オリジナルブレイブサーガSS
「郵便戦隊の非日常〜黒〜」
(イラスト:ネモ氏
           阿波田閣下氏)

 

 郵便戦隊メンバー・黒羽根暦(くろばね こよみ)はお嬢様である。彼女を育てた黒羽根家は世界平和を護る正義のスポンサーの一つである。
 郵便戦隊メンバーは艦内のコミュニケーションを守るために日夜働くのだ。

さぁつぅきぃさぁぁぁぁんっ!!
 全長1キロを超える万能戦艦「ラストガーディアン」が震えた。
 つり目がちな目を更につりあげて暦はツインテールの少女を睨み付ける。
「だってだってぇ、お日様がとても気持ちよかったんだし〜」
 悪びれない表情で手をブンブン振り回し、宙に浮いた足をバタバタさせる。
 諸処の事情で足が地面に着いていないのは桃井皐月(ももい さつき)。ふたり揃って「ラストガーディアン」の内外の郵便業務を受け持つ生活班郵便部――通称郵便戦隊――に所属している。
 他に4人のメンバーがいるが、それはおいおい説明するとして。
 この郵便戦隊で1番の新人の暦。色々経緯があって「ラストガーディアン」に乗り込むことになったのだが、その原因のひとつがこの皐月だったりする。どういう因果か幼稚園の頃から同級生であり、お互いを認識したのは小学生のころからではあるが、それからの見事な「腐れ縁」である。
 絵に描いたようなズボラ&ゴーイングマイウェイの皐月と、きっちりとした性格の暦で見事にウマが合わないけど、何故か付き合いが尽きることがない。どういう訳か不明だが、暦が皐月をライバル視している所があり、これまたどうしてか不明だがあまり勝率が稼げない&(暦的に)勝ったとしても皐月が負けてないからもあるのだろうが。
 しかし、その美しき友情(?)は皐月が「ラストガーディアン」に行ったことで一時終わりを告げる。社会勉強、ということで艦に配属されたはいいけど、あまりにも使えないのであちこちたらい回し。どうにか郵便戦隊に落ち着いたのだ。
 困った(?)のは暦の方で、いきなり学校から消えて(機密保持の為もあって)行方不明になった皐月を追って「ラストガーディアン」に乗り込んで来たバイタリティも大したものである。

 閑話休題(それはさておき)
 暦が配属になったときに郵便部と関わりの大きい購買部の主マッコイ姉さんからプレゼントがあった。他のメンバーも色々な乗り物を貰っているのだが、暦の場合は…… 一応乗り物か?
 ミー
 ニャー
 ニャオン
 暦の頭の上と両肩で黒い子猫がパタパタ尻尾を振っている。
 どうやらジタバタ暴れている皐月のツインテールに興味津々のようだ。
 実はこの子猫たち、精巧に出来たロボット猫である。ちなみに名前はシュバルツ・ノワール・ネロである。まぁ一見すると普通の猫にしか見えないのだが……
 みゃう?
 皐月の襟首をくわえている4匹目の黒猫が首を傾げる。ぶらんと下がった皐月が首の動きに合わせて揺れる。

「も〜 ヤマトもそろそろ下ろしてよ〜」

 みゃう?
「飼い主」にお伺いを立てるヤマトに暦はだいぶ通常の角度に戻った目を向ける。
 全長5mほどの巨大黒猫ロボが暦の指示を待っていた。
 これ、という言い方は本猫(にん)には悪いが、彼か彼女か不明なのでしょうがない。そんなわけでマッコイ姉さんから貰ったプレゼントというのが大猫+子猫3匹である。大猫の方は来たときちょっとばかり暴走してたりしなかっただったりだったけど、教育(?)の甲斐あって今では素直で良い子に。
 説明を聞いた限りはヤマト(大猫)はステルス性能を備えた万能多地形隠密行動ビークル、ということになっている。普段は収納されているが、背中の部分にハンドルとステップが収納されていて、しっかりと掴まれるようになっているそうだ。
 子猫ズは探査ユニットとしても使えて、また3匹で囲んだ空間を(無論限度はあるが)光学的・電子的に隠蔽できる……と聞いている。
 艦外に出したことがないので、ステルス機能は確かめたことがないが、探査ユニットそしてはとても重宝している。……特に、サボって行方不明の皐月を探すときとか。
 今回は艦内に配達に出てから戻ってこない皐月を探しに出たら、植物園で昼寝中の所をノワールが発見して捕獲とあいなったわけだ。
「あたくしが言われたのはあなたの捕獲までですわ。」
「え゛……?」
「まぁ、助かりましたわ。」
 不意に聞こえてきた声に皐月がサッと青ざめる。
 ニコニコとした笑顔で現れたのは同じく郵便戦隊のひとりの緑川弥生(みどりかわ やよい)であった。口元のほくろがチャームポイントで笑顔を絶やさない癒し系とのことだが、いちおーこの「ラストガーディアン」の乗員である。そんな一筋縄なキャラではない。
「皐月ひとりのためにあんまり業務を遅らせるわけにも行きませんからね。葉月にも許可貰っていますから“少し”お説教しますよ。」
「ひぃぃぃぃぃっ!!」
 首をくわえられたまま逃げ出そうとするが、当然逃げられるはずもない。
 くすくすくす、と笑みを浮かべながら迫る弥生に皐月が青ざめていく。
「よみちゃ〜ん、助けてーっ!」
「何度言えば分かるのですか。あたくしは、こ・よ・み、ですっ!!」
「まぁまぁ、いけませんわ。お友達の名前を間違えるなんて。」
 ほーんと困ったさんね、とヤマトから解放されたものの腰が抜けて動けない皐月に歩を進める弥生。
 残虐シーン(?)から目を背けたいのか、暦はさっさと黒猫4匹を連れてこの場を辞す。
「ミギャーッ!!」
 マンガのような悲鳴を背に受けても顔色ひとつ変えない暦であったが、それはそれでどこか寂しげにも見えた。

 暦にはどこか自負があった。
 言い方は悪いが、友人達含めても自分が一番「皐月あしらい」が上手だと思っていた。皐月が「ラストガーディアン」に入って持て余されている、という話を聞いて「今こそ自分の出番!」と意気込んでいた。が、そもそも秘密組織であるBAN(「ラストガーディアン」が所属する地球防衛組織)に簡単に入れるはずもない。
 まぁ、ある事件がきっかけで艦の、しかも皐月と同じ郵便部に入れる事になった暦だったのだが、いざ郵便部のブースに行ってみるとそこには驚愕の光景が繰り広げられていた。
 優しく「お願い」するだけで皐月を動かす郵便部リーダー白神葉月(しらかみ はづき)。アイアンクローひとつで皐月をこき使うサブリーダー青木神無(あおき かんな)。先程のように微笑みひとつで皐月を戦(おのの)かせる弥生に、「はいはい」と皐月の言う事を聞き流してポンポン仕事を割り振る赤沢卯月(あかざわ うづき)と、郵便部のメンバーが程度の差はあれ皐月をきちんと働かせていた。
 そしていくらちゃらんぽらんとはいえ、皐月の方が郵便部としては先輩。仕事を教わるのは大抵神無か弥生で、皐月に教わるという屈辱(笑)は無かったものの、しばらくは肩身が狭かった。
 それも1週間くらいで暦はおおよその仕事を(とりあえず頭で)マスターし、充分に(それこそ皐月以上に)仕事を任せられる要員と判断された。それでも元々5人で回していた業務なので、郵便部の仕事にだいぶ余裕が出来た。となるとサボりたくなるのは世の常で、皐月が率先してその実践を行う。
 そして冒頭の暦の怒鳴り声に戻る。

 猫3匹を頭部とショルダーに装備して、大猫を引き連れて艦内通路を歩く暦。
 葉月の所に皐月捕獲の報告をして、書類の整理をして…… ともやもや考えながら歩いていると、
「おっと?」
「あ、申し訳ござ……」
 誰かにぶつかりそうになって、謝ろうとした暦の顔がピキ、と強ばる。
「な、な、な……」
「あっれ〜 暦ちゃんやんか。今日もべっぴんさんやなぁ。」
(自称)女の子もメロメロのステキスマイルを浮かべる怪しい関西人(何)の西山音彦(にしやま おとひこ)にそんな事を言われて、怒りか照れか暦の顔がカーッと紅潮する。
「なにするですか、この馬の骨っ!」
 自慢のポニーテールが逆立つくらいの勢いで暦が吼える。日本語が微妙に怪しいのはご愛敬。
「何、ゆーてもなぁ……」
 一応は避けたつもりの音彦。というか、暦も避けるのを前提での回避運動だったのだが、考え事をしていた暦が(ある意味)音彦に突っ込んできた形になっていた。
「言い訳無用です!」
「いや、だからワイは……」
「もう結構です! あなたのような馬の骨と話しているだけで時間の浪費です。参りますわよヤマト!」
 みゃう……
 何か言いたげな黒大猫を引き連れて、暦がプリプリしながら歩き去っていく。ヤマトが一度だけ音彦を振り返る。
「嫌われてんなー」
 音彦が呟くとおり、彼は見事に暦に嫌われていた。
 お嬢様育ちで考え方もどこか古風で堅物な暦にとって、ナンパで女の子に声をかけては玉砕しても挫けない音彦はすぐにカテゴリー「女の敵」と認識された。
 別にデートの誘いを断られても逆ギレするわけでもなく、強引な誘い方もしないし、そのトークもある意味名人芸の域に達しており、艦の風物詩の中では平和な音彦(含むチームM)のナンパ劇場は褒められはせずとも、決して嫌われるような要因にはなってない。
 それでも暦自身の性格もあり、艦に来てまだ日が浅く、なかなか打ち解けないのも事実である。音彦としては(それこそ可愛い女の子なわけで)仲良くしたいのだが、まぁノックしようとしたらドアに殴り飛ばされているような状況だ。
「ま、それでも挫けないのがワイのいいところや。」
 ……自分で言わなければもっと良かったのに(ぼそ)

「ただいま戻りました。」
 郵便戦隊のブースにはヤマトを入れておけるスペースが無いので、いつの間にかの突貫工事で向かいの廊下の壁に穴が開けられ、ヤマトの待機スペースになっている。ちなみに役無しの生活班一般職員は二人部屋なのだが、ヤマトのせいで一人で使っているのは別の話。余談だが、整備班あたりになると3段ベッドがズラズラ並ぶ軍隊ばりの生活環境らしい。
「あ、戻ったばかりだけど、頼まれていい?」
 ウェーブをかけたロングヘアをうなじの所でまとめた知的メガネ美人の葉月が暦を呼び止める。
「はい? 何でしょう、葉月お姉様?」
「ええ、実はね……」
 簡単に言うと、艦外のクルーへの郵便配達である。
 確かに「勇者」として戦うクルーは基本的に艦に常駐していることが多いが、御国守麗奈(みこくもり れいな)のように退魔師としての仕事があるようなメンバーもいる。となると「ラストガーディアン」にいるよりは自宅にいるというのも珍しくない。それこそ何か事が起これば風よりも速く駆けつけるわけだが。
 そういうクルーに艦に届いた郵便物を届けるという仕事もたまに発生する。
「それで悪いけど、皐月と一緒に行ってもらえない?」
 皐月の名前に一瞬顔をしかめそうになるが、仕事であるし、敬愛する葉月のお願いを断るなんてことは暦のメモリーから既に削除済みである。
「ちょっと皐月がアレだけど、まぁすぐに戻ると思うし。」
 どこか歯切れの悪い葉月の言葉に首を傾げながらも、皐月と届けるべき郵便物を「回収」にブースの中に入ると……
「あら、暦。いかがなさいました?」
「よみちゃん、たすけてぇぇ……」
 癒し系の笑顔を浮かべる弥生と、減量中のボクサーのようにヘロヘロになった皐月がいた。
「あたくしの名前は暦です!
 あの、弥生お姉様、コレは一体……?」
 いつもの指摘をしてから、その異様な姿におそるおそる弥生に尋ねる。
「ええ、ちょっと皐月のサボりが多いので、少しお説教をしていたところです。」
「よみちゃぁぁぁぁん……」
 助けを求める声は無視しつつ、いや声はともかく状況は無視できずに、半乾きの皐月に嫌々目を向ける。しかし、何をどう「お説教」したらこうなるんだろ? 疑問は置いといて、弥生に用向きを伝えると「あらまぁ」と手を叩いて、カサカサの皐月を差し出される。
「出る前に水を飲ませて下さいね♪」
 弥生お姉様、だから一体何を……?

「死ぬかと思った……」
「自業自得です。」
 結果はともかく、説教を受けるハメになったのは皐月のせい、とあっさり切り捨てて艦の出口へ。と、
「そういえば……」
 ふたりで出ていくのはいいが、受け取った郵便物の届け先は歩いて行くにはちょっとした冒険ぐらいになる。自分たちでも乗れる物と言えば自転車くらいで……
 みゃう。
「ヤマト?」
 巨大黒猫が身を低くしてふたりの隣で待っている。
 ミー
 ニャー
 ニャオン
 装備している3匹の黒子猫が暦の身体を降りて、ヤマトの背によじ登ると、背中にある収納スペースに3匹とも吸い込まれていった。
 カション、と首の根本にハンドルと、胴体にステップの様な物がポップアップする。
「わ〜 ヤマト、乗っていいの?」
「……乗るんですか?」
 喜色満面の皐月と比べて、暦はどこか不安げな顔。
 確かに速そうだが、尋常じゃないサイズのロボ猫の背に女の子ふたり。ある方面では絵になるだろうが、そんな姿で往来を駆け抜けても平気だなんてそんな皐月みたいな神経は持っていない。
 みゃう。
 そんな飼い主の心中を思ったのか、一声鳴くと不意にヤマトの姿がにじむように空気にとけ込む。瞬く間、に少しオマケした位の時間でさっきまで見えたヤマトの姿が全く見えなくなる。
 みゃう。
 もう一声鳴くと、さっきとは逆のプロセスでヤマトが姿を現す。
「……なるほど、これがマッコイ姉様が言っていたステルス能力ですか。」
 原理とか、現在の科学技術とかは考えない。目の前に存在して、使用する事に自分のモラルが揺るがないのなら何でも使う、というのが暦の考え方だ。
「ヤマト、あたくしたちが乗っても大丈夫なのね。」
 みゃう。
 肯定するかのように鳴くのを確認すると、さっさとその背にまたがりハンドルを握る。
「何をしているのですか皐月さん。時間がもったいないので参りますわよ。」
「あ、待ってよ〜」
 同じく背中にまたがり、前にいる暦にしっかりしがみつく。
「行きなさいヤマト!」
 みゃうーん。
 姿を消しながら走り出したヤマトは、少女ふたりを乗せて風のように「ラストガーディアン」を出ていった。

 ヤマトのおかげで仕事は順調に片づいていった。
 足も速いし、ある種の重力制御システムも備えているのか、その大きさにもかかわらず体重がないかのように屋根から屋根へと跳び回っていく。
 まぁ、ひとつ問題があるとするならば、全力で走られると掴まってる方が大変ということくらいだ。
「これで終わりですわね。」
「ねぇ、よみちゃ〜ん。帰りはバスか何かで帰らない〜?」
 皐月の髪がぼさぼさになって、服もなんかよれよれになってるのは気のせいだろう。
「あたくしの名前は暦です。
 思ったよりも早く終わりましたので、それもよろしいですね。ヤマト、見えないようについてきて下さい。」
 みゃう、と虚空から声が聞こえてきたのを確認すると、スタスタ歩き始める。
「あ〜 よみちゃん、待って〜」
「あたくしの名前は暦です。
 って、あれ? ここは……?」
「どうしたの?」
 急に立ち止まって辺りを見回す暦。その顔に柔らかな笑顔が浮かぶ。
「懐かしいですわね。」
「……何が?」
 暦と同じように皐月も首を左右に振るが、分かってないのか疑問符を浮かべる。
 くわっ。
「皐月さんっ! 何度も何度も言いたくないのですが、あなたの記憶力は天使にお裾分けされたのですかっ!!」
「ええ、あたしコニャックじゃないよ〜」
「とにかく! 憶えてないのですか!!」
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 樽の底に残った記憶力を集めているようだけど、なかなかヒットしない皐月をガクンガクンと揺さぶる。
「あなたって人は! ここはあたくしたちが通った小学校の近くですわっ!
 4年くらいしか経っていないのに、あなたの脳みそはドライアイスか何かですかっ!!」
「え? 小学校? それならぁ……」
 たーっ、と皐月が走り出す。さっきまでボロボロのヘトヘトだったのが嘘みたいな勢いだ。
「お待ちなさい! この笛ロケット娘!」
 言ったはいいが、その声が届く前に曲がり角の向こうに皐月が消える。
「ああ、もう!」
 慌てて後を追う。走りながら暦の脳裏にデジャ・ビュが走る。いや、確かにこんな光景を見たことがある。あれは確か……
 角を曲がると、赤いツインテールがピコピコ動いている。
「わ〜 お婆ちゃん元気だった〜?」
「おやまぁ、皐月ちゃん。すっかり大きくなって……」
 1軒の駄菓子屋の前で皐月がお婆さんと話し込んでいた。記憶にある。昼休みや放課後によく皐月が出入りしていた店だ。皐月に連れられて、暦も何度も来た事がある。
「おやまぁ、暦ちゃんかい? 随分綺麗になっちゃって……」
「え、あ、その、ありがとうございます。」
 不意に話を振られて、ちょっと照れながらもどうにかこうにか礼を述べる。
「お婆ちゃんもまだまだ元気で安心した〜 ゴメンね、学校変わったら全然これなくなったんだけど、今日は仕事で近くまで来たから〜」
「あらまぁ、変わった制服来ているから、どこの高校なのか、って思ってたんだけど……」
「う〜ん、別に変な事している訳じゃないんだけど、ちょっと秘密の仕事なんだ〜」
 にこやかにお婆さんと話す皐月に、ふと昔を思い出す。
 そういえばどんな相手でも気にせずに話しかけて、相手が迷惑だろうなぁ、とか思っていたらいつの間にかに仲良くなっていて。
 そんな皐月をちょっと羨ましいと思っていた。
 自分は小さい頃から友達を作るのが苦手で…… あれ? おかしい。
 小中高と普通に友達はいた。幼稚園の時はいない。となると小学校の時に……
「よみちゃーん! ね、これ一緒に食べよ!」
「あたくしの名前は暦です! って、もう食べているじゃないですか。」
 もぐもぐとノシイカをくわえている皐月を一睨みするが、堪えてない様子でノシイカを差し出すので、仕方なく暦ももぐもぐ咀嚼(そしゃく)する。悔しいことに皐月の選ぶ食べ物のランクは間違いなく高い。
「あとねー あとねー」
「……折角だから、小学校でも寄ってみますか。」
「ちょっと待って〜」
 戦利品を検分している皐月を放っておいて、スタスタと歩き出す。それこそ小学校当時の皐月が休み時間で往復してくるくらいなので2人の通っていた小学校自体、大した距離ではない。
「…………」
「…………」
 そこには2人の記憶と全く同じ光景が広がっていた。しかし、4年という月日は記憶をわずかにセピア色に染めていた。同じ光景なのに、何故か遠い。
 もう放課後なのか校内は閑散としていた。一瞬躊躇いながらも暦が足を踏み入れると、皐月も珍しく何も言わずについてくる。
 すでに行く先が決まっているのか、フェンス越しに黙々と歩く。
「あ……」
 目的の物を見つけたのか、どこか感極まったかのように暦の口から言葉が漏れた。と、
 みゃう!
 不意に隣の空間から鋭い鳴き声が聞こえてきた。

「ディメンションディストーション反応、複数発生!」
「反応ポイント、次々と増加していきます! 各ポイントは20m級ロボの発生パターンと酷似しています!」
 艦のナビゲータのメイアとサヤの声と同時にブリッジ内に緊張が走る。
「コンディションレッド! 出られる機体からスクランブルをかけて!」
 艦長の綾摩律子(あやま りつこ)の声に、サヤがヘッドセットを口元に近づけて叫ぶ。
「第3シフトの皆さん、発進願います!」
 メインスクリーンに次々と飛び出していく勇者達の姿が映し出される。
「続いて、第4、第5シフト。順次発進願います!」
「敵勢力と遭遇。交戦を開始しました。
 ……効果率0! 敵ロボは強力なバリアを装備している模様です!」
「敵の分析を急いで!」

 メキメキメキ……
「まだ保ってますね。もう少し荷重を加えてください。」
「おうよ。」
 メキメキメキ……
 勇者一の巨漢のアースフォートレスがシャドウワイズマンに攪乱(かくらん)され誘い込まれた敵ロボを踏みつけている。バリアを張って必死に耐えているようだが、何せ自分の数十倍の大きさのロボが相手である。とても逃げられるような状況ではない。
「おっと?」
「そろそろですね。」
 計器を注意深く見つめていた空山(そらやま)リオーネ。敵のバリアに歪みが生じている。
「なんか面倒だなぁ。」
「とは言いますが、あなたの機動性では踏みつけるのは難しいでしょ?
 それにそもそも市街戦向きではないですし。」
 たまたま一体を郊外の埋め立て地――アクアワード内で戦闘が起きたときの緩衝地としての働きもあるわけだが――に誘い込んだからできることだが、殆どの敵ロボはアクアワード内に侵入してしまっている。アースフォートレスの火力では建物に被害を与えずに戦闘を行うのは難しい。大は小を兼ねないようだ。
「よっしゃぁ!」
 ずん、と一気にアースフォートレスの足が大地を踏みしめる。何か小(アースフォートレスの規模で)爆発が起きたようだが、痛くも痒くも無い。
「…………」
「どうした、リオーネ?」
「……とにかく、艦に報告します。」
 どこか渋い表情で、リオーネはデータを送信した。

「リオーネさんから敵バリア強度についてのデータが届きました。今解析を行います。」
 敵のバリアが強力ということで、防御的戦闘の指示が飛んでいる。それこそ必殺技を放って効かなかった場合の事を考えると、迂闊に攻撃できない。
「解析が終了しました。」
 と、サヤが表示されたデータに眉を顰める。
「ほ、報告します。
 単体でバリアを突破できる可能性のある攻撃は……」
 次々に挙げていくが、主力級ロボの全力必殺技でどうにか対処出来るほどの強度だ。バリアさえ粉砕できれば中のロボ本体はさほどの防御力を持たない。
「撃破出来るロボを中心にフォーメーションを組み直して。探査型は引き続き敵勢力の調査を。」
 律子の指示が飛び、戦いはまた激化していく。
 しかし、勇者達は少しずつ敵ロボを制圧しつつあった。

「わ、何あれ?」
「……敵のようですわね。」
 近く、と言うほどではないが、敵の大きさを考えると、そうも遠くない場所に大量生産された感じの敵ロボが一体着地する。すぐさまミサイルを放ち、周囲に破壊をばらまき始める。
「大変!」
「そんなこと分かってます。こちらにすぐ来るとは限りませんが……
 それにしても何も来ないのは何故ですか? まったく。」
 まだあまり危機感を感じてないのか、勇者達が来ないことを苛立つ暦。
「皐月さん、ヤマトを使って良いので、艦に戻って誰か応援を呼んできて下さい。どうやら通信妨害がかかっているみたいですし。」
 クルーに支給されている通信機のスイッチを入れてもノイズしか返ってこない。
「え〜 よみちゃんも戻ろうよ。危ないよ。」
「あたくしの名前は暦です。それに周囲の住民の避難をさせないといけないですから。あたくしひとりならどうとでもできます。
 というか、ハッキリ言って皐月さんがいても役に立たないどころか、邪魔になりかねません。」
 キッパリと言いはなって、シッシッ、と手を振る暦。「ん〜 分かった〜」とすぐに皐月が行くと思っていたが、予想に反して皐月はなかなか動こうとしなかった。
「本当に本当だよ? 何かあったらちゃんと逃げるんだよ。あたしもすぐ戻ってくるから。」
「は、はい…… それでは気を付けて。」
 暦の手を取って、普段見た事無いような真剣な目で見つめてくる皐月に思わず言葉が詰まる。皐月はヤマトに飛び乗ると、何度も何度も振り返りながら「ラストガーディアン」のある方へと戻っていった。
「……さて。」
 艦のクルーになる時の教育の一環に避難誘導の方法というのがあったりする。少なくとも「ラストガーディアン」のクルーになったからには、たとえ私服の時でもできることはしよう、という方針からなのだが。そんなマニュアルや指示が無かったとしても、するつもりではあったが。
 敵の襲来に右往左往する地域住民を持ち前の声を生かして誘導していく。
 郵便戦隊の制服を着ていたから、何らかの誘導員と思ってくれたのが幸いして、案外素直に誘導に従ってくれた。
「こんなものですかね。」
 すっかり人気の無くなった往来を見渡して一安心。自分もそろそろ、と思ったのだが、ちょっと心残りがあって、小学校へと向かう。
 校庭の隅にある1本の木。その根元に腰掛ける。
 背中に当たる感触は記憶の中と比べて大分小さくなったような気がする。当然ながら自分が大きくなったわけだが。そこから見える風景も変わっていたが、でもどこか同じに見えた。

「……そういえば、ここでしたね。」

 状況が状況であったが、それこそ暦の人生を変えた出会いを思い出していた。

 

 あたくしはひとり。
 でもさびしくなんかない。あんなていどのひくいひとたちとつきあってもいみがありません。
 だから、さびしくなんか……ない。

 小さい頃から暦はどこか浮いていた。
 お嬢様育ちだっさせいか、生来の性格なのか、どこかどこか澄ましたところがあった。ある程度大きくなれば、個性のひとつで片づくのだろうが、子供というのは容赦なく、気づくと暦は孤立していた。
 校庭で遊ぶ同級生達を遠くから眺める毎日。
 仲間に入りたい。でもどこか意地になっていた暦にはそんな事を言うことが出来なかった。
「さびしくなんか……ないもん。」
 泣きたくても涙は流したくなかった。
「あれー?」
 いきなり後ろからそんな声が聞こえてきた。
 校庭のフェンスに空いた穴。茂みに隠れてよく見えないのだが、それこそ子供ならくぐり抜けられるような穴から短いツインテールが揺れていた。
 見た事がある。確かクラスが同じで、幼稚園でも一緒だったような気がする。
 ある程度裕福な子女用の幼稚園だったはずだが、そうなると今頭に葉っぱを乗せてニヘニヘ笑っている女の子も自分と同じような家庭環境なのだろうか?
「おなじクラスだよね?」
「そうですわ。ももいさんですわよね?」
「うん! え〜と…… よみちゃん、だったっけ?」
「あたくしのなまえはこよみです。くろばねこよみ、ちゃんとおぼえてください。」
 いきなりペースが狂った。
「はい、よみちゃん。」
「あたくしのなまえは…… って、これは?」
 いきなり差し出された物に首を傾げる暦。
「ノシイカだよ。おいしいんだよ。」
 気づくと同じ切れ端が口の端からはみ出ている。
「……はい?」
「おいしいよ。たべたことない?」
「ええ……」
 暦の頭の中では「これがイカ?」「ノシってなんだろ?」と色々グルグル渦巻いていて、何がなにやら分からなくなっていた。でも皐月が美味しそうに食べているのを見て恐る恐る口に入れる。
「あ……」
「ねー?」
 暦の表情が変わったのを見て、ぱーっと明るい笑顔を浮かべる皐月。
 2人でしばらくもごもごしていると、昼休みの終わりを告げる予鈴がなった。
「あ、よみちゃん、なったよ!」
「ですからあたくしのなまえはこよみです!」
「ほらほらいくよー」
 手を掴まれて無理矢理引っ張られる。
「ちょ、ちょっとおまちください、さつきさん!」
 その日から、皐月に引っ張られるようにクラスに入っていった暦。皐月と一緒にいるとついついツッコミ役になってしまい「ちょっとお嬢様風のツッコミ」という認識が生まれてしまった。そしてそのままズルズルズルズルと小中高の腐れ縁。
 いつも皐月とコンビなのは些か不満ではあるが、年を経るごとに暦の本質を分かってくれる友達も増え、普通の(皐月がらみのトラブルは抜きにして)学園生活を送るようになった。
 そう考えると……

 

「でも皐月さんに感謝なんかしませんわ。あの娘はいつもいつも周りに迷惑ばかりかけて……」
 でもそのひとつひとつが「想い出」になっているのは何故だろう?
 そんなに迷惑なら……
「……だって放っておけないじゃないですか。」
 どこか言い訳じみた口調になってしまう。
 一通り想い出に浸ると、立ち上がってスカートに付いた砂をはらう。
「あたくしもそろそろどこかに避難いたしましょう。」
 と、不意に周囲の空気が緊張している事に気づいた。緊張というか、どこか焦臭い感じがする。
「まさか?!」
 さっきまでずっと遠くにいたから、と達観していた敵ロボがどういう思考に至ったのか不明だが、こちらに近づきつつあった。
 逃げる? いや、逃げるわけにはいかなかった。

『ちょっとーっ! 何でダメなのよーっ!!』
 次々に勇者ロボが発進・着艦を繰り返す格納庫とは別の格納庫。召還系の勇者が予想以上に多かったために他の用途に使われている格納庫のひとつ。ただここは郵便戦隊のメンバーが使うビークルの置き場でもあった。
 その一角から甲高い声が響いていた。
「ダメです。発進許可が出ていません。」
 まだ若い整備員が自分よりも小柄な少女を必死に説得しようとしてた。
 ただ困った事にその小柄な少女は自分を簡単に踏みつぶせるビークルに乗っていたのだが。
『よみちゃんが待ってるのよっ! あたし、ちゃんと戻るって言ったんだからっ!!』
「でも艦長の許可が出てません。」
 ピンク色の戦車――皐月専用ビークルの多地形行動装甲車。名前はキルシュヴァッサー――の前に決死の覚悟で立ちはだかる整備員を轢いていくわけにもいかず、皐月がコクピットの中でジタバタ暴れていた。

「桃井さんから再度発進許可が来ています。」
「却下して。」
 サヤからの報告をすげなく切り捨てる律子。
 無論である。艦長としては戦闘に耐えうるビークルを所持しているとはいえ、一般職員を出撃させるわけにはいかない。確かに1度そういう事態があったが、あれは飽くまでも例外中の例外である。
 放っておいても勇者達は敵を掃討できるだろう。後はいかに被害を最小限に食い止めるか、というところだ。そこへブリッジに通じるドアが開いて、数人が足音を鳴らして入ってきた。
「何? 戦闘中にブリッジの出入りは制限されて……」
 いるはずよ、と言いかけた言葉は途中で止まった。そこには暦と皐月を除く4人の郵便戦隊が立っていたからだ。
「艦長、却下するのは分かっていますが、どうか皐月の発進を許可して下さい。」
 リーダーの葉月がそう言うのを律子は黙って聞いていた。
「当然ですね。却下します。
 前にも言ったとおり、私は艦のクルーの安全を守る義務があります。今彼女が出撃したところで危険になるだけです。」
「重々承知しています。それでも仲間として行かせてあげたいのです。」
「……気持ちは理解できますが、既に何機か向かっています。片づくのも時間の問題かと。」
 律子がそこまで説明すると、葉月は艦長譲りか、と言いたくなるようなため息をつく。ただ、どうやら艦長の言葉に対してではなく、これから言わなければならないことに対してのため息のように思えた。その異様な感じにちょっと眉を顰める律子。
「私と、私の部下がこれから行う事を先に謝っておきます。」
「……は?」
「じゃあ、格納庫のロックだけ外しますね。そうですね、2分もあれば。」
「ロックさえ外せば人力で開けられるよね?」
「……ったく、あの小動物。どれだけ迷惑をかけたらいいんだ。」
 ノートパソコン片手ににっこり笑みを浮かべる弥生に、袖まくりをしてちょっと頑張りますよーオーラがバリバリの卯月。どこか仕方ないなーって顔をしながらもやる気満々の神無が出ていこうとするのに、律子が顔色を変える。
「ちょ、ちょっとお待ちなさい! 何をするつもりですか?!」
「格納庫のドアを開けます。これ以上押さえておいたら発砲しかねませんから。」
 それでは失礼します、と頭を下げる葉月を慌てて呼び止める。
「白神さん! あなたまで何を!」
 郵便戦隊の良心ともいわれ、艦内でも艦長に次ぐ苦労性とされる常識人の葉月までが荷担しそうな勢いに律子は焦ったように身を乗り出す。
「申し訳ありません。あの子のあんな言葉を聞いてまで、私たちには止められません。」
「……サヤ、彼女との通信を繋いで。」
「はい。」
 格納庫のキルシュヴァッサーと回線を繋いだ瞬間、大音量がブリッジのスピーカーから流れ出した。
『お願いよ、行かせてよーっ!! あたしの大事な大事な大事な一番の友達が待っているんだからーっ!! よみちゃんと約束したの! 必ず戻るってっ!!』
 涙声になりながらも叫ぶ皐月の声に郵便戦隊の面々がどこか辛そうな顔をする。
『よみちゃん、絶対待ってるのっ! いつもいつもそうなの! だからあたしが行かないとダメなのっ!!』
「艦長。」
 郵便戦隊の懇願の視線に耐えかねず正面を向くと、ナビゲータ席のメイアとサヤも職務と気持ちの狭間で揺れた表情で律子を振り返っていた。
 盛大に本家本元のため息をつく。司令官としては甘さが捨てきれない律子だが、やはり「友達」とか「約束」とか言われるのは弱い。
「発進を許可します。但し飽くまでも黒羽根さんの救出、ということで戦闘行動は厳禁と伝えて下さい。」
「了解です!」
 ビシッ、と意味なく敬礼をしたサヤがヘッドセットを口元に寄せる。
「キルシュヴァッサー、発進スタンバイ。発進願います!」
『りょーかーいっ! 行ってきます!』
 まだ声に湿り気が混じっていたが、皐月の弾むような声とともに「ラストガーディアン」から1台の戦車が飛び出していった。

(来るんじゃありませんよ……)
 物陰に隠れながら敵ロボの動向を見つめる暦。
 昔ヤマトを自慢の声の一喝で黙らせた事があるが、そんなのが通じるはずもなく向こうが本気で攻撃してきたら身を守る事すら出来ないだろう。
 ズシンズシン、と歩いていた敵ロボ。どういう偶然が重なったのか不明だが、この周辺には仲間のロボットも、正義の勇者ロボもいない状況で、向こうも多少は混乱しているようだ。
 業を煮やしたのか、敵ロボの胸の表面がスライドすると、ミサイルでも発射しそうな列になった穴が現れる。事実、ミサイルが発射されて周囲に爆発の炎を広げた。
(くっ……)
 悔しさに唇を噛みしめる。
 自分が無力とはいえ、敵のやりたい放題にさせるのは気に入らない。
 散発的に周囲を破壊すると、小学校という空いた空間を見つけたのかそちらの方に歩いてくる。
 ここを平らにならして拠点にでもするつもりなのか、ミサイルを放とうと胸の装甲が開く。
 思わず暦は飛び出していた。
 皐月と初めて出逢った木の前に立ち両手を広げる。
「この皐月さんとの想い出の場所、壊させませんわっ!」
 睨み付けながら叫ぶと、一瞬怯んだかのように敵ロボが動きを止めたように見えた。
「初めての…… 一番大切な友達との想い出。あなた如きクズ鉄に手出しさせませんっ!!」
 しかし無情にもミサイルが放たれる。直撃こそ受けなかったものの、爆風に暦の身体は木枯らしの中の枯れ葉のように空に舞い上がった。

 黒い影が走る。
(お嬢っ!)
 その内部に封印されていたもうひとつの思考が暦にピンチに目を覚ました。
 視界の中で長い髪の少女が空に舞い上がるのが見える。ショックで気を失っているようだが、たとえ意識があったとしてもあの高さから落下したら間違いなく取り返しのつかない事態になるだろう。
「お嬢ぉぉぉぉっ!!」
 その意識と同時に内部に秘められたメカニズムが動き出した。
ちぇぃんじっ!!
 肩の位置が移動して、爪の生えた前足が反転し、人の手に入れ替わる。
 後ろ足を半分くらいに折りたたむと、胴内部に収納されている腿が伸びて強靱な2本の足に。
 尻尾が分離し伸張すると、背中から射出されたコンテナと組み合わさって「御状箱(ごじょうばこ)」となる。
 全身の色が変化し、ハッピを模した色合いへとなる。
 頭部は肩の展開時に空いたスペースに填り込むように後ろに倒れ、空いた首の位置から鯔背(いなせ)な顔をした漢らしい頭部が現れた。
 巨大黒猫から変形した飛脚ロボは見事な走りを見せ跳躍し、空中で暦の身体を抱き留める。意識がないものの、規則的に上下する胸に思わず安堵の息を漏らす。
「やいやいやい、うちのお嬢に手ぇ出すとは太ぇ了見だ、べらぼうめぇ!」
 飛脚ロボ――ヤマトが敵ロボを睨み付けるが、相手とは5倍ほど大きさの差がある。
「って、こんな事で挫けてちゃぁ、江戸っ子の名が廃るってもんよぉ。喰らいやがれゴジョウショット!」
 御状箱を模した武器を構えると、その竿の先端から光弾が発射される。それらは敵ロボを捉えたかと思ったが、全てが離れたところで弾ける。
「ちっ! ならこいつで! ゴジョウミサイル!」
 御状箱を反転させると、その箱の部分からミサイルが飛び出す。しかしそれもまた敵ロボから離れたところで見えない壁に遮られた。お返しとばかりに敵ロボが胸の装甲を開く。
 一瞬避けようとして、背後に暦が護ろうとした校舎があるのを思い出し、もう一度御状箱を反転させゴジョウショットを構える。
「てやんでぃ!」
 敵のミサイルを迎撃するのに専念するが、敵のミサイルよりも御状箱の武装が弾切れになるのが早かった。
「しゃらくせぇっ!!」
 今度は御状箱をバトンのように回してミサイルの盾とする。しかしヤマトの奮戦もそこまでであった。
 防ぎきれなかったミサイルの至近弾がヤマトを襲う。
「ちきしょうめぇ……」
 暦を庇いながらの戦闘。すでに弾も尽き、盾代わりの御状箱もボロボロで、右腕もすでに動かなくなってしまった。
「それでもお嬢は……」
 またミサイルが襲いかかってくる。
「あっしがお守りしやす!」

「気に入った! 漢やん!」
 ヤマトに迫るミサイルが、一陣の衝撃波で薙ぎ払われる。
「まぁ、よぉ頑張った。あとはワイに任せぇな。」
 蒼穹よりも鮮烈なスカイブルーの機体がヤマトと敵ロボの間に着地する。
「女の子のピンチには必ず駆けつける! 誰が呼んだが音速のナイト、ソニックガイアンとはワイのことやでっ!!」
 音彦が駆る光速合体ソニックガイアンであった。どこかおちゃらけた前口上だが、その中には「勇者」としての鋭い響きが混じる。
「ここはワイに任せて、暦ちゃん連れて、はよ離れぃ。」
「すまねぇっ!」
 戦場から離れると、飛脚ロボから大黒猫に戻り自分の胴体に暦を寝かせる。
 みゃう……
 さっきから小さく呻くような声を漏らしているので、そろそろ目を覚ますのかもしれない。
 理由は分からないが、ヤマトは自分のもう1つの姿を暦には知られたくなかった。 
 一方、ソニックガイアンは敵ロボに何度も何度も攻撃を仕掛けるが、その全てがバリアの前に防がれている。
 自分の攻撃力では敵のバリアを貫けないのは分かっているが、探査能力が高いのを生かしてどうにか弱点を見つけたいところだ。
 面による攻撃でも、一点集中の攻撃でも、バリアは揺るがない。反撃でミサイルを放つが、それもおそらくはバリアにエネルギーを使っているために、ビームなどのエネルギー系の攻撃手段を持たないからなのだろう、と推測される。
(……こりゃ、骨やなぁ。)
 時間さえ稼ぐことが出来たら、他の仲間が駆けつけてくれるだろう。
 それまでは敵をここに釘付けにしなければならない。
「ま、でもそれでも挫けないのがワイの良いところや。」
 それが勇者としての資質の1つであろう。
 と、
「何しているんですか馬の骨っ!!」
 いきなり背後から容赦ない叱責が飛んだ。
「そんな敵、ちゃっちゃと倒しておしまいなさい!」
 本来は声の届かない距離のはずなのだが、プリマ・ドンナを目指せる暦の声量はそんな距離なんてものともしない。
「そんなん言われてもなぁ……」
 外部スピーカーで愚痴ろうとすると、その倍する声が返ってくる。
「言い訳無用です!」
(……って、なんや?)
 敵のバリアがわずかに歪みが生じている。
「……なぁ、よみちゃん。」
「あたくしの名前は暦です! 馬の骨にまで言われたくありませんわっ!」
 暦の声のトーンが上がるとバリアの歪みが大きくなる。
(そういうことかいな?)
 試してみる価値はある。
「暦ちゃん、ちょーええか?」
「なんですか一体!」
「この敵を倒す。手ぇ貸してくれへんか。」
「……分かりましたわ。」
 音彦の声が真剣な物になったことに気づいた暦は、同じく真剣な顔で頷いた。

「ソニックボウガン、コネクト!」
 ボディとソニックボウガンを接続し、音のエネルギーを直接注ぎ込む。
 また敵がミサイルを放ってきたが、構わず音彦は音エネルギーを解放した。
サウンドウェーブ・フィニッシュっ!!
 衝撃波がミサイルを粉砕しながら敵へと向かう。バリアで敵本体にまで届くことはないが、それでもその勢いは完全に殺しきれずに敵ロボが大きく後退させられる。
「どうやら敵のバリアは暦ちゃんの声の周波数に干渉されるらしい。そこで音の精霊の力で暦ちゃんの声を増幅・集束させる。そいつを叩きつければ、どないかになる、ってもんや。」
 敵が体勢を立て直す前にソニックガイアンの手の上に移動して説明を聞く。
「よろしいですわ西山さん。その賭け、乗って差し上げてよ。」
「なんかこう、気持ちの乗る叫びをひとつ頼むで。」
「気持ちが……」
 不意に皐月のことを思い出した。
 戻る、と言っておきながらなかなか帰ってこない。
 まぁ事態が事態なので、戻ってこない方がありがたいかも。でもどこか戻ってきて欲しいと思う自分もいる。
「あ、」
 戻ってくる、といえばいつかの遠足で、どこかのSAでトイレ休憩があったときに皐月が戻ってこないで30分ほど発車が遅れたことがあった。対皐月特別部隊である暦が確保しなかったら、もう30分は遅れたに違いない。
「……思い出しましたわ。」
「な、何がや?」
 不意に暦の声に低い物が混じり、なんか沸々としたオーラが見えたような気がする。
「準備はよろしいですか?」
「あ、ああ……」
 視界の先では起きあがった敵ロボットがソニックガイアン(+暦)を攻撃しようと今度は腕の装甲を展開する。そこからもミサイルがせり上がってくる。
「あの娘はいつもいつも人に迷惑かけて……」
 怒りが腹筋に力を満たしていく。
いい加減になさい、このバス止め娘がぁっ!!
 放たれた暦の声の衝撃波は、迫り来るミサイルを爆発させることなく粉々にし、更に散々勇者達を苦しめてきたバリアをガラスのように砕いた。
「あ、アカン……」
 困ったような音彦の声に、暦の胸中に不安がよぎる。
「……いかがなさいました?」
「あ、いや。ワイ、この体勢やとな〜んも攻撃でけへんな〜 って。」
馬の骨ぇぇぇぇぇっ!!
 今の声でバリアの再形成を防ぐことは出来たが、その直後にミサイルを撃たれてしまう。暦を手の上に乗せただけなので迂闊に回避行動も取れず、逆の手で包み込むようにしてから衝撃に備えてソニックガイアンが身構えた。

よぉみちゃぁぁぁぁんっ!!
 今度は無数の光の矢が迫るミサイルを射抜いた。距離が離れていたこともあって、ソニックガイアンはもとより、暦にも被害はない。
「あたくしの名前は暦です! ……って、皐月さん?!」
 反射的に言い返したところで気づいて声と矢の飛んできた方を振り返ると、ピンクの戦車が鎮座していた。その全ての武装が敵ロボに向いている。
「こいつがよみちゃんをいじめた奴ねぇ。許せないっ!!」
 戦車――キルシュヴァッサーの攻撃が敵ロボに殺到するが、すでにバリアを張り直したのか、全てその表面で弾かれた。
「うそぉぉぉぉぉぉっ!」
「何しに来たんですか、一体っ!」
「え〜 だって、よみちゃんがぁ……」
「だっても何もありません! それに何年かかったら名前を覚えるんですかっ!!」
 どこかたわいもない友達同士のやりとり。そんな中、音彦は暦の声で生じるバリアのゆがみが先ほどよりも大きいことに気づいた。
「2人とも、ワイの為に争うのは止めてぇな。」
「何がですかっ!」
「そんなことしないよ〜」
 ギャグで気を引いてから、再び真剣な口調に切り替える。
「もう一回挑戦や。これで決まらんかったら、ホンマ逃げるで。」
「……あたくしの声でバリアを破壊してから皐月さんで攻撃ですか?」
「ちゃう、決めるんは暦ちゃんや。皐月ちゃんはちーと時間稼いでくれへんか?」
「ん〜 よく分からないけど、分かった〜」
 キルシュヴァッサーで敵ロボの周囲を回りながら、散発的に攻撃を仕掛ける。バリアを貫通できないから打撃にはならないが、小煩い戦車に攻撃しようにもグルグル回って狙いが定まらない。更にヤマトまでがちょっかいをかけてきて、ソニックガイアンに目を向ける余裕もない。
「ほんならいくで……」
「ちょっとお待ちなさい。さっき試して駄目だったじゃ無いですか。」
「いや、そーやない。暦ちゃんはさっき以上の力が出せるはずや。」
「無理ですわ。」
「無理やない。
 暦ちゃん来てそんな長くないけど、皐月ちゃんと仲えーのはよー分かる。それも生半可な仲良しやない。」
「いえ、あたくしたちはただ……」
 どうしても否定の言葉が出てこない。
「次は全力で増幅したる。そやから皐月ちゃんへの思い、声に出したり? 大丈夫、増幅したら人の耳に聞こえるような音にならへん。」
「…………」
「今、ワイらの中であの敵倒せるんは自分だけや。暦ちゃんにワイらの命預ける。頼む、やってくれ!」
「…………」
 無言になってしまった暦に、失敗したかなー と思った音彦だが、よく見ると暦の口がわずかに動いている。
「考え無しで、わがままで、人の話は聞かないし、面白そうな事にはすぐ首を突っ込む。」
 ブツブツと呟く口調に力がこもる。なんか目が据わってきたような気がする。
「ちょっと目を離せばどこか行ってしまうし、どんなに食べても太らないなんて異常です。ズルいです。」
 と、不意に目が優しくなる。
「でも…… あたくしが落ち込んでいると近くに来て元気づけてくれる。ううん、分かっています。皐月さんが本当に友達思いの人なことを。」
 キッ、と顔を上げる。
「そんな皐月さんを、あたくしは…… あたくしはっ!」
 すぅ、と息を吸う。彼女の事を思うだけで身体に力が漲ってくる。

 

「………………っ!!」

 

 最後の言葉は可聴域を遥かに超えた純粋な衝撃波として増幅され、敵ロボのバリアを瞬時に消滅させた。更に敵ロボ本体を激しく振動させ、装甲をボロボロにする。それだけではなく内部のミサイルが誘爆し、機体のあちこちから爆発が起きる。
「いっけーっ!! ひっさーつ、プリン・ア・ラ・モード!」
 どんな意味があるのか分からないが、追い打ちとばかりにキルシュヴァッサーの一斉射撃が敵ロボを完膚無きまでに木っ端微塵に粉砕した。

 3人と1匹が艦に戻る頃には戦闘は終了していた。
 必殺技を連発することになったので消耗は激しかったものの、敵の攻撃力が大したこと無かったために損傷らしい損傷はほとんど起きなかった。
 皐月は一応艦長に呼ばれたが、ほんのお小言程度で済んで特におとがめは無かった。信賞必罰、というわけでも無いのだろうが、敵を撃退したことはやはり大きかったようである。代わりに暦を危険にさらした、ということで音彦が艦長以外の誰かにみっちり搾られたらしいが、本人はあまり堪えてないようだった。
 郵便部に戻ると、感極まった葉月に2人まとめて抱きしめられて困惑したり、他のメンバーも口々に無事帰ってこられたことを喜んでくれた。
 ヤマトの修理も終わり、再び暦と皐月(ついでに音彦にも)にいつもの日常が戻ってきた。

「よぉ、暦ちゃ〜ん、今日も可愛いなぁ。」
「……西山さん。」
 ぴき、と顔が強ばりそうになるが、どうにか抑える。
「なぁなぁ、ワイとデートせぇへん? デート。」
 そういきなり誘いながらも、今回はまだまだ様子見や、と断られるのをすでに予想済み。そのはずだった。
「よろしいですわ。」
「へ?」
 予想外の返答に思わず次のトークが続かなくなる。
「先日の戦闘では大変お世話になりましたので、西山さんがお望みでしたらそれもやぶさかではありませんわ。黒羽根家の名を背負うからには、礼は返さねばなりません。」
「…………」
 きっと喜ぶことでしょう、と思った暦だが、音彦の反応が鈍いことに首を傾げる。
「……そんならワイはパスや。」
「え……?」
 これまた予想外の返答に暦は音彦の顔を見るが、そこにはいつものお調子者の音彦はいなかった。
「ワイはそれこそ親友の大地(だいち)が戦ってるからとか、女の子にええカッコしたかったから、っていつも戦う理由をゆーてたような気がするんやけどな。
 でも、やっぱどこかに“正義”ちゅーもんの為に戦ってるワイがいるねん。
 確かにワイはナンパが好きで、女の子も好きや。でもその“正義”をナンパの道具にしたぁないねん。
 悪いなぁ、メッチャ久々に女の子からデートの誘い受けたんに。」
 お調子者の仮面をかぶった音彦に、思わず暦は頭を下げた。
「な、なんや?!」
「すみませんでした。あたくし、音彦さんのこと少し誤解していました。」
「ええ、ちゅーねん。ワイはやっぱ、こうやってるのがしょうに合うんやな。」
 うんうん、と自分で納得する音彦。と、ナイスアイデアを思いついたような笑顔を浮かべる。
「そやそや、お互いの誤解が解けたところで、ここはワイともう少し親睦を……」
 と言いかけたところで、暦が顔を上げる。
「何言ってるんですか、この馬の骨ぇぇぇぇっ!!」
 暦、咆吼。
「あ〜 よみちゃんだ〜」
「あたくしの名前は暦です! 皐月さん、何回言わせれば気が済むんですかっ!!」
 くわっ、と後ろから来た暦にも吼える。
 そんな騒がしくなってきた中でもお構いなしに、ヤマトはいねむりを始めた。

 ……とりあえず通行の邪魔だ。