オリジナルブレイブサーガSS
「もうひとつの世界。もうひとりの自分」
 (イラスト:嘉胡きわみ氏
        阿波田閣下氏)

 

 空山(そらやま)リオーネは万能戦艦「ラストガーディアン」内部の研究室の一つで薬品の調合を行っていた。薬学は専門家、って程でもないが専門外では無いほどの知識を有している。
 元よりスーパーコンピュータ並の頭脳を持っているので、ある程度の実践をすればそんなに知識の習得は難しいことではない。
「……ん〜」
 出来た液体を天井の照明に透かして色を見ようとして……
「あら。」
 天井の蛍光灯がチカチカ点滅し、片端の色が変わっているのが見えた。
 見る間に点滅の頻度が増し、見ているだけで疲れそうになる。
「本当は発光ダイオードにしたらいいんでしょうね。」
 この「ラストガーディアン」は異次元からの侵略者であるトリニティと戦うべく建造された艦ではあるが、予想以上に侵攻が速くて、未だに艤装(ぎそう:船の装備のこと)が完全ではなく、戦闘に必要な区域以外は間に合わせで作られた部分も多い。
 とはいえ、長い航行の間に艤装も進み、更に日々改良が重ねられているが、特に支障がない部分は「あ、そーゆーものか」とそのままになっている。
 天井の蛍光灯なんてその一つだ。消費電力やメンテナンスの事を考えると発光ダイオードの方がいいし、更に戦闘状態では蛍光灯はガラスを撒き散らす可能性もある。
「言い出したらキリが無いんですけどね。」
 考え事をしている時の癖の独り言を呟きながら、研究室にストックされている予備の蛍光灯を探す。予備も無ければ購買に行くしかないのだ、その手間も必要なく容易く蛍光灯が見つかる。
 それを交換しようとして……
「…………」
 室内はリオーネ一人。そして決して高くない彼女の身長にとって天井は遙かな高みにあった。
 身体能力は常人の数倍で、天井まで跳び上がるのは簡単なのだが、その能力も蛍光灯の交換には使えない。古式ゆかしき「踏み台」という手段をとらねばならないのだ。
 机の上を片付けて、更にその上に椅子を置いて乗る。蛍光灯を手にして、天井に手を伸ばすが…… 届かない。
 頑張って背伸びしてみるが、もう少し届かないのだ。
 更に背を伸ばしてみて、次の瞬間足下の安定性が失われるのを感じた。
 一度崩れた安定を戻すことは出来ず、取り替えることに集中していたために体勢を立て直す余裕も無い。
 迫る床をどこか達観して見ながら「手抜きはいけないのですね。」と小さな後悔を思いつつ暗転。

「…………」
 気絶していたのは一瞬だろうか。床に倒れていたリオーネは怪我らしい怪我もなく、むくっと身を起こす。
「……?」
 まずは衣服の乱れを直して、立ち上がったリオーネだがすぐに違和感が彼女を襲う。
 さっきまでいた研究室なのだが、何かが違う。
 記憶しているほどでは無いが、室内の細かい部分が違うような気がする。
 すぐ側に横倒しになった椅子が落ちているから間違いないはずなのだが……
 その時、プシューと空気の抜けるような音がして、研究室の扉が開く。慌てて椅子を直し、立ち上がろうとするリオーネ。その扉の向こうに現れたのは全く見覚えの無い少女だった。
 向こうもリオーネの見覚えがないのか、メガネの向こうの目をちょっとしかめると、素早く右手を指鉄砲のような形で突きつける。直後、その手の中に黒光りする拳銃が現れた。
「!」
「誰ですか。返答次第では撃たなければなりません。」
 やはり聞き覚えの無い声。しかし向こうの態度を見ると、こちらが「招かれざる客」のような気がする。しかも今拳銃が現れたプロセスは見たことがある。勇者チームドリームナイツの使う、精神力を限定的に物質に変換するリアライズ(実体化)能力である。しかし、知っているドリームナイツは4人。しかし、目の前の少女はその誰でもない。
 一瞬強行突破も考えたが、誰か知っている人に似ているような気がして、話し合いが通じる相手だと思ったのでリオーネはおとなしく両手をあげる。
 それを見ると銃を構えた少女は何処か安心したようにして、銃口をリオーネから僅かにずらす。それでも警戒を怠ってないのは分かった。更に少女は逆の手でポケットの中から箱状の物を取り出した。
「あ。」
 見覚えのある物にリオーネが一瞬声を上げたのに少女はちょっと不思議そうな顔をしたが、それでもリオーネの方を警戒しながら箱のボタンを押す。
「こちら田島(たじま)です。第2研究室に不審者を発見。至急応援願います。」
「えぇ?!」
 また驚いた声を出したリオーネに、その「田島」と言った少女がどこか困ったような顔をする。なるほどよくよく見てみると、メガネの雰囲気とかどこか自信なさげな顔とかがある知り合いに似ている。
 少女が操作していた「箱」はリオーネが知っている限りはロードコマンダーという、ドリームナイツの一人田島謙治(けんじ)の持っている物だろう。彼に姉妹がいるという話も聞いたこと無いし、女装しているとかいう雰囲気でもない。
「ええと…… その、私に何か?」
「すみません。私の知っている人にどこか似てまして……」
「あ、そうでしたか。実は私も知っている人に似てるな、とは思ってたんですが。」
 ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。
 脳裏に危険信号が走る。今考えた仮説は危険すぎる。
 しかし、リオーネの頭脳は一つの仮説を90%以上確かと判断していた。ピースがもう一つあれば間違いなく絵が見えてくる。
「治美(なおみ)!」
〈治美様! 無事でございますか!〉
 二つの足音――しかも一つは重量級&金属質――と声が聞こえてきて、悲しいかなリオーネは現実を見つめるしか無かった。
「ああ……」
 入ってきた長髪を後ろでまとめた少年と、年を経た夫人の声の赤いドラゴン型ロボにリオーネはその場に崩れ落ちた。

「にわかには信じられないけど……」
 昼下がりの食堂の片隅で、草薙(くさなぎ)さくやと名乗った女性が眉を寄せる。不審人物とはいえ、害意を見せないリオーネに事情を聞いていた治美と神楽崎麗(かぐらざき れい)が時空間技術の博士号を持つさくやに相談したのだ。
「ここまでこちらの内情を知っているとね。」
 どこか苦笑気味のさくや。
 艦内で起きた事件の数々(甲板の決闘を始め、幼児化薬騒動にプール大放電や鬼退治etcetc……)を語ると信じるしかない。
「しかし平行世界(パラレルワールド)とはね。」
「あり得ることなのか? 草薙。」
「何とも言えませんね。でも“私”がもう一人いる、ということは異世界と言うより平行世界か、もしくは虚像世界と言うべきかもしれないのですが……」
 尋ねたのは腕組みしながら聞き役に回っていた神崎慎子(かんざき しんこ)であった。リオーネの戦闘力を見抜いて、何かの際に、と待機していたのだが、その心配は杞憂で終わるようだ。
「それにしても、リオーネの世界じゃ僕は女性なんだ。」
「さぞかし美人なんでしょうね。」
 麗の言葉を治美が受けると「と、当然だろ」と言いながらも照れたように横を向く麗。それはまさにリオーネの世界の二人のようなやりとりだった。
 彼女たちの話を総合すると、今いるのはリオーネのいた世界の住人が全て男女逆転している平行世界のようだ。どうやって来たかすら分からないし、そうなるとどうやって戻れば良いのか……
「そのような暗い顔をするな。この艦にいるのは不可能を可能にする者ばかりだからな。」
 慎子が落ちついた声音でリオーネを諭すように言う。
 その言葉の中に込められた優しさが伝わってくるのを感じた。

 さすがに個人レベルでどうにかなりそうな問題じゃなく、リオーネは艦長に報告と相談をすることとなり、さくや達と艦の通路を歩いている。艦自体は全く同じなのか、構造などはリオーネの記憶通りで迷う心配は無さそうだ。
 時折すれ違う人たちがリオーネを見て首を傾げる。
 基本的にクルーは制服着用なので、私服で歩いていたらパイロットやそれに準ずる人間であり、そうなると大抵は顔が知られているわけで。
(目立っちゃいますね……)
 知らない女の子が歩いていたら、艦内でも有名な女好きの……
(あれ?)
 リオーネの世界には西山音彦(にしやま おとひこ)や剣持誠也(けんもち せいや)のようなナンパ好きがいて、恋人がいる彼女も何度も声をかけられているのが、
(「こちら」の世界でおふたりは……?)
 想像力をフルに活用させるが、逆ナンなんてするはずもないリオーネに性別が逆転した2人の行動は予想できるものじゃなかった。
(女性なのに、女の人に声をかけるんだったらどうしよう……)
 そんな(彼女にとって)恐ろしい想像を巡らしていると不意に周囲の空間が変化するのを感じた。
「おや、」
 いないはずの背後から声が聞こえたと同時に耳元を恐るべき破壊の意志が込められたモノが通過する。
「あ、危ないだろ!」
「避けられたのだから良いでしょう?」
 先頭を歩いていたはずの慎子がリオーネに、いやその背後に向けて木刀を突き立てていた。
 振り返ると、えらくラフな格好をした大柄の男性がやれやれ、と言わんばかりに肩をすくめていた。実戦から離れているとはいえ鍛錬を怠ってはいない。だが、この男の近づく気配を全く感じられなかった。
「ところでこの可愛い子ちゃんは?」
 どこか飄々とした表情。ナンパ、というよりは新しい玩具を見つけたようなイタズラめいた笑みを浮かべている。
 脳内のデータベースをひっくり返す。「こっちの世界」の法則に照らし合わせるのなら、リオーネの世界では女性。艦内トップクラスの剣士でもある神崎慎之介(しんのすけ)と同等レベルの一撃をかわす能力に、気配を消す……
(いや、違います。)
 気配を消したのではなく、いきなり彼女の背後に現れたのだ。それがあの空間の変化の原因だ。
 となると瞬間移動。となると……
「何度も言いますが、あなたのやっていることは下手しなくても痴漢行為だ。」
「でさ、ホントに見たことないんだけど、君、誰?」
 説教(?)にも聞く耳持たず、人なつっこい笑みを浮かべる男に、無言で慎子が木刀を構え直した。
「トーキさん! 聞いているのですか!」
「わーった、わーった。“今”は止めとくよ。」
 するとまるでアリスの登場人物のように笑顔を残してその場から消える。
「……はぁ。」
 理解しつつも感情がなかなか追いつかなくて、リオーネは小さくため息をついた。

「あれ? 何かあったんですか?」
 それまでの騒動に全く気づかなかったようにメガネの少女が振り返る。
 そんな鈍感さまで“向こう”の人と一緒じゃなくても、と思わず苦笑い。
「そうか。うん、ありがとう、御剣(みつるぎ)さん。」
 その向こうでは麗が誰かと話していた。こちらに戻ってくる所で視線が通り、その話していた相手が見える。
「あ、」
 思わず声が出てしまった。
 ある意味見覚えのある相手だ。
 肩までの黒髪が艶やかで、今秀麗というべき麗に感謝の笑みを向けられて思わず頬を赤くしているのが更に可憐さを際だたせている。“本人”に比べると、だいぶ背が低いが、その分髪も服も、それこそ身体のラインまで自前なのだろう。
 となると……
 いきなりとはいえ、リオーネがある程度は予想していたタイミングで音楽が鳴り響く。
 予想と違っていたのはリング入りの時のようなテーマミュージックではなく、何というか、そのえらく「ゴージャス」な雰囲気なのだ。それが聞こえた瞬間、黒髪の少女がサッと青ざめる。

「やぁ、仔猫ちゃん。」

 どこに作られたのか知らないが、ロミオとジュリエットに出てきそうなバルコニーに誰かが立っている。
 顔は見えない。なぜなら顔の半分ほどをコウモリの仮面が覆い隠しているからだ。更に一部の隙も無いヴェルサイユ風(謎)の衣装に、背中には何故か宝塚トップスターのような羽根飾りまで見える。
「いけないな。僕以外の男にメロメロになるなんて、このダンディ・エリィが許すと思ったのかい?」
「は、はわはわはわはわ……」
 現れた仮面の怪人に黒髪の少女が固まってしまう。
「ダンディ・ダイブ。」
 囁く口調ながらも通る声で、そのベランダからダンディ何とかが飛び降りる。フワリと着地すると、地面を滑るかのように黒髪の少女に近づいた。いや、迫った。
「さぁ、」
 如才なくその手を取ると、まるでダンスを踊るかのように少女を連れ去っていく。
「お仕置きだよハニー。」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!」
 悲鳴が遠ざかっていくと、何事も無かったかのように一行は歩き始めた。
「あんまり驚いてないようだけど…… “そっち”にも同じようなことがあるの?」
「あはははは……」
 さくやの困ったような声に、同じくリオーネも困ったような笑みを浮かべた。

「艦長。彼女をお連れしました。」
 慎子の声にブリッジ内の全員が振り向いた。
 コンソールの前には金髪の少年と気持ち動きがギクシャクした男性――アンドロイドか? と思ったところで、“向こう”の世界の同じ席に座る金髪金眼の少女を思い出す――が座っていて、一段高い艦長席にの左右に白衣とメガネを身につけた女性と、どこか落ち着きのない女性が控えている。
「彼女か。」
 艦長席の男性が振りかえった。ちょっともみあげが凄い感じのサングラスをかけた男だ。その下には左目の所を走る傷跡が僅かに見える。無駄に月が出ているかどうか人に尋ねそうなタイプだ。
「なるほど、確かに雰囲気はあるな。」
 そうだ! 不意にリオーネは思い出した。自分がここでは異邦人(エトランゼ)なのだから、自分に対応する人がいるはずなのだ。
「大丈夫だ。今秋沢(あきざわ)姉妹と空山君が探しに行っている。」
 そして次に出た名前に心臓の鼓動が跳ね上がる。
「リオンいないよ〜」
 まず入ってきたのは泣き出しそうな顔の小柄な少年だった。リオーネの妹であるほのかを男の子にしたらまさにこんな感じだろう。と、彼がリオーネを見て大きな目を真ん丸に見開く。
「リオン?! ……じゃない?」
「その…… 空山、リオーネです。」
「そうなんだ。キミが別の世界から来た人なんだね。ボクは空山まなか、よろしく。」
「はい、よろしくお願いします。」
 頭を下げるリオーネの顔をジッと覗き込むまなか。
「うん…… やっぱり目がリオンと同じだ。会わせてあげたいけど…… どこ行っちゃったんだろ?」
 寂しげに目を伏せる。と、そこに再びドアが開いて誰か入ってきた。
「ダメ、こっちにもいないわ。」
 背の高い少女がスカートを翻して現れた。
「しーちゃん!」
 まなかがそう呼ぶということは飛鳥の弟の雫(しずく)の“こちら側”の人なのだろう。
「…………」
 全く同じ顔の少女が反対側のドアから入ってくる。
 同じ顔なのだが、もう1人の少女には焦燥と疲労の色が濃く出ている。
「あーちゃん……」
「姉貴……」
 きゅ、とリオーネの心の奥が締め付けられる。自分が行方不明になって飛鳥も同じような顔をしているのだろうか。自分の寂しさよりも先に飛鳥の事が心配でたまらなかった。
「分かったことがある……」
 暗い表情で、同じ顔ながら僅かに髪が長い少女が口を開く。
「リオンはこの時空に存在しない。」
 そこで耐えきれなくなったのか少女がよろけて壁に手をついた。

 彼女――秋沢明日香(あすか)の説明によると、空山リオン――つまりは“こちら側”のリオーネ――もメダリオンを明日香から受け取っていた。そして明日香は持っているサイザータブレットでその大まかな位置を知ることが出来るのだが、その反応が一切感じられないというのだ。破壊されても分かるので、やはり別の世界に飛ばされたとしか考えられないのだ。
「恋人がいなくなって落ち込んでいるところを申し訳ないですが、一つ、仮説をよろしいですか?」
 こちらの世界でも小鳥遊(たかなし)は微妙に一言多いらしい。
 特に反対意見もないので、では、と前置きをしてから説明を始める。
 おそらくこちらの世界のリオンと、向こうの世界のリオーネが入れ替わったことには間違いないようだ。その原因や原理は不明としても、きっと何か「キッカケ」があったはず。
「リオーネさんのお話を聞くと、蛍光灯を取り替えようとして落ちたそうですね。治美さんも同じ第2研究室のリオン君を訪ねようとしていたそうです。
 私の予想が正しければ……」
〈ご慧眼感服致しましたわ。〉
 のっそりとカイザードラゴン(←こちらでも名前は一緒らしい)が入ってくる。その外観に似合わない女性の声で違和感があるが、慇懃なのはやはり同じのようだ。
〈確かにリオーネ様が交換しようとした位置の蛍光灯が古くなっておりました。〉
「つまり2人が同じ行動をしようとして、同じように落下したためになんらかのシンクロが起きて、ということか? 小鳥遊博士。」
「ええ、そうだと思いますわ艦長。」
『…………』
 ブリッジ内に沈黙が降りる。
 そんな信じられないほどの偶然で起こった事象をどう再現すればいいのだろうか?
 誰も答えられる者はいない。

 いずれ分かることなので、その日の内にリオーネは艦内に紹介された。
 最初は半信半疑だったものの、幾人かが納得してしまうと、そのままアッサリと全員に受け入れられた。……ある意味“その程度のこと”は珍しくないのかもしれない。
 空き部屋の一つを宛われたリオーネ。
 まだ丸1日経っていないのに、とても遠くに来たような感じがする。実際距離で測れない「遠く」に来てしまったのだが。
「うくっ、」
 涙がこぼれそうになる。
 いや、まだ泣くには早い。
 今艦内の技術スタッフが寝る間も惜しんで調査や研究をしている。無論、リオーネを元の世界に戻すためだ。リオーネも協力を申し出たのだが、この世界のことはこの世界の人間に任せてくれ、と丁寧に断られた。
 おそらくは気を使ってくれたのだろう。今もし研究に参加したら、結果が出るまでまさに飲まず食わずで専念するに違いない。帰りたい気持ちも強いが“向こう”にいるもう一人の自分の事を考えると、ジッとはしていられない。
 自分の感情を必死に抑えようとしていると、いきなり緊急警報が鳴り響いた。
『ディメンションディストーション(次元湾曲)反応アクティブ。艦前方に巨大質量が発生しようとしています。推定質量は10メガトンクラスと推定されます。
 艦内コンディションをイエローからレッドに移行。』
 同じ席に座っている少女と比べてどこか無機質な感じのするアナウンスが艦内に流れた。慌ただしい足音が通路に響き渡る。
『敵を確定。大きさ600mほどの人型。構造は岩石質でる可能性87%。』
 その大きさとなれば通常の勇者ロボの20〜30倍。とても相手になるようなサイズではない。
「アースパンツァー?」
(おぅ、聞こえてるぜ。)
 腕のスピリットリングに呼びかけると、アースメダリオンから心強い声が聞こえてくる。
「出られますか?」
(足下に大地があるから、どうにかするさ。)
 大雑把ながらも応える声に、リオーネは部屋から飛び出していった。

 いつもの世界とは違うため、どんな影響が出るか分からないから、と格納庫に向かうリオーネ。ここなら多少何かあっても対応できるはずだ、と考えてのことだ。
 格納庫に着いた時には既に多くの勇者が出撃をしており閑散としていたが、その中で苦渋に満ちた表情で一人の少女が立っているのが見える。
「明日香さん……?」
 手が白くなるくらいまで握りしめた明日香が、誰かと話しているようだ。
(いいの明日香? もし……)
「分かってるわ。」
(でも……)
「そうよ! 分かってるわよ! それでもやるしかないの!」
 いきなり叫びだした明日香にリオーネは声をかけられない。
 こちらにも聞こえるくらいにギリッ、と奥歯を噛みしめると、明日香は感情を殺して幾つかの指示を飛ばす。
「空山リオンより、メダリオンの行使権を剥奪します。」
「明日香さん!」
 思わずリオーネは飛び出した。リオーネは飛鳥からアースメダリオンを譲渡してもらっている。ということは、向こうに行ってしまったリオンも同じなのだろう。同じ空間に存在しないメダリオンを手元に戻すにはその譲渡を解消するしかないのだ。でもそれをリオンの側から見たら「見捨てられた」と思われても仕方がない行動なのだ。そして“向こう”への手がかりを一つ失うことにもなる。
「コール……」
 泣き出しそうなのを必死に堪えている横顔にリオーネの足が止まる。
「マザーフォートレス。」
 サイザータブレットを力無く掲げると、緑色の光が飛び出し天を突くような超巨大ロボが現れる。
「安心しな、明日香。あんな岩っころはさっさと片づけて、リオンちゃんを探すわよ!」
「お願い……」
 駆けだしたマザーフォートレスを見送ると、明日香はその場にガクリと崩れ落ちた。
「明日香さん!」
 それを抱き留めたリオーネにしがみつく明日香。力の抜けたうつろな目で少女を見上げる。
「……でも、この選択は間違ってないの。」
 リオーネの肩に顔を埋めて呟く。
「はい。私の大好きな飛鳥さんも…… きっと同じ選択をしたと思います。」
 それを聞くと、明日香は声を出さずに泣いた。

「リオンちゃんが待ってるからこんなとこでチンタラしてられないのよ!」
 たくさんの勇者ロボでどうにか足止めしているところに超弩級巨大ロボのマザーフォートレスが走り込んできた。それに巻き込まれないようにと他の勇者ロボが岩石魔神の前から慌てて離れる。
 ガシン、と巨大な人型が二つ、大音響を響かせて組み合った。
 力比べなのか、押したり引いたりが続くが、パワーだと岩石魔神の方が上らしい。少しずつマザーフォートレスの方が押されつつある。
「な、なんて馬鹿力……」
 一度横に反らして相手を転がし間合いを開くが、今の組み合いで関節にだいぶ負荷がかかっている。
「慣れないことはするもんじゃないわね。」
 と、距離を離して左腕のダブルマザーバスターを構えようとするが、予想以上の速度で岩石魔人が迫ってきて掴まえられてしまう。肩を押さえられふりほどけない。至近距離で全身のマザーガトリングを撃ってみるが、その厚い外皮にはあまり効果がないようだ。ミシミシと岩石魔人の腕がマザーフォートレスを潰そうとしていた。

(おっと、こんなことしてる場合じゃねえぞ。リオーネ! 俺も出るぜ!
 イイ女が戦ってるのを黙って見てるわけにはいかねぇからな!)
「そうですね。
 コール、アースフォートレス!」
(おおよっ!)
 リオーネのスピリットリングから緑の光が飛び出すと、超弩級戦艦フルアーマー・ブースターを召喚し合体する。
城塞合体、アースフォートレス!
 500m超の超巨大ロボがまた1体、大地に降り立った。

「くっ……」
 どうにか動く四肢を動かして岩石魔人を振り解こうとするが、パワーが全然違うのか跳ね返せない。
「おらおらぁっ! 頭下げろ!」
 いきなり後ろから聞こえてきた大声にマザーフォートレスが身を縮ませて体勢を低くする。
「そぉらよっ、とぉっ!!」
 その頭の上をぶっとい金属の塊が通り過ぎる。超巨体にも関わらずアースフォートレスの放ったフライングニールキック(体を横にする回し蹴り)が岩石魔人の顔面(?)に炸裂した。数キロほど大地に深い溝を作ると、煙幕をはったかのような土煙があがる。
「よぉ、無事かい?」
「なんだい、これから逆転するところだったんだから、助けたなんて思うんじゃないわよ。
 ……ま、あんたの顔を立ててありがとう、って言っておくかい。」
 自分と同じ巨大な相手に一瞬驚きながらも、演技混じりの悪態で肩を竦めるマザーフォートレス。
「おっと、そいつは悪いことをした。まぁ、でも細けぇことは……」
「あのデカイのを叩きのめしてからにするかい。」
 大地の巨神2体が起きあがろうとする岩石魔人を睨み付ける。
 アースフォートレスとマザーフォートレスが左右に分かれて走り出すと、岩石魔人を挟むような位置で止まる。
「行くよ!」
「おおよ!」
 やっと立ち上がった岩石魔人の左右から合計16800文のロケットキックが炸裂する。
 肩幅を強制的に狭くさせられた岩石魔人を逆立ちさせるように肩の上に乗せて、股裂きをするように足を左右から掴む。重力緩衝を最大限にして大ジャンプ。ジャンプの最高点で緩衝の方向を逆転して、重力以上の速度で落下した。
 一塊りになって落ちる3体の巨人。その地面との激突は局地的な地震だけでなく、範囲数十キロに渡って振動を感じさせるほどの轟音を鳴り響かせた。
 その「震源地」には巨大なクレーターが出来ており、その周囲の地面は大きくひび割れて、その衝撃のもの凄さを物語っている。
 そしてその衝撃を全身に受けた岩石魔人はもはや人型を保つ事も出来ず、ただ地面でデタラメに蠢く岩の塊となっていた。それでもまだ活動を止めていないのはある意味簡単に値する。
「じゃあ、さっさとお家芸で片付けちゃうかい?」
「おお、デカイのをぶちかまそうぜ。」
 マザーフォートレスが右脇に、アースフォートレスが左脇に全長を超える程のロングキャノンを2門揃えて構える。更に反対の手のダブルバスター、全身のガトリング砲、肩と腿のミサイルランチャーが一斉に発射態勢をとった。
マザー・スパルタン!
アース・スパルタン!

「「フルバーストっ!!」」

 再び局地的地震が起きた。

「いやぁ気に入ったよ。死んだダンナの次にイイ男じゃねぇか。」
「死んだカミさんさえいなきゃ、アンタが一番のイイ女なのにな。」
 お互い肩をばしばし叩きながら健闘を称え合う500m超の巨大ロボ2体。
『敵勢力排除お疲れ様です。
 ところで戦闘の余波で不時着したので、どうにか体勢を直してもらいませんですかね?』
 艦からのあまり感情のこもらない通信に2体が振り返ると、そこには2度の膨大な衝撃波の影響で斜めに傾いたまま墜落した「ラストガーディアン」の姿があった。

 艦の修理は修理上手が2人もいたので、予想以上に早く済んだ。
 敵は撃退したものの、根本的な問題は全然解決していなかった。
 そう、リオーネの問題である。
 さくやを中心に色んな科学者・研究者が必死に調べているのだが“向こう”に繋がる手段が見つからない。
 そうこうしている内に、リオーネがこちらの世界に来て1週間が経った。
 1週間も経つとさすがに不安で押し潰されそうになる。他の人に混じって日常生活を送るのも無理だ。夜もなかなか眠れずに、もやもや色々考え疲れたころにやっと眠りにつけるくらいに。
 この艦の人も皆親切にしてくれる。しかしそれで心が満たされないのがとても申し訳ない。そんなジレンマがまたリオーネを苛(さいな)む。
(飛鳥さん…… 会いたいです。)
 ベットに腰掛け枕を抱きしめて最愛の人に思いを馳せていると、部屋のインターホンが鳴る。
「……はい?」
「ちょっと…… いい?」
 入ってきたのは明日香だった。
「明日香さん……」
 そのままリオーネの横に腰を下ろす。
「いいのよ。」
「……?」
 明日香は優しくリオーネを抱きしめる。
「泣きたいときは無理しない。ワーッ、と泣いて明日からは笑顔よ。
 ……そうじゃないと見ているこっちが辛いわ。」
 そう、明日香もリオンと離れて1週間なのだ。辛くないはずがない。
「ね?」
「明日香、さん……」
 堪えていた物が胸の奥から溢れてくる。
「あすかさんあすかさんあすかさん……っ!」
 性別が違う明日香なのに、やはり飛鳥と同じにおいがしてよけい涙が溢れてきた。

「艦長、提案があります。」
「なんだ?」
 無表情なナビゲータの言葉に艦長が視線を向ける。
「クロノカイザーの時空ゲートシステムを用いて、出力が許す限りにデータパケットを送信します。スクランブルをかけますので、クロノカイザーと同等のシステムでしか受信できないようにします。
“向こう”にもクロノカイザーがいるならこのデータが届く可能性は92%というところでしょう。やってみる価値は十分にあります。」
「よし、やってみたまえ。」
 ナビゲータアンドロイドが自らの身体をクロノカイザーの時空ゲートシステムにリンクさせる。虚空を見つめながら、更に遠くを見つめる。不意に「ん?」という感じで首を傾げる。
「……エコー? いや、違いますね。
 なるほど“向こう”にも優秀なナビゲータがいるのですね。私と同じ解法に辿り着いたようです。」
 めまぐるしく指がコンソールの上を走る。
「平行世界における同一の時空ゲートシステムなら、同じクロノグラフで作動しているはず。
 この13桁の数字が基準値からのカウントだと仮定すると、事実上負の数だから逆数で計算しなければなりませんな。現在時間に換算すると…… おっと。」
「どうした?」
「大変です艦長、」
 そうは思わせない口調でナビゲータが振り返る。
「シンクロニシティを試すチャンスはおおよそ3600セコンド後に1度あるきりです。」
「急いで空山君を呼びたまえ!」

 残り時間は約1時間。
 しかも時間は深夜のまっただ中で、早急に整備班と観測班が叩き起こされた。
 クロノカイザーのシステムチェックに、艦の方向をイレブンナインの精度まで正確に北に向ける微調整。
 その騒ぎに他のクルーたちも起き出して、リオーネの帰還のラストチャンスと知ると「お土産」を用意するために艦内を右往左往。まるで戦闘態勢のような慌ただしさになった。
 艦からもアンカーを地面に突き立て、クロノカイザーもがっちりと固定をされた。万が一どころか奥が一を超える偶然を人為的に発生させるのだ。打てる手はいくら打っても不足ではない。
 クロノカイザーの手の上に持ちきれないほどの「お土産」をもったリオーネが立つ。
 かわるがわるに別れを惜しむ声を聞きながらリオーネが涙ぐんでいると、少しずつタイムリミットが迫る。
「クロノグラフに設定値を入力。
 後はオートでカウントダウンしていきます。それではボンボヤージュ(良い旅を)。」
 息を詰めて見守る中、モニタに表示される数字が0に向かって落ちていく。
 3…… 2…… 1……
 0になった瞬間、歓声が聞こえて一瞬世界が揺らいだ。

「……あれ?」
 モニタのカウントがマイナスになっている。立っているところもクロノカイザーの手のひらの上で、周りにいる自分を見送ってくれた人も……
「リオーネ!」
「あ……」
 手からもらった「お土産」がこぼれ落ちる。
「あ……」
 あれだけ流したはずの涙がまた心の奥から溢れてくる。
「飛鳥さん!」
 全力で最愛の人の胸に飛び込んでいく。
 ちなみにリオーネの身体能力が常人の数倍だとか、クロノカイザーの手のひらが床から5mほどのところにあったとかあって、この後飛鳥が数日ベットの住人になったというオチが残っているが、こうして無事に空山リオーネは平行世界からの帰還を終えたのであった。おそらくはもう一人の自分も無事に明日香のところに帰ることが出来たのだろう。
(出来ることなら……)
 あの時貰った記念写真を見つめる度に思う。

「また…… 行ってみたいですね」

 

 

 

 ……ちなみに、その噂を聞きつけて、何人もが椅子から飛び降りにチャレンジしたために、艦長権限で椅子が封印されたのは別の話である。