…… こちらの世界に来て、両手では抱えきれないほどの友達ができました。
 美咲さんの言うとおり、戦いは大変ですけど…… それ以上に楽しいことがいっぱいあります。」
「……そう。そして私達はそれを護るためにここにいるのだ。」
 鋼の騎士の「誓い」に皆が無言で頷く。
〈願わくば……〉
 見上げるとそこには満月。そして一陣のそよ風が髪を揺らす。
〈この「風流」をいつでも楽しめると良いですな。〉
「そうですね……」
 鋼の竜と美貌のアンドロイドがそう呟いた。