オリジナルブレイブサーガSS
「揺れ動かぬ物」

 

 

 小柄な少女二人が手にプラスチックの棒を持って対峙する。
 片方のショートカットの少女はやや困ったような顔で、もう一人のロングヘアの少女はどこか楽しげにお互いを見てから、一礼。
 直後、素早く間合いを離したかと思うと、二人の持っている棒が打ち合わされ断続的に甲高い音を立てた。

 万能戦艦「ラストガーディアン」艦内道場。
 ここ数日の名物となった試合が始まっていた。
 勇者ロボの搭乗者やパートナーは何かしらの武術を習っている者が多い。
 大きく分けて格闘技、武器(特に剣術)、射撃に分かれているのだが、大抵どれかに特化していることが多い。かの剣鬼と恐れられる御剣剣十郎(みつるぎ けんじゅうろう)とはいえ、剣を持たなくてはその戦闘力が大きく下がる。……とはいえ、一般を10として、10000が7500になったからってどれだけ弱化していることやら。
 中には不知火誠(しらぬい まこと)や草薙咲也(くさなぎ さくや)のように正式な戦闘訓練を受けている者もいるが、大抵は中高生でそのような者は皆無である。
 ……が、やはり例外はありまして。
「今日こそ負けません。」
 ロングヘアを邪魔にならないように縛った少女――空山(そらやま)リオーネは昔裏三次元で軍の士官をしていた経歴があり、正式な戦闘訓練を受けている。更にその環境により、常人の数倍の身体能力を持っている。
「ううっ、どうしよう……」
 対するショートカットの少女――橘美咲(たちばな みさき)は幼少の頃から、という程ではないが、祖父から格闘技や武器の扱いを習っている。天賦の才があったのか、その腕は達人と言って差し支えない。
 いわゆる「女の子」の中で「達人」と呼ばれる腕前の少女は彼女たち以外にはあと二人くらいしかいない。
 リオーネは剣サイズの棒を2本両手に構えての二刀流。美咲は少し長目の棒を斜めに構えて棒術の構えだ。速度は若干美咲の方が上――厳密に言うと能力的な素早さはリオーネの方が上なのだが、自分で制御できる速度となると若干落ちてしまう――だが、力はリオーネの方がずっと上。その重い一撃一撃を受け流しているだけで体力を消耗してしまう。
(……よし、)
 防戦になった美咲に追い打ちをかけようと双剣(棒)を思い切り叩きつけたところを、ワザと棒から手を離して攻撃を空振りさせる。
(あっ!)
 双剣であることを最大限に利用し、力を込めたのは右の剣だけ。たとえスカされたとしても、左の剣はまだ生きているのだ。
 次の動作に移ろうとしている美咲を狙う「生きた」剣。次の行動を一瞬でキャンセルし、素早く剣よりも近い間合いに飛び込む。リオーネの左手が美咲の肩を叩くが打点がずれているのでダメージにはほど遠い。
「ほっ!」
 剣の生死はともかくリオーネの両手がふさがっているのは間違いない。すかさず彼女の胴着を掴んで背負い投げに持ち込む美咲だが、それを寸前に察知したリオーネが自分から跳ぶ。
 間合いが開いて、美咲は素手、リオーネは双剣のまま二人の動きが止まる。
「その手は3度目と7度目に見せていただきました。」
 ニッコリ。
 リオーネも戦いでハイになっているのか素敵な笑顔を見せている。
「うう、やっぱり……」
 リオーネのスーパーコンピュータ並の頭脳は一度見た戦闘方法を記憶し、更にそれに対抗する手段を分析済みであった。今までは美咲の技(というか奇策)に負け続けていたリオーネだが、いい加減美咲の方が手詰まりになってくる。
「ここは攻めさせていただきます!」
 両手を広げながら一気に突っ込むリオーネ。徒手空拳の美咲はバックステップで下がってコーナーに向かって走る。
 剣も槍(棒)も銃も扱える二人の特殊ルールとして、各コーナーに武器が置かれているのだ。
「させません!」
 武器を取らせまいと走るリオーネ。二人がちょうどぶつかる寸前で美咲がいきなり急角度に方向転換をする。
「え?!」
 自分に向かってきた美咲を迎撃するか、避けるか、それとも…… と一瞬でも悩んだ隙に肉薄された。反射的に剣を振るって体勢が崩れたところを馬跳びの要領で跳び越えられる。
「よいしょ!」
 着地の瞬間、水面蹴りがリオーネの足を襲う。
 直撃は避けたものの、バランスを崩して前のめりになってしまう。美咲の反撃に大して構えたときには美咲は反対側のコーナーにたどり着いていた。
「くっ……!」
 コーナーで銃――訓練用のショックガンを取って構えた美咲がそのままリオーネに向かって駆けていった。

「遠距離で戦わないのか……」
 リオーネの恋人である秋沢飛鳥(あきざわ あすか)は美咲の行動をつぶさに観察する。動体視力には自信あるが、さすがに達人級の二人 だと動きを追うので精一杯だ。生身ならともかく、彼の乗るロボ――否、聖霊サイザーは射撃を得意としている。となると、やはり他人の射撃のスキルは気になってしまうのだ。
 飛鳥――サイザーのスタイルは飽くまでも遠距離からの射撃で、やらないことはないが接近距離での射撃はほとんど無い。
「いやー、相変わらずあの二人は凄いな〜」
 陽気な声が隣から聞こえる。声の主は西山音彦(にしやま おとひこ)だ。
 女好きとして悪名(?)が鳴り響いており、勇気で補っても0のままの成功率でナンパにいそしむ毎日であるが、それを差し引いても明るい性格が幸いして結構な人気者である。
「でも、ちーとつまらんな〜 な、そう思わへん?」
「?」
 何がつまらないんだろ? あれだけの闘いを生で見られるのだ。音彦かて、そういうのが嫌いな訳じゃない。そうであったら、ここで見学or応援なんてしていないだろ。
「だってなぁ、あんだけ激しゅう動いてるんに、ちーっとも胸が揺r」
 いきなり音彦が消えた。
「……ここ空いてるか?」
 ぶっきらぼうに聞いて、返事も待たずに腰を下ろしたのは大神隼人(おおがみ はやと)であった。美咲とは微妙な関係というのは周知の事実である。
(今一瞬、音彦が後ろに飛んでいたような……?)
 振り返ってみると……
 飛鳥は何となくピラミッドにあったような壁画を思い出した。
(相変わらず速いな……)
 不意だったとはいえ、ほとんど見えなかった。というか……
「どうした?」
「いや……」
 下手なことを言ったら今度は自分が壁画の仲間入りだろう。沈黙は金、なるほどこういう意味か、と飛鳥は実感していた。

 ジグザグに走りながらショックガンを撃つ。狙っているようには見えないが、正確な射撃がリオーネの足下や手を襲う。
「させません!」
 ある物は避けて、ある物は剣で弾く。
「うん、でもね……」
 残弾数を確認しながら4連射。わざと右の剣に当たるように、しかも僅かに打点をずらしながら命中させる。制御を失って暴れた剣がリオーネの手からすっぽ抜ける。
「正確なら正確なりに狙い所があるんだよ。」
 持っていたショックガンを下手投げでリオーネに向かって放り投げる。反射的に右手で受け取ると、その間にすっぽ抜けた剣を美咲にキャッチされてしまう。
「行くよ!」
 剣を得た美咲が、今までのお返しとばかりに一気に攻めこむ。
 持ち前のスピードで翻弄する。剣だけじゃなく、下手に隙を見せたら足技まで飛んでくる。
 リオーネはそれを左手に残った剣でどうにか捌きながらも、パニックに落ちかけた頭をどうにかクールダウンさせようとする。が、一度混乱しかけた頭脳はなかなか元には戻らない。
 その間にも鋭い斬撃がリオーネを襲う。
 双剣を得意としているが、左手に残った剣だけでは反撃の糸口すら見つけられない。
「それならっ!!」
 渾身の力を込めて左手の剣を横薙ぎにする。
 受けることもできずに、バックステップで避ける美咲。間合いが開いた瞬間に大きく跳躍しながら、さっき美咲が落とした槍に向かう。
「わ。」
 あんまり驚いた口調ではないが、若干表情を引き締めるとリオーネを追いかけるが、直線ならリオーネが倍近く速い。美咲が追い付いた頃にはすでに槍を手に待ちかまえていた。
「参ります!」
 槍がブンと唸りを上げる。剣と槍では三倍段と呼ばれるように槍の方がずっと有利である。武器の扱いなら美咲の方がやや上とはいえ、三倍段を埋めるほどの実力差ではない。
 双剣の時よりも戦い方は荒くなっているが、長さと力を生かしての鋭い一撃を受けることは不可能だ。更に突き、薙ぎ、払って美咲の逃げ場を徐々に狭めていった。

「攻められてるな。」
「ああ……」
 天秤が大きく傾いた勝負を見ている飛鳥に隼人。
「しかし、恐ろしいことをしているな、美咲は。」
 ふと隼人の反対側から女性の声が聞こえてきた。彼女は相良円(さがら まどか)。昔は闇騎士サガとして「勇者」と敵対していたのだが、今は色々あって「勇者」の一員となっている。二つ名を得るほどの腕前の剣士であり、今は普段の気の良いお姉さんの顔とは別の鋭い戦士の顔になっている。
「どういうことだ?」
「おそらく、だが、美咲は自分の速度を2割…… いや、3割落として戦っている。よくまぁ、あそこまで自分を抑えられるものだ。」
 言われてみると、確かに普段と比べて心持ち「遅い」ような気がする。
 その為、美咲は槍を紙一重のギリギリでどうにか避けている、という感じだ。そのことに気付いているのかどうかは不明だが、リオーネは気を抜くことも無く攻め続ける。
 体力勝負になるとリオーネに一日の長がある。更に半ば力任せで振るうリオーネに比べ、それを緻密にかわしている美咲の方が精神的な消耗が大きい。
「これは…… さすがに負けたか?」
 呟いた飛鳥だが、隼人は美咲を取り巻く「気」が微妙に変化しているような気がした。それと同時にとても嫌な予感がよぎる。円も同じなのか、僅かに身構えていた。

(今回は…… 勝てます!)
 自分の槍の間合いに完全に追い込んだ。
 受けるどころか、受け流すのも難しい打撃。接近も間合いも開かせることも許さない槍の「結界」。
(さぁ、どうします?)
 余裕を持ちながらも隙を見せないようにチェックメイトへの手を進める。このまま行けば美咲の体力か集中力が途切れるのが先だ。そう考えた時、不意に周囲の空間が変わったように感じられた。
「……!」
 いきなり心臓を鷲掴みにされるような感覚。いや、これは恐怖だ。
 様々な、それこそ命がけなんて言葉では表現できないほどの経験をしてきたリオーネだ。少々のことでは動じないはずだ。では何故?
 理性がすぐに状況を判断する。自分に向けて殺気が向けられている。
(殺気?)
 その発生源はすぐに分かった。
 目の前で剣を握る少女。
 僅かに顔を伏せていて、その表情は窺えない。
 しかし、
 その口元は、
 確かに、

 嗤っていた。

 いきなり美咲の身体がかき消えた。
 否、自分の予想以上の動きをされたので、一瞬見失ったのだ。
 反射的に槍を見えない少女に向かって振るう。手に響く硬い振動。
 美咲がタイミングを合わせ、槍に剣を叩きつけたのだ。
 さっきまでと全然動きが違う。それまでは訓練だから、と双方ともどこか手加減している部分があった。しかし今の美咲は殺気でリオーネを貫きながら、殺意を持って剣を振るっていた。
 怖い。
 自分と同じ過去に辛い記憶を持つ少女。それが故に何処か自分に似ていると思っている仲間であり友人。
 いつも笑顔を絶やさない少女が自分に向けて殺意を向けている。それが何か疎外感を感じさせて、どこか孤独の闇を彷彿とさせて、自分が一人になったような錯覚を受ける。
 恐怖に足が竦みそうになるが、今はさっきと立場が逆転していた。必死に縦横無尽に振るわれる剣を捌く。
 それまでの倍以上の速度で、いや速度自体はそう上がってはいないはず。ただ、剣を巧みに持ち替え、さらに開いた手や足がその手数を無数に増やしていた。
(捌き…… きれない?!)
 いきなり襲った絶望感にリオーネのコンピュータもフリーズしかけた。

 槍を手からはじき飛ばされたリオーネが後ろに跳んだ。口元に薄ら笑いを浮かべた美咲がそれを追いかけるように迫る。剣を捨てて一気に肉薄すると、リオーネの胴着を掴む。投げられる、と思ったリオーネが先に自分から跳ぼうとするが、その跳ぶ方向に合わせて投げられて、高く舞い上がる。
 予想しない事に一瞬我を忘れるリオーネ。
 空中で無防備になった少女に、美咲が地面に手をついてから追いかけるように蹴りを放つ。
「止めろ、美咲っ!!」
 叫びながら飛び出した隼人に美咲の動きが一瞬止まった。
「好機!」
 素早く闇騎士姿になったサガ――円が残像を残すくらいの速度で飛び上がった。
「許せよ!」
 空中で追い付いて、剣の腹で美咲を思い切り叩き落とす。
「……美咲!」
 すかさず隼人が落下地点に回り込み、落ちてきた少女を受け止める。
 リオーネはいきなりの乱入に混乱しかけるも、自分に向けられた殺気が消え、どうにか冷静さを取り戻す。空中で身を捻り、どうにか着地。
「美咲さん?!」
 隼人の腕の中でグッタリしている美咲にリオーネが駆け寄る。気を失っているようだが、息が荒い。
「……ちっ。」
 一つ舌打ちをすると、隼人は美咲を抱えて医務室まで走っていった。

 ……
 …………
「あれ?」
 ふと目が覚めた。目が覚めた、ってことは眠っていたか……
(気を失って、いた?)
 天井を見ると見覚えのある物。医務室の天井だ。
「……?」
「起きたか。」
 横から声が聞こえる。ぶっきらぼうだけど、本当は優しい。そんな声。
「あ、隼人くん…… いたっ。」
 身体を起こそうとすると、腹部に鈍い痛みが走る。
「無理するな。思いっきり腹を剣で殴られたんだ。痣になって……見なくてもいい!」
 着ていたシャツをめくり上げようとする美咲を止める隼人。
「何が…… あったの?」
「お前、憶えて…… そうか。前も似たようなことがあった、って言ってたな。」
「あ……」
 不意に美咲の顔が翳(かげ)る。
「思い出したよ。自分が抑えられなくなって、リオーネちゃんを……
 リオーネちゃん、ボクを見て怯えてた…… 怖がってた!」
 震えが止まらないのか、自分の身体を抱くようにしている美咲はヤケに小さく見えた。
「いいんだよね? ボクまだ戦えるから、ここにいていいんだよね?」
 側にいる隼人に縋り付く。
「ボク、みんなに嫌われても、怖がられても良いから、ここにいたいよ。一人は…… 一人はイヤだよ!」
 ぐすぐす泣き出す美咲の頭をポンと叩く。
「阿呆。俺はお前がいなかったら困る。それに……」
 いいから涙を拭け、と近くのタオルを顔に押し当てる。
「でも……」
 まだ不安げな美咲を残していきなり立ち上がる。
 ベッドを仕切るカーテンを開くと、そこに立っていた飛鳥の腕を掴んで無理矢理立ち去っていく隼人。一緒に来ていたリオーネが残される。いや、リオーネの付き添いに飛鳥が来ていただけだろう。
「…………」
「…………」
 隼人の計らいで二人きりにされて、沈黙が流れる。
 先に動いたのはリオーネだった。持ってきたバスケットを開いて、シュークリームを取り出した。更にティポットを取り出して、持ってきたカップに注ぐ。
「お見舞いに来ました。元気そうで何よりです。
 シュークリームはほのかが作ってくれました。紅茶は私です。」
「…………」
「さ、冷めない内にどうぞ。」
「……うん。」
 しばらく紅茶とシュークリームを味わう音だけが響く。
「あのね……」
 意を決して美咲が口を開こうとするが、リオーネがそれに先んじる。
「美咲さん……」
 その目は何処か悲しそうだった。美咲の奥底で何かがきゅっと痛む。
 ふるふる、とリオーネが首を振ると、闘いの前の「素敵」な笑顔になる。
「これで美咲さんのバーサーカーモードのデータも得られました。次はこのモードに入る前にどうにかしないといけないですね。」
「え……?」
 何を言ってるのか分からない、って顔の美咲。
「あ、ちなみにバーサーカーって狂戦士って事ですからね。」
 と指を動かして空中に字を書く。
「えぇ〜っ!!」
 心底不本意そうな美咲に、リオーネの顔にさっきとは違う作っていない笑みが浮かぶ。
「えぇ〜、じゃありません。今回は邪魔が入ったので、次こそ勝ちます!」
「え、あ、でも……」
 躊躇う美咲に、もう堪えきれなくなったのかリオーネの表情が崩れる。そのままギュッと美咲を抱きしめる。
「これが…… 私の本心です。
 だからお願いです! そんな、悲しいことを言わないで下さい……」
 顔を埋めた肩が僅かに濡れてくる。
「うん……」
 美咲もリオーネを抱きしめ、その長い髪に顔を押し当てる。
「うん…… ゴメンね。ゴメンね……」
 悲しいし、とても済まない気持ちだった。
 ……でもとても嬉しかった。

 小柄な少女二人が手にプラスチックの棒を持って対峙する。
 ショートカットの少女もロングヘアの少女もどこか楽しげにお互いを見ている。
「今日こそ負けません!」
「だからってボクも負けないよ!」
 直後、素早く間合いを離したかと思うと、二人の持っている棒が打ち合わされ断続的に甲高い音を立てた。

 ……そう、まるでお互いの思いをぶつけあってるかのように。