オリジナルブレイブサーガSS
「節分初めて物語」
(イラスト:阿波田閣下氏
  ネモ氏)
 

 

 1月31日を超えると2月である。
 ただ、この万能戦艦「ラストガーディアン」では2月という月には何かあるのだろう。艦内が妙な緊張に包まれていた。
「……なんなんだ?」
 剣和真(つるぎ かずま)は最近入ってきたせいか、その「恒例行事」を知らずにいた。
 口に出すのも恐ろしいのか、または面白いのか、誰も「それ」に関しては語ってくれない。
「ワイには分かる。」
 そう肩を叩いてきたのは西山音彦(にしやま おとひこ)だ。
「ああ、分かるともさ。和やんもきっと、ワイらの仲間や!」
 それは自分に何度でも立ちあがれる勇気を与えてくれる言葉のはずなのだが、今音彦の口から出た言葉はヤケに不安を与えてくれる。
「……なかま?」
 返す言葉も思わず平仮名だ。
「2月3日、楽しみにしてるで〜」
 どこか見ていると心が痛くなる笑顔で音彦は去っていく。すでに全て知った上で覚悟を決めた漢の顔であった。
 哀愁を漂わせた背中を見送ることしばし。和真は重大な事に気づいた。
「……逃げ損ねた。」
 物理的な意味ではないが、すでにこの時点で取り返しのつかない事態に巻き込まれたということだけは分かった。

 そして待ちに待った(?)2月3日。
 朝から艦内は緊張に包まれていた。何人かが艦から姿を消して……って出掛けているわけではない。秘密の場所にこもっているか、拉致されているかのどちらかだろう。
「拉致って、おい!」
 いや、ツッコミマスターだというのは知ってますから、地の文に突っ込まないでください。
「ツッコミマスターって…… 誰だよ!」
 というわけで、今日もツッコミの日々の剣和真であった。
「もういい……
 しかし、ホントに変だな。今日って何かあるのか?」
 節分だ、というのは知っているが、そんな大層な行事だっただろうか?
 それに音彦が言っていた「仲間」という言葉。もしかしたら「鬼」の役なんだろうか?
 でもあの去り際に見せた笑顔はそんな感じではなかった。そういえば今日は音彦を見てないような気がする。
「いや待て、」
 今日は音彦以外にも見てない人が何人かいたような気がする。
「……仕事、かな?」
 なんか嫌な予想が脳裏を走りそうになり無理矢理思考を打ち切る。
 現時点で万能戦艦「ラストガーディアン」の艦内は心を持つロボ達が人の姿になってしまうという摩訶不思議な状況の中で一気に戦力がダウンしていた。
 アークセイバーを駆る和真はその状況下でわずかに残った貴重な戦力である。
 現況が変わるまで基本的に艦内待機ではあるが、まぁ、それこそ街一つ以上が丸々入っているような「ラストガーディアン」である。別に外に出られなくても不便ではないし、更に艦が航行中なら外に出ても落下するだけである。
 とりあえず準1級待機なので、艦内にいれば問題はない。
 艦内はドタバタしていても、今日もまた変わりのない1日…… になるはずだった。
 午前・午後となっても「何」も起きない状況に安堵と残念そうな雰囲気が漂う。
 その理由も分からずに西に沈む夕日が世界を赤く染めて沈もうとしていた。

 ……その刹那。

「……! 来ました! 『鬼』の襲来です!」
 半日「彼ら」の襲撃を警戒して疲労しきっていたブリッジが一気に緊張に包まれた。
「来ないのと思ったのに……」
 毎年毎年、常識の通じない相手に常識的でない方法で対処させられていた艦長の綾摩律子(あやま りつこ)は絶望という物に対面したかのような悲壮な表情でため息をついた。
「で、今年は何? 電車にでも乗ってきたの?」
 どうにでもしてくれ、という投げやりな態度な律子だが、生身の人間になっても性格の変わらないメイアが律儀に受け答えをする。
「特にビークルなどは所持してない模様。敵の数はおおよそ500。サイズは人間大、武装は全て手にした金棒と思われます。」
「ええと、去年のビーントルーパー隊は?」
「はい、後半になってくると結構勝ってきたような気がしますが、すでに時代が変わったのでお払い箱になりました。」
 同じくナビゲータのシャルロットが答える。
 まぁ、役に立たなかったし、という言葉は飲み込みながら、メインモニターに映し出された「鬼」の集団に目を向ける。
 顔とか体格とかに違いはあるが、皆エキストラで衣装が与えられたかのようにアフロで角が何本か生えていて、虎柄の腰巻きを身につけている。
 身体の色は赤・青・黄色とチューリップばりだ。
「隊列を組んでこちらに向かってきます。威嚇射撃を試みましたが、効果率0。やはり『概念』を備えていると想定されます。」
 そう。この「概念」というのがこの「鬼」を無駄に脅威と認めざるを得ない理由なのだ。
 通常兵器はほとんど効果が無く、伝承・伝説などの「鬼を倒せる物」でないと倒せないのである。
 基本的に勇者ロボには「鬼」に対する兵装などついていないし、勇者として戦う者達も「鬼」との戦い方なんて知らない。だから基本的にこの「鬼」に対抗する手段はないのだが……
「いつもなら、そろそろ……」
 艦内を徘徊する(自称)美少女科学者という名の、カテゴリ的には「怪人」が現れて、怪しげな武器と現地登用された犠牲者勇者を伴って「鬼」を退治してくれるはずだ。
 哀しいことにそれが毎年の恒例となっていた。
 今年は何も言われても驚かないぞ、とスクリーン内の鬼を睨み付けることしばし。
 いつもなら現れるはずの者が登場する気配すらない。
「艦長?」
 何も指示を出さずに黙っている艦長にか、いつもなら現れるはずの「怪人」が現れないことにか、いつもと雰囲気が違う沈黙に後ろに控えていた副官の神楽雄馬(かぐら ゆうま)が口を開く。
「……あら?」
 いつもは声が聞こえてから振り返っていたのだが、艦長席から身を乗り出して後ろを見てみても誰もいない。
「どういうこと?!」
 ちょっと焦る。毎度毎度、彼女たちの活躍(?)で「鬼」を退治していたので、来ないとなるとマジで手の打ちようがない。
「ももも申し訳ありません!」
 そんなときブリッジに飛び込んできた人影が一つ。強力な癖毛が今日も元気に重力に逆らっている、ブレイブナイツの科学者ユマである。
「……きゃっ、」
 慌てて走ってきたのと本来の性格(?)か、無いはずの床の出っ張りに躓いてしまう。と、そんな彼女をむっつりとした表情の男が抱き留める。
「気を付けろ。」
 素っ気なく、それでも優しく彼女を抱き留めたのは、ユマのパートナーであり恋人のブリットその人である。
「あ、あの、どうもすみません、というかありがとうございます。」
 ペコペコ頭を下げるユマにちょっと照れたのか、ポンと彼女の頭に手を置くと、次の瞬間にはブリッジからいなくなっていた。

「あれ? ブリットさん、ずっとここにいました?」
「ああ。」
「……気のせいかな〜?」
 格納庫隅の通称ウィルダネス区画。その中の「ジャンクの店」と呼ばれる酒場。ブリットの相手をしていたイサムだが、ちょっと目を離した瞬間何故か席から消えていた。気のせいかな? と思ったらやっぱり座っていたので気のせいかもしれないのだが。
 ……ブリッツァー=ケイオス。その男の愛は空間を超える(謎)

「ええと…… ユマさん?」
「あ、はい。去年までのデータを検証して、鬼への対抗手段を用意して参りました。」
「…………」
 普通の受け答えだ。いつもなら怪しい怪人ネーム(?)で返ってくるのだが、そうじゃないということは彼女は正真正銘ユマとして来ているらしい。
「艦長?」
「あ、いえ、それは頼もしいわ。事態が緊迫しているので、早速対処をお願いします。」
「はい。」
 用意した物を多目的ランチャーに装填するようにメイアに言ってから、ユマが艦長に視線を戻す。
「今までとは発想を変えてみました。相手が『鬼』という『概念』を持っているなら、逆にその『概念』を打ち消せば通常兵器が有効になるかもしれません。」
「なるほど…… 続けて下さい。」
 ある程度の同意が得られたので、さっきよりは自信を持って言葉を続ける。
「よって、鬼の属性を減少させる成分と、鬼に有効な成分を混合して更に優しさの半分を加えてみました。
 これを空中散布することによって相手の戦闘力を大きく失わせることができるはずです。」
「試す価値はありますね。それではお願いします。」
「はい…… メイアさん『アンチオーガ弾』を射出してください。」
「了解です。」
 メイアがコンソールの上に指を滑らせると、同じようにコンソールの上をシャルロットの指が踊る。
 艦のあちこちに配備された、名前通りの多目的ランチャーの一つが迫り来る「鬼」の集団にターゲットとをロックする。
「発射します。」
 頭上から空気が抜けるような音がして、1発の砲弾が「鬼」に向かって飛んでいく。
 それは空中で破裂すると、細かい粒子が雨のように「鬼」達に降り注いだ。
 霧状に広がった粒子のせいで明確に「鬼」を捉えることができない。
「ところで……」
「はい?」
 ひじょーに気になることがあったので、律子はユマに聞いてみる。
「さっきからあなたが握りしめている瓶に『対鬼用』とか何とか書かれているように見えるんだけど……」
「…………はい?」
 2度目の返事はヤケに時間がかかった。
「…………」
 指摘されたようにさっきから握りしめていた瓶に視線を落とす。手書きのラベルには確かにそのような事が記されている。しかも瓶の中はタップリ詰まっていた。
 薬品は1本しか作ってないので、この瓶に薬剤が大量に残っているということは、さっき用意した「アンチオーガ弾」に入れたのは……
「ああっ!!」
 ということはもしかして…… とブツブツ呟くユマを放っておいて、まずは「鬼」がどうなったか確認することに。
 霧が晴れた。あの「霧」の中でも変わらぬ歩調で行軍を続けていた「鬼」の姿があらわになる。
「……………………」
 いや〜な空気がブリッジを支配した。沈黙が重くのしかかる。
「すみません! 間違って研究中の…… ヘアートリートメント撃っちゃいました!」
 それが引き金となった。
 次の瞬間、ブリッジの中が大爆笑に包まれた。

 ユマという少女は昔から酷い癖毛に悩まされている。ショートカットだったらまさにスーパーサイヤ人並だ。ロングにしていても、あちこち跳ね上がって独特のヘアスタイルを形成している。
 無論年頃の少女だから身の回りには気を遣う。特に髪ともなれば女の命と言っても過言ではない。が、地上の全ての整髪料が全て彼女の髪に負けた。
 確かにポマードとかで無理矢理固めればそれなりの形にはなるが、そうなると今度はしなやかにはならない。更にそれで固めても寿命はせいぜい1時間。ユマの髪は決して屈しないのだ。
 ……そうなると、科学者としてのプライドもむくむくわき上がってくる。薬学に関しては専門外ではあるが、そこは優れた頭脳でフォロー。特に「ラストガーディアン」に来てからは様々な科学者と出会って研究が進んでいた。
 2月3日に間に合うように、と徹夜も辞さずに続けていた「鬼」への対抗策。ちょうど朝にギリギリ間に合ったのと、それまでずっと抽出作業を続けていたユマ特製のヘアートリートメントができたのはほぼ同時であった。
 両方が完成した喜びに、ちょっとばかりの間違いがあったとしても彼女を責めるのは酷というものだろう。

 まだ自分でも試していないヘアートリートメントは、彼女の予想通りの結果を生み出した。
 微細な粒子となって飛散したトリートメントは「鬼」たちに降り注ぐ。


 その結果、鬼の象徴とでも言うべき頑固なアフロヘアが一瞬の内に天使の輪を抱くサラサラヘアとなったのだ。そこから生える角はそのままなので何ともアンバランスである。
 更に胸にモジャモジャ固まっていた胸毛とか、全身の剛毛とかも全て光り輝くサラサラヘアに!
 しかし、彼(?)らは気づいていないのか、風に全身の毛をなびかせながら行軍を続けている。
「て、敵集団…… なお……も、接近……して、きま!」
 どうにか笑いを堪えながらも報告をしようとしたメイアだが、さすがに慣れない人としての身体で、しかもあまり笑い慣れていないのか全身を振るわせながらナビゲータチェアから転げ落ちる。
 シャルロットも必死に我慢しているようだが、顔を上げることすらできずに真っ赤になりながら震えている。
「と、とにかく…… 敵の接近をどうにか防いで!」
 一瞬で目をそらした律子はどうにか普通レベルの我慢で指示を飛ばすことができた。それでも脳裏に焼き付いたあの光景はなかなか消せない。
「……ダメですね。ドリームナイツは出撃不能です。」
 この状況下でもいつも変わらずの小鳥遊一樹(たなかし かずき)は(おそらく)悲痛な表情で頭を振った。
「彼女たちは精神力を媒介としますから、このような状況で精神集中がまともにできるとは思いません。」
「……よ、よく平気ですね。」
 ブリッジも半分機能不全に陥っている中、1人だけ平然としている小鳥遊は別な意味での悲痛な表情で首を振る。
「アメリカにいた頃は、これくらいで取り乱していたらやっていけませんでしたので……」
 いやはや、とボヤきながら、艦内に通信を飛ばす。
「困りましたね。戦闘クルーは基本的に緊急事態――戦闘時になると戦況を確認するためにあちこちのディスプレイを見ていることでしょう。
 すでに現時点で大半の人が行動不能です。更に『アレ』と直面してまともに戦える人間となると……」
「心当たりが?」
 少し落ち着いてきたのか、メインスクリーンを視界に入れないようにして小鳥遊に尋ねる律子。
「まぁ、彼らに期待しましょう。」

「それで俺と、」
「私か。なるほど妥当な判断だ。」
 呼び出されたのは和真とヴァイザーチームのフォーティアであった。フォーティアは普段は26m程の勇者ロボなのだが、摩訶不思議な理由で他のロボ達と一緒に人間の姿になっている。
 感情が生まれたのが遅かったせいか、ユーモアを多少理解できるとはいえ、この程度の「出オチ」で笑えるほどではない、という理由で選ばれた。
「……で、俺は?」
「いやぁ、」
 後になって和真はあれだけ心から爽やかそうな笑みは見たこと無かった、と言っている。
「ツッコミ役は笑ったらいけないでしょ?」
「誰がツッコミ役だっ!!」
 ……と同時に、自分の中で5本の指に入るほどの切れ味だった、とも言っていた。
「それはさておき、」
「マテ、」
 スルーする小鳥遊に弱々しいツッコミ。それにも意を介さずに説明を続ける。
「時間が無いので手早く説明します。ユマさんの行動は幾つかの効果をもたらしています。
 例えばあの『鬼』。いわゆる『鬼』に見えますか?」
「いや、私のデータからすると、その『鬼』とやらからはだいぶ外見が異なるように思える。」
「確かに。
 この『鬼』達が持つ『概念』というのは飽くまでも人の思考が生み出した物です。その存在が認識されていない物は存在できない。そういう話はご存じですか?」
 小鳥遊の言葉にフォーティアが口を開く。
「イデア理論、というのにそのような話がなかったか?」
「そんな感じです。つまり我々がそれを『鬼』と見なせなくなったら、その『概念』を覆すことも可能なのです。」
「で、結局、どうやったら倒せるんだ?」
 ちょっと話について行けない和真が先を急がせる。こうしている間に敵は近づいてきてるのだ。
「おっと、話が脱線してしまいました。
 結論から述べると、鬼を鬼たらしめている最大の特徴。それは……」
「角、か。」
「理解が早くて結構ですが、そうなると私の見せ場が寂しいですねぇ。」
 いやはや、と言いながらも説明を続ける。
「とにかく角を折ってください。そうすれば通常の打撃で倒せるはずです。」
「了解した。では私は武器を調達してこよう。」
 飽くまでも生身であるフォーティアはそのままでは戦えないので武器を用意に。和真は自力で変身、というか戦闘スーツを装着できるのでそれで戦うことになる。
「……それにしても2人だけとは。他にはいなかったのか?」
「ええ、それが音彦君とかにも協力を頼もうと思ったのですが、」
 確かに彼なら「鬼」退治のプロになりつつある。
「何故か艦内にいないのですよ。」
 ふと和真の脳裏に、最期に見た「漢の顔」が浮かんでくる。
「そうか……」
「他に何人かお願いしようと思ってた人たちも何故か姿が見えなくて。いやいや、困りましたねぇ。」
 戦力不足は否めないが、やるしかないだろう。それが「勇者」というものだ。
 と、そこに転がり込むようにフォーティアが戻ってきた。
「す、すまないカズマ…… 私はもう戦えない。」
 何があったのだろう。全身を振るわせて苦しそうだ。
「どうやら私にも…… 笑いという感情があったようだ。」
 ガクッ。
「……笑わない人が急に笑うと大変なんですねぇ。」
「言いたいことはそれだけか。」

 

「やる気おきねぇ……」

 事の重大さも理解できているし、今のところ自分しか対処できないのも分かる。
 すでに疲れたかのように、ブレードを杖にして「敵」の接近を待つ。
 結局、敵の確認をしようと思ったフォーティアが「笑い」という感情に目覚めてしまい、呼吸困難と腹筋の痛みに倒れてしまって残った戦士は和真だけとなってしまった。
 迫る「鬼」の集団。皆サラサラヘアで天使の輪が光っている。
「……やる気おきねぇ。」
 そうボヤきながらも駆け出す。いくら行軍しているとはいえ、わずかな速度の差が長く続けば自ずと陣形が乱れてくる。
 その中の先頭のサラサラヘア鬼に斬りかかる。頭部の角を狙って一振り。角は呆気なく砕け、鬼が苦しみ出す。「概念」の元を崩されて、この世界での存在を保っていられなくなったのだ。
「せぃ!」
 横薙ぎに一閃! 斬られた上半身が地面に落ちるよりも早く「鬼」が消滅する。
「じゃあ……?」
 いきなり現れた敵対者に、近くにいたサラサラヘア鬼が和真に金棒を振りかぶる。
「はっ!」
 そのがら空きの胴を薙ぐ。
 しかし、その手応えはまるでゴムか何かのようで刃が通らない。
 それだけ確認すると振るわれた金棒を避けながら角を折る。相手が怯んだ隙にブレードを振るった。
「……なるほど『ルール』は分かった。」
 今まで「鬼」と直接対決したこと無かったのでその強さが分からなかったが、これで確信できた。更に言うと、それでも倒せる相手であることも。
「しかし……」
 敵はまだ有象無象といた。自分の何百倍もの戦力。そして哀しいことに援護は期待できない。
「さすがに、」
 自分を鼓舞するようにブレードを握り直す。
「ここまで酷い扱いは初めてだ。」

『剣さん、聞こえますか!』
 スーツの通信機にユマの声が入った。
「……忙しいから手短に頼む。」
 またサラサラヘア鬼を1体倒すと、すぐに移動しながら次のサラサラヘア鬼に向かう。
『どうにか12体のサポート用のロボを出すことができます。』
「それは助かる!」
 また1体。それでもまだまだ1割倒せたかどうか。
『ただ、戦闘用のAIまで準備できなかったので、剣さんの戦闘データを移植しています。剣さんが彼らの指揮をすることになりますが……』
 ブレードがサラサラヘア鬼の胴を捉える。
「それでもいい。今は腕が1本でも多く欲しいところだ!」
『わかりました。すぐに向かわせます!』
 どれくらいの戦力になるか不明だが、12体の「仲間」がいればまだどうにかなる。
 また1体。
 今はむしゃらに戦っても体力を消耗するだけだ。まずはその12体と合流して状況を立て直すことを優先した方がいい。
 防戦に回って数分。「ラストガーディアン」の方から向かってくる人影が見えた。
「よし、全員2体ずつで1体の鬼を相手にするんだ!」
「仲間」の到着に再び和真は勇気を取り戻すが、それは儚く消え去ることになる。
『ナンデヤネン!』×12
「なんだとぉ!!」
 聞き覚えのある声に反射的に振り返った和真がその場で崩れ落ちる。
 確かに12人の仲間はいた。和真のを簡素化して色を地味にしたような、いかにも量産型っぽい戦闘スーツ。そして首の上にはフルフェイスのヘルメットの代わりに……
「なぁ、俺、何か悪いことしたのか……」
 こぼれ落ちそうになる涙を必死に堪える。
『ナンデヤネン!』×12
 何故かそのサポートロボの胴体の上には艦内でも人気絶頂でDS−LiteやWiiよりも手に入れるのが難しいと言われる、あの全自動ツッコミまっすぃ〜ん、カズマ君1号の頭が乗っていた。無論、そのままだと小さいのでちょうど釣り合うくらいの大きさにスケールアップはされているが。
「……詳しい説明を要求する。」
『あ、あの! ボディの方はそれなりに用意できたのですが、せ、制御用AIが……』
 和真の静かな怒りを感じたのか、ユマが恐る恐る返す。
「……で、ちゃんと使えるのか?」
『だだだだだ大丈夫です!』
 イベントで気力が50まで下がった気分で12体の量産型自分らしき物を振り返る。
「とにかく、奴らを倒すぞ。」
『ナンデヤネン!』×12
 嗚呼、もう俺の足は俺の体重すら支えられないのか。
 そんなどこか屈辱的な気分を味わいながらも、セリフとは反対にサラサラヘア鬼に向かっていく量産型。
 ユマの言葉通り、その身のこなしや剣の扱いは和真に似ている。ただやはり思考能力の限界があるのか、オリジナル(和真)と比べると見劣りはする。でも最初の和真の指示通りに2体で1体のサラサラヘア鬼を相手にしているので、だいぶ有利に戦えている。
「……いや、いいんだよな。」
 釈然しないものを感じながらも、量産型に遅れをとるわけにもいかないので、再び闘志を燃やしサラサラヘア鬼に斬りかかっていく。
 夜の闇が近づいてくる。
 まだ夕陽が世界を照らしているので戦いやすいが、これが暗くなってしまったら状況は悪くなる。
「敵はどれだけいるんだ!」
 斬っても斬ってもサラサラヘア鬼が湧いて出てくるような気がする。
 それでも確実に減らしているのか、最初の半分くらいにまでは倒せたようだ。
 思った以上に量産型が活躍している。2体で和真1人分だとしても、6倍以上の戦力だ。
「これなら…… いける!」
『ナンデヤネーン!』×12
「…………あ?」
 こー 回りのサラサラヘア鬼を倒したところで、ちょっと強そうに見えたサラサラヘア鬼に突っ込んでいった量産型。いきなり逆襲を喰らって吹っ飛ばされた。
「ナ、ナンデヤネン……(がく)」
 近くに倒れた11番機を助け起こすが、半ば残骸となった11番機は最期に何か言い残したんだろうけど、何を言ったか分からずにそのまま機能を停止する。顔はやはりカズマ君1号のままなので締まらないことこの上ない。
「また1人か……」
 疲れた身体に鞭打ってブレードを握り直した。

「くそっ!」
 やはり身体の動きが鈍くなっている。もうサラサラヘア鬼を一撃で倒せない。
 多勢に無勢。まさにその言葉通りに徐々に囲まれて追いつめられる和真。
「ぐはっ!」
 サラサラヘア鬼の金棒に吹っ飛ばされて地面に転がる。
 疲労もダメージも溜まって、スーツが除装されてしまう。
 ジワジワとトドメを刺すためにサラサラヘア鬼達が近づいてくる。
(こ、こんな奴らに……)
 回りのサラサラヘア鬼よりももうちょっとガタイのいい鬼(以降蝶サラサラヘア鬼と呼称)が和真の首を鷲掴みにして、金棒を振り上げた。
「ク…… ソォ……」
 和真、絶体絶命。しかし、その時!
 ドウン……
 不意に夜の闇を切り裂き一筋の光が差した。そして力強いバイクの音。
(誰だ……)
「スマンな……剣、遅くなった。」
「いや、だから誰だよ。」
 逆光でバイク上の男の顔はよく分からない。しかしその声は確かにどこかで聞いたことがあった。
「変身。」
 渋めの声でタメもしっかり入れながら男が腕を振ると、そのシルエットが一回り大きくなる。
 いや、月に照らされたその姿はどこか和真の戦闘スーツと似ていた。どれくらいかというと、漫画版とアニメ版くらいに(謎)
 新たな敵対者に和真をその場に落とすと、蝶サラサラヘア鬼が金棒を構える。
 が、すでに戦闘スーツの男はその場からいなくなっていた。
 いや、その姿は月をバックに空へと舞っていた。
「カズマー、キックッ!!」
 鋭角的に切り込むような跳び蹴りが蝶サラサラヘア鬼に突き刺さると、遙か彼方まで吹っ飛ばされる。
 取り巻きのサラサラヘア鬼たちはその威力に恐れをなして四方八方に逃げ出す。
「逃がすわけには……」
 あの外見はともかく、その戦闘力は放置しておくわけにはいかない程だ。
「敵は多いな剣…… いや…… 大したことはないか……」

「……今夜はお前と俺でダブルカズマーだからな。」

「いや、だからなんだよそれ。」
 しかしフルフェイスの奥は窺うことができない。
「……ちっ、でも奴らを放っておく訳にはいかないか。」
 萎える身体を無理矢理立ち上がらせると、身体に力を込める。
 …………
 …………
 何も起きない。
 体力を消耗しすぎたのか、戦闘スーツを装着することができない。
「俺にはもう変わる力も……」
「『スイッチ』だ。力を出すための動きがあるだろ! 俺と同じようにやってみるんだ! 早く!」
 スーツの男がするのと同じように、右手を握りしめて身体の前に構える。確かに心の奥から力がわき上がってくる感じがする。
「で…… 『ナンデヤネン』だろ!」
何でだっ!
 思わず横にいた男に構えていた右手で裏手ツッコミ。
 と、次の瞬間、和真の身体に戦闘用スーツが装着される。
「何でだ……」
 がくりと地面に両手をつく。ヘルメットの中に熱い雫が落ちた。
 あまりの出来事に2度と立ち上がりたくない気分だが、戦うべき敵が残っている。勇気を振り絞って立ち上がろうとして、気づくとあの男がいない。というか、サラサラヘア鬼をバイクで追っていた。
「そうだよ…… 忘れたぜ。あいつは人よか遅く来るくせに、人よか早く行っちまうようなやつだった…… って、ホントに誰だよ! くそっ!」

「カズマーパンチ!」
 謎の男の拳がサラサラヘア鬼を貫く。「概念」で守られているはずの「鬼」を拳だけで倒している。
「カズマーチョップ!」
 手刀がまた1体のサラサラヘア鬼を消滅させた。
 和真がガッカリしている間に「ラストガーディアン」に取り付こうとしていたサラサラヘア鬼を謎の男――面倒くさいので今後は仮称「仮面カズマー」ってことで――が次々に倒していく。
 立ち直った和真も残り少なくなってきたサラサラヘア鬼を片づけていく。
 沢山いたはずのサラサラヘア鬼が1体、また1体と倒されていって、最後に残ったのはあの蝶サラサラヘア鬼だけであった。
「行くぞ剣!」
「おう!」
 もうやけっぱちになったのか、仮面カズマーの合図で一緒にジャンプする。

「「ダブルカズマーキックっ!!」」

 どっちがどっちか不明だが、力と技のユニゾンが炸裂すると、蝶サラサラヘア鬼は髪をなびかせながらゆっくりと倒れて何故か爆発をした。

「……行くのか。」
「ああ。」
 仮面カズマーは変身も解かずに、バイクにまたがる。
「もう来るな。」
 ジト目の和真に軽く肩をすくめると、仮面カズマーはどこかへと走り去っていった。
 こうして長い1日が終わりを告げた。
 残されたのは疲労と満足感と、そして……
「ナンデヤネーン」
 壊れてもまだびみょーに動いている量産型12体の残骸であった。

 

 オマケ1
「これならきっと……」
 部屋にこもったユマ。図らずともその効能が確認できたヘアトリートメントを使ってみる。
「……どーしてなんですかぁ?!」
 ユマの絶叫が響いた。どうやら彼女の髪はまた勝利を収めたようである。

 

 オマケ2
「ふふふ、これなら今年の鬼も粉砕間違い無しです!」
「大変です! なんかいつの間にかに終わってしまってます!」
「そんな!」
 2人の少女が巨大な黄色い物の前で話をしている。
 少しカメラ(?)を引くと、どうやらそれは黄色い恐竜を模したようなロボ(?)である。
 背中にトゲ状の物が生えていて…… いや、どうやらそれは尖ったヘルメットをかぶせた人間のようだ。
 それが2人ずつ3列並んでいる。どうやらグルグル巻きにされて猿ぐつわまでされているのか、必死にむーむー言いながら逃げだそうとしているようがだ、逃げられないようだ。
「せっかく新兵器を用意したのに……」
 片方の眼鏡に白衣の少女が哀しそうに呟く。
「まぁ、でもせっかく作ったんですから。」
 モノクルにマント姿の少女がそういうと、白衣の少女が顔を明るくする。
「そうですね。試してみましょう。いつか使う機会もあるかもしれないですし。」
 なんて言うと、背中に刺さっている6人のむーむー言う声が激しくなる。
 そんなことは気にした様子もなく、1mくらいはある金属製の鍵ぽい物を用意すると、その刺さっている6人の更に後ろに回り込む。
 そこにはその鍵っぽい物に合うくらいの穴が空いていて、そこにその鍵っぽい物を差し込む。
「いきますよー ローック、」
「あ、ちょっとちょっと! 正直に言ったら色々問題がありますよ!」
 モノクル少女の指摘に、白衣の少女が慌てて言い直す。
「そうですそうです。少しは伏せないと……
 いきますよー □ーック、ブラスト!」
 あんまり伏せてないけど、白衣少女がぐるりとキーを回すと……

 

 ……ともあれ、どうやら今年の節分も無事に終わったようである。
 とっぺんぱらりのふぅ。