オリジナルブレイブサーガSS
「張り付いて・引っ付いて・くっついて」

 

 

 きっかけというものは実に些細な物である。
「むむむ……」
 目の前のロボットを睨み付けながら、空山(そらやま)ほのかが唸る。
 ロボットの腕は僅かに震えると、カタンと固い音を立てて落ちる。
「むむむむむ……」
 肩の部分のシャフトが折れていて、接着剤でつけたのだが強度が足りずに取れてしまうのだ。
「むむむむむむむ……」
 ぽん。
 一つ手を打つと、鼻歌混じりに外に飛び出した。
「リオーネに頼んでみよ〜」

 万能戦艦「ラストガーディアン」内の化学研究室。
 薬品の作成や成分分析などが行われる部屋であるが、ほのかの姉でもある空山(そらやま)リオーネの個人的な実験や研究に使われることも多い。ちなみに、いつぞや艦内を混乱の渦に叩き込んだ「若返りの薬」もここで生まれている。
「これをこうして、と……」
 白衣に伊達眼鏡をかけたリオーネがフラスコを振っている。白衣も眼鏡も単なる雰囲気作りではあるが、それでも袖を通すと何となく気持ちが引き締まるそうだ。
「こんな感じですね。」
 出来た薄琥珀色の粘性の高い液体を大きめのビーカー二つに入れ、蓋を締める。
「……と、これの溶剤はこちらの世界には基本的に存在しない物ですからから、合成しないといけないのですよね。」
 独り言を呟きながら、新しく装置を組み立てていく。バーナーや先の細くなった器具があるところを見ると、何らかの蒸留装置なのかもしれない。
 完成してしばし、ポタポタと滴が三角フラスコに溜まっていく。見た感じ余程の時間がかかるのだろう。
「時間がかかりそうですね。とりあえず、ほのかにこれを見せに行きましょう。」
 白衣を脱いで眼鏡を外し、ビーカーの一つを両手で抱えるように持って、リオーネは研究室を出ていった。

「今日は随分格納庫に人が多いわね。」
 バインダーの書類を見ながら、目の前の巨大な装置を見上げる艦長こと綾摩律子(あやま りつこ)
「ここは涼しいからでしょう。特に今日は。」
 同じく書類をめくりながら、特大のファンをチェックしている小鳥遊一樹(たかなし かずき)。本業は心理学者なのだが器用貧乏を絵に描いたようなタイプなので、艦長の補佐をしていることが多い。
 実はこの「ラストガーディアン」、艦内のエアコンが壊れてしまったのだ。
 トリニティとの戦闘で損傷していたのに気づかずにここのところの猛暑でフル稼働したのが原因、というのが整備班の説明であった。空調用のコンプレッサーが過負荷で爆発を起こして修理不可能な程まで破損したので、新たな部品を取り寄せたのだ。
 ……こう、調達にかかった時間に矛盾があるような気がするのだが、気にしないでおく。
「しかし、これだけ大きいと、風洞実験も出来そうですね。」
 笑みを交えながら小鳥遊。
「そうね。」
 素っ気なく返しながら巨大なコンプレッサーをチェックする。
「……って、あら?」
 と、そのコンプレッサーに電源が接続されている事に気付いた。
「テスト用の物ですね。これだけ人がいなかったら一度くらい回しておくべきかも知れません。」
 その巨大さには不釣り合いなほど小さいスイッチを見ながら小鳥遊は書類をめくった。 エアコンが止まった、ということでただでさえ気密がしっかりしている艦内は凄いことになっていた。
 熱循環の関係でプールも避難所にはならなくなり、この事態を予想していたかどうかは不明だが、購買ではアイスにジュース、氷柱などが売れに売れまくった。
 それでも暑さには耐えられず、外気に面していて空気の流れがあり、日光も当たらない格納庫に人が集まるのは時間の問題だった。

「わ〜 大丈夫〜?」
 いつもは道場の木の壁だが、今日は格納庫内での稽古なので金属製の壁に見事にめり込んでいる御剣志狼(みつるぎ しろう)をエリス=ベル、通称エリィが楽しそうに見ている。いつもの事なので別に心配はしていない。だが、志狼の方は金属壁にめり込んだダメージが大きくいつものように直ぐには動けない。
「暑さでたるんでいる場合じゃないぞ。」
 父御剣剣十郎(みつるぎ けんじゅうろう)の言葉に無理言うなよ、と言いたくなるのを堪えて体力の回復に勤める志狼だった。

「なかなかスジがいいじゃないか。」
「ありがとうございます。」
 草薙咲也(くさなぎ さくや)と剣を交えていたのは道原大地(みちはら だいち)であった。
 大地の乗る(厳密にいうと吸収合体というのだが)ランドガイアンは剣を武器として持っているのだが、普通の高校生であった大地は剣を使ったこともなく、野球部だった経験を生かしてバットのように剣を振るっていた。
「ラストガーディアン」に合流してからは周囲に剣を使ったことがある人がゴロゴロしているので、これを機会に少し剣を憶えようと思ったのだ。
 観崎葛葉(かんざき くずは)や剣十郎や神崎慎之介(かんざき しんのすけ)のような「達人」に習うのは命の危険がありそうなので、白羽の矢が当たったのが咲也だった。
 二人が乗る機体の剣の質が似ているのか、咲也の剣は大地にとって理解しやすい物であった。
「咲也君、頑張って〜」
「大地様、そこです!」
 神崎雪乃(かんざき ゆきの)・神崎月乃(かんざき つきの)・神崎花乃(かんざき はなの)の神崎三姉妹と異世界の王女セレナの声援が二人にかけられる。応援の数から言ったら咲也の方が有利であった。
「くっ……」
「まだまだっ!」
 思いの強さなら同等なのか、鍔迫り合いは互角。
 額がぶつかる程まで近づきながら、二人の男は死力を尽くしていた。

「今日はアイスティにしてみました。ミントを効かせ、爽やかさを演出しております。」
 白烏(からす)のヴァングが見えざる念動力の手で紅茶を給仕していた。
 涼しげなガラスのカップが宙をスーッとほのかの前に運ばれる。
「どうもありがとう、ヴァングさん♪」
「どういたしまして。」
 執事然とした口調で彼女の肩に乗った白烏が頭を下げる。
「私も…… 欲しい……」
 ほのかの膝に乗った白猫フィンが顔を上げる。
 膝と言うよりは膝の手の上に乗っかった格好だが、右手はカップを受け取るために抜いたので、今は左手の上に乗っているようになっている。
「だぁ〜 暑いよぉ〜」
「人の背中の上に乗って、その態度は何だ。」
 2m程の巨大な犬――ライオーの背に乗った黒猫フェーズがだら〜んと溶けている。
 彼らシャイニングブレイバーズは別な次元に存在する重光子と呼ばれる光の生命体で、この世界に召喚されたときに動物の身体を借りて存在しているのだ。
「でも最初ビックリしたよ。お喋りする動物さんって初めて見たから。」
「うん、ボクも驚いたよ。だっていきなりライオーが喋るんだもん。」
 ライオーのそばでアイスティを飲んでいた高濱真保(たかはま まほ)がねーっ、とライオーに同意を求めるように言う。
 ライオーは元々真保の親友であった雷王という犬だったのだが、ある事件で彼女をかばって瀕死の重傷を負い、そのときにライオーが身体を借りたことでその命の炎を繋ぎ止められたのだ。
「でもお前はちっとも驚いた様子が無かったな。」
「ええ、だって私はいつも犬福(いぬふく)ちゃんとお話ししていましたから。」
 わん!
 メガネの奥で柔らかい笑みを浮かべる水無月涼子(みなづき りょうこ)がさも当然という顔で返す。その膝の上で犬福と呼ばれた犬が嬉しそうに尻尾を振った。
「…………」
 雷王の身体を借りているとはいえ、れっきとした異次元の人間としては、犬福と一緒にされるのはやや複雑な気分であった。
 余談だが、更に数名を加えて“年相応に見えないズ”と言われているほのかと真保が、大人びた落ちついた雰囲気を持つ涼子と並んでいると「子供とその保護者」に見えなくもない。
「何やってるんだ、お前ら。」
 ともすれば不機嫌にも見える表情で久野冴彦(くの さえひこ)が真保に声をかける。この気温にも関わらず上から下まで黒い服で、見ている方が暑くなりそうだ。
「あ、さっくん。」
「さっくん、こんにちは〜」
「まぁ、さっくんさん、こんにちは。」
 わん!
 従妹の真保はともかく、ほのかや涼子にまで言われて、冴彦はその場にバタッと顔から倒れた。
「この前、TVを見たが、冴彦ならいい芸人になれそうだな。」
 だれた黒猫を背中に乗せながら、ライオーは冷静にそう言った。

「ロードは暑くないの?」
「暑さは分かるが、それで身体機能が低下することはないな。」
 和菜(かずな)=フェアリス=ウィルボーンは傍らにいる鋼の騎士ロードに尋ねてみた。そもそも炎にも耐えられる身体には“暑さ”というものも外気温の変化程度にしかならない。
 コツ。
 ロードの指が黒のビショップを摘み、置く。
〈私も数値情報としては分かりますが、汗をかくこともございませんし、涼しい顔をしていることしかできません。〉
 爪の付いた手が器用に白のナイトを動かす。
 火竜でもある鋼の竜カイザードラゴンにも暑さは分からない。それ以前にカイザードラゴンは表情が全く変わらないのではあるが。
「ちょっと羨ましいかも。」
 薄着になって、ちょっと肌の露出が気になるフェアリス。
「いや、私にとってはフェアリスの方が羨ましいぞ。」
〈左様ですな。季節の営みを肌で感じる。暑いなら暑いなりに、寒いなら寒いなりに風情があるものです。〉
「ふ〜ん……」
 と、二人のチェスの勝負を見物しているフェアリスに、陽気な声がかけられた。
「よぉ〜、フェ〜アリスちゃ〜ん☆」
 何をトチ狂ったのか、短パンアロハシャツに麦わら帽子とサングラス。しかも手にはウクレレを持って西山音彦(にしやま おとひこ)がやってきた。
「音彦か……」
 フェアリスのナイトを自他共に認めているロードとしては、軟派な音彦にはついつい声が硬くなってしまう。決して悪い奴ではないのだが……
「こんな爺むさい奴らは放っておいて、ワイとエンジョイせぇへん?」
〈フェアリス様。この者を可及的速やかに排除いたしましょうか?〉
「うわ。きっついわぁ、そら。」
 毎度の光景にフェアリスは思わずクスリと笑みを浮かべた。

「うわ〜 相変わらずアツアツねぇ、お二人さん♪」
 マッハカイザーの整備用のキャットウォークからレミィ=ランバートは下の二人に声をかけた。
「どこをどう見たらそう見えるんだ。」
 憮然とした表情の大神隼人(おおがみ はやと)。彼は同じチームの(他称)友人以上恋人未満の橘美咲(たちばな みさき)と剣の稽古をしていた。隼人の乗っているウルフブレイカーは格闘専門の機体なのだが、それだけではいけないと武器も扱える美咲に教えてもらっていたのだ。
「うん、確かに今日は暑いね。」
 額にうっすら汗をかいた美咲がややずれた発言をし、隼人をますます疲れさせる。
「しかし…… なんでそんな格好してるんだ?」
 ちら、と見上げて視線を逸らす隼人。
 レミィは何故かウェイトレス姿をしていた。スカートの丈が余り長くないので、下からだとちょっとばかり視線のやり場に困る。
「あら…… 見たいの? やっぱ男の子ねぇ〜」
「え? なになに? どしたの?」
 からかい100%のレミィと天然ボケの美咲に隼人はがっくり肩を落とした。

 研究室を出ると湿っぽい空気にリオーネは眉を潜めた。気温の変化に敏感な試料もあるので、幾つかの区画は冷房が効いている。
 空調の全システムが使えないので、ヴォルカイザーやウルフブレイカーなどの冷気を放てるロボが応急処置的に使われていた。
「暑いですね……」
 小さい頃から気温が調整された研究室で過ごしていたリオーネにとって暑いのも寒いのも苦手だった。
(寒いときは飛鳥さんにしがみついちゃったりして…… キャッ。)
「でも暑いときはそうもいかないのですよね。」
 ブツブツ呟きながら恋人の秋沢飛鳥(あきざわ あすか)の事を考えるリオーネ。
 流れてきた汗を拭おうとして、両手が大きなビーカーで塞がっているのに気付いてちょっと困る。手に汗をかいてきて、ビーカーの重さも気になってくる。
(飛鳥さんに手伝ってもらおうかな…… そして後でお礼とか言って……)
 恋人とはいえ、なかなか進展(笑)がないので、自分がもう少し積極的にならないと駄目なんだろうか、と悩んだり。
 そんなことを考えていると、やっぱりというか急に飛鳥に会いたくなってきた。
(格納庫の方でしょうか?)
 もしかしたら、ほのかもいるかも知れない、とリオーネは行き先を決めた。

 

 その頃、秋沢飛鳥と秋沢雫(あきざわ しずく)の兄弟は極めて民主的な手段(つまりは数の暴力)によって、“冷たいデザート”を作らされていた。
 作り始めるまでは不満タラタラだったのだが、そこは料理好きな雫のこと、始まると色々凝りたくなってしまう。飛鳥は料理好き、というほどでもないが、それでもリオーネやほのかの喜ぶ顔が見られると思うとそう悪い気もしない。
 数種類のアイスクリームと、手焼きのコーンをワゴンに乗せて、今日は人の溜まり場になっている格納庫へと向かう。
 アイスを配るならこれが必要っすよ、とある人に渡されたベルを鳴らしながら格納庫のあちこちを練り歩く。と、飛鳥は入り口の方に危なっかしい人影が見えた。
 後を弟の雫に任せると、飛鳥はその人影――リオーネの方へ駆けていった。
「リオーネ、」
 驚かさないように優しく声をかけると、ちょっと辛そうだったリオーネの表情が安堵と嬉しさで明るくなる。
「飛鳥さん……♪」
「重そうだな。それ持ってやるよ。」
「でも……」
 まるでそう言わせたいが為に持ってきたような感じがして、何となく心苦しくなるリオーネ。そんな恋人の表情の変化も、飛鳥にはお見通しだった。
「いいんだよ。俺がそうしたいんだから。」
 二人の距離は約2m。途中には何も障害物になるような物はない。
 だが、ある統計によると「ドジっ娘」属性を持っている女の子は、好きな男の前では転ぶ確率が恋愛度の二乗に比例して上昇する、とある。
 その法則に従って、リオーネはいきなりコケた。
 いや、そうではない。彼女が転ぶ寸前「ラストガーディアン」が大きく揺れたのだ。
 艦が揺れた原因は後回しにして、その揺れにより起きたことを解説する方が先決だったりする。

 いきなり20度ほどの傾斜の付いた艦内。ブリッジのシャルロットとメイアの天才的な操艦により、瞬時に体勢が直る。
 その間に起きた重要なことは二つ。
 上にもあるとおり、リオーネがコケた。
 そして律子がバランスを崩して、身体を支えようと伸ばした手がスイッチに触れてしまった。
 結果、
 リオーネが持っていたビーカーが落ちて砕け、中身が散乱。それと同時に暴風「呼んだか」「呼んでねぇ」が格納庫内に吹き荒れ、そのリオーネ特製の超強力接着剤が細かい粒となって飛散してしまったのだ。嗚呼、悲惨(笑)

 激しく揺れた艦内。
 よろけたところを後ろから支えて、更にスイッチを切りながらも暴風の影響でガラスの破片が飛散してもいいようにと、しっかり庇う者。
 気の抜けない鍔迫り合いで急に揺れに巻き込まれ、もつれ合うように地面に転がる二人。
 身を乗り出していたキャットウォークから落ちた少女を、傾いた艦内でもしっかり受け止めた者。
 飼い主の少女の膝の上から転げ落ちてしまう犬&借りていた肩の上から思わず飛び上がってしまう烏。
 転びかけた少女を、彼女の騎士よりも先に支える者。……軟派なだけじゃないんですよ(たぶん)

「大丈夫かリオーネ。」
「あ、はい、飛鳥さんが手を握ってくれましたので……」
 ペタン、と尻餅はついたものの、飛鳥が咄嗟に手を出していたので、どこも痛くない。
「でも……」
 床に広がった液体。すでに乾き始めている。更にビーカーの破片もあちこちに散らばっているが、運のいいことにそれで誰かがケガをした様子もない。
〈いえ、私に幾つか……〉
 カイザードラゴンの背中に幾つかガラスの破片が張り付いていた。どうやらあの瞬間、素早く自分の背でガラスの破片が周りに飛び散るのを防いだのだろう。多少の勢いがあったとしても、カイザードラゴンの鋼の装甲を傷つけることは出来ない、のだが……
「カイザードラゴンさん、大丈夫ですか?!」
 背中の様子を確かめる為に立ち上がろうとしたリオーネだが、何かに引っ張られるようにまた尻餅をついた。と、まだ手を握ったままの飛鳥も困ったような顔をする。
「?」
 飛鳥の方は後回しにし、何が自分を引っ張ったのか確認するために後ろを見る。
 別に「誰」も、引っかかるような「何」も無い。
「???」
 後ろを見ながら立ち上がろうとして、その原因に気づいた。
 尻餅付いた時に広がったスカートが床にこぼれた接着剤に触れて張り付いてしまったのだ。
 しかもさっき思い切り立ち上がったために白いおみ足が結構凄いところまで……
「きゃっ!」
 慌ててスカートをおさえるリオーネ。意外と知られていないことだが、異なる環境で育ったせいもあって、実は彼女、メチャメチャメチャーンコ力が強い。
 ぐい。
 とある理由で握った手を離せない飛鳥、リオーネの手の動きとリンクして、彼女のスカートに飛び込む格好になる。
「あ、あああああああ、飛鳥さん?!」
 ボッと真っ赤になるリオーネ。詳しく述べるのはちと心苦しい体勢の飛鳥の顔は見えないが、きっと同じようなものなのだろう。
「あ、あの、気持ちは嬉しいのですけど、こんな人目があるところだなんて、嬉し恥ずかしというか、その、あのでも私、飛鳥さんの為に誠心誠意をもって……!」
 拳ぐぐぅ、と右手を上げたところ、ダランと飛鳥もそれについてくる。
 そういえばどうしてずっと飛鳥と手を繋ぎっぱなしなのだろうか?
 嬉しいけど、そういう場合ではない。握った手を外そうとして、外そうとして…… 外そう……
 外れない。
「あれ?!」
 ぶんぶん手を振ってみる。一緒にぶんぶん飛鳥が振られる。
 科学者として謎の究明に専念して、息も絶え絶えになった飛鳥の声は聞こえなかった。
助けてぇ……

「…………」
「…………」
 わん!
「…………」
「…………」
 4匹と一人の間に沈黙が流れる。いや、犬福だけは何が楽しいのか、尻尾をふりふりしている。
「…………」
「…………」
 わん!
「…………」
「そうか。」
 冴彦がポンと手をうった。
 4匹中3匹の視線が冴彦を向く。
「ブレーメンの音楽隊だ。」
「言うに事欠いてそれか。」
 暗く(というか、本人にしてはそれなりに楽しげに)笑った冴彦に、憮然と、そして疲れたように肩を落としたライオー。
 上からヴァング・犬福・フェーズ・ライオーと積み重なっていた。順番とか、種類が違ってはいるのだが、その姿はあの伝説の4体合体“ブレーメンの音楽隊”であった。
 もうお気づきであろう。飛鳥とリオーネの手が離れなかったのも、4体合体になってしまったのも、リオーネの接着剤が原因である。ちなみにそのままでは崩れてしまう(それでも引っ付いたままなので)ので、上の3匹はライオーのサイコキネシスで支えている。
「しかし困りましたな。空間跳躍も効かないところを見ると、この接着剤は空間にも影響を与えるようです。」
 ひとまず冷静に状況を判断するヴァング。口調にもあるように、さすがは年の功、といったところだろうか?
「重い〜」
 ヴァングと犬福の下敷きになったフェーズが苦しそうな声を出した。……実際はライオーのサイコキネシスに支えられて、そんなこともないのだが。

「……あれ?」
 どうにか体力が回復した志狼。急に揺れた艦に何かの異常を察知したのか「外」にでようとする。更にいえば、自分をからかっていたエリィが足下に倒れているから、というのもある。
 ……転んだショックでスカートの中が見えそうになっているのにドキドキしたのは志狼だけの秘密だ!
 と、そんな風に思って身体を動かそうとして、動かないのだ。
 壁の構造物が引っかかっていると言うわけではない。強いて挙げるならば張り付いている感じなのだ。
「……マジ?!」
「あ、シロー、どうしたの?」
 立ち上がったエリィが志狼の顔を覗き込んでいた。
「エリィ…… その、だな……」
「うん♪」
 困っている志狼が面白いのか、なにか彼女のセンサーに引っかかることがあったのか、妙に上機嫌のエリィ。
「抜けない。」
「え?」
「身体が抜けないんだ。」
「む、その程度で音を上げるとは何たる様だ。」
 父剣十郎が息子の不甲斐なさに、引きずり出そうと手をかけるが、不思議なことに引っ張っても押しても(いやそれは無理だろう)壁から抜ける気配がない。
「…………
 愚息のこと、よろしく頼みますぞ。」
 エリィの肩をポン、と叩くと剣十郎はもっと建設的な方法を探しに去っていく。
「さ〜て、シロー。うふふふふふ……」
「…………」
「は〜い、シローちゃ〜ん、ご飯でしゅか〜 汗かいてフキフキしてほしいでしゅか〜 それともおトイレでしゅか〜」
 ハイテンションどころか、イッちゃった目で志狼ににじり寄るエリィ。
「だ、誰かぁぁぁぁぁっ!!
 今まさに彼は俎上の鯉として人生最大のピンチを迎えていた。

「大丈夫か、フェアリスちゃん。」
「あ、はい…… あのぉ、」
「ん? なんや?」
 彼女の騎士よりも先に、フェアリスに手を伸ばし、転倒を防いだ音彦。
 そのどさくさでしっかり彼女を抱き留めて、感触を楽しんでいるのが音彦らしいというか……
「もう、大丈夫ですからそろそろ……」
「なんや? どうかしたん?」
 役得役得、とにやけ顔の音彦だが、その緩みきった顔がいきなり凍り付く。
「のぉ、音彦殿。よもやとは思うが、私の可愛い姪に邪(よこしま)なことを考えてはおらぬだろうな?」
 頬に触れる冷たい鋼。そしてそれにはもっと冷たい「気」が込められていた。
「ハ、ハイ。モチロンデゴザイマス。」
 カクカク首を縦に振ると、フェアリスから離れようとする。が、
 チャキ。
 嗚呼、この首に触れたとても細く鋭い物はなんだろう。
「ちゃ、ちゃいまんがな! 手ぇ…手ぇ離れへんのや!」
 葛葉の殺気に、泣き出しそうな声で必死に弁明する。
 フェアリスの腕を掴んだ手を外そうとするが、全然離れない。
 姪の様子にそれが音彦の悪ふざけでも無いことを知り、葛葉は刀を鞘に収める。
「むぅ、しかし面妖な……
 仕方あるまい。事が解決するまで、私が一緒にいよう。」
「叔母様、すみません。」
「いやいや、大したことではない。
 ……しかしてロード、お主何をしておる?」
 どこか冷めた目で床に目を落とす葛葉。そこにはカエルのように平べったく倒れているロードがいた。きっと顔面を強打したことだろう。
「それが何故か足が……」
 フェアリスを助けようと飛び出したところ、ちょうどつま先のあたりが接着されたらしい。
 人なら靴を脱げばいいのだが、ロードの場合、足の裏まで自分の身体なのでそう言うわけにもいかない。
 更に転んだ時に胸のあたりもくっついてしまって、身動きがとれなくなってしまったのだ。
「もう良い。お主はしばらくそうしておれ。
 そういやぁ、音彦殿。」
 低くなった葛葉の口調にピクンと反応する音彦。
「分かってるとは思うが、和菜にちらとでもやましい気持ちを抱いたら……」
「ハ、ハイ。ワカッテオリマス。」
 音彦にはカクカク人形のように頷くしか生きる道は無かった。
 ちなみに事態が収拾するまで音彦が強制的に気絶させられたのは3桁に僅かに届かなかったという……

「きゃぁ〜っ!!」
「レミィ!」
 身を乗り出していたキャットウォークから落ちたレミィ。肝心のマッハカイザーはメンテ中でピクリとも動けない。
「…………」
 無言で壁を蹴り、三角跳びの要領で高さを稼ぐと、空中でレミィをキャッチして着地する隼人。
 そのまま二人分の重量をしっかり膝で着地する。
「わ、レミィさん大丈夫?」
「ふわ〜 ビックリした〜
 でもさっすが男の子〜♪ やるときはやるわねぇ。」
「…………」
 助けなきゃ良かった、と半分くらい思ってしまう隼人。
「うん、でもあんまり隼人君独占したら美咲ちゃんに悪いから……」
 と、誰かさんが憤慨しそうな事を言いながら、隼人の腕から降りようとするレミィ。ふとその顔が固まる。
 隼人もさっさと離れたいから、レミィを降ろそうとするが、何故かその動きが止まる。
「……どうしたの?」
「う〜ん、それがねぇ……」
 お姫様抱っこから体勢が崩れたのか、隼人の首に手を回して立て直すレミィ。
あ……
 美咲の顔に一瞬陰がよぎったが、レミィはそれに気づかない。
「な〜んか、離れられないのよ……」
 丸眼鏡を光らせて、周囲を窺う。大まかな状況を察知し、溜息をついた。
「どうやら、リオーネが強力な接着剤をばらまいたようね。あっちこっちで人がくっついちゃってるわ。」
 うんうん困った困った、とどこか面白がっているレミィに、うんうん、と美咲も同じように笑顔を浮かべた。
 しかし、隼人は美咲が見せた一瞬の陰がどうしても気になった。

「何があったの!」
 徽章を叩きながら通信回線を開く。返事が来る前に指揮官としての頭脳をフル回転させる。
 いきなり艦が揺れ、リオーネが転んで大きなビーカーを割れた。そして自分がコンプレッサーのスイッチを入れてしまい暴風が吹き荒れる。すぐ近くにいた小鳥遊が素早くスイッチを切り、そして暴風の影響から守るために自分を背後から押し倒した、ということを瞬時に判断した。
 周囲の喧噪だけでも結構な大事になったのが分かる。
 立ち上がろうとして、背中が重いことに気づいた。
「あ、あの…… 博士?」
「はい?」
 耳元で小鳥遊の声が聞こえる。今の状態は後ろから小鳥遊に抱きしめられているようなものだ。そのことを意識し始めると、顔が紅潮しそうになる。
「動きづらいので、その……」
「あ、いや、そうでしたね。」
 律子から離れようとする小鳥遊。不意にその動きが止まる。
「いやいやいやいや、これは困りましたねぇ……」
 ……悲しいことに、今回彼が何に困っているのかが良く分かってしまった。
「腕が離れないのですね……」
「ええ。」
 意外とあっさりと答える小鳥遊に、力が抜けそうになる。と、
『敵襲です!』
 オペレータのメイアの声が艦内に響いた。

 

『敵か!』
 その報を聞いて、同時に立ち上がる咲也と大地。
 ブレイバーに変身しながらセイバージェットに乗り込もうと、大地はランドビークルを呼び出そうと反対方向に走りだして、これまた同時にその場にコケる。抱き合ったような体勢で倒れる二人。
『???』
 慌てて起きあがろうとして、頬を引っ張られるような感触に首を捻ろうとして、捻るほどの可動範囲を得られない。視線をどうにか巡らすと、すぐ側に相手の顔があった。
 その時、倒れていた神崎三姉妹とセレナがやっと起きあがってきた。
『咲也君……』
「大地様……」
 二人を見た4人の顔が青ざめる。
 今の状態はどう見ても抱き合ってるようにしか見えない。
『ふ、』
『ふ?』
不潔よぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!
 半分泣きながら二人の前からダッシュしていなくなる4人の少女。
草薙ぃぃぃぃぃぃっ!!
 そして反対側からソニックブームが近づいてくるのが見えた。
雪乃たちを泣かせるとは許さぁぁぁぁぁんっ!!!
 妹補正がついて音速を超えた慎之介が刀を上段に構えたまま一直線に二人に迫ってきた。
うわぁぁぁぁぁっ!!
 咲也と大地は肩を組みながら&頬がくっついたまま、迫る恐怖から逃げ出した。

「ライナーズ、出るぞ!」
 凛とした声が響き、闇騎士サガの姿をとった――本人曰く、こっちの方が気合いが入るそうで――相良円(さがら まどか)の駆け出した先に南海50000系ラピートを模したアイアンライナーが滑り込んでくる。それに乗り込もうとしながら他のライナーズを振り返って、思わず膝が落ちる。
「何をしている……?」
 絞り出すような、それも呆れや憤りがミックスされた質問の声に、残り4体のライナーズが冷や汗混じりに返す。
「いえ、それが……」
「こいつは参ったなぁ。」
「僕のせいじゃ…… ないよね?」
「あなたが原因よ。」
 残りのライナーズ――ナイトライナー・ソニックライナー・ウィングライナー・クィーンライナーはは何か謎の物体を持って固まっていた。
 その形状を無理に表現するなら、盾のような物になんか突起がついていて、それにナイトソードとかソニックロッドとかウィングゴーガンがあちこちにつけられている。
「だから、それは何だ?」
「いや、私にはさっぱり……」
「俺もウィングに付き合ってるだけだしな。」
「ア、ア○レンジャーーのスーパーダ○ノボ○バーを……」
「何かのTV?」
 4人(機?)が口々に言うのを聞いて、円は黙ってアイアンライナーに乗り込むと発進させた。
 ちなみにあちこちに接着剤が付着して、動けなくなっているのは言うまでもない。

 まるで二人羽織のようになりながらブリッジに到着した律子(と小鳥遊)。
「現状は!」
(後ろから抱きしめられながら)叫ぶ律子に、ブリッジ要員は訝しげな目を一瞬向けながらも、自分の仕事に専念する。
「レーダーで補足できませんが、地上を超高速で移動し、攻撃をかけてきます。おそらく相手は一体。
 メインエンジンの伝達部を破壊され、高度を維持できません。」
「出られる機体は緊急出動!」

「何事よ、いった……」
 緊急事態に格納庫に飛び込んできた神楽崎麗華(かぐらざき れいか)、中の惨状(笑)に思わず言葉が止まる。ざっ、と周囲を見渡して、思わず溜息。
「麗華ちゃん……」
 チームメイトの美咲の声に振り返って、隣にいたレミィを抱えている隼人に冷たく一瞥。
「美咲、行くわよ。」
「あ、うん……」
 心なしか少女の表情は暗い。何となく理由は分かったが、敢えて無視して鋼の竜を探すために視線を巡らす。同じく格納庫にいたカイザードラゴンと目が合う。
「あなたも行くわよ。」
〈その、それが……〉
 どこか困ったような声を返すカイザードラゴン。
〈尻尾の先が張り付いてしまったようで……〉
 引っ張って外そうともがくカイザードラゴンに、麗華はまた一つ溜息。
 無言でドリームティアのある左手を振ると、カイザードラゴンが夢の世界に戻っていこうとして、
〈あ痛。〉
 バキン、と金属が裂ける音がして、カイザードラゴンは尻尾の先を床に残したまま現実世界から消失する。
「…………」
 色々言いたいことはある。それでも未だに続く敵の攻撃に「ラストガーディアン」は細かく振動し、更に高度を落としていた。もう一度美咲に目を向け、少女がこくんと頷くのを確認すると、二人で格納庫の発進口に向かった。
『ブレイカーマシン、リアライズ!』
 赤い光がほとばしり、その中から不死鳥を模したフェニックスブレイカーが現れた。
「……あれ?」
 同じように召喚の手順を踏んだのだが、美咲のドリームティアは何一つ光を放たない。
『……先に行くわよ。』
 待っている時間も惜しいのか、フェニックスブレイカーは蒼穹へと飛び出していった。

「カイザー、スクランブル!」
 麗華の呼びかけに、空の彼方からドラゴンフォートレスがやってきた。
竜王変化、カイザードラゴン!
 ドラゴンフォートレスが赤光を放つと、それは巨大なドラゴンへと姿を変えた。
 そのカイザードラゴンが自分の尻尾を掴むと、悲しそうに呟く。
〈尻尾が折れてしまいました……〉
「……さっさと行くわよ。」
〈畏まりました。〉
グレート・コンビネーション!
竜・神・降・臨! グレートフレイムカイザー!
 Gフレイムカイザーに合体した2機。……それでも尻尾の先は千切れたままである。
「ラストガーディアン」の下に回り込むGフレイムカイザー。そこでは先に出撃していたアイアンライナーが1機で戦っていた。
 しかし、瞬間移動するかの如くの超高速移動にアイアンライナーは敵を捉えられない。
 時折動きを止めて、死角から光線を撃たれて何度も直撃を受けている。
「そこ! ドラゴン・フレア!
 胸の竜から発射された火球が地面に着弾し爆発するが、それは敵に一筋の傷も付けられない。
「円さん! 大丈夫ですか!」
「麗華か。まだ大丈夫だけど、攻撃が当たらない限りは……」
 こうしてる間にも、徐々に頭上に「ラストガーディアン」が迫ってくる。
 相手が地上しか移動できないからまだどうにかなっているが、これで不時着された日には「ラストガーディアン」も重大な損傷を受けかねない。
「誰か忘れちゃいませんかね、お嬢さん方!」
 艦内から一つの光が飛び出した。
城塞合体! アースフォートレス!
 ただですら他の2機を遙かに上回る体躯を誇るアースパンツァーが、自分の10倍以上の巨大な戦艦を召喚。合体し、500mを超える超超巨大ロボとなった。
「俺様の怪力を舐めるなよぉ!」
 高度を下げる「ラストガーディアン」を支えるアースフォートレス。たとえその全ての重量が支えられないまでも、艦の補助エンジンも使ってどうにか落下は免れる。
「アースガトリング!」
 両腕は使えないが、全身にある無数のガトリング砲が砲弾をまき散らす。しかしそれも敵に掠りもしない。
 チンチンチンチン、と発射されたのと同じだけの薬きょうがばらまかれ、足下で戦っている2機にも降り注ぐ。
 この弾幕に、さすがの敵も迂闊に攻撃できない。しかし、こちらの攻撃も当たらない限りはじり貧であった。

「う〜 どうしよう……」
「ごめん…… なさい……」
 ほのかに仕える影の聖霊シャドウなら高速で動く敵も捉えられるのだろうが、彼が普段いるスピリットリングの上に白猫フィンが乗っかって離れないために召喚する事ができない。
「あ、そうだ。」
 太陽の光が当たる位置に移動する。黒々とした影がほのかの足下から伸びる。
「フーちゃん! ランちゃん! マーちゃん!」
 シャドウ自体はスピリットリングからしか召喚できないが、そのサポートマシンである3体のシャドウ・カードはほのかの影からも召喚することができる。
 少女の影がいびつに歪むと、その中から隼型のシャドウ・フライヤー、虎型のシャドウ・ランナー、ドラゴン型のシャドウ・マスターが現れた。
(拙者は動けない故、しっかり頼むでござる。)
「頑張るんだよ!」
 シャドウとほのかの声に咆吼で応えると、3機の影獣は格納庫から発進していった。

 地面に落ちた薬きょう。大地に筋を穿つほどの速度の敵。それでも決して自分の速度で自爆しないほどの運動性。
「…………」
 どうすればいい? どうすれば勝てる?
 敵の最大の武器かつ守りはそのスピードだ。
 冴彦は思考を目まぐるしく回転させた。こちらの今使える戦力は三体のロボに三体の影獣。
 倒すための方程式はシンプルだ。相手の動きを止める。それには……
「まだあの接着剤はあるか、空山姉?」
 妙にボロボロの飛鳥を介抱していたリオーネに聞く冴彦。
「あ、さっくんさん……
 ええ、もう一つ作った分がまだ実験室に。」
「さっくん、ボク行ってくるよ!」
 リオーネの言葉に弾かれるように格納庫を出ていく美咲。その後ろ姿が何かから逃げ出しているように見えたが、そんなことより冴彦は無駄に足から力が抜けるような感じがした。
 どうにか冴彦が回復するくらいの時間で戻ってきた美咲。両手で抱えるように大きなビーカーを持っている。
 美咲からそれを受け取ると、黙って作業用のハッチの一つに向かう。
 ハッチを開いて、ビーカーを眼下の戦場に蹴り落とすと冴彦が叫ぶ。
「空山妹! 今落としたポイントに敵を追い込め!」
「了解、さっくん!」
「…………」
 この件が片づいたら、一度真剣に「犯人」探しをしよう、と心に決めた冴彦だった。

 結論から言うと、それで大きく戦況は変わらなかった。
 速度の高いシャドウ・ガードたちは、その反面攻撃力に難があった。敵の動きを封じて、その間に他の3機が攻撃、という方法をとりたかったのだが、うまく連携が取れない。
 それでも対処に忙しく、敵の攻撃が散発的になったのはプラスとは言える。
「敵の動きさえ止められれば……」
 今主力のアースフォートレス・アイアンライナー・Gフレイムカイザーは運動性はやや低いが、それを補うまでの高い攻撃力を誇っている。敵のサイズを考えると、当たりさえすれば間違いなく撃破できるのだが……
「……艦から何か投下されました。」
 シャルロットが一つの状況の変化を告げる。
「大きさは40pほどの円柱形。第7サブハッチから投下されたので、人力によるものかと思われます。」
「ああ、なるほど。」
 律子に密着(笑)したままの小鳥遊が、彼女の耳元で呟いた。
「その手がありましたか。」

 何かが「ラストガーディアン」から落ちてきた。戦っているロボ達に比べると、それはあまりにも小さかった。
 おそらく何か液体が入ったガラスの容器なのだろう。地面に衝突して、中身が周囲に飛散する。
 そしていきなりシャドウ・ガード達が機動力を全開にして、その姿が霞むくらいの速度で動き出した。
 他の3体は誤射を恐れて手出しができない。攻撃と思われる閃光が時折見えるが、シャドウ・ガード達も敵もその姿を捉えることが出来ない。
 と、それまで縦横無尽に勇者ロボ達を翻弄していた敵がいきなりその姿を表した。しかも何かに躓いたかのように地面に伏している。
『???』
 ジタバタもがいているが、地面に張り付けられたかのように動けないようだ。
『……もしや?』
 ある可能性が思いついたが、そんなことより今の好機を逃す手はない。3機が構えた瞬間、シャドウ・ガードが距離をとった。
アースガトリング!
ライナーストーム!
マグマドラゴン!
 一つ一つは小さいとはいえ40門ほどまとめられたガトリング砲が、その全身に装備された重火器の一斉射撃が、大地を割って現れた炎のドラゴンが、身動き取れなくなった敵を木っ端微塵に粉砕した。

 

「空山さん、またあなたですか……」
 ブリッジでは狭いので、リクレーションルームに動ける「被害者」達が集められた。
 中には床や壁に張り付いて、格納庫から動けなくなった者もいる。
 他にも「石破ラブラブ天驚拳」をやっていて離れなくなった綾瀬恵梨(あやせ えり)と神代沙希(かみしろ さき)とか、アイスクリームのワゴンから手が放れなくなった雫とかもいる。
 艦長である律子が叱責混じりで言うが、後ろから抱きしめられている格好では様にならない。
 アースフォートレスの助けもあって、着陸した「ラストガーディアン」。修理を済ませ、上空に戻ったものの、その間に行われた接着剤の剥離作業は何一つ成功しなかった。
 食事はともかく、一番の問題はトイレであった。同性同士(まぁ、百歩譲って恋人同士)ならともかく、そうでない組み合わせや、行くこと自体が不可能に近いくっつき方をしている場合もある。
「あっはっは。これは困ったわねぇ……
 ご飯になったら手が使えない隼人君にあ〜ん、とかやってあげようかと思ったけど、そうも笑ってはいられないか。」
「…………」
 陽気に笑うレミィだが、隼人は隼人で困窮していた。元々人付き合いの悪い隼人。身近にいたのも妹の和美(かずみ)くらいで、ハッキリ言って女性への免疫はあまりない。それこそ、他称友達以上恋人未満の美咲相手なら距離が狭まったことは何度もある。それとは違う女性との接触。美咲とは発育が違う(笑)のが原因なのか、男としての本能が沸き上がってきそうで、そのことが隼人を苛立たせていた。
「…………」
 更に取り繕ったような笑顔の少女がずっと自分たちに付き添っているのが心に鈍痛を感じさせた。

「とにかく、空山さんは事態を収拾させるべく、一刻も早く溶剤を作って下さい。」
「はい……」
 うなだれて返事をするリオーネだが、飛鳥の手を握りっぱなしなので、これもどうも様にならない。
「それで、どれくらいでできますか?」
 律子に問われて、急いで頭の中で計算する。
「大体…… 1ヶ所につき1時間くらい、か、と……」
 周囲からの視線が突き刺さり、思わず身を竦める。
 律子は背中に温もりを感じながら(笑)頭痛を堪えるように頭を振る。
「……急いで作業に入って下さい。」
「分かりました。」
 と飛鳥を連れて、リオーネは出ていった。

「小鳥遊さん、一つ聞いていいかしら?」
 小鳥遊(と律子)の所に来た麗華。
「ええ。どうかしましたか?」
 麗華はチラッと離れたところにいた美咲たちに目を向けてから、口を開く。
「あの子がリアライズ出来なかった理由ですけど……」
「私の推測でよろしければ……」
 と前置きして小鳥遊は説明を始めた。
 曰く、リアライズは召喚者の精神状態に左右される。精神力を消耗している場合、あるいは正常な状態じゃ無かった場合。
 前者はあり得ないので、後者と考えられるのでは、と。
「どういうことですか?」
 二人に挟まれた形の律子が聞く。
「つまりはあの子も普通の女の子だった、ってことね。」
「え?」
 麗華の言ってることがピンと来ない律子。
「美咲さんと隼人君の心の繋がりは、友人とか仲間とか恋人とか、そういうレベルをすでに超越している、と私は思っています。まさにベターハーフ。あの二人はお互いがいて当然。それくらいかと。
 そんな彼女が初めて抱いた不安。そして今まで感じたこと無い感情。それが彼女の心に大きな波紋を産んだものかと思われます。」
「……つまりは、焼き餅とかジェラシーみたいなもの?」
「そうですね。そういうことになります。」
「状況はアレだけど、ちょっと安心したわ。あの子も普通の女の子だ、ってことが。
 ……でもこれだけ騒ぎになってるのに、いつも出てきそうなあいつはどこ行ったのよ。」
 ここにいない少年の事を思いだしたことに、麗華はちょっとばかり自己嫌悪に陥っていた。

「あ、どもどもっす〜 ブリッジで聞いたらこっち、って聞いて来たっす。」
 この艦の購買部の謎の女性店員、自称「マッコイ姉さん」が手に手に荷物を持った6体の人間よりも小さいロボットを引き連れてやってきた。
「艦長〜 そんなわけで、荷物搬入の許可を貰いに来たっすよ。」
 許可証をヒラつかせながら彼女。後は律子がサインをすればオッケーなのである。
 言われるがままサインをする律子。書かれたサインを確認すると、折り畳んでポケットにしまう。
「一つ聞いてよろしいかしら?」
「麗華さん、なんすか?」
 ロボットを引き連れて去ろうとした彼女を呼び止める。
「それ、私の気のせいで無ければ、謙治のロードチームに見えるのですが?」
「そうっすよ。」
 アッサリと答えられ、ちょっと言葉に詰まりながらもどうにか続きを口にする。
 カイザードラゴン同様に、戦闘時の1/10サイズにして荷物運びに使われているようだ。
「じゃあ、その謙治は?」
「今あたしがこき使ってるっす。」
「……そう。」
 自分は何も「被害」にあってなかったが、なんかとても疲れたような気がする。
 会話が切れた為に、改めてリクレーションルームを辞そうとする「マッコイ姉さん」。
 ふと、室内にいた人に何らかの親和性が発生した。
 平たく言うと、全員がほぼ同時にあることに気づいたのだ。もしかしたら……

マッコイ姉さんっ!!!

「な、なんすか……?」
 異口同音で全員に呼ばれたために、さすがの彼女も冷や汗を浮かべながら一歩後ずさった。

 

「まぁ、そんなわけで、さすがのあたしも在庫全部使い切っちゃったっす。」
「ほぉ。それじゃあこれからまた買い付けかい?」
「そうっす。もう、大変っすよ。」
 艦内食堂。カウンター席で「マッコイ姉さん」はやや遅めの昼食をとっていた。
 結局、彼女が“たまたま”溶剤を在庫していたため、比較的早く事態は収拾した。
「あれ? そういやぁ、店はいいのかい?」
 食堂の“ハチミツおじさん”こと八道楽(はちみち がく)に聞かれて、彼女はニッコリと笑った。
「心配ご無用っす。ちゃんと店番置いてきたっすから。」

〈なぜ、この私が……〉
 ――pipipopipopipo
 前と同じ理由で店番を「頼まれた」カイザードラゴンが自分の身の上を嘆いていると、ロードダイバーが慰めるようにポンポンと肩を叩いた。

 こうして、この「ラストガーディアン」を危機に陥れた悪魔の発明(笑)による事件は解決した。
 しかし、それがもたらした影響は完全に消えてはいなかった。

「ええと…… ここ、いいかな?」
 美咲が恐る恐る隼人の隣の席を指さした。時間が時間で食堂は人もまばらで、席の確保に困ることはない。
「…………」
 無言で美咲を見上げた隼人だが、少女の目に浮かぶ不安と怯えの光に思わず視線をそらしてしまう。
 それを拒絶の意と思ったのか一瞬泣き出しそうな顔をしながらも、すぐに繕った笑みを浮かべて、ゴメンね、と逃げ出そうとする。
「おい。」
「あ……」
 そんな少女の手を掴むと、引っ張って強引に自分の隣に腰掛けさせる。更に肩を抱くようにして引き寄せ、ピッタリと密着させる。
 少女に触れていると、レミィの時とは違いドキドキするよりも先にどこか落ちつくような感じがする。エアコンも直りヒンヤリした空気の中、美咲の温もりは何とも心地よかった。
(そうか。俺もだったんだな……)
「どうしたの?」
 どこか安心した雰囲気の美咲が、隼人の方に体重をかけながら少年を見上げる。
「いや、なんでもねぇ……」
 同じように大地の側から離れないセレナや、咲也の側から離れない雪乃の姿も見られる。ちなみに月乃と花乃の二人は兄を必死で押さえていたが(笑)

「いやー。さすがにあの“接着剤”に効く溶剤は仕入れられないっすよ。」
「おや、天下のマッコイ姉さんにも無理なことがあったのかい。」
「どう見えるか知りませんが、これでもあたしは真っ当な商人(あきんど)っすから。」
「ラストガーディアン」を影から支える二人はそんなことを言いながら笑いあった。

 

 

オマケ1
「博士、艦の修理状況はどうなってますか?」
「応急処置ではありますが、ほぼ問題無しです。ただ、やはりそろそろ大がかりな整備をしたいところですね。」
 ブリッジの艦長席の背後に控える小鳥遊が携帯用端末を見ながらそう答えた。
(お二人とも意識してないようですね……)
 小鳥遊の立ち位置が5センチほど近づいた事に気づいたのは、おそらく美貌のアンドロイドのメイアくらいであったろう。

 

オマケ2
「時間かかりそうだな。」
「ええ、しばらくは見ているだけです。
 ……あの、飛鳥さん?」
「どうした?」
「あ、あの……」
 手を繋いだまま、真っ赤になって顔を伏せながらも、人生最大の勇気を奮いながらリオーネが言う。
「あ、汗かいて、その、なんかベタベタして、その…… お、お風呂に、入り……たいな、と。」
「そ、そうか。それはしょうがない、よな……」
 同じく真っ赤になって倒れそうなほどに血圧が上がりながらも、どうにか言葉を返す飛鳥。
 ……いいから誰か教えてやれ(ぼそ)