オリジナルブレイブサーガSS
「ぐだぐだDays」
(イラスト:嘉胡きわみ殿
       阿波田閣下殿
            サイレント・ストーム殿)

 

「パラメータセット完了。」
「メイア、入力したデータを視覚的に表示してくれ。」
「了解です、マスター。」
 万能戦艦「ラストガーディアン」のブリッジ。ナビゲータのメイアの手がコンソール上を滑ると、スクリーンの一つに三次元の曲面が色分けされて表示される。
「…………」
 腕を組んでその映像を見つめるのは草薙咲也(くさなぎ さくや)。技術的なことはメイアに劣るが、こー中の人とかの関係で、感覚的な事に関しては他の追従を許さない。そもそも「時空移動技術」自体が500年後の未来の技術のため、この2人以外に扱える人間はいないわけだが。
 それはさておき。
 何度も「ラストガーディアン」に直接敵が転送されてくる、という事態をどうにかすべく艦長の綾摩律子(あやま りつこ)の指示で早急に対策を練ることになった。
 今は変な(?)怪人が送られてくるだけで、何か事件になる前に片づけられているが、その技術を応用すれば内部から艦やクルーに致命的な被害を与えることも想像に難くない。
 そんなわけで、向こうが何らかの転送技術を擁しているのなら、それに対抗すべきは時空間技術の権威である咲也とメイア、というわけだ。
「よし、これでやってみよう。」
「テストシミュレーション、2315通りクリア。現時点で問題は認められません。
 ……艦長?」
「え? ええ、ではテストを開始してください。」
 しばらく畑違いどころか、異星人のような会話を聞かされていたせいか、一瞬返事が遅れたが、律子が許可を出すと、咲也にもアイコンタクトで確認をとったメイアがコンソールを操作する。
「仮称リープ・ジャミング・システム、発動します。」
 パン、と始動のキーを押して、何かしらのハム音らしき物が聞こえたような気がするが、それで終わり。
「……これだけ?」
 今まで摩訶不思議な会話を聞かされていたのもあって、律子の口から思わずそんな言葉が出てしまう。
「ええまぁ……」
 咲也が何処か困ったような笑みを浮かべる。
「飽くまでもトリニティの艦内への転移を防ぐための物なので、実際に効果があるかどうかは転移による侵入が行われないと……」
「……それもそうね。」
 効果を確認したいところだが、さすがにそういうわけにもいかず、いくつかチェックを終えると咲也はブリッジを辞していった。

 ……しかし、平和な日常はすでに崩壊の刻(とき)を迎えていた。

 ほぼ同時刻。
「トーコさん! お待ちなさい!」
 今日も今日とて若い男を快楽に苦しめる(平たく言うと自慢のないすばでーでセクハラまがいのちょっかいをかけているわけだが)ウィルダネス組の星(?)トーコ。教育係(何)のグレイスに見つかってお小言が始まろうとする。
「ヤぁよ。お断り。」
 格納庫を走って逃げるトーコにグレイス(ちなみに身長5mほどの女性型ロボ)が鞭を振るってトーコを捕らえようとする。
 ちなみに内蔵武器のマナーウィップはビームで形成されているのでそんな物で捕らえようとしたらさすがのトーコでもズンバラリンなので、グレイスサイズに特注したワイヤーのウィップである。おそらく次の光景がいつも決まっているからグレイスも半ば諦めている部分があるわけだが、かといってやらないわけにもいかない。
「ばっはは〜いっ!」
 トーコは異能力である《テレポート》を発動して、グレイスのお小言&鞭から逃げ……
「へ?」
 ……られない。
 いつもなら息をするのと同じくらいの感覚で《テレポート》できるはずなのだが、何か精神の一部に引っかかるような感覚があっただけで終わってしまう。
「はい?」
 跳べなくて呆然とするトーコにタイミングが狂ってしまったグレイス。そして彼女が直前に行おうとしていたことが、彼女の意図通りにしっかり行われる。
 ひゅるひゅるひゅる、とワイヤー製の鞭がボッキュッバン、のキュッの部分に巻き付く。
「あぁっ!!」
 思わぬ展開に、反射的に&思い切り鞭を引き戻すグレイス。その先にはトーコが絡んだまま。
「ひょえぇぇぇぇっ!!」
 手首を軽く返すと、巻き付いていた鞭がほどけてトーコはそのままの勢いで壁に。こーよく壁に埋まる人がいたりするが、あれは飽くまでも道場の木の壁だ。このウィルダネスの生息地は格納庫にあるため、その壁は象が踏んでも壊れない合金製である。
 ウィルダネスという過酷な状況で生まれ育ったトーコは身体の丈夫さには自信がある。とはいえ、特殊合金とガチンコしよういうチャレンジ精神はない。
「ちっ。」
 いつものドタバタとは状況が違うことを察知したジャンクが、半ばトレードマークとなったくわえタバコを口から落とすと、その場から消える。
 次の瞬間、壁とトーコの間に現れると、周囲の空間を歪めて壁に特攻するトーコの勢いを弱める。そしていわゆる「お姫様抱っこ」で抱き留めると、そのまま重力を無視したような速度でフワリと着地する。軽くさっきまでいたバーカウンターの方に視線を向けると、空中に止まっていたタバコが口元に瞬間移動してくる。
「……いったいどうしたんだ?」
「ジャンク……」
 いつもとは様子の違うトーコの気弱そうな顔。
 恐る恐る手のひらを上に向けて、動きが止まる。青ざめながらも何処か呆然とした顔でジャンクを振り返る。
「アタシ…… 力使えなくなっちゃった……」

「あら〜 それは大変っすねー」
「なーんかさ、全然元気無くって、ふて寝してるんだ〜」
 艦内購買で、購買の主ことマッコイ姉さんが獣耳&尻尾をピコピコ揺らした鈴と話をしている。諸処の事情でジャンクが格納庫の隅で経営している飲み屋に出入りしている鈴(りん)だが、そうなると当然のようにトーコ達ウィルダネス組との付き合いも多い。
 まぁ、無駄に元気が溢れさせながら艦内を闊歩するトーコが数日もうだうだ酒浸りで落ち込んでいたら、そりゃいい加減話題の一つにもなるわけで。
「あれ? 何の話だい?」
 二枚目マスクにトホホ感をプラスした、我らが万能戦艦「ラストガーディアン」の副長、神楽悠馬(かぐら ゆうま)が非常食なのかカップメンを手に会話に入ってくる。
「おや、副長じゃないすか。ダメっすよー いい若いモンがそんなの食べちゃ〜」
「いや、マッコイ姉さんに言われても。」
 誰も年齢どころか素性を全く知らないマッコイ姉さんだが、外見はせいぜい20代前半。一応は神楽よりは年下に見える。
「あ、そうそう、トーコさんのことっすよ。」
「え?」
「ほら、何の話か聞いてたじゃないっすか。」
「あ、そっか。で、彼女がどうかしたのかい?」
 副長としてクルーの状態を把握するのを半分、うわさ話に興味あるのが半分くらいで神楽が尋ねる。
「あ、鈴さんの話だと、異能力が使えなくなったそうっすよ。」
「へぇ…… ええぇぇぇぇぇええぇぇええぇえぇっ?!」
 思わず絶叫。
 普段はもっぱら自分の悪戯心や好奇心を満たすために使われる事が多い異能力だが、その攻守兼ね備えた能力は人間サイズだと最強の1人、対ロボサイズでも戦術に組み込めるほどのポテンシャルを持つ。
 彼女の力が無ければ、という程ではないが異能力が使えないうのが真実なら、それは艦長の耳に入れるべき問題となる。
「こ、これ、ちょっと置いといて!」
 カップメンをカウンターに置くと、神楽は慌てた様子で(いや事実慌てているのだろうけど)ブリッジに向かって走っていった。

「それで、小鳥遊(たかなし)博士の見解は?」
 トーコの異能力が精神作用によって発揮される、という推論は前々からされていたので、艦内でも珍しい「心理学者」という肩書きを持つ小鳥遊が呼ばれた。とはいえ、元々オブザーバとして艦長の補佐をしていたり、その艦長の律子と浅からぬ仲だとか言われている彼が漠然とした相談事に呼ばれない訳もあまりなさそうなわけで。
「いやいやいやいや、困りましたねぇ……」
 半分口癖なので、その困ったらしい声も表情もいささかアテにならない。
 ざっ、とここ数日のスケジュールに目を通していると、不意にブリッジのナビゲータ席に顔を向ける。
「ところでメイアさん、このリープジャミングシステムというのを簡単に説明していただけますか?」
「え? あ、はい。」
 ブリッジでの相談だったのだが、不意に話を振られて驚いたように振り返る。
「簡単に言いますと……」
 と前置きしながらも、専門用語の飛び交う説明に質問と確認を繰り返してどうにか大まかな概要を得る。
「いやいや、エリクさんほど優秀では無いのでちゃんと理解できたかどうか分かりませんが、外部からの空間跳躍により生じた歪みに蓋をするような物、という考え方でよろしいですか?」
「はい、概念的にはそれであっているかと。」
「……やっと私も理解できたわ。」
 どこか苦笑混じりの律子だが、それでは、と首を傾げる。
「それが今回のトーコさんの件と何か?」
「まだ詳しい状況が分からないので推論の域を出ないのですが…… おそらくシステム発動時は空間に何らかの揺らぎが発生したと思われます。それと同時に《テレポート》をしようとしたトーコさんが失敗したのかもしれませんね。」
「すみません。もう少し説明を。」
「そうですねぇ…… 心理学っぽく言うとトラウマでしょうか? 聞いた限りですと物心ついた頃から使っている“力”ですから、それを一度でも失敗したというのはよほどのショックかと。
 余所から見れば、またげば渡ることができる水たまりに1度ハマってしまった為に、渡れなくなってしまった、みたいな所じゃないでしょうか。」
 小鳥遊の説明にわずかに視線を上げて考え込む律子。
「つまり…… 画期的な対処手段はない、ということ?」
「ですね。まったくもって本人次第です。
 いやいやいやいや、困りましたねぇ……」
 緊迫感の無い物言いに律子はこっそりため息をついた。

 

「♪ あーるーはれたー ひーるーさがりー」
 ぐだぐだぐだぐだ〜

 と字に書いたようなダラけっぷりのトーコ。ウィルダネスの生息地でごろごろ転がりながら、時折酒瓶を口に運んでいる。いちおー兄であるジャンクがたしなめようとするが、そのあまりのグダグダっぷりに口を開きかけては閉じる。
「ひどいものですねぇ……」
「ん。」
 同じウィルダネス組のイサムがやれやれ、という表情でぼやき、それをジャンクが一言で返す。
 ジャンクはちょっと毛色が違うのだが、彼らにトーコの「弟」のユーキを含めて全員が「異能力」使いである。それこそ物心が付いた頃から身に付いた物で、それがいっさい使えなくなるというのがどういうことなのか全く見当がつかない。
 だからこそ、トーコのだらけっぷりが目に余りながらも、何も言えないのだ。
 とにかくありとあらゆる方法が試された。とはいえ、科学的に分析できる物でもなく、一通りのメディカルチェックにカウンセリング。身体には異常はない、ということだけは分かったが、それだけである。
「まぁ、俺たちもどうやって使っているか、なんて分かりませんからねぇ。」
「ん。」
「ちなみにさっきから同じグラスばかり拭いてますよ。」
「……そうか。」
 ふぅ、とため息混じりにジャンクが拭いていたグラスを棚に戻す。
 人と違う存在であるジャンクにとって、トーコは自分のすべてである。
「……しばらく無理かもな。」
 思わず呟いた言葉にイサムが振り返る。この「ジャンクの酒場」はジャンクの気が向いたときに、ということになっているが、そーも気が向かない時というのが無いので基本的には年中無休である。そのジャンクがトーコ一人うだうだしているだけで店を休みそうな勢いなのだ。まぁ、店はジャンクがいなくても回るわけだが。信じられないような話だが、彼のことを知ってる人間ならそう想像に難くない。
 ぐだぐだぐだぐだ〜
 そんな苦悩が渦巻く中、その原因たる中心人物は純粋にダラけていた。

「あ、いたー。」
 鋼の――いや、艦内では通路に傷が付かないように裏にゴムを貼っているためペタンペタンとした――足音を鳴らして、グダグダした空気のウィルダネス区画に何かが入ってくる。
 お気に入りのハンモックでウダウダしているトーコの所に重量感を伴った物が近づいてきた。
「トーコお姉さんトーコお姉さん。」
 ユサユサ。
「ん〜〜〜? ……わぁっ!!」
 呼ばれて揺らされて、気怠そうにトーコが顔を上げると、ロボットの顔が覗き込んでいた。驚いて思わずハンモックから転げ落ちる。
「……大丈夫?」
 どこか呆れたような声が上から降ってくる。
 ――pipipopipipi?
 電子音っぽい声で何か言うのはロボットの方だ。
「アイタタタタ…… リリィ嬢か。」
 さすがのグダグダ感もハンモックから落ちて尻を打ったりすると、少しはしゃっきりとする。
 トーコの指摘通り、声をかけてきたのは羽丘(はねおか)リリィ。若干10歳ながらフェリスヴァインチームの一員、エリオスのサポートマシンであるプラズマシャトルを設計したという才女である。
 彼女が等身大にリアライズされたロードダイバーの肩の上からトーコを見下ろしている。
「トーコお姉さん、暇でしょ?」
「えっとぉ……」
「暇でしょ?」
「…………」
「暇ですよね。」
 こー ありとあらゆる意欲が失せたトーコは何もしたくない気分であったが、それはすなわち「暇」ということである。疑問形の振りをした断定に、トーコはボソボソと肯定の意を返す。
「ん、ちょうどよかった。図書館行くから付き合って。」
 天才少女故の背伸びなのか、どこかリリィの言い方は高飛車に聞こえる。まぁ、でも「ここ」ではそう珍しい性格でも無いし、ちゃんといい子なので誰も気にしてないと言えば気にしてない。
「ん〜〜〜〜」
 出来れば行きたくない。つーか、基本的に動きたくない。
「子供だけで外に出ちゃダメ、って艦長が言うから、見かけだけでも保護者が要るのよ。
 どうせシフトから外れたんだし、問題ないでしょ?」
「ぐ……」
 ちょっとカチン。でも言い返せないし、その気力もない。
「あ、ほら。そんなだらしない格好じゃダメだから着替えて着替えて。」
「……行ってこい。」
 ジャンクにも言われて、渋々と着崩した襦袢のような寝間着からもそもそとTシャツ・ジーンズに着替える。いつものタンクトップ&ショートパンツのように己のスタイルを誇示するような服装をするにはまだ自信が回復してないらしい。
『じゃ、ロードダイバー、留守番お願いね。』
 上に着ていた白衣を脱いでロードダイバーに預けると、やる気の湧かないトーコの手を引いてウィルダネスの居住区から出ていく。

「…………う。」
“保護者”を連れてきたリリィに思わず佐々山準(ささやま じゅん)は思わずうめき声を上げた。
 年齢的には小学生の彼は、異世界から来てしまった為に通っていた学校に行けなくなっていた。だからといって義務教育を免除してもらえるほど平和を守る砦は甘くない。
 そんなわけで、夏休み時期とはいえしっかり宿題を頂いた小中学生は読書感想文用の本を求めて右往左往。「普通の本は逆に面倒なんすよ」という購買の主がボヤいたらしく、購買でも入手できずに、艦の外に出て探すことに。
 それでもこの海上都市アクアワードは表向き聖アスタル学園を中心とした学園都市として建設されており、図書館などの施設は充実している。それで本を探しに行くことになったのだが、最初にリリィがトーコに説明したとおり、子供達だけでは行かせられない、ということになっていた。
 ちみっこ天才のリリィは艦内に無い専門書を、という違いはあるが、図書館に行く目的は一緒であった。さらに同道する道野信哉(みちの しんや)もいたのだが「いい、あたしが探してくる」とリリィが保護者探しに出かけたのだ。
 自分も信哉も艦の中では新参の方だが、子供達だけで世界を超えてきた信哉はまだ艦の雰囲気にも慣れず、彼のパートナーであるヴェイル曰く、出会ってしばらくのような内向的な性格になっているという。そんなわけで、待っている間も話題が弾まずに気まずい空気であった。
 そもそも、前ほどはひどくないが、どこか人を見下したような態度のリリィと、そして普段とはガラリと変わってグダグダモードのトーコ。
 すでに前途多難を感じて、子供ながらびみょーに胃が痛くなってきた準であった。

「まったくもう。ロードダイバーが使えるなら、こんな面倒なことしなくてもいいのに……」
 ブツブツ……
「なんでこんなところまで来て……」
 グチグチ……

「♪ にーばーしゃーがー ごーとーごーとー」
 グダグダ……

「和真(かずま)兄ちゃん、僕に邪悪に立ち向かう勇気を……」
 購買で人気のカズマ君1号を握りしめて空を見上げる準。
 先頭をリリィが。ついでトーコ・信哉と続き、準が最後尾だ。
 何故かと言えば、準が後ろにいないといつの間にかに帰りそうになったり行方知れずになりそうなのが約2名ほどいるわけで。
 地下の秘密ドッグからダミー会社の中を通って、まるっとBANの管理下のビルからさりげない顔で出ると――妙な年齢構成&ちょっと奇行な一行に、ちょっぴり視線が気になる年頃であったが――バスに乗りアクアワードの中心街へ。
 聖アスタル学園からバスで一駅――とはいえ、学園の中にもバスが通るくらいの広大なキャンパスなのだが――のところにある大図書館へ。
 5階建ての図書館はコンピュータ端末やAVルームなども完備された一大情報集積地である。それこそ漫画雑誌から洋書まで揃っているという話である。
「私は5階に用があるから、あなたたちはトーコお姉さんから目を離さないように適当に探してみて。おそらく1階にあるでしょ?」
 言うだけ言って、まず行く前にチェックを受けるような入り口にリリィが歩いている。そこに書かれた説明によれば、学園大学部関係者か研究者じゃないと閲覧すらダメらしい。他の勇者達と一緒に異世界から来ていたはずだが、こちらに来てすぐに数本の論文を出したらしく、資格を得ているとか。
 とりあえず入り口で係員に呼び止められたのに、自信満々に何かを見せて、意気揚々と通っていくリリィが見えた。
「……僕たちも探すか。」
「そうだね。」
 どんなにうじうじしていても宿題が終わるわけでもなく、さっさと終わらせるに越したことはない。そんなに厳しい訳じゃないが、2人ともまだまだ宿題は残っている上に、簡単に終わらせるという頭にはびみょーに縁がない。
 無難に課題図書にしよう、と季節が季節だけに特設コーナーがあって、そこですぐ借りることができた。リリィも時間がかかりそうだし、トーコはトーコで読みかけのファッション雑誌を枕に突っ伏している。ちょっとヨダレが心配だ。
 飽くまでも小学生用の課題図書のひとつだったので、読むのに半日かかるって訳ではない。一通り読み終わって、確認用に1冊だけ借りて帰り準備を始める。と、
「ちょっと。」
 どすん、と重そうな本が何冊も2人(+居眠りトーコ)のいるテーブルに置かれる。本を持たされた館員に簡単に礼を言ったリリィが準と信哉を振り返る。
「持ってくれるわよね。」
「「……はい。」」
 か弱いレディに荷物を持たせる気? と至極当然ながらもびみょーに腑に落ちない宣言だが、腰に手を当てて睨む眼力に小学生2人は素直に頭を下げた。
「……ありがと。」
「え? リリィちゃん何か言った?」
「な、なんでも無いわよ! トーコお姉さん起こしてさっさと行くわよ!」
 ちなみに図書館ではお静かに。

 トーコを適当に起こして、アクアワードの街中へと出る。
「すぐ帰るのはもったいないかなー?」
((本重たいですけど。トーコさんの相手するの辛いんですけど。))
 身軽なリリィと比べて、本が重い2人に気が重いトーコ。
 約1人がグダグダしているだけで、それなりに平和な一時であった。

 そのときまでは。

「広域に通信妨害発生!」
「ディメンションディストーション反応、連続的に発生しています!」
「艦内をコンディションレッドに移行。待機シフトから順次発進誘導いたします。」
「解析終了。20m級ロボが次々にディストーションアウトしています! 出現ポイントはアクアワード全域です!」
 ブリッジにシャルロットのメイアの声が響く。
「アクアワードに迎撃体勢移行の指示を。発進可能な機体は全機スクランブル! 街への被害を最小限にして!」
「「了解!」」
 律子の指示で一気に艦内が戦闘態勢になる。通信妨害がかかっているため、外出者の安否は確認できないのが辛い。とはいえ、戦う力が無くても皆「勇者」としての力を持っているはずだ。力を持たぬ者の牙となり、盾となるのが勇者。信じるしかないのだ。
「……くっ。」
 今日出ている外出許可の中に、小学生3人とトーコがあったのを思い出して思わず唇を噛む。今のトーコは正直アテにはできない。でも……
(信じてるわよ。)

 ちょっと時間は戻る。
「あいた。」
 避けようと思ったつもりだが、元々前見て歩く気も無かったろうゴーイングマイウェイなちんぴら風味にぶつかって尻餅をついてしまうリリィ。
「「あ、」」
 慌てて助け起こそうとするが、手に持った本が邪魔で動けない2人。
「ちょっとぉ!」
 素早く立ち上がると、気にせず立ち去ろうとするちんぴら風味に文句を言う。
「人にぶつかっておいて謝りもしないわけ?!」
「あぁん?」
 人とは違う、という典型的なポリシーを持った感じのちんぴら風味が、斜に構えるのが格好いいと勘違いしたような顔で振り返る。相手が子供だと分かると、急にリリィを超える高飛車になる。
「あぁん? 大人に口答えするようなしつけの悪いガキにはおしおきが必要だよな〜」
「そーそー 正しい大人の義務ってもんだよな〜」
 ニヤニヤして近づいてくるちんぴら風味とリリィの間にふらふらとトーコが割り込んでくる。そのあまりにも自然、というか気配を感じさせないような雰囲気に誰も口を挟めない。
 ぼぐっ×2
 無造作に放ったトーコの拳がチンピラ風味2人の顔面にクリーンヒットする。
「おしおき。」
 ぼそっ、と呟くと、お腹空いた、とふらふら歩き出す。
「……あ、トーコお姉さん!」
 お礼を言うのも忘れて、徘徊するトーコを追ってリリィが走り出す。いきなりな展開で固まっていた準と信哉も慌てて後を追った。

「……満腹。」
 ピエロが目印のハンバーガーショップに入って、ハンバーガー2種にポテトと100%オレンジを摂取すると、くたっとテーブルに突っ伏す。
「…………」
 その健啖(けんたん)ぶりにリリィの目がトーコの胸の辺りに向く。
 いや、君はまだまだ成長前だし。
 今でもぐだぐだ感が抜けないが、それでも外に出て心なしかトーコの気晴らしになってくれている、と思う。そうじゃなければ自分を助けてもくれないし、何か食べようと自分から動き出さなかったろう。
(でもどうでもいいけど財布くらい持ってきてよね。)
 BAN(「ラストガーディアン」の所属する地球防衛組織)の中でも研究者としての地位があるリリィとしては別にファーストフードの会計くらい痛くも痒くもない。そもそも一緒に「保護者」として来て貰っているだけで昼ご飯くらいおごるつもりだったが。
(でもやっぱり財布くらい持ってよね。)
 と思いつつ、そういえば普段からツケで生活してような気がする。
「食べ終わった? じゃあ、もう行くわよ。」
 なんか面倒くさくなって立ち上がる。
 必要な専門書は借りられたし、艦に戻ってさっさと読みたい気分だ。
「……ん〜?」
 ふらふらと立ち上がったトーコが空を見上げた。
 ピ――ッ!!
 リリィのつけている腕時計が甲高い警告音を立てる。
「! 通信妨害?! それに…… ディメンションディストーション!」
 バッ、と店内を見渡す。
「何やってるの、早く逃げなさい! トリニティの襲撃よ!」
 急に小学生くらいの女の子が叫んだところで誰も動くはずがない。自分たちの正体を明かそうにも、何か見せて納得させられるような物はないし、BAN・トリニティ共々認知されているとはいえ基本的には正体は秘密である。
 いきなり騒ぎ出したリリィに数人が胡散臭そうな目を向けただけで、せいぜい携帯がいきなり通じなくなったことに首を傾げる人がいるくらいだった。
「……もう無理。臨界点を超えるわ。」
 肌に感じられるほどの違和感と共に、巨大な質量が空間ににじみ出るようにして現れる。
 空中に現れた「それ」が着地して、道路が砕ける。さらに周囲のビルが激しく揺れて、一斉に窓ガラスが崩壊した。
 それと同時に日常も崩壊し、悲鳴と怒号が響き人々が逃げまとう。アクアワードだけでなく、世界的にトリニティの襲撃は決して珍しい物では無くなったのだが、当然ながら歓迎される物ではない。
 逃げまどう人たちの中には、すぐに現れない“勇者”達への不満の声も聞こえる。
 そんな人たちの流れに逆らって、現れた敵巨大ロボの方に向かうリリィ。準と信哉も本を抱えたままついて行き、トーコもフラフラ後を追う。
「リリィちゃん、どうするの?」
「そうだよ、危ないよ。」
「私達じゃ何もできないのは分かってるわよ。だからって一緒に逃げてるわけにはいかないでしょ?」
((そうだろうか?))
 できることなら一緒に逃げたいところだが、そこはそれ、幼いとはいえ男の子。女の子が危険に向かうのに、自分たちだけが、というわけにはいかない。
 子供達が街の中心に向かうのを見て、トーコが片眉をつり上げながら前よりは足取りをしっかりさせてついて行く。

「敵は人型。特に目立った特殊能力はなさそうね。
 なんともスタンダード。攻撃能力にも防御能力にも目立ったところは無し。……逆に言うと量産型としては優秀ね。バリエーションの設計が楽そう。」
 少し離れたビルの物陰からリリィが携帯端末に想定データを打ち込む。
「作戦目的は不明。破壊活動を積極的に行わないところを見ると、勇者やラストガーディアンに対する情報収集?」
 すでにアクアワードに何体も侵入した敵ロボットがお互いある程度の距離をあけて街中を闊歩する。
「センサー精度はここからじゃ分からないか…… 引き上げ……」
 言いかけたリリィが持っていた端末を信哉に押しつけると、いきなり物陰から飛び出した。
「リリィちゃん?!」
 準もまだ持っていた本を信哉に押しつけると、一緒に飛び出す。
 誰もいなくなった大通りを走り抜けると、敵ロボットが現れた衝撃で崩れたガレキをその小さな手で除け始める。
「ここから犬の鳴き声が聞こえたの!」
「分かった。」
 疑問を挟まずにリリィと一緒に瓦礫を除け始める準。信哉も2人の行動に気づいて、本を地面に置いて一緒に瓦礫に取りかかる。
 確かに耳を澄ますとわずかに犬の鳴き声が聞こえるような気がする。
 トーコはそんな子供達の姿をボーッと眺めていた。
 まだ積極的に動けない自分がいる。……自分だったらどうしていただろうか。
 どうにか瓦礫の奥に、瓦礫とは違う物がわずかに見え隠れし出して、除去作業に慎重さが加わる。
 と、それまで見つからなかったのが奇跡だったのかもしれない。敵ロボットが子供3人を探知して、ゆっくりとそちらを振り返る。
「!」
 分かってはいる。生身の自分たちではどう考えても勝ち目はない。逃げなきゃならないけど、今ここを離れたら中途半端に取り除いた瓦礫が崩れてしまう可能性がある。
「…………」
 自分は今何をやっているんだろう。
 ただ乞われるままに付いてきた。ちょっとむかついたチンピラを殴ってみた。それくらいで何かしていると言えるんだろうか。
 トーコが窓の外の風景を見ているような気分でいると、敵ロボットがゆっくり近づいてくる。それでも子供達は犬を探すのを止めない。
「見つけたっ! そのまま支えてて!」
 リリィの声に準と信哉が大きめのガレキを全身で支える。その隙間にリリィが潜り込んでいくと、その奥から子犬を引っ張り出した。首輪をしているところを見ると、誰かの飼い犬がこの混乱で離ればなれになったらしい。
「よかった……」
「「リリィちゃん!」」
 振り返った時には敵ロボットが眼前に迫っていた。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
 悲鳴を上げながらも、救い出した子犬をかばうようにしっかりと抱きしめた。

 ――pipi!
 横合いからロードダイバーが敵ロボットに殴りかかった。無論、通常のサイズのである。彼女は知らないことだが、通信妨害が始まった時点で勝手に飛び出し彼女たちを捜していたのだ。
「ロードダイバーっ!」
 ――pipo
 すかさずプレッシャーガンを構えると、バランスを崩した敵ロボットに高水圧弾を撃ち込む。
 しかし、元々レスキューなどの作業用に作られたビークルロボであるロードダイバーは決して戦闘力は高くない。更に敵ロボットよりも一回り小さい体躯では不意打ちをかけてリリィを助けるので精一杯だった。
 手でプレッシャーガンを払うと、敵ロボットがロードダイバーにつかみかかる。力比べの体勢になるが、パワーに差があるのか、一方的に力負けしている。腕から肩にかけてミシミシ歪んで、関節が可動範囲を超えた方向に捻られてくる。
 ――pi……pipipi……
 限界を超えた腕と肩が砕かれると、そのままの勢いでロードダイバーがビルに叩きつけられた。それでもまだリリィ達を守る気か、必死に身体を動かそうとするが、ダメージが大きくわずかにうごめくだけだ。
「ロードダイバーっ!!」
 動けないロードダイバーにとどめを刺そうと敵ロボットが歩み寄る。
(何か何か……)
 ロードダイバーを助けようと周囲を見渡すリリィだが、他の勇者達がやってくる気配も無いし、他に何も……
「準お兄さん! 信哉お兄さん! 手伝ってっ!」
 さっき叩き落とされたプレッシャーガンに向かって走るリリィ。一瞬ためらいそうになる2人だが、少女の目の端に光る物を見ても何もしないようなショボい魂は持ち合わせていない。特に示し合わせた訳じゃないが、プレッシャーガンの前後に取り付いて遠くに見える敵ロボットに向かって照準を合わせる。
「だめぇぇぇぇぇっ!!」
 涙まじりに大きすぎるトリガーを引くと、とりあえず高水圧弾が発射され敵ロボットに命中する。水中でも使えるように反動は抑えめであるが、飽くまでも通常サイズのロードダイバーが使う武器を、子供が撃ったのだ。その反動でプレッシャーガンが跳ね上がり、その巻き添えを食らって、リリィ達も地面に投げ出された。

アタシハナニヲシテイル……
 目の前でロードダイバーが倒れ、それを助けるために子供達が必死に反撃をした。それでもその反撃は意味が無く、敵ロボットは先に子供達を“処理”しようと振り返った。
アタシハナニヲシテイル……
 いや、何もしてない。
 そういえば、あの子供達はこれまでどんなピンチになっても自分に一度も助けを求めてこない。チンピラに絡まれそうになったときも、敵巨大ロボに襲われそうになったときも……
ナゼ?
 唐突に分かった。
 自分が「力」を失っているからだ。
(タダソレダケ? タダチョットチカラガツカエナクナッタカラ?)
 力を失っただけで無気力になってしまいアテにならない。子供達はそこまで考えていなかったのだろうけど、大意はそんなところだろう。落ち込んでいるトーコに気を遣っているのかもしれない。
……タカガソレダケデ?
 頭の奥が熱くなる。
 トーコは恨んだ。
 たかだか異能力が使えなくなっただけでウダウダしていた自分を。
 トーコは憎んだ。
 こんな肝心なときに異能力が使えない自分を。
 半ば騙されていたとはいえ、罪無き人々の命を奪い「デビルクラッシャー」なんて有り難くない二つ名を貰ったことも。
 自分たちのいたウィルダネスで、そしてこの何もかもが違う世界で戦ってきたことも。
 すべては自分が持っている異能力があってのことだ。
 今は力が使えないが、それでも常人を超えた運動能力が残っている。武器だって爪でも歯でも使える物はまだ残っている。
 それに引き替え、あの子達はどうだ? パートナーや仲間と連絡する術も奪われ、その幼い身体には理不尽な暴力に抗うほどの力も無い。それでもその心や魂は戦うことを諦めていない。
 敵ロボットの近づくの方が早いだろうが、それでも飛ばしてしまったプレッシャーガンに再び駆け寄ろうとする。
アタシハダレダ?
アタシハダレダ?
アタシハダレダ?
 自分に何度も問いかける。
(あたしは……)
うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
 突然聞こえてきた絶叫にリリィ達が、そして敵ロボットも動きを止めてその発生源に目を向ける。
あたしは誰だっ!!
「トーコお姉さん……?」
「トーコさん。」
「トーコさん?」
 ズンズン前に出て、敵ロボットと子供達の間に割り込む。
ああ、そうだ。あたしはトーコだ。泣く子も黙るウィルダネスのトーコだっ!!
 まだ「力」をつかむ感じが思い出せない。
 バッ、と両手を広げて、彼女たちを守る壁となる。
(力が欲しい……)
 目の前のむかつくトリニティのロボをぶちのめす力を。
 トーコ達を叩きつぶそうと、敵ロボットが拳を振り上げた。
「トーコお姉さん!」
 やはり怖かったのか、リリィ達がトーコの腰にしがみつく。
(力が欲しいっ!!)
 力及ばずとも拳を下げなかった子供達を、自分を頼ってくれる家族のような子供達を、
 守る力が。
 トーコは異能力が使えなくなってから初めて、心の底から「力」を求めていた。

 敵ロボットの拳が迫る。巨大な拳が壁のように迫ってくる。
 自分にすがりつく子供達の力が強くなった。まだ「力」は掴めない。
「おい。」
 ぷちん、とトーコの中で何かが切れた。
……っざけんなっ!!
 自分の中で轟、と嵐が吹き荒れる。
 最初から考え方がおかしかったのだ。この力は元々自分の力。そして、何度も死ぬような目に遭いながら会得した力だ。それが何故「欲しい」だなんて他力本願なことになる?
これはあたしの『力』だぁっ!!
 目の前の見えない壁に敵ロボットの拳が弾かれる。
 そのまま自分で作った見えない壁に手をかざすと、その壁が敵ロボットの巨体をいきなり押し潰した。ひしゃげた敵ロボットが爆発するが、その炎も爆風も破片もトーコの張った《シールド》に阻まれて風の一つも起こさない。
 目の前で起きた理不尽な暴力に目を丸くしている子供達にトーコが振り返る。そこにはいつものイタズラっぽい不敵な笑みが浮かんでいた。
「ん〜 すっかりハラハラさせちゃったね。メンゴメンゴ。」
 その悪びれない表情が何物も恐れない力強さを感じる。
「あ〜 しかしまー どうしてこんな格好しているんだか。」
 着ていたTシャツやジーンズを指でなぞると、そこから布地が切れて露出度が普段並になる。

「かぁ〜っ、身体が軽いわ。」

 腕を回して、コキコキ首を鳴らす。そしてぐるりとまだどこか不安げな少年少女を見回す。
「大丈夫大丈夫、あたしにまっかせなさーいっ!!」
 どこか安全なところに逃げてな、と言い残すと、フワリとトーコの身体が浮き上がって空を飛んでいった。

 ビルよりも高く舞い上がると、敵ロボットがさっきまでトーコのいたあたりに集まってくる。
 1体破壊された原因を調査し、そこに脅威があるなら排除するつもりなのだろう。
 トーコはさっきまで子供達に見せていた笑顔とはガラッと変わって怖い顔をする。
「悪いけど……」
 集まっているところに狙いを定めて急降下する。
「……ちょっと八つ当たりするから。」
《レビテーション》で飛行しながら《テレポート》で敵ロボット一体の顔の前に現れる。
「《ヒートウェイブ》」
 どこか昏(くら)い声で敵ロボットの顔面に触れると、手から放たれた熱波が装甲ごと頭部を融解させる。頭を失った敵ロボットがゆっくりと倒れる前にトーコは次の敵に向かっていた。
《ソニック・スローター》っ!
 放った風の刃が敵ロボットを幾つかの金属塊に変える。指を空に向けた。
《ステルラ》っ!!
 トーコの声に呼ばれたように無数の氷塊が降り注ぐ。それでもコントロールされているのか、敵ロボットの周囲にしか降ってこない。ボーリング玉のような氷塊が敵ロボットの歩みを止めさせる。
「しばらく使ってなかったから、溜まりまくっているのよね。
 それに使えなくなって分かったわ。あたしはこの力があってこそのあたしだ、ってこと。そして過去って奴はどうしようもないってことも。」
 低く呟くトーコの周りの空間がバチバチと帯電する。
「それにね、あたしがグダグダしていて、誰かを見殺しにするなんて目覚め悪いわ。」
 身体がわずかに発光し、触れれば弾けそうな程に雷光が周囲を巡る。
「あ、それと最後、」
 今までどこか作ったかのような満面の笑顔であったが、それが一瞬にして無表情になる。
「……いいから消えな。

 《エイト・ゴッド》ぉぉぉぉっ!!

 トーコを中心に8本の大雷がジワジワ包囲を固めていた敵ロボットの集団を打ちのめす。というか、瞬時に蒸発させる。その余波は下手すると敵ロボットが暴れた以上の傷跡を大地に残した。
「あちゃー やりすぎたか……」
 ユーキやグレイス怒るよなー 艦長も説教かなー と、急に熱が冷めたようにトホホ感を纏わせて、猫背でふよふよ待っているだろう人たちのところへと飛んでいった。

 

 その後、他の勇者達の活躍もあり、敵ロボットは一掃された。
 さすがに1人で10数体倒したトーコがエースであったが、艦で待っていたのは次から次へと続く説教地獄であった。心配も迷惑もかけたことは事実なので、しばらくはおとなしく聞いていたのだが、半分も行かないうちに《テレポート》で逃げ出したのはいつものことで。
「「トーコさーん!」」
 しばらくはウィルダネス区域に戻るのも危険そうなので、通路をぶらぶら歩いていると、後ろから少年の声が2人分かけられる。
「ん〜? あ、準坊に信坊か。どした?」
「あ、えっと、その……」
 お前から言えよ。いや、お前から。と少しお互い譲り合い(?)をしていると、意を決して2人同時にペコリと頭を下げる。
「「ありがとうございました。」」
「???」
 頭に疑問符を浮かべる。
「図書館に着いてきてくれたし、」
「チンピラからリリィちゃん助けてくれたし、」
「敵のロボットから守ってくれたし、」
「敵のロボット倒してくれたし!」
「え? あ? う……」
 少年達の純真な瞳に見つめられてトーコが顔色を変える。
「あれは…… その…… じゃぁっ!」
 ぴよん、とトーコが《テレポート》で姿を消す。
「あ〜あ……」
「いなくなっちゃった……」
 通路にぽつんと2人の少年が残された。

「くわ〜 これってキツいわ……」
 自由気ままに生きていたトーコは、人助けも契約か気まぐれでしか行ってなかった。
 あそこまで真正直に礼を言われるのは照れくさいやら恥ずかしいやら、何というか……
「あぁ、もうっ!!」
 むきー、と髪を掻きむしりながら周囲を見渡す。
 慌てて《テレポート》したので、艦内通路であるのは確かだが、記憶にないところに跳んできてしまったようだ。
 ちなみに、例のリープ・ジャミング・システム(仮称)の影響だが、小鳥遊の言うところの「水たまりをまたいで渡る」方法をいつの間にかに会得した(本人自覚無し)のか、艦内だろうが艦外だろうがお構いなしに《テレポート》を使えるようになっていた。
 で、今のところ、艦外からの敵の侵入が認められなくなったので、それなりに効果があったと思われる。……確かめようが無いのでこればかりは、というところだ。
 それはさておき。
 まぁ、記憶がないって言ったところで、トーコは基本的に格納庫隅のウィルダネス区画にいることがほとんどで、それにどこからでも《テレポート》で戻れることを考えると、いくつかの区画を除いてほとんど艦内のことは知らないに等しいのであるが。
「ん〜?」
 通路のドアの一つがわずかに開いていて、その奥からキーを叩くような音と、人の気配が感じられた。
 まだ戻るのは怖いので、ほとぼりが冷めるまでもう少しブラつきたい所なので、好奇心も手伝ってかひょい、と部屋の中を覗き込んだ。
「……ったく。謙治(けんじ)お兄さんも麗華(れいか)お姉さんに言われたからって、人にロードダイバーの修理押しつけなくてもいいのに。」
 ロードダイバー(通常サイズ)の修理をPC上で行っているリリィをロードダイバー(等身大)が後ろから見ている。ちなみにサイズが変わるとデータも変わるので、今回の戦闘で破損したロードダイバーを個別に修理できる、というわけだ。
 ――pippipo?
「ううん…… 今回だけは私が直したいの。だって……」
 言いかけてブンブン頭を振る。
「あぁ、もう! 違う、違うのよっ!」
 わーわー騒ぐリリィだが、不意に言葉が尻すぼみになる。
「違うけど…… 違わないもん。」
 さっきから愉快な百面相を繰り広げるのをどうしたらいいものやら(おそらく)困ったように見ているロードダイバー(等身大サイズ)に気づいて、リリィがくわっと怒ったような顔をする。
「いいの! あんたは黙ってなさい! 謙治お兄さんよりもしっかり直してあげるから!」
 ――pipo-
 日本語で言われても理解できないのだが、何となく内容を理解してお願いするようにペコペコ頭を下げるロードダイバー。
(リリィ嬢か……)
 そういえば、戻ってきたときには子犬の飼い主を探しに言ったとかで姿を見せてなかった。こっちも叱られたり逃げたりと忙しかったので、リリィにも、それこそさっきの準と信哉にも会えずじまいだった。
 さっきの事もある。ここは爽やかな春風のようにいなくなるのが利口だろう。と、
「いいから礼を言われてこい。」
 いきなり気配も出さずにトーコの背後に現れたジャンクが、その魅惑のヒップを蹴飛ばす。予想すらだにさえ出来ない暴挙に、文句をいう間も無くトーコが室内に転がって行く。
「アイタタタタ……」
「何よいった……
 トトトトト、トーコお姉さん?!」
「ハァイ。」
 気の利いた言葉も思いつかず、上下逆さまのまま苦笑い混みで手を挙げてみる。
 なんかパニクってるリリィはおいといて、ピョンと跳んで上下を整える。
「ん? こいつの修理?」
 ディスプレイに映し出された両腕が破損したロボを見て、そう声をかけてみる。
 問われたリリィは数度深呼吸をし、白衣を着直すと椅子ごとトーコに振り返る。
「そうです。謙治お兄さんが忙しいそうなので、代わりに。」
「ん〜 そっかそっか。」
 さっきの独り言を聞いていたけど、深くは突っ込まない。

「あ、あの…… ですね?」
「ん?」

 どうやってこの場を取り繕うか考えていると、リリィがモジモジしたように上目遣いでトーコを窺う。どこか顔も赤いような気がする。
「えっと、その……」
「ストップ。」
 手のひらを突き出して、少女の言葉を遮る。止めた方のトーコも照れ隠しにそっぽを向いて反対の手で頬をぽりぽりと掻く。
「その、なんだ。リリィ嬢も言うのは苦手なんだろうけど、あたしも言われるのはちょっと苦手みたいなんだわ、これが。」
 へ? と驚いた顔のリリィが何か言う前にまくし立てる。
「とにかく! あたしはやりたかったからやっただけ! 恩に着るつもりも無いし、借りとか貸しとかそーゆーのでもないから。
 あああぁぁぁぁっ、もう! 何て言うか、その! この話はこれでおしまい!」
 空気に耐えられなくなったのか、バヒュンとトーコが《テレポート》で姿を消す。
 その消えた空間をしばらく見ていたリリィだが、不意にクスクスと年相応の笑い声をあげる。ひとしきり笑った後、ロードダイバーの修理に戻りながら、どうやって「仕返し」しようか綿密な計画を練るのだが、それはまた別の話である。

「あ〜あ、やっぱ慣れないことは難しいわ。」
「何が難しいんですか?」
「へ?」
 ゴゴゴゴゴ、と怒りのオーラがトーコに迫る。
 そういえば今度は分かりづらい所に出ないように、って慣れ親しんだところに《テレポート》した覚えがある。慣れ親しんだ所、といえば……
「ト・ォ・コ・さ・ん。
 今日の今日こそ逃がしはしませんわっ!」
 グレイスが完全武装状態でバックに炎を燃やしていた。
「だぁぁぁぁぁぁっ!! そっちはもっと勘弁!」
 捕まる前に再度《テレポート》。
 そしてトーコの逃走劇はこれから4日ほど開演するのであった。