オリジナルブレイブサーガSS
「プールにおけるエトセトラ」
(4コマ:阿波田閣下氏)

 

 

 万能戦艦「ラストガーディアン」の中には発電時の廃熱を利用した温水プールがある。
 浄水機能も万全で、いつでも誰でも利用することができる(無論「ラストガーディアン」関係者だけではあるが)。
 また、それでも余剰の熱があるので、このプールの区画は気温を高めに設定してあり、更に熱帯系の植物が周囲に配置されていて、さらには砂浜まであってトロピカルムードを満喫できたりする。
 太陽灯が時間の経過に合わせて設定されてあり、その気になれば肌を焼くことも可能である。
 老若男女問わず人気のスポットである。

 

 ――AM10:00

「うわぁ……」
 感嘆の声を皮切りにドリームナイツの面々――四人+一台(?)が入ってくる。
「凄いね! 隼人くん!」
「……だからって俺にしがみつくな。」
 照れと困惑と諦めのミックスされた表情で大神隼人(おおがみ はやと)は腕にしがみつく少女――橘美咲(たちばな みさき)を見下ろす。
 相手が女の子というのと、様々な心情的な理由で強く振り払うこともできず、先ほどから腕に触れる柔らかな感触を甘受したい反面、理性は離れたがっている。そして美咲自身はそういう少年の葛藤に全く気づいていないのが事態をややこしくしている。
 まぁ、美咲も無意識なのか隼人相手にしかこういう所行をしないので、そういう意味での心配が全くないのが(不本意ながら)隼人としては安心であったりする。
「……まったくお約束ね。」
「ええ……」
 一歩離れていた神楽崎麗華(かぐらざき れいか)と田島謙治(たじま けんじ)はいつものやりとりに、小さくため息をついた。

 プールに来て普通の服、ということはない。美咲は人がいないところに目星をつけ、上に羽織っていたTシャツを後ろ手でビーチチェアに放り投げると、白のセパレートに包まれた肢体が派手に水しぶきを上げた。
 歓声を上げながら、人魚もかくや、どころか魚雷並の速度で泳ぐ美咲の姿に思わず笑みが浮かぶ。隼人も後を追うように上に着ていたTシャツを脱ぐとプールに飛び込んだ。見ないで投げたTシャツ同士が寄り添うように背もたれにかかっていたのが、なんとなく二人の関係を示すようで微笑ましい。
 二人が競うように泳ぎまくるのを見て、麗華は少し疲れたようにプールサイドのチェアに横たわる。
「なんか…… 無理に泳がなくてもあの二人がその分泳いでくれそうね。」
「そうかもしれません。」
 謙治も苦笑しながら麗華の近くのチェアに腰を下ろす。
「……結構暑いわね。」
 と、麗華がサマージャケットを脱いでチェアの背にかけ、「日差し」よけのサングラスをかける。その下からは赤を基調とした花をあしらった柄のビキニ。美咲と違って(苦笑)のナイスバディ(死語気味)に健全な男子の謙治はボッ、と顔が赤くなって視線を逸らす。
「あら? どうしたの謙治?」
 サングラスをずらして、さも分からないような顔でそう聞く。口元に笑みを浮かべているので、分かっていないはずがない。
「で、悪いけど…… 何か飲み物持ってきてくれないかしら?」
 極上の笑みを浮かべての「お願い」を謙治が断れるはずもない。ここの雰囲気に合わせて「それ系」の飲み物があるのを思い出して、ヒタヒタと取りに行く。
「……なんか悪いことしちゃったわね。」
〈まぁ、麗華様の魅力には逆らえない、ということですな。ん……?〉
 不意にカイザードラゴンが言葉を切った。
〈ちょっと席を外してよろしいでしょうか?〉
「まぁ、いいけど……」
 麗華にとってすれば、別に自分に許可を取らなくてもいいんじゃないか? とも思うのだが、それはそれ。飽くまでも麗華に「仕えている」カイザードラゴンとしてはそうもいかないのだ。
 彼女の了承の言葉が出たので、カチョンカチョンと爪を鳴らしながら歩き去っていくのが見える。
「……ふぅ。」
 ちょっと手持ちぶたさ。今のところさして泳ぐ気もなし、話す相手もなし。
 寝る気も無ければ、肌を焼く気も無し。さてどうしたものやら。
「そこのお嬢さん! ……と、これは麗しの麗華ちゃんじゃない〜」
 軽薄そうな声が声が聞こえてきたので、爽やかに無視する。
 足音と共に、隣の――さっきまで謙治が腰掛けていた――チェアにギシリと体重の乗った音がする。
 なんか嫌な感じがした。
「なになに? 今一人?」
 ここぞとばかりに声の主の西山音彦(にしやま おとひこ)の(自称)自慢のマシンガントークが炸裂する。
「みんな見る目ないなぁ。こんな可愛い子ちゃんを一人にするなんて。
 そんなら俺と一緒に泳がへん? こう見えても大地よりも泳ぐのうまいんやで。」
 ……無視。その反面、さっさと謙治かカイザードラゴンが来るのを期待している自分に気付いて内心舌打ち。
「な? ええやろ? なぁ?」
 もう一押しと言わんばかりに麗華の手を掴んで起こそうとする。が、
 ピタリと音彦の動きが止まった。
「やぁ、こんにちは。西山君。」
 顔は笑っているが、メガネの奥の目は笑っていない謙治が音彦の背後に立っていた。
 左手にはいわゆるトロピカルドリンク。もう片手は音彦の後頭部に当てられて見えない。
「な、なんかち〜とシャレにならへん状況やないか?」
「おや、そうですか?」
 何が怖いのか、麗華から手を離すと、ゆっくりと両手を上げる。
「ちなみに何が当たってるん?」
「PIETRO社製のBERETTA M92Fです。かの『ダイ・ハード』の映画の中にも登場した有名な銃です。僕は右利きなので、ブルース・ウィリスの銃とは若干違いますがね。」
「な、なんでそんなもんがあるねん?」
 至極もっともな問いに謙治は爽やかに答える。
「僕たちドリームナイツはドリームリアライザーを通して、ブレイカーマシンを初めとする様々な物品を実体化できるのですよ。
 僕は銃が趣味なので、幾つかデータを作ってまして……
 ちなみに十二分に練習しておりますので、腕前の方は大丈夫ですよ。」
 何がどう大丈夫か音彦に聞く好奇心も勇気も無かった。
〈まま、謙治様。ここは私の顔を立てて、音彦様をお許し願えませんか?〉
 これまた背後にカイザードラゴンが立っていた。
「お、カイザードラゴン! ええこと言うやないか!」
 取りなすようなカイザードラゴンの言葉に、音彦の表情が明るくなる。
 ガシッ。
 しかし、冷たい鋼の感触が音彦を捕らえた。
〈折角ですから、私と一緒に泳がれませんか?〉
 謙治と音彦の間に割り込んだカイザードラゴンが音彦を羽交い締めにしていた。そのままズルズルと引きずっていく。
「き、気のせいかも知れへんけど、なんか嫌な予感するんやけどな?」
〈いえいえ、滅相もございません。〉
「つーかここ、ダイビング用の25mプールやないか!」
〈ええ、そうでございます。〉
「待てぃ! わいは普通の人間や! つーか、お前沈むんちゃうか?」
〈左様ですが?〉
「こら! 思いっきり肯定するんやない! 待て、離せ〜 わいが悪かったから〜
 ちゅーか、わいの出番これだけ〜!? 訴えて……」
 最後の言葉は水音と共に消えた。
「……賑やかね。」
「ええ。」
「いいからそれ消しなさい。」
「あ、はい……」
 軽く手を振ると、手の中の金属のかたまりが虚空に消える。
 そして改めて麗華の隣に腰掛けると、トロピカルドリンクを置く。
「自分の分は持ってこなかったの?」
「あ…… 神楽崎さんの分しか考えてませんでした。」
「まったく…… 仕方ないわ。少しくらいなら飲んでもいいわよ。」
「すみません、ってストロー一本しかありませんが?」
「えっ?!」
 考えればすぐに分かることだった。麗華の為に買ってきた物にわざわざストロー二本つけてくるような真似はしないだろう。少なくとも謙治では。
(ちょ、ちょっと待って。まるで私がそういうことを望んでいるみたいじゃないの!)
 激しい動揺をどうにか顔に出さないでこの場を乗り切る言葉を探していると、ポン、と謙治が手を打った。
「よく考えれば簡単でしたね。」
 と同時に指先にストローが一本現れる。
「じゃあ、お言葉に甘えて少しいただきますね。」
 ストローをドリンクに刺して飲む謙治。麗華が呆然としている間に、謙治の手からストローが消える。例えデータに無い物でも、ごくごく簡単な物なら実体化できる。つまりはそういうわけだ。
「いや、ちょっと喉が乾いてまして。」
「…………」
「神楽崎さん?」
「…………」


「あのぉ……」「…………バカ。」

 ホッとしたはずの麗華なのだが、何故か口からそんな言葉がついて出る。
 ……乙女心のなんて微妙なことよ。

「うちの音彦見なかった?」
 迷彩柄のパンツをはいた道原大地(みちはら だいち)と異世界の王女セレナだ。セレナは淡緑色のワンピースを着て、それにパレオと薄い上着と重装備である。それでも麗華と謙治の二人――特に少年の――の視線が向けられると恥ずかしがるように大地の陰に隠れる。
「西山君よね。」
「そうですね。」
 お互い顔を見合わせてから、麗華と謙治の視線が隅の方にあるダイビング用のプールに向く。
「泳ぎに行きましたわ。」
「泳いでます。」
 やや強張った口調の二人に大地とセレナが首を傾げる。
 聞きたいことはあるのだろうが、二人の雰囲気に何も尋ねることが出来ずに、腕をとったような格好のまま隅のプールに向かう大地とセレナ。
 ――うわ、音彦!
 ――音彦様、しっかりなさってください!
 遠くからそんな声が聞こえたような気がした。
 麗華と謙治は聞こえなかったことにした。

「きゃっ、」
 プールの中央付近で小さな悲鳴が上がった。
 空山リオーネ(そらやま リオーネ)は運動能力は高いくせに浮き輪無しでは泳げない、という単純かつ重大な欠点を克服するために「地獄の特訓」を受けていた。
 とはいえ、妹であるほのかと、恋人の秋沢飛鳥(あきざわ あすか)とその弟の雫(しずく)にしごかれているだけなのだが。更にいえば、ほのかとその恋人である雫は近くで遊んでいるだけで、実質上は飛鳥一人で「特訓」を行っていることになる。
 基本通り、というか手を引かれてのバタ足をやっている最中に手を離してみた飛鳥。そうするといきなり手を離されてパニックになったリオーネが沈みながら大暴れしてしまい、つけていた青のビキニの上が外れてしまったのだ。
 乙女のピンチに更にパニックになるリオーネ。これに飛鳥がすぐに対処できれば良かったのだが、弟と違って(笑)純情かつ手慣れていないので、恋人のピンチにもワタワタするだけだった。
「リオーネ!」
 色が緑なだけで後はリオーネと同じデザインの水着のほのかが妹の危機に人魚もかくやの動きでリオーネを水面まで引き上げる。
「あーちゃん、パス!」
 飛鳥の方に押し出されると、泳げないこともあって反射的に飛鳥にしがみつくリオーネ。
 これで溺れない上に胸元も隠すことができる。
「しーちゃんも!」
「おう。」
 ほのかに言われて、雫は二人の前に背中を向けて立ち、周囲に睨みをきかせる。雫にとっても大事な家族であるリオーネの裸身を人目に晒さないようにするためだ。
「ほのか。あの状態の兄貴ならもって10秒だ。」
「うん!」
 慌てて潜って流れてしまったリオーネの水着を探すほのか。しかしここのプールは浄水の為に一定の流れを作ってあり、思った以上に遠く流されているようだ。
 半裸のリオーネにしがみつかれている飛鳥の顔色が目まぐるしく変化する。
 ――start up

「あれ? どうしたの?」
 近くを泳いでいた美咲が、慌てているほのかを見つけて声をかける。
「あ、美咲さん! リオーネの水着が……」
 ちら、と固まっている3人を振り返ると、それだけでおおよその事情を察知する美咲。……自分の事には疎いクセに、こういうときの感は鋭かったり(ぼそ)
「おい、アレじゃないのか?」
 隣にいた隼人が遥か遠くの水面を漂っている青色の布きれを目ざとく見つける。
「隼人くん!」
「ん。」
 阿吽(あうん)の呼吸と言うべきか、隼人がバレーのレシーブのような体勢になると、美咲がその腕の上に乗り一気に跳躍。二人分の力を受けた小柄な身体が宙で一回転してから、額に入れて飾りたくなるような綺麗な着水を見せる。
 狙い違わずリオーネの水着の所にわずかな水柱を立てた美咲は、そのまま水面に上がらずに水の中を数秒で戻ってきた。
「はい。」
「ありがとうございます!」
 美咲から水着を受け取ったほのかが急いでリオーネの所に戻る。
 ――three
「ほら、リオーネ。」
「すみません、ほのか。」
 ――two
「あ、あれ?」
「ボクがやってあげるよ。」
 ――one
「あ、あの、飛鳥さん、あんまり見ないで……」
「無理無理。今の兄貴には何も見えてないって。」
「はい、オッケー。」
 ――time out
「あれ? 飛鳥さん……?」
 ――re-formation
 バタン。ブクブクブクブク……
「飛鳥さんっ!! ……きゃっ。」
 赤や青に顔を点滅させていた飛鳥。雫の予想通り、ピッタリ十秒後顔面蒼白となって沈んでいく。そしてそこにしがみついていたリオーネも引きずられて水中に。
 ちょっと溜息をつきながら、そして急いで二人を助けるべく雫とほのかも水中に入っていった。

アクセルフォームあーちゃん(笑)

 

 ――PM 2:00

「神である者、泳ぎの一つくらい出来ないでどうする!」
 雰囲気作りでは無いのだろうが、プールサイドで片手に竹刀を持って仁王立ちのオードこと笹山浩樹(ささやま ひろき)。その反対側の手では「ああ〜 “私の”聡ちゃんが〜」と泣きわめく妹のフェリアこと笹山椿(ささやま つばき)の首を掴んでいる。普段なら襟首をつかみたい所なのだが、場所が場所で椿もスカイブルーのワンピース姿なので、掴むところが無く首を握りしめている。
 ちなみに彼女が所有物扱いしている「聡」とは浩樹の弟であり、無論椿の(溺愛している)弟のゼイドこと笹山聡(ささやま さとる)のことである。
 その聡は恋人の織笠紗由璃(おりかさ さゆり)と二人で泳いでいるはずだ。
 そんなわけで、浩樹の前で必死にバタ足の練習をしているのはマジックバスターこと高岸和馬(たかぎしかずま)とガンナーバスターこと清水達也(しみず たつや)の二人(厳密に言えば二柱)であった。
 実のことをいえば、もう一人泳げない人物――和馬の兄でもあるソードバスターこと高岸瞬(たかぎししゅん)――もいるのだが、
「お、おい、手を離すなよ!」
「大丈夫ですよマスター。この手は絶対離しません!」
(それはそれで困るだろ。)
 浩樹は白い羽根の背中を見て小さく溜息。
 瞬の手をとっているのは背中に羽根が生えた少女である。その羽根のために背中の大きく開いた白のワンピースを着用している。彼女は瞬ことソードバスター専属の天使のライトニングピクシーことピクシー。そしてこのバスターチームの中で唯一泳げたりする。
『それでしたらマスターには私がお教えします!』
 と拳を握りしめて力説しているピクシーを止められる者は無かった。
 まぁ、そんなわけである。
 普段なら何も無いところでも転びそうなくらいそそっかしいピクシーなのだが、今日は珍しく何事もなく、更には普段と立場が逆で瞬をリードしている。
「向こうの方が楽そうだな。」
「かもしれませんね。」
「そこ! 口を動かしている暇があったら足を動かす!」
 椿の首を掴んだままの浩樹の怒号が響く。
「なぁ、オード。向こうみたいに、とは言わないけど、もうちょっとどうにかならないか?」
「……ラグナード教官に代わってもらうか?」
“鬼教官”としての名をこの「ラストガーディアン」に響かせているラグナードこと凪尾臣治(なぎお しんじ)の名前を出されて、和馬も達也もブルブル千切れんばかりに首を振る。
 いくら厳しいとはいえ、浩樹と臣治では牛丼と満漢全席ばりに違う。それこそ臣治なら重りをつけてプールに放り投げるくらいしかねない。
 所用で「ラストガーディアン」を離れていることを心の底から感謝して、二人は金槌克服のために努力するのであった。

「っ!」
「マスター?!」
 ばた足をしていた瞬。不意に足に違和感を感じた。瞬間足がつっただけなのだが、恐る恐る水に入っていた瞬にとって、それは恐怖以外の何物でも無かった。
 ガバッ。
「キャッ!!」
 目の前のピクシーに縋り付く瞬。顔をピクシーの胸に埋める格好になっているのだが、恐慌状態の瞬には気づく余裕も無い。無論、それで顔を赤らめる暇も無い。
「マ、マスターっ!!」
 怯えるように自分に縋り付く最愛のマスターに、困惑しながらも何か嬉しいピクシーであった。
「…………」
 と、それを見ていた浩樹。無言で手の竹刀を投げつける。
 ヒュン、ゴン。
 狙い違わず竹刀が瞬の頭に突き刺さり、見事撃沈。
「ほわ〜 マスター、しっかりして下さい〜」
「“私の”聡ちゃ〜ん!」
 聞こえてくる二つの声に、浩樹は顔をしかめていた。

 

 ――PM10:00

 この時間になると、さすがに人が少なくなり、いたとしても年齢層がそれなりに上がってくる。
「いっちに、いっちに……」
 青みのかかった黒髪のセミロングの美女が体操をしていた。彼女は相良円(さがら まどか)。昔は闇騎士サガと言われた恐るべき戦士だったのだが、一皮剥けば陽気なねーちゃんである。飾り気のない黒の水着に包まれた肢体はしなやかさを秘めながら優美な曲線も描いている。
 が、ツリ目気味なのがチャームポイントの瞳も何か異様な真剣さに彩られていて、全身から戦いに赴くときとは違う謎のオーラが溢れ出ていた。
「ぬ? そこにいるのは円殿か?」
 ぐしぐしと屈伸運動をしている円の背に涼やかな声がかけられた。
「あ、葛葉さん。」
 見かけは二十代後半にしか見えないが、実際はさんj(斬)
 ……あ〜 ともあれ、普段は「平安の姫君」を彷彿とさせる和装の麗人の観崎葛葉(かんざき くずは)であった。
 場所が場所なので、葛葉もそれなりの服装になっているのだが、
「…………」
 思わず言葉を失ってしまう円。
 黒のハイレグに身を包んだ葛葉が腰まであるまさに「緑の黒髪」をなびかせる。
 いつもの服装では分かりづらいのだが、あの着物姿の下にこんなボディラインが隠れていたとは……
 この艦ではやや不足気味(笑)の「大人の魅力」を遺憾なく見せつける葛葉に、女の円も思わず見とれてしまう。
「? 何かおかしいか?」
「あ、いえ、その…… 凄い水着ですね。」
 否応なくボディラインを強調する水着に、円はわずかばかりの敗北感を感じていた。
「うむ。前に律子殿に水着がないことを指摘されてな。
 前に買い物に出たときに見立てて貰ったのだよ。……やはり変か?
 和菜は困ったような顔をしておったが。」
 彼女の内気な姪の和菜(かずな)=フェアリス=ウィルボーンの名前を挙げる葛葉。さもありなん。
「変、と言いますか…… その、結構目に毒かと。」
 円にそう言われて、ポンと手を打つ。
「なるほど。つまりは円殿が私に欲情したのだな。」
しません。
 キッパリ言い放つ。
「冗談だ。本気にするでない。」
「…………」
「ところで円殿。えらく真剣な様子だったが、いかがしたか?」
「え? まぁ、その……」
 葛葉の問いに円は言葉を濁す。その様子を見て、ふむ、と葛葉は呟いた。
「若い娘が運動に精を出す。となると、答えは一つじゃな。」
「う……」
 葛葉の物言いに言葉を詰まらせる。
「艦には菓子作りが好きな者が多いからな。お主も大変であろう。」
 甘い物に目がない円としては「あ、円さん、一緒にお茶しませんか?」なんて年下の少女(たまに少年も)たちのお誘いは無下に断れない。強い精神力を発揮して誘惑を振り払いたくても、自分を慕うような目についつい負けてしまう。……手作りのお菓子が美味しいのも原因なのだが。
「あはははは…… ちょっと心配になっちゃいまして。」
 鍛錬も欠かしていないし、外見的にも変化はない。ただやはりそろそろ体重計が怖い。
「ふむ、そうじゃな。なら私と競ってみるか? きっと気合いが入るぞ。」
「あ、はい。お願いします。」
 競技にも使える50mプールの前で念入りに身体をほぐす二人。
 飛び込み台の上に立ち、弓を引くかの如くに身体に力を蓄え、一気に放つタイミングを待つ。
 予めセットしておいた計測用のタイマーが電子音を響かせると同時に、二つの肢体が水の中に飛び込んだ。フォームが綺麗なために、あまり水しぶきを上げず、それでいて並の水泳選手以上の速度で水を切っていく。今のところは一進一退。中盤からのペース配分が勝負の決め手になるのだろう。
 いや、
『!』
 いつの間にかに隣のレーンを泳いでいた「もの」に思わず驚き、体勢を崩しそうになる。
 それでもめげずに泳ぐ二人だが「それ」はアッという間に二人を追い抜き、尋常じゃない速度でゴールにたどり着いていた。
 葛葉と円の二人がどうにかゴールについた頃にはすでに水から上がって、身体を震わせて水をはじき飛ばしていた。
「……どうかしたのか?」
 それ――カナディアンハスキーというこの世には存在しない品種の2m程の大きな犬であるライオーが不思議そうな顔(?)をする。
「いや、お主、何をしておる?」
「ん? おれか? この世界の『犬』の泳ぎ方を憶えておこうと思ってな。
 ……しかし、なぜ同一の積層範囲で行動の抵抗値が変わるのだ?」
「それ以前に、犬の泳ぐ速度じゃないんだけど。」
「…………」
「…………」
「…………」
「……そうなのか?」
 しばらくの沈黙の後、ライオーがおもむろに口を開く。
 一応は驚いたらしい。

 

 ――AM 0:30

 深夜ともなると、さすがに人はいなくなり、天井の太陽灯もほの暗くこの区画を照らすだけである。
 そこに一つの火トカゲ、否、人影が入ってきた。
 する、と衣擦れの音がする。シルエットからすると長身の女性のようだ。
 その女性――この「ラストガーディアン」の艦長である綾摩律子(あやま りつこ)は今日一日の仕事を終え、寝る前のわずかの時間を身体を動かそうとやってきた。
 その身を包むのは購買で買った紺色の競泳用を思わせるシンプルなデザインの水着。PX(軍購買部)よりも品数豊富をうたっている艦内の購買部の女性店員は律子が水着を買いに来たのを大変悔しがっていた。彼女曰く「今度来るときまでにはきっとお似合いの水着を!」と拳をくぐぅと握っていたのが記憶に残る。金さえ積めばミールでも引っ張ってくる、と豪語していた自称「マッコイ姉さん」「フェイスウーマン」の彼女なのだが、どうしてこの「ラストガーディアン」の職員になったのかは不明である。いいのか、ここの管理態勢。

 閑話休題(それはさておき)

 こんな時間に自分以外に人は来ないだろう、と思っていた律子は不意に聞こえてきた足音に思わず身構えそうになる。だが、見えてきたシルエットと見覚えのある歩き方に気を緩めようとして、別の意味で気を引き締めた。
「……おや? もしかして艦長ですか?」
 テノール域の緊張感の無い声がかけられた。
「ええ。博士も…… ですか?」
 律子はちょっと鼓動が早くなるのを感じた。運良くあたりは暗めなので、多少顔が赤くなっても気づかれないだろう。
 艦内に博士号を持つ者は多いが、いつの間にかにただ「博士」というとこの小鳥遊一樹(たかなし かずき)心理学博士を指すようになっていた。その小鳥遊が首にタオルをかけて、テクテク律子に近づいてくる。
 プールなので水着姿なのは当然なのだが、やや暗い中男女二人きりとなると、何か気まずい感じがする。更にお互い意識し合っている仲となれば……
「ええ、美咲さんに少しは運動した方がいい、って言われまして。」
 ……いや、小鳥遊は単なる朴念仁でした。
 甘いセリフを期待するのもお門違いなんだけどね、と諦め半分の溜息をつく。
「そうですね、博士はやや運動不足気味に見えますから。」
「いやいやいやいや…… それを言われると辛いです。」
 ではお先に、と腕をぐるぐる回して準備体操らしきことをすると、プールのはじから恐る恐る水に入る。温水であることに驚いてから、平泳ぎのようなフォームでゆっくりと泳ぎだした。
 興を削がれたわけでもないが、なんとなくプールサイドに腰掛けて小鳥遊の泳ぎを見物している律子。
 プール中央付近で、不意に小鳥遊が派手な水しぶきを上げた。それも数秒の事で、彼の姿が水中へと没する。
「まさか!」
 考えるよりも先に律子はプールに飛び込んだ。必死に腕を動かし、水をかく。
 一生懸命泳いでいるはずなのに、ちっとも近づいたような感じがしない。沸き上がりそうな絶望感を抑え、物理運動に則って確実に近づいているということを自分に言い聞かせながら腕を動かす。
 程なく――律子にとっては無限にも思える時間であったが――小鳥遊の沈んだあたりへとたどり着き、水の中に身を躍らせる。
 水中にピクリとも動かずに沈んでいく小鳥遊を見つけ、背後から抱きかかえるようにして水面まで持ち上げ、首を引っかけて上を向かせるようにしてプールサイドまで運ぶ。
 周りに誰もいないので、自分一人の力でどうにかプールサイドに引き上げた。
(冷静に冷静に……)
 今小鳥遊の命を救えるのは自分だけなのだ。そう何度も呟いて、思考をクリアにする。
(まずは気道を確保して……)
 仰向けにした小鳥遊の顎を上げて、舌が気道を塞ぐのを防ぐ。
(後は、呼気を吹き込んで……)
 呼気を吹き込む。つまりはそういうことだ。
 しかも、それが「初めて」だなんて、まるで三文小説のよう、なんて考えてしまう。
 しかしそんな戸惑いを持て余している余裕はない。早急に処置しないと小鳥遊一樹という人間を失ってしまうのだ。
 震える身体と心を理性で抑えて、顔を近づける。眠っているように見える顔。そういえば眼鏡を外した顔をじっくり見るのは初めてかも知れない。
 意外と睫毛が長いかも。そんな余計なことを考えるのはやはりどこか躊躇う気持ちがあるのだろう。
 分かっている。痛いほど分かっている。呼吸停止と蘇生率のグラフを脳裏に浮かべると、一気に行動を加速させた。
 しかし、触れ合うくらいまで近づくと、また動きが止まる。
 お互いの吐息が感じられるほどの距離。あと一押しなの……
(吐息?)
 今までの行動を瞬間で回想して、自分が小鳥遊の呼吸も鼓動も何一つ確認していない事に気づいた。
 あらためて調べると、呼吸も止まってないし、心音もハッキリ聞こえる。
 つまりはそういうことだ。
 自分の迂闊さ半分、安堵半分に硬直していると、小鳥遊が小さく身じろぎしてからうっすらと目を開いた。
「おや、艦長……
 私は…… そうか。そういうことですか。」
 頭を振りながらゆっくり身を起こす。まだ惚けている律子に笑顔を見せる。
「どうやら助けられたようですね。ありがとうございます。」
「…………」
「どうやら準備運動不足のようですね。足がつって溺れてしまったようです。いや、艦長がおられて本当に助かりました。」
 小鳥遊の緊迫感のない物言いに、律子の拳がプルプルと震える。
…………かせ。
「はい?」
「小鳥遊博士っ!!」
 照れ隠しも混じってなのか、いきなり噛み付かんばかりに激昂した律子に小鳥遊は目を白黒させる。
「貴方は医者でしょ。それなのに何という体たらくですか!
 私が近くにいたからいいものの、もしも誰もいなかったら死んでいたのかもしれませんよ!」
 そう言い放ってから、自分の発言に気づいていきなり脱力してその場にへたりこむ。もしも自分がいなかったら、本当に小鳥遊は……
「艦長? 艦長?!」
 自分の肩に揺さぶる小鳥遊に抱きつくように律子はもたれかかった。
「かん、ちょう……?」
 小鳥遊の首に腕を回し、耳元に唇を寄せる。
「貴方一人の身体ではないのです。
 こんなことで…… こんなことで心配させないでください……」
 湿り気を帯びた言葉に、さすがの小鳥遊も気づいて、ポンポンと子供をあやすように背中を優しく叩く。
「心配かけたようで申し訳ございません……」
「はい、すごく心配しました。」
 そのまま動かない二人だが、ふとお互いの格好と今の状況に気づくのであった。
 めでたくもあり、めでたくもなし(笑)

 

 ――AM 3:00

 濃いブルーのワンピースの水着が翻った。一緒に金髪もふわりと広がり、直後水に溶けるかの如くに一つの肢体がプールにへと消えていった。
 その人影はダイビング用の深い深いプールを潜っていく。
 何も装備をつけていないのだが、気にした様子もなく25mのプールの底を目指していた。
 太陽灯もほとんど届かない水底なのだが、何故か光が見えた。人影は光に向かって進路を変える。そしてそこには不思議なことに先客がいた。
『カイザードラゴンさん、そろそろ交代の時間です。』
 金眼金髪の少女――この「ラストガーディアン」のナビゲーターのメイア――がプールの底でチェスをしていた騎士と竜に呼びかける。
 3人とも人ならざる機械の身であるため、空気がないことも水圧もまるで関係ない。
《おや、もうそのような時間でありましたか。勝負に夢中になり失念しておりました。》
『私もだ。すまない、メイア。』
『いえ。でも急いで行ってあげて下さいな。』
《承知いたしました。》
 カイザードラゴンは立ち上がるとカイザージェットに変形して浮上していった。構造上浮力を得られないので、こうしないと水面に出られないのだ。
 カイザードラゴンがいなくなると、メイアはロードの向かいの椅子に腰掛ける。
『しかし、お二人とも何故このようなところで?』
『うむ、なんでもカイザーが今日ちょっと“潜った”ときに、ここが静かで落ち着ける場所であることを発見してな。それで…… というわけだ。』
『そうなんですか。』
 メイアは微笑みながら、テーブルの上に置かれたチェスのコマを最初の位置に戻す。それを見て、ロードが嬉しそうに笑みを浮かべた。
『お相手しよう。ここはいいぞ。食事が出来ないのが唯一の難点だが、静かで誰にも邪魔されないのがいい。』
 そりゃあね(ぼそ)
『ええ、私もシフト明けですので時間はありますし。』
『そうか。それは僥倖だ。
 ……それと言いそびれていたが、その水着、似合っているな。』
『まぁ、ありがとうございます。』
 ランプを模した照明の中、静かに勝負が始まるのであった。