オリジナルブレイブサーガSS
「会いたいから……」
(マンガ:阿波田閣下氏 3DCG:緋水氏)
Seane1

 

 

「それでは美咲(みさき)さん、お願いします。」
「うん…… リアライズ!」
 腕に付けたブレスレットのクリスタル――ドリームティアが光を放つと、作業台の上に10センチほどのロボットが現れる。
「はぁ……」
 理論も聞いていたし、実際に巨大ロボをリアライズ――実体化させるのも見たことがある。が、自分が用意したデータそのままの物が目の前で生み出されるとやっぱり驚いてしまう。
「ねぇねぇ、リオーネちゃん。このロボット何?」
 橘(たちばな)美咲に聞かれ、空山(そらやま)リオーネは驚きで半分ずり落ちていた伊達眼鏡をかけ直すと、作業台に近づく。
「ええ…… 私が設計して初めて実戦配備されたクライスターってロボットです。」
 少し悲しそうにロボットを手に取るリオーネだが、それを知ってか知らずか美咲が心底感心した声を上げる。
「リオーネちゃん凄いね! 謙治(けんじ)くんも色々作ったけど、ボク全然そういうの分からないから……」
 揶揄も何も無く、凄い凄いと言う美咲にリオーネも笑みを浮かべる。
「でもドリームリアライザーも本当に凄いです。データさえあれば、どんな物も生み出せるなんて。」
「う〜ん…… でも原理聞かれてもボク分からないし。やっぱりリオーネちゃん凄いよ。」
「ありがとうございます。」
 元々裏三次元でロボット関係の技術者をしていたリオーネはその年齢にも関わらずこの「ラストガーディアン」の中で一目置かれている。
 そして今回、美咲たちの勇者ロボを召喚するためにシステム、ドリームリアライザーのシステムを研究しようと艦長に許可を求めたのだ。
 今現在、万能戦艦「ラストガーディアン」は海上都市アクアワード近郊で待機していた。ここ数日、アクアワード周辺で極微なディメンションディストーション(次元湾曲)が何度も観測されていた。そしてその警戒と補給などを兼ねて停泊している。
 トリニティの襲撃も小さな物が散発的に起きるだけで、艦ごと移動して対処するような事態にもなっていない。
 多少緊張の揺るみかけた中、リオーネの半ば好奇心による申請が通ったのも不思議ではなかった。ただ艦長である綾摩律子(あやま りつこ)から必要最低限の人材を割けない、と言われ、リオーネと美咲だけで実験を行うことになったのだ。

「ふぅ……」
 ちょっと疲れたような息をつく美咲。
 物は小さいとはいえ、精神力を糧に物体を生み出すのだから、長引けばそれなりに疲れてくる。リオーネも慣れているとはいえ黙々と実験を続けていると気が張って仕方がない。
「は〜い、おやつ作ってきたよ〜っ!!」
 実験室のドアが開いて、リオーネの妹であるほのかが入ってくる。持っているトレイの上にはクッキーがたくさん詰まった瓶と紅茶のポットが乗っている。
 昼から初めて早数時間。ティーブレイクに良い時間だ。
 甘いクッキーと紅茶が少女達の身体と心の疲労を洗い流していく。
「……あ!」
 ふとほのかが作業台の上のロボットに気付いた。
「これガードパラディンさん?!」
「ええ、ちょっと複雑な変形合体システムを持つロボも再現したかったので、データをとっておいたんです。」
「ちょ、ちょっと触ってもいい?!」
 興奮した様子のほのかにリオーネは苦笑しながら一度美咲に確認の視線を送る。美咲はちょっと考えるような素振りを見せてからうん、と頷いた。
 まるで解き放たれた獣のように(笑)ガードパラディン(1/100)を手に取るほのか。様々な玩具で鍛えた指が瞬く間に4体のガードナイツを完成させる。ビークルモードからロボモード。まずは三体合体のガードナイトにしてから、更に1体追加してガードパラディンに。
 しっかり変形を堪能すると、必殺技のセイントクラッシュのポーズで作業台に戻る。
「う〜ん、バーンレイバーさんがあれば、フルアーマー状態が出来たのに……」
 ちょっと残念そうなほのかだが、すぐに目をキラキラさせて二人を振り向く。
「ね、他に無いの?!」
「他、って…… 美咲さん?」
 さすがにそんなにデータを用意してなかったので、話をそらす意味で美咲に振る。
「う〜ん…… あ、謙治くんの所になんか無いかな?」
「謙治さんの所ですか……?」
 言われて艦内LANのデータを探す。美咲の言う田島(たじま)謙治は美咲と同じドリームナイツの一員。メカニック担当でアニメ・特撮や兵器の趣味が高じて、ドリームナイツのメカのいくつかを設計している。
 と、隠されてないデータ領域にいくつかの形のあるデータがあった。様々な形の武器なのだが、リオーネと美咲には何がなにやらさっぱり分からない。
「あ! これ! これできる?!」
 ほのかの指さした「真ん中に丸い穴の開いたトランク状の物」と「折りたたみ式携帯電話」をリアライズした美咲。興奮したようにそれに触るほのかだが、

 

本当に「弾」が出て壁に穴を開けてしまったのは3人だけの秘密となった。

 

「よし、今日はここまで。」
 神崎慎之介(かんざき しんのすけ)が道場で死屍累々と倒れている面々の前で終了を宣言する。艦内の風紀委員として一部のメンバーからは恐れられているが、武芸の師範として時折若いパイロット達を鍛えている。
「大神(おおがみ)と秋沢(あきざわ)兄は残れ。」
 どうにか復活した人がワラワラと道場を辞すると、慎之介、大神隼人(はやと)、秋沢飛鳥(あすか)の3人が残った。
「……なんですか?」
「…………」
 真面目に聞こうとする飛鳥と、面倒くさそうな表情を隠さない隼人。どこか二人ともそわそわしているように見える。
「ハッキリ言わせて貰えば、お前達二人とも武器の扱いが他の者より遅れているようだからな。」
「…………」
「…………」
「まずは秋沢。お前の機体は確かに中遠距離向きではあるが、近接戦もこなせる機体だ。田島のように射撃戦に特化しているわけではないのだから、ある武装を使いこなせればそれだけで戦力強化になる。」
「はい……」
 慎之介の視線が今度は隼人に向く。
「次に大神。格闘戦に特化しているのは分かるが、武器の扱いを憶えれば武器を持った敵との戦いの助けになるだろう。素手よりも武器があった方が長く、硬く、鋭いのは自明の理だ。そうだな?」
「ああ……」
 事実なので不承不承認める。
(それ以前に、何かこの二人、ここのところ殺気立っているような気がするのだがな。)
「よし、お前達はそこの長い棒を使え。好きなようにかかってこい。」
 基本の身体能力はともかく、慎之介の指摘通り武器に慣れてない二人の攻撃はかわすのは目を閉じていても容易い。
 多少でも発散できれば、と思いながら二人が動けなくなるまで相手することにした。

 リオーネと美咲の実験は黙々と進められる。
 効率を上げるため、とのことで他の人の出入りは原則禁止されていた。
 朝から実験室に篭もり、夜に部屋に戻り、と二人はほとんど人に会わずに数日を過ごしていた。
「う〜ん、なんか最近みんなに会ってないなぁ。」
 足をぶらんぶらんさせてつまらなそうな美咲。美咲の言葉にキーを叩いていたリオーネの手も止まる。
「そう…… ですね。」
「やっぱり飛鳥くんに会えないと寂しい?」
「え、あ、その…… はい。」
 自他共に認める恋人の名前を出されて、口ごもりながらも肯定するリオーネ。
「そうだよね。ボクも隼人くんと会えないと寂しいし。」
 恋人では無いのだろうが、そういう意味では一番近い少年の名を挙げる美咲。この二人は艦内でも賭の対象にされたり、やきもきされたりと有名な「友人以上恋人未満」の関係である。ちなみに美咲にはそういう意図は全くない。
「……寂しい、ですよね。」
「リオーネちゃん?」
 少女の声のトーンが変わって、美咲は思わず名前を呼ぶ。
「寂しい、って感覚を久しぶりに思い出しました。
 私が孤独の闇から救い出されてからはいつも側にほのかがいて、雫(しずく)さんがいて、そして飛鳥さんがいて……」
 時折、研究に没頭して誰とも会わないこともあるが、それはそれで没頭していて寂しさなど感じる暇もない。ただ、今回はそこまでの物ではないので、ふとしたときに感じてしまう。
「そっか…… 確かリオーネちゃんもお父さんとお母さんがいないんだよね?」
「え…… はい。そうです……」
 二度と会うことが出来ない家族を思い出して、目の奥が熱くなる。と、美咲の言葉に違和感を感じた。
「……『も』?」
「うん、ボクも…… パパとママ、死んじゃったから。」
 普段笑顔しか見せない少女の顔に一瞬影が落ちる。が、すぐに光が戻る。
「なんか…… 似てるね、ボクたち。」
「……かも知れませんね。」
 前々から何となくシンパシーじみた物は感じていた。
 深い傷を心に抱えながらも、強く生きていて、そして今は支えてくれる人がいること。もうちょっとあちこちが成長して欲しい、というのはあまりにも悲しくて口に出せない。
 ふふっ、と思わず笑みが浮かぶ。
「私たち、幸せですね。」
「うん。でも…… 今はちょっと不幸せ。」
 おどけて言う言葉に、無機質な実験室の中で笑いの花が咲いた。

「まだまだ……」
「くそっ……」
 倒されても倒されても鬼気迫る表情で立ち上がる飛鳥と隼人の攻撃を捌きながらも、二人の目の輝きに既視感を憶える。
(そういえば……)
 慎之介には目に入れても痛くない雪乃(ゆきの)・月乃(つきの)・花乃(はなの)という3人の妹がいる。その中の長女が草薙咲也(くさなぎ さくや)という男と相思相愛で、他の二人の妹も咲也に好意を持っている。
 早い内に両親を亡くし、3人の妹の親代わりを務めた慎之介にとっては「おとーさん許しませんよ!」というレベルの敵愾心を抱いている。悔しいことに、草薙咲也という男は人間的にも立派で非の打ち所が少ないので、なおさら意地を張ってしまう。
 過去に「雪乃に会いたいのなら自分を倒してみろ」と言ったところ、何度倒しても立ち上がってきた。
(……その時の目に似てるな。)
 ふと、艦内の人間関係を思い出す。
(……なるほど。)
 二人の気が立っている理由に思い当たり、納得した。
(若いというのはいいものだな。)
 さほど年齢に差があるわけじゃないのだが、超えられない隔たりを感じてふと昔に思いを馳せる。
(まあいい。)
 本気の何割かを出して、神速で二人を薙ぎ倒す。
「暴れたいのならいつでも相手になってやる。今日はここまで。」
 その言葉に二人は半ば気を失いながらも、ヨロヨロと片手を上げて、そして力尽きた。

 それから更に数日。
 リオーネと美咲の実験はちっとも進んでいなかった。寂しさを埋めるように二人でお喋り。気付くと「飛鳥さんが〜」「隼人くんが〜」と同じ人物の話題になっている。
 飛鳥と隼人も毎日憂さを晴らすかの如く、慎之介に戦いを挑んで見事に返り討ち。毎度毎度ろくな戦果も挙げられずに叩きのめされているので、逆にストレスが溜まっていそうだ。
 二人の周りの空気が明らかに変わっている。
 家族や仲間ですら近づくのを躊躇われる雰囲気で、いい加減二人にとってのトランキライザー(精神安定剤)が戻ってくるのを心待ちにされている。が、残念なことにある程度の成果が出るまで、と厳命されていて、なかなかリオーネ達の実験は終わりそうにない。
 さすがの艦長も少年二人の雰囲気に考えを改めそうになったが、これも精神修行の一環、ということで見ない振りをする。
 ……こうして、周囲の人の心臓に悪い時間が今日も過ぎていく。

「DD(ディメンションディストーション)係数増大! 臨界を…… 突破しません!」
「係数更に増大中! ……予想質量、推定不能です!」
 突然、アクアワード郊外に巨大な空間湾曲が観測された。
 いつもなら複数の湾曲が生じ、そこから敵が何体も現れるのだが、今回は一つしか発生してない。しかし規模は今までの物と桁が2つも3つも違う。
 今までの経験則から、湾曲の大きさに応じて敵も大きくなるのだが、今までの計測値を遙かに超える数値でどれほど巨大な物が現れるのか予想できない。
「第一種戦闘配置! ジェネレーターを戦闘出力までアップ!」
 律子の声が飛ぶ。ブリッジ内も艦内も一気に騒がしくなった。
 周囲の空間をねじ曲げながら、歪みから「何か」が現れる。
『樹……』
 それはまさに樹であった。目測ながら全高おおよそ1キロ。
 勇者の中でも最大の大きさを持つアースフォートレスですら500m。その次がジンガイオーの60mである。大人と子供どころか、巨人相手でももうちょっと分が良さそうである。
「敵――今後巨樹型と呼称します――は地面に『根』を張った模様です。」
「巨樹型より無数の物体が射出されました!」
「解析急い――」
 と、言いかけたときに衝撃がラストガーディアンを揺らした。
 放たれた「無数の物体」が一斉にミサイル状の物を発射したのだ。そのほとんどは距離があったために届かず落ちたが、幾つかが「ラストガーディアン」に命中していた。
「損害軽微! しかし、射出された物体は次々と数を増しています!」
「解析終了しました。現れた敵は2種類。一つは翼長10m程の飛行型。もう一つは7mほどの地上型。葉と実を模した作りをしています。それぞれ飛行型分体・地上型分体と呼称します。」
 メインスクリーンに巨樹を中心に、まさに雲霞の如く敵が迫ってくるのが見えた。
「……! 発進可能な機体は出られる者から出て!」
 敵の数の多さに言葉を失いそうになるが、指揮官として必至に指示を飛ばした。

 鳴り響く緊急警報に揺れる艦で異常事態であることが嫌でも分かる。
「リオーネちゃん!」
「はい…… 画面出ました!」
「……うわ。」
「アースパンツァー!」
(おおよ!)
 リオーネが腕のスピリットリングを構えると緑色の光が飛び出し、壁を突き抜け表に飛び出す。
コール、アースフォートレス!
「おおともさ!」
 リオーネの指示でフルアーマー・ブースターを召喚して、超巨大ロボ・アースフォートレスに城塞合体。「ラストガーディアン」の隣に着地すると、全身の武器を迫る敵に向けた。
「行くぜっ! アース・スパルタン!」
 全身に装備されているアースガトリングを筆頭に、全ての武器が唸りをあげた。迫る敵分体が派手に爆発していくが、その数の一割も減らすこともできない。

「手を休めないで! 弾幕を! アクアワードに敵を近づけないように!」
 なにせ敵の数が多すぎる。
 撃っても撃ってもキリがない。更にビームやミサイルを放ち、更には弾幕をくぐり抜けて体当たりまでかけてくる分体までいる。
「発進孔を塞がれないように! 召喚できる勇者は甲板付近に直接召喚させて!」
 どうにか適切に指示を飛ばすが、薄氷を踏むような状況に律子も余裕がない。できるなら逃げ出したいくらいだ。
「……!
 シャインサイザー、ウルフブレイカー、敵集団に突入していきます!」
 メイアの声にブリッジ内の目が戦場の模式図に集まる。シャインサイザーとウルフブレイカーを表す輝点が敵本体目がけて高速移動していた。

 とにかく暴れたかった。
 ムシャクシャしている理由は敢えて考えない。
 目の前の敵を撃ち、殴り倒し、道を切り開いていく。
「何やってる、大神。」
「そういうお前こそ。」
「……足手まといになるなよ。」
「そっちもな。」
 固まっていると集中砲火を浴びそうで、シャインサイザーは高度を上げる。シャインサイザーが飛行型分体を、ウルフブレイカーには地上型分体を蹴散らしながら巨樹本体に向かう。
 近づけば近づくほどその巨大さが分かる。まだ距離が離れているはずなのに、見上げても上が見えないほどの高さだ。
 不意に風に吹かれたかのように木の葉が舞う。
 2機の周りに葉が吹き荒れる。そしてそれが全て飛行型分体に姿を変えた。
「「何?!」」
 それらの分体が一斉にミサイルを放った。
 全てが2機を狙ったものでは無かったが、逃げ場のない程のミサイルに何発も直撃を受ける。一つ一つは小さいが、隙間無く放たれるミサイルに逃げ場を失っていく。
 必至に反撃するが多勢に無勢、徐々に追いつめられていく。
 ドン。
 背が何かが触れる。
 いつの間にかに巨樹のところまで追い込まれたらしい。
 壁のような樹に手をかけながら立ち上がる。お世辞にもダメージは小さくない。
 立ち上がる間に地上型分体も集まって、まさに蟻の這い出る隙間もないほど囲まれた。
「……しまったな。」
「……ああ。」
 すっかり熱が冷めていた。
 暴れたせいもあるが今までのイライラも消え失せ、本来の冷静さが戻ってくる。
 自分たちはなんでこんなに気が立っていたんだろう。
 分かっていた。しかしそれを認めていなかっただけだ。
 ジワリジワリと包囲網が狭まる。死が眼前に迫る。
「くっ……」
「くそ……」
(こんなことなら……)
 二人の脳裏にそれぞれ別の少女の笑顔が浮かぶ。
 最期に、という言葉が出そうになったとき、背後の「壁」が不意に柔らかくなった。
 樹皮がいきなりめくりあがると、2機を包み込むように広がる。
「「……!!」」
 反応しようにもダメージの大きくなった機体はすぐに動いてくれない。
 一瞬の遅れが致命的で、すぐさま2体は樹皮に包み込まれてしまった。
「押しつぶす気か?!」
「こんなもの……!」
 振り払おうとする2機だが、樹皮の内側の組織に触れた途端、いきなり動けなくなる。。
「なんだ……?」
「分からない。しかし力が抜ける……」
 飛鳥の問いにサイザーが返した。
「身体が……」
 隼人も強い脱力感に膝が崩れ落ちそうになる。が倒れない。
 いや、巨樹の内部組織からウルフブレイカーが離れない。それどころか、機体を浸食しようと食い込んでくる。シャインサイザーも同じ様子ですぐに取り囲まれてしまう。
 2機を取り込んだ巨樹の表面が徐々に元に戻っていく。
「「……! ……!!」」
 外界との接点が閉じられようとして叫んだ言葉も、それは厚い樹皮に遮られ届けたい相手に届くことは無かった……

「シャインサイザー、ウルフブレイカー、反応消失!
 ドリームリアライザーの反応を見る限り、破壊されてはいない模様。推測ですが、敵巨樹型本体に取り込まれたと考えられます!」
「くっ……」
 律子が苦しそうに呻く。状況はとことん勇者側に不利。
 防戦一方の上に、敵の数に徐々に押されそうになる。基本的に勇者ロボは一対一、せいぜい一対三くらいまでで戦うのを得意としている。
 敵分体のそれぞれは弱くとも、これほどの数を相手にしていれば嫌でも消耗していくし、ダメージも増えていく。
 今必要なのは強さよりも手数だ。今戦線を支えているのは「ラストガーディアン」とアースフォートレスの火力である。広範囲攻撃ができる勇者ロボも健闘しているが、やはり状況は芳しくない。
 その中での2機の脱落。無論救助しなければならないが、それに割く戦力や士気の事を考えると、状況は悪化の一途だ。指揮官ならば無謀な特攻をした2機を見捨てるべきなのだろうが、律子にはそんなことはできない。
(どうしたらいいの……)
 答えてくれる者は誰もいない。

「……飛鳥さん!」
「どうしたのリオーネちゃん?」
 いきなり悲鳴を上げたリオーネに尋ねる美咲だが、振り返った少女は真っ青になっていた。目を閉じて、深呼吸をして、科学者としての冷静さを無理矢理叩き起こす。
「シャインサイザーとウルフブレイカーが敵の巨樹型本体に取り込まれてしまったようです。」
「……!」
 その言葉に目を見開く美咲。
 今回は二人揃って研究員とされているため、出動の許可も命令も出ていないが、無言で飛び出そうとする美咲。その手をリオーネに掴まれた。
「ダメです。今無策に飛び出しても誰も助けられません。」
 リオーネの言葉にキッと睨み返そうとした美咲だが、沈痛な表情の少女に動きが止まる。よく見ると自分を掴む手が小刻みに震えていた。
「……スターブレイカーの能力では、あの敵を突破して二人の元に向かうのは九分九厘不可能です。」
 言いたくないことを無理矢理言い放つようにリオーネが呟く。
「フルアーマー・ブースターの火力があれば、どうにか敵陣を突破することができるかもしれない。でも今の現状でアースフォートレスを欠くことは戦線の崩壊を意味する……」
 誰に言うわけではなく、それこそ自分に言い聞かせるように呟くリオーネ。
 ギュッと閉じた目から涙がこぼれそうになる。
「飛鳥さん飛鳥さん飛鳥さん飛鳥さん……」
 自分の無力さが悔しい。美咲のように直接ロボットに乗って戦えるわけじゃない。アースフォートレスに乗ることはあるけど、それも単なるサポートだ。
 知識だけでは何もできない。ロボットの設計ができたって、それを作ることはできない。知りたくもない残酷な事実だけが身にのしかかってくる。
 美咲のように、それこそ飛鳥や隼人のように、自分の心の赴くままに飛び出すこともできない。
「リオーネちゃん!」
 不意に耳元で呼ばれた名前に顔を上げる。
 そこには強い決意を瞳に込めた美咲が立っていた。
「リオーネちゃん。いくつか聞いていい?」
「はい……」
「フルアーマー・ブースターがあれば隼人くんも飛鳥くんも助けられる?」
「……確実に、とは言えませんが、可能性はだいぶ高くなります。しかし……」
 今外すわけには、と言いかけた言葉を美咲が遮る。
「フルアーマー・ブースターのデータ、ってある?」
「いえ、まだデータに変換してません。私は全て記憶していますが……」
 ガシッと美咲の両手がリオーネの両肩を掴む。小さな手ながら込められた力は強い。
「じゃあ、リオーネちゃんはフルアーマー・ブースターを正確に描けるんだね?」
「はい。時間さえ頂けれ…… まさか?!」
「博士が言ってた。データに無い物でも、頭の中で正確に描ければリアライズすることができる、って。」
 普通レベルの天才では不可能だ。しかし、スーパーコンピュータ並のリオーネの頭脳なら不可能ではない。
「…………」
「ボクは一人でも行くよ。できないからって諦めたくない。」
 その表情は沈痛ではあるが、辛い悲しみを乗り越えた者だけが持つ強さが見て取れた。そうだ、自分にだって……
 リオーネが返事しないのを見ると、そのまま身を翻して出ようとする美咲。
「待って下さい!」
 腕を掴んではいないが、その言葉の強さに足が止まる。
 振り返った美咲には笑顔が浮かんでいた。

 

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