オリジナルブレイブサーガSS
「郵便戦隊の日常〜赤〜」
(イラスト:ネモ殿
             :阿波田閣下殿
                :サイレント・ストーム殿)

 

 朝5時ちょっと前。
 たとえ不夜城の万能戦艦「ラストガーディアン」とはいえ、眠りが支配する時間帯である。この時間に目覚めているのは眠りを知らぬ者たちか、単純にナイトシフトの者だけであろう。
 そしてしばしの経過。
 時計の長針が12の文字に別れを告げるころ、艦の一角でうごめく姿があった。
 って、毎朝の光景であるが。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
 豪快な伸びをして寝台から身を起こしたのは赤沢卯月(あかざわ うづき)
 平和を守る砦である「ラストガーディアン」ではあるが、その全てが戦う機能だけで構成されているわけではない。人がたくさん集まれば当然さまざまな文化的な活動も必要となる。そんな一般職の中の一つ、生活班郵便部。通称「郵便戦隊」に籍を置いているのが卯月である。
 一般クルーでも生活班は待遇のよい部署であるが、役職が無い場合は基本的に2人部屋である。彼女と同室しているのは同じく郵便戦隊の青木神無(あおき かんな)ではあるが、昨晩(いや、日付も変わっていただろう)の深酒が祟って文句なしの熟睡モードである。まぁ、酒が入ってなくともこんな江戸っ子爺さんのような――っと、ちょっと訂正。卯月は東京生まれ東京育ちのチャキチャキの江戸っ子なので「ような」というのは不適だろう――早起きは神無には不可能である。
 襦袢(じゅばん)のような浴衣(ゆかた)のような夜着姿の卯月。寝相が悪いのか、布団同様あちこち乱れているが、とても残念なことに夜着の下はTシャツ短パン姿だったりする。それでもはだけた裾から覗く二十歳前のピチピチとした脚線美はなんとも健康的だ。
「神無ー、って起きるわけ無いか。」
 やれやれ、とやや苦笑気味に笑うと、夜着とパジャマ代わりのシャツパンツを脱いで、トレーニングウェアに着替える。ちょっとばかり脱ぎ方に優雅さが無かったり、脱いだものをポイポイ放り投げる姿はいささか年頃の少女らしくないが、彼女を知る者なら「彼女らしい」と評するかもしれない。
 首にタオルをかけながら部屋から通路に出るとグシグシ柔軟体操。
 誰もピストルを鳴らしてはくれないが、クラウチングスタートから一気に駆け出した。
 艦の全長はおおよそ1キロ。横幅もそれなりにあるので、艦をぐるりと1周できるメイン通路の長さは2キロ程ある。それを5周、およそ10キロのランニングが卯月の日課である。1時間もかけずに走り終えると、頬にうっすら浮かんだ汗を拭う。そのまま艦内のトレーニングセンターへと足を向けた。
 広い艦内とはいえ飽くまでも戦艦であるし、部署によっては運動不足になることもある。さらに戦闘要員ともなれば、鍛錬を怠って戦いで命取りになっても自己責任である。
 そんなわけで、道場を始めトレーニングルームやプールなどの体を動かすことのできる施設が充実している。時間もそろそろ6時。毎朝恒例の場所からはすでに人の賑わいが聞こえてきた。
 さすがに早い時間だといるメンツも決まっていて、そうなるとおおよそトレーニングの順番なども決まっている。そうなると自ずとリズムができて、それを崩さなければ待ち時間も無くトレーニングマシンを使えることになる。
 時折、片隅に怪しげな科学者が気まぐれと閃きで作ったトレーニングマシンが置かれることがあるが、効果は半々なのでなかなかチャレンジャーはいない。今日はどうやら挑戦者を待つニューマシンはないようだ。
「前のはちょっと面白かったよね。」
 どういう原理か知らないが、延々と上っていけるロープは特殊効果で周りの風景が変わっていくのがなかなか新鮮だった。さすがに上った分だけ空気が薄くなるのは勘弁してほしかったが。
 いつものようにトレーニングマシンをハシゴして、最後はシンプルにベンチプレス。別に鍛えるのが趣味、というわけじゃないのだが、体を動かさないとなんとなく落ち着かないのだ。力が余っているのかもしれない。
「へぇ〜 賑わってるなぁ……」
 寝転がってバーベルを持ち上げていると、ここではあまり聞いたこと無い声が聞こえてきて、思わずその方向に目を向ける。
「あ、」
 トレーニングセンターに入ってきた青年を見て、一瞬誰か分からなかったが、すぐに思い出す。
「カズマ君1号だ。」
「……マテ。」
 ジト目になって青年――剣和真(つるぎ かずま)が卯月を振り返る。
 確かに彼の名前とデザインを借りたツッコミまっすぃ〜んが艦内で好評発売中ではあるが、さすがに同一視されるのは悲しい。
「って…… 郵便戦隊の……?」
「あ、そっか。有名人だから思わず声かけちゃったけど…… ま、いっか。」
「ユウメイジンジャナイデス……」
 しくしくしく。
 朝っぱらから悲しい和真であった。

「んで、和真はどうしたの?」
「いや…… さすがに道場はまだ時期尚早で。」
「あはははは。」
 乾いてもいないが、中身の無い声音で卯月が笑う。
 トレーニングセンターとさほど離れていない「道場」は毎朝真剣で“死合い”が行われ、そして壁に人型の穴が開き、達人同士が拳と魂をぶつけ合うというLvの高い人限定の空間となっている。
 和真も剣ならそこそこ使えると思っていたが、まだまだ最下層での玄室めぐりは辛かったようだ。そんなわけでまずは基礎体力作り、とこちらに来たらしい。
「それでまずは何から…… っ!!」
 喋っている間も腕の屈伸運動を続けている卯月だが、その卯月の持っているバーベルに目を向けた和真が思わず言葉を失う。
「ナンデスカソレハ……」
 思わず言葉がカタカナになってしまう。
「え?」
 がしゃん。
 持っていたバーベルを台に戻す卯月。まだまだ全然余裕そうに見えるが……
「あ、和真もやってみる?」
「できるかぁっ!!」
 今日初ツッコミ。
「いや、たった300キロだし。」
『ナンデヤネン。』
 ぴこ。
 次のツッコミを入れる前に、いつの間にかに足下にいた本家(?)カズマ君1号が規定の動作を行う。ガックリと和真がその場に崩れ落ちた。

「まぁ、あたしはさすがに“特別”な方だよ。」
 苦笑いで鉄アレイ(5キロ)でお手玉を披露すると、さすがに(?)納得したというか何というか。
「……まだまだ修練が足りないか。」
「いや、だから違うって。
 でも…… 女でこんな怪力、ってやっぱり変だよね。」
「そうか? 俺は普通に凄いと思ったぞ。」
 ちょっと表情を暗くした卯月に何の捻りもなく返す和真。もうちょっとスケコマシ度が高ければ気の利いたセリフでフラグが立つのだろうが、幸か不幸かそこまでの粋には達してない。
「そっか…… あはははは、そうだよね、そうだそうだ。」
 何が笑いのツボに入ったのか、卯月が楽しげに笑う。最後にまとめて投げ上げた鉄アレイを指先だけでキャッチすると、元あったところに戻す。そのまますっくと立ち上がった。
「ん? もう終わりか?」
「まぁね。汗もかいたしこれから朝風呂。……覗くなよ。」
「覗かねーよ。命が惜しいし。」
 言葉の前半で一瞬複雑な顔をするが、続きを聞いて思わず好奇心が首をもたげる。
「……そんなに凄いの? 大浴場のセキュリティって。」
「リー兄が唯一笑ったのが大浴場の説明の時だったけど…… 正直怖かった。」
「そう、なんだ。」
 思わず背中に冷たい物が走る。艦内の事務一般を受け持つ後方担当のリー兄妹。生活班に在籍しているため後方とは比較的接触が多いのだが、そのリー兄ことジェ ームス=リーはいつも気難しげな顔で喜怒哀楽を見せたことがない。その彼が笑ったとは……
「安全、っていいね。」
「そうだな。」
 何か心の奥が通じるような感覚を共有してから、じゃ、とひらひら手を振って卯月がトレーニングセンターを出て行った。
「さて、と……」
 卯月を見送って和真が最初に行ったのは、とりあえず持ち上げられる重さになるまでバーベルのウェイトを外すことであった。

 朝風呂(映像無し)を済ませ、一度着替えるために部屋に戻っても神無はまだまだ夢の中。
「神無ー そろそろ起きろー」
 ゆさゆさゆさ。
「おーきーろー」
 ゆさゆさゆさ。
「………………むー」
 神無、セーフモードで起動。
 いつもはクールで切れ者な神無ではあるが、寝起きはすこぶる悪い。とりあえず起床して2〜3時間は別人格と思って諦める。そのまま倒れ込んで二度寝にならないように気にしながら郵便戦隊の制服に着替える。
 揃いのブレザーに赤のリボン。ボトムは各人の好みで選べるので、動きやすいキュロットを。神無はまだ落ちてないのを確認して、朝食を取るために大食堂へと向かった。

 パン。
「いただきます。」
 朝の和定食を前に柏手1つ。
 生まれた頃から大家族の中で育ったので、どうも1人で食べるのは物寂しい。
「あら、卯月。おはようございます。」
「あ、」
「葉月(はづき)ー こちらに卯月がおりましたわよ。」
 当たり前のように朝食のサンドイッチを置いて座ってきたのは、同じ郵便戦隊の緑川弥生(みどりかわ やよい)。いつも微笑みを浮かべている口元のホクロがキュートな癒し系、と思われている弥生だが、実はそんなことはない。詳細は怖いので秘す。
「おはよう、卯月。」
 笑顔で卯月の隣の席に着いたのは、郵便戦隊のリーダーである白神(しらかみ)葉月。やや疲れた雰囲気ながらも、長い髪を首の後ろでまとめた知的なメガネ美人である。
「あ、うん…… おはよう。」
 虚を突かれた訳じゃないが、さっきそんなことを考えていた為にちょっと口ごもってしまう。
(うん、寂しくないかも。)
「早く食べちゃいましょ。今日は忙しくなるわよ。」
 葉月の号令で3人で手を合わせ、朝食に取りかかる。

「はい、今日も1日…… 皐月(さつき)はともかくとして、暦(こよみ)は?」
 二日酔いと寝ぼけ顔を足して5倍したような表情の神無も郵便戦隊のブースに入ってきて、とりあえず4人。後2人いて、それが今名前が挙がった桃井(ももい)皐月と黒羽根(くろばね)暦である。
 サボり癖がありお世辞にも真面目とは言えない皐月とは対照的に、生真面目な暦が遅刻とは考えづらい。葉月も半分皐月のことは諦めているが(笑)暦の方はちょっと心配だ。
 と、思ったらパタパタ走ってくる音が聞こえてくる。
「葉月お姉さま、申し訳ございません!」
 ロングの黒髪のポニーテールを振り乱しながら、件の暦がブースの中に飛び込んできた。
「何かあったの?」
 葉月が尋ねると、暦が渋い顔をして視線を宙にさまよわす。
「その…… 皐月さんと朝食を取っていたのですが、急にいなくなって。」
「……そう。」
 切なげに葉月がため息をつく。
「あらまぁ、」
 にこやかな笑顔の弥生。
「暦、構いませんわ。今週すでに2回目ですから、“少し”お説教いたしましょう。いいですわね、葉月?」
「そうね、頼むわ。」
「じゃ、暦。皐月の確保、お願いするわね。
 ……って、どうしたの?」
 弥生がにこやかな笑顔のままで、2人抱き合うようにして部屋の隅でガタガタ震えている卯月と暦に声をかける。
「「ナ、ナンデモゴザイマセン。」」
 あの笑顔が怖かったなんて口が裂けても言えません。
 そんなこんなで、暦があらゆる手段(笑)を講じて皐月を確保し、弥生の“少しのお説教”と再起動した神無のアイアンクローの餌食になったのはここのいつもの光景。

 午前中は約1名戦力外が出たが、窓口業務と郵便物の整理で終了。
 昼休みだからといって窓口を閉めるわけにもいかないので交代交代で昼休み。
「そんじゃ、お昼行って来ま〜す。」
 いってらっしゃ〜い、との声を背に受けて、大食堂へ。
 少し早めに昼休みに入った卯月だが、同じことを考える人間は多いわけですでに混雑していた。いつものことなので気にせずに他の人が並んでいるのとは違うカウンターに向かって歩いていく。
「ハチミツおじさ〜ん、いつもの!」
「おう、卯月ちゃん、ちょっと待ってな。」
“ハチミツおじさん”こと厨房長の八道楽(はちみち がく)がたくさんの丼とおかず山盛りの皿を何枚も用意してワゴンに乗せていく。
「今日はちょっと多いかもなぁ。」
「へーきへーき。ハチミツおじさんのご飯、美味しいし。」
「お、嬉しいこと言うねぇ。じゃあ、特製卯月ちゃんランチ、一丁上がり!」
「待ってました!」

 ――卯月ランチ。
 それはある2つの思惑が合致した卯月専用スペシャルランチである。
 少々気合いの入った健啖(けんたん)ぶりを見せる卯月であるが、そうなるとやはり気になるのはエンゲル係数である。職員食堂なので驚くほどの安さではあるが、それでも卯月の必要量となるとやはり懐が厳しくなる。
 一方、大食堂としても残飯にならずとも、ご飯やおかずは間違いなく余る。
 別に悪くなっている訳じゃないが、「昨日の物」を出すのは些か躊躇われる。かといって廃棄してしまうなんて勿体ないことこの上ないが、まかないにするにも限界がある。
 この艦は飽くまでも戦艦であり、艦のクルーは比較的高給である。更に艦にずっといることが多いので、思ったよりも散財する機会も無ければ、物価も思ったより安い。そうなると食費に困るって言うクルーが基本的にいない。
 そのいないはずのクルーが卯月にドンピシャリで、気の毒に思ったハチミツおじさんが特製ランチとして超安価で彼女に振る舞うようになったのだ。昨日の残り物のご飯とおかずからなるので、量に偏りがあるが、少ないことはあっても多すぎて困ったことは1度も無かったりする。

「……と、混んでるなー」
 ちょっとタイミングが悪かったのか、醤油ラ・メーンをトレーに乗せて空いた席を探す和真。
 それなりに席はあるのだが、相席になってしまうので微妙に躊躇われる。どちらかというと新参者なので、できれば知り合いがいればいいのだが……
「和真ー 席探してるのか?」
「ん?」
 ラーメンが伸びるのに心配していた和真の後ろから声がかかる。
「あ、卯月か。」
「ここ空いてるけど良かったら座る?」
「助かる。」
 と、彼女の向かいに座って、ラーメンに取りかかろうとして、ふと食べている卯月の姿が目に入った。
「っ!!」
 ラーメン食べていたら吹いていたかもしれない。それほどの衝撃映像だった。

「どした?」

「……いや。」
 コメントに窮する。
 すでに空になった丼が結構な高さを築き、何枚もの皿を積んでいる。大量の料理が乗っていたのだろうが、すでにわずかな油を残すくらいで米粒一粒残さずきれいな物だ。今食べている丼も空にすると再び天に挑むかのように丼を積み上げる。脇にあった――まだ何皿も料理が置いてある――ワゴンから丼と大皿を取り上げる。
「お、カツ丼♪」
 昨日のランチの主菜だった一口カツをソースに漬けてご飯の上に乗せたソースカツ丼を美味しそうに頬張る卯月。決して大食い・早食いには見えないが、着実に中身が減っていく。
 目の前のスペクタクルをチラチラ眺めながらラーメンを食べる和真だが、半分も食べ終わらない内に新しい丼に手がかかる。
「お、中華丼♪」
 結局、和真が食べ終わると同じくらいにワゴンの料理がさすがに空になった。
「ごちそうさまでした。」
 手を合わせて、空いた食器をワゴンに乗せていく。
「腹七分目、ってとこかな?」
「それd『ナンデヤネン!』
 ぴこ。
 ツッコミを入れようと思ったらはぐれカズマ君1号にツッコミを奪われる。はぐれなので逃げ足は速い。
「あ、食器一緒に持ってくよ。」
「スルーかよ!」
「和真ってラーメンの汁を残す方なんだね。」
「そういう問題じゃ無いだろ!」
「もう、そんなことじゃ大きくなれないよ。」
「成長期は終わったよ!」
 肩で息をする和真(180センチ)の連続ツッコミも気にした様子もなく食器を片づける卯月(154センチ)。と、
「ちょっと、待ったぁぁぁぁっ!!!」
 いきなり野太い声がかけられた。卯月がちょっと期待の混じった顔で振り返ると、筋骨隆々の男が立ちはだかっていた。頭に整備班のキャップを被っていているので、間違いなく整備班の人なのだろう。気づくと同じキャップを被った人が食器を片づけてテーブルを空けている。更にすでにメジャーなイベントなのか、次々に見物の人垣が周囲を取り囲む。
「な……っ?!」
 逃げ遅れた和真はすっかり砂かぶり席だ。
「今日のは強いぜ。3本皿3枚で勝負だ!」
 ちなみに○本皿とは大食堂のおかずの皿のランクである。線が多いほど高いけどその分豪勢になる。
「お、今日は強気だね〜 でも負けるわけにはいかないよ。」
「……なぁ、何やるんだ?」
「あ、そっか、」
 トレードマークの捻り鉢巻を締め直しながら卯月が答える。
「和真は初めてかな?
 こう見えても、あたしあちこちからスカウトされててね。でも郵便戦隊離れたくないしから腕相撲で勝ったら考える、ってことで勝負してるのさ。」
 いやそれ無謀だろスカウト、と内心思うが、話を聞く限りでは挑戦は絶えないらしい。
「よし、拳火(けんひ)、おめぇの強いとこ見せてやれ!」
 と呼ばれて現れたのは龍門(りゅうもん)拳火。ブレイブナイツの一員で、赤い髪を炎のように逆立てたいかにも暑苦しい感じの少年だ。いや、実際に炎のマイト(ブレイブナイツの面々が使える魔法的力)の使い手であるのだが。
「おぅ! ……って相手は女かよ。」
(む、)
 小柄なせいか、やや年齢相応に見られない卯月ではあるが、一応は3つほど年下の相手にいきなりそんな風に言われる筋合いも無い。おそらくはそういう性格なのだろうから悪気はないのだろうけど……
「構わないわ。」
 ふっ、と後ろに気配とともに少女の声。
「あ、水衣(みい)じゃない。知り合い?」
「一応、弟。」
 龍門水衣は購買の手伝いをしていることが多く、密接な関係のある(笑)郵便戦隊とも顔見知りであった。一方、拳火は整備班で働いているので、あんまり会ったことがないので2人が姉弟とは知らなかったのだ。となると、卯月が拳火のことを知らないのと同様に、拳火も卯月のことを知らない。
「弟かぁ……」
 それなら手加減するべきかな? と思ったのが顔に出たのか、水衣はニッコリとその名前のように澄んだ笑みを浮かべた。
「構わないわ。“思いっきり”やって頂戴。」
 いいのかなー と思いつつも、向こうでは拳火が整備班の人たちに囲まれて勝ったときの商品の打ち合わせをしていた。
「拳火、負けたら夕食抜き。」
「うぇ?! 水衣姉、ちょっ、そいつぁキツイぜ!」
「勝てばいい話じゃないの? それとも自信が無い?」
「む……」
 そこまで言われて反論するのは男が廃るし、それこそ拳火としては今まで卯月相手に整備班の人たちが負け続けていた理由も理解できない。
 そんな拳火に何か言おうとする和真が水衣に視線で制される。黙って見てて、って感じだ。
 なんかうやむやの内に審判役にされた和真。
 テーブルの中央でがっしり握り合った手の上に和真が手を乗せる。
 拳火のどう見ても長年の鍛錬でしっかり鍛え上げられた筋肉と、卯月の普通の女の子の腕でどうやって勝負になるんだろうか、と思いそうになるが、朝の光景を思い出して苦笑が漏れる。
「レディ、」
 2人の手に緊張が走る。
「ゴーっ!」

「よいしょ。」

 和真の号令で様子見に入った拳火と対照的に、無造作に腕を倒した卯月。
 確かに格闘技で鍛えてある。しかもマイトで筋力強化も可能だが、そこまでする必要も無い、と高をくくってた拳火。某携帯電話ばりの予想外の力に奇跡が起きた。
 ふわり。
 そんな感じで腕を支点に拳火の体が回転しながら宙に舞うと、椅子をいくつか巻き込んで派手な音とともに落下する。
「え? あ? あれ?」
「残念ね、夕食抜き。」
 反射的に跳んだのか腕を痛めずに済んだものの、何が起こったのか理解できていない拳火に冷静に通告する水衣。
「かぁ〜っ、やっぱ新入りでも駄目だったかぁ。」
 負けたけどそんなにも悔しくなさそうな整備班の男。約束どおりの食券を手渡すと、まだ倒れたままの拳火の胸倉を片手で掴んで立たせる。
「おぅ、悪かったな。でも整備班はいつでも歓迎するぜ!」
「ごめんね〜 でもまだ今の仕事、やっていたいから。」
「まぁ、それならしょうがねぇか。よし、行くぞ野郎ども!」
『おぅっ!』
 拳火と整備班の人たちが食堂を出て行くと、イベントが終了して見物人もパラパラ離れていく。
「面白かったわ、卯月さん。良かったら後で購買にお茶でも飲みに来て。美味しいお菓子が入ったの。」
「うん、分かった。」
 それでは、とペコリと頭を下げて水衣も出て行く。
「あ……」
 今気づいたのか、時計を見上げて卯月が困った顔をする。
「あちゃー もうこんな時間。すっかり昼休みオーバーしちゃったよ。悪いね和真、あたしもう行くから。」
 慌てたように卯月が大食堂を出て行くと、やれやれと和真がテーブルに着く。
「……って、メシ食い終わったからここにいる意味無いだろ!」

「そう…… 次からは気をつけてね。」
 昼休みに「勝負」を挑まれて、何度か時間をオーバーすることがあって、その度にリーダーである葉月が割を食っているのは周知の事実だ。しかし葉月は他にもっと凄いサボり女王がいるからかどうか不明だが、あんまり厳しく言わない。
「ねぇ、葉月……」
「何?」
 仕事の手を止めて卯月を振り返る。
「あたし、ってさ、やっぱりアレ? 怪力とかそういうのじゃなくて、普通の人だったらここにいられないのかな?」
 卯月の言った事がちょっと理解できなかったのか、頭の中で反芻しているみたいだったが、すぐに小さくため息をつく。
「馬鹿なこと言わないで頂戴。確かにその力があったからここに来たのは確かかもしれないけど、それは飽くまでもきっかけでしょ?
 今この郵便部には赤沢卯月って子が必要なことには変わりないわ。それにそんなこと言ったら……」
 ふっ、と葉月が視線を横に向ける。
「いいから仕事しろ。」
「ミギャー!」
 神無のアイアンクローで赤いツインテールの頭がミシミシ音を立てている。
 どうやら昼食後に優雅なティータイムをしゃれ込もうとしたところを見つかって捕獲されたらしい。どういう記憶力をしているのか不明だが、皐月の辞書から「懲りる」って言葉がすでにデリートされているらしい。
「……そりゃ、そっか。」
「はいはい、そんなこと言う暇があったらお仕事よ。
 え〜と、整備班の荷物を受け取ってきて。はい、これ地図。」
 と、地図データの入ったデータチップを渡される。
「内容も中に入っているけど、どうやらジェネレータ周りの隔壁らしいわ。」
「それって……」
 その手の部品類はちゃんと専用の輸送班がいて搬入することになっている。
「そうね。でも急ぎらしいの。購買の方で手配は済んだそうなんだけど、運ぶ人員が間に合わないらしくて。」
「マッコイ姉さんも忙しいからねぇ。りょーかーい。じゃあ、行ってきます。」
「はい、気をつけて。」
 まだ皐月の悲鳴が聞こえたような気がするが、気にも留めずに格納庫へ。

 郵便戦隊創立の際に購買からプレゼントされて、各人がそれぞれビークルを所持していた。
 卯月のは大型のコンテナを装備した重量物運搬用トレーラーである。
 早速運転席に乗り込んで、機械類がちょっと苦手な卯月に使いやすく改造されたスイッチを順番どおりに入れていく。
「よし“大八”、発進!」
 指示された場所は港の倉庫街。物が物だけに通常のルートで受け取れない、とのことである。通るルートも指定されていて、迷路のような倉庫群を何かの儀式のように無駄にクネクネあちこち曲がりながら進んでいく。
 これまた指定された番号の書いてある倉庫の前でクラクション2回、ライト点滅2回なんて合図らしきものを送ると、横の倉庫の壁がいきなり開いた。
「ラストガーディアンの人ッスか?」
「わ、マッコイ姉さん?!」
「違うッス!」
 艦の購買の主である謎の商人(あきんど)のマッコイ姉さん。違うところと言えばエプロンが黒いことくらいで全く同じに見えるが、どうやら別人らしい。
「だいたい、なんでアタイがこんなことをするッスか。前のペナルティとはいえ、面倒ッス。」
 ブツブツ呟くマッコイ姉さん(偽)。
 大型トレーラー“大八”から降りると、案内された壁の中に入っていく。
「……これ?」
「そうッス。注文の大型ジェネレータ用隔壁ッス。物は間違い無いッスよ。」
 どっかふて腐れた態度ながら、その言葉には嘘が無いように感じられる。
「ふ〜ん、きれい……かな?」
「お!」
 大工の家で育ったためか、物を見る目はそこそこ養われた。隔壁なんて全く畑違いではあるが、熟練した技術の冴えが見て取れる。中に歪みがあったらそれはどことなく表に現れるんだ、というのが卯月のことを可愛がってくれた祖父の言である。まぁ、まだ存命どころか元気いっぱいであるが。
「分かるッスか!」
「ん〜 分かるかどうか分からないけど、きれいだよきれい。うん。」
「それでもいいッス! くぅ〜 そっちのマッコイは羨ましいッスねぇ。アタイのところはろくな客がいないッス。」
「……“そっち”?」
 何の気無しに聞いたらいきなりマッコイ姉さん(偽)がワタワタ手足とアンテナを振って慌てる。
「何でもないッス! 何でもないッス! 良かったらとっとと持って行って欲しいッス!」
「ま、いいけど。」
 皐月あたりだったら延々と聞きまくって、相手に怒られるんだろうなー とか思いつつ、大八に戻って方向転換する。幾つかボタン操作すると、底部に収納されているロボットアームが展開し、ワキワキと荷物へ伸びていく。
(こういうの、って実は皐月が得意なんだよなー)
 慎重に隔壁を掴むと、ユルユルとコンテナにしまっていく。結構神経を使う作業ではあるが、小さい頃から建築現場を遊び場としていた卯月。細かい作業から大きな作業まで何でもござれである。
「ほー やるッスねー」
 マッコイ姉さん(偽)が感心する中、コンテナへの収納を終え、よく分からない言葉で書かれた伝票にサインをする。
「んじゃ、戻りますんで。」
「了解ッスー 次があるかどうか分からないッスけど、また縁があったらよろしくッスー」
 ヒラヒラ手を振るマッコイ姉さん(偽)に見送られて、卯月は「ラストガーディアン」への帰路についた。

「くはーっ! 疲れたーっ!!」
 戻ってきて整備班で荷下ろし。ついでってことで大八で隔壁交換の手伝い。これまたついでってことで卯月の怪力頼みであちこち補修。どうにかこうにかサインを貰って、後方と本物のマッコイ姉さんのところを回って、どーにかこーにか郵便戦隊へ帰還。
「お帰りなさい。」
 すでに就業時間が終わっているはずだが、他の5人が何故かしら残っていた。
「お疲れ。」
「お疲れ様。冷たいお茶でも飲む?」
「卯月さん、お疲れ様です。」
「卯月ちゃん、おか〜」
 口々に言ってから次々に席を立つ。
「じゃ、今日はこれで終わり。みんな、ご苦労様。」
 葉月がそうまとめると、郵便戦隊の1日が終了する。
 と、皐月が近づいてきてクンクンと鼻を鳴らす。
「あ〜 卯月ちゃん、汗臭〜い。」
「……う。」
 さすがに今日はあっちこっち動きまくっていたので、臭いが気になる。
「夕飯の前に風呂行くかー」
「あ、あたしも行くー」
「皐月さんが騒ぐといけませんから、あたくしも参りますわ。」
「え〜?」
「えー、じゃありません! またいつものようにモタモタするのでしょうから、早くなさりなさい!」
 ズルズルと皐月を引きずっていく暦を卯月は追いかけていった。

 

 ミー
 ニャー
 ニャオン
「やはりお風呂は良いですね……」

「暦ー」
「どうかなさいました?」
「あたし、思うんだけどさー」
 大浴場で頭に手ぬぐいを乗せて、ちょっと通っぽい入り方の卯月がゆるゆると暦に近づいていく。
「やっぱりさー」
 口調に変化が無いので、なんでしょう? と油断していた暦の手首を両方まとめて掴む。
「な、何をなさいますか?!」
 よいしょ、と手首を掴んでいる手を上げて、宙吊り状態にする。指先だけで掴んでいるように見えるのだが、暦がどんなに抵抗してもピクリとも動かない。

「湯船にバスタオルは反則でしょー」

 空いた手で素早く身体に巻いていたバスタオルをはぎ取る。
「きゃっ!!」
 すぐに解放されたので、胸元を隠しながら口元までお湯に隠れる暦。
「な、な、な……」
 顔を赤くして、つり目気味の目で卯月を睨みつける。
「何をなさいますですか?! 破廉恥ですわ! ふしだらですわ! ふつつかですわっ!!」
 音声兵器として知られつつある暦の声が大浴場の隅々まで響く。壁で隔てられている隣の男湯にも間違いなく聞こえているに違いない。
「でもよみちゃんっておっきいんだねー」
 持ち込んだアヒルに黒猫を乗せてツンツン突いていた皐月がタイミング良く口を挟む。
「あたくしの名前は暦…… って、何のことですか!」
「胸。」
 シンプルかつダイレクトな答えに耳まで真っ赤にして、煙を吹き出しそうな顔で口をパクパクさせる。刺激の強い(笑)ことに言葉が出なくなったらしい。
「な、な、な……っ!!」
 上背がある上にスタイルもいい暦に皐月が羨望の目を向ける。どれだけ食べても太らないという垂涎物の体質ではあるが、皐月はまだまだ「がんばりましょう」くらいだ。
「そうだねー 年上としてはちょっと切ないよねー」
 元の位置に戻って、湯船のふちに背中をあずけて頭の後ろに手を組んだ「がんばりました」くらいの卯月がボヤく。まぁ、半ば諦めているのか口調には羨望感も悲壮感も無い。
「ま、風呂は裸と裸の付き合いなんだから、野暮はことはよしなって。」
 鼻歌が出てきそうなほどの堪能振りに暦も何も言い返せなくなる。というか、やはり慣れないらしく恥ずかしそうに身を縮みこませている。と、その背後からじわじわ皐月が迫ると、
「そ〜れ、ボディチェック〜♪」
 いきなり後ろから抱きついた。
「きゃっ! な、なにするんですか皐月さん! ってイヤッ、どこを触って…… キャァッ!」
「よみちゃん、プルプルだ〜」
「あたくしの名前は暦です! って、止めてください!」
 ……隣の男湯では湯が赤く染まっているかも知れない。
 が、のんびり風呂を楽しんでいた卯月のこめかみにピクリと青筋が浮かぶ。
「風呂くらい……」
 原因の皐月の頭に手を伸ばす。
「静かに入れ。」
 神無の必殺技のアイアンクローをちょっと真似してみた。
 悲鳴。暗転。
「ううううう…… 卯月ちゃんのはシャレにならないよぉ……」
 リアルに「魔の将軍クロー」になりそうだったのを慌てて暦が止めて一件落着(?)
 そしておとなしく入浴タイム。

 

「風呂はいいねぇ〜」

「卯月ちゃん、オヤジくさい〜」
 さっきの反撃のつもりなのだろうが、卯月は意にも介さない。
「好きに言ってくれー あたしは風呂が好きなんだからさー」
 1日の疲れも汗もすっかり流して、脱衣所に備え付けの自販機で買ったフルーツ牛乳を腰に手をあてるという伝統のスタイルで飲み干して夕食。
 今日は昼に稼いだオカズ3品を足して豪勢になりました。

 シャッ、シャッ、シャッ……
 ナイフを手に木を削っては角度を変えて眺めている卯月。同室の神無が覗き込んできた。
「……何やってるんだ?」
「あ、神無、悪い。うるさかった?」
「うるさくはないが……」
 卯月の目元に手を落とす。
 いろんな形にカットされた木片と木屑、そして細かい金具類がが回りに散らばらないようにそれぞれ箱に入って整理されている。色々な形のナイフ類もケースに収められていた。
「おし、こんなものかな?」
 小さく呟くと、木屑を一度片付けてから、木片と金具を集めて、チマチマと組み合わせ始める。
「おぉ……」
 それまで木端にしか見えない部品類が卯月の手の中で少しずつ形になっていく。
「器用なもんだな。」
「まぁ、ほら、うち大工やってるし。」
 喋っている間に小さな箱が何個も組み立てられ、細かく仕切りがある箱に入れていく。滑りを確認しながら細かくナイフで修正していく。そして指先ほどもない金具を丁寧に取り付けていく。
 結構時間がかかっているだが、面白いのか神無は黙って見ている。
「できた!」
「見事な箪笥(たんす)だな。」
「そう。台所とかの水を使うところを水屋(みずや)って呼んで、そこに置く棚で水屋箪笥って言うんだ。」
 このまま大きくしたらそのまま使えそうな精巧なミニチュアのタンスを指差してちょっと自慢げに説明する。
「ミニチュア…… ドールハウスか何かか?」
「あ〜 そんな感じだね。まだまだ家具とかそんなのばかりだけど。」
「……他にもあるのか?」
 と神無が聞くと「待ってました!」とばかりに奥からゴソゴソ取り出してくる。
「ほら。」
「ほぉ。畳に鉄瓶に…… これはちゃぶ台か?」
 さっきのタンスと同じ縮尺で作られた、精巧なミニチュアが並ぶ。
「それにしても……」
 神無が首を傾げる。
「何?」
「見事に和風ばかりだな。」
「……確かに。よく考えたら日本家屋しか知らないや、あたし。」
 あはははは、って笑ったところで壁の時計に気づく。
「わ、もうこんな時間だ。あたしはそろそろ寝るけど、神無は?」
「ん? 私は今夜は誘われててな。」
「今夜“も”でしょ? お酒のことはあたしはあんまり強く言えないから黙ってるけど、呑んで迷惑かけないでよ。」
「大丈夫だ。少なくても皐月ほど回りに迷惑をかけてない。」
「それならいいけど。」
 いいのか?!
「じゃ、行ってくる。」
「いってらっしゃい。」
 呑みに出かけた神無を見送ると、夜着に着替えて寝床へ。
「よし、明日も頑張るぞー」
 もふっ、と布団にもぐりこむと、すぐに安らかな寝息を立て始めた。

 そして夜が開け、また新しい朝が始まるのであった。