オリジナルブレイブサーガSS
「お嬢様の一日の光景(一部)」
(イラスト:阿波田閣下様)

 

 

 神楽崎麗華(かぐらざき れいか)の朝は早い。
 じりりりりりりりり……
 かわいげもない目覚ましの音が朝の到来を告げる。時間は6時。
〈…………〉
 時計の音と内部のタイマーがカイザードラゴンのスリープモードを解除する。20センチサイズで机の上で待機していたカイザードラゴンが飛び降りながら2mサイズに再リアライズ。自己診断システム走らせた後、室内をサーチ。
 特に問題は無いので、バスタンスからタオルを取り出すとお盆に乗せ、“主”である麗華の枕元に立つ。
 じりりりりりりりり……
 黙して待つ。
 鳴り続ける目覚ましに麗華がモゾモゾと動き出した。
 じりりりりりりりり……
 未だに鳴り続ける目覚ましに、布団から手が伸びて止めようとするが、その寸前でカイザードラゴンが騒音の発生源を取り上げる。
「…………」
 音源の移動で伸ばしていた手がピタリと止まる。とても人前では見せられないようなやぶにらみの寝ぼけ眼で麗華が鋼の竜を見上げる。
〈おはようございます、麗華様。〉
「…………かいざ〜」
 深々と頭を下げるカイザードラゴンに、う〜、と唸りながらも超人的な意志力で体を起こす。あまり知られていない、というか全然知られていないことだが、実は彼女、結構寝起きが悪かったりする。しかし「お嬢様」としての意地なのか、それを表に出すことは無い。それこそ知ってるのは、この麗華に仕えるおとぼけ執事ドラゴンくらいだろう。
「…………」
 寝起きの不機嫌そうな顔ながらも、ベッドに腰掛ける位置に移動して、しばし床を見る。少しはハッキリしてきたのか、カイザードラゴンに手を差し出すと、絶妙のタイミングでバスタオルを渡される。
「…………」
 あーうーと呟きながらフラフラとバスタオルを受け取った麗華が、歩きながらネグリジェやショーツを脱いでシャワールームに向かう。
〈とても人前にお見せできない姿でございます……〉
 ため息をつきながら床に落ちた洗濯物を拾い上げる。さすがに洗濯まではしないので、籠に入れる。
 僅かに聞こえる水音をBGMにカイザードラゴンが紅茶の用意を始めた。
 紅茶の香りが漂う頃、バスローブ姿の麗華がフラフラと出てきた。


「あ゛〜〜〜〜 カイザー、髪お願い。」


 半分瞑った目のまま鏡台の前にぽすん、と腰を落とすと、カイザードラゴンの煎れた紅茶に口をつける。いわゆる「イングリッシュブレックファースト」にミルクと砂糖をタップリ入れた目覚めの一杯だ。
 その間に口から温風をはきながらカイザードラゴンが爪の生えた手で器用に櫛を動かし、艶やかな髪を梳いていく。シャンプーのCMに出てもおかしくない濡れ羽色の…… 否、僅かに茶色がかった――彼女はクォーターなので――長い髪に櫛が通り過ぎていく。
 余分な水分が取り除かれると、まるで宝石を編んだかの如くに髪が光をまとい、「天使の輪」が輝く。
 その頃には目も覚めたのか、いつものお嬢様然とした姿を取り戻す麗華。来ているバスローブも最上級の品にランクアップしたかのようだった。
 タイミング良くカイザードラゴンが身を引くと、立ち上がった麗華がワードローブへと歩いていく。バスローブが肌を滑り落ちると、裸身が朝の少し冷たい空気にさらされる。
 幸か不幸か、カイザードラゴンは今の麗華の姿を美しい、と思うことはあっても、息を荒くすることはない。まぁ、呼吸自体していないわけだが。彼女が使ったバスローブとバスタオルを別々にハンガーに掛け、乾燥モードに切り替えたバスルームに吊す。
 そうしている間にインナーを身につけ、長いスカートにブラウス。そして胸元を細いリボンで飾ると颯爽と自室のドアを開けた。

「……あ、
 っと、おはようございます、神楽崎さん。」
 外に出ると、さも偶然にそこを通った、という顔の田島謙治(たじま けんじ)に出会う。毎日の光景だ。
「あら、偶然ね。」
 そういう麗華もいつも6時半頃から待っているのを知っているので、それまでに身支度を整えようとしていることなんておくびにも出さない。
「朝は?」
「いえ、まだです。」
 これもいつもの会話。
「そう…… じゃあ、食堂に行きましょうか。」
「はい!」
〈おや、謙治様。おはようございます。〉
 20センチのカイザードラゴンがドアの横に作られた小さな出口から出てくる。ほっ、と2mになると、深々と謙治に頭を下げる。
「うん、おはよう。
 あ、そうだ。今日ちょっと機体のチェックしたいんだけどいいかな?」
〈無論でございます。いつでも戦えるように備えておくのが私めの本分でございます。
 ……と、麗華様。かのようにしばし席を外しますが、よろしいでしょうか?〉
 いや、別に私に許可とらなくても良いんだけどね、と思いながらも「許可」を出す麗華。気を取り直してスタスタ歩き出す麗華に、いつものように謙治とカイザードラゴンが後を追った。

 

「うん、特に問題は無いようだね。
 サイズによって構造を変えたけど、メモリの移送にも影響は無いようだし。」
〈そうでございますな。何かあっても小さくなれば私の「魂」といえる部分も保護できますし。〉
「一応、メモリもチェックしておこうかな……?」
 PCに繋いだカイザードラゴンからデータを抜いて……
「!!!」
 サムネイルになった映像データに思わず呼吸が止まる。
 小さくて詳細はハッキリしないが、それはどう見ても女性の裸身で、
「神楽崎さん?!」
 思わず身を乗り出して間近で見ようとしたのを必死で堪える。
 確かにカイザードラゴンは艦内の仕事の傍ら、麗華の身の回りのお世話もしている。だから映像としてみていることもあるだろう。
〈おや、謙治様。どうかされましたか?〉
 自分から抜かれたデータが分かっているに、さも知らないように空惚けて尋ねるカイザードラゴン。
 そんな声すら聞こえない。
 体温が上がる。
 手が震える。
 マウスカーソルを合わせてクリックすれば、サムネイルは大きくなるのだろう。そうすれば……
「……何をしているんですか、僕は。」
 自己嫌悪に気が滅入る。
 意味無くマウスをグルグル回してからPCに転送したデータをツールで完全削除しようとする。最後のOKボタンを押すときに一瞬指が止まるが、頭を振って何かを振り払いクリックした。
「チェックは終わったから、もういいよ。」
 カイザードラゴンに接続していたコードを抜いて、診断用プログラムを閉じる。
 ちょっと疲れたように肩を落とすと、謙治はとぼとぼとコンピュータルームを出て行った。
〈いやはや、真面目でございます。〉
「……そうね。」
 少し前から物陰で謙治達の様子を見ていた麗華が現れる。
〈ご安心を。謙治様以外には決して……〉
「な、何を!
 ……こほん。消しなさい、そんなデータ。」
〈私めの“思い出”の一部を消せと仰いますか?〉
 悲壮感は無く、何処か楽しげに問うカイザードラゴンにため息一つ。
 謙治にしてもそうだが、カイザードラゴンもきっと「そんなこと」はしないのだろう。
(分かっているんだけどね……)
 カイザードラゴンはともかく、謙治にはもう少し……
(……何考えてるのよ私は。)
 はぁぁぁぁぁっ。
 艦長並に増えたため息を漏らし、麗華もまたコンピュータルームを出て行く。
〈乙女心とは複雑なものですな。〉
 煽っただけ煽ったカイザードラゴンが他人事のように呟いた。