オリジナルブレイブサーガSS
連作SS「レミィ研究室調査レポート」
ケース1:大神隼人の場合

 

 PM2:00
 万能戦艦「ラストガーディアン」内のリクレーションルーム。
 大小のソファにテーブル。一角には50インチのプロジェクターに様々な音響機器等が置いてある広いフロアである。
 歓談や簡単なお茶会・食事会や、単純にくつろぐための場として解放されている。緊急時にはブリーフィングルームや仮眠室等に使われることもある。
 そんな昼下がりの一コマ。
 昼食にはやや遅いし、3時のおやつにもやや早い中途半端な時間帯。
 待機シフト明けの大神隼人(おおがみはやと)は欠伸をかみ殺しながら何気なくこの場所に足を踏み入れていた。
「誰も……」
 いないのか、と呟きそうになって、ソファの背の向こうに頭が見え隠れしているのに気付く。
「……?」
「あ、隼人くん!」
 ソファの背の向こうからひょっこりと見慣れた顔が現れた。
「なんだ、た……」
 思いがけない相手――同じドリームナイツの橘美咲(たちばなみさき)に声をかけられて、反射的に相手を普段通り苗字で呼ぼうとして寸前で飲み込む。
 いつもニコニコ笑顔を浮かべている美咲だが、知っている限りたった一つだけ機嫌の悪くなることがあった。
 自分の「気」のアンテナには何も引っかからないのだが、それでも万が一の事を考えて周囲を見回す。
 誰もいない。どうやらこのリクレーションルームには自分と美咲の二人しかいないようだ。
「美咲、か。」
 この少女が不機嫌になること。それはこの少年と二人きりの時に自分のことを名前で呼んでくれないことだったりする。別に他人がどうだろうが気にしない隼人ではあるのだが、この少女相手ではどうも調子が狂う。二人を知る人は「惚れた弱み」だと称してるが、そんなことを本人の前で言った日には……
 まぁ、それはさておき。
「うん♪」
 美咲は美咲で、苗字じゃなく名前で呼ばれただけで満面の笑みを浮かべて喜ぶ。これなら普段から……とも思うのだが、隼人は隼人で複雑な心境で人前では苗字呼びに留まっている。
 と、振り返った美咲の手にある物が握られているのに気付いた。
「……それ、使い終わったのか?」
「ん? あ、これ?
 うん、ちょうど今終わったところ。隼人くんも使う?」
「ああ、ちょっと貸してくれ。」
 耳に小指を突っ込みながら美咲の方に歩いていく。
「あ、そうだ。隼人くん、やってあげるよ。」
「は?」
「だから、やってあげるよ“耳掃除”」

「い、いや、ちょっと待て。俺一人でも出来る。」
「いいからいいから。」
 ソファの端に座って、ポンポンと自分の膝を叩く。
 普通、誰かが誰かの耳掃除をするには膝枕が必需品である。それをしないのは耳鼻科の先生くらいであろう。自分がそうされてる光景を一瞬想像して、隼人の中の非常ベルが盛大に鳴り響く。
「いや、だからな……」
「ダメ、かなぁ?」
 意識してないのだろうが、美咲は僅かに俯き加減になり窺うような上目遣いで隼人を見る。
(ぐっ……)
 この時点で隼人は頭の何処かで「負け」を感じていた。きっと更に断るような素振りを見せたら必殺の「雨に濡れた子犬の目」攻撃で一撃KOは免れない。
 無論のこと隼人も年頃の健全な男子である。同じ年頃の、しかも美少女かつ、周囲から噂されてるくらいの「友達以上、恋人未満」の美咲の膝枕に興味がないとは嘘になる。
 これでもう少し性格が軽ければ甘受できるのだろうが、男女関係では堅い隼人は毎度毎度“無防備”な美咲の振る舞いに振り回されることになる。
「じゃあ、頼む……」
 苦悩混じりの声で応えると、これまたパッと美咲の表情が明るくなるので逆らい難いものがある。
「はい。」
 ポンポンと自分の膝を叩く美咲の反対側に座り、そのまま少女の膝に倒れ込む。
「……!」
 失念していたわけじゃないが、少女の普段着はショートパンツである。ソックスも膝下なので、太股のあたりは素肌そのものである。
 その滑らかな肌の感触と温もりが顔に当たって隼人は思わず身を固くした。
「大丈夫大丈夫、痛くしないから。」
 隼人の緊張の理由を見事に勘違いしている美咲。
「あ〜 ほら、動いちゃダメだって。」
 グイ、と上から覆い被さるように隼人を押さえつける。そうなると肩のあたりに柔らかい感触や、触れる程近づいてきた顔とか、少女の香りとか色々な物が少年の鼓動を速くする。
「……!」
 自分でも顔が熱くなるのが分かるが、幸か不幸か美咲はそういう隼人の“異変”に気付くことはまずない。その“無邪気さ”にいつも隼人は悩まされている。
 ……ある意味、贅沢な悩みではあるが。
 意識しすぎだ、と自分に言い聞かせ、なすがままにされる。
 まぁ、色々気になる事はあるのだが、実際に耳掻きが投入されるとジッとせざろうえない。
(お……)
 気持ちいいのだ。
 耳の中を掻く感触。膝枕から伝わってくる温もり。美咲が機嫌良く奏でる鼻歌。
 それらが渾然一体となって隼人を包み込む。
(こういうのも…… 悪くないな。)
 決して口には出さないが、半ば夢うつつで隼人は今の状況に浸っていた。

「も〜 隼人くん、凄いたくさんあったよ。ちゃんと掃除しなきゃダメだよ。」
 ちょっと責めるような美咲の口調も心地よい。
「こっちは終わったから反対ね。」
(あぁ、反対だな。)
 やはり思考能力が落ちていたのだろう。何も考えずに体を反転させて……
「……!」
 思わず体が動きそうになって、また美咲に押さえつけられる。
 こうやっぱり横向きの膝枕で反対向きになると、当然の事ながら正面方向に膝枕をしてくれる人が見えるわけで。
 そして膝の上に頭があるわけだから、目の前に見えるのはこの場合美咲のショートパンツになるわけで。視線をずらせばずらすなりに服越しとはいえ少女の身体が間近であり、多感で純情なのをクールさで隠している隼人にとっては目に毒であって……
(無心、無心だ……)
 これまた少年の贅沢な苦悩を少女は気付く余地もなく、鼻歌混じりで耳掃除を再開する。
 緊急回避的に目を閉じ、視界から浸食してくる煩悩をシャットダウン。
(あ、そういえば俺シフト明けだったな……)
 目を閉じる+シフト明けに柔らかい膝枕+子守歌のような鼻歌と連続コンボを喰らえば、さすがの隼人も、いや隼人だからこそノックダウンは間近であった。

「あれ……?」
 反対側の耳掃除も終わった美咲なのだが、膝の上の隼人が眠っていることに気付いた。
 いつも張りつめたような雰囲気の隼人なのだが、全くの無防備な寝顔を見せているのに思わず笑みがこぼれる。
「かわいい♪」
 本人が聞いたら全力で否定するような事を呟くと、そっと隼人の髪をなでる。
 しばらくそうやっていると、日差しの暖かさと、膝の上の心地よい重みと、そして同様にシフト明けだったことが美咲を安らかな眠りに誘っていた。


 椅子に座ったシルエットが見える。スポットライトが当たると同時に、椅子が回転し人影の正体が明らかになる。ポニーテールがふわりと揺れ、丸眼鏡がキラリと光る。
「いかがでしたか? 誰にも心を開かないあの一匹狼にも安らかな眠りを与える恐るべき兵器の威力は。」
 彼女の手の中で竹製の「器具」が妖しく光る。
「さて、」
 彼女――ウェイトレス姿のレミィ・ランバートがそのブツを着ていたエプロンのポケットにしまうと足を組み替える。
「彼らがこの後どうなったか。きっと気になる方々もいることでしょう。
 私から多く語ることはしませんが、一言だけ言うのなら『お約束』というところでしょうか?
 賢明な皆様なら、きっとご理解いただけるかと思います。」
 立ち上がるレミィ。
「それでは次のケースをご覧にいれましょう。」
 暗転。