オリジナルブレイブサーガSS
「愛憎巡る物語(誇張)
(イラスト:阿波田閣下氏)

 

「入るぞ。」
 チームメイトである橘美咲(たちばな みさき)の部屋のドアを開けた大神隼人(おおがみ はやと)はその奥の光景に固まった。
 下着姿の女の子。
「あ…… う……」
「わっ。」
 微妙に驚いて聞こえない少女の声だが、さすがに恥ずかしいのか胸元を隠すように腕を組んで背中を見せる。それでも下着姿なのだから刺激レベルは大差ないのだが。
「ドア閉めて、ドア!」
「お、おう。」
 慌てて“内側”からドアを閉める隼人。いつもはクールガイだが、この状況ではクールを通り越して思考がフリーズするらしい。
「あ〜ビックリした。」
 息を吐く少女だが、隼人は視線を逸らそうと必死の努力をするが、なかなかその努力は報われない。悲しいことに(笑)17歳ながら小中学生にしか見えないプロポーションではあるが、その白い肌や曲線は多感な少年から理性を削り取るには十分すぎるほどだった。
「隼人くんで良かったよ。」
 うんうん、と一人肯く美咲。
 こういう言葉を聞くと、この二人もう行くところまで行ってしまった(謎)恋人同士にも聞こえるが、恋人未満友達以上を全然抜けていないラスガー艦内「見ていて歯痒いカップル」のトップ3常連である。
 それはさておき、自分の名前を呼ばれた隼人が正気(?)を取り戻す。
「わ、わりぃ!」
 くるりと背を向けて部屋を出ようとして、
「すぐ着替えるから、ちょっと待っててね。」
 と出鼻を挫くようなタイミングで声がかけられて立ち止まらざろうえない。
 隼人の事を疑ってないのか、それとも挑発しているのか。いや、後者は絶対あるまい。橘美咲という少女はそういうところでは全くのイノセンスであった。
 隼人の背後でもそもそと動く音が聞こえる。何かを外すような音や何かを通す音まで聞こえてきて……
(し、下着まで替えてるのか?!)
 心の中で涙を流しながらも、そういう態度をとるのが自分であることに色んな違和感を感じながらも安堵。
(本当に勘弁してくれ……)
 耳を塞ぐのもわざとらしい気がして、己の耳の良さを久々に恨みながらも拷問のような時間が過ぎた。タンスを探る音も聞こえたり「どっちがいいかな?」と意見を求められ、開き直ったときのデメリットを考えながらどうにか耐える。
「あれ? 隼人くん、どうしたの? なんか疲れてるみたいだけど……」
(言って分かってくれるならどれだけ楽なことか……)
 普段着に着替えた美咲に下から顔を覗き込まれると、何事も無かったかのように振る舞いながらも見えないように遠い目をする隼人であった。

 ……さて、この前振り。あんまり今回の話とは関係ないといえばないのですが、この2人の関係、こんなものだと憶えておいて下さい。

草薙(くさなぎ)、そこに直れぇぇぇぇっ!!
無茶言わないで下さい!
 神崎慎之介(かんざき しんのすけ)とブレイバー――クロノテクターを装着した草薙咲也(さくや)の追いかけっこはすでに平和な日常の光景。
天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ、女の子といちゃいちゃしているシローを倒せと轟き叫ぶ!
 愛と正義と夜の使者、美少女戦士プリティ・エリィ!

 女子プロレスラーのような水着っぽいコスチュームにマント、そしてコウモリのような仮面を付けたエリス=ベル――通称エリィは、この姿の時に「プリティ・エリィ」と呼ばないと機嫌が悪くなるのだ!
 ……そしてまた、風物詩のようになってしまったプリティ・エリィの降臨。いつもの、そして唯一の犠牲者である御剣志狼(みつるぎ しろう)は、確か今回は艦のオペレータのシャルロットが書類をばらまいたのを拾う手伝いをしただけのはずである。
 お礼の言葉を言われ、立ち去るのを手を振って見送った10秒後、現れたプリティ・エリィに志狼は小さくため息をつく。
 彼女の放つセクシー・ハラスメント攻撃は健全な男子には刺激が強すぎる。さすがに今の関係でそれを甘受するわけには、しかも人前で鼻の下を伸ばすわけもいかずに、色んな意味で苦しめられてしまう。
「ん?」
 意識が彼女に集中していたのか、その接近に全く気付かなかった志狼。首筋に何か触れる感触がした。その直後、何かが身体の中を駆けめぐり、志狼の目が……

プリティ・ダイブ!
 とぉ、とプリティ・エリィが志狼に飛びかかる。この捨て身の攻撃に志狼は毎度毎度彼女をかばいながら受け止めるために派手に後頭部を打って、プリティ・エリィの怒濤の連続攻撃を甘んじることになってしまう。
 はずだった。
 ひょい。
「はにゃ?」
 いつもと違って志狼は冷静に横に移動する。そのまま大の字に身体の前面を激しく打ち付けてしまうか思えば、横から腕を引っ張られ身体が泳いでしまう。
「???」
 引っ張られた腕を上に持ち上げられ、身体が半回転。そして志狼の反対側の手が背中に回されて抱きかかえられるような格好に。
「?????」
 軽く足を払われて、更に志狼が上から覆い被さるようにしたために、そのまま地面に押し倒される。
「え? ええっ?」
 気付くと志狼の顔が目の前にあった。両手首を押さえられ腰のあたりに乗られていて身動きがとれない。
 ニタリ、と志狼が笑う。
(違う……)
 志狼なら絶対見せないような下卑た目をしている。
「やだっ、止めてシロー!」
 頭を振って必死に抵抗するプリティ・エリィ――いや、すでに素に戻ってしまったエリィだが、それも意に介さぬように志狼は彼女の頬から顎にかけて指を這わす。志狼だけど志狼じゃない指の感触に背中に悪寒が走る。
 エリィは志狼のことが好きだ。Likeではない感情として好きだ。
 もし志狼が本気で望むなら、とは思うが、今の志狼は志狼じゃない。そんな志狼に……
「やだよシロー! 目を覚ましてよ!」
 自分のことよりも、正気でない状態で自分を襲ったことを知った志狼が傷つくのが嫌だから呼びかけながら必死に抵抗する。
 そんな無駄な抵抗をするエリィを嗜虐的な表情で楽しみながら、指を首から胸元へと下ろしていく。そしてそのコスチュームに手をかけ……

何をしておる!

 怒号と疾風と共に雷をまとった拳が志狼に突き刺さる。その拳の威力に志狼が吹き飛ばされ、そのまま壁にめり込む。
「力ずくで女の子を襲うとは見損なったぞ。そのようなことは両者合意の上で行え! ワシもエリクも別に反対はせん!
 ……と、大丈夫かいエリィちゃん。」
「は、はい。おじさま。」
 半泣きのエリィに手を差し伸べる御剣剣十郎(けんじゅうろう)。苗字を見ての通り志狼の父である。ちなみにエリィの父であるエリク=ベルともども、二人の仲を公認しているのは幸か不幸か。
「いくらエリィちゃんのことが好きとはいえ…… ん?」
 エリィにちょいちょいと服を引っ張られ、少女を振り返る。そんなことを大声で言われて、エリィは少々顔が赤い。
「あの、おじさま。シロー、聞いちゃいないかと……」
 完全に不意打ちで、しかも手加減無く硬質樹脂の壁にめり込ませた志狼は見事に気を失っていた。つーか常人なら死んでいるのが普通のような気も。
「おっと、少しやりすぎたかな?」
 わっはっは、と笑う剣十郎だが、いつもの志狼のことを考えれば今回のは何かおかしかった。しかしその原因までは分からなかった。

「あれ?」
 歩いていて不意に立ち止まった美咲。首筋を押さえて不思議そうな顔をする。
「どうした。」
「うん、なんか虫……」
 と、急に言葉を途切れさせた美咲。
「なんだ?」
 確かに何か飛んでいる。そしてそれは隼人にも向かってきた。
「!」
 おそらく虫だと思われるが、なかなか姿を捉えることが出来ない。何度も刺そうと隼人に迫るが、どうにかこうにか避けていく。
「このっ!」
 手で掴もうとするが、動きが速く空振りするばかりだ。
 ふにょん。
 低い軌道を飛ぶ虫(?)を捕まえようと手を振り回したとき、なにか柔らかい感触があって、思わず手を引っ込める。
「!」
 手を伸ばした先には美咲がいて、隼人の手はちょうどその胸を思い切り触ってしまっていた。
 触られた美咲は胸を押さえるようにして一歩引いて顔を俯かせる。
「その、すまん美咲。別にわざととかそういうんじゃなくて……」
 言い訳しながら謝ろうとしながらも、その柔らかさを思い出して、顔が緩みそうになる。
……ナイ。」
「美咲?」
ハヤト、ユルサナイ。
「は?」
 顔を上げた美咲は無表情のまま、いきなり拳を振り上げて隼人に襲いかかってきた。
 その速さを見た瞬間、背筋に寒い物が走る。
 後ろに跳ぶ隼人を追いかけるように美咲の拳が迫る。全力でバックして速度を相殺しながら全力で防御して拳の一撃をやり過ごす。
「なんだ?!」
 ガードしても痺れた腕をかばう間もなく2撃目が来る。
「くっ!」
 ギリギリまで引き付けて、と言いたいところだが、ホントにギリギリでどうにか避ける。
 普段に比べ、スピードもパワーも上がっていて、真っ正面から対抗するのは難しい。
(というか、なんでだよ!)
 まぁ、確かにひっぱたかれるような事はしたのは確か。でもここまで本気で殴りかかられる……ことなのだろうか?
(いや、女ってそういうものかもしれない。)
 どこか達観しながらも必死で攻撃をさばく。
「って、どうすりゃいいんだ!」
 無論反撃は出来ないし、耐えるのもそろそろ限界だ。
「止めろ、美咲!」
 声をかけると一瞬止まるが、その後に更に怒濤のラッシュが襲いかかってくる。
(なんだ……?)
 美咲の様子がどうもおかしい。いや、すでにおかしいのだが、何か自分に対して敵愾心みたいな物を感じる。簡単にいうとなんか嫌われているような感じなのだ。
 別に自惚れているわけじゃないが、少なくとも自分は美咲に好かれている方ではある、という自覚はある。だからこそ少女の変化に戸惑うばかり。そんな戸惑いが隙を作ってしまった。
 迫る拳に一瞬反応が遅れる。
(いかん!)
「美咲さんダメです!」
 横合いからの声と共に美咲の小柄な身体が吹き飛ばされる。
 隼人の前に割り込んだのは空山(そらやま)リオーネだった。恋人の秋沢飛鳥(あきざわ あすか)と歩いていたところにこの光景を見つけ、思わず飛び出したのだ。
 裏三次元という異世界で育った少女は常人の数倍の筋力と瞬発力を持っている。そんなリオーネの体当たりも美咲は寸前で身をよじって防御していた。転がりながら衝撃を和らげた美咲が立ち上がると、2人を憎悪のこもった目で睨み付ける。
「どうしたんですか?」
「……俺にも何がなにやら。」
「不本意ですが、一度気絶させた方が良いかもしれません。ちょっと乱暴になるかもしれませんが……」
「いや、」
“敵”が2人になって警戒している少女から目をそらさずに隼人は否定の意を返した。
「やるなら俺がやる。悪いが注意を引いてくれ。」
「……分かりました。」
 リオーネが先んじて飛び出す。武器を使った戦闘の方が得意なのだが、今回は倒す目的じゃないので力任せに蹴りや拳を放って、回避に専念させる。ヘタに防御したらそのまま抜かれてしまうからだ。
 リオーネの隙も大きくなるが、気を引くためには仕方がない。
 膝丈スカートだが、中身が見えそうになるほど足を振り上げての回し蹴り。しかし低い身長を生かして足の下に入り込んだ美咲が素早く軸足を払う。尻餅をつくのは避けられたものの、体勢を崩して身動きがとれない。そこに美咲が拳を振り上げた。
「もう止めろ!」
 後ろから美咲を抱きしめる隼人。小柄な身体が災いして、多少力が強くてもしっかり抑え込まれれば動きを封じられてしまう。
「俺のことはどう思ってもいい! でもお前が誰かを傷つけるのはみていられないんだ。目を覚ましてくれ!」
 隼人の腕の中でジタバタ暴れる美咲の耳元で必死で叫ぶ。そうしていると少女の力が少しずつ抜けてきて、目に穏やかな光が戻ってくる。
「……隼人、くん?」
「美咲?」
 今の状況を確認しようと周囲に視線を向ける。自分をしっかり抱きしめている隼人に、目の前で厳しい表情をしているリオーネ。そして戦いに加われずに、それでも恋人のピンチになったら飛び出そうとしている飛鳥。
 これで状況を判断しろ、というのは酷な話だろう。
「えっとぉ…… ちょっと恥ずかしい、かな?」
 顔を赤らめる美咲に慌てて隼人は彼女を解放するのであった。

「どういうことですか?」
 この万能戦艦「ラストガーディアン」艦長、綾摩律子(あやま りつこ)は医療班主任の氷室耕作(ひむろ こうさく)と、色んな職を兼任している小鳥遊一樹(たかなし かずき)の説明を受けていた。
 おかしな行動をとっていたのは志狼や美咲だけでなく艦内で多数目撃されていた。
「それでな、ちっこい嬢ちゃんや丈夫な兄ちゃんの血液検査をしてみたんだが…… なんか出てるな。組成は分析中だが、効果は心理学の先生が思い当たることがあるそうだ。」
「ええ、大雑把に異常行動をとった人たちを分析したのですが……」
 と、小鳥遊はバインダーの書類をめくる。
「志狼君はエリィさんに対して大胆な行動を。美咲さんは隼人君やリオーネさんに敵対行動を。おそらくは人間関係の受送信のベクトルを反転させているのではないか、と思われます。」
「もう少し簡単に。」
 律子のリクエストに、小鳥遊はちょっと考えるように視線を斜め上に向けた。
「つまりは思っている事の反対の行動を。精神的な毒、と考えたら良いかも知れません。」
「で、困ったことに何か分からんが、そのキャリアーはまだいるみたいだ。あんまり考えたくないが……」
「トリニティ、ということですね?」
 律子の言葉に氷室が肯く。
「虫みたいのがいた、って話だがな。」
 虫1匹には広い艦内。どうやって探せばよいか皆目見当つかなかった。

 ぷ〜ん……
“それ”は新たな獲物を求めて艦内を彷徨っていた。
 警戒されているのか、獲物はなかなか見つからない。“それ”に与えられたプログラムは艦の内部の人間に、体内の毒液を注入することであった。
 ナノマシンで形成された機体は極小ながらも空気を変換して、人の精神に影響を与える化学物質を合成することが出来るのだ。あとは光発電でエネルギーを得、イオノクラフト効果で飛行性能も持ったマイクロマシンである。
 いた。
 後ろ姿しか見えないが、金髪の女性の姿を捉えた。
 素早く近づいて首筋へ。注入用の針を差し込もうとして、感触が違うことに戸惑う……ことは無いので、皮膚データの再調査をする。取得されたデータから適切な注入圧力を計算し、毒液を注入。離脱しようとして、いきなりの衝撃に全身を潰され一瞬で機能を停止した。

 パチン。
「……蚊、でしょうか?」
 首筋に違和感を感じて手で叩くと、何かを潰したような感触がした。
 金髪金眼のナビゲータ、メイア――その正体は未来の技術で作られた人間そっくりのアンドロイド――は刺されたらしい首の人工皮膚の破損をチェックして問題が無いことを確認すると、ブリッジに戻るために再び歩き始めた。
「私を刺しても仕方がないんですけどね。」
 小さく肩をすくめる。
 こうして艦に密やかに迫っていた危機は密やかに終わりを告げたのであった。

「それで…… 結局どうなったんですか?」
 警視庁から出向という形で艦の副長を兼任している神楽悠馬(かぐら ゆうま)。律子や小鳥遊、氷室や剣十郎といういわゆる「責任者」クラスでお茶を囲んでいた。
 神楽曰く、艦外でも似たようなケースが多発しており対応に苦慮していたらしい。
「でもこちらで発見されたマイクロマシンの残骸の分析結果より対処法を解明できたので、少しずつ駆除できているそうです。」
「一応な、可能な限りメディカルチェックしてみたが、効果は意外と短かったようだな。
 ま、艦(うち)の場合、どう考えても行動が異常だって最初に分かったからな。一般人なら人間関係は容易く壊れるんじゃないか?」
 氷室の言葉にうんうん、と同意の声があがる。
草薙(くさなぎ)、そこに直れぇぇぇぇっ!!
無茶言わないで下さい!
 と、不意に通路から聞き慣れた喧噪が通り過ぎていく。
「そういえば慎之介君にも精神毒の影響にかかっていましたね。」
「ああ、そうだったな。」
『はい?』
 小鳥遊と氷室の言葉に律子と神楽が声を上げる。ギギギ、と喧噪の去っていった方に首を向ける。
「しかし、考えるとなかなか皮肉な物ですね。
 志郎君がエリィさんに大胆になったのは彼女に対する臆病さの裏返しですし、美咲さんが隼人君に向けた拳の強さはすなわち好意の強さと同じなわけで。ひっくり返したときに始めてその思いの深さが分かる、というのは……」
「やれやれ、若いモンは大変だな。」
「うむ、確かに。」
(ちょっと待てよ……)
 律子と神楽は今の小鳥遊の言葉を一生懸命反芻していた。それから導かれる答えはあまりにも残酷であった。
「あの、今もさっきも同じように追いかけているような気がしますが、片方は反転していたんですよね?」
「そういうことになりますね。」
 恐る恐る尋ねる律子にアッサリと小鳥遊が答える。
「つまりは憎悪表現も、愛情表現も同じなんでしょうね。」
 爽やかに笑う。
 今はどっちなのだろうか、と考察する勇気はとてもじゃないけど無かった。

 ……今日も「ラストガーディアン」は平和であった(たぶん)