オリジナルブレイブサーガSS
「変身!(このタイトルには誇張がございますご了承下さい)
(イラスト:ネモ氏)

 

 

 ある朝、大神隼人(おおがみ はやと)がなにか気掛かりな夢から眼をさますと、自分が寝床の中で一匹の小さな毒犬に変わっているのを発見した。

(毒犬って何だよ。)
 いつもの部屋、いつものベッド、いつもの布団。変な夢に思わずツッコミを入れて身体を起こそうとするが何かおかしい。
 この万能戦艦「ラストガーディアン」で生活するようになってしばらく経って、ある程度「自分の部屋」になった個室を見回す。
 なんかまわりがでかい。
 否、自分が小さくなっているのだ。
 手を見ようとしてバランスが取れずに前のめりに倒れる。
 なんかとても嫌な予感が脳裏をよぎる。
 洗面所の鏡の存在を思い出し、どうにかこうにか洗面台によじ登ると鏡の中の自分を確認する。
(…………おーのー)
 そこにいたのは見事に子犬であった。

『隼人くーん。』
 身に起きた変化に驚愕(きょうがく)していると部屋のインターホンと共に少女の声が聞こえてきた。
(お互いの認識はともかく)友達以上恋人未満。未だにプラトニックな関係を貫いている(笑)橘美咲(たちばな みさき)の声だ。普段は隼人の方が早起きなのだが、いつまで経っても朝食を摂りに来ない彼を迎えに来たらしい。
『……いないのかなー?』
 しばらくしても返事が無いので、おそらく扉の向こうで首を傾げているのだろう。
 とにかくここは黙っているしかない。しばらくしたらきっと諦めるだろう。
『悪いけど入るねー』
(何ぃ?!)
 ぷしゅーと音を立ててドアが開く。
 少なくてもドアにはロックがかかっている。自分と登録した以外の人間には……
(いやぁ、橘さんならフリーパスでも問題ないでしょ?)
 機械にはめっきり弱い隼人、ドアの設定もチームメイトの田島謙治(たじま けんじ)に任せたような気がする。普段なら隼人にお伺いを立ててから入っているので問題にならなかったが、まさかこんな状況で……
「……ん〜 いる感じはするんだけどなー あ、また散らかしてる。」
 部屋の中を簡単に片づけながら、まるでいるのが分かっているかのようにまっすぐこちらに歩いてくる。
(隠れる場所は……?!)
 必死に隠れようとする隼人(子犬ver.)だが、心のどこかではすでに諦めモードになっていた。
 本人は全く意識していないが、この手の状況で美咲は完全無敵である。きっとどんなに逃げたところで……
「あれ? 子犬?」
 キャッチ。
 じたばたじたばた。
「キミ、どうしたの? 隼人くん知らない?」
(……やっぱりか。)
 いつの間にかにしっかりホールドされてしまった。思い切り暴れればこの拘束から抜け出せるかも知れないが、迂闊に爪を出して怪我をさせるわけにはいかない。どうせ逃げ切れないは目に見えている。
「ん〜」
 口元に指を当てて、子供っぽい顔で考え込む美咲。そうなると隼人を抱っこしているのが片手になってしまい、びみょーに押しつけが強くなる。見かけ中学生とか散々なルックスの(ある意味本人も諦めているが)美咲だが、それでもちゃんと出るところはそれなりに出ている。
(〜〜〜〜〜っ!!)
 そりゃ隼人も今の状態はともかく、精神は立派に健全な男子である。気が向かない相手とだってこんな状態になれば逃げ出したくなる。とてもじゃないがニヒルな言葉で誤魔化せるような度量はない。それがよりにもよって……
(勘弁してくれ……)
 出来る事なら逃げ出したい。ある意味癒しの空間なのだろうが、そこまで開き直れない隼人にはHPを削られるだけであった。なんか贅沢な奴である。

「……あら、子犬ですか?」
 隼人(子犬ver.)を連れて美咲が艦の通路を歩いていると、オペレータのメイアが通りかかる。金髪金眼の少女で本来はアンドロイドなのだが、諸処かつ摩訶不思議な事情で今は普通の人間となっている。
「うん、そうなんだ。隼人くんの部屋にいたんだけど……」
「隼人さん、ですか……?」
 自分の内部メカニズムから直接コンソールにアクセスしようとして、出来ないことを思い出し慌てて手の中の携帯端末に指を滑らせる。
「……特に艦を出た記録は無いですね。艦内にいるとは思うのですが。」
「そっか。うん、ありがとう。」
「いえいえ。……それにしてもなんかこの子犬疲れてません?」
「あ、ホントだ。どうしたの?」

(どうしたの、ってか…… 俺もなんて言ったらいいものやら。)

 どうにでもしてくれ、という気分の隼人(子犬ver.)
「あ、そっか。きっとご飯だよ!」
「そうかもしれませんね。」
「じゃあ、ボク、ご飯作ってくるから、またね!」
「はい、それでは。」
 メイアと別れると、美咲は大食堂へと向かった。

「良い子にしてるんだよ。」
 ぽす、と座席の一つに座らせると、美咲がいそいそと厨房に入っていく。
 逃げるチャンスなのだろうが、確かにお腹が減ってるのも事実。
 ただ何となく、なのだが美咲の近くが一番「安全」のような気がするのだ。
 確かに下手に他の人に捕獲されるよりは、大変なことにならないだろう。多分……
「…………」
 ふと気配を感じて顔を上げると、目の前に美咲の顔があった。正確に言うと、その大きな目で隼人(子犬ver.)のことをジッと見つめていた。
(…………)
「…………」
(…………)
 つい、と先に耐えられなく隼人が目を反らす。それと同時に美咲がん〜と考え込む。
「キミの食べたい物が分からないなぁ…… 何作ろうかな?」
 対面キッチン形式になっている予備の台所でエプロンを付けながら首を捻る。それでもテキパキと材料を揃えて調理の準備を整える。
「……よし。」
 くるん、と包丁を手の中で回すと、野菜を刻み始める。
(……そういえば、)
 ふと隼人は美咲が料理する姿を見るのは数えるほども無かったような気がした。
 軽やかに包丁が舞う。動線に無駄が無いためか、下世話な意味で無く美しく見えた。
(なんか…… いいもんだな。)
 人間の時なら面倒くさがりか、はたまた照れ隠しで見る機会など無かったかもしれない。子犬という立場になってこその経験かも。そんな視線に気づいたのか、料理中の美咲が顔を上げてニコッと笑みを浮かべる。
「もうちょっと待ってね。美味しいの作ってあげるから。」
 鼻歌交じりに鍋をかき混ぜる。
 はい、と出されたのは雑炊のような物だった。犬である隼人に配慮したのか薄味に作られている。でもその微妙な味わいが実にいい。
「うんうん。良かった良かった。」
 ついついがっついてしまう隼人(子犬ver.)。そんな姿を嬉しそうな顔で見ている美咲が眩しくてなんか目を向けられない。
「うんうん、よく食べたね♪」
「あら? 子犬さんですか?」
 ピンク色の髪の少女が美咲の隣にちょこん、としゃがみ込んでいた。
「あ、サヤさん。」
「おはようございます。……撫でても大丈夫でしょうか?」
 興味津々でヘッドセットをピコピコ揺らしているのはアークセイバーチームのナビゲートアンドロイド(現在はメイアと同等の理由で生身の人間である)のサヤであった。手をワキワキさせて子犬ににじり寄る姿はどこか異様な雰囲気を醸し出している。
「どうかな?」
 美咲が隼人(子犬ver.)を振り返る。

 

うわー すげー断りてー

 別に頭を握りつぶされたりすることも無いのだろうけど、今ここで認めてしまっては行く先々で撫でられてしまうに違いない。
(頼む、どうにか断ってくれ。)
「あ、いいみたいだよ。」
 隼人のアイコンタクトは通じなかった。
「わ〜い、」
 と口で言いながら、ひょいと隼人(子犬ver.)を持ち上げる。
(?)
 撫でるんじゃなかったのか? と思った瞬間、思い切り抱きしめられた。
 むぎゅ〜
 美咲とスペック(?)が違う+手加減無しの抱きしめで痛苦し柔らかい状況の隼人(子犬ver.)。でもその苦しさよりも、どこか後ろめたい気持ちが隼人を襲う。
 耐えられない訳じゃないのだが、きゃんきゃん苦境を訴えると、美咲が慌ててサヤから隼人(子犬ver.)を回収する。
「あああぁぁぁぁ〜」
 この世の終わりのような絶望の声を上げて崩れ落ちるサヤ。あはははは、と困ったような笑いをあげながらも、子犬を優しく抱きしめる美咲。
「サヤさん、ちょっと力強すぎ。……ほら、この子もちょっと怯えちゃってる。」
 そういうわけでも無いのだが、そういうことにしておいた方が都合が良いかもしれない。
 美咲の腕の中でちょっとくつろいだような、甘えるような仕草をする。
(……って、おいおい、待てよ俺。)
 慣れてしまっている今の状況はマズい。何がどうマズいのかよく分からないけど、とにかくマズい。
 分からないから一生懸命に理由を探す。
(まず犬でいること自体がダメだ。それに女の子に密着するというのはやはり良くない。やっぱりこう…… 恋人、とかそういうわけじゃないからな。)
 言い訳がましくなっているのがびみょーにテンパっている感じがするが、すでに半ばテンパっているので、そのことを理解する余裕はない。
 ふと気づくと、サヤと別れて艦内通路を歩いていた。いや、実際に歩いているのは美咲だけで、隼人(子犬ver.)は美咲の腕というか胸の中だ。最初は美咲の足下を歩いていたのだが、美咲が艦の制服をショートパンツにしていたことで気づくのが遅れた。通りがかった女の子に撫でられる度に目のやり場と罪悪感に困窮し、すぐに移動。感覚が麻痺したわけでもないのだろうが、“そこ”にいるのも悪くない。いや、今はもう安らぎまで感じている。
 ヤバいな、という思いもどこか霧散して、すっかり落ち着いてしまった。
 あっちこっち歩き回って、会う女の子女の子に(たまに男もいたが)撫でられるのも慣れた。自分を包む温もりと柔らかさがゆっくりと隼人(子犬ver.)を緩やかな眠りに誘っていた。
 半日、艦のあちこちを回って隼人の行方と子犬の詳細を聞いてみたが、その両方の疑問の真実を知る存在が腕の中とは知るはずもなく、徒労に終わってしまった。
「ん〜 困ったなぁ。」
 いつものように(?)あまり困ったように聞こえない声で首を捻る。
「でもそんな遠くにいる感じはしないんだよね。ね、キミ、知らない?」
(……説明ができたらなぁ。)
 何度か自分の意志を伝えようとしたが、わんとかきゃんとかしか発声できないのでコミュニケーション不能である。仮に喋れたとしても、それはそれで騒動になりそうな気がするが。
「歩き回ってちょっと汗かいちゃったかな? キミも洗ってあげたいし……」
 ちょっと考え事をしていたせいか、美咲の言うことを半分ほど聞き流していた。おそらくちゃんと聞いていたら全力で逃げ出していたことだろう。
「お風呂入ろっか♪」

「あ〜もぅ、きれいじゃないと嫌われちゃうよ♪」
 すっかり逃げる機会を逸した隼人(子犬ver.)。手を離すと逃げるのを無意識に察知したのか、部屋に戻って着替えやタオル類を取りに行ったときもずっと抱っこされたままで隙を見せない。
 鼻歌交じりで大浴場に向かう美咲だが、隼人は冷や汗混じりだった。
 これは逃げないと非常にマズい。
「お風呂嫌いだからって逃げちゃダメだよ〜」
 あわあわ暴れても、ぎゅうと押しつけられると抵抗力が失せる。
 なし崩しに大浴場まで連れて行かれる隼人(子犬ver.)
 ガラガラガラガラ……
 そこに広がるは(ある意味)桃源郷。
「わぁ、子犬だ!」
 誰が言ったか知らないが、その言葉に更衣室内の視線が美咲の胸元に集中する。無論、サイズの比較ではない。ちなみにそんなことをされたら著しく美咲が不利なのだが、それは今回の話とは全く関係ない。
「わ〜 かわいい〜」
 着衣〜半裸の少女達がわらわら駆け寄ってくる。
 驚きで一瞬目を見開きそうになるが、強い精神力を発揮して隼人(子犬ver.)が慌てて目をつむる。先に断っておくが、器は子犬だとしても、その中身は普通に健全な男子である。この状況で目をつむることを選択した彼の勇気に敬意を表したい。
 と、目をつむると他の感覚が敏感になるわけで、衣擦れの音とか、むせかえるほどの女の子の匂いとか、自分に触れる柔らかな手とかに煩悩が刺激されるわけであるが、必死に耐える。美咲が服を脱いでいる今がチャンス、と思ったのだが、他の女の子が代わる代わる触りにくるので脱出は不可能であった。
「さ、行くよ。」
 ひょい。
(!!!)
 当然の事ながら服の感触がない片手抱っこ。感触がダイレクトに……
(!!!!!)
 またドアが開く音がして、空気の湿り気が増す。カポーンカポーンと音が響き、浴場内に入ったことが分かる。
 一生懸命外部の情報に神経を集中させて、背中に伝わる感触から気を紛らわす。
(……できるわけないだろ。)
 隼人の理性は崩壊寸前であった。まぁ、人の姿じゃないのであ〜んなことやこ〜んなことが出来るわけじゃないのだが、そこはそこ、開き直ってしまうのだろう。それでも理性や後ろめたさ、そして本人も気づいてない感情がギリギリで押さえ込む。
「あれ?」
 目をつむって何かを我慢しているような隼人(子犬ver.)を両手で抱える。

「どうしたの?」

 ぷるぷる震えるのを心配そうに見つめてくるのが感じられる。美咲のせいではあるのだが、美咲のせいという訳じゃなく、そして本人には全く悪気が無い。仮に今言葉を話せたとしても、その「悪気」の意味を説明することは非常に難しい訳なのだが。
 洗われるのが怖いのかな? と小さな子供がシャンプーを嫌がるのを想像してしまう美咲。
「…………」
 ひょい。
 ちょっと持ち上げられた。
 わ、と美咲が少し困ったような声を上げる。
「男の子だったから、恥ずかしかったのかな?」
(……!!!!!)
 一瞬言葉の意味が分からなかったが、何をされて何を見られたのかに気づいた隼人(子犬ver.)が驚きで目を見開く。
 となると、目の前の美咲が見えるわけで、洗い場にいるなら少女はすなわち……
(!!!!!!!)
 見てしまった。
 何も言い訳が出来なかったのは、すぐに目をつむる事が出来たはずだったのに、一瞬目が離せずにいてしまったことだ。

(俺は…… 俺はっ!!)
「わ、わわっ。」

 バタバタ暴れると、隼人(子犬ver.)は美咲の手の中から抜け出した。
 タイミング良く浴室の扉が開いたのでその隙間を抜けて、美咲の声を背に受けながら何処へともなく駆け出していった。

(……ここは?)
 ふと気づいて足を止めると、パイプが入り組んだ空間でだった。
 あちこち走り回っている内に、整備用の区画に入り込んでしまったらしい。
(美咲を…… 汚してしまった。)
 後悔の念が隼人を襲う。目を閉じたら白い裸体が見えるような気がしてブンブン首を振る。
 このまま自分は犬のままなのだろうか。
(それなら生きていてもしょうがないか……)
 考えが暗くなる。自分の犯した「罪」を考えれば、決して重くはない罰だ。
 どこか弱気になっているのか、後ろ向きの考えばかりが浮かんでくる。
 なんだもうどうでも良くなってきた。
 風呂場で濡れた体毛もだいぶ乾いてきた。心身共に疲れて、その場で丸くなり目を閉じる。
(なんか…… 疲れた。)
 思った以上に心が疲労していたのか、眠りはあっという間に訪れた。

(暖かい……)
 自分が寝ていた所は寒々としていたはずなのに、安らぎを感じる温もりに包まれている。
 その温もりに心当たりがあったが、その温もりは今自分の届かないところにあるはずだった。
 背を撫でる優しい感触。
 夢うつつながら、目を開く。どこか予想はしていたが、そこには美咲の微笑みがあった。が、すぐにその笑顔がしぼむ。
「ゴメンね…… そんなにお風呂が嫌いだとは思わなかったから……」
 心底すまなそうな顔で隼人(子犬ver.)の背中を撫でる。
 よく見ると、隼人(子犬ver.)が逃げ出してからすぐに追いかけて走り回ったのだろう。濡れ髪のまま、どこか汗ばんでいるようだ。
(そんなんじゃねぇよ。)
 このときばかりは子犬で良かった、と思う。人の姿だったら居たたまれないところだったろう。
 ぺろぺろ……
 これ以上、美咲の沈んだ顔は見たくないから、手を舐めて宥める。
「あ…… ふふ、ありがとう。」
 少女の笑顔に心が弾む。もう開き直って1匹の子犬として美咲と共に過ごしてもいいのだろうか?
(それも…… 悪くないよな。)
 ぬくもりに包まれながら隼人はそんなことを考えていた。

 深夜――
 何もかもが寝静まった室内で、不意に隼人(子犬ver.)は何か物音に気づいて目を覚ました。
 すでにベッドに引きずり込まれるのは予定の範囲内だったので、もう落ち着いたが、きっとこの生活もしばらくは慣れないに……
「パパ…… ママ……」
 不意に美咲の口から漏れた言葉に心を締め付けられた。
 美咲は小さい頃、事故で両親を目の前で亡くしている。そのトラウマを敵に突かれて苦戦したこともある。
 いつもは明るく振る舞っているから気がつかないが、ひとりぼっちで寝ていると夢で何度も何度も見ていることだろう。
 つーっ、と少女の頬を雫が流れた。
(美咲……)
 思わずその雫を舐めとる。今の自分にはそんなことしか出来ないのが歯がゆい。
「あ……」
 半ば目を覚ましていたのか、美咲が目を開く。辛そうな表情をしていた少女が、どこか無理に作った笑顔を浮かべる。
「あ、ゴメンね。驚かせちゃった?
 大丈夫。キミのことはボクが護ってあげるから、安心して寝てていいよ。」
 きゅ、と優しく抱きしめられる。
 自分の温もりが美咲を落ち着かせたのか、すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。
(……大神隼人。お前は三国一の阿呆だ。
 この生活が悪くない? 何をふざけたことを……)
 自分が戦っているのは何のためだ?
 この少女に対してどんな感情を抱いているかなんて問題じゃない。
 ただ、自分がどんなに傷ついても他人を護りたいと思うこのお人好しを黙って見ていられないから。少しでも傷つかないように護りたいから。そして、その笑顔を護りたいからじゃなかったのか。
(俺が護られる側になってどうする。俺はそんなことの為に美咲の側にいたいわけじゃない。)
 悔しかった。一瞬でも安穏とした道を選ぼうとした自分が悔しかった。
(俺は、俺は……! こんな姿を望んじゃいねぇっ!!)

「ん、んん……」
 朝が来て目が覚める。そういえば……
「あれ?!」
 子犬と一緒に寝ていたはずだが、いなくなっている。
 ガバッと身を起こすと個室の中を見渡すが、いる気配すら感じられない。
「起きたか。」
「あれ? 隼人くん?」
 美咲のチームメイトである隼人が自分に背を向けて座っていた。
「そういえば昨日はどうしたの?」
「ああ、ちょっと子犬の貰い手を探していた。
 ……それよりも、目が覚めたら自分の部屋に男がいたら何かあるんじゃないのか?」
「ふぇ?」
 まるで分かってないような顔で首を傾げるが、それよりも気になる単語があった。
「あ、それよりあの子犬はどうしたの?」
「スルーかよ。
 あの子犬は…… お前に親切にしてもらったから感謝していたぞ。」
「……そう、それなら良かった。」
 何か事情があった、ということは無意識に感じたようだけど、隼人の目を見て一応は納得したようだ。
「じゃあ、外で待ってるから、お前が着替えたら…… その、メシ喰いに行くぞ。」
「え? あ…… うん!」
 普段は美咲の方からしか誘わないので、急な「お誘い」に嬉しそうな声が返ってくる。
「あ、ちょっと待って。」
 部屋を出ようとする隼人が呼ばれて足を止めると、ととと、と近づいてきて隼人の背中にぎゅっと抱きついてくる。
「お、おい、美咲……」
 触れあったところから小さな鼓動まで伝わってくる。何の意図があるか、なんてきっと本人にも分からないのだろう。
「……隼人くん、大きいし、暖かいね。」
「まぁ、な。」
 生きてるからな、なんて余計な事は言わない。
 すっ、とぬくもりが離れるのを残念がっている自分がいる。
「じゃあ、すぐ着替えるから待っててね。」
 と、後ろから言われた直後に衣擦れの音が聞こえてくる。
 ああ、と返事をする間もなく、慌てて部屋のドアをギリギリで開けてすり抜けるようにして出ていく。
 異性の前で何も考えずに服を脱ぐな、と一応は言ってみたがどこまで通じることか。
(どっちにしても疲れるのは一緒か……)
 ため息をついたつもりだったが、思ったほど上手につけなかった。

「隼人くんは何食べる?」
「そうだなぁ……」
 昨日は犬の姿だったためにサッパリした物しか食べさせてもらえなかった。となると……
「隼人くん、今日はコッテリした物の方がいいかな? あ、ミックスフライとか…… って、あれ? 隼人くんどうしたの?」
「いや……」
 悪気がないのは分かっている。知ってて嫌みを言うことが無いのも分かっている。けれど、それなら何故こうも心臓に悪い事を言えるんだ?
 思わず椅子から転げ落ちた自分に心配そうに駆け寄る美咲に、隼人はいつものように「なんでもない」と答えるだけであった。
(犬だろうと人間だろうと…… 俺はこいつに振り回されるんだろうな。)
 それも悪くない。そう思いこむようにした。